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ラスボスだった使い魔-33


 もはや馴染みになりつつある感覚の中を漂いながら、ルイズは夢を見る。
(……でも何て言うか、前触れなくやって来るから困るのよね、この夢……)
 いっそのこと、普通の劇場のように『上映日時』でも決めてくれないものか……などと思うが、さすがに夢にそこまでの柔軟さを求めるのは無理だろう。
(まあ、とにかく……)
 ルイズは用意された『舞台』を鑑賞し始める。どうせ見せられるのなら、じっくりと見た方が得だと思うからだ。
 ……だが、今回は今までの物とは少々異なる点があった。

「お前はETFのメフィラス星人!」
「久し振りだな、ウルトラマン。君たちが光の国から地球へ戻って来なければ、こんな真似はしなかったのだが……」

 十字架に磔にされている『光の巨人』たちと、それに対峙する『黒い異形』と『赤い異形』……確か名前はメフィラスとヤプール、だっただろうか。
 いや、この際その名前はいいとして、問題はその登場人物である。
(仮面の男が、いない……?)
 今までの夢には必ずあの男がいたはずなのに、今回に限ってその姿がない。
 どういうことだろうか。

「地球のことはもう諦めるんだ!」
「それはこちらの台詞だ。……地球圏は銀河系の中でも封鎖された宙域。君たちM78星雲の宇宙警備隊や銀河連邦警察は、干渉を避けているはずではなかったのかね?」

 しかしそんなルイズの疑問に構わず、登場人物たちはやり取りを続けていく。

「……地球人は若い種族だ。他星系と接触するのはまだ早い」
「彼らは愛と凶暴さを危ういバランスで両立させている種族だからな……」

(危ういバランス、って……)
 ……言い得て妙な表現かも知れないが、それをこんな人間とは似ても似つかない赤いトゲトゲだらけのヤツに言われたくない。

「だからこそ我々は地球人が銀河連邦の仲間入りを果たすその日まで、君たちのような侵略者から地球を守っているのだ」
「……我々を地球に追い詰めたのは君たちなのだぞ。この宇宙でETFにとって安息の地は、あの封鎖宙域しかない」
「ETFが惑星間規模での犯罪行為を行なわなければ何も問題はない!」

(う、うーん)
 完全な水掛け論である。
 この悪いヤツらは『光の巨人』に追い立てられたからチキュウとやらに来ざるを得なくて。
 『光の巨人』は、この悪いヤツらを追いかけていって、結果としてチキュウにやって来た。
 この場合……。
(悪いのはメフィラスとヤプール……って言うのは簡単だけど、こっちの『光の巨人』にも責任が全くないって訳じゃないし……)
 悪いヤツには悪いヤツなりの理由がある。
 それに納得が出来るかどうかはまた別問題だが、その理由にある程度の筋が通っていた場合、判断に物凄く困ってしまう。
 ……などとルイズが思っていると、『舞台』の上のメフィラスとヤプールは更に言葉に続けた。

「犯罪? 違うね……我々は自らの意思や欲求に従っただけだ」
「それに何故、我々が宇宙の守護神を気取るウルトラ族や銀河連邦ごときの言いなりになる必要があるというのだ?
 この宇宙にはお前たちの作る秩序なぞ要らぬ。……必要なのは混沌だ」

(……やっぱり悪いヤツだわ、コイツら)
 危うく真剣に考えそうになってしまった自分に腹が立つ。
 要するにこの連中は、他人の迷惑を考えずに自分のやりたいことを好き放題にやった結果、『光の巨人』と……ギンガレンポウとやらに追い立てられたのだ。
 だったら、同情する余地など全くない。


 ここで、いきなり場面が変わった。
 先程までは荒涼とした荒野のような場所だったのに、いきなりどこかの建物の中になったのだ。
 そして登場人物も、『光の巨人』や異形たちではなく、普通の人間……と、片目を隠すデザインの妙な兜を被った男に変わった。
 今回もまた『仮面の男』はいない。

「ハンターキラー! 宇宙刑事でありながら、銀河連邦警察を裏切り……俺の父さんをマクーに引き渡した男! 貴様が何度よみがえろうとも、父さんの遺志を継いだこの俺が……必ず倒す!!」

 ……どうも、仇討ちの場面らしい。
 話を聞く分には、一方的にこの『兜の男』が悪いようだが……。

「フン、青いな……ギャバン」
「何だと!?」
「お前は、銀河連邦警察の本性に気付いているのか?」
「どういうことだ!?」

(ま、また……?)
 ついさっきにせよ、この場面にせよ、どうも『悪人の言い分』を聞かせられている。
 ……前の『力の使い方』のように、そういうコンセプトなのだろうか?

「ペガッサシティ爆破事件後、銀河連邦警察は地球圏への干渉を中止した……」
「……ああ」
「それが何を意味しているか……考えたことはあるか?
 銀河連邦警察は地球圏を封鎖し……、そこに我々やETFの宇宙人共を閉じ込めるつもりなのだ!」

(? えっと……)
 チキュウとかチキュウ圏、というのはおそらくハルケギニアではない『別の地方』、例えばロバ・アル・カリイエみたいなものだろう。
 しかし、『そこに閉じ込める』とはどういうことだろうか?
 そのようにしてルイズが『舞台』の中のセリフに疑問を抱いていると、『兜の男』は補足するように解説してくれた。

「奴等は地球圏を救う気など無い。
 それどころか……地球圏を巨大な牢獄に仕立て上げ、地球人を犠牲にすることで宇宙の平和を保とうと目論んでいる。
 奴らは『正義』という大義名分を振りかざし、自分たちの都合を押し付けているだけだ!」

 つまり、犯罪者をまとめてチキュウ一帯に押し込めて、そこから出さないようにするということか。
(……何よ、それ)
 それじゃあ、そこに元々住んでいる人間たちは犯罪者に蹂躙されてしまうではないか。
 確かに理には適っているかも知れないが……。

「それに、お前の父ボイサーが命をかけて守り抜いた、ホシノスペースカノンを量産し……その力で、他の星を支配する気だ。
 所詮、奴らも『正義』という名の暴力を振りかざす組織に過ぎん!!」

 『正義』という名の暴力と、大義名分を振りかざす。
 それは、自分のいるハルケギニアでも日常のように行われていることだった。
 ……いや、もしかすればトリステインだって、『正義』の名の元に他国を侵略することもあるかも知れない。
(……………)
 思考の淵に沈みかけるルイズ。
 だが……。

「……分かっていたさ」

 『兜の男』が原因で父を殺された……と言った男は、それを承知した上で啖呵を切る。

「だが、そんな組織の中にも……コム長官のように、陰ながら支援してくれる人もいる。
 ……だから、たとえ銀河連邦警察が手を引こうと……たとえ戦いの中で、傷つき、力尽きて倒れることになろうと……俺は……この地球を見捨てはしない!
 母さんが生まれ、父さんが愛したこの星を……共に戦った仲間のいる地球を、必ず……必ず守ってみせる!!」


 またいきなり場面が変わる。
 今度は……何だろう、巨大な顔が壁にめり込んでいるようなバケモノが、白銀、赤、青の鎧を着込んだ三人の男と、そして一人だけ趣の異なる赤い服を着込んだ男と会話をしていた。
 相変わらずと言うか何と言うか、やはり『仮面の男』は見当たらない。

「人間……特に地球人は、心の中に強力な悪意を持っておる……」
「そんなことはない!!」
「愚かな……。その証拠に、この星には悪がはびこっているではないか。
 ダークのプロフェッサー・ギルしかり、ネロスの桐原剛造しかり……奴らは、自分の心の解放に成功した者たちだ」

 ルイズの脳裏に、豹変したワルドと乱心したアンリエッタの姿がよぎる。
 ……いや、アンリエッタを『そのカテゴリー』に分類するのは早計だとは思うのだが、最近に起こったことでもあるし、『心の移ろいやすさ』という観点からすれば……まあ、事例の一つではあるだろう。

「我がフーマが、不思議ソングによって悪を植え付けなくとも……この星は悪に染まっておる。悪の美しさに彩られておる。
 何故、お前たちは自分の心に対して素直になれんのだ? 何故、心を抑圧する必要があるのだ?」

 これはチキュウという場所の話だ。
 ハルケギニアとは、何の関係もない。
 だが……かと言ってハルケギニアが悪に染まっていない、ということにはならない。
 ……果たして、自分の住んでいる世界は……どうなのだろうか?

「銀河連邦警察は、地球人を悪とみなし地球圏の封鎖を決定した……。お前たちは、銀河の同胞から見捨てられたのだ。
 だが、我がフーマは違う。お前たちを悪の同胞として迎えてやる」

 『顔のバケモノ』は、笑いながら悪への誘惑を行う。

「さあ……己の本質を……悪を素直に認めるのだ……」
「違う!!」

 しかし青い鎧を身にまとう男は、その誘惑をキッパリと跳ね除けた。

「自分の中の悪を認めることは……確かに辛いことだ。
 だが、それが全てではない! 人を思いやる心や、愛……そんな素晴らしい物を、みんな心の中に持っているんだ!
 悪に流された者は……自分自身に負けた者たちだ!」

(……………)
 そう、確かに人間の心は悪だけで出来ているわけではない。
 それくらいは、ルイズにも分かる。

「……だが悪に負けないということは、正しく強く自分の心を持つこと……それは孤独で辛い戦いだ……」

 …………分かってはいるが、同時に悪に流される者がいるのも事実。
 それを否定することは出来ない。

「お前たちは、そんな人の心の弱さを利用しているだけに過ぎない! そんな力なく弱い人々の為にも、俺たちは、お前たちに負けはしない!!
 クビライ! 貴様を、倒す!!」

 そして鎧を着込んだ男たちと『顔のバケモノ』の戦いが始まる……。


 ……と思ったら、また場面が転換した。
 今度は、数人の男女と……妙に顔がシワクチャの、変な鎧兜を着ている老人のような人物が対峙している。
 『仮面の男』は、いない。

「これ以上悲しい戦闘ロボットを造り出さないために……地球の平和と未来を守るために……僕はお前を倒す!!」
「愚かな……。人造人間こそ次世代の地球を担う存在だというのが分からぬか? か弱い人間に取って代わる存在だというのが分からぬか?」
「何だと!?」

 ジンゾウニンゲン、というのが何のことなのかルイズにはよく分からないが、会話の内容からすると『人間とは違うもの』のようである。

「脆弱な肉体を持ち、感情に左右され、つまらぬ争いを繰り返す生き物なぞ……この星には必要ないのだ。
 お前たちも知っておろう……。この地球は様々な敵に狙われておる。宇宙人、怪獣、超科学兵器……それらの脅威に対して人間はあまりにも無力だ」

(な、何だかやたらと危ない場所みたいね、チキュウってところは……)
 よくそんな危険なところで生活が出来るなぁ、とそのチキュウ人とやらに対して変な感心を抱いてしまうルイズ。
 しかし『様々な敵に狙われている』ということよりも、ルイズの心を掴んだのはその前のセリフだった。
 ……感情に左右され、つまらない争いを繰り返す生き物。
 どうにも……いわゆる『悪』と呼ばれている人間たちの言葉は、自分の心を揺さぶってくる。

「人間では第三の敵からこの地球を守ることは出来ぬ。不死身の身体を持ち、永遠の帝国・ネロスを支配する余こそが地球の守護神となり得るのだ!!」

 だからと言って、この傲慢さは受け入れられる物ではないが……。

「不老不死の身体と揺るぎのない精神を持つ人造人間たちよ……余の傘下にくだれ。そして余と共にこの地球を支配しようではないか」

 先程の『顔のバケモノ』と同じように、敵である者たちを引き入れようとする『鎧を着たシワクチャ』。
 しかしこれもまた先程と同じく、彼の敵たちはその勧誘を拒絶した。

「断る! 古賀博士はそんなことのために僕を……超人機を造ったんじゃない!」
「そうだ。光明寺博士も弱き人々を悪の手から守るために、俺やイチロー兄さんを造った!」

 『鎧を着たシワクチャ』は、そんなジンゾウニンゲンたちの主張を一笑に付す。

「笑止! 人間共がお前たちをどんな目で見ていたか忘れたのか? 人外の力を持つお前たちを恐れ……時には敵視し、あまつさえ戦いの道具として利用する!
 お前たちは兵器として人間共に使役されているだけなのだ。その証拠に人間共はお前たちだけをこのゴーストバンクへよこしたではないか!!」

(兵器、として……)
 ルイズの心に影が差す。
 自分の『虚無』……いや、それを扱う自分自身とて、そう扱われる可能性は高い。
 自分が今抱えている問題と照らし合わせながら、ルイズは悩み始め……。

「違う!」

 しかしその自分の悩みを消し飛ばそうとでもするかのように、ジンゾウニンゲンたちは叫ぶ。

「僕たちのことを理解し、同じ人間として認めてくれる人たちもいる!」
「そんな人たちを守るために、俺たちは戦っているんだ!!」

 だが『鎧を着たシワクチャ』は低く笑いながら、彼らを馬鹿にするような口調でこう言った。

「クッ、ククク……そうか。だが、お前たちはいずれ人間の本性を知ることになるだろう。憎しみ、妬み、残忍さで彩られた人間のあさましい本性をな……」


「……むにゃ」
 夢から覚める。
「…………?」
 ルイズがまず最初に思ったのは、今の夢にいつもの『仮面の男』が出ていないことについてだった。
「別にいないからどうしたってワケでもないんだけど……」
 気になることは、気になるのである。
「う~ん……」
 取りあえずの仮説くらいは、すぐに立てられた。
 これまでの夢の内容からすると、あの仮面の男は(理屈はよく分からないが)時間とか空間をあっちこっちに行き来したりすることが可能らしい。
 とすると、もしかしたら今の夢は『仮面の男は直接には関わっていないが、仮面の男が見ていた光景』であるとも考えられる。
 まあ、ほとんどこじつけに近い理屈だが。
「……でも、それでどうして、そんな光景をわたしが見ちゃうのかしら……?」
 最大の疑問は、そこだ。
 あの夢の意味。
 ……最初はそうでもなかったが、回を重ねるごとに少しずつメッセージ性が強くなっている。
 しかも微妙に今の自分が置かれた状況と関わりのある内容だ。
「……………」
 ルイズは上半身を起こし、自分の机の上に置かれている手紙に目をやった。
 つい先日に伝書フクロウが運んできたその手紙には、物凄く大まかに言うとこのようなことが書かれている。

 『近々行われる予定のアルビオン侵攻作戦に当たり、従軍せよ』。

 差出人はもちろん、アンリエッタである。
 実際には挨拶や『これは極秘事項であって絶対に他言してはならない』などという前置きが書かれており、加えてもう少し柔らかく諭すような言い方なのだが、要約するとそうなるのだ。
「……………」
 祖国の……トリステインのためを思うのなら、一も二もなく了承して、帰郷のついでに両親に従軍への許可を貰うべきである。
 だが、ルイズは了承が出来なかった。
 ……正確に言うと、その場での即座の了承が出来なかった。
 『取りあえず考える時間をください』と書いた返事の手紙をしたため、伝書フクロウに持たせて帰させたのだ。
 その返事に書いた回答の期限は、この夏期休暇が終わるまで。
 それまでに、従軍するかしないかを決めてアンリエッタに報告しなければならない。
「はあ……」
 溜息をつく。
 アンリエッタの思惑は分かっている。
 自分の『虚無』を戦場に投入して、あのタルブでの光景を再現させたいのだ。
 当然と言えば、当然の考えだろう。
 しかしそのような力の使い方は……ハッキリ言って『自分の望む力の使い方』ではない。
 いや、アルビオンだけに向けられるのならまだ良いが、この自分の力がゲルマニアやガリアなどの他の国に向けられない保証などどこにもない。
 自分が兵器扱いされることを、果たして自分は許容が出来るのだろうか?
 出来るわけがない。
 ……いや、そこに正当性や深い理由があれば話は別だが、少なくとも一方的に『使え』と命令されただけで使う気などはない。
「……………」
 この問題ばかりは自分の使い魔であるユーゼスにも相談してみたのだが、その回答は……。

 ―――「お前の出した結論には従うが、最終的にその結論を出すのはあくまでお前だろう。自分で考えることだ」―――

 という、にべもない物であった。
「それは確かにその通りだけど、せめて少しくらいアドバイスとかくれたっていいじゃないの……」
 そのユーゼスは今、三日ほど休暇を貰ってアルビオンのシュウの所に行っている。
 ルイズとしてもこの問題をしばらく一人で考えたくあったので、許可を出したのだ。
 そしてユーゼスが戻った直後に、自分たちはそのままラ・ヴァリエールの領地に向かう予定となっていた。
「やっぱり、父さまにもお話を伺った方が良いのかしら……」
 とにかく、時間は有限だ。
 従軍するにせよ、しないにせよ、いずれ近い内に結論は出さなくてはならない。
 出さなくてはならないのだが……。
「うぅ~……」
 どうしても、夢の内容が頭をよぎる。
 何でこんなタイミングで、あんな夢を見てしまうのだろう。
 『悪』と呼ばれたそれぞれの存在たちは、口々に『人間の本質は悪だ』と言っていた。
 ……一理ある、と思う。
 チキュウとやらだけではなく、このハルケギニアでもそうだ。
 各地ではほとんど絶え間なく戦争が起こり、表には出て来ないしルイズも直接見たわけではないが……人身売買まがいのやり取りが平気で行われ、ささいなことで傷付け合い、殺し合う。
 夢の中の登場人物の一人は、『彼らは若い種族だ』と擁護した。
 また別の登場人物は、『それでも自分はチキュウを守る』と言い切った。
 また別の登場人物は、『素晴らしい物を、みんな心の中に持っている』と語った。
 また別の登場人物は、『自分たち理解してくれる人たちを守るために戦う』と断言した。
 ―――自分では、あそこまでキッパリと言うことは出来ない。
 それだけでも彼らは、凄いと思える。
「でも、それじゃわたしは……」
 自分は、どう結論を出せばいいのか。
 彼らにならって『人間の中にも良い人は沢山いる』とでも言って、自分が『悪』と判断した者を倒すのか?
 何の感情も思考も差し挟まず、ただ人形のようにアンリエッタに従い、敵を屠るのか?
 それとも……逆に『人間など下らない』と断じて、この国を見捨てるのか?
「……ああ、もう……!」
 どうにも判断がつかない。
 善と悪。
 強さと弱さ。
 美しさと醜さ。
 人間は、一体……どちらが本当なんだろうか?
 そして。
「わたしは……どうすればいいんだろう」
 従軍するか、しないか。
 ……おそらくは、ここが大きな分かれ道になるはずだ。


 アルビオンの首都、ロンディニウムから南に約三百リーグほど離れた地点に、ロサイスという港町がある。
 通常であればトリステインの港町であるラ・ロシェールなどとの交易によって、かなり賑わっているはずの町なのだが、戦争気運が高まっている現在の情勢では、その賑わいも鳴りを潜めていた。
 とは言え、都市機能が完全にストップしているわけではない。
 観光客は激減したが、元々その地で暮らしている人間たちの生活は続いているし、町にある様々な店も営業中である。
 ……その営業している店の一つの、とある宿屋にて。
 ユーゼス・ゴッツォとシュウ・シラカワが対面していた。
「…………お前の滞在している村とやらに行く予定が、何故ロサイスの宿屋になるのだ?」
「申し訳ありません。あなたが来ることを話したら、同居人の一人が猛反対してしまいまして」
 物凄い剣幕で『不用意にティファニアの近くに人間を招くなんて、何考えてるんだい!!』と自分に詰め寄ってくる緑髪の女性と、『ね、姉さん、落ち着いて~!』とその女性をなだめるハーフエルフの少女を思い出し、苦笑するシュウ。
 ……ユーゼスがティファニアを見てどうこうするとも思えないが、マチルダがあれだけ反対している以上、無理に連れてくることも出来ないだろう。
 というわけでユーゼスとシュウの落ち合う場所は、急遽ウェストウッド村からロサイスになったのである。
「そう言えば、ビートルはどこに隠しました? あれだけの大きさです。私のように『かくれみの』でも使えない限り、そうそう都合のいい隠し場所があるとも思えませんが……」
「……心配するな、『誰にも見つからない場所』に隠してある」
「『誰にも見つからない場所』……? ああ、成程。まったく、便利な能力ですねぇ」
 ちなみにこのロサイスまでの移動手段については、普通に(ハルケギニアの感覚からすれば『普通』でもないが)ジェットビートルを使っていた。
 本来ならば空間転移を使って一瞬で移動したかったのだが、ユーゼス以外に扱えないとは言え、色々な意味でジェットビートルは目立ちすぎている。
 アレを魔法学院近くの広場などに置きっ放しにしていると、
『ユーゼスはアルビオンに行ったそうだが、ビートルはあそこにあるぞ』
『じゃあユーゼスはどうやって移動したんだ?』
『そもそも本当にアルビオンに行ったのか?』
『アイツは何を隠しているんだ』
 ……などということになりかねない。
 よって、ビートルで移動せざるを得なかったのだ。
 なお、シュウに話した『隠し場所』だが……。
(……さすがに『私の空間』に隠しておくのはやり過ぎかとも思うが、下手に人目に晒すわけにも行かんからな……)
 ユーゼスは、自分が創り出した空間にジェットビートルを押し込めたのである。
 かつてガイアセイバーズとの決戦の時にユーゼスが創造した世界。
 亜空間、異次元空間、簡易的な並行宇宙……呼び方は様々だが、少なくとも通常空間ではない。
 本来ならばそのような世界を創り出したり、クロスゲートを開いたりするためには様々な条件が必要なのだが、このハルケギニアは次元交錯線が極度に不安定な上に、時間軸と空間軸が複雑に絡み合っている。
 つまり、やたらとゲートが開きやすくなっているのだ。
 そこに付け込みさえすれば、今の不完全なクロスゲート・パラダイム・システムでもかなりのことが出来る。
 ……もっとも、本格的に因果律を操作する気などユーゼスには無い。
 せいぜい創った空間を物置の代わりに使う程度である。
 ある意味では『能力の盛大な無駄遣い』と言えるだろう。
「……私はお前と雑談をするためにここまで来たのではない。早速、話に移らせてもらうぞ」
「ええ。何をするにも、情報の整理は必須ですからね」
 ともあれ二人はそれぞれの目的を果たすために、話し合いを開始した。


 トリステインの首都、トリスタニアの西の端にある魔法研究所……通称アカデミー。
 高くそびえるその塔の四階に、エレオノールの研究室がある。
「……………」
 飾り気のほとんどない研究室の中で、エレオノールは書類仕事に打ち込んでいた。
 彼女の専攻は土魔法……『美しい聖像を作るための研究』なのだが、王立魔法研究所の主席研究員ともなればそれだけに専念しているわけにもいかない。
 特に、ここ最近は(許可は取っていたとは言え)個人的な事情から魔法学院に出向しっぱなしだったので、様々な仕事が溜まりまくっていたのであった。
「……ふう」
 ペンを置いて、息をつく。
 考えるべきことは、山ほどあった。
 迫りつつあるアルビオンとの戦い。
 妹の得た力、『虚無』。
 王宮の今後の動向。
 実家はどう動くのか。
 そして……ユーゼス・ゴッツォのこと。
 特に妹の『虚無』がアルビオンとの戦いにおいてどのように使われるのかは、最大の懸念事項である。
 妹もまさか自分から『戦場に行きたい』などと言うほど愚かでもないだろうが、王宮からゴリ押しでもされたら拒否のしようがない。
 あるいは……人質でも取られて脅迫される、とか。
「有り得なくはないから、困るのよね……」
 しかしその場合、人質候補になるのは自分なのだろうか。
 ……いや、脅迫とは実際にそれを行う必要などない。
 『それをやるぞ』と少しほのめかすだけで、立派に効果を発揮出来るのだ。
「まあ、ここで私がアレコレ考えても、どうにもならないんだけど……」
 そのような政治方面は、主に父であるヴァリエール公爵の領分である。
 ……確か、今の魔法学院は夏期休暇で、近々ルイズは実家に帰省するとか言っていたか。
 せっかくだから、自分も帰ってそのあたりを家族でよく話し合ってみよう。
 ルイズが帰って来るということは、その使い魔であるユーゼスも一緒にヴァリエール領に来るということだから、ユーゼスともルイズの今後について話し合おう。
 いや、待てよ。
 魔法学院の夏期休暇は、確か二ヵ月半ほど。
 その期間中、ユーゼスはずっとヴァリエール領にいるわけである。
 だったらその間、ヴァリエール家の長女たる自分は、ユーゼスと一緒にいても何も問題がないのではなかろうか?
 まあ、さすがにアカデミーの仕事もあるし、四六時中一緒にいるわけにはいかないが。
 しかし、二ヵ月半。
 これは長い。かなり長い。
 これだけあれば、男女の仲などどう転がったっておかしくはない。
 二人きりになったり、急接近したり、良いムードになったりすることだって一度や二度や三度じゃないだろう。
「……いや、別にそういうことになって欲しいわけじゃないのよ、うん。ただ……可能性、そう、可能性の話なの。あくまで『そうなるかも』って可能性。
 それに、私は別にユーゼスのことが……す、好きってわけでも、何でもないんだから。向こうはどうだか……知らないけど」
 誰が聞いているわけでもないのに、わざわざ声にまで出してそう自分に言い聞かせつつ、脳内で二ヵ月半という時間を活用したアレコレを練り始めるエレオノール。
「そうね……まずはダンスの手ほどきくらいはしてあげなくちゃ。あとはエスコートの仕方ね。それと、たまには二人でトリスタニアまで遊びに行ったりして……」
 もはや自分の思考が完全に脇道に逸れていることにも気付いていない。
「せ、せっかくだから、私の部屋に通しても……い、いえ、駄目よ、いきなり男性を自分の部屋に連れ込むなんて、レディのすることではないわ!! ……でも、彼がどうしてもって言うんなら……」
 そして椅子に座ったままで身体を微妙にくねらせながら、エレオノールは色々と突っ走り始める。
「ああ、いけないわ、ユーゼス! そういうことは結婚するまで……いえ、結婚しても三ヶ月は駄目なんだから! ああ、でも、そんな強引に迫られたりしたら、私……!」
 冷静に考えてみれば、今エレオノールの頭の中で行っているようなことをユーゼスがするわけがないのだが、妄想が少しばかり暴走しているエレオノールはそれに気付かない。
 そしてそのまま約5分ほどが経過し……。
「……はっ!?」
 脳内劇場が『末の妹と誠心誠意話し合った結果、ユーゼスを助手兼召使いとして正式に譲り受けた』という場面になって、ようやくエレオノールは正気に戻った。
「い、いけないいけない。つい考え込みすぎてしまったわ……」
 そしてアカデミーの主席研究員は、気を取り直して思考を元に戻す。
「ま、まあともかく、今後のことは今後に考えるとして……」
 今は取りあえず、仕事である。
 差し当たって書類の片付けと、もう一つの仕事……『最近になって新しく発見された鉱石の分析』を行わなくてはならない。
「『鉱石の分析』、ねぇ……」
 まあ、自分の研究のメインテーマは『美しい聖像を作ること』なのだから、その原料になる可能性を考慮して、様々な物質の特性を把握しておく必要はある。
 その繋がりで、『物質の分析』もまた自分の領域ではある。
「ここ数ヶ月の間に、アルビオンやロマリアの各地で見つかった鉱石……」
 エレオノールは箱の中に仕舞われていたそれを開封する。
 出て来たのは、『青い鉱石』と『赤い鉱石』である。
 エレオノールはその二つをそれぞれ直接左右の手に取って、まじまじと観察を始めた。
 色は、透き通るような青と赤。
 サファイアやルビーよりは、どちらかと言うと水晶に近い色合いをしている。
 一応『ディテクト・マジック』をかけてみたところ、この二つの鉱石は同じ性質を有しているらしいことが分かった。
 また、風石や土石のように魔法力に近い物が込められていることも分かったのだが、その『込められている力』の正体が何であるのかは分からない。
 よって、その力を引き出す方法もよく分からない。……と言うより、燃料として使用が出来るのかどうかすら分からない。
 産出された土地についての情報も目を通してみたが、これが本当に『各地』に……山の中、洞窟の中、平原、荒野、果ては建築物の中からも発見された例があり、どのようにして産出されるかの手掛かりすら分からない。
「うーん……」
 このように分からないことだらけの『青い鉱石』と『赤い鉱石』ではあるが、もう一つだけ分かっていることがあった。
 硬いのである。
 それはもう、考え付くだけのあらゆる手段を用いてもヒビ一つ入らず、スクウェアクラスの土メイジが『錬金』をかけてみても何の変化も起きないほどに。
「何なのかしらね、これ……」
 カンカン、と二つの鉱石を打ち合わせてみるが、それでどうなるわけでもなかった。
 ……ともかく、仕事として渡されたからには何らかの結果は残さなければなるまい。
「さて、と」
 よく分からないモノを理解するための第一歩は、まずはジッと観察してみることだ。
 そうすることによって他の人間では気付かなかったことに気付くかも知れないし、またパッと見ただけでは気付かなかったことに気付くかも知れない。
 よって、エレオノールは『青い鉱石』と『赤い鉱石』を手に取り、それらから発せられる奇妙な輝きに意識を集中し……。
(あ……れ……?)
 それを見ている内に、何だか。
(…………ぁ…………)
 意識が遠く、なって……。


 コンコン、と木材を叩く音が部屋に響いた。
「!」
 その音でエレオノールは我に返る。
「私、何を……?」
 ふと手元を見れば、詳細を調べるように言われた『青い鉱石』と『赤い鉱石』がある。
 それをじっくりと観察しようとした所までは記憶があるのだが、それ以降の記憶がない。
「おかしいわね……」
 『青い鉱石』と『赤い鉱石』は、相変わらず奇妙な輝きを放ち続けている。
 まさか……自分の意識が遠くなったのは、この二つの鉱石のせいなのだろうか?
「…………っ!」
 反射的に『青い鉱石』と『赤い鉱石』から手を離すエレオノール。
 ……一度そう思ってしまうと、今自分が手に持っているこの得体の知れない物質が、とてつもなく危険なものに思えてきてしまった。
「って、研究者にあるまじき考えね……」
 何でもそうだが、余計な先入観は『正しい結果』を導くための最大の障害となる。
 まあ、『そのような可能性がある』程度に留意しておくのが無難なところだろう。
 と、そこまで考えたところで、再びコンコン、と木材を叩く……ノックの音が響く。
「……ミス・ヴァリエール? いらっしゃらないのですか?」
「あ、待って。すぐに出るわ」
 どうやら来客のようだ。
 エレオノールは頭をブンブンと振って意識をハッキリさせると、その来客を迎えるべくドアへと向かった。
「あ、どうも。いつもの方からのお届け物ですよ」
「いつもの方? ……ああ、ユーゼスね」
 そのやり取りで、そろそろユーゼスからレポートが送られてくる頃だったことを思い出す。
 二人の魔法に関するレポートのやり取りは、まだ続いているのだ。
 そしてエレオノールは封に包まれたレポートを受け取り、運んできたアカデミーの事務員に礼を言うと、あらためて椅子に座り直した。
「えーと……。今回のテーマは何だったかしら」
 丁寧な手つきで封を開けながら、何について書かれているのかを思い出す。
 しかし思い出すまでもなく、そのテーマは開封された包みの中から自分の目の中に飛び込んできた。

 ―――提供された『患者』の情報から判断を行った、個人的な見立て―――

「……………」
 思わず手が止まる。
 そう言えばラグドリアン湖での一件が終わった後に、色々な情報をユーゼスに渡して上の妹の『病状の把握』を依頼していたのだった。
 どのような結果が書かれているのか……不安ではあるが、期待もある。
「……取りあえず、読んでみないことには始まらないわね……」
 恐る恐る、ページをめくる。
 最初の但し書きに『私は専門の水メイジでも医者でもなく、また直接その“患者”を見てもいないので推察が多くなる』と書かれているが、それは承知の上だ。
 そしてエレオノールは長々とユーゼスの筆跡で書かれたそのレポートを熟読し……。
 結論の部分に差し掛かった所で、動きをピタリと止め。
 その部分を何度も何度も読み返し。
 どうやら自分が初見で捉えた意味以外に、解釈のしようがない……と、納得が行かないまでも辛うじて理解すると。
 自分が読んでいたレポートを、感情に任せて机に叩き付けた。

―――そのレポートの結論部分には、こう記述されている。



 他に良い例えが思い浮かばないので、建築物に例えてみる。
 建築物を建てるには、まず設計図を描き、それを元にしてしかるべき土地に土台を作る。
 続いてその土台を軸として、建築物の骨組みを作る。
 そして骨組みを文字通り骨子として、壁や屋根などを作るという手順になっている。
 しかし、この家が何らかの事情によって破損なり老朽化なり劣化なりした場合、その部分を継ぎ足す、作り変える、外から支えるなどして『補修』を行う。
 これが『通常の治療』である。
 しかし、この『患者』の場合は根本となる『土地』か、あるいは『設計図』に致命的なミスがあると思われる。
 治療すべき箇所を治療すれば、それに呼応するかのように別の部分が警鐘を鳴らす。……通常の疾病であれば、まずこのような事態にはならない。
 この『患者』は、バランスを取ろうとして問題があると思われる部分の重量を増減などしても、結果的にバランスが取れずに揺れ続けている状態に等しい。
 『建築物』自体をいくら補修しても、不安定な揺れは治まらない。ならば『土地』自体か『設計図』に欠陥があると見るのが妥当だ。
 なお、その対応策として『土地』に杭を打ち込んで強引に地盤を強化させる、という手段もある。
 しかし、それでは表面的にはしっかりしたように見えても、確実にその『土地』の寿命は削られるだろう。
 『崩壊』までのカウントが目減りするだけだ。

 また、提供されたそれぞれの情報から判断するに、この『患者』の残りの寿命を大まかに算出した場合。
 もっとも、これは『安静にしていた場合』の話で、肉体的・精神的な負担が重なれば寿命は更に縮まる可能性が非常に高いが、この場では端的な結論のみを記述する。

 私の見立てでは、短くて1年。
 どんなに長くても、あと5年以内にこの『患者』は確実に死ぬ。


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