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ゼロの黒魔道士-47


ポチャン。
手を動かしたら、小さな石の粒が池に落ちた。
お月さまの光が、薄い雲を通したさらに淡い光になって、
揺らめく水面を照らしていたんだ。
あんまりにも、儚く消える波紋に映る自分を見ながら、ふっと不安になる。

今、ボクは、独りなんじゃないかって……

ゼロの黒魔道士
~第四十七幕~ 黒のナイトの背中

なんとなく眠れなかったから、デルフも持たずウロウロしてたんだ。
……ちょっとだけ、独りになりたかったのかもしれない。
矛盾してる気もするなぁ。独りであることが不安なのに、独りになりたい、なんて。
でも、これはボクの問題だと思ったから。
だから、ちょっと独りになりたかったんだ。

そうしたら、広いルイズおねえちゃんの家だから、ボク、迷っちゃったんだ。
似たようなドアがいくつもあって、
似たような廊下がどこまでも続いていて。
どうしようか、と迷っていたら、中庭まで出ちゃったんだ。
大きな池のある、それこそボートが何隻も浮かべられそうな大きな池のある中庭。
その水面に、吸い込まれるようになりながら、地面に腰をかけて、ずっと考えていた。

孤独を感じたとき、ボクはどうすればいいかなって……

頭の上のお月さまの光が、薄くぼんわりと辺りを照らしていた。

ふいに、ボクの頭の上だけ、真っ黒な影が覆い尽くしたんだ。

「――水面って不思議、よね。自分が映っているのに自分じゃない、みたいで」
影がしゃべったのは、その不思議な水面みたいに、ゆらめくような、そんな不思議な声だった。
「……あ、カトレアおねえさん。こんばんは……」
上を見上げれば、ルイズおねえちゃんのふんわりした方のおねえさん、カトレアおねえさんだった。
月明かりが後ろから照らしているから、表情がよく分からないなぁって思っていたら、
ボクの隣によっこいしょって腰かけたんだ。
少しだけ見上げないといけないカトレアおねえさんは、優しい笑顔で、ちょっぴり良い匂いがした。

「――考え事、かな?」
ボクの顔を覗き込むように、そう聞くカトレアおねえさん。
なんか、本当に不思議な感じの人だなぁ……
「……う、うん。考え事……かなぁ?」
「当てて、みせましょうか?」
「え?」
自分ほっぺたに人差し指をそえて、ニコッて笑うカトレアおねえさん。
そしてちょっとだけう~んって唸るフリをして、ボクに合わせてか、言葉を選ぶように、
区切りながら、ボクの考えていた事をその口で言ってくれたんだ。
「『独りぼっち、なんじゃないかって、ときどき不安になる。この大きな、世界で』でしょ?」
「……すごいや。よく分かるなぁ……」
「伊達に、ルイズのお姉ちゃんを、やってませんもの。やっぱり使い魔は召喚主に、似るものねぇ」
「……え?」
何でもお見通しって言いたそうに、カトレアおねえさんはふふって笑った。
笑っているけど、しゃべるときに一回一回呼吸を整えているのを見ると、体のどこかが悪いのかなぁ……?
「あの子もよくこの池で、泣いていたのよ。それこそ一人、でね」
池の真ん中辺りに視線を移すカトレアおねえさん。
つられて、ボクも視線をそっちの方にもっていったんだ。
「そう……なんだ」
なんとなく、いつだったか夢で見た女の子を思い出した。
ボクが水の底で、水の上で泣いている女の子を見ているような、そんな夢。
「責任感が強すぎる、のよね。二人とも」
「……どういうこと?」
あんまり、責任感って言われても、ピンと来なかった。
ボクは、できることを、やりたいことをやろうとしてるだけだったし……
「そうねぇ――例えば、ルイズ。あの子は、『貴族とはこう、あるべき』って、ずっと、背負ってたのよね」
「あー……うん……」
それはなんとなく、分かる。
ルイズおねえちゃんは、ずっと意地を張っていた。
貴族は背を向けない者って、ずっと苦しんでいた。
ボクは、ちょっとでもその助けになれればいいなぁって思ったんだ。
「そして、今君も、背負って――いるよね?」
「……え、え?」
急に、ボクの話になって焦ったんだ。
そんなボクを見て、カトレアおねえさんが、ゆっくり息をしながら、ボクのことを思ってか、
1つ1つの言葉が、ゆっくりゆっくり、
それこそ、水の底に葉っぱが沈んでいくぐらい、浸み渡るように言葉をつづけていったんだ。
「ルイズを、守らなきゃ、いけない。 そして、もっともっと守りたい。そう、背負ってる……違う?」
「……どうして分かるの?」
それこそが、今のボクのやりたいこと。そして、今のボクにできること。
でも、背負ってる、なんて。そんな感覚、全く無かった。

「お見通し、よ。 背中が、重いって悲鳴、あげているから」
「ひ、悲鳴?」
別に、重いなんて思ったことも無いし。悲鳴をあげた記憶も無かったのになぁ。
「ルイズにも、昔言ったんだけど。あの子も忘れちゃっている、みたいね……
 人ってね、限りがあるの。背中の大きさには、ね」
「……限り?」
「どんなに背負おうと、しても。 どんなに守ろうと手、伸ばしたとしても。
 届かなく、なったり。 その重さに、耐えきれなくなったり。ね」
「う……うーん……」
なんとなく、分からなくもない。
カトレアおねえさんって、本当に不思議な人だ。
水の底にたまったものを、ふわっ てすくいあげるように、
ボクの頭の中を優しくかき混ぜて、考え方を整えてくれている気がする。

「もっと楽に、なってもいいの、よ?」
「……楽に?」
少し、座っているのに疲れたのか、軽くのびをするカトレアおねえさん。
また優しい香りが、ふんわりと、夜風に乗った。
「私が言えた言葉じゃ、ないのだけどね。頼っていい、と思うの――誰かに、もっと」
「頼る……?」
「そう。頼る――甘えるとか、じゃなくてね。他の人に、預けても良いと思うの。
 背中にいっぱい、いっぱい背負いこんでしまった、重すぎる荷物を」
「え……でも……」
それだと、ボクができることを、他の人に押し付けているみたいで、何か、悪い気がする。
ボクができることは、自分でやりたいのに……
「人は、独りじゃないの――誰でも。どんなときでも。どこにいたとしても」
「……独りじゃない……」
ちょっと、ハッとする。
……ボクが、いつか言ったセリフじゃないか。
色んな人の顔が、ボクの頭に浮かびあがる。
ジタン、エーコ、スタイナーおじちゃん、ダガーおねえちゃん、フライヤおねえちゃん、サラマンダー、クイナ、
ルイズおねえちゃん、ギーシュ、キュルケおねえちゃん、タバサおねえちゃん、モンモランシーおねえちゃん、
シエスタ、マルトーさん、シルフィード、アンリエッタ姫、パック王子、クワンおじいちゃん、黒魔道士村の皆……

そう、だよね。
ボク、独りじゃないんだ。

全然、寂しくなる必要なんて無かったんだ。
離れていても、気持ちで、繋がりあえる。
それが……仲間、なんだよね。

「それとも……君は、信じられないの?君の、仲間を」
「そ、そんなことは無いよっ!!絶対に!」
信じられないなんて、そんなこと、絶対に無い。
それだけは、はっきり言える。
そうじゃなかったら、仲間なんて、言えやしないものね。
「――だったら、大丈夫。もっと頼って一緒に、支えあえばいいのよ」
「……支えあう……」
ジタンが、いつか独りっきりで戦おうとしたとき、ボクはどうしたっけ?
ルイズおねえちゃんが、独りでフーケのゴーレムに立ち向かおうとしたときは?
『独りで無理をしないで』って、言いたくて、頑張ったんじゃないんだろうか。
なのに、今のボクは独りで無理をしているみたいで、どうしたいんだろう。

でも、そうは言っても、誰かに頼るっていうのは、あまりピンと来なくて、ちょっと考え込んでしまったんだ。
「独りでは、足りなくなるの……だったら、足せばいいのよ。仲間で――ね?っケホッケホケホ」
「だ、大丈夫?」
カトレアおねえさんが、急に咳きこんだ。
背中をさすってあげる。この、優しそうな背中に、この人は何を背負っているんだろう?
そう、ちょっと考えてしまった。
「うん、大丈夫。ちょっと、久しぶりにおしゃべりしたから、ね。
 ……ルイズを、よろしくね?小さな騎士さん?いつでも頼って、いいから。こんな私、だけど」
「……うんっ!!」
……まだ、誰かに頼るっていうのは、どうすればいいか、ピンと来ない。
それでも、独りじゃないっていうのが分かったから、すっごく安心した気がする。
だから、今はそれで前へ進もうと思う。
ルイズおねえちゃんを、みんなを守りたいっていうのは、ボクのやりたいことで、できることなんだから。

お月さまを隠していた雲が、ほんの少し風で流れて、星の光が中庭を優しく照らした。


ピコン

ATE ~白のビショップの腹中~

星の光さえ届かぬ、ロマリアの地下の底。
神の御膝元にありながら、神の御威光届かぬ闇の淵。
既に忘れ去られた礼拝堂が、暗闇の中その口を開けていた。
ここは、言わば懺悔室。
重罪人の駆け込み寺。
後ろめたいことのあるやんごとなき立場の貴族達が、
ひっそりと己の罪を告白し、楽になろうとすがる最後の場所。
そうした用途で使われたのも、随分と昔の話で、
今では埃をかぶったクモの巣の展示場になっている。
時折、ぴちょん、ぴちょんという地下に浸みこんだ雨露の音色のみが虚空に響く、そんな場所だ。


「お慈悲をっ!どうか、お慈悲をっ!」
だが、この夜は違っていた。
久方ぶりの懺悔の声。
しかしそれは、やんごとなさとは対極の位置に存在する、いかにも小物くさい情けない叫び声だった。
「――えぇ、始祖はいついかなる時も貴方に慈悲を与えたもうでしょう……」
それを受け止める声は威風堂々と、しかし包み込むように柔らかである。

「恐いのです!私は恐いのです!酒場での妄言がっ!私自身の愚かなる復讐心がっ!
 小物たる私になど『王』などとっ!け、結局私は愚かな聖職者の面汚しでしかっ――」
震えている懺悔人は、アルビオンの自称神聖皇帝陛下、行方不明のクロムウェルである。
哀れなほどに痩せこけ、小物を通り越して貧相な藁人形に見える。
彼は悔いていた。
酒場で酔いに任せて吐いた『王になりたい』という妄言が、
どこでどう転がったのか、真となり、有頂天になっていたことを。
結局のところ、彼は小物だった。
大空を飛ぶことを望み、その高さを恐れることとなった哀れな小雀だった。
その空の高さを悔い、命からがら逃亡し、今ここで懺悔しようと平伏しているのである。

「望む物を手に入れ、何が不満だったというのです?」
その懺悔を聞くものは、まさしく大物であった。
俗名をヴィットーリオ・セレヴァレと言う。
歴史に残る名前としてならば、聖エイジス32世の方が通りは良いだろう。
ロマリア皇国の、いや、形式上はハルケギニア全体の長である。
二十歳ばかりという異例の若さで教皇の立場に立った者は? 聖エイジス32世しかおるまい。
清貧を重んじ、貧民の救済と腐敗する神官や寺院組織の改革を行った英雄は? 聖エイジス32世しかいないだろう。
とてつもない美貌と柔らかな物腰からロマリア市民の絶大な尊敬を集める男は? もちろん聖エイジス32世だ。
歴代の教皇の中で、最も愛と知恵に溢れる教皇は、今夜も愚かな信者の懺悔を聞くためにわざわざここに来たわけだ。
それが、どんなに小さな懺悔であったとしても、
それが、どんなに凶悪な犯罪であったとしても、
いつもと変わらない笑顔で、彼は接していた。
そのあまりにも公明正大な姿を揶揄して『新教徒教皇』などと呼ぶ輩もいるが、
そんな者達にも、このまぶしいまでの笑顔を絶やした事は無い。

「た、確かに、それは楽しい、まるで夢を見ているような時間でした!
 ししし、しかし!あの光が!あぁ、神の導きのごとき光がっ!」
クロムウェルの眼を覚ませたのは、大きな白い光だった。
ルイズの見せた『エクスプロージョン』。
それは、クロムウェルの矮小な脳みそから、ちんけな欲を吹き飛ばしてしまったらしい。
それもそのはずである。
彼は偽っていたのだ。自身が始祖の力である『虚無』の力を有している、と。
実際は水の精霊から奪ったアンドバリの指輪の力を使用してのことだ。
水の精霊の力、すなわち始祖ブリミルの敵である先住の力である。
それを『虚無』と言い張っていたのだ。
罪悪感があって当然だろう。
小物であるならばなおさらだ。

哀れな男の懺悔の声と、地下に滴る水の音が絶え間なく続く。

「わ、私は大それたことを、ありえない夢を見てしまっていたがために始祖がお怒りに――ぬぁ!?」

一際大きな、ぴちょん、という音。それがクロムウェルの頭上に降ってきた。
だがそれは、雨露というよりも、粘り気と温度を保っており、
それ自体が生き物のような印象を与える。
そのぬるぬるとした粘度を確かめた後、クロムウェルは背後を振り返った。
青の彫刻。鱗のような柱。生きているかのような造形美。迫力のある石像。
そう思い込もうと、クロムウェルは必死に思った。
一瞬、先ほどまでの懺悔を忘れてしまうほどに、必死に。
だが、その儚い思い込みは、石像ではあり得ぬ「グルル」という唸り声で否定されてしまった。
紛れもなく、風竜。頭上に落ちたのは、その涎。
軍事用にも用いられる、大型の獣。
食べられる、という愚にもつかない想像に、怯える哀れなクロムウェル。

「こらこら、アズーロ。皇帝陛下が怯えているじゃあないか」
声も無く怯えて尻もちをついたクロムウェルの眼に、見覚えのある青年の姿が映った。
風竜の首筋をなぜる、その男。
中性的な顔立ちと声。流れるような金髪。
ガラス職人が丹精をこめて作り上げたかのような細い指先で髪をかきあげるその様は、
美の女神が嫉妬するほどの美しさである。
その印象をさらに際立てるものがその両の眼である。
高級感のあるマホガニーの机のような深い鳶色の左目と、
海の底のように吸い込まれそうな碧い右目。
つまり、左右の眼の色の違う月目、ハルケギニアにおいては不吉とされる眼である。
だが、かえってその不吉さが、妖艶な魅力となって神の創作物にアクセントを添えていた。

クロムウェルは驚愕していた。
その男がいたからこそ、その男がいてしまったせいで、彼は今ここで懺悔をしているのだ。
「――あ、貴方はっ!?ど、どういうことなのですか!?」
そう、その男こそが、クロムウェルを偽りの王としたのだ。
クロムウェルの妄言を真に受け、ありとあらゆる指示を出し、彼に『アンドバリの指輪』を授け、
アルビオンでの全行動を文書で助言し、彼に冠を戴かせ――
そう、そのガラス細工でできたような美少年こそが、
天使のような姿をしたその男こそが、
クロムウェルを、地獄へと追いやった悪魔そのものなのだ。

「おや、神聖皇帝陛下はジュリオを御存じなのですか?ジュリオ・チェザーレと申しましてね。
 若いながら、立派な神官を務めておりますよ」
「あぁ、いえいえ、ただの若輩者でございます。動物の世話が精一杯で、未だ人や魂を導ける立場にはございません」
教皇曰く、その悪魔の名はジュリオ・チェザーレと言うらしい。
ジュリオ・チェザーレとは、またふざけた名前だ。
大昔のロマリアの大王の名前ではないか。
墓場から舞い戻った偉大な王が、偽りの王を作り上げ、落ちぶれる様を見て楽しんでたと言うのか?
もしもクロムウェルがまともな状態であったなら、そうした怒りを抱いたことだろう。
だが彼は、あまりにも小物であり、怯えており、混乱していた。
ただただ、自分を誘惑した悪魔が、教皇側の人間であることにひたすら驚くばかりであった。

「確かに、始祖はお怒りでしょう――」
その混乱を巧みに溶解せしめようと、教皇自らが話を元に戻す。
「ややや、やはり、ハルケギニアを戦場へと貶めるようなことをしてしまった私に――」
小物であるクロムウェルは、あっさりと元の流れに戻る。
ともかく、楽になりたい。息継ぎをしたい。溺れた小雀が思考の海で必死に泳ぐ。
「違います」
だが、助けを求めて虚空に差し出した腕は、教皇自らの手であっさりと撥ねつけられた。
相変わらず、不偏的な聖職者の笑みのままで。
「で、では『虚無の力』と偽りアンドバリの指輪を使用したことが!?
 し、しししかし、それとてじゅ、ジュリオ様のおっしゃる通りに私が――」
泣きそうになりながら、すがるクロムウェル。
先刻から這いつくばり続けているために、豪奢なはずの皇帝衣装が、埃と血と涙で汚れてしまっている。
それがますますもって、翼の折れ地に伏すばかりの小雀を思い起こさせた。
「それも、違います」
またも、否定の言葉を紡がれる。
それでも笑顔は、変わらない、教皇。

そして、幼子をいさめるように、笑顔のままでやれやれと首を振った。
「――貴方は、どうあっても聖職者であった身。そうですね?」
まるで、始祖を讃える詩篇の一節を唱和するときのような優しい声のまま語り始める教皇。
それは、父親が子を諭すような、父性にあふれた優しいものだった。
「そ、それはもちろん!しし、しかししかし、始祖への信仰を忘れたつもりは――」
自分の言葉に、一抹の罪悪感をおぼえるクロムウェル。
自分でも、気付いているのだ。
結局は己の醜い欲に踊らされ、王という虚構の冠を戴こうとした、薄汚れた存在であることを。
「――貴方は、『迷える魂』を導く必要がある。違いますか?」
さらに、諭すように語る教皇。
聖職者とは、本来迷える信者を導き、救ってやらねばならない。
だというに、クロムウェルは己自身が煩悩に迷い、惑っていた。
そのことを教皇は論じていらっしゃる。少なくともクロムウェルはそう理解した。
「も、もちろんでありますとも!ああ!やはり王のごとき振る舞いで戦乱を起すなど、神のお怒りに――」
「貴方は答えを急ぎすぎですよ。クロムウェル神聖皇帝陛下殿」
だが、その安易な答えはまたも否定された。
『神聖皇帝閣下』という仰々しい肩書が、優しい声であるはずなのに冷たく地下に響きわたる。

「ただ――貴方が導いた『迷える魂』が少なかった。それだけのことです」
やや、ため息混じりに教皇が言う。
「そ、それはどういう?」
はて、少なかったとは。
クロムウェルの足りない脳味噌が答えを探そうと必死にあがく。
「――アルビオンの死者数は万にのぼると聞き及びます」
「さ、左様でございます!む、無垢なる信者を殺めたことを懺悔いたしたく……」
これはもちろん自己満足にすぎないことをクロムウェルは理解している。
死者はどうやっても蘇らない。
例えアンドバリの指輪を用いたところで、意思を持たぬ操り人形しか戻らぬと彼は知っていた。
懺悔をしたところで、彼の罪は決して消えない。
クロムウェルとてそれは理解しているのだ。
だからこそ、少しでも楽になりたくて、ここで懺悔をしているのだ。

「そうではありませんよ、皇帝陛下。『数』が合わないのです」
「か、数っ!?」
「『迷える魂』と死体の数……まるっきり合わないのですよね」
「い、意味がよくわからな――」
クロムウェルの頭で、いくつかの疑問点が湧きあがってきていた。
その最たるものが、『迷える魂』の指すところについてだ。
まさか、と頭の隅のごくごく矮小な部分でクロムウェルは考える。
『迷える魂』とは、信者のことではなく、死者の魂そのものを指すのではあるまいか……?

「『聖地奪還』。貴方が掲げた――いえ、それこそが我々の悲願でしたね?」
「も、もちろんですっ!わた、私とて聖職者の端くれ、それこそが――」
聖地奪還、その言葉はブリミル教の存在理由そのものと言ってもいい。
憎きエルフ達に奪われた聖地を奪還する、それは果たされぬ夢として6000年間続いてきたとされた。
だからこそ、仮にも聖職者であるクロムウェルは、誘いに乗ったのだ。
聖地奪還を標榜とする国家の、王となることを。

「『迷える魂』無くして、我々が聖地にたどり着くことは無いのですよ。贄の羊が我々には必要なのです」
笑顔は崩さないままに、宗教家の残酷なる一面を見せる教皇。
それが、あまりにも不似合いで、クロムウェルは耳を疑った。
「は、はい……?あ、あの、何とおっしゃられたのでしょうか?」
生贄を、必要としている。
宗教にはそうした一面があることは百も承知だが、ここまで露骨に、
しかもそのトップである教皇がそうしたセリフを吐くことが、クロムウェルには信じられなかった。
「――それだというのに、予定よりも『迷える魂』の数が少ないなんて――がっかりするよね」
犠牲が必要であると、教皇は確かに言った。
史上、最も民に愛され、民を愛したはずの教皇が。
さらにジュリオが補足するところによると、
生贄の数が少ないことを、口惜しく思っている、だと?

「ま、まさ、まさかまさかまさかまさか!?きょ、教皇様、貴方はまさかこの戦乱を望んでッ――」

教皇は戦乱を望んでおり、自らの信者を大勢殺そうとしている。
そのために、ワザと人々を憎しみ合わせるように仕向けて……
その禁忌とも言える事実に思考が到達する直前に、クロムウェルの視界は途切れた。
グシャリ。
仮にも、神聖皇帝陛下という地位にあった男の最後にしては、あまりにもあっけない音だった。
 ・
 ・
 ・
教皇は、クロムウェルがただの屍と化すのを、笑顔のまま見続けていた。
「――ジュリオ、竜のしつけはちゃんとしてください」
ベットリと血のついた竜の足を見て、教皇がもらした感想はそれだけであった。
所詮、贄がまた1人増えただけのこと。
彼にとって、気になることはその『魂』の行く先だけであり、
すでに白いブヨブヨの脂肪や、べっとりと皮膚にこびりついた毛、
ゴロリと転がったゼリー状の目玉、乳白色に鈍く光る骨の欠片、
そしておびただしいばかりの血と化した遺骸の陰惨さなど、彼にとってはどうでも良かった。
「これ以上、お話を続けられても無駄なお時間をお過ごしになるだけでしょう?
 ――おいおい、アズーロ。駄目だよ。こんなものを食べちゃお腹を壊してしまう」
その愛すべき部下であるジュリオも、そんな教皇の思考を熟知していた。
血の匂いに猛る風竜をやんわりたしなめるだけで、死体についてはなんとも思ってもいない。

「――やれやれ、『ルビー』はおろか、必要な『信者』も得られず……私は教皇失格でしょうか?」
ゆっくりと、祭壇に腰をかける教皇。
少しばかり、疲れたような表情が浮かぶ。
彼にとって、『信者』とは、彼を盲信していてくれているのが一番ありがたかった。
そこには、寄付も、言葉も、身体さえも要りはしなかった。
必要なのは、その『迷える魂』だけ。

だから、彼は戦乱を望んでいた。
必要なだけの、『信者』を集めるために。

だが、いくつかの邪魔があって、思うように戦乱が起こっていないことに、
若干の歯がゆさを、彼は感じていた。
彼の予想では、今頃トリステインとアルビオンは泥沼の戦闘状態にあり、
歳の老若や性の男女といったものに関わらない、多くの『信者』を集めることができたはずであるのに。
まったく、世の中というものはままならないものである。
彼の手元から『ルビー』を奪っただけではあきたらないのであろうか。
改めて、それを痛感していた。

「いえいえ、挽回はいつでもできるかと存じ上げます」
年若い神官が、その疲れをいたわるかのように、そっと助言を挟む。
「――それでは、ジュリオ。何かいい策でも?」
疲れてはいても、そっと笑顔を戻し、ジュリオに微笑みかける教皇。
そこには何ら黒い物は感じられず、むしろ聖なる仕事に従事している、まばゆいばかりの光が感じられた。
「そうですね――季節外れの極楽鳥の卵、というのはいかがです?」
提案は、ただの食事のメニューのように聞こえた。
「あまり美味しそうには聞こえませんが?」
教皇はやや顔をしかめる。
言葉だけならば、ただ好き嫌いを言っているように聞こえなくもなかった。
「味よりも、いかに食べがいがあるか、だと思いますけどね。それに滋養と――
 あぁ、こらこら!食べちゃ駄目って言ったじゃないか……」
バリバリ グシャグシャ バキバキ ゴクン
骨をその強靭な顎の力で噛み砕き、とろけるような脳髄や臓物を、一心不乱に食べる風竜。

教皇は竜のそんな姿に一切の動揺や関心も見せず、ただそれを当然の行為であるかのように目の端に留めながら、
ジュリオの提案するところの『滋養たっぷりで食べ応えのあるメニュー』について試案していた。
「極楽鳥――といえば火龍山脈ですか……ガリア王配下の方々のお力もお借りしましょうか?」
「そうですね。それが最適かと存じ上げます」
オーダーは決まった。後は材料の調達と実際の調理だけ。
神官らしく、彼らは簡素なメニューを好んでいた。
だからこそ、これだけの言葉でレシピは確定してしまう。
後のこと?それこそは神官らしく、『神のみぞ知る』と言ったところか。
だが、それで十分だ。
いつだって、神は彼に仕える神官が大好きなのだから。

「――聖地を、我らの手に」
「えぇ、必ずや」
彼らの悲願である、聖地奪還。
そのために、『止まる』という選択肢など、彼らには存在しなかった。
その決意を胸に、一礼するジュリオの右手には古代ルーンが輝いていた。
読む者が読めば理解できただろう。その意味するところは、『ヴィンダールヴ』。
『神の右手』、である。
それを見届けて、教皇は一層まばゆいばかりの笑顔を浮かべた。



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