聖戦が発動されたガリアとの戦争。
ルイズは虎街道で、虚無すら効かなくなったヨルムンガントに追い詰められていた。
杖を失ったルイズに最早為す術はなく、その場に蹲る。
杖を失ったルイズに最早為す術はなく、その場に蹲る。
「苦しめて殺してやろうと思ったけど、興ざめだ。一思いに殺してやるよ」
ミョズニトニルンが笑っているのが聞こえる。
ミョズニトニルンが笑っているのが聞こえる。
ルイズは立ち上がろうとするも、腰が抜けて立つことはできない。
二十五メイルもあるヨルムンガントは恐怖そのもの。
二十五メイルもあるヨルムンガントは恐怖そのもの。
ヨルムンガントの足がゆっくりを持ち上がる。
きっとあれで自分を蟻みたいに踏み潰すのだろうと、ルイズは冷静に思っていた。
これが走馬灯なのかなと思いながら、刹那の間にルイズは過去の記憶を振り返る。
きっとあれで自分を蟻みたいに踏み潰すのだろうと、ルイズは冷静に思っていた。
これが走馬灯なのかなと思いながら、刹那の間にルイズは過去の記憶を振り返る。
自分の使い魔、ドクター・ギー。
インガノックという都市からやってきたという、現象数式を用いて体を治すお医者様。
インガノックという都市からやってきたという、現象数式を用いて体を治すお医者様。
でももうここにはいない。
元の世界に帰してあげた。
向こうにはギーの帰りを待つ人がいるから。
自分達の戦争に、これ以上巻き込めない。
元の世界に帰してあげた。
向こうにはギーの帰りを待つ人がいるから。
自分達の戦争に、これ以上巻き込めない。
そう・・・・・・もう、この世界にいないのだ。
ルイズの鳶色の瞳から、雫が零れ落ちる。
呼んだって来る筈はないのに、それでも・・・・・・ルイズは口を開いた。
呼んだって来る筈はないのに、それでも・・・・・・ルイズは口を開いた。
「・・・・・・たすけて・・・・・・ギー!!」
ルイズは叫ぶ。
それとヨルムンガントの足が、ルイズを踏み潰すのは同時。
ルイズは叫ぶ。
それとヨルムンガントの足が、ルイズを踏み潰すのは同時。
しかし、衝撃は僅かだけ。破片が飛び散っていた。
巨人の足を止める“手”があった。
巨人の破壊を止める“手”があった。
巨人の足を止める“手”があった。
巨人の破壊を止める“手”があった。
――――――――――――――――――。
――――遮る“手”が伸ばされる。
破壊から、少女を庇うように。
「・・・・・・大丈夫かい、ルイズ」
――――聞き覚えのある声。
――――とても、とてもやさしく。
――――とても、とてもやさしく。
「遅かったね、色男。間一髪だ」
ミョズニトニルンが言う。
運良く避けられたのだと、思っている。
ミョズニトニルンが言う。
運良く避けられたのだと、思っている。
ルイズの顔が晴れる。
頬に一筋の軌跡を残し、ルイズはその使い魔の名を呼んだ。
「ギー!!」
頬に一筋の軌跡を残し、ルイズはその使い魔の名を呼んだ。
「ギー!!」
――――声に応えて――――
――――その“手”は前へ――――
――――その“手”は前へ――――
――――彼の“右手”が伸ばされる。
――――前へ。
――――前へ。
ギーの右手だけではなかった。背後から。
別の“右手”が伸ばされて。
別の“右手”が伸ばされて。
――――鋼でできた手。
――――それは、ギーの手と確かに重なって。
――――それは、ギーの手と確かに重なって。
蠢くように伸ばされていく。自由に。
手は巨人の“顔”へと伸びていく。
鋼色が、5本の指を蠢かせて現出する。
手は巨人の“顔”へと伸びていく。
鋼色が、5本の指を蠢かせて現出する。
指関節が、擦れて、音を、鳴らしている。
それはリュートの弦をかき鳴らすように、金属音を生み出す。
それはリュートの弦をかき鳴らすように、金属音を生み出す。
これは――――何だ――――
何かがいる。誰かがいる。
それはギーの手ではなく、その背後から。
何かがいる。誰かがいる。
それはギーの手ではなく、その背後から。
誰かが――――
ギーの背後から、鋼の手を――――!
ギーの背後から、鋼の手を――――!
得体の知れぬ畏怖に駆られたミョズニトニルンは、ヨルムンガントと共に飛び退く。
視界にギーを捉えたまま。
視界にギーを捉えたまま。
――――鋼が軋む音が響く。
――――何かが、ギーの背後に、いた。
――――何かが、ギーの背後に、いた。
誰だ。何だ。
鋼を纏った何かが、背後に在る。
ミョズニトニルンには、それは影にも見えた。
鋼を纏った何かが、背後に在る。
ミョズニトニルンには、それは影にも見えた。
背後から右手を伸ばす、鋼の何かがいると。
正体はわからない。何者か。
人間。いいや、これは違う。
正体はわからない。何者か。
人間。いいや、これは違う。
わからない。誰が。何が、そこにいるのか。
鋼の体躯を持つ者、まさか、そんなことはあり得ない。
鋼の体躯を持つ者、まさか、そんなことはあり得ない。
鋼の影が“かたち”を得ていく。
鋼の手が動く、言葉に応えるように!
鋼の手が動く、言葉に応えるように!
鋼の“手”を・・・・・・!
ただ、ただ前へと――――伸ばす――――!
ただ、ただ前へと――――伸ばす――――!
――――鋼色の手が――――
――――ギーの“右手”に重なって――――
――――鋼の右手が――――
――――暗闇を裂く――――
――――鋼の兜に包まれて――――
――――鋭く輝く、光がひとつ――――
静かに右手を前へと伸ばす。
なぞるように、鋼の右手も前へと伸びた。
なぞるように、鋼の右手も前へと伸びた。
――――動く。そう、これは動くのだ。
――――自在に、ギーの思った通りに。
――――自在に、ギーの思った通りに。
視界の違和感はない。
道化師はいない。
かわりに、異形の影が背後にあるとわかる。
道化師はいない。
かわりに、異形の影が背後にあるとわかる。
鋼の腕を伸ばして“同じもの”ものを視ている。
覗き込む、大きな大きな騎士人形。
ミョズニトニルンの操る10体の死と破壊をもたらす者、そのひとつが。
覗き込む、大きな大きな騎士人形。
ミョズニトニルンの操る10体の死と破壊をもたらす者、そのひとつが。
数式を起動せずともギーには視えている。
恐慌をもたらす“威圧”を掻き消して、
ギーと“彼”は歪んだ鉄鎧の巨人の目を睨む。
恐慌をもたらす“威圧”を掻き消して、
ギーと“彼”は歪んだ鉄鎧の巨人の目を睨む。
――――右手を向ける。
――――己の手であるかのような、鋼の手を。
――――現象数式ではない。
――――けれど、ある種の実感が在るのだ。
――――己の手であるかのような、鋼の手を。
――――現象数式ではない。
――――けれど、ある種の実感が在るのだ。
背後の“彼”にできることが、何か。
ギーと“彼”がすべきことは、何か。
ギーと“彼”がすべきことは、何か。
――――この“手”で何を為すべきか。
――――わかる。これまでの時と同じように。
――――わかる。これまでの時と同じように。
「何をしようとしたって、このヨルムンガントの前ではッッ!!!」
ミョズニトニルンの額のルーンが光る。
それに呼応するように、ヨルムンガントの四肢が動く。
ミョズニトニルンの額のルーンが光る。
それに呼応するように、ヨルムンガントの四肢が動く。
ギーの“右目”は既に捉えている。
ヨルムンガントのすべてを。
ヨルムンガントのすべてを。
ヨルムンガントのその巨大な腕が振り上げられる!
同時に手に持った大剣が、天高く掲げられる。
微塵の容赦もなく、振り下ろされる白刃。
同時に手に持った大剣が、天高く掲げられる。
微塵の容赦もなく、振り下ろされる白刃。
矛先を向けられるのはギーと“彼”!
生身の体では避けきれまい。
鋭い反射神経を供えた《猫虎》の兵や、神経改造を行った重機関人間以外には。
鋭い反射神経を供えた《猫虎》の兵や、神経改造を行った重機関人間以外には。
しかし、生きている。
ギーはまだ。
傷ひとつなく、立っている。
鉄鎧に覆われた巨大な騎士人形の剣が切り裂くのは虚空のみ。
ギーはまだ。
傷ひとつなく、立っている。
鉄鎧に覆われた巨大な騎士人形の剣が切り裂くのは虚空のみ。
「・・・・・・遅い」
ギーは呟く。
ギーは呟く。
「なんで・・・・・・!何で死んでいない・・・・・・!?間違いなく当たった筈なのに!!」
ミョズニトニルンが絶叫する。
ヨルムンガントの剣は、確かにギーを捉えた筈だった。
その巨大過ぎる剣は生身の人間を造作もなく、粉々に吹き飛ばす。
メイジでもない人間に避けられる筈はない。いや、メイジでも避けられる筈はない!
ヨルムンガントの剣は、確かにギーを捉えた筈だった。
その巨大過ぎる剣は生身の人間を造作もなく、粉々に吹き飛ばす。
メイジでもない人間に避けられる筈はない。いや、メイジでも避けられる筈はない!
「喚くな」
ギーは淡々と、通告する。
ギーは淡々と、通告する。
狼狽するミョズニトニルンを“右目”で睨む。
ミョズニトルニルンは再度ヨルムンガントを動かし、二度目の攻撃を加える。
ミョズニトルニルンは再度ヨルムンガントを動かし、二度目の攻撃を加える。
しかし生きている。
ギーはまだ死んでいない。
ギーはまだ死んでいない。
以前の自分なら死んでいたのだろうと思う。
しかし、今なら、鋼の“彼”がギーを守る。
死にはしない。まだ。
しかし、今なら、鋼の“彼”がギーを守る。
死にはしない。まだ。
睨む“右目”へ意識を傾ける。
暴れまわる巨人のすべてを“右目”が視る!
暴れまわる巨人のすべてを“右目”が視る!
――――ヨルムンガントの装甲は強固――――
――――カウンターで物理破壊は不可能――――
――――唯一の破壊方法は――――
――――カウンターで物理破壊は不可能――――
――――唯一の破壊方法は――――
――――反射許容量と装甲限界を越える攻撃――――
――――全身の、同時圧壊――――
――――全身の、同時圧壊――――
「・・・・・・なるほど、確かに。人はきみに何もできないだろう」
系統と先住の結晶、ヨルムンガント。
すべてを弾くカウンターと分厚い鉄に覆われた鎧の体。
故に、確かに人間はこれを破壊できない。
すべてを弾くカウンターと分厚い鉄に覆われた鎧の体。
故に、確かに人間はこれを破壊できない。
唯一の破壊方法はカウンターが想定する反射限界を突破して尚装甲を貫く破壊。
故に、絶対に人間はこれを壊せない。
故に、絶対に人間はこれを壊せない。
魔法も砲弾も炸薬も体へと届くも弾かれ消える。
けれど、けれど。
けれど、けれど。
――――けれど。
「けれど、どうやら。鋼の“彼”は人ではない」
――――“右目”が視ている!
――――“右手”と連動するかのように!
――――“右手”と連動するかのように!
「鋼のきみ。我が《奇械》ポルシオン。僕は、きみにこう言おう」
一拍置いて、ギーは呟くようにその言葉を紡ぐ。
「“王の巨腕よ、打ち砕け”」
――――――――――――――――――!
――――打ち砕き、粉々に消し飛ばす。
――――鋼鉄を纏う王の手。
――――それは、怪物を破壊する巨大な塊。
――――おとぎ話の、鉄の王の手。
――――鋼鉄を纏う王の手。
――――それは、怪物を破壊する巨大な塊。
――――おとぎ話の、鉄の王の手。
押し開いた鋼の胸から導き出された鋼の“右手”は、
高密度の質量を伴って巨人の全身を叩いて砕く。瞬時に破壊する。
高密度の質量を伴って巨人の全身を叩いて砕く。瞬時に破壊する。
ミョズニトニルンが叫び声を上げる暇もなく、
超質量に圧されたヨルムンガントは崩壊した。
体のあらゆる部位を。
ばらばらに、粉々に、打ち砕かれて。
超質量に圧されたヨルムンガントは崩壊した。
体のあらゆる部位を。
ばらばらに、粉々に、打ち砕かれて。
凄まじい振動を、爆砕するように残して。
切り立った崖に挟まれた虎街道一帯を揺らして――――
切り立った崖に挟まれた虎街道一帯を揺らして――――
ミョズニトニルンは残った9体のヨルムンガントを動かす。
左右の逃げ場を失った鉄砲水のように、ヨルムンガントが押し寄せる。
左右の逃げ場を失った鉄砲水のように、ヨルムンガントが押し寄せる。
しかしそれが到達するよりも早く、ギーは言葉を続けた。
「“太陽の如く、融かせ”」
「“太陽の如く、融かせ”」
――――――――――――――――――!
――――切り裂き、融かして消し飛ばす。
――――炎を纏う刃の右手。
――――それは、怪物を焼き尽くす炎の右手。
――――炎を纏う刃の右手。
――――それは、怪物を焼き尽くす炎の右手。
押し開いた鋼の胸から導き出された刃の“右手”は、
超々高熱の火炎を伴って、前衛の3体のヨルムンガントを包み、瞬時に焼却する。
燃え尽きる暇もなく、高熱刃に包まれたヨルムンガントは一瞬で蒸発した。
超々高熱の火炎を伴って、前衛の3体のヨルムンガントを包み、瞬時に焼却する。
燃え尽きる暇もなく、高熱刃に包まれたヨルムンガントは一瞬で蒸発した。
凄まじい炎の滓を、爆砕するように残して。
切り立った崖に挟まれた虎街道一帯を揺らして――――
切り立った崖に挟まれた虎街道一帯を揺らして――――
“彼”の“かたち”が変わる。
それまでの“彼”のものではない。
だが確かに“彼”の“手”だ。
ギーの背後から伸ばされるその色は、真紅。
それまでの“彼”のものではない。
だが確かに“彼”の“手”だ。
ギーの背後から伸ばされるその色は、真紅。
――――赤色の――――
――――赫の炎にも似た、鋼の手――――
――――赫の炎にも似た、鋼の手――――
その姿は真紅に充ちて。
鋼を纏った“彼”は、姿を変えていた。
鋼の体躯は真紅に染まり、瞳は二つに。
姿は違う。けれど“彼”に違いはない。
鋼を纏った“彼”は、姿を変えていた。
鋼の体躯は真紅に染まり、瞳は二つに。
姿は違う。けれど“彼”に違いはない。
その手は今や、尋常な人間の手ではない。
真紅の鋼を纏った“右手”。
真紅の鋼を纏った“右手”。
《悪なる右手》がそこに在る。
ギーは残った6体のヨルムンガントを睨みつける。
「“光の如く、引き裂け”」
「“光の如く、引き裂け”」
――――――――――――――――――!
――――真紅の右手が疾って。
――――残ったヨルムンガントのすべてが切断される!
――――真紅の右手はすべてを奪う。
――――ヨルムンガントのすべてを完全に取り込み奪う。
――――残ったヨルムンガントのすべてが切断される!
――――真紅の右手はすべてを奪う。
――――ヨルムンガントのすべてを完全に取り込み奪う。
――――巨体は程なく消え去るのみ。
――――それまでに消滅したヨルムンガントと同じく。
――――何の痕跡も残さずに。
――――それまでに消滅したヨルムンガントと同じく。
――――何の痕跡も残さずに。
◇
「おかえり、ギー」
「ただいま、ルイズ」
「ただいま、ルイズ」
笑顔を浮かべていたルイズが、一転して心配そうな顔へと変わる。
「・・・・・・帰らなくて、良かったの?」
「ああ、大丈夫。少しだけ会えたから。会って話をしてきたから」
「ああ、大丈夫。少しだけ会えたから。会って話をしてきたから」
ギーは続ける。
「キーアは待ってくれてる。というか、叱られてしまった。『そんなのあたしの知ってるギーじゃない』って」
そう・・・・・・、だから・・・・・・、もう少しだけ・・・・・・。
「だから・・・・・・もう少しだけ、こっちで君といることにした」
周囲が勝ち鬨を上げているようだったが、二人の耳には入らない。
ギーとルイズは、澄み渡る蒼天の空の下で、静かに微笑みあった。