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ゼロの黒魔道士 幕間劇-04


アルビオン本土はサウスゴーダ地方郊外、ウエストウッド村においては、
タルブ会戦における大爆発は、対岸の花火よりも小さなものにしか映らなかった。
距離的な問題もあるが、神聖アルビオン共和国にあって、
この地だけはその統治を受けていないことが、大きな理由として挙げられるだろう。

村を覆う林、その切れ間に村への入口となる小道があるのだが、
数か月前までは無かった看板がそこには掲げられていた。
曰く、
「これより先、『籠の鳥社 アルビオン研究所』
 生命が惜しく無い限り、立ち入りを禁ず」
である。
近頃売り出し中の武器商人の研究所を謳うその看板は、少し知恵のある人間を寄せ付けなかった。
立ち入った人間を改造し、人間兵器としてこきつかわれるという噂が立っていたためだ。
また、より知恵の無い人間もこの森に近づこうとしなかった。
何しろ、『忘却の森』だ。
この森に迷い込んだが最後、生きて帰ったとして己の名すら忘れるという噂は、
人払いの看板よりずっと昔から地域の伝説として広まっている。

もっとも、多くの都市伝説がそうであるように、その伝説はここ数年のうちにできたものでしかないと、その女は知っていた。
マチルダ・オブ・サウスゴーダ。最近までは土くれのフーケという名が知られており、今はロングビルと名乗る女だ。
帳簿から目を上げて、ググッと伸びをする。
外には彼女の大切な妹――血の繋がりこそはないが、大切な肉親だ――ティファニアの姿がある。
ブロンドの美しい彼女が『忘却の森』の伝説の正体であるということは、この小さな村の住人しか知らない事実だ。
王家に伝えられる虚無の血、それを受け継ぐ彼女が使える魔法が「忘却」だ。
文字どおり、対象者の記憶の一部を消却する恐るべき魔法、それを用い村の安寧は守られていた。
村への邪な思いをもった侵入者は、綺麗さっぱりと目的を忘れ去っていく、という寸法だ。
そこまでして村を守る理由は、ティファニア自身にあった。
マチルダが彼女の後姿を見やる。今は表で花に水をやっているところだ。
その後姿、こぼれる黄金の髪から覗く耳は、ナイフの先ほどに尖っていた。
エルフ、ハルケギニア人が恐れる血が受け継がれている証。
エルフの血と王家の血、交わってはならない禁忌の子。
その存在がマチルダの運命の歯車を狂わせた、といっても過言ではない。
だが、彼女がテファを恨むことは無かった。
恨めるわけがあろうか?自分以上の非運な人生を歩むことになってしまった幼子を。
それに彼女は運命といった物事に対しては、比較的ドライな見方をしていた。
問題は起こるときには起こる、せいぜいそれを避けるか対処することしか人間にはできない。
とはいえ、と彼女は帳簿に視線を戻し、溜息をついた。
近頃、再び人生を狂わされたことは恨みつらみが出る。
あぁ、畜生、あの男に出会わなければ、とマチルダは考える。

とはいえ、悪いことばかりではなかった。
1つ目に、件の人払いの看板だ。
その男は、アルビオン内乱のドサクサに紛れ、この村の一切の権利を買い取ったのだ。
看板のお陰で村に侵入しようとする大馬鹿野郎の数は大幅に減った。
おまけに、看板の文句ほど酷い実験が行われているわけではない。
せいぜいが新しいゴーレムの動きを確認する程度のものだ。
今村にいる子供が少し手伝えば済むぐらいの簡単な実験だ。
しかし、村1つを買うとなると、かなりのコネがいるはずなのに、
「新兵器の研究所」という名目で、新皇帝サマから承ったとはあの男の政治力には恐れ入る。
それでも、多額の金を代償として支払ったはずだが。
その点についても、あの男は多大な能力を発揮している。
男は、黄金の卵を産む孔雀だった。それが2つ目の悪くはないことだ。
武器商人としての稼ぎはもちろん、表の商売も大したものだった。
ゲルマニアで近頃話題のオークションハウス、「キング商会」。
成金貴族の集まるヴィンドボナにおいて、そいつらの見得を満足させるべく、
適当にいわくをでっちあげた品を、拝金趣味の馬鹿共の競争心をゆさぶって高く叩きさばくという商売は、
かつての盗賊稼業がバカバカしくなるぐらい黒字を出していた。
今つけている帳簿の桁がありえないことになっている。
その中からかなりの額がマチルダや、この村に回ってくることを考えればそう悪い話ではない。
つまり、村の平和、ひいては愛妹の安全を考えれば、その男との出会いは文句のつけようが無かったことになる。

しかし、それでもマチルダは、その男が好きにはなれそうになかった。
何故ならば――
「お邪魔するよ!元気にしてたかい?」
「あ、クジャさん!お帰りなさい!」
「嬉しいかな、新たな役者がまた増えたよ。テファ!すまないけど、手伝ってくれないかな?新たに始まる僕の華麗なるショーのためにね!」
今、表に帰ってきたその男、その露出の多い服装といい、言葉遣いといい仕草といい――
何1つ、マチルダの美的感覚に重なるところが無かったからだ。
理解できない存在、それがマチルダの見たクジャという男である。


ゼロの黒魔道士
~幕間劇ノ四~ ウエストウッド茶会談


「えっと――お人形さん、ですか?」
「人間、の方が近いだろうね。彼は生きてるよ」
「え?あ、お人形さんじゃないんですか?それじゃぁ――」
「そう、君が母上から頂いた高貴なる指輪が役に立つ、ってわけだ!」
「な、治るのか!?相棒は無事に治るんだな!?」
「え、け、剣がしゃべった!?」
「こらこらこら、デルフリンガー君!麗しい女性を怯えさせるのはいささか優雅さにかけるよ?
 言っただろ?君の相棒は僕にとっても必要な存在なんだ」
「お、おう、すまねぇ――あれ、おれっち名乗ってたっけ?」
「うわ~、剣がしゃべるんですか?おもしろいですね――」
窓辺からチラチラと見える影と聞こえる声、一体どういう人物が連れて来られ、どういう状況なのかある程度推測がつく。
そこからマチルダ弾きだした感想は、1つ。
何を面倒なことを。である。
この間まで敵対していたトンガリ帽子の使い魔と、そのしゃべる剣が怪我をして来たらしい。
なんとも、クジャという男は、トラブルを持ち込まずにはいられないのか。
溜息をつきつつ、仮にも雇い主である男のために、紅茶の1つでも入れねばとポットを探すマチルダであった。
 ・
 ・
 ・
「――それで?」
小僧の治療があらかた済んだらしく、クジャはさも当然といった風にマチルダの部屋に上がりこんでいた。
「うん、茶葉は悪いが蒸らし時間が丁度いいね」
部屋のテーブルには帳簿ではなく、紅茶のカップとお茶菓子の類が並べられ、優雅な午後の茶会の様相となっていた。
「紅茶じゃないさね、あのお人形の坊やのことさ」
「ビビ君かい?怪我をしていたから連れてきた、何かご不満な点が?」
「――あんたが無償の愛をふりまく輩にゃ到底見えないけどね」
マチルダは疑問に思っていたのだ。
あの小僧に、この男は何を求めているのかを。
以前から何度も聞きだそうとしていたことだが、クジャの真意が知りたかった。
情報の見えない怪しい所で働き続けていることは、かなりのストレスとなっていたからだ。
「――おれっちとしちゃー、何だってフーケがミョズニトニルンと一緒にいるかが不思議だがね」
「ミョズニトニルン?」
汚い言葉遣いで剣が語った名前に、マチルダは首をかしげた。
どこかで聞いたことがあるような気はするが――
「なんでぇ、あんた、名乗ってなかったのか?」
「――全く、重要な事実は舞台の最後まで伏せるものだよ?お客さんの興が冷めるだろ?」
クジャが頭に巻いた朱の額当てをほどく。
白磁のような額には、焼印のような文様が刻まれていた。
「――しかし、早々に見抜くとは、流石ガンダールヴの剣、かな」
ガンダールヴとミョズニトニルン、だと?
頭の中で、遠い昔に聞いたわらべ歌が蘇る。

 神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、
                      右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる。
 神の右手がヴィンダールヴ。心優しき神の笛。
                   あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは陸海空。
 神の頭脳はミョズニトニルン。知恵のかたまり神の本。
                 あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す。
 そして最後にもう一人…、記すことさえはばかれる…。
 四人の僕を従えて、我はこの地にやって来た…

始祖ブリミルとその使い魔の伝説を詠うこの童謡は、ハルケギニアでは有名なものだ。
マチルダにその歌を聞かせてくれた両親も、後に待つ運命を予想だにしていなかったと思うと、胸が少し痛む。
「カカカ、おめぇさんこそおれっちのこと見破ったじゃねぇの」
「――待って、待って、頭が痛くなってきた……」
しかし、感傷に浸る前に頭痛の種となる会話が目の前で繰り広げられていた。
「つまり、あんた達は伝説級……いやちょい待ち、あのとんがり帽子のガキんちょも同じかい?」
神の左手と頭脳が一同に介して、しかもかつての知り合い同士、とは。
歴史家だったら興奮する状況かもしれないが、マチルダはますますもってこのクジャという男が理解できなくなっていた。
しかし、あのチビスケがガンダールヴとは。
確かに、ワルドの野郎を不利な状況にあって逆転勝利していた。
いけすかないが、風のスクウェアであり、魔法衛士隊長であった男を、だ。その実力はかなりのものと言えよう。
「うん、なかなか着眼点が鋭いね」
否定しなかった、ということは認めたということだろうか。
やれやれ、ということは、この男はどこぞのメイジの使い魔なのか。それもテファと同じ、『虚無』の。
あの桃色髪の生意気貴族も『虚無』ということになる。
まったく、伝説がこうも転がっているとありがたみも何も無いではないか!
「――で、結局、あんた達は何なの?」
溜息混じりに、何度となくした質問を再び聞く。
いい加減、カードを伏せられ続けられる状況にイライラしていたところだ。
「そうだね、この物語の主人公、とでも名乗ろうか?」
「――いい加減にしないと、自慢の髪の毛ごと土くれにしてやろうか?」
もう、はぐらかされるのはゴメンだった。
言葉尻はやや冗談に聞こえるように配慮はしたが、目つきでこちらが真剣であることを伝える。
「おぉ、怖い怖い――そうだな、この際、色々教えておこうか。六千年を経た珍客もいることだし」
「お?カー!ありがてぇな!おれっちをこんな大切に扱ってくれる野郎は久しぶりだぜ!」
いやにアッサリと、求める情報をくれるようだ。
マチルダの肩から力が抜ける。
では、今まではぐらかされていたのは一体なんだったというのだ。

「さてと、どこから説明しようか?僕自身?それとも、ビビ君から?それとも――」
「余計な話は聞く気はしないよ、あんたの素性からきっちり聞こうか」
心変わりがしない内に、色々聞きだすつもりだった。
情報は力だ。それは、たとえ今は雇用主と被雇用者の関係であってもだ。
「そうだなぁ――僕がこの世界の人間じゃないって聞いたら、驚くかい?」
「何を今さら」
少なくとも、こんな露出の多が多い服を好み、変態趣味で金もうけが異様にうまく、魔法にも妙に精通している男が、
同じハルケギニア出身であるということを認める気にはならなかった。
東方よりもっとずっと遠くから来たと言われた方がまだ納得がいく。
「――よし。それじゃぁ、僕が人間じゃないって聞いたら?」
とはいえ、こんな冗談を挟まれるとは思わなかった。
どこからどう見ても――認めたくはないが――彼女自身と同じ人類であると思っていたのに。
「こいつぁおでれーた、まぁ確かにちーっと違う感じはしたけどよ?」
「――どういう意味だい?」
伝説を自称する剣が言うなら、冗談でも無いのだろうか?
「ん~、分かりやすい言葉を選ぶならね、ゴーレムなんだ。僕やビビ君は」
趣味の悪いゴーレムを作る男もいたものだ、と思ったが、
あのチビスケがゴーレムである、ということにはさほど抵抗が無かった。
確かに、どこか人形のように見え、世俗的では無いとは思ったが。
「僕は、自分の作り方を参考に、ビビ君達、黒魔道士を作った。どうだい?」
「待って、理解が追いついてない――なんだってあんたみたいな――もんが作られたんだい?」
『変態的な』という単語をなんとか飲み込みつつ、そういう質問をする。
「そうだねぇ、どこから説明しようか――まずは聞こうか。人がその人生の終幕を迎えるとどうなる?」
「死ぬ」
「そりゃ息の根が止まるんじゃねーの?」
マチルダと剣が当然のことを答える。何の説明を始めようというのだ、この男は。
「その後だよ、どうなる?」
「――死体になって、燃やされるか埋められるか餌になるか、ってとこじゃないの?」
「あー、クロムウェルとかゆーオヤジにとっつかまれば死体でも動くんじゃねぇの?」
そういえば、あのエロオヤジ、『アンドバリの指輪』とかいうものを持っていたな、と思いだす。
食事の約束は何度となく断ったが、今頃は死体と仲良く会食でもしているのだろうか。
「フフフ、これはなかなか驚いてくれそうだ」
極上の獲物を前にした猫のようにペロリ、と舌舐めずりをするクジャ。
マチルダは、その姿に眉をしかめる。
この男がこうした仕草をワザとらしくした場合、その相手はからかいつくされるということを、この1か月ほどで学んだからだ。
「聞いたことはないかい?人が死んだ後に怨念が残ったり、情念が溜まったりという話は?」
「――幽霊話なら腐るほど聞くけどね」
お宝を狙っていた泥棒時代、そうした話はよく聞いた。
そうした噂のついたお宝というものは、それなりに価値があるという証明でもあるからだ。
とはいえ、マチルダ自身は幽霊なんて絵空事、と考えていた。そんなもんがいられてたまるか。
「そう、幽霊、すなわち、魂さ。人が死ぬと、死体と魂が残る」
「魂、ねぇ――見えないもんを言われても信じにくいさね」
盗賊であれ、秘書であれ、彼女の就いていた職業は徹底したリアリズムの下になりたっている。
目に見える物だけが真実、なのだ。
「君も何度も見たはずというのにかい?」
「――どういう意味だい?」

「『幸運の帯虹』――君達はそう呼んでるそうだね?」
それは、空の高い所を横切る虹の帯。
普通の虹とは違い、弧を描かず、真っ直ぐと広がる色彩の幕。
「あの空にときどきかかるあいつが?死人からフヨフヨ浮いたヤツだってのかい?」
身の毛が少しばかり逆立つ。死人の魂とやらを見て『幸運』だのとのたまっていたというのか。
「正確には、死体からだけとは限らない。生命が誕生するときにもまた魂の流れがあるからね」
クジャが紅茶に口をつけてから訂正する。なるほど、生まれることを『幸運』というならばまだ納得はいく。
「だからこそ、『幸運の』と君達は呼んだんだと思うよ――最も、戦争で敵が死ぬことを『幸運』とした可能性もあるが」
「――与太話にしか聞こえないねぇ。まあいいわ。で、そっからあんたの素性にどう持ってくつもりだい?」
マチルダは、とにかく先に進めたかった。オカルト話で煙に巻かれてはここで話をしている時間がもったいない。
「死した人、いや、あらゆる生命の魂は、その星――と言っても、君達には理解できないかな?世界、と言い変えよう――
 その世界ごとに存在する、大きな流れに乗るんだ。お芝居の大筋のように、決まった流れにね」
マチルダの頭の中で、シレ河よりも雄大な光る流れが生まれた。
その流れが空の高いところを悠然と横たわっている。
「そいつが、『幸運の帯虹』ってぇわけか?」
「概ね当たりだね、デルフリンガー君。大きな流れ自体は、世界によっては『ライフストリーム』と呼ばれたりもする。
 そして、その流れの特に濃い部分を『幸運の帯虹』と言ったり、『魔晄』や『幻光虫』と言ったりする――」
「つまりは、大量に死んじまったり、大量にオギャーと生まれたりすりゃ『幸運の帯虹』が出るってわけだな?」
「優秀な生徒で助かるよ」
「――それで?」
魂の大いなる流れから頭を引き揚げる。
浪漫的な話ではあるが、クジャの言葉はライフストリームとやらと同じく、彼女にとって流れる先がつかめなかった。
「うん、その魂の大いなる流れは、やがて世界の中心にある存在に集まる――僕たちは『クリスタル』と呼んでいる」
そう思っていたら、魂の流れの方は行先を見つけたようだ。
クリスタル、結晶か。
大きな宝石のようなものであれば、価値があるか?と盗賊らしい想像をおもわずしてしまう。
「クリスタルは、世界を支える基盤だ、いわば舞台装置のさらに土台でね。そこに魂の持つ記憶の情報が流れ込んで、クリスタルはより豊かに育つんだ」
「育つぅ?そのクリスタルってのが生きてるっていうことかい?」
「そう捉えてもらっても結構だ。むしろ、そうした方がここからの話が理解しやすい」
はぁ、とため息をつくマチルダ。
生きている物なら盗むわけにはいかないだろう。
以前、それで酷い目にあった。
あれは嫌味ったらしい貴族のババアから盗もうとしたペットで、
名前が「キャロットちゃん」なんて言うから可愛らしいものと考えていたら――
「魂の運ぶ記憶を糧に、クリスタルは育つ。そして浄化された魂は再び新たな命に宿る――
 だけどね、クリスタルが育つのも限界がある。いわば寿命のようなものだね」
「死んじまったら、どうなんのよ?」
「世界の崩壊。舞台が無くなれば役者は存在できないだろ?」
食人植物のウネウネ動く触手を頭から振り払う。
クリスタルとやらは、確かに貴重な存在らしい。
世界を支える基盤となればおいそれと盗むわけにはいかないだろう。

「――で?あんたみたいなゴーレムが生まれた理由は?」
結局、まだ核心部分を語っていないことに気付かされる。
「滅びゆく世界を救うため、って言ったら信じるかい?」
「信じない」
どこのどいつがこの変態パンツ野郎を英雄だなどと考えるものか。
大体、この男が誰かを守ったり救ったりするために動くなどと想像できない。
「ハハハ!やっぱりな!じゃぁ分かりやすく説明するとしよう」
そう言うと、クジャは、紅茶のカップを引きよせた。
「――クリスタルをカップ、中の紅茶を魂としよう」
カップを綺麗に色をつけた爪でピンと弾く。キンと高い心地いい音が部屋に広がった。
「――カップが寿命で砕けようとしている、でも中の紅茶は守りたい、さてどうする?」
「――別のカップに移し替える、とか?」
その前に紅茶を飲んでしまった方が早いとは思うが、
質問の意図を考えるならば、これが正解であろうと、マチルダはあたりをつけた。
「そういうことさ。より正確に表現するならば、『カップを同化させて乗っ取る』ってところだね」
「同化ってーと、あれか?カップをひっつけちまうってことか?」
「そう、そうして、あたかも自分たちのカップ――クリスタルであったかのように、中の紅茶は振る舞うんだ」
頭の中で今の話を反芻する。
砕けようとしているカップを、無理矢理他人のカップとひっつけて、自分のカップであると主張する様を。
家で例えるならば、下宿人が母屋を乗っ取るようなものか、とマチルダは理解した。
昔、父に聞いたカッコウの託卵を思い出させた。
狡猾な生きる知恵を身につけた鳥の話を。
「――勝手な話に聞こえるねぇ」
「そう、実に勝手なんだ。勝手な話をもっと続けよう、空のカップにくっつく場合はいいだろう。
 では、中身が既にミルクが入ってるカップとくっついた場合は?」
空になっていたマチルダのカップに、勝手にミルクを並々と注ぎ入れながらクジャが聞く。
こうした場合、先にミルクが入っているし、そのミルクをポットに戻すわけにもいかないだろう。
「あふれるんじゃね?さっきまでの理屈だとよ」
剣が答えた。そう、ミルクが同化先のカップに居座っているのだ。
母屋には既に先住民がいて、満杯状態。下宿人が入る隙魔は無い。
「うん、あふれる。さぁ、どうしようか?」
「――飲んじまう、ってところかね?」
母屋の例えで言うならば、もとから住んでた住人を追い出すってところか。
ますますもってカッコウと同じだとマチルダは思った。
「そういうことさ。ミルクだけを選んで飲みほして、紅茶をどんどん注いでいく、これが答えでね――」
「あー、なるほどなー?ん?そいじゃぁよぉ、おめぇさんのやってたことってぇのは――」
「ミルクを飲みほす、そう、破滅の死神を仰せつかったんだよ、忌々しき創造主にね」
死神、ということは、殺したのか。
もとからいた住人を。カッコウの雛が、もとから巣にあった卵を捨てるように。
なるほど、そうした目的のためのゴーレムというなら、こういった男が必要になるのかもしれない。
「――少なくとも世界の英雄ってよりは信じやすいね、あんたのキャラだと」
「フフ、それは褒め言葉として受け取らせてもらうよ――だが、僕はそんなレールを敷いた創造主に嫌気がさしたのさ!」
「っていうと?」
「お望みのままに破壊をした、そして、そこで生まれた魂の力を、創造主にぶつけることにしたのさ!僕が神になりかわるためにね!」
「――あんた、やっぱり悪趣味だわ」
呆れた。マチルダは心底、この男の言に呆れた。
結局のところ、この男は自分が王様になりたいがために暴れたっていうところだろう。
この男らしい我儘な望みだと、彼女は納得した。
「君に同意するよ。悪趣味だった――そして、溢れたミルク―『霧』って言うんだけどね――
 それから作りだしたのがビビ君達、黒魔道士人形なんだ。
 彼らを用いてミルクをどんどん飲み干した、というわけさ。魂の力を手にするために」
改めて、あのチビスケに同情する。こんな男の、歪んだ欲望のために作られたとは。
同情しながら、自分のカップに注がれたミルクを啜った。
「あー、と。おれっち、こんがらがっちまったんだけどよ?魂の力ってのはなんでぇ?」
「んー、メイジが魔法を使うだろ?あのとき消費する――こっちの言葉では精神力、だったかな?
 あれの根源って言ったらいいよ。もうちょっと複雑なプロセスを踏んでいるはずだがね、魔法の行使には」

「ま、あんた達の存在については理解したわ。信じられないことが多すぎるけどさ――」
とりあえず、この男の素性という意味では、ある程度理解した。
ある程度、だが。
「それじゃもっと信じられないことを言おうか?」
「――まだあんのかい?」
まだ隠し玉があるらしい。まぁしかし、この男が饒舌になっているのだ、せいぜい聞いてやるとしよう。
「僕たちは、既に死んでいるはずだ、という筋はどうだい?」
「こりゃおでれーたな。おめぇさんや相棒は幽霊ってぇことか?」
「ふざけんじゃないさね。どこまであたしを虚仮にすりゃ気が済むんだい?」
オカルト話はもう満腹だった。先ほどの魂の流れ云々の話も、半分にして聞いていたとはいえ、
ここまで冗談くさいことを重ねられたらたまったものではない。
「ふざけてないさ。そういった安い喜劇は嫌いでね――とはいえ、これは仮説なんだが」
「――じゃぁ、今いるあんたは何なんだよ」
また、この男の存在が霧のように煙ってきた。
「よし、じゃぁ順を追って仮説の検証といこうか。まず、大前提、僕もビビ君も寿命を迎えたはずであること――」
「寿命?」
「作られたときにね、虫唾の走る創造主に決められてねぇ。最も、僕もビビ君に短い命しか与えていなかったから同罪かな?」
そのまま死んでいてくれてても構わなかったのに、とマチルダは冷たく思った。
「そんで?相棒が若くして死んじまう予定だったってのはさておいてよ?」
剣が先をうながす。口は悪いが、聞き役としては悪い存在ではないと、マチルダは気づいた。
「次の証明はね、召喚された時間の差さ。確か、ビビ君が召喚されたのはつい3ヶ月ほど前かな?」
「春の召喚の儀式はあたしも見たりしたしねぇ」
それは確認済みだ。皮肉なもので、彼女がこの男と出会う羽目になったのもあのチビスケのせいだと考えると、妙に感慨深い。
「僕と彼の寿命が尽きたのは同時期であったはずなんだ。少なくとも、半年以内。それなのに、僕が召喚されて3年ほど経っている」
なるほど、とマチルダは考えた。
その時間差ならば、あの小僧が死体で召喚されてなければおかしい、となるわけだ。
「あとはそうだな、僕に皺が増えた」
真面目な考察の間に笑えない冗談が混ざった。
「ふざけてんだろ?」
マチルダ自身も、もう若さを武器にとはいえない年齢になってきている。
お肌のハリや艶について真剣に悩み、いいところの化粧ポーションでも買おうかカタログも取り寄せた。
そうだ、と彼女は気づいた。
彼女がクジャを嫌う理由がまた1つ見つかった。
この男、自分より肌のキメが細かく、白いのだ。サラッサラの陶磁器のように。
男のクセに。その事実に気づき、さらに腹が立った。
「真面目さ。メイクがきまらない――そう睨むなよ。いいかい?君はゴーレムに年老いる設定をわざわざ作るかい?」
「――なるほどね」
不服ではあるが、一応の納得はして厳しい視線を取りやめる。
年を取るゴーレムなんて、技術の無駄もいいところには違いない。
それでも、自分より気にならないはずの皺を気にする男に嫉妬の眼差しを向けることを彼女は忘れなかった。
「最も、僕の弟妹はわざわざ成長するように作られたが――まぁいいさ、僕は老いるはずはなかった。なのに老いている」
「なんか、ただの愚痴に聞こえっけどよー?」
剣の言うとおりだ、と思う。段々この剣が愛おしく思えてきた。
人間だったら、一緒に飲みに行ってもいいかもしれない。
「そして最後の理由だ。ビビ君に、製造番号が無かった」
「製造番号?」
「『プロトタイプ66号』、これがビビ君の製造番号でね。それがうなじの部分にあったはずなんだが――綺麗に無かった」
製造番号で66番、それもプロトタイプ、ということは、あんなのが最低70体近くあったということか。
可愛らしい外見とはいえ、あんなのがワラワラ出てくる光景を想像し、マチルダは身ぶるいをした。
「以上から、僕たちは、かつての僕たちではない。なおかつ、僕たちは一度は死んでる身であるはず。
 よって、僕たちは、『記憶から複製された幽霊』という仮説が成り立ったのさ」
「全っ然っ理解できない。どうやってよ?どうやって蘇ったっていうのさ?」
マチルダは論理の飛躍を感じた。もし、この仮説が正しいならば、彼女には蘇って欲しい人が何人もいた。この男なんかではなく。
――それは、彼らの望みではないことは理解していたが。
「それはまだ解明できないがね、仮説で言えば、死んだ後の魂が何らかの形で浄化される前にこちらに流れたとか――」
クジャが紅茶のカップをグッと傾ける。その後、カップを持つ自分の手をうっとりと見つめた。
その姿を気持ち悪い、とマチルダは正直な感想を抱いた。
「僕自身、召喚されたときに違和感があったしね」
「違和感ってーと?」
「生まれたての小鳥のようにね、肌が敏感だったんだ。魔力を直接感じるというか――そう、生娘のように」
首筋がかゆくなってくる言い回しに、マチルダは身悶えをこらえて、この男を吟味する最後の質問をぶつけた。
「それで、蘇ったあんたは今、何をしようとしてるんだい?こんなに儲けてさ」
「――僕は命が短かったからね、考えたかったんだ」
先ほどまでとはうってかわって、しんみりとした言い方に、マチルダはきょとんとした。
「何を?」
「生きることの意味をさ――そして、今はその検証段階に入っている」
短く、言葉を切り、窓の外に顔を向けるクジャ。
その顔は、女であるマチルダ以上に色気のある嫉妬すべき横顔だった。
空はもう黄昏に染まりつつあった。
「もうこんな時間か。紅茶、おいしかったよ。さてと――」
「おでかけかい?今度はどこに?」
今日のところはこれまでだろう。この男は忙しく動いている。
今はせいぜい乗っかってやろうとマチルダは考えた。
稼げるし、契約の件もあるし、何より『生きることの意味』とやらに少々興味がわいたからだ。
「――まずはゲルマニア、それからトリステインに顔を出そうかな?舞台がもうすぐ動くからね」

「あ、クジャさん、もうお帰りですか?」
ドアの外には、テファと、テファの背よりも大きな鳥がいた。
「あぁ、テファ――この鳥、もう歩けるのか?」
「えぇ、とっても頑丈な子みたいで――」
「クェーッ!」
その大きな鳥が、突然クジャの頭をその大きな嘴でつついた。
ザクッと音がしそうなほど、強烈な一撃。
それが1度ではなく、続けざまに何度も打ちつけられようとしている。
「う、うわっ!?な、なんだ!?このっ!?鳥がっ!?」
「フフ、気に入られてるんですよ、クジャさん」
取り乱すクジャの姿に、大笑いしたくなるのをこらえた。
良いザマだ。鳥に、もっと頑張れと心で応援する。
「えぇい、汚らわしいっ!!あぁ、くそっ!」
大鳥を引きはがしたクジャの姿は、滑稽なほどに乱れていた。
――そんな姿でも色気があるのは腹立たしかったが。
 ・
 ・
 ・
「――テファ、その鳥、どうしたんだい?」
クジャが飛龍に乗って去り、しばらく笑い転げた後、マチルダは妹に問うた。
「さっきのお人形さんみたいな男の子と一緒に来たのよ、姉さん。この子の方が先に回復したけど」
「ふーん……まぁ、あの変態野郎を追っ払うにはちょうどいいかもね」
真剣にそう思う。番犬ならぬ番鳥にいいのではないかと思った。
「あら、クジャさんってカッコいいと思うけど?」
「――何だって?」
マチルダは彼女の耳を疑った。
「ほら、お洋服のセンスとか、いいと思うし――ああいう格好、ちょっとしてみたいかなー」
「――テファ、頼むからやめて、お願い」
真剣に、今までに無いほど真剣な目でそう懇願するマチルダ。
「?どうして?」
人里離れ、隔離された生活を送らせていたため、世間知らずではあると思っていたが、
ここまで美的感覚がズレていたとは。マチルダはため息をついた。
このままではまずい。いずれ世間というものを教えてやる必要があると彼女は悩むこととなった。


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