「ま、まったく……」
崩れた体制を直し、ルイズは頭を抱えながら太公望に言った。
「何を言うかと思えば…………なんか、あんた、ここの常識にこれでもかってほど疎いみたいだけど、桃くらいはあるわよ……で、もう他に言うことはないんでしょうね? あとでとやかく言っても聞かないわよ?」
うーんうーん、としばらく太公望は唸った。
「しいて言うならば、他の甘味も欲しいかの。わしは甘いものが好きなのでな」
じとっとした目で太公望をにらんだあと、ふたたび頭を抱えながらルイズは呟く。
「…………はぁ……なんでこんなのが……」
崩れた体制を直し、ルイズは頭を抱えながら太公望に言った。
「何を言うかと思えば…………なんか、あんた、ここの常識にこれでもかってほど疎いみたいだけど、桃くらいはあるわよ……で、もう他に言うことはないんでしょうね? あとでとやかく言っても聞かないわよ?」
うーんうーん、としばらく太公望は唸った。
「しいて言うならば、他の甘味も欲しいかの。わしは甘いものが好きなのでな」
じとっとした目で太公望をにらんだあと、ふたたび頭を抱えながらルイズは呟く。
「…………はぁ……なんでこんなのが……」
そんなやり取りを近くで聞いていたコルベールは、会話にひと段落がついたのを見計らって、ルイズに話しかけた。
「では、ミス・ヴァリエール。ミスタ・タイコーボーも構わないと言っていますし、彼と契約を行ってください」
一瞬の間が生まれた。その言葉でルイズの表情は、一気に間の抜けたのもへと変わった。
不意をつかれたルイズは考える。え、なに、この人は今何と言った?
「あ……え? 契約……ですか?」
不思議そうにコルベールが答えた。
「なんですか? よもやコントラクト・サーヴァントの呪文を忘れてしまったわけではないでしょう?」
「あ! いや! それは大丈夫です! ……でも…………」
なの、その、と言って口籠ってしまったルイズ。その様子を見たコルベールはなぜだろうかと考えたが、すぐに合点が行った。
このルイズという少女、ラ・ヴァリエール家という王国内でも三本の指に入る大貴族の三女でありながら、今まで一度として魔法を成功させたことがなかったと聞く。
ここ、トリステイン王国では貴族とは、それすなわち魔法を使える者。それを使役し平民を守り統治する者。貴族は魔法は貴族としてのステータスシンボルどころか、貴族であるという最低条件といっても過言ではない。
そんな環境の中で、魔法が使えないということは何を意味するのだろうか。当然、周りの貴族、さらに平民からさえ貴族と認められず、嘲笑され。――それは一少女が受けるには大きすぎるものだ。
幸いと言おうか、ラ・ヴァリエールという大きな家名のおかげで、直接的な侮蔑の量は多少は少なくなっているだろうが、それでも辛いものは辛い。
それに彼女の性格だと、その家名ゆえの気苦労もコルベールには推し量ることのできないほどあっただろう。
そんな彼女がようやく魔法を成功した。使い魔召喚の魔法"サモン・サーヴァント"だ。
しかし、使い魔召喚の儀式はまだ完遂したわけではない。もう一つ、召喚したものと使い魔としての契約を結ぶ"コントラクト・サーヴァント"が残っている。
きっと彼女はこの魔法の失敗を恐れているのだろう。そう考えたコルベールはできるだけやさしく、ルイズに声をかけた。
「大丈夫ですよ。サモン・サーヴァントが成功したのです。きっとコントラクト・サーヴァントも成功します。恐れずにやってごらんなさい、時間はまだありますから」
目をまんまるくしながらルイズは首肯した。
しかし、彼女が首肯したのは、その論理に納得したからでもなければ、コルベールの優しさに心を打たれたからでもない。ただ単に"急に話を振られたからとりあえずうなづいた"だけである。
では、彼女がここにきて渋る理由とはなにか。それはコントラクト・サーヴァントで行う"ある"行為にあった。
賢明な読者諸賢なら、すでにお分かりのことであろう。そう「キス」である。
もちろん、召喚の儀式に参加しているのだから、ルイズとて、キスをしなければいけないということは事前に知っていた。
ただ、この事態を招くことになった背景として二つのことがあった。
まず一つ。なぜ"キス"を渋るのか? それは、自分と同じ種である"人間"を召喚したということが原因だろう。加えていうなら召喚された太公望が、若い異性であったというのも一つの要因としてあげられる。
二つ。なぜ"今になって"渋るのか? これは、最初に太公望を"幻獣"と勘違いしてしまったことや、太公望がした、わけのわからない要求が原因である。
これらに気を取られたせいで、ルイズは"コントラクト・サーヴァントで行うキス"のことを考えることができず、心の準備をすることができないで今に至る。
さて、反射的とはいえ、ルイズが首肯してしまったことは事実。それにコントラクト・サーヴァントにおいてキスは、避けることのできない絶対的なものである。
諦めたルイズは、深い深い呼吸で可能な限り呼吸を整える。心臓の鼓動も静まってきただろうか、自分の中でゴーサインをだし、太公望に向き合った。
とたん目に飛び込んでくる、太公望の目が、鼻が、そして唇が、いやがおうにもルイズにキスを意識させてしまう。
静めたはずの心の音が高鳴る。
「ちょ、ちょっと目をつぶってくれるかしら……」
せめて、とルイズは懇願した。
ルイズの雰囲気が先ほどまでとは違うと感じたため、太公望は下手に口を出さずに、ルイズの言葉に従うことにした。
もういちど深い呼吸を一つして、杖を構える。ルイズの口が呪文を紡いだ。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
太公望の肩に手を置き、背伸びするような格好で、ルイズは自らの唇を太公望のそれに重ね――すぐに離れた。
顔を桃色、いや朱色に染めたルイズが、呟くようにコルベールに契約の終了を報告した。
「……終わりました」
「うん、コントラクト・サーヴァントもうまくいったようだね」
契約のためだし仕方なかった。うん、今のはノーカン。等と、ぶつぶつ呟いてるルイズ。そんな彼女を見て、コルベールは満足げな顔をしている。
「では、ミス・ヴァリエール。ミスタ・タイコーボーも構わないと言っていますし、彼と契約を行ってください」
一瞬の間が生まれた。その言葉でルイズの表情は、一気に間の抜けたのもへと変わった。
不意をつかれたルイズは考える。え、なに、この人は今何と言った?
「あ……え? 契約……ですか?」
不思議そうにコルベールが答えた。
「なんですか? よもやコントラクト・サーヴァントの呪文を忘れてしまったわけではないでしょう?」
「あ! いや! それは大丈夫です! ……でも…………」
なの、その、と言って口籠ってしまったルイズ。その様子を見たコルベールはなぜだろうかと考えたが、すぐに合点が行った。
このルイズという少女、ラ・ヴァリエール家という王国内でも三本の指に入る大貴族の三女でありながら、今まで一度として魔法を成功させたことがなかったと聞く。
ここ、トリステイン王国では貴族とは、それすなわち魔法を使える者。それを使役し平民を守り統治する者。貴族は魔法は貴族としてのステータスシンボルどころか、貴族であるという最低条件といっても過言ではない。
そんな環境の中で、魔法が使えないということは何を意味するのだろうか。当然、周りの貴族、さらに平民からさえ貴族と認められず、嘲笑され。――それは一少女が受けるには大きすぎるものだ。
幸いと言おうか、ラ・ヴァリエールという大きな家名のおかげで、直接的な侮蔑の量は多少は少なくなっているだろうが、それでも辛いものは辛い。
それに彼女の性格だと、その家名ゆえの気苦労もコルベールには推し量ることのできないほどあっただろう。
そんな彼女がようやく魔法を成功した。使い魔召喚の魔法"サモン・サーヴァント"だ。
しかし、使い魔召喚の儀式はまだ完遂したわけではない。もう一つ、召喚したものと使い魔としての契約を結ぶ"コントラクト・サーヴァント"が残っている。
きっと彼女はこの魔法の失敗を恐れているのだろう。そう考えたコルベールはできるだけやさしく、ルイズに声をかけた。
「大丈夫ですよ。サモン・サーヴァントが成功したのです。きっとコントラクト・サーヴァントも成功します。恐れずにやってごらんなさい、時間はまだありますから」
目をまんまるくしながらルイズは首肯した。
しかし、彼女が首肯したのは、その論理に納得したからでもなければ、コルベールの優しさに心を打たれたからでもない。ただ単に"急に話を振られたからとりあえずうなづいた"だけである。
では、彼女がここにきて渋る理由とはなにか。それはコントラクト・サーヴァントで行う"ある"行為にあった。
賢明な読者諸賢なら、すでにお分かりのことであろう。そう「キス」である。
もちろん、召喚の儀式に参加しているのだから、ルイズとて、キスをしなければいけないということは事前に知っていた。
ただ、この事態を招くことになった背景として二つのことがあった。
まず一つ。なぜ"キス"を渋るのか? それは、自分と同じ種である"人間"を召喚したということが原因だろう。加えていうなら召喚された太公望が、若い異性であったというのも一つの要因としてあげられる。
二つ。なぜ"今になって"渋るのか? これは、最初に太公望を"幻獣"と勘違いしてしまったことや、太公望がした、わけのわからない要求が原因である。
これらに気を取られたせいで、ルイズは"コントラクト・サーヴァントで行うキス"のことを考えることができず、心の準備をすることができないで今に至る。
さて、反射的とはいえ、ルイズが首肯してしまったことは事実。それにコントラクト・サーヴァントにおいてキスは、避けることのできない絶対的なものである。
諦めたルイズは、深い深い呼吸で可能な限り呼吸を整える。心臓の鼓動も静まってきただろうか、自分の中でゴーサインをだし、太公望に向き合った。
とたん目に飛び込んでくる、太公望の目が、鼻が、そして唇が、いやがおうにもルイズにキスを意識させてしまう。
静めたはずの心の音が高鳴る。
「ちょ、ちょっと目をつぶってくれるかしら……」
せめて、とルイズは懇願した。
ルイズの雰囲気が先ほどまでとは違うと感じたため、太公望は下手に口を出さずに、ルイズの言葉に従うことにした。
もういちど深い呼吸を一つして、杖を構える。ルイズの口が呪文を紡いだ。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
太公望の肩に手を置き、背伸びするような格好で、ルイズは自らの唇を太公望のそれに重ね――すぐに離れた。
顔を桃色、いや朱色に染めたルイズが、呟くようにコルベールに契約の終了を報告した。
「……終わりました」
「うん、コントラクト・サーヴァントもうまくいったようだね」
契約のためだし仕方なかった。うん、今のはノーカン。等と、ぶつぶつ呟いてるルイズ。そんな彼女を見て、コルベールは満足げな顔をしている。
そして、自分抜きで話が進められていた太公望は、どこか不満げな表情で、ポリポリと頭をかいた。
「……のぅ、なんだかわしだけ置いてけぼりな感じがぬぐえんのだが……さっきのアレは何の意味がってあっつぅ!!」
とりあえず、先ほどの行動の意味を知っておこうと口を開いた太公望であったが、突如左手の甲に感じた熱に中断せざるを得なかった。
左手を振ったりしてる太公望を見たコルベールが言った。
「ああ、大丈夫です。それは使い魔のルーンを刻んでるんです。体に害はないはずですし、熱もすぐに引きますよ」
「あー確かに引いたのぅ。っていうか……んなもん勝手に刻むなっちゅーの」
余熱でもあるのだろうか、浮かんだルーンに息を吹きかけながら答える太公望。
なんとはなしに、その左手にちらとコルベールは目をやる。そこに浮かんだルーンが彼の目を引いた。
「すみません、ちょっとそのルーンを見せてもらってもよろしいでしょうか」
「む? 別にかまわぬが」
スッと太公望は左手をコルベールの方に出す。
「ふむふむ、これは珍しいルーンですな……」
ルーンを熱心に観察しながら、どこから取り出したのか、小さな紙にペンでルーンをスケッチしていった。
その様子を眺めながらふと湧いて出た質問を、太公望はそのまま口に出した。
「このルーンとやらはどういうものなのかのぅ?」
ルーンを書き終えた紙をローブの中にクシャッとしまいながらコルベールは答えた。
「んー、私が答えてもよいのですが……それはミス・ヴァリエールに教えてもらってください。彼女と話さなければならないことも、まだたくさんあるでしょう?」
なにより、と続けたコルベールは後ろに目をやって苦笑する。
なるほど、事情はともかく、あまりこっちばかりヒイキするのはいかんわな。視線の先に居る生徒たちを見て納得した太公望は、首肯して見せた。
それを見たコルベールは、満足した様子で後ろに振り返り儀式の終わりを告げた。
「みなさん。これで契約の儀式は終わりです。さあ、教室へ戻りましょう」
待ってましたと言わんばかりの勢いで生徒たちは飛び上がった。待たされ過ぎたせいか、大声でルイズに何か言う気も失せたらしく、不満のあるものはめいめい近くのものと愚痴をこぼし合いながら塔へと消えていった。
ルイズを除いた生徒の最後の一人が飛び上がったのを確認して、コルベールは再び振り返った。
「では、私はこれで。なにか学院生活で困ったことがあれば、可能な範囲で助力いたしますよ」
それだけ言い残すと、いそいそとした様子で近くの塔の方へ飛んで行ってしまった。
取り残された太公望は、"飛んでいく"彼らを呆然とした様子で眺めながらひとりごちた。
「……人は……飛んだかのぅ?」
かつての太公望と同じ、人の姿をした種の中には飛行できる者もいたが、それだってよっぽど"いきすぎた"者でなければ、何かしらの道具を使っていた。
少しの間、自分の常識の範囲で考えうる仮説を立ててみたものの、それは自分の中で即座に否定された。
しばらくそんなことを続けていたが、結局ここは非常識なところなんだ。という結論に至る。
はぁ。と小さなため息を一つ。
めんどくさいな、と思いつつも、使い魔になることを引き受けたのは自分である。
つまり事の責任の半分以上は自分にあるわけで、すなわち、これからしばらくはこの少女に付き添わねばならないわけで。
そんなわけで、太公望に目の前のなにかブツブツ言ってる少女を放置することはかなわず、声をかけざるを得なかった。
「あーっと、たしかルイズとかいったか。きゃつらみんなして飛んで行ってしまったんだが、お主は行かなくとも良いのかの?」
……返事はない。今だにルイズは「契約だからノーカン」だとか「誰がキスとか決めたのよ」だとかブツブツ言っている。
もう一度声をかけた。
「……おーい、聞いておるのか?」
またもや返事はない。
これは口で言っても無駄だと感じた太公望は、すっと打神鞭を振り上げ――ルイズの頭を軽く叩いた。
その瞬間、ルイズの肩までを包み込むような風が撫ぜていった。
「ひゃっ?!」
「あそこに行くのであろ? お主は飛ばぬのか?」
「え?!……あ、あん、な!」
太公望に焦点はあってるものの今だにろれつの回らないルイズ。
彼が呼び出されたとき、彼女はなぜか心ここにあらずといった風だった。かと思えば急に怒りだしたり、そして今、やっと落ち着いたかと思えば、またおかしなことになっている。
ああ、この娘はこういうやつなのだな。と太公望は自分の中で結論付け、ルイズに聞くのを止め、自分だけで判断することを決めた。
「はぁ。なんだかよくわからぬが、他の者が入ってる場所から入るとするかの」
そうつぶやいて、ルイズを抱きかかえ――飛んだ。
「ふぇ?」
ついさきほど、自身の人生初のキスを捧げてしまった相手に抱きかかえられている。それは、ルイズにとって自分の召喚した使い魔、太公望が飛べることよりも衝撃的なことであり……
太公望を召喚してから、周りの状況を処理しようとフルスロットルで回転していたルイズの脳は、その情けない声を合図に、とうとう活動の休止を決めた。
「……のぅ、なんだかわしだけ置いてけぼりな感じがぬぐえんのだが……さっきのアレは何の意味がってあっつぅ!!」
とりあえず、先ほどの行動の意味を知っておこうと口を開いた太公望であったが、突如左手の甲に感じた熱に中断せざるを得なかった。
左手を振ったりしてる太公望を見たコルベールが言った。
「ああ、大丈夫です。それは使い魔のルーンを刻んでるんです。体に害はないはずですし、熱もすぐに引きますよ」
「あー確かに引いたのぅ。っていうか……んなもん勝手に刻むなっちゅーの」
余熱でもあるのだろうか、浮かんだルーンに息を吹きかけながら答える太公望。
なんとはなしに、その左手にちらとコルベールは目をやる。そこに浮かんだルーンが彼の目を引いた。
「すみません、ちょっとそのルーンを見せてもらってもよろしいでしょうか」
「む? 別にかまわぬが」
スッと太公望は左手をコルベールの方に出す。
「ふむふむ、これは珍しいルーンですな……」
ルーンを熱心に観察しながら、どこから取り出したのか、小さな紙にペンでルーンをスケッチしていった。
その様子を眺めながらふと湧いて出た質問を、太公望はそのまま口に出した。
「このルーンとやらはどういうものなのかのぅ?」
ルーンを書き終えた紙をローブの中にクシャッとしまいながらコルベールは答えた。
「んー、私が答えてもよいのですが……それはミス・ヴァリエールに教えてもらってください。彼女と話さなければならないことも、まだたくさんあるでしょう?」
なにより、と続けたコルベールは後ろに目をやって苦笑する。
なるほど、事情はともかく、あまりこっちばかりヒイキするのはいかんわな。視線の先に居る生徒たちを見て納得した太公望は、首肯して見せた。
それを見たコルベールは、満足した様子で後ろに振り返り儀式の終わりを告げた。
「みなさん。これで契約の儀式は終わりです。さあ、教室へ戻りましょう」
待ってましたと言わんばかりの勢いで生徒たちは飛び上がった。待たされ過ぎたせいか、大声でルイズに何か言う気も失せたらしく、不満のあるものはめいめい近くのものと愚痴をこぼし合いながら塔へと消えていった。
ルイズを除いた生徒の最後の一人が飛び上がったのを確認して、コルベールは再び振り返った。
「では、私はこれで。なにか学院生活で困ったことがあれば、可能な範囲で助力いたしますよ」
それだけ言い残すと、いそいそとした様子で近くの塔の方へ飛んで行ってしまった。
取り残された太公望は、"飛んでいく"彼らを呆然とした様子で眺めながらひとりごちた。
「……人は……飛んだかのぅ?」
かつての太公望と同じ、人の姿をした種の中には飛行できる者もいたが、それだってよっぽど"いきすぎた"者でなければ、何かしらの道具を使っていた。
少しの間、自分の常識の範囲で考えうる仮説を立ててみたものの、それは自分の中で即座に否定された。
しばらくそんなことを続けていたが、結局ここは非常識なところなんだ。という結論に至る。
はぁ。と小さなため息を一つ。
めんどくさいな、と思いつつも、使い魔になることを引き受けたのは自分である。
つまり事の責任の半分以上は自分にあるわけで、すなわち、これからしばらくはこの少女に付き添わねばならないわけで。
そんなわけで、太公望に目の前のなにかブツブツ言ってる少女を放置することはかなわず、声をかけざるを得なかった。
「あーっと、たしかルイズとかいったか。きゃつらみんなして飛んで行ってしまったんだが、お主は行かなくとも良いのかの?」
……返事はない。今だにルイズは「契約だからノーカン」だとか「誰がキスとか決めたのよ」だとかブツブツ言っている。
もう一度声をかけた。
「……おーい、聞いておるのか?」
またもや返事はない。
これは口で言っても無駄だと感じた太公望は、すっと打神鞭を振り上げ――ルイズの頭を軽く叩いた。
その瞬間、ルイズの肩までを包み込むような風が撫ぜていった。
「ひゃっ?!」
「あそこに行くのであろ? お主は飛ばぬのか?」
「え?!……あ、あん、な!」
太公望に焦点はあってるものの今だにろれつの回らないルイズ。
彼が呼び出されたとき、彼女はなぜか心ここにあらずといった風だった。かと思えば急に怒りだしたり、そして今、やっと落ち着いたかと思えば、またおかしなことになっている。
ああ、この娘はこういうやつなのだな。と太公望は自分の中で結論付け、ルイズに聞くのを止め、自分だけで判断することを決めた。
「はぁ。なんだかよくわからぬが、他の者が入ってる場所から入るとするかの」
そうつぶやいて、ルイズを抱きかかえ――飛んだ。
「ふぇ?」
ついさきほど、自身の人生初のキスを捧げてしまった相手に抱きかかえられている。それは、ルイズにとって自分の召喚した使い魔、太公望が飛べることよりも衝撃的なことであり……
太公望を召喚してから、周りの状況を処理しようとフルスロットルで回転していたルイズの脳は、その情けない声を合図に、とうとう活動の休止を決めた。