絶望した青年の目の前に、一人のセプー族の少女が立ちはだかった。
彼は小さな小さな良心の隅で、小さな小さな悲しみを覚えた。
少女は、平和だった頃に戻りたいかと聞いた。皆の所に戻りたいかと聞いた。
だから彼は答えた「戻りたい」と。
だが、世界はそれを許さなかった。世界中の人がそれを許さなかった。
だから、殺した。殺して殺して殺して殺した。
だから、たった一人、青年を許そうとしていた少女は、青年を封じる為に自らの命を投げ出した。
許せなかった。許してはならないと思った。
もしも、青年が少女の答えに「戻らない」と答えていたら、運命は少しだけ変わっていたのかもしれない。
だが、無常にもそうはならなかった。なることを許さなかった。
悲しい目をした青年は、世界中を殺して、壊して、喰らい尽くした。
自分を殺そうとした人達も、自分の住んでいた場所も、自分のいた世界も。
そうして世界の全てを喰った彼は、世界を構成していたものすらも喰った。
だけど、最後に自分を裏切った少女が姿を変えた赤い石だけは、どうしても喰う事ができなかった。
無の広がる場所で、青年と赤い石だけが静かに存在していた。
彼は小さな小さな良心の隅で、小さな小さな悲しみを覚えた。
少女は、平和だった頃に戻りたいかと聞いた。皆の所に戻りたいかと聞いた。
だから彼は答えた「戻りたい」と。
だが、世界はそれを許さなかった。世界中の人がそれを許さなかった。
だから、殺した。殺して殺して殺して殺した。
だから、たった一人、青年を許そうとしていた少女は、青年を封じる為に自らの命を投げ出した。
許せなかった。許してはならないと思った。
もしも、青年が少女の答えに「戻らない」と答えていたら、運命は少しだけ変わっていたのかもしれない。
だが、無常にもそうはならなかった。なることを許さなかった。
悲しい目をした青年は、世界中を殺して、壊して、喰らい尽くした。
自分を殺そうとした人達も、自分の住んでいた場所も、自分のいた世界も。
そうして世界の全てを喰った彼は、世界を構成していたものすらも喰った。
だけど、最後に自分を裏切った少女が姿を変えた赤い石だけは、どうしても喰う事ができなかった。
無の広がる場所で、青年と赤い石だけが静かに存在していた。
「どういう事よこれ……」
そこまで読んだわたしは、口から自然とそんな言葉が漏れていた。
青年は封印されたはずじゃないか。集まった英雄達に倒され、最後に……最後に緋涙晶となったダネットによって、黒い剣へと封印されたはずじゃないか。
ダネットは覚えていなかったが、わたしは自分が夢で見た光景を今でもはっきりと覚えている。
ダネットが自分の胸に短刀を突き入れ、痛みに顔を歪めながらも最後まで笑っていた顔も、命と引き換えに緋涙晶へと姿を変えていった事も、そして……そして……
青年は封印されたはずじゃないか。集まった英雄達に倒され、最後に……最後に緋涙晶となったダネットによって、黒い剣へと封印されたはずじゃないか。
ダネットは覚えていなかったが、わたしは自分が夢で見た光景を今でもはっきりと覚えている。
ダネットが自分の胸に短刀を突き入れ、痛みに顔を歪めながらも最後まで笑っていた顔も、命と引き換えに緋涙晶へと姿を変えていった事も、そして……そして……
「あんたは、どれだけ苦しんでるっていうのよ……」
時間すら喰い、終わりすら訪れない場所で、彼はひたすら考えた。
「喰いたい」
だが、自分を取り巻く全てを喰らい尽くした彼の周りには何も無かった。
絶望と渇望が胸の中で何度も何度も廻り、それが何度も何度も巡った。
そんなある時、青年は自分を呼ぶ声に気付いた。
青年は思った。
絶望と渇望が胸の中で何度も何度も廻り、それが何度も何度も巡った。
そんなある時、青年は自分を呼ぶ声に気付いた。
青年は思った。
「喰いたい……」
ただその一心で、青年は世界を超えた。
青年は、呼び出された世界を喰らい始めた。
また殺して壊して喰った。そんな時、ふと青年は気付いた。
自分の持っていた何かが、いつの間にか無くなっていた事に。
だが、長い時を過ごした彼は、最早それがなんだったのかすらも忘れていた。
青年は、呼び出された世界を喰らい始めた。
また殺して壊して喰った。そんな時、ふと青年は気付いた。
自分の持っていた何かが、いつの間にか無くなっていた事に。
だが、長い時を過ごした彼は、最早それがなんだったのかすらも忘れていた。
ただ、とても悲しかった。
ある日、青年の前に見覚えのある少女が現れた。
少女は言った。
少女は言った。
「こういう時は、久しぶりというのですかね」
自分の前に現れた少女を見て、青年は不思議な感覚に包まれた。
だから失敗した。少女の歌を聴くという、致命的なミスを犯した。
深い眠りにつく瞬間、青年は思った。
だから失敗した。少女の歌を聴くという、致命的なミスを犯した。
深い眠りにつく瞬間、青年は思った。
『戻りたい』と。
眠りに付いた青年を、少女とその世界の術師たちは封印することに決めた。
だが、ここで一つの誤算が起きた。
青年の力は強すぎて、一箇所に封印することが出来なかったのだ。
故に少女と術師たちは青年の魂を、『記憶』『経験』『意識』の三つに分け、封印することに決めた。
『記憶』は、その世界で最も優れていた術師の魂へ。
『経験』は、青年の持っていた剣と共に魔を封印する剣の中へ。
そして、最も強い力を持つ青年の『意識』は――
だが、ここで一つの誤算が起きた。
青年の力は強すぎて、一箇所に封印することが出来なかったのだ。
故に少女と術師たちは青年の魂を、『記憶』『経験』『意識』の三つに分け、封印することに決めた。
『記憶』は、その世界で最も優れていた術師の魂へ。
『経験』は、青年の持っていた剣と共に魔を封印する剣の中へ。
そして、最も強い力を持つ青年の『意識』は――
「なんで……なんであんたばっかり犠牲になんのよ!!」
――自分の命と引き換えに、石となった少女の中へ。
こうして世界は救われた。数え切れないほどの犠牲の末、ようやく平和になった。
こうして世界は救われた。数え切れないほどの犠牲の末、ようやく平和になった。
壁の文字はそこで終わっていた。
わたしの足から力が抜け、だらしなく床に尻を着く。そんなわたしの後ろから、タバサの声がした。
わたしの足から力が抜け、だらしなく床に尻を着く。そんなわたしの後ろから、タバサの声がした。
「また文字が現れてる」
わたしが力の無い目で壁を見ると、のろのろとたどたどしく、下手糞な文字が浮かんでこようとしていた。
わたしはその文字を目で追う。
わたしはその文字を目で追う。
世界は救われた。そのはずでした。
6000年という長い時間が流れ、あいつの魂は少しずつ力を失い、このまま風化すると思っていました。
長い時間の中で、私は油断していました。
どうか怒って下さい。寂しさのあまり、お前の呼びかけにこたえてしまった弱い私を。
どうか叱って下さい。私の身がこうなるまで、何一つ覚えていなかった馬鹿な私を。
どうか許さないで下さい。自分の役目も忘れて、お前を苦しめた私を。
6000年という長い時間が流れ、あいつの魂は少しずつ力を失い、このまま風化すると思っていました。
長い時間の中で、私は油断していました。
どうか怒って下さい。寂しさのあまり、お前の呼びかけにこたえてしまった弱い私を。
どうか叱って下さい。私の身がこうなるまで、何一つ覚えていなかった馬鹿な私を。
どうか許さないで下さい。自分の役目も忘れて、お前を苦しめた私を。
お前の身に、あいつの『記憶』が封印されていて、『経験』と剣がデルフに封印されていて、馬鹿な私のこの身体に『意識』が封印されていたから。
三つが泥んこ盗賊に襲われた、あの日、あの時、あの場所で揃ってしまったから。
馬鹿な私が、元の身体に戻り、ただでさえ弱っていた封印を、自分の怪我で弱めてしまったから。
三つが泥んこ盗賊に襲われた、あの日、あの時、あの場所で揃ってしまったから。
馬鹿な私が、元の身体に戻り、ただでさえ弱っていた封印を、自分の怪我で弱めてしまったから。
目の前がぐらぐらと揺れる。こんなのあんまりだ。
ここへ入る前、わたしは予想していた。
この世界とダネットの世界は隣りあわせで、その隣り合わせの世界から呼び出された黒い剣が原因なのだと。
だから、剣の中の魂と融合しつつあるわたしは、ダネットの世界の術や言葉がわかるのだと。
大間違いだった。
ここへ入る前、わたしは予想していた。
この世界とダネットの世界は隣りあわせで、その隣り合わせの世界から呼び出された黒い剣が原因なのだと。
だから、剣の中の魂と融合しつつあるわたしは、ダネットの世界の術や言葉がわかるのだと。
大間違いだった。
「は……はは……」
口から乾いた笑いが出る。
わたしは、黒い剣の中の魂と融合したんじゃない。黒い剣の中の意識を――
わたしは、黒い剣の中の魂と融合したんじゃない。黒い剣の中の意識を――
「取り戻したんだ……」
言いたくない事実が口から漏れる。
剣の中の青年を見た時から違和感はあった。何かがおかしかった。
いや、もっと前にあったじゃないか。思い出せ、わたしが見た夢を。
ダネットを召喚したあの日、わたしは夢の中で自分を見た。ダネットの意識になって、彼女の視点で自分を見つけた夢を見た。
そして今ならはっきりと思い出せる。ギーシュとダネットの決闘があった日に見た夢。
あの日、わたしが見た夢は、自分がこの世界で転生した時の記憶。
封印された魂は融合されているんじゃない。剣の中にあるモノは、ギグと呼ばれたモノなんかじゃない。
剣の中の青年を見た時から違和感はあった。何かがおかしかった。
いや、もっと前にあったじゃないか。思い出せ、わたしが見た夢を。
ダネットを召喚したあの日、わたしは夢の中で自分を見た。ダネットの意識になって、彼女の視点で自分を見つけた夢を見た。
そして今ならはっきりと思い出せる。ギーシュとダネットの決闘があった日に見た夢。
あの日、わたしが見た夢は、自分がこの世界で転生した時の記憶。
封印された魂は融合されているんじゃない。剣の中にあるモノは、ギグと呼ばれたモノなんかじゃない。
「わたしは……わたしは……」
自分の手を見つめる。
6000年という時間を巡ってもなお、自分の中に、喰らい続けた世界が宿る自分の手を見つめる。
6000年という時間を巡ってもなお、自分の中に、喰らい続けた世界が宿る自分の手を見つめる。
「だからって……あんまりよ……」
頭のどこかで、自分は巻き込まれたんだと思ってた。
ダネットの世界とは関係の無い自分は大丈夫だと思ってた。
ダネットさえ救えば、時間はかかったとしても幸せになれると思ってた。
だが現実は残酷に、こんなわたしをあざ笑った。
ダネットの世界とは関係の無い自分は大丈夫だと思ってた。
ダネットさえ救えば、時間はかかったとしても幸せになれると思ってた。
だが現実は残酷に、こんなわたしをあざ笑った。
「わたしが世界を喰らう者……」
口に出した途端、嘔吐感を感じ、胃から苦いものがせり上がって来る。
必死になってそれを押し留めようとすると、今度は目から涙がこぼれた。
口を押さえていた手は、涙を拭うこともできず、ぼろぼろと溢れ出してくる。
必死になってそれを押し留めようとすると、今度は目から涙がこぼれた。
口を押さえていた手は、涙を拭うこともできず、ぼろぼろと溢れ出してくる。
「うっぐ……う……」
泣いているわたしの肩に、誰かの手が触れた。
顔を上げてみると、怒っているような、泣いているような表情のキュルケがいて、真っ直ぐわたしを見ながら言う。
顔を上げてみると、怒っているような、泣いているような表情のキュルケがいて、真っ直ぐわたしを見ながら言う。
「まだよ。またダネットはあんたに何かを伝えようとしてる」
見上げると、新しく現れた下手糞な文字が見える。
涙を拭い、わたしは目で追いながら口にする。
涙を拭い、わたしは目で追いながら口にする。
だけど、安心してください。
私は、お前のお陰で緋涙石へと戻ることが出来ました。
今、あいつの意識は私の中で眠っています。
だからお願いします。今のうちに私を――
私は、お前のお陰で緋涙石へと戻ることが出来ました。
今、あいつの意識は私の中で眠っています。
だからお願いします。今のうちに私を――
「『この世界から消してください』……」
そこまで読みきると、壁の光と文字は消え、部屋の中は薄暗さを取り戻した。
呆然と立ちすくむわたし達の後ろから、ほのかな赤い光が射す。
赤い光は、部屋の中心にあるダネットから発せられていた。
呆然と立ちすくむわたし達の後ろから、ほのかな赤い光が射す。
赤い光は、部屋の中心にあるダネットから発せられていた。
「どういう意味よダネット」
わたしの言葉に、謝るように赤い光が弱まる。
「どういう意味か聞いてんのよダネット!」
「落ち着け娘っ子」
「落ち着け娘っ子」
デルフが沈黙を破ってわたしに話しかける。
「これが落ち着いてられるもんですか! 何考えてんのよダネットは!」
「どうやら、嬢ちゃんはマジみたいだね」
「どうやら、嬢ちゃんはマジみたいだね」
わたしは、デルフの。魔法を消してしまうというインテリジェンスソードを見つめた。
「気付いたか。今の嬢ちゃんは魔力の塊みたいなもんだね。つまり、俺様で斬れば跡形も無く消えるだろうね」
「ま、待ちなさいよ! 封印は!? そうよ! ダネットが『意識』を封印してるっていうなら、そのダネットが消えちゃったら解けちゃうじゃない!」
「ま、待ちなさいよ! 封印は!? そうよ! ダネットが『意識』を封印してるっていうなら、そのダネットが消えちゃったら解けちゃうじゃない!」
苦し紛れに思いついたことをデルフへと言うが、淡々とデルフはわたしを諭すように話す。
「封印されたばかりの、魂が強かった6000年前ならそうなってただろうね。だがね、あれから6000年経ってんだ。どれだけ強かった魂だって弱まる。しかも、三分割された上、入れ物は自分の肉体じゃないときてる」
デルフの言葉に、なおも反論しようとするが、何一つ言い返せないわたしがいた。そんなわたしに、デルフは言葉を続ける。
「ようやく思い出したのさね。嬢ちゃんが6000年前、俺様に言ったことを」
そうだ。6000年前、召喚されたダネットが青年の『意識』を封印したというならば、同じように『経験』を封印したというデルフとも会っている筈だ。
硬直したままのわたしに、デルフは6000年前のダネットの最後の言葉をわたしに継げた。
硬直したままのわたしに、デルフは6000年前のダネットの最後の言葉をわたしに継げた。
「『これから長い時間が経って、もう一度私に会うことがあったら、私を消してください』ってな」
わたしに継げた後、また沈黙したデルフを強く握り締める。
自分の歯軋りが聞こえる。デルフを握り締めた手の平が熱くなる。もう涙すら出なかった。
両足をふらふらと頼りなく動かし、操られるようにダネットの前へと向かう。
ダネットからは、何かを覚悟したように弱く、儚く、そして悲しく赤い光が漏れていた。
後ろからキュルケの声が聞こえる。
自分の歯軋りが聞こえる。デルフを握り締めた手の平が熱くなる。もう涙すら出なかった。
両足をふらふらと頼りなく動かし、操られるようにダネットの前へと向かう。
ダネットからは、何かを覚悟したように弱く、儚く、そして悲しく赤い光が漏れていた。
後ろからキュルケの声が聞こえる。
「いいのルイズ?」
「――――」
「――――」
その声にわたしはどう返したんだろう。もう思い出せない。
後ろからタバサの声が聞こえる。
後ろからタバサの声が聞こえる。
「あなたの判断に任せる」
「――――」
「――――」
その声にわたしはどう返したんだろう。もう思い出せない。
手元からデルフの言葉が聞こえる。
手元からデルフの言葉が聞こえる。
「俺様が言うのもなんだがね。嬢ちゃんは、娘っ子と一緒にいて幸せだったと思う」
「――――」
「――――」
その声にわたしはどう返したんだろう。もう思い出せない。
わたしは、デルフをゆっくりと持ち上げて。
わたしは、デルフをゆっくりと持ち上げて。
「――――」
何かを呟いて振り下ろした。
ねえダネット。わたし、あんたに逢えてよかった。
ありがとう。
ありがとう。