あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

虚無と賢女-09






二つの月が重なり、青白く光る一つの月だけが夜空とラ・ロシェールの街を照らす中、エレアノールは一人、部屋のベランダで月を見ていた。一階の酒場ではギーシュたちが酒を飲んで盛り上がっており、エレアノールも最初は参加していたが、途中で退席していたのだった。
月を見上げるエレアノールの背後、部屋の扉がギィと音を立てて開きルイズが入ってきたのは、彼女が宴席から抜け出て十数分後のことだった。

「エレアノール、何をしているの?」

エレアノールはルイズの方を振り向いて、微笑みながらもどこか寂しそうに答える。

「月を見ておりました。私の故郷では、月はいつも一つしか見えていませんでしたから……」

その何気ない呟きに、ルイズは静かな憂いを感じ取る。聞いたこともないような遠い国から彼女を召喚し、仲間から引き離して自分の使い魔にしていることに、今さらながらも息苦しい思いが胸中に浮かび上がってくる。

「……ずっと気になっていたけど、それってどんなところなのよ?」

息苦しさを何とか抑えて、ルイズは召喚の日から気になっていたことを聞く。授業の合間を見て、ルイズが図書室で調べた地図や地理の書物にも、そしてダメ元で調べた史書のどこにも、『アスロイト王国』や『カルス・バスティード』という名は記されていなかった。―――『カルス・バスティード』に関しては、ガリア語で『小別荘』もしくは『城壁に囲まれた町』という意味で辞書に載っていたが。

「……」

エレアノールは月を見上げ、しばらく見つめ続ける。階下の酒宴の騒ぎが部屋の静けさに響いてきていた。

「そうですね……、皆が皆、生きている実感を味わえる場所でしょうか。あそこは常に死と隣り合わせでしたが、それでも信念のために、家族のために、そして生きるために必死で、とても……濃密な一日が送れるところでした」
「……」

エレアノールの言葉には懐かしさと辛さと嬉しさ、そして悲しさが複雑に入り混じっていた。それをルイズは望郷の思いだと感じ取り、余計に息苦しさを感じた。

「……ひょっとして、すぐにでも帰りたいって思ってる?」

エレアノールが来てからの一ヶ月間、一言もそのようなことを言わず、態度にも表すことがなかったのでルイズは意識することがなかったこと―――そして、自分の側から彼女がいなくなることの恐怖から、考えようとしなかったこと。

「……」

振り返ったエレアノールの顔には、儚くも優しい微笑みが浮かんでいた。ルイズの不安を感じ取り、それを和らげようとする微笑みだった。

「向こうの仲間たちにも会いたいですし、私が召喚されて以降のことも確かめたいと思っているのは、紛れもなく本心です。でも、だからといって貴女を放ってまで帰るつもりはありませんよ」

ルイズの息苦しさはその言葉では晴れなかった。自分という存在がエレアノールを繋ぎとめていると、深く感じさせたのだった。

「……私、ワルドからプロポーズされたの」
「そうなの、ですか……。その、おめでとうございます」

エレアノールの祝いの言葉に、ルイズは首をゆっくりと振る。

「まだ受けると決めたわけじゃないわ。昔は憧れていたし、昨日も一緒にいたけど……恋愛って感じをもてなかったもの。憧れていたことを思い出して、懐かしいって感じだけだったわ……」

その場で色々な話をしたことを思い返す。昔のラ・ヴァリーエルの屋敷でのことや、会えなくなってからのお互いのこと、そしてプロポーズのこと。

「でも……でも、結婚したあとなら、エレアノールは私のことを気にしなくてもいいわよ。最初に約束したとおり、旅費だって出してあげるから……帰りたかったら帰ってもいいのよ」
「ルイズ様……。私のことなど―――ッ!?」

エレアノールは唐突に言葉を区切ると、ハッと窓の外を振り向いた。

「エレアノールッ!?」

ルイズが見たのは―――見ることが出来たのは、突然、自分に向かって飛び掛ってくるエレアノール。
そして聞いたのは―――聞くことが出来たのは、二人一緒に床に倒れこむ鈍い音と、鋭い風切り音。

「きゃッ!?」

窓から飛び込んだ数本の矢は、エレアノールが一瞬前までいた空間を貫き床や壁に突き刺さる。

「―――敵襲です! ルイズ様、早く廊下へ!!」

次々と撃ち込まれた矢をエレアノールは逆剣で払い落とし、ルイズを廊下へと逃がす。ベッド脇に置いてあったデルフリンガーを手に取り、続いて廊下に飛び出そうとし―――僅か一瞬だけ振り返り襲撃者の姿を確認する。

(射手数人と……仮面の男?)

月明かりに照らされた向かいの屋根の上でこちらを撃ちかけてくる弓を持った男たちと、その一歩後ろでジッとこちらを見据える仮面の男、腰に杖を差しマントを羽織っているところからして貴族、つまりメイジをエレアノールは確認し、廊下へと飛び出した。





弓を撃ち続けた男たちは、標的のエレアノールが廊下へと逃れるとようやく撃つのを止めた。そして次の指示を求めるように、鋭い眼光―――戦場を渡り続けた歴戦の傭兵が見せる目を仮面のメイジへと向ける。

「お前たちは下の連中と合流しろ」

仮面のメイジの言葉に傭兵たちは一斉に頷き、そして一人が口を開く。

「念のために聞くが、俺たちは裏口に回らなくてもいいのか? 今なら挟み撃ちにできるぜ?」
「そんなことは、お前たちが考えることじゃない」

有無を言わせる物言いに傭兵たちはムッとするものの、すぐに気を取り直して行動を開始した。

「……」

はしごを使い屋根から折り始めた傭兵たちを見送った仮面のメイジは、腰に差していた杖を抜くと呪文を詠唱し、夜空へと舞い上がっていった。





一階の酒場は修羅場と化していた。表から次々と波状をなして撃ち込まれる大量の矢と、這いずりながら壁際に逃れようとする客たち、そしてテーブルを倒して盾代わりにしているキュルケたち四人の姿がそこにあった。
エレアノールは状況を階段の上から確認すると、ルイズを抱きかかえて一気に階段を飛び降り、キュルケたちの下へと駆け寄る。

「皆さん、ご無事でしたか?」
「ええ、何とかね―――タバサ、風の守りをお願い!」

エレアノールの方を振り向かずに答え、タバサの詠唱が終わると同時にテーブルから身を乗り出す。その途端、キュルケに向かって次々と矢が飛来してくるが、尽く直前でタバサの風の魔法で吹き散らかされる。

「『ファイアーボール』!」

キュルケの放った火球は店の入り口を通り、表に着弾して燃え上がる。その明るさに何人かの弓を構えた傭兵たちの姿が見えたが、上手く火球を避けていた。

「参ったね。どうやら連中はメイジとの戦いに慣れているらしい」

その様子をテーブルの端から伺っていたワルドは呟く。

「炎に照らされた中に昨日見た顔もいた」

同じように表を伺っていたタバサも呟く。その言葉にキュルケは軽くため息をついた。

「やっぱり、ただの物取りじゃなかったのね。……どうするの? やつらはこちらの精神力を消耗させてから一斉に突撃してくるわよ」
「僕のゴーレムで防いでやる!」

ギーシュはやや青ざめながらも、青銅の薔薇を顔の前に掲げて宣言する。

「いえ、それでも防ぎきれないでしょう。敵がゴーレムへの対策を考えてないとは思えません」
「エレアノールの言うとおりね。それに、あんたの『ワルキューレ』じゃあ、せいぜい一個小隊相手にするのが関の山でしょ?」

エレアノールとキュルケに彼我戦力を踏まえた意見で反対され、ギーシュは意気を挫かれて落ち込む。その様子に流石に気の毒になったエレアノールは、おずおずと言葉を続けた。

「しかし、詠唱中の皆さんを守る前衛として考えるのなら、『ワルキューレ』も十分に活用できます」

エレアノールの慰めにギーシュは、幾分気を取り直して顔を上げた。

「それじゃあ、精神力の余裕があるうちに打って出る? とりあえず、あたしとタバサとワルド子爵にそれぞれ二体ずつ―――」
「いや、敵の戦力が把握出来ない以上、強攻策は危険だ。それよりも諸君、このような任務は半数が目的地にたどり着ければ、成功とされる」

低く抑揚を抑えたワルドの言葉に、他の五人は思い思いの面持ちで頷く。その中で、普段と同じ無表情のままのタバサが、自分とキュルケとギーシュを杖で指して「囮」と呟く。

「……ま、妥当な選択よね。それじゃヴァリエール、さっさと行って来なさいな」
「え? え? ええ!?」

キュルケの言葉に驚いたルイズは、キョロキョロと皆の顔を見回す。

「単純な計算よ。貴女はアルビオンに行かないといけない、そして道中の護衛も必要。こっちは連中の足止めをしないといけない、そしてあたしとタバサで攻撃力は十分だし、ギーシュの『ワルキューレ』という前衛の盾もある」

『ワルキューレ』の言葉を口に出すとき、キュルケはエレアノールに向けてウィンクをする。どうやら、エレアノールの意見に彼女も感心しているようであった。タバサとキュルケの意見を聞いたワルドは、ふむっと頷く。

「よし、ではすぐに行動開始だ。すぐに裏口から抜けるぞ」

ワルドの言葉を合図に、五人は一斉に行動を開始した。タバサは風の守りをテーブルから厨房の間にかけてルイズたち三人のルートを確保し、キュルケが牽制の『ファイアーボール』を表に向けて撃ち放つ。ワルドとルイズが厨房へと視線を向ける中、エレアノールは一枚の折りたたまれた紙をタバサに手渡す。

「タバサさん、これを。私は内容を記憶しましたから」
「ん」

タバサはチラっと視線を向けて受け取り、それを服のポケットへとしまいこむ。それを確認すると、エレアノールは先に動き始めていたワルドとルイズへと続いた。
傭兵たちの怒号と矢の風切り音が響く中、ワルドを先頭にしてルイズとエレアノールは酒場を抜けて厨房に入り、店の裏口へとたどり着いた。ワルドはぴたりとドアに身を寄せて外の気配を探る。

「誰もいないようだ。よし、開けるぞ」

ドアをあけたワルドは再度、周辺を見回して待ち伏せがないことを確認する。

「桟橋はこっちだ!」

ワルドが先頭、続いてルイズが夜のラ・ロシェールの街へと躍り出た。最後―――しんがりを受け持ったエレアノールは、待ち伏せがなかったことを不審に思いながら駆け出す。
―――もし、自分が襲撃者なら、この場所に戦力を伏せて逃げようとする者を迎え撃つ。それがなかったということは……、

「……こちらを完全に分断するつもりなのでしょうね」

エレアノールは周囲に注意を払いながら、二人を追っていった。
―――昨夜からの一連の出来事が、アルビオンの反乱軍は既にトリステイン内部にも十分な諜報網を張り巡らしていることを意味し、自分たちは常に遅れを取り続けていると考えながら。





月明かりが照らす山道の階段を、ルイズたちは走り上がっていた。長い階段を駆け上がり、丘の上に出るとその先には―――

「これは……樹? もしかして、これが『桟橋』なのですか?」

山ほどもある巨大な樹が四方八方に枝を伸ばしていた。よくよく見ると、その枝から木の実のようにぶら下がっている船の姿もある。思わず立ち止まって見入るエレアノールに、ルイズが不思議そうに振り返る。

「エレアノールのところには無いの?」
「え……ええ、船というものは川や海で浮かんでいるものでしたから」
「海に浮かぶ船もあれば、空に浮かぶ船もあるわよ。それより急ぐわよ」

ルイズはこともなげに言うと、先行するワルドに追いつこうと足を速める。エレアノールも気持ちを切り返して、その後を追う。
三人は樹の根元へと駆け寄り、その中―――幹をくり貫いて造られた吹き抜けのホールへと入る。夜であったため中には誰も居らず、静まり返っていた。

「よし、こっちだ! この階段の先にアルビオン行きの桟橋がある!」

ワルドは二人を手招きして呼び寄せると、先陣を切って桟橋への階段を上がり始める。
―――ギシ。エレアノールは階段を踏みしめ、その足場の悪さに顔をひそめた。ボロボロの手すりにも視線を向けて注意して上がらなければと考え、先を走っている二人を追い始めた。





階段を駆け上がり続け、踊り場にたどり着いたルイズは足を止めて息を整える。宿からずっと走り続け、足の筋肉が悲鳴をあげていた。ふと、手すりの向こうに見えるラ・ロシェールの街の明かりに目を向ける。駆けている間、時折爆発音が響き、宿での戦闘が続いていることが分かった。

「ハァ、ハァ、ハァ……ツェルプストーの癖に、私の盾になるなんてどういうつもりよ」

ルイズは二手に分かれる寸前に見たキュルケの笑顔を思い出す。普段と同じ勝気でニンマリとした気に触る笑顔、でも何故かいつもより腹が立たなかった。
ルイズは頭を振って思考を断ち切り、疲労で崩れそうになる足に力を入れなおして再び駆け出そうとした―――

「ルイズ様、後ろッ!!」

最後尾のエレアノールからの悲鳴に近い警告に、反射的に振り返る。ルイズの視界に入ったのは、彼女へと迫ってくる黒い影。

(敵……!?)

ルイズに出来たのは、その場にしゃがみ込むことだけだった。黒い影―――白い仮面の男はルイズへと杖を持っていない方の手を伸ばしかけたが、突然軽業師のようにジャンプした。その一瞬後、エレアノールの抜き打ちの一閃が、白い仮面の男の居た空間を薙いだ。

「へ……、あれだけ派手に投げつけておいて、慰めもそこそこに鞘に入れっぱなしにしやがって。相棒の剣に対する感謝の気持ちを疑うぜ……」

一人、もとい一本の剣の、緊迫の空気とは場違いのデルフリンガーの呟きが踊り場に響いた。しかし、エレアノールもルイズも、そしてワルドもそれには答えず、踊り場の端に着地した仮面の男へ注意を向けていた。

「ワルド子爵、魔法で援護と……ルイズ様をお願いします」
「ああ、任せたまえ」

ルイズを庇う位置に移動しながら、エレアノールは注意深く仮面の男の挙動を見つめる。仮に呪文を詠唱しようものなら、その瞬間に斬り込みを仕掛けることのできる間合いと、胸中で目算を立てていた。
―――だが、エレアノールは一つだけ魔法に関して勘違いしていることがあった。

「えッ!?」

周囲の空気がひんやりと冷たく、そして危険な何かを孕んだものに変わったことを本能的に感じ、デルフリンガーを構えなおす。その瞬間、空気が震え、そして弾けた。
―――予め呪文の詠唱さえ済ませておけば、好きなタイミングで魔法を放つことが可能ということを知らなかった。

「きゃあぁぁぁ―――ぅッ!?」

男の周囲から稲妻が伸びて、エレアノールに襲い掛かる。ルイズを庇う位置に立っていたことが、彼女から魔法を回避するという選択肢を奪い去る。電撃は盾代わりに突き出したデルフリンガーに着弾し、続いて彼女の身体を蹂躙する。

「エレアノールッ!?」

ルイズの悲鳴がどこか遠くから聞こえてくるような錯覚を覚えつつも、手放しそうになる意識を食い止めて崩れかけた身体を持ち直す。仮面の男はエレアノールを仕留めそこなったことに舌打ちしながら、次の魔法の詠唱を始める。

「『エア・ハンマー』!」

後ろに控えていたワルドが放った風の塊が、仮面の男を捕らえて吹き飛ばす。そして、そのまま踊り場の手すりごと宙に投げ出され、夜闇の中を地面に向けて落下していった。

「エレアノール! 大丈夫なの!?」

ルイズはエレアノールへと駆け寄り、その両手の様子を見て目を見開いた。電撃の衝撃で服の両腕の部分が焼き焦げており、皮膚にミミズ腫れ状の火傷が走っていた。

「申し訳……ありません、油断し、ました」

エレアノールの苦しげな表情にルイズはハッと息を呑む。そして、ワルドへと振り返った。

「ワルド! エレアノールに『治癒』をかけてあげて!」
「ああ、分かった。だが、『水の秘薬』がなければ痛み止め程度しか出来ない」
「それでも構わないわ!」

ルイズの答えに、ワルドは杖をエレアノールへと向ける。呪文の詠唱が終わると同時に両腕に走る激痛が和らぐものの、火傷はそのまま残っていた。

「あとはこれから乗る船から薬と包帯を分けてもらおう。……しかし、今の魔法は『ライトニング・クラウド』、本来なら命を奪うほどの強力な『風』系統の魔法だ。そのインテリジェンスソードが電撃を弾いていたようだが、金属ではないのか?」
「知らん、忘れた」

つまらなそうに鞘をカチャカチャと鳴らすデルフリンガーを、エレアノールは杖代わりにして立ち上がる。

「今ので楽に……なりました。次の追手が来る前に、早く船に行きましょう」

その言葉にワルドはその通りだと頷き、ルイズは心配そうな表情を向けたまま小さく頷いた。そして三人は再び階段を駆け上がり始めた。





『女神の杵』亭で行われていた短くも激しい戦いは、終わりを告げていた。遠巻きに矢を撃ち込んで消耗戦に持ち込もうとした傭兵たちに対し、タバサが呼び寄せたシルフィードとギーシュのヴェルダンデによる空と大地からの牽制と『ワルキューレ』の突撃、そして共にトライアングルのメイジであるキュルケとタバサによる魔法のコンビネーションの前に、攻めきれずに逃げ出したのであった。
後に残ったのはボロボロになった酒場とそれに涙する店主と勝者であるキュルケたち三人、逃げ遅れた五人の傭兵。

「名もなき傭兵の皆様がた、どうして貴方がたがあたしたちを襲ったのか教えていただけるかしら?」

傭兵たちはギーシュの『ワルキューレ』に押さえつけられ、苦痛と反発のうめき声を上げる。しばらく様子を見守っていたキュルケは、華麗と媚態が入り混じった笑顔を浮かべて杖を振る。その途端、傭兵たちの目の前に直径十サントほどの火球が生まれる。

「堅くなったお口を、あたしの『微熱』で解して差し上げてほしいのかしら?」

キュルケの視線と声に危険な色合いを―――雌豹と正面から向き合っているような命の危機を、傭兵たちは正確に悟った。そして一人が屈して喋りだしたのに続いて、二人三人と次々と口を開いた。
曰く、白い仮面の男に雇われたこと。曰く、ラ・ロシェールの入り口でエレアノールとギーシュを待ち構えていたこと。曰く―――。

「―――つまり、その仮面の男ってルイズたちの行動を把握していたってこと?」

キュルケの言葉にタバサはコクリと頷く。そして、二人はもう一人の当事者―――傭兵たちを撃退して意気軒昂に盛り上がっているギーシュに視線を向けた。ギーシュは頭上に青銅の薔薇を掲げて朗々と誇らしげに―――そして誰も聞いてない―――名乗りを上げていたが、二人の冷たい視線に徐々に声を落としだした。

「な、何だね二人とも? そんな目をして……?」
「ギーシュ。貴方、出発前に誰かにこのことを話した?」
「と、とんでもない! 姫殿下から仰せ付けられた密命を、話すわけないじゃないか!?」

慌てふためいて思いっきり『姫殿下から仰せ付けられた密命』と口を滑らせたギーシュに「どーだか?」という表情を見せつけ、再びキュルケとタバサは傭兵と向き合う。

「それより問題は仮面の男よね? ……どこに行ったのか、本当に知らないの?」
「し、知らねぇ!? さっさと飛んでどこかに行きやがったよ!?」

先ほどの火球を生み出されてはたまらないとばかりに、傭兵は早口で情報を吐く。一通り証言を聞き終えたタバサは、小さく頷いて二人の方へと向き直る。

「この襲撃の目的はこちらの分断」
「あら? それじゃあ、貴女とワルド子爵はまんまと敵に乗せられちゃったのね」

普段どおりの余裕な態度で肩を竦めるキュルケ。しかし、タバサには先行したルイズを心配している雰囲気を、彼女から僅かながら感じ取れていた。

「まだ説明つかないことがある」

タバサはもう一度、胸中で情報の整理を行う。
―――白い仮面の男が今回の策謀の主導者。目的はギーシュがたった今口を滑らせた密命で、それを任されているルイズ。裏口に兵力を配していなかったのは、脱出を諦めて宿に立て篭もられることを防ぐため。仮面の男が一人飛んでいったのは、桟橋までにルイズたちを襲うため……?

「もう一つ確認。ここから桟橋まで他に傭兵は?」

タバサは浮き上がった疑問点を目の前の傭兵に問いただす。見た目が幼いタバサに、傭兵は顔を背けて無視しようとしたが、背けた先でニッコリと危険な微笑みを浮かべるキュルケを見て慌てて口を開いた。

「いねぇよ!! 俺たちが待ち構えるように言ったが、あいつは必要ない、自分一人で十分だって!!」
「……そう」

ちぐはぐ過ぎる、とタバサは胸中で呟いた。
―――目的が密命に関することなら十分な兵力で待ち構える。けど、仮面の男は一人でルイズたちを襲撃するために行った。ルイズたちの足取りを完全に把握して戦力を整えたほどの者が、最後の詰めを見誤ることはありえない。つまり、密命以外にも目的があって、そのために一人で襲撃せざるを得なかった?

「タバサ? どうしたのよ?」

付き合いの長いキュルケは、タバサの様子を感じ取って声をかけてくる。一方のギーシュはタバサのどこがどう変わったのかさっぱり読み取ることが出来ず、首を傾げているだけだった。

「……」

―――足取りを完全に把握していたのもおかしい。魔法学院から馬で普通なら二日かかる道程を、たった一日で駆け抜けることを事前に知っていないと待ち構えることは出来ない。しかし、傭兵たちに到着する時刻をほぼ正確に指示していた。常に一行を見張っていれば可能だが、鳥や獣の使い魔では街道を強行軍で駆ける馬とグリフォンに追いつくのも難しい。幻獣の使い魔は、人目につきやすいために密かに追跡するのは不可能。つまり、使い魔に頼らずに一行を見張り続ける手段……!

「タバサ?」

キュルケの声が耳に届くが、タバサの脳はそれを聞くことをしなかった。彼女の脳は複雑に絡み合った紐を解すための場所を、見出したことに集中していた。

―――フーケには何かの『目的』で置いておく必要があったのと、私たちが回収してもそれを取り戻す『手段』を持っていたということです。
―――その『手段』は、メンバーの中にフーケかその協力者がいるだけで容易に達成できますしね。

タバサの脳裏にシルフィードを経由して盗み聞きした会話が蘇る。そして、今回のことにそれぞれ『仮面の男』と『目的』と『手段』を当てはめた。『目的』以外がぴったりと当てはまり、疑問点のほとんどを説明することが出来た。『風』の系統で最も有名な魔法、恐らくは『風』以外の系統のメイジでも一度は耳にしたであろう魔法を彼女は思い浮かべていた。

「……『遍在』」
「え?」

タバサの言葉に、キュルケは不思議そうに聞き直した。





夜空を飛ぶ船は風を受けて、月明かりの中アルビオンへの航行を開始した。ワルドの『風』の魔法の力で速度が早い船はたちまちラ・ロシェールから離れ、街の明かりはあっという間に遠ざかり、やがて雲の間に消えていった。舷側からそれを見ていたエレアノールは、視界から明かりが消えると同時にため息をついて座り込む。

「エレアノール……、船員から塗り薬と包帯をもらってきたわ」
「……ありがとうございます、ルイズ様」

両手に包帯と薬瓶を抱えたルイズに、心配させないように笑顔を向ける。

「べ、別に感謝されるほどのことじゃないわよ! それに―――」

薬瓶のフタを開け、中身の軟膏を指ですくいエレアノールの腕へと塗り始める。

「それに―――私が後ろに居たからエレアノールは避けられなかった、そうでしょう?」

その声に潜むのは罪悪感。エレアノールの実力を知っているがため、ルイズは自分が足手まといになっていると気付いていた。

「先ほどのことは……私の油断です。先ほどデルフから聞きましたが、予め呪文を唱えておけば魔法そのものを突然放つこともできると知らなかったのですから」

その言葉はエレアノールの本心でもあった。遺跡の中で相対した魔物の中にも、ほぼ予備動作なしで魔法を放ってくる種類がいた。相手が人間だから、周囲の学生や教師たちが魔法を使うときに呪文と杖の動作を常に行っていたという先入観があったから、魔物とは違うと思い込んでいた、と。

「でも……」

さらに言葉を続けようとしたルイズを、エレアノールは止めるようにそっと彼女の頭に空いている手を乗せる。

「ルイズ様……。これから向かうアルビオンは戦場、あのようなことは当たり前の場所です。本当はそんな危険な場所に行ってほしくありません。ですが、ルイズ様が主君―――大切なお友達のために貴族の誇りで応えようとするなら、その盾になることを私は厭いません」

もっとも、エレアノールはアンリエッタ王女の浅薄な発想―――信頼できる手の者が居ないなら、信頼できるお友達に行ってもらおうという安易な選択には、胸中で呆れ半分ため息をついていた。同時に周囲の側近や教育係などから、あくまで政略結婚の駒としてのみ教育され、政治を全く教えられてなかったために夢想的で愚かな選択肢を何の躊躇もなく選んだのだろうと思った。

「エレアノール……」

感情の起伏が激しいルイズは涙目になって声を震わせていたが、負けず嫌いな一面がそれを押さえつけようとして変な顔になっていた。

「ルイズ様……、後は自分でしますので先に休まれてください。これからが正念場、今のうちに体力を養っておくのが大切です」
「え、ええ、そ、それじゃあ部屋に、行っているわね」

ルイズは包帯と薬瓶をエレアノールの側に置くと、タタタっと小走りで船内へ続く階段へと走っていった。それを見送り、もう片方の手に薬を塗ろうとしたエレアノールの元に、船長と話し込んでいたワルドが寄って来た。

「船長の話では、ジェームズ一世とウェールズ皇太子が率いる王党派はニューカッスル城の立て篭もっていて、その周りを二重三重と包囲されているらしい」

ニューカッスル城と聞き、エレアノールはフーケから受け取った地図を思い返し、アルビオン大陸の端に位置する小城であったことを確認する。

「それでは私たちは、その包囲網を突破しなくてはなりませんね?」
「その通りだ。……だが、反乱軍も現時点では公然とトリステインの貴族に手出しはできんだろう。王党派と接触するのは難しいが、不可能ではないはずだ」

楽観的とも言えるワルドの意見に、エレアノールは眉をひそめる。確かにルイズの身に何かがあれば、トリステインの軍事介入に発展する可能性は十分にある。そうなれば、滅亡寸前の王党派がその助けを得て息を吹き返すことになり、その展開を避けようとするはずだ。しかし―――、

(『密命』で王党派と接触を取ろうとする私たちは、『公然』とアルビオンに訪れていることを知らしめることは出来ない)

仮にトリステイン貴族であることを前面に出したとしても、反乱軍はアンリエッタ王女の恋文とその回収に動いているルイズ一行のことを把握している。果たして、何が何でも妨害したい者たちが自分たちの本拠地の中に入り込んでいるのを、そのまま見過ごすだろうか……?

「実際に行うのは、難しい……でしょうね」
「ああ、難しいさ。だからこそ、僕とミス・エレアノールとで、ルイズを無事に王党派の陣まで届けなくてはならない。ただ、夜の闇には気をつけないといけないがな」

エレアノールの困難な現況への控えめすぎる呟きに、ワルドは自信たっぷりに答えた。

「……ところでワルド子爵、先ほどの仮面の男ですが……おかしいと思いませんか?」
「おかしい? 何か気になることがあったのかね?」

エレアノールは、仮面の男を撃退してからずっと気になっていたことがあった。そして、それに対する自分以外の者による何らかの意見を欲していた。

「宿から脱出するときに裏口に待ち伏せがなかったので、私は船に乗るまでの間に―――宿に残った三人と完全に分断してから何らかの襲撃があると思っておりました」
「ふむ……つまり、僕たちが二手に分かれることも読まれていた、というのがミス・エレアノールの考えか」

ワルドは腕を組みながらエレアノールの考えに頷く。

「ええ……。ただ、それにしては実際に襲撃してきたのは一人だけ、というのは変ではありませんか?」

ワルドは背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。
仮面の男―――ワルドが『風』系統の魔法で生み出した『遍在』の一人で襲撃を行ったのは、手勢を引き連れていくよりも、一人の方がルイズに危害が及ぶ可能性が少ないと考えてのことであった。同時に自分の『遍在』を自分の手で撃退し、ルイズにワルド自身に対する好意的な印象を持たせる演出も狙っていた。

「言われてみると確かに変だな……」

ワルドはエレアノールを、先ほど襲撃で仕留めることが出来なかったことを軽く後悔していた。まさか、そんなことで違和感を持たれるとは彼の想定外だったのだ。

「しかし―――しかしだね、昨夜の襲撃のときにミス・エレアノールがほぼ一人で撃退したことは、向こうにも十分に伝わっているだろう。有象無象の傭兵で数を揃えるより、凄腕のメイジ一人の方が対抗できると考えたのではないかね」

何とかそれらしい見解を言い並べて、ワルドは様子を伺う。エレアノールはそれでも考え込んでいたが、やがて小さく頷いてワルドの意見にも妥当性があると答えた。

「何せ、僕と引き分けたミス・エレアノールに手傷を負わせたメイジだ。恐らくは凄腕のトライアングルか、ひょっとしたらスクウェアかもしれないな。並々ならぬ相手だが、油断しなければ次に襲ってきても退けることは出来るだろう」

口調こそ軽かったが、ワルドの胸中では昏い思いが渦巻いていた。
―――この女は危険だ。高い戦闘力の『ガンダールヴ』であることよりも、その知性と洞察力の方が―――と。





浮遊大陸アルビオン。それは言葉どおり空中を浮遊しており、トリステインの国土とほど同じ大きさの大陸であった。その大陸を流れる大河の水が空へと落ち込み、その際に白い霧になって大陸の下半分を包み込む。その情景でもって『白の国』という通称も持っていた。
そのアルビオン大陸の近い空の中、朝日が差し込む雲の切れ間をゆっくりと進む一隻の船があった。黒いタールで船体を塗り、所属を示す旗を掲げておらず、そして左右にそれぞれ二十門以上の砲門を並べたその姿は、正しく空賊の船であった。船はゆっくりと雲の切れ間を進み、そして舷側やマストの上には何人もの見張りが油断なく周囲を見回していた。そして、彼らの一人が一隻の船―――獲物を見つけたのは、水平線上にあった朝日が上がり、金色の空が青空へと変わってすぐのことであった。
発見の報告はすぐに船中を駆け巡り、船室で休憩を取っていた者たちも次々と甲板に集まる。最後に縮れた黒髪と黒ヒゲ、そして眼帯をつけた男が甲板に姿を現し、そして周囲の空賊たちは一斉に姿勢を整えて―――荒くれ者の空賊には不似合いな―――敬礼を向けた。

「おう、お前たち! 俺たちだけしか居ないからって、そういうのは止めておけ! あくまで、今の俺たちは空賊なんだからよ!」

眼帯の男―――空賊の頭に一喝され、彼らは苦笑しながら敬礼を解く。もっとも、頭も部下たちに対してどこか面白そうな苦笑を向けており、楽しんでいるのを隠そうともしていなかった。

「それで思ったより早いが、獲物は何隻だ?」
「一隻でさぁ」

一隻と聞き、頭は少し首を傾げる。そして十数秒ほど考えて、納得したように頷く。

「はぁん……、なるほど。風石の余計に消費をしてでも早く荷物を届けようってハラだな」

クックックと含み笑いをして、頭は改めて甲板に集まった空賊を見回す。

「よし、お前ら、あのフネが最後の獲物だ! 絶対に逃がすなよ!」

その号令に空賊たちは一斉に動き始める。砲台に弾を込める者、杖を抜いて『風』の魔法で船を押すもの、弓や銃を手に取る者。熟練した動作で、あっという間に空賊たちは準備を済ませた。
一方の襲われる側の船―――商船も、彼らに気付いたのか慌てて逃げ出そうとしているが、速度の差は歴然としていた。すぐに追いついて併走を開始すると、脅しの一発を商船の針路方向へと叩き込んだ。同時にマストに四色の旗流信号―――停戦命令の旗を登らせて様子を伺う。

「よし! 諦めたな! お前ら、油断するなよ!」

裏帆を打って停船した商船を拿捕するため、頭は控えていた空賊たちに声を張り上げた。
―――この時点まで、彼らにとっては目の前の商船はただの獲物でしかなかった。無論、その商船には彼らの今後に深く関わることになる一行が便乗していることなど、全く想像すらしていなかった。








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