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"IDOLA" have the immortal servant 外伝 イザベラと猟犬 前編



"IDOLA" have the immortal servant外伝 イザベラと猟犬 前編

 ガリア王国の都リュティス。
 隣国トリステインの国境からおおよそ千リーグは離れた内陸部に位置するリュティスは、人口三十万人からを擁する、ハルケギニア最大の都市である。
 その東端に、ガリア王家の王族達が暮らすヴェルサルテイル宮殿がある。
 ガリア王ジョゼフが執務を執り行うグラン・トロワから少し離れた場所に位置する薔薇色の離宮プチ・トロワ。
 その離宮の主、イザベラは退屈そうに欠伸をした。
 一国の王女にしては無作法が過ぎる。が、不興を買うことを恐れ、周りにイザベラを諌める者はいない。父王も執務と「趣味」に没頭する余り、イザベラに対して干渉してこない。
 北花壇騎士団団長。それがイザベラの肩書きではある。
だが実際にすることはジョゼフの命を北花壇騎士団の騎士に伝えることが主であって、何もそれがイザベラでなければならない理由はどこにもない。
 使用人達には内心で疎まれ、貴族達には魔法の才に乏しいことを理由に、父も無能王なら娘も娘だと影で蔑まれ、その父親からは相手にされていない。
 そして彼女はそれを嫌というほど自覚していた。だから、我侭を言う。癇癪を起こす。更に人心は彼女から離れていく。
 イザベラは、孤独な娘だった。
 今日もイザベラ……というより、北花壇騎士団には任務が与えられていた。
 だが、今日はタバサとは関わりのない任務だ。あの人形娘で憂さを晴らせないというのは不快だった。
 以前タバサに遂行させた任務などは、吸血鬼が相手だった。
 それを伝えても表情一つ変えなかったタバサなのだが、イザベラは例によってそれが面白くない。
あの人形娘が無様にうろたえ、怯える顔を見たいのである。達成することが困難で、聞くだに恐ろしい任務であればあるほど良いと思えた。
 とは言え、それほどの大事件などそうそう都合よく舞い込んでくるものでもないし、そこまでの懸案ともなればイザベラに話が回ってくる前にジョゼフが直接の指揮を執ることになろう。
 今日与える任務はなんだったか。ああ。確か新人に仕事を与え、どの程度使えるのか報告しろ、というものだったか。
 正確にはまだ北花壇騎士団に入団したわけではなく、その任務の結果如何で入団が決定する、というものだった。
 イザベラにとっては新しいおもちゃを与えられた、というような認識に過ぎなかった。従順であればそれでよし。そうでなければ使い潰すまでだ。
 しかし到着したその新人は、イザベラの想像を遥かに超えていた。
 入り口に控えた騎士が、イザベラに報告する。
「黒犬殿、到着しました!」
 主に日陰の仕事、汚れ仕事を任される北花壇騎士団の団員は、名前で呼ばれることはおろか、二つ名で呼ばれることすらない。
 代わりに番号で呼ばれる。同僚の顔も名前も、何をしているかも、基本的には知らされることはない。
 これからの活躍で北花壇騎士団に編入されるかという新人に番号がないのは当然である。だから二つ名で呼ばれるのだろうが、『黒犬』とはどういう事か、とイザベラは訝しんだ。
 普通、メイジを指す二つ名は火、風、水、土の四大属性が聞くだけで解るようになっている場合が多い。例えば、キュルケなら『微熱』、タバサなら『雪風』という具合だ。 
「遅いわ! 何をしていたのよ!」
 居室に現れた「新人」に向かってイザベラの怒鳴り声が響く。
 頭から目深にフードを被り、その顔は伺えない。頭からゆったりとしたローブで全身を覆っていて、体格も肌の色も良く解らないが、見上げるような長身だった。
「刻限通りのはずだが」
 抑揚のない静かな声で新人が答える。若い男の低い声だったが……、奇妙な声色をしていた。篭っているというのか、どことなく不自然さが漂う。
「呼ばれたら刻限より前に来ているのが礼儀だろ。それよりそのフードを脱ぎな! 誰の前だと思っている!」
 男は無言でフードを脱ぐ。その下から現れたのは、金属光沢を持つ、丸みのある紫色の兜だった。容姿は分からない。兜と一繋がりになったような銀色のマスクがすっぽりと頭部を包んでいたからだ。
 「その兜とマスクもよ。言われないと分からないのかい」
 イザベラは一瞬呆気に取られたが、高圧的に命令を下す。
「外装は外せない。オレは人間ではなくアンドロイド……ここの言葉で言うのならばガーゴイルだろうからな」
「……魔法人形? これが?」
 イザベラが控えていたメイジに目を向ける。
「確かに、陛下からはそのように伺っております」
 との答えが返ってきた。
 今日の相手は人形娘ではないと思ったら、正真正銘の人形がやってきた。それが面白かったのかイザベラは声に出して笑った。
「よくよく私も人形と縁があるらしいね。ええおい?」
 なるほど。それで全身をローブで覆っていたわけか。無礼な言葉も多目に見てやろう。人間でないものに礼儀作法を説くのは無意味だ。
 イザベラはベッドから降りると、そのガーゴイルをもっと間近で観察することにした。
 魔法の才には優れていないが、魔法大国ガリアのメイジであるイザベラだ。自律行動しているガーゴイルというものの価値が分からぬほどの愚鈍ではない。
「よく出来てるじゃないか。名前は?」
「キリーク。キリーク・ザ・ブラックハウンド」
「ふうん……」
 じろじろと顔を覗き込んだり、肩などを触ったりして、ローブの下にある身体も金属であることを確かめていたイザベラだったが、突如何を思ったかキリークの足を蹴飛ばした。
「痛っ!?」
 顔を顰めて悲鳴を上げたのはイザベラだった。重量が桁違いな為にイザベラに蹴られた程度ではキリークは微動だにしないが、生身であるイザベラの方はそうはいかなかった。
「この……、重いんだよ!」
 そんな身勝手な台詞を吐き捨てながら、イザベラはベッドの上に戻って爪先を手で摩る。
 キリークはというと、目の前の娘には何の興味も湧かなかった。興味があるのは、闘争と殺戮。それから、それを自分の元に運んでくる命令と、運命の巡り合わせだけだ。
 トリステインでオスマンと出会い、そして別れたキリークは、闘争を求めて傭兵としてアルビオンの「革命戦争」に参加していた。
 そこで「革命戦争」の手引きをしていたシェフィールドに出会うことになる。シェフィールドはこの男に興味を示した。
 ガーゴイルのようなもの、と自称しながら、全く魔力を感知できなかったからだ。
 ガリアならば、ジョゼフ一世ならば、この戦いが終わった後でも、狩り場を存分に用意してやれると、シェフィールドは誘いを持ちかけた。
 既にレコン・キスタの勝利が濃厚となってキリークが退屈を感じ始めていた、そんな時期だった。誘いに乗って、キリークはガリアに身を置いた。
「まあ、いい。命令を伝えるわ。あんたの任務は奴隷商人の摘発。場合によっちゃ殲滅だとよ。詳しいことはこれを読みな」
 そういって、指令の書かれた羊皮紙をキリークに向かって放る。
 羊皮紙を空中で掴み取りながら、殲滅という言葉にキリークの目が黄色い光を放った。
「ク……、ククク」
 笑い声だった。押し殺したような、しかし喜悦の色が含まれた笑い。
 それを耳にした瞬間、イザベラの心に言いようの無い恐怖が、じわりと広がった。
 人形だからタバサのように無感動なのかと思い込んでいた。
 だがあの人形娘は違う、とイザベラは認識を改める。
 戦えることが。何かを殺せることが。嬉しくて楽しくて、この猟犬は笑うのだ。
 北花壇騎士団にも色んな奴がいるが、ここまで凄惨な殺気を放つ者はそうはいない。
「ククク……、承知した。ではこれよりブラックハウンド、任務に移る」
「……ちょっと待ちな」
 退出しようとしたキリークを、イザベラは呼び止めていた。
 不思議な話だが、キリークに戦慄を覚えながらも、イザベラにはある種の期待感があった。
「何だ?」
「近くに来な」
 命令するとキリークはイザベラの目の前までやって来る。
「右手を上げてみな」
 言われて、キリークは無言で右手を掲げる。
 やはり、この人形は―――。
「下ろしていい。あんた、あたしのことをどう思う? 率直に言ってみな」
「不可解な小娘だ。無意味に思えるオーダーで時間を無駄にしている」
 キリークは平然と答えた。イザベラが癇癪を起こす恐ろしさを身を以って知っている侍女達は
キリークが無作法を働く度に気が気ではなかったが、流石に今の発言はボーダーラインを余裕で超えていると思われた。
 イザベラが癇癪を起こしたしわ寄せが、我が身にまで降りかからないことを祈りながら身を寄せ合って震え上がる。が、彼女たちの主の反応は意外なものだった。心底楽しそうに、寝台の上で笑い転げる。
 キリークはとりあえず命令には従う。だが、不敬を隠そうともしない。その点において、キリークは人間より遥かに信頼できる、とイザベラは直感していた。
 侍女達はイザベラの顔色と機嫌を伺ってばかりだ。呼びつけてみればいつも危害を加えられるのではないかとおどおどしている。
 ガリア貴族は彼女とその父親を蔑んでいるくせに面と向かえば卑屈に美麗字句を並べ立ててくる。
 バッソ=カステルモールというイザベラの身辺警護を任されている貴族がいる。有数の実力者で表面上イザベラに忠誠を誓っているが腹の中はどうだか知れない。彼はオレルアン公の派閥の人間だったからだ。
 それを裏付けるかのように、彼の態度は非常に事務的だ。他の連中のようにご機嫌伺いの愛想笑いをしないだけまだマシかも知れないが。
 名目上は自分の直属の部下である北花壇騎士団の連中。こいつらは論外だ。
 表立って逆らうことはないのだが、実力者揃いであるだけにイザベラのことなど鬱陶しい小娘としか思っていないのは明らかだった。
 どいつもこいつも大嫌いだ。うんざりする。
 自分は無能で我侭な、けれど血筋だけはご立派なお姫様だ。そんなことぐらい解っている。嫌というほど解っている。
 プチ・トロワから一歩外に出れば、侮蔑、憐憫、嘲笑のいずれかを含んだ眼差しを向けられる。その癖彼らはイザベラに面と向かうと実に卑屈に笑うのだ。
自分にではなく、自分の後ろにいる、無能王と影で蔑んでいる父親の威光にひれ伏して。
 それが反吐が出るほど嫌いだった。何が貴族の誇りだ。馬鹿馬鹿しい。
 だが、目の前の「これ」は、あらゆる意味においてイザベラの知る者達と違っている。
 キリークとて、イザベラのことを敬う気持ちなど欠片も持ち合わせていないだろう。その点では他の連中と同じだ。
 だが少なくとも、面従腹背ではない。あの薄気味の悪い笑みを向けてこない。
 本来なら無礼であるはずのキリークの態度が、逆にイザベラには小気味良かった。
 それもそのはずだ。これは道具だ。道具は自発的に持ち主を裏切ることはない。
 実際のキリークがどうであれ、イザベラはそのようにキリークを見て、期待を抱いていた。
 ひとしきり笑い転げた後、イザベラは問う。
「何故お前は、そんな無意味な命令でも聞くのよ?」
 イザベラはこの鋼の猟犬に興味が湧いていた。それ故、もっと深く突っ込んだ質問をしてみようと、寝台から身を乗り出してキリークの顔を覗き込んだ。
「オレの目的達成に反しない。仮初ではあるが、主は主だ。そういう調整をされている」
 キリークはそのようにプログラムされ、感情レンジの調整を受けている。
 闘争と殺戮に喜びを見出す破綻した人格にすら、敵対する者に情けを掛けずに確実に始末するという、実に猟犬らしい理由がある。
 だからこそ本能的に「主を必要する」という保険をかけなければ、使う側にとっても危険すぎて運用できないのである。
 キリークの存在意義はつまるところ人切り包丁だ。故に「使う人間」は居なければならない。
 任務の内容に応じて「仲間を守る」「任務遂行を最優先させる」というように感情や思考の優先比率を調整されることはある。今現在は、かなりの割合でキリークの自由意志に任せるというような調整をされたままになっている。
 ラグオルにいた時、彼に下っていた任務は、ハンターズとしてラグオル地表に降り、調査を行うことだったからだ。それ故、ある程度の社会性を保ち、臨機応変に立ち回る必要があったのだ。
 これはキリークにとっては喜ばしいものだった。行動に融通が利く調整であるということは、上手くすればあの男と見え、戦う機会が生まれるかも知れなかったから。
 しかし、幾つかの依頼を受けて地表に降りてみれば、何時の間にかハルケギニアに迷い込んでしまっていたのである。
 それからは最終的な目標をラグオルへの帰還とは定めていたが、当面のオーダーを下す者がいない。だからキリークは仮の主を必要としていた。
 自分を使う見返りとして、戦いの場を与えること、帰還の方法を探すことの二点でジョゼフとシェフィールドの確約を得ている。利害が一致したからキリークはガリアにいるのだ。
「お前の目的って?」
「強者との闘争。それから、元いた場所への帰還だ」


 それから、数時間後。馬車に揺られるイザベラとカステルモールの姿があった。御者を務めているのはキリークである。
 プチ・トロワを出ることなど滅多にないイザベラだが、今回の外出の理由はキリークへの興味に負けたからだ。
 幾つか質問を投げ掛けてみたが、キリークは破綻した人格を除けば、自分が主である内は非常に信頼できる相手だと思えた。
 だが、肝心の腕の方は実戦で見せて貰わなければ判断できない。
威圧感は十分過ぎるほどあるが、実力が伴っているとは限らないからだ。完全なる実力主義である北花壇騎士団に、無能な輩は一人として必要ない。
 ましてや、初めて自分の忠実な手駒というものを得られるかもしれないのだ。
 そういうわけで、イザベラはキリークに着いて行って仕事振りを監視する、と言い出した。
 一国の王女であるイザベラが護衛も引き連れずにお忍びで外出するなど普通に考えれば有り得ないことなのだが、イザベラはルイズやアンリエッタ以上の世間知らずなのである。
信じられないほど無警戒に、自身の思い付きを実行に移していた。
 といっても、自衛の手段だけは用意してきている。
 イザベラの右手には短刀が握られていた。これはジョゼフに与えられたインテリジェンスナイフ、地下水だ。
 持ち主の身体を操り、魔力を上乗せする強力な武器である。
 特性を聞いた時にはタバサを弄ぶのに使えるのではないかと色々と青写真を膨らませたりもしたが、そこは移り気で気紛れなイザベラである。計画を実行に移すのも気分次第で、未だ決行はしていなかった。
 そんなわけで何となく温存していた地下水なのだが、考えてみれば魔法を使えない自らの護衛役にうってつけではないかと思い立ち、すぐに呼び出すことができたので、こうして実際に護衛役として駆り出したわけである。
 隣に控えるカステルモールも実は本人ではなく、地下水の力を借り、ガーゴイルで作り出した複製である。カステルモール本人よりもスキルニルで作ったメイジの方が、余程信頼できるというものだ。
 地下水による能力の上乗せと操縦で、現在のイザベラの戦闘能力は歴戦のトライアングル……、いや、スクウェアメイジにも匹敵する。
その上ガリアでも指折りの実力を持つメイジが護衛についている。もし任務の途中で何かしらの危険に遭遇しても、身を護る以上のことはできるだろう。
 もしもキリークが裏切ったとしても何も問題は無い。あれは空を飛べない。であれば、フライで逃れてしまえばいいだけの話なのだから。
 空を飛ぶ敵に対しての対抗手段をキリークが何も持っていないと考えるのは、結論から言えば大きな見誤りなのだが、少なくともイザベラはそう思っている。
 奴隷商人掃討の任務においても、戦うのはキリークだけだ。
 何の危険もない。イザベラにしてみれば闘技場へ見物に行くような感覚であった。
「なあお前。あいつの武器。どう思う?」
 馬車に揺られているだけというのは退屈なのか、イザベラは地下水に話しかけた。
 武器、というのはキリークの傍らに立て掛けられたポールウェポンだ。
 暗い紫色を基調にした長大な鎌で、柄の部分だけでも二メイル以上、刃の部分は七十から八十サントはあるだろうか。
 通常、貴族は平民の武器になど興味を示さないが、何事にも程度というものがある。
巨大さもさることながら、キリークの持つ大鎌はぼんやりとした紫色の燐光が纏わりついていて見るだに禍々しく、凡百の武器と一線を画しているのは確かだ。
「私も長いこと生きていますが、あんな物を見るのは初めてでさあ」
 と、地下水。その解答はイザベラを満足させるものではなかった。
 鼻を鳴らしてイザベラが吐き捨てる。
「ふん。同じ武器同士ならもう少し詳しく分析できないのかしらね」
「姫殿下も無茶を仰る。そりゃ、多少の推測はできますよ? それが正解かどうかは分かりませんがね」
「ほう」
 キリークはハルケギニアではない異国からやって来たと言った。彼の言を信じるなら、あれも異国から持ち込まれた武器かも知れない。
「まず、あれはまともな金属じゃありませんぜ。何か別のモノで刃に見える部分を作ってるようですな。切れ味の方は実際使ってるところを見るしか無いでしょう。
これ以上詳しいことがお知りになりたいならディティクトマジックを使ってみますが」
 それはつまり、イザベラの身体を使って、ということになる。地下水はそれ単体では喋るナイフに過ぎないからだ。
「あー。いい。魔法まで使うのは面倒だ。楽しみは後にとっとくとするよ」
 右手は地下水で塞がっているので、左手をひらひらとさせてイザベラは答えた。


 イザベラとキリークを乗せた馬車が辿りついたのは、煉瓦作りの城壁でぐるりと囲まれた宿場街であった。
 狭い馬車に揺られていたことで身体が固まっていたのか、イザベラは軽く伸びをした。
「さて。情報が確かならこの近辺に潜んでるってことだけど。……どうするの?」
 キリークに問うが、イザベラ自身は事件の捜査などする必要もないし、協力してやる気も無い。方法は全て任務を受けたキリークに一任されているのだ。
「まずは聞き込みというのがセオリーだろう」
「面倒ね。薄汚い人攫いなんぞが大手を振って、ガリアにのさばってるのは気に入らないのよ。さっさと片付けちまいな」
 女子供を奉公に出して幾ばくかの金を得る、というのはハルケギニアにおいてはありふれた話ではある。
 だから人買い自体は仲介業者としての意味合いで合法的に存在してはいるのだが、今回捜索の対象になっている連中は商人と呼ぶのもおこがましい連中だ。
 あちこちでうら若い娘や子供を攫い、それを裕福な連中に売りさばいているらしい。無論、重罪である。
 連中の顧客になっているのは性倒錯者や、人体実験をしたがっているメイジだ。別件で摘発された貴族が丁度そういう輩で、非道な奴隷商人の存在が明らかになったというわけである。
 北花壇騎士団に捕縛、ないし殲滅の命令が下ったのは、連中が誰に「商品」を売り捌いたか特定できないからだ。
正規の花壇騎士団を動かして捜索に当たった場合、顧客の中に下手に大物が居でもしたら大変なスキャンダルになりかねない。
 その点、北花壇騎士団ならば、動員する人選さえ間違えなければ問題は無い。わざわざジョゼフがキリークを指定してやらせろというのだから、父もキリークなら秘密が漏れないと考えているのだろう。
 要するに北花壇騎士団にやれというのは闇から闇へと葬り去れということである。勿論、情報を聞き出して顧客の実態が把握できるならば尚良い。
 ともかく、犯人は誘拐を主な手口としている。国内で誘拐事件が多発している地域を追えば、遠からず犯人の足取りが掴めるというわけだ。
 キリークはイザベラが居ようが居まいが関係ないと言った様子で、時折道行く人に何事か話し掛けながら、宿場町を進んでいった。
何も説明しないキリークに不満を感じるが、イザベラも少し遅れて後を付いていく。
 目的無く歩いているようにも見えたキリークだったが、向かった先は酒場であった。
 余り上品とは言えない佇まいであったが、店内には食欲をそそる匂いが充満していた。
 キリークはカウンターに腰を落ち着けて銀貨を数枚置き、料理と酒を注文した。
 店主はキリークの風体に度肝を抜かれたようであったが、金払いの良さに愛想笑いを浮かべ、厨房へ引っ込んでいく。
「何よ。ガーゴイルの癖に、食事なんか必要なのかい?」
 イザベラの問いかけに、キリークは首を横に振った。
「いいや」
「じゃあ、何だって料理なんか頼むの?」
「金払いが良ければ口も軽くなるものだ」
 キリークの返答にイザベラは少しこの猟犬の見方を変えていた。外見は悪目立ちするし、性格は紛うことなき戦闘狂なのだ。聞き込みなどできるのかと侮っていたが、諜報活動もかなり手馴れているように見えた。
 しかし、諜報活動のできるガーゴイルなんてものが存在するとは。
「はいよ」
 店主が料理を次々と運んでくる。それを皿ごとイザベラの方へと押しやって、キリークは店主に問いかけた。
「そういえば、知っているか?」
「何をだい」
「最近、誘拐事件が流行っているそうだ」
「ああ。街道に沿って若い娘や子供が居なくなってるって話だな。
段々南下して来てるから、年頃の子がいる知り合いは、次はここら辺りに向かって来るんじゃないかって、ピリピリしてる奴が多くてよ。
いや……、もう近郷の村や街でも何人か小さな子供がさらわれたって言ってたっけな」
 キリークと店主の話はそれなりに弾んでいるらしい。
 イザベラは目の前に盛られた料理とにらみ合いをしながらも、キリークに対して文句を言ってやりたかった。
 こんな下賎の者が食うような物をガリアの王女が食べられるか、といったところだ。
が、相手が人間ならともかく、キリークに限ってはその手のクレームは言うだけ無駄だし、高貴な出自の人間だと自分から吹聴するような行動もよろしくない。
 今日の外出はお忍びであり、プチ・トロワにはイザベラのスキルニルを影武者として残してきているのだ。
イザベラはプチ・トロワに篭りがちだから、顔を知っている者がこんな場末の酒場にいるとも思えないが用心に越したことはない。悶着を起こして目立つのは遠慮したかった。
 何よりイザベラはかなり空腹であった。やがて、誘惑に負けておずおずと料理に手を付け始めた。
 口に入れてみればどの料理も手が込んでいる上に絶品だ。ふん、と詰らなさそうに鼻を鳴らしながらも、イザベラの手は止まらなくなっていた。
 そして、イザベラが満腹感を感じ始めた頃だ。
「そこな騎士様! 騎士様にお願いがありますのじゃ!」
 突然、悲痛な声が聞こえた。
 イザベラが振り返ってみれば、カステルモールのスキルニルが、ボロボロの麻布の服を纏った老婆に詰め寄られている場面であった。
 老婆は目に涙を溜めて、スキルニルの足元に跪き、何やら必死な様子だ。
「何か?」
 イザベラは内心で気味の悪い老婆だと思ったものの、スキルニルには当たり障りのない応対をさせる。話を聞くだけ聞いて、適当にあしらってやるのが面倒が無くて良いだろう。
 店主はいきなり店にやって来た老婆を見やって何か言いたそうな顔をしていたが、スキルニルの方が相手をしてやるつもりだと解ると、小さく首を振って皿を磨き始めた。
「おお、騎士様! この婆の頼みを聞いてくださいますか……!
 婆はここから三時間ほど歩いたところにある、エズレ村に住むドミニクと申す者にございます。騎士様をそれと見込んでお頼みしたいことがございますじゃ」


「これこの通り! お金ならありますで! 村中で集めてまいりました」
 ドミニクは平身低頭。畏まった様子で皮袋を逆さにして中身をぶちまけた。
 殆ど銅貨ばかり。その中に銀貨が数枚、と言った内訳だ。
 はっきり言って、イザベラにして見れば鼻で笑ってしまうような額であった。
 これっぽっちの金額で、悪名高いミノタウロスを相手に戦えというのだ。この老婆は。
 だが、通りすがりの人間を捕まえて雇うぐらいなら先に話を持っていくべき相手がいるはずだ。
「すまんが、私には用事がある。そういう話は領主殿にされるがよろしかろう」
「エメルダ様にはもう訴えただよ! 多忙を理由に断られちまっただ!」
 話を聞いてやったことを、イザベラは後悔し始めていた。
 スキルニルに相手をさせてはいるが、元より内容が何であれ、受ける気のない話だった。
 老婆はカステルモールに依頼しているつもりだが、実はイザベラに依頼しているのと同じことなのだ。
 こんなにも頼んでいるのに断るのかと、責められているな気がした。
 話を聞けば同情もするし、可哀想だと思う程度の人情はイザベラとて持ち合わせているが、戦えと言われたら話は変わる。
魔法の才能が無いと繰り返し陰口を叩かれ、嫌というほど自分の実力は思い知っているのだ。
 はっきり言って、ミノタウロスと戦う自信なんて全く無い。スキルニルと地下水という武装も、あくまで自衛の手段として持ってきたものだ。
 キリークも一緒にいるが、あれは北花壇騎士団の入団テスト中だし本当に強いかどうかも定かではない。
 高みの見物のつもりでやってきたのに、なんでこんな面倒な話になっているのだろう。 
 しつこく食い下がる老婆も鬱陶しいが、領民の頼みを無視したエメルダなる領主にもむかっ腹が立ってくる。
大物であるとは言え、たかが化物一匹。さっさとメイジ数人を差し向けて退治してやれば終わる話なのに、何が多忙だ。
 というか、領主の多忙という言い分には納得して引き下がっておいて、用事があるから無理という返事には何故納得しないのだろう?
  イザベラの苛立ちは頂点に達しようとしていた。その間も老婆の懇願は延々と続いている。可愛い孫娘が生贄に選ばれたとか何とか。
 領主どころか、王女が断っていると言うのに。ああいや、この婆さんが自分を王女だなんて知ってるわけが無いし、相手をさせているのは人形だ。全くお忍びなんてするもんじゃない。
 そりゃわたしがあの人形娘程度に魔法が使えるなら二つ返事で片付けてやるとも。そうさ。あいつなら吸血鬼だって全然怖がらなかったんだからミノタウロスだってきっと楽しょ……ああいや。何考えてるんだわたしは。
 決してあいつは有能とかじゃなくて、使い減りしないし、父様から名指しで命令が来るから、わたしも使い倒してやってるだけ! 便利な道具と同じ!
 確かに魔法はちょっと使えるかも知れないけど、あんなの全然駄目。無愛想で無口で、何考えてるか解らない。
 きっと内心じゃ顎で使ってるわたしのことを馬鹿にしてるに決まってる。北花壇騎士団団長だなんて言って、無能姫じゃないかってな。
そうさ! きっと、絶対……父様を恨んでるから、わたしのことも、殺したいほど憎んでるに決まってるんだ。
 だから、だからわたしは……。
 ――あーったくもうッ! 何であんなムカつく顔を思い出してるんだ!? 折角美味い料理と酒で気分が良かったのに、全部台無しじゃないかッ! こんなにムカつくのは誰のせいだ?
 この婆さんか? 牛面の化物か? やる気のない領主か? 人形娘か? ああん!?
「――その話、もう少し詳しく聞かせてもらおう」
 イザベラがその額に青筋を浮かばせ、いい加減怒鳴り散らそうとする寸前になって、キリークが低い声で言った。
「はぁぁっ!?」
 イザベラの怒りの矛先は、そのままキリークに向かった。
 自分を頼りにしてきた老婆と違って、こっちには何一つ遠慮などしてやることはない。
「お前、自分のやるべき事、ちゃんと解ってるんだろうね!? 忘れたとか寝言抜かしたらこの場でクビだぞクビ!」
「落ち着け。あながち無関係な話でもないかも知れん」
 それまで大人しくしていたイザベラが突然怒鳴ったので、皆呆気に取られて彼女を見ていたが、キリークは驚いた風もなく全く変わらぬ調子で答えた。


 馬車にドミニクを乗せて、イザベラ達はエズレ村へ向かった。
 見えてきたエズレ村は、わずかな畑があるだけで何も無い村、というドミニクの説明の通りの……いや、王宮の外を殆ど見たことのないイザベラにとっては、想像を遥かに上回る寒村であった。
 村中かき集めて、あれっぽっちの金しか出せないという理由も、解る気がする。
 馬車から降りると、村人があちこちから集まってくる。
「騎士様を連れてきただよ! それも三人もだ!」
 ドミニクが言うと、歓声があがった。皆一様に、期待と畏怖の眼差しを向けてくる。
「お願いです、騎士様! この村を救って下せえ!」
「本当にジジはいい子なんです! あの子を守ってやって下さい!」
 一様に皆必死で、イザベラにしてみれば何とも異様な雰囲気であった。
「……本当に任務と関係があるんだろうね?」
 イザベラは隣にいるキリークに、小声で問う。
 キリークが言うには、件の人攫い達が化物を騙って誘拐を繰り返している可能性も考えられる、とのことだ。 
 領主が動くとして、相手が悪知恵の働く人攫いなら慎重に事を進めるだろう。
 しかし、化け物を退治するつもりであるなら、領主が動いた事はどうしたって領民の口から漏れる。犯人側としては、早く察知できればできるほど逃げやすくなる、という寸法だ。
 確証はないが、考えられないことではないと、キリークは言った。
「違ったら、また聞き込みからやり直せば良いだけの話だ。外れであっても、恩を売っておけば村人の協力を仰ぐことができる」
「ちっ……」
 イザベラは舌打ちした。別にキリークの言い分が気に障ったというわけではない。
 王宮で向けられる嘲笑や哀れみとは、まるで逆なのに、村人の視線を向けられるのが、堪らなく嫌だったのだ。
 沸き起こる感情が違う。王宮の連中には怒りを感じるが、村人の目は怖かった。
 もし、彼らを失望させてしまったら。
 村を救いに来た騎士様だったはずなのに、また無能姫だと謗りを受けるのだろうか。
 そんな考えが浮かんで来て、イザベラは首を横に振った。
 期待されているのは主にスキルニルとキリークだし、実際に戦うのはキリーク一人だけになるはずだ。
 ドミニクがどう思っていようが自分は戦わないし、ここには新人の監視に来ただけに過ぎない。
「長いこと馬車に揺られてたから、疲れたわ」
 村人の視線に耐えられなくなったイザベラは不貞腐れた顔でドミニクに告げた。
「いやはや、これは気がつきませんで。ささ、こちらです」
 ドミニクに連れられて、村のはずれへと向かう。土を焼いて固めた壁の、こじんまりとした家だ。
 扉を開くと、中には二人の女性が抱き合って泣いているところだった。年からいって、母親とその娘といったところだろう。
「おばあちゃん!」
「ジジ! もう大丈夫だよ。三人も騎士様が来てくだすった」
 ドミニクの孫娘のジジは、イザベラと同い年か、或いは少し上かもしれない。着ている服こそ粗末で化粧っ気もないが、かなり器量は良く、生贄に選ばれたというのも解る気がする。
「ありがとうございます! ありがとうございます! どうかこの子を救ってやってください!」
 ジジの母親が、スキルニルに縋りついていた。
「またかよ……」
 イザベラはスキルニルにジジの母親の相手をさせる傍ら、居た堪れなくなって目を背けた。
「すまないけど、そっちの男はとても疲れてる。寝床を用意して、仕事の時まで寝させてやってもらえるかい? キリークは休まず、しっかり話を聞いとくんだね。わたしは周囲の調査に行って来る」
 一々スキルニルに茶番を演じさせるのも面倒になったイザベラは、適当に言い残すと外に出て行く。
“姫殿下。本当にミノタウロスがいた場合ですが、私はあまりお役に立てませんよ”
 二人きりになったのを見計らって、地下水が心に直接語り掛けてきた。
 地下水はウィンディ・アイシクルのような強烈な攻撃魔法も使えるが、鋼のような体表を持つミノタウロスとは相性が悪い。
「わたしが戦うわけないだろうが。お前の任務はわたしの護衛だ。話の流れで妙なことになってるが、そこは変わらないんだから履き違えるんじゃないよ」
“はあ。そいつを聞いて安心しましたが”
 地下水はとぼけた声で言った。勿論、そんなことぐらい解っていた。しかし、地下水は己の性質と経験故に、ある種の予感を感じ取っていた。
だから護衛と言う任務を受けている以上は、進言というよりも忠告をせざるを得なかったのだ。
「ったく。こんな辛気臭い村に来る羽目になるなら、プチ・トロワにいるんだったよ。息が詰りそうだ」
 時折村人が何か言いたげに近付いてくるが、イザベラが不機嫌そうに睨みつけると誰もが愛想笑いをして離れていく。村人はミノタウロスも恐れているが、メイジもまた畏怖の対象なのだろう。
 期待されるよりは、怖がられて近付かれない方がイザベラも気楽だった。
 プチ・トロワの使用人どもと同じだ。自分を恐怖している相手は侮蔑の眼差しを向けてこないし、互いの密告を恐れる余りに陰で罵倒もしない。
だからプチ・トロワはイザベラにとって居心地の良い場所なのである。
「おねえちゃん!」
 不意に、背中から子供の声が浴びせられた。
 面倒臭そうにイザベラが振り返ると、まだ年端もいかない少女が、息せき切って駆けて来るところだった。村の子供だろう。
 流石にこんな子供にまで凄むのは大人げないと思ったのか、イザベラは小さく溜息を吐いて向き直る。
「なんだよ」
「ジジおねえちゃんはどこにも行かなくてすむの?」
「は?」
 一瞬何を言っているのか解らずに、イザベラは首を傾げた。
「おねえちゃんたちが来てくれたからだいじょうぶって、おかあさん言ってたもん」
 イザベラを見上げてくる少女は思い詰めたような表情で、事情も良く解ってはいないのに、ジジが窮地にあることだけは理解しているらしい。
 相当にあのジジという娘を慕っているのだろう。
「そりゃ……」
 イザベラは返答に詰る。自分が戦うわけでもないのに、安請け合いでは返事をしにくい。
「やってみないと分からないわ」
 その返答に、今にも泣き出しそうな顔になる少女。
 イザベラは自分の髪をがしがしと掻き回して、半ば自棄になって言った。
「あ゛ー……。泣くんじゃないわよ。わかったわよ。やってやるわよ。だからもう、暗くなる前に家に帰りな」
「ほんと?」
「ああ。約束してやるよ」
 まだ不安そうな表情であったが、それで少女は納得したのか、頷いて小さく微笑む。
 単純なものだ。さっき泣いた子供が、もう笑ったという奴だ。
「ありがとう、おねえちゃん! わたし、アルマっていうの」
 何度も振り返ってイザベラに手を振って、少女はやって来た方向へと駆けていった。
「……子供はこれだから。お前の名前なんざ聞いてないって言うのよ」
 後に残されたイザベラは暫くの間、少女の消えた方向をぼんやりと見ていた。





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