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ゼロの黒魔道士-65


クジャの言葉に空気が重く冷たくなる。
教皇さまの顔が笑っていない。

そりゃ、そうだよね……
いくらなんでも、無理があるもの。
教皇様が、6000年前にブリミルって人を裏切った……

フォルサテ、その人だなんて。

ゼロの黒魔道士
~第六十五幕~ そして舞台の幕が開き


「――おやおや、どうされましたか?裏切り者のフォルサテ様?
 仮面が――おっと、失礼をば!御尊顔のお色が、お優れではあそばれませんようで?」
クジャが大げさな身振りをする度に、
もったいつけた言い方をする度に、
ピリッとした視線を感じたんだ。

「何でもございませんよ――ただ、少々驚きましてね。
 我ら教会の祖となられたフォルサテ様と、私ごときを重ねてくださるとは、
 身に余る光栄ではありますが……若輩には過分なお言葉で、戸惑わざるを得ませね」
無理に、そう無理矢理にって感じで、教皇さまが笑顔を作った。
なんだか、怖い。
人では無いような……そんな笑顔だった。

「ふふふ……流石は老獪なる猿芝居!ベテランの域としか言いようがありませんね!
 ですが――いささか、立ち回りの端々がカビ臭くていらっしゃる!
 熟成も通り越して犬も食べないよ!
 千年紀を六度も経ますと、落ちた演技力を隠しきれなくなりますのでしょうか?」
クジャはそれを気にしない。ちっとも、気になんかしていない。
相変わらず芝居がかった調子で、教皇さまを挑発するように続けている。

「――なるほど。貴方はお芝居がお好きであられるようだ。
 今お語りになられているのは、さしずめ新進気鋭の作家の台本なのでしょう?
 ――私も芝居は嫌いではありませんよ?世俗を理解するのには丁度良い」
教皇さまも、無理に相手するのをやめたみたいだ。
後ろに控えている男の子に、一瞬だけ視線を送った。
「クジャの言動、変だね」って言ってるような、そんな軽い感じで。

「いえいえ、ただ今、物語っておみせいたしますは、貴方様の描かれた一大長編!
 『永遠の命』を得たフォルサテという男の大芝居でございますのに!
 ――あぁ、失敬。
 閉幕次第では駄作になられるかもしれませんので、傑作とまで評できぬことはお許しを――」
舞台の前口上だって、ここまで盛り上げないような調子だった。
『永遠の命』……あり得るのかなぁ、そんなの……


「『永遠の命』?フォルサテ様が、『永遠の命』?これはおもしろい設定だ!
 貴方が描かれた台本なのでしょうか?奇抜でおもしろいお芝居のようですね。
 ただ、個人的には笑っていられますが、教会としては異端と断ずる他無く、冗談にもなりませんね」
でも、教皇様も笑って無かった。
暗く濁った気持ちを、無理矢理笑顔で押し隠している
それがはっきり分かる。

「冗談?ふふっ!そうだねぇ。『永遠の命』なんて、お伽話にしかならないさ!
 ――だが、近づくことはできる。小道具を使えばね!そう例えば――」
クジャが言う言葉を、選ぶようにじっくりと間をためた。

「『始祖の聖杯』――などはいかがでしょう?」

「――ほう」
ピシッと、空気が凍りつく。
さっきまでとはまた違った緊張感が、辺りを支配する。
空気が、ただ冷たいものから、重さのしっかりある剣に変わっていく。

「考えたよねぇ。『肉体が滅びてしまうならば、血と記憶を残せば良い』……
 ナイツ・オブ・ラウンドの伝説よろしく、それを実践される方がいらっしゃるとは思いませんでしたが」
血と記憶を残す?
……それが『永遠の命』っていうこと……?
「それで?」
先を促すように、教皇様が言う。
もう、笑顔を作ることすらやめたみたいだ。
……怖い。
理由は分からない。
全くの無表情なのに……怖いんだ。

「――むかしむかし、ある所に、『永遠の命』を欲した野心溢れる男がおりました――」
「今度は、童話ですか」
クジャの語り出しに、教皇さまが冷たい視線を送った。


「英雄と呼ばれた男の弟子になれば、『永遠の命』を手に入れることができる――
 欲深き男は、巧みに英雄に取り入り、何年も、何年も我慢しました。
 やがて、歓喜の渦が彼を包み込みます。『永遠の命』、それを得る術をついに知った!
 だが、男はそれで満たされませんでした……欲深いことにそれを一人占めしたくなったのです」
これって、ここまで来るときに聞いた『ゲルモニークの手記』の内容だよね?
物語が、簡潔に淡々と語られていった。
「――……」
教皇さまは口をはさまない。
聞くことに徹するみたいだ。
もちろん、ボク達も何も言わない。
言えない、だけかもしれないけれど……
クジャの声だけが、ピンッと張った空気の中響いた。

「男の企みは成功しました……男は、英雄の全ての力を自分の手にした――そう思っていました――
 ふふ。ここからがこの物語のおもしろいところだよねぇ?フォルサテ様?」
教皇さまに笑顔で感想を求めるクジャ。
「――どうでしょうか?」
それに無表情のまま答える教皇さま。

「お気に召さないですか?――それでは、欲深き男がどう死んだかは割愛いたしましょうか?
 悲惨な末路は何度も見聞したいものではございませんでしょうし、ねぇ?」
クジャがお構いなしに教皇さまに笑いかける。
教皇さまはちょっと冷たい目を向けるだけだった。


「男の肉体は、結局滅びる運命にありました。『永遠の命』は肉体までを永らえませんでした――
 さぞ、苦しかったでしょうねぇ?魂や感覚がはっきりしているのに、身体だけが朽ちるというのは」
構わずに、続けるクジャ。
……記憶や魂が残っているのに、身体が死ぬ……
うーん、『永遠の命』も完全ってわけじゃないんだなぁ……
すっごく痛いんだろうな、肉体だけが死ぬって……

「さて、しかしながら男は考えたのです。ここで死んでなるものか、と。
 必ずや力を、『永遠の命』を手に入れてみせると。
 そこで目をつけたのは、インテリジェンス・ソード――記憶を物体に宿す業」
インテリジェンス・ソードって……デルフのこと、だよねぇ?
「記憶を……?」
「……」
デルフは、しゃべらない。
なんか、ブラックジャック号でここまで来た辺りから、ずっと静かだ。
……記憶を物体に……
デルフ、誰かの記憶を持っているの……?


「男は、英雄の遺物から、粗末な金属の杯を選び出しました。
 杯に注いだ物は毒よりも黒い男の記憶――」
クジャの話はいよいよクライマックスみたいだ。
声に力がこもっていく。
「さらに、英雄を奉る教会までも作り上げました。英雄を『始祖』と崇める神の祠です……
 実に巧妙でした!男は、自分が殺した英雄の名で、自分の記憶を安寧な場所に守ったのです。
 そう、黒い記憶が杯から溢るる、その時が来るまで――」
自分の記憶を、『聖杯』っていうのに閉じ込めて……そんなこと、できるんだ……
なんか、すっごく気の長い話だと思う。
そこまでして、生きたいものなの?


「――我儘で欲深な男は待っていたのです。英雄の『血』が、自らの記憶に触れるのを……
 『虚無』の力と、己の記憶が結びつき、英雄の力を今度こそ全て手に入れる機会が訪れることを……」
クジャが、話を締めくくった。
それはまるで、指揮者が音楽を締めくくるように、静かに、余韻をたっぷりと残して。

「……フフフ――アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
一瞬の間の後、張りつめた空気に笑い声が轟いた。
教皇さまが、猛獣のような声で笑いながら、拍手をしていた。
乾いた手の音が、ビリビリと響く。


「ご清聴、感謝いたします
 ――間違いがございましたら、ご指摘願いたいのですが?」
一礼をしながら、クジャが聞く。

「いやいや異世界より参られてよく調べた、と――だが――
 一点、私が欲深い?我儘?その点は否定したいね」
拍手をやめた教皇さまには、笑顔が浮かんでいた。
最初みたいに、作った笑顔なんかじゃない、もっと獰猛な……
牙を見せる狼のような、そんな笑顔。
ぞぞぞって感覚が、笑顔を見るだけで感じる。

「私は、仮にも聖職者を名乗っていてね?
 君が言うように自作自演ではあるが、この役は気にいっていたんだ――」
スッと、広げた左手を前へ出す。
その仕草に、後ろに控えていた男の子が頷き、
指笛をふくような、そんな仕草をする。

「演じていれば、自然と慈悲深くなってね?
 それに、君と同じく芝居好きでもある――」
遠くで、笛の音が響いたような気がした。
空気が、凪ぐ。
『虹』の空が、一層禍々しく蠢く。

「――この芝居、君達だけに見せていてはもったいないだろう?」
教皇さま……フォルサテの動きに合わせて、『虹』が落ちてきた。
いや、『虹』じゃない。
これはもっと、重くて、大きくて……
「な……」
「え、え、えぇええ!?」
「りゅ、竜!?こんなに沢山!?」
銀色の翼、凶暴に歪む顔、ごぉぉぉおおっていう突風に似たような唸り声……
何体もの銀のドラゴンが、『虹』からヌルヌルと落ちてくる。
卵から生まれてきたみたいな、ヌラヌラとした粘液を撒き散らしながら。
それが、何体も、何体もブラックジャック号を取り囲んだ。

「ハルケギニア全体が舞台だよ!存分に楽しんでくれたまえ!」
「GRUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAHHHH!!!」
舞台の幕を上げるファンファーレのように、
フォルサテの声と、竜達の咆哮がが高く響いた。



ピコン
ATE ~それぞれの戦い~

ACT 1:トリスタニア

『虹』は既にハルケギニアを覆いつつあったが、
多くの人々は未だ「変な天気」、とだけしか考えていなかった。
寒気を感じたとしても、この妙な天気のせいか気のせいであると決め付けた。
動物達と違い、人々はそこに宿る慟哭や憎悪を本能で感じてはいても、
理性でもって原始的な感覚を意図せず遮断してしまっていた。

だからこそ、チクトンネ街の片隅に開いたその『穴』を、気づいた者は誰一人いなかった。
例えいたとしたところで、次の瞬間には命を落としていたのだから意味は無い。
黒く蠢くその『穴』から飛び出した銀色のさざ波は、やがてトリスタニアの空を覆う。
僅かな血をしたたらせて、眩しいまでの剣色をした猛獣共が、あらゆる命を刈り取っていく。

その日、ハルケギニア北部の主要な街や村が、銀色の竜もどきの襲撃を受けた。
上空から見下ろす者がいたとするならば、その光景はさながら、
水銀がたっぷり入った器を地上に落したように見えただろう。
あらゆる人の住む場所が、蠢く銀の群れに飲み込まれていった。

人々は恐れ惑い、逃げる間も無く餌と化していく。
唸る銀竜共の前に、叫ぶ端から声が消えていった。
慈悲も無く、悪意も無く、
醜いまでに純粋な暴力が、地を蹂躙していく。

「アルクゥ、レフィア!急げ!」
恐れでも惑いでも無い声は、少年のもの。
勇ましさは無知から来るものか、はたまた小さき鎧姿に宿る責任感からか。

「ま、待って、待って、待ってよぉおぉ!!」
「な、何なのよ、アレ!何なのよっ!?」
「知らねぇよっ、俺バカだし!でもヤバそうだから急げ!ほら、そっち支えろ!急げ!」
獰猛なる竜どもの牙をかいくぐり、少年達は走っていた。
瓦礫となった通りを駆け抜け、倒れた母子あらばこれを助け、
灰塵と化した商店を乗り越え、燃える家屋あらば燃え広がらぬ努力をした。

だが、小さい彼らの、少なき手では、この街は守るのには大きすぎた。
「ルーネス!」
「イングズ!そっちはどうだっ!?」
「あっちこっちパニックだ!――くそっ!
 こんなときこそ俺達タマネギ隊がしっかりしなきゃならないってのに!」
「畜生!とにかく、みんなを安全な――」
タマネギ隊。
平民の少年達による、自衛のための組織。
周りの大人は『ごっこ遊び』と鼻で笑っていたが、
今現在トリスタニアで機能している組織は、彼らぐらいなものだった。

彼らは、懸命に働いた。
懸命に、働きすぎた。
「ルーネス危ないっ!!」
「ぅ、ぅわぁああああああああああああ!?」

他者を思うがあまり、
己に向けられた、銀竜の牙にも気付かないほどに。

 ・
 ・
 ・

ACT 2:アクイレイア

ハルケギニア南部、ガリアやロマリアといった地域では、また違った惨状が地に満ちていた。
『虹』が、天の上ではなく、地にまで満ち始めていた。
ある者は寒気に襲われ倒れ、ある者は発狂し叫んだ。

濃密なまでの『虹』。すなわち、人々の『魂』が可視化した存在。

これらの事実から、アクイレイアで発生している事象を推論することは可能であろう。
だが、その現実を許容できるか否かはまた別の問題である。

果たして彼らに思い描くことができたであろうか?美しき水の都が業火に食らわれる様などを。
果たして彼らに思い描くことができたであろうか?母が子を抱いたまま灰になる姿などを。
果たして彼らに思い描くことができたであろうか?今日この日にその身を散らすことを。

唯一の慰めは、それらが等しく全てを覆ったことである。
そこに貧富の差も、老いや若きの差も無かった。
健やかなる者も、病める者も、男も女も、全て等しく焼け焦ながら、
その『魂』を新たな『虹』の流れに持ち去られていく。

空気に漂うのは、微量な硫黄と鉄分が熱せられた匂い。
人体の大部分を構成する炭素と水分が燃える煙に混じった異臭。
魔学的研究を行っていれば、これ以上の悪臭は何度となく経験してきた。
「う……お……オェ……」
だが、それの意味する現実に、
机上の実験などではなく実在の都市の上で繰り広げられる惨状に、
エレオノールは嘔吐した。

「大丈夫ですか、団長さんっ!」
「だ、大丈夫……ですっ!!」
胃酸と涙を右手で思いっきり払い落す。
己の消化器官の障害など、目前の惨状に比べればマシな方だ。

「酷い、鼻がもげそう……」
同僚が言わずとも、鼻はまだ正常だ。
まともであることが、辛い。
一歩踏み間違えば、狂いそうになる。
あらゆる理屈を飲み込む炎は、見ている目の前から大きくなる。

「――街はもうダメだ、避難を急がせろっ!」
「水メイジは、延焼を防げ!土メイジは私に続いて、避難経路を……」
だが、ここで狂うことは許されない。
研究者の端くれとして。ヴァリエール家の者として。
「み、ミス・ヴァリエール!無理は――」
「大丈夫です!私は――大丈夫です!」
自分の部下達が、少しでも逃げまどう人々を助けようと奔走している中、
団長として、倒れているわけにはいかない。
燃え盛る炎と湧き上がる『虹』の中、エレオノールは自ら走りだした。

瓦礫の山から助けを求めるかのような黒ずんだ手が伸び、
生きている者ももう少なそうだった。
だが、エレオノールは諦めなかった。
一人でも、一人でも多くを助けなければ。

やがて、一人の少女の姿が目に映る。
ルイズと同じぐらいの年だろうか。
崩れ去った家の傍、うずくまっている女の子。
「……一人?ほら、手を――」
差し伸べた手は、激しい痛みで返された。
「……ぇ……?」
少女の手に握られていたものは、鎌。
血が、みるみる噴き出す。

見ると、瓦礫のあちらこちらから起き上がる影が。
人だ。手には、槍や銃や剣。
あるいは、鍬や棍棒……とにかく獲物を持っている。
救出に来てくれたことを歓迎している様子では無いようだ。
四方を取り囲む人々の、
―いや、焼け焦げ爛れた彼らを『人』と呼べるのだろうか―
彼らの目に宿る光は皆無に等しく、文字通り、死の臭いに包まれている。

「ぃ……ぃゃ……き、きゃぁああああああ!?」
エレオノールの絶叫が、アクイレイアの淀んだ空にこだました。

 ・
 ・
 ・

ACT 3:トリステイン魔法学院

トリステイン魔法学院は、そうした惨状からはまだ遠い場所にあった。
そもそもが夏休みで、人が少ないということが影響したようだ。
「――ダメね。そっちはいた?」
暗い学院の廊下に、大小2つの影。
特に大きい方は女性らしい丸みを帯びて、シルエットでもその色香が伝わってきそうだ。
「……」
小さい方はというと、それなりに均整は取れているが、失意に肩を落としそのの魅力を出し切れていない。

「その様子だと、いなかったみたいね……うーん、学院に戻ってたわけじゃない、か……」
「ギーシュ……どこ行っちゃったのよ、あの馬鹿……」
キュルケとモンモランシーは、オルレアンの領地から一足早く学院に戻っていた。
ビビ、ルイズ、ギーシュの姿が見えなくなっていたので、
あるいは学院に戻っていたのではないかと踏んだためである。

「ま、だーいじょうぶよ。あの手の男は、ひょいっと戻ってくるものよ」
経験豊富である、ということを良いことに、からかうように答えるキュルケ。
彼女には、特に不安というものは無い。
「――いい気なもんね」
一方で、恋人の姿が見えないことで、モンモランシーは沈んでいた。
湖の底より深く沈んでいた。

「信用してるってだけよ。貴女は信用しないの?」
信頼しているが故にキュルケは気にも留めない。
自分を信じ、友を信じている。
それが彼女の強さの秘訣だ。

「してるわよ!でも、心配なのっ!!」
一方のモンモランシーは不安そのものだった。
信じている。でも考えてしまうのだ。
頭が多少良いばかりに、最悪を想像してしまう。
それは彼女の弱みだった。

「はぁ――良い女ってのは、どんなときも堂々と構えているもんよ」
背を反らして大きい胸をさらに強調する。
自分の『女』というものを強調する術を、キュルケは確かに心得ていた。
「……あんたが無神経なだけじゃない?」
だが、それを見るのはモンモランシー一人。
別にそっちの気があるわけでもなく、女体の神秘にときめくわけではない。
ただ彼女が感じたのは、ごく僅かな『感謝』である。
一人だったら、恋人が行方不明という事態に耐えれるものでは無いだろうからだ。

「それだけ悪態つければ、大丈夫――え!?」
ふいに、キュルケの体が窓から飛ぶように離れる。
モンモランシーも、キュルケに突き飛ばされるような形で後ろへ下がった。
「な、何?」
「しっ!黙って!!」
何が何だか分からないといった表情のモンモランシーと、
唇に人差し指を当てるキュルケ。

「――どうしたってのよ?」
「――聞こえない?」
言われて、耳をすますモンモランシー。
微かに聞こえる、「ケロケロ」という怯えたような声。
「……?ロビン?」
使い魔。メイジと使い魔は、ある程度感覚を共有できる。
最も、常に共有しているわけではない。
そんなことをすれば、ずっと高速で空を飛びまわったり、暗い地面の底にいたりといった、
人間では耐えられぬ状況を味わい続ける羽目になる。
差し迫った事情でも無ければ、共有はしない。
暗黙の了解という奴だ。
それを承知で、ロビンが語りかけてきている。
それも尋常ではない怯え方で。
だが、特段何かが見えたりするわけではない。
何かの気配に怯えている。そんな感じだ。

「フレイムも、ね。おかしな天気だけど、それだけじゃ無さそ――う!?」
「ひやぁっ!?」
襲い掛かるは、ガラスの破片と炎の弾。
『ファイア・ボール』であると気付くのに、一瞬間が開く。

「っへぇ?――うははっ!夏休みなんざ、昔から退屈なだけで好きになれなかったが――
 なかなか悪く無いな、えぇ?そうは思わないか?スポンサー様さまさまだな」
そのわずかな時間の空白を縫い、粗雑な風体の男が割れた窓ガラスを砕きながら侵入した。
白髪と顔の皺によって感じる加齢と、鍛え抜かれた肉体の若さがアンバランスに映る。
何より特徴的なのは、額の真ん中から左眼を包み頬まで伸びた火傷の痕だ。

男は侵入するなり、ギョロリとした眼で二人の『上玉』を品定めした。
「燃やし甲斐がありそうな獲物がいて感謝するぞ、えぇ?
 お嬢ちゃん方、俺様の鼻的に――んん~!大っ合格よ!」
うっとりするような表情での深呼吸。
それは獣じみた獰猛さを伴っていた。

「あら、お誘いが強引じゃ――ありませんことっ!?」
動いたのは、キュルケ。
伊達に何度も修羅場をくぐっているわけではない。
先だってエルフと死闘を繰り広げたことが、判断の早さを助けた。
迷わず、最大火力を解き放って不審な男にぶつける。

「いぃねぇ~!ますます俺好みだな、えぇ?」
だが、男は怯むことなく、それを軽々と跳ね返した。
杖も持たない全くの素手で。

「……なっ!?」
「うそっ!?」
モンモランシーもまた、僅かな水を足下へと這わせ、不審者の足止めを試みていた。
視界に入りもしないはずの攻撃が、軽々と避けられる。
そして、避けられたと感じた次の瞬間、モンモランシーは腹部に重い一撃を感じていた。
男性と女性の体格差を思い知るのに充分な、鳩尾への右ストレート。
魔力も何もこもっていない、ただの筋力による一撃が、これほどに重いとは。
そう思うこともできず、モンモランシーの体は完全に沈黙した。


「惜しかったなぁ、えぇ?目くらましと死角からの攻撃とは悪く無いアイディアだったが……」
その速度を、キュルケは見切ることができなかった。
仮にもトライアングルメイジであり、戦闘も同年齢と比べればこなしてきた方であるはずなのに。
彼女が目に捕えることができたものは、吹っ飛ぶモンモランシー。
次の瞬間、男の顔。
ミルク色に濁った瞳が、ニヤリと笑う口元が、彼女の視界を覆った。
キスができそうなほどの距離。
背には壁。
彼女の杖腕と喉元は一瞬で封じられた。

「貴方、もしかして、目……」
押さえられた喉から、声を絞る。
キュルケは気付いた。男の目が、一切の光を捕えていないということを。
義眼。男の両の目は紛い物であった。

「俺は瞼だけでなく目を焼かれていてな。光が分からんのだよ」
恋人にでもささやくように、耳元でそう告げる不審な男。
ぐっと身体を密着させられる。

「ど、どうして……」
様々な問いを含んだ「どうして」が、辛うじてキュルケの唇から読み取れる。
どうしてこちらの攻撃を回避できたのか。
どうして狙い違わず攻撃ができたのか。
そしてそもそも――この男は何者なのか。

「蛇は温度で獲物を見つけるそうだ」
例えの通り、爬虫類のように空気の入ったような笑い方で、男は答えた。
しゅるしゅるという音が、耳のすぐ横で聞こえる。

「俺は炎を使ううちに随分と温度に敏感になってね、えぇ?
 距離、位置、どんな高い温度でも、低い温度でも数値を正確に当てられる。
 温度で人の見分けさえつくのさ」
そう言って、男は捕えたキュルケの肢体を下から上まで、
舐めまわすように見た。まるで目が見えているかのように、じっくりと、ねっぷりと。

「お前、恐いな?恐がってるな、えぇ?」
そして鼻でもって思いっきりキュルケの体臭を嗅ぎ取る。
鼻腔を広げ、味わうように。

「感情が乱れると、温度も乱れる。なまじ見えるより温度はいろんなことを教えてくれる」
男の吐く息が、肌にじわりと触れる。
生温かさに、ぞわりと肌が粟立つ。

「嗅ぎたい――
 お前の焼ける香りが、嗅ぎたい――」
小さな声で、キュルケの耳元で、男は己の願望を伝える。
その歪んだ欲望に、キュルケは凍えた。
「嫌……」
そう、声が漏れる。
それはベッドで唱えるような甘い肯定の言葉ではなく、
怯えきった、本来の意味での否定の意志。
まだ死にたくない。死ぬのは嫌だ。
嫌悪感に身をよじることすらできない。
恐怖に身が凍る。
人ならぬ者が持つ狂気に、キュルケは触れていた。


「あぁでもま、さっさと終わらさねぇとな――スポンサーさんのお芝居に付き合わなければ……」
ほんのわずかな時間、キュルケの杖腕が解放される。
男が自分の杖を取りだすためだ。
だが、そのわずかな時間を、キュルケは利用できない。
蛇に睨まれたカエル。
動く気力さえ、削がれているというのか。

「残念だぞ、えぇ?俺はじっくりと肉の芯まで焦がすのが好きだというのに、なぁ?
 っともちろん、普段はお望みの焼き加減は聞くぞ?――今回はそれもできないというのがイマイチだな」
手に持った杖で、ツツツっとキュルケの身体がなぞられる。
それに沿うように焼けつくような感覚が、さらに続いて鳥肌が立つ。

「俺の名はメンヌヴィル。お前は、――炎の使い手だな、えぇ?匂いで分かるぞ?」
キスをするように顔を近づける男。
今更名乗られても、しょうがない。
キュルケは、身動きのできないただの少女に成り下がっていた。

「今まで何を焼いてきた?炎の使い手よ、えぇ?
 今度はお前が燃える番だ――」
皮肉なことに、首を押さえているために辛うじて立っていられるという状況で、
キュルケの耳元で死刑宣告がなされた。


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