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タバサと不死者 第四章

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「お、お姉さま、起きて! たいへん、たいへん!」
 何の兆しもなく起こった異変を前にして、ひどく恐慌をきたしたシルフィードは、主人の両肩をつかんでがくがくと揺さぶった。
 タバサはすぐに目を覚まし、眼鏡をかけると、杖を手にして立ち上がった。
「来たの?」
 タバサの問いに、シルフィードは勢いよくうなずいた。
「小屋の中からローザさんの悲鳴が! お姉さま、早く!」
 タバサは茂みの陰から飛び出すと、小屋に向かって走りつつ早口に呪文を唱えた。
 彼女が小屋の扉に向かって片手を突き出すと、腹に響くような重々しい激突音が、夜のしじまを破った。
 ≪エア・ハンマー≫の呪文によって作り出された空気の弾丸を受けた扉が、巨獣の突進を受けたかのように吹き飛んだのだ。
 タバサは足を止め、扉を失った戸口の向こう、小屋の中の暗闇に目を凝らした。
 主人に追いついたシルフィードはその背後に立ち、頭越しに戸口を覗き込むと、
「……ローザさん、ローザさん?」と囁くような小声で呼びかけたが、
中からは何の返事もなかった。
 タバサは油断なく前方を注視したまま、シルフィードに
「下がって」と告げると、
一歩ずつ慎重に足を進めた。
 シルフィードが見守るなか、タバサは魔法の灯りをともそうと杖を掲げたが、不意にその手がぴたりと止まった。
 彼女が手を止めたのは、小屋を充たす闇の中に、一対の赤い輝きを認めたからだ。
 その光は何らかの生き物の瞳から放たれているようだが、このような異様な眼光の持ち主を、タバサは知らなかった。
 生気に欠けた、氷のように冷たい光でありながら、燃えるような憎悪と欲望が溢れているのだ。
 タバサが動きを止めたその瞬間、小屋の中の闇を割って、何かが凄まじい勢いで飛び出してきた。
 それは野獣じみた咆哮を上げつつタバサにつかみかかってきたが、彼女が素早く身を伏せたため、振り回される長い腕は空を切った。
 タバサは、月明かりに照らし出される敵の姿を見上げた。

 それは、七フィート近い長身を誇る大男だった。
 背は高いが、枯れ木のように痩せ細っているため堂々とした印象は受けず、ぼろきれ同然の黒い外套をまとったその姿は、
みすぼらしくも不気味なものだ。
 男の容貌は、落ち窪んだ眼窩の奥で赤く光る眼を別にしても、おぞましいものだった。
 たてがみを思わせる、ぼさぼさの銀髪と顎ひげに覆われたその顔は病的に白く、大きな傷痕が目立ち、
まくれ上がった唇からは牙が突き出していた。
 その姿は、目撃者の証言をもとに作られた吸血鬼の人相書きと、まさに一致した。

 相手が、この地を騒がせる吸血鬼だと瞬時に悟ったタバサは、地に伏せたまま早口に呪文を紡ぐと、杖を一振りした。
 彼女の周囲の空気が渦巻き、目に見えない風の刃が形作られる。
 次の瞬間、刃は男を袈裟懸けに切り裂いた。
 魔法を受けた相手はよろめき、何歩かあとずさったが、それだけだった。
 男は、倒れるかわりににっと口元を歪めると、低く響く声で嘲笑を漏らした。
 タバサの目が驚きに見開かれる。
 以前の任務で、吸血鬼の途方もない生命力を目の当たりにしていた彼女は、今の≪エア・カッター≫を必殺の意気で放った
――たとえ相手が鋼の鎧を着込んでいても、無事にはすまなかっただろう。
 しかし、この吸血鬼は致命傷を負うどころか、ありえないことに、血の一滴も流していなかった。
 タバサは相手を、その身に血の通わぬガーゴイルか何かとも考えたが、それもまた、ありえないことだった。
 等身大のガーゴイルがあれほど強烈な一撃を受けたならば、精巧に作られた体内の機構が破壊され、死んだように動きを
止めるはずなのだから。
 自分が闘っている相手はいったい何者なのかという疑念と、なぜ魔法が通用しないのかという困惑が、タバサの頭の中を掻き乱した。
 吸血鬼はふたたび長い腕を伸ばし、タバサの喉首をつかもうとしたが、彼女はその指先めがけて≪エア・ハンマー≫を叩きつける。
 節くれだった指がぐしゃっと音を立ててへし折れるが、吸血鬼は悲鳴ひとつ上げなかった。
 さらなる魔法の一撃を与える時間はなかった。
 タバサが杖を振り上げ、ふたたび呪文を唱えるより速く、吸血鬼の腕が閃いたのだ。
 払い飛ばされたタバサは小石のように宙を舞うと、背中から地面に落ち、何度も草地の上を転がった。
「お姉さま!」
 シルフィードが悲鳴を上げたが、その声はタバサの耳には届かなかった。

 タバサが意識を取り戻したとき、まず目にしたものは、夜空に輝く青い月だった。
 吸血鬼の凶暴な力によって弾き飛ばされた彼女は、仰向けに倒れたまま気絶していた――ほんの数秒のことだったが、
闘いのさなかにあっては致命的な隙だ。
 タバサの手が本能的に杖を探ったが、彼女の手の届く範囲にそれはなかった。
 吸血鬼の一撃を受けたその時に、手から飛び出したのだ。
 タバサの表情に、焦りの色が顕れた。
 杖を失った今、彼女は無力な少女にすぎない。
 しかも、闘いの相手は、常識外れの強大な怪物だ。
 杖を取り戻さねば、彼女を待つ運命は無残な死以外にない。
 タバサは歯を喰いしばると、全身をさいなむ苦痛に耐えて立ち上がり、杖を探して首をめぐらせた。
 五ヤードほど先の地面に目当ての物を見出したタバサは、跳躍の体勢をとったが、そこに、黒く巨大な影が割って入った。
 音もなく忍び寄った吸血鬼が、その長身痩躯を覆いかぶせるようにして、立ちふさがったのだ。
 タバサは驚きの表情で相手を見上げ、そして、まともに覗き込んでしまった――乱れた銀髪の下に爛々と光る、赤い瞳を。

 タバサはその瞬間、自分が赤い視線のもたらす不気味な力に囚われ、全身から力が抜け出していくのを感じた。
 視界は霞がかかったようにぼんやりとしたものになり、敵に立ち向かわねばという意思さえもが薄れていく。
 吸血鬼の視線のもたらす効果は、≪スリープ・クラウド≫の魔法や≪先住魔法≫の≪眠り≫とはまったく異なる、奇妙なものだった。
 彼女は立っている力も失って、その場にへなへなとくずおれた。
 吸血鬼はそんなタバサを見て満足げに笑うと、その長身をかがめ、彼女の細い首に向かって手を伸ばした――≪エア・ハンマー≫を
受けて折れたはずの指は、何事もなかったかのように治っていた。
 吸血鬼の冷たい指先がタバサの首筋に触れようとしたその瞬間、巨大な何かが風を切って飛来した。
「お姉さま、お姉さまぁ!」
 叫びとともにやって来たのは、竜の姿に戻ったシルフィードであった。
 驚きの表情で振り返った吸血鬼の頭を、青い鱗に覆われた力強い前脚がなぎ払う。
 地上すれすれの高さを矢のような勢いで飛ぶシルフィードは、すれ違いざまに強烈な一撃を叩き込んだのだ。
 たまらず倒れこんだ吸血鬼の顔は鉤爪に引き裂かれ、首は異様な角度に折れ曲がっていたが、それも数秒のことだった。
怪物が上体を起こしたときには傷は癒え、首も元通りになっていたのだ。
 タバサには、それだけの隙で充分だった。
 シルフィードの翼が巻き起こした突風にあおられて、ふたたび地面を転げることになったタバサだったが、転がった先には偶然にも、
彼女の杖が落ちていたのだ。
 いまだ夢うつつの境地にあったタバサは、無意識のうちに杖に手を伸ばし、それを握り締めた。
 杖に触れるやいなや、なかば麻痺していた彼女の五体に新たな力がみなぎり、生き抜こうとする意思が炎となって燃え上がった。
 一瞬にして正気づいたタバサは、新たな呪文を唱えた――刃も礫(つぶて)も通用しない敵だが、倒す方法は必ずあると信じて。
 シルフィードの攻撃をものともせずに立ち上がり、憎々しげな呻きを漏らしながらタバサの姿を探す吸血鬼の背中に、狙いを定める。
 呪文が完成し、タバサの杖の先から、耳をつんざく轟音とともに稲妻がほとばしり、吸血鬼を貫いた。
 タバサが使った魔法は、≪ライトニング・クラウド≫だ。
 肉と衣服の焼け焦げるおぞましい臭気が鼻をつくなか、タバサは、背中を向けたまま棒立ちになる相手を見つめた。
 枯れ木のような巨体は、微動だにしない。
「……やった?」
 タバサは思わず、安堵混じりの呟きを漏らした。

 しかし、怪物は死んではいなかった。
 煙を上げてくすぶる外套を翻し、タバサの方へ振り返ると、唇を大きく歪め鋭い牙を剥き出しにした。
 赤く輝く眼が細められ、嗜虐的な笑みが浮かぶと、タバサは咄嗟に眼を伏せた。
 彼女は、もう一度あの赤い眼の持つ邪悪な力に屈してしまえば、助かるすべはないと確信していたからだ。
 吸血鬼は突然に狂気じみた叫びをほとばしらせると、凄まじい勢いで突進してきた。
 タバサは素早く呪文を唱えたが、それは彼女がもっとも得意とする攻撃魔法、氷の矢を放つ≪ウィンディ・アイシクル≫だった。
 人の腕ほどもある太さの氷柱(つらら)が忽然と現れ、怪物に向かって飛ぶのを見ながら、タバサは内心で自分の愚かさを責めた。
 本来なら、≪フライ≫で空中に逃れて態勢を立て直すべき状況だったが、不死身の怪物を前にして冷静さを失い、咄嗟に使い慣れた
魔法に頼ってしまったのだ。
 風の刃も竜の鉤爪も通用しない相手に氷の矢を放ったところで、何の意味があるだろう?
 タバサはあらためて≪フライ≫の呪文を唱えようとしたが、その動作が唐突に止まった。
 吸血鬼は苦悶の表情を浮かべながら、仰向けに倒れ、息絶えていた――タバサの放った氷柱が、その心臓を貫いていたのだ。
 不死身とさえ思われた怪物のあまりにあっけない最期に、タバサはぽかんと口を開けて立ち尽くした。

「お姉さま、今回は危なかったのね! シルフィにいっぱい感謝して、いっぱいお肉を食べさせてくれなきゃだめなのね! きゅい!」
 大きな翼をはばたかせながら、シルフィードは背に乗せた主人に話しかけた。
 タバサたち主従は、任務終了の報告のためにリュティスへと向かうところだった。
 タバサはいつものように、本を片手に沈黙を続けていたが、シルフィードは話を続けた。
「ローザさんも無事でよかった! あいつに血を吸われて弱ってたけど、おいしいものを食べてたっぷり眠れば、きっと良くなるわ!」
 吸血鬼の死を確認したタバサは、血を失って気絶していたローザを助け起こし、彼女にメルドープの宿屋の一室をあてがった
――十日ぶんの宿賃を渡した上で。
 ローザは、二晩続けて血を吸われたせいで、顔は蒼白くなり、痛々しいほど衰弱していたが、それを除けば変わったところはなく、
≪屍人鬼≫のような怪物に成り果てているようにも見えなかった。
「それにしても、あいつは一体なんだったのかしら?」
 シルフィードは得心のいかぬ様子で言った。
「お姉さまの魔法もシルフィの爪も全然効かない不死身の怪物かと思ったら、胸に氷の矢が刺さっただけで死んじゃうなんて。
それに、どうやってローザさんの小屋に潜り込んだのかもわからずじまいだし。とにかく、あれは絶対、吸血鬼なんかじゃないのね。
雰囲気もすごく不自然で、まるで≪魂の泉≫と関係なく生まれてきたような……お姉さまはどう思う?」
「わからない」
 タバサはぶっきらぼうに答えた。
「もう、ちょっとは考えたらどうなのね」
 シルフィードはあきれたように首を振った。
 タバサが倒した吸血鬼の死体は、溶けてやや小さくなった氷柱が刺さったままの状態でメルドープの寺院の地下室に安置されており、
後日、リュティスの宮廷から派遣された調査隊に引き渡される手筈になっていた。
研究が進めば、怪物のもつ凄まじい不死性や、瞳の魔力について、いくばくかのことが判明するかもしれない。
「そうだ、あの人はどう?」
 何かをひらめいたようなシルフィードの言葉に、タバサはわずかに眉根を寄せた。
「誰」
「あの人よ、シルフィに踊りを教えてくれた魔法使い、ルイズさまの使い魔さん! すごく遠くの国から来て、
いろんなことを知ってるみたいだから、もしかしたらあの怪物のことも知ってるかも! ね、お姉さま。学院に戻ったら、
さっそく訊いてみたらどう?」
 シルフィードにそう言われて、タバサは考えるそぶりを見せたが、彼女の脳裏を占めるのは、吸血鬼に関することではなかった。
 遥かな異国のメイジである彼なら、知っているかもしれないと考えたのだ――未知の癒しの魔法、彼女の母親を救う手段を。


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