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ゼロの魔王伝-16


ゼロの魔王伝――16a

 夜露がまだ草花を濡らす中、彼方の地平線を地から天へと逆しまに貫く針のような陽光が、徐々に太く、数を増して、やがて黄金の球体が姿を見せた。
 清澄な朝の空気に、ゆっくりとぬくもりを帯びさせてゆく朝陽を浴びて、どこか冷たい印象を受けるトリステイン魔法学院の石造りの校舎も、金色に染まってゆく。
 夜の帳と共に終わった昨日から、朝陽と共に始まりを告げる今日へと、時は移ろった。
 雪を敷き詰めたような錯覚を受ける真白いシーツの上に、薄いネグリジェを纏って悩ましげに体をくねって寝返りを打つ少女の寝姿があった。
シーツが形作る凹凸の陰影に匂わす程度に艶めかしく体のラインが浮かび上がる。
 お世辞にも起伏に富んだとは言えないが流麗と賛辞する事が出来る肉体の山脈のラインは、指や唇で触れるよりもまず先に、蕾の中の花の美しさに心囚われるかの様に可憐であった。
 そのまま永遠に生きたまま眠り続ければ、おとぎの中の眠り姫の伝説が再現されるだろう。
眠れる少女はそれほどまでに美しく、可憐で、そして夢の中の狭霧の向こうに居る様に儚げだった。
 弧を描く細い睫毛に飾られた瞼がかすかに震え、少女の意識の覚醒を告げる。鼻にかかった、んん、というかすかな声は、まだ意識が眠りと覚醒の狭間を移ろっているからこそ、飾らぬ艶めかしさがあった。
 男の肌も指も知らぬ清らかな身であるからこその、相反する背徳的な色香であった。
かすかに空隙を作った桜色の唇が、もごもごとそこだけ別の生き物のように蠢き、ゆっくりと眠りの海の底から覚醒の水面へと動き始めた事を告げた。
 この少女は、言わずもがな、ルイズである。春の陽気に合わせて少女と言うにもいささか青さを残した体を、生地が薄く体のラインを露わにするネグリジェに身を包んで眠り、起きようとしている所だ。
 昨夜に、キュルケの買った錬金魔術師シュペー卿の作であるという豪奢な大剣と、Dが構わないといったとはいえ到底実戦には使えそうにもない錆まみれの剣を巡るいざこざと、それに乗じたかの様な怪盗フーケの出現と相まって、眠りに就いた時刻は遅かった。
 いっぽう、まるでそう物理法則で決められているように、同居人であるDは窓辺の椅子に腰かけたままだった。
 本来夜の活動の方こそをバイオリズムの主に置くダンピールであるDにとって、ルイズに合わせて昼を主に活動の場とする事は、身体的にも精神的にも並みならぬ苦痛が伴う、どころか一種の拷問に等しい。
 特定の手段に依らぬ限り不老不死を誇る存在でありながら、夜にのみ生きる吸血鬼――貴族の血が流れるダンピールは、昼日中に行動してもその体が灰になるような事はないが、あらゆる面で枷が掛けられ、また陽光に身を晒す事は途方もない苦痛をもたらす。
 相応に超人的な精神力と身体能力を備えるダンピールであるが、超A級の吸血鬼ハンターとなったダンピールでも、昼でのフル活動は最大でも五時間程度が限界だ。
 それを考慮すれば、ハルケギニアに召喚されてから夜であろうと昼であろうと時を問わずに活動しているDは、同じダンピールの眼からしても規格外中の規格外と映る事だろう。
 しかし、その超規格外のDでも、今こうして椅子に座しているだけで、カーテン越しにうっすらと室内にかすか光量を灯しだした陽光が、全細胞に焼けた火箸を抉り込むような苦痛を与え始めている。
 自分自身と左手に宿る老人しか知らぬ事ではあったが、Dはルイズに対して目に見えぬ所でかなりの譲歩をしているのだ。
 Dが閉じていた瞼をゆっくりと開いた。
 閉ざされていた肉片から覗く黒瞳は夜空に広がる大宇宙の暗黒の様にどこまでも果てしない黒を湛えていたが、冷たさ以外のものがその最果てにあるに違いないと、今のルイズなら心からそう言うだろう。
 Dは起きている時も眠っている時も被っている旅人帽の鍔を左手でつまんで下げた。
 カーテンの合間から零れた陽光の一筋から、血管が青く透けて見えそうなほど白く冷たい肌に覆われた体を遮るためだろう。
 左肩にもたせかけたデルフリンガーと、掌に浮かぶ皺まみれの老人は口を開かずに黙っている。
 どちらも眠るという行為をするかどうか怪しい所だが、起きていれば左手はともかくデルフリンガー位は挨拶をするだろう。
 悩ましげなルイズの声が止まった。ようやく目を覚ましたらしく、ふにゃあ、と可愛らしく小さな口から欠伸を零しながら、寝起きの仔猫のように瞼を閉じたまま上半身を起こした。

「ふぁあ、んん、おはよう、Dぃ~」
「おはよう」

 ここ数日で、ルイズは自分が目を覚ました時に必ずDがすでに起きている事を確認し、朝起きたらまず、Dに朝の挨拶をすることを決めていた。
 こういう何気ないスキンシップを常態化する事で、使い魔と主人との信頼関係を築くのよ! とルイズは密かに慎ましい野望の火を燃やしていたりする。
 D相手にどれほど効果があるか甚だ心許ない。
 本来、ルイズは二度寝という人類すべての人々の寝起きにとって最大の敵であり、同時に至高の快楽をもたらす行為を憎みながらも同時に深く愛する少女だ。
 だが、そんな物臭をするような真似を、この世界との交わりを拒絶しているように孤独な使い魔の目の前でする事を、固く自分に禁じていた。
 朝の挨拶に加えて、Dの前ではせめてご主人様らしく、ルイズが心に思い描く『貴族』らしく、凛と、毅然と、堂々と、そして優雅に在ろうと決めている。
 数時間にわたって自分自身が温めた寝床との別離には後ろ髪を引かれる思いであったが、昨夜の内に、朝つまりは今になったら、改めてフーケが宝物庫を襲った時の状況について学院長や教師達に説明する事になっているのを思い出し、なんとかベッドの中から出た。
 私って、えらい。
 そんな風にまだ寝ぼけていて回転の遅い頭で自分をほめながら、ルイズは頬を染めて、Dが椅子から立ち上がるのに気づく。
 ルイズの着替えの間、Dが廊下の外で待つためだ。
 首筋から脛までルイズの体を隠すネグリジェも、Dが気を利かせて開いたカーテンから愛しい人への抱擁の様に勢いよく溢れる陽光に、半ば透かされる様にして照らされ、隠された未成熟な少女の体の陰影を浮き彫りにする。
 年若い少女を好む性癖の無いものでも、思わず一味試したくなるような、否応にも目を引き付ける魅力が輝いている。
 ルイズの肌と髪から淡く零れる処女の血の匂いは、吸血鬼の血を引くDにとって、おそらくは天上界の美酒の様に、甘くそして芳しく感じられるに違いない。
 鉄の精神を誇るダンピールといえど、この滾る陽光が齎す苦痛の中で、目の前に現れたこの至上なる甘美な味わいを約束する獲物を前にすれば、自制の声を忘れて細く白い首筋に嬉々として牙を突き立てるだろう。
 自分の振る舞いが、どれほど自分自身にとって危険な事か、そしてDに対してどれほどの負担を要求する行為であるかを知らぬルイズは、ある意味で幸福であるだろう。
 無言のままDが自分の目の前を通り過ぎ、後ろ手に扉を閉めるのを確認してから、ルイズは閉じていた瞼を開き、なだらかな丘陵地帯を描く胸を膨らませてから、吸いこんだ息を静かに吐く。
 ここ数日で、朝起きたら異世界の産物としか思えないような途方もない美の化身が、原始的な恐怖を励起させる威圧感と共に目の前に居るという事態にも慣れたようだ。
 今では起きぬけの一番気の緩んだ状態でDを直視しても、朝からうっとり出来る余裕が、ルイズには生まれていた。
 あの超を幾つつけても足りないほどの美青年を自分が呼んだのだと思うと、つい口元がにへら、と緩くなってしまう。
 なんだかんだで、ルイズは自分に向けられてくる憎悪と羨望と嫉妬がミックスされた視線にも慣れてきている。

 むしろ――私がDを独占(自分で言っていて大嘘よねえ、とは思う)しているのに、その程度の悔しさなの? 羨ましいのでしょう? 憎たらしいのでしょう? だったら面と向かって文句を言いなさい。
 もっともっと怒りの炎を熱く燃やした瞳で睨んだら? 
 憎悪に狂って真黒な感情に染まった瞳で私を睨み殺すくらいの事は出来ないの?
 貴方達が胸を焦がして朝も夜も眠れぬ時を過ごすほど思いを募らせているDを、私が、この、ゼロと蔑まれたこの私が! 独り占めしているのに、その程度の嫉妬しか抱けないの?

 と、思い切り見下した視点で考えるようになり、嫉妬されればされるほど、憎まれれば憎まれるほど、羨望されれば羨望されるほど、Dの魅力を評価されているようで嬉しくなってしまうほどだった。
 ある種の性的志向にも似ている。いろいろと人として如何なものかと疑いたくなる方面の素質も、かなり持ち合わせていたらしい。
 ともかく、つい最近まで周囲の無言の重圧の所為でろくに眠る事も出来なかった自分とは、もうすぐおさらばできる位に肝が太くなったというか変な方に目覚めたルイズは、鼻歌交じりに着替え始めた。
 着替え終えたルイズはそのままDの待つ廊下へ出て、Dとあいさつを交わしていたキュルケ、タバサと合流して、呼び出されていた宝物庫へと足を向けようとした所で、キュルケがDに声をかけた。
 キュルケの手には麻の布にくるまれた、例のシュペー卿の手からなるという黄金の装飾剣があった。
 キュルケは、Dが『辺境』から持ち込んだ長剣の代わりに、高分子ザイルを柄尻に巻いたデルフリンガーを背に負っているのを見て、小悪魔めいたウィンクをする。

「ねえ、ミスタ、昨日の決闘は有耶無耶になってしまったけれど、やっぱり使うならこっちの剣でしょう?」
「な、きゅる、キュルケ! 貴女まだそんな事を言うの!!」

 これは昨夜と同じ結末になるかと、珍しくタバサが溜息に似たものを口の中で溜めた時、おもむろにDが、変わらぬ氷と鉄の声で言った。

「その剣を」
「あら? やっぱりこちらがお好みよね」
「D!?」

 当然という表情をしながら、どこか憮然としたキュルケと、この世はすべて裏切りと絶望ばかりだと悟ったように、春風に舞う桜の花びらを思わせる顔色を、たちまち蝋の様にまっ白に変える。
 そのまま死んでしまうのでないかとキュルケとタバサがルイズを案じる中、Dは左手にシュペー卿の剣の抜き身の刀身を握った。柄ならともかく刃を握れば、たちまち肌が血を噴くだろう。
 ましてや

「D、やめて、指が落ちてしまうわ!!」

 思い切り左手を握りしめるとは。
 次の瞬間、廊下にぽとぽとと落ちるDの指を想起したルイズが、想い人の最後の瞬間を目撃した悲劇の美女もかくやの悲痛な声を挙げる。しかし、その声に答えたのは、硬質の物体が二つに割れる音であった。
 ばきん、といささか鈍い音を立てて、Dの左手に握られた剣の刀身が折れていた。込められた力がどれほどのもであったのか、Dの左手の掌の中の、握り潰された刀身は微細な欠片になってきらきらと輝いている。
 二千馬力を誇るサイボーグの全力を片手でいなす吸血貴族の怪力を、さらに上回るDならではの所業であったろう。
 唖然と口を開く三人に向かい、Dがこう言った。

「こいつなら折れなかったろう」

 こいつ、とはデルフリンガーの事だ。口ぶりから察するにどうも最初からシュペー卿の剣が真っ赤な偽物と知っていたようだ。
その癖キュルケがルイズをからかうのを止めるどころか、加担するような事をしたのは、この青年なりの茶目っけであったかもしれない。
 そんなモノが、この青年に存在するのならば、という話ではあるが。
 だが、三人の目の前でわざわざ鏡のように研ぎ澄まされた刀身を握り潰して見せたのは、まるで必要性が無い行為だ。
 あえてそうしたのは、ひょっとしてひょっとしたら、三人の驚く顔を見ようと思ったのかもしれなかった。
 万が一、いや、億が一、いやいや、兆が一、いやいやいやいや、それこそ無限の一の割合でそうだとしたならば、ルイズとキュルケとタバサは、まさしく神にも成し得ぬ奇跡を起こしたのかもしれなかった。
 そんな評価をせざるを得ないあたりが、Dの徹底的な無感情、無関心ぶりを証明しているのは、いささか人としてどうか、と万人に思われてしまうだろう。握りつぶした剣の破片を落とさぬように注意を払いながら、麻の布にくるみ直して呆然としているキュルケに返した。

「気持ちだけ頂いた」
「……ひょっとして最初から鈍らだって分かっていたのかしら?」
「商売道具じゃからな。刀剣に対して人よりは目が利くようでなくてはやっとられん」

 下方から聞こえてきた老人の声に、キュルケがおもわずぎょっとした顔になってDを見つめたが、微動だにせぬ美神の彫像を目の当たりにしている気分になって、すぐに視線を逸らした。

「はあ、ルイズはよく貴女と同じ部屋に居て正気を保てているわね。見なおしたというか、なんというか。ねえ、ミスタ、本当はあの日ルイズに手を出したのではなくて? でもなければ、ルイズがこうも貴方と行動を共にして、平気でいられるのが不思議で仕方が無いのですけれど?」
「君の好きに考えたまえ」
「あら? じゃあ、やっぱり?」
「さて、な」
「でぃでぃでぃD!? なに、なにをいい、言っているのよ!!」
「う~ん、ルイズのあの反応からしてまだあの子はオコチャマみたいね。ねえ、ミスタ、もし、貴方がその気になったらルイズには優しくしてあげてね。あんなちんちくりんな体だから色々と窮屈でしょうけど」
「朝っぱらか何ちゅう会話をするんじゃ」

 呆れた調子の左手の声に、キュルケは小首を傾げて不思議そうにしたが、微笑を浮かべる。
 泣く子も思わずつられて微笑んでしまいそうな、どこか人好きのする笑顔だった。Dが、苦笑に似た影を口元に這わすのを目撃したからだ。それを浮かばせたのが自分である事が純粋に嬉しかった。

「あら、私ってば意外と貴女の好みなのかしら?」
「まあ、平原よりは山の方が征服のし甲斐もあるわな。ほっほっほっほ」

 自分の言葉に頬を赤らめるキュルケに、Dではなく左手の老人が同意する様に笑う。キュルケもキュルケで、初めて恋の意味を知った少女の様な自分の反応に、わずかに戸惑っていた。
 故郷のゲルマニアでもこのトリステインでも、馬鹿な男達を手玉に取ってきた自分が、自分でも信じられないくらい無邪気な子供の様な反応をしてしまうのだ。
 それこそ、校舎の窓辺から去りゆく憧れの人の背中を見つめては、憂いに満ちた溜息をつく日々を過ごす、内気な少女の様に。
 魔法学院中の人間が嫉妬しそうな位和やかな二人の様子に、やはりというべきか桃色ブロンドのご主人様は怒り心頭の様子であった。
 ゆるく波打った髪が降り注ぐ陽光を紅蓮の焔に変えて逆立ち、一本一本が満たされる事の無い飢えに苛まれる蛇の如くざわざわと震え、ぎりぎりと軋る眩い白の歯並は、浪蘭幻十の振るうチタン鋼の魔糸だって容易く噛み切りそうなほどだった。
 昨日の悪夢を二度も体験させられたタバサが、必死の思い、どころかここで死ぬのではないかと半ば諦めの境地に達しながら、半泣きの顔になってルイズをどうどうと宥めていた。

「うぎぎぎぎぎぎぎ……」
「そこまでにして、ルイズが抑えられなくなる」

 キュルケは初めて耳にする、今にもべそをかきそうなタバサの声に正気を取り戻し、羞恥に頬を染めながらDから一歩引いた。一時の夢から醒めた事を悟った少女の様であった。
 ごめんね、とタバサに詫びて、多少マシになったが、悪鬼を踏みつけ憤怒の形相で周囲を睥睨する明王の如きルイズに、ウィンク一つをしてこう言った。

「良かったじゃない、貴方の剣の方を最初から使うつもりだったみたいよ、あの人」
「ふん! あったりまえじゃない。私は! Dの主人なのよ!! Dと一番長く時間を過ごしているのも、同じ部屋で寝起きしているのも、私なの!! だから、そんなの当たり前よ!!」
「そういう割には、ねえ? タバサ、貴女にはルイズの顔がどう見えているのかしら?」
「頬が落ちそうなほど緩んだ笑顔」
「そうとしか見えないわよねぇ」

 にっこにこ、と擬音語が公用語のガリア語になって、周囲で踊っていそうなルイズの満面の笑顔であった。にこにこ、という文字たちには腕と足が生え、腕を組んで軽妙にステップを踏んで陽気に動き回っている事だろう。
 それまで浮かべていた別の表情から笑顔に変わる事を破顔と言い表すが、これはそれ以上の変貌ぶりであった。
 因縁の怨敵を前にしていたようなルイズの凶相が、今やどんな悪口を言われても終始変わらぬ笑顔を浮かべて受け止めるお人好しみたいに、笑顔が顔面を支配しているのだ。
 大黒様の笑みみたいなものと言えば想像しやすいだろうか。
 キュルケやタバサがいなかったら、その場で寝転がってゴロゴロと左右を転がり回って喜びを露わにしそうなルイズであった。
 それから、Dが握り潰した剣をキュルケが自室に戻すのを待ってから、ルイズ達は学院長達の待つ宝物庫へと向かった。なお、宝物庫へ着くまでの間、終始ルイズがにこにこと笑っていたのは語るまでもないだろう。


 本来強力な『固定化』を複数のスクウェアメイジによって掛けられた宝物庫は、物理的な衝撃が比較的弱点といえども、三十メイルを越す巨大ゴーレムを持ってしても破れる代物ではない。
 おそらくトライアングルクラスと言われるフーケといえども、そう容易く、どころか単純な力技で破る事は出来ない筈だった。
 もっとも、現実は、外側から加えられた圧力によって宝物庫の内部に散乱した壁や、衝撃で倒れた学院の宝物が散らばっているという光景となって、ルイズ達の目の前に広がっていた。
 既に教師陣が破壊された宝物庫の中におり、学院長を中心に昨夜の状況について話を進めていた。
 衛兵達を糾弾する声もあったが、平民である彼らなど頼りにならないという蔑視に基づく声が出て、責任追及の矛先は昨夜当直であったミセス・シュヴルーズへと向けられた。
 以前、ルイズに錬金の魔法を行うように指示をして、爆発の被害に遭った中年の女性メイジである。
 ふくよかな体つきの、おっとりとした印象の女性だ。
 いわゆると言えばよいのか、普通のトリステイン貴族で、他意の無い言動が時に思わぬトラブルの火種になる事はあるものの、温厚な人柄で貴族でない者にもさほど蔑視する素振りを見せない人である。
 メイジとしても文句なしに優秀とされるトライアングルクラスの土系統メイジであったが、こちらは研究を主に行う学術肌だ。仮に当直を行っていて、フーケと相対したとしても、取り押さえられたかどうかは怪しい。
 貴族の屋敷や豪邸の住まいに真正面から巨大なゴーレムを操って乗り込み、力づくでお宝を奪う事もあるフーケと、静かな湖畔のシャトーで、暖かな陽気の下のんびりとお茶をしているのが似合いのシュヴルーズとでは、比較するのが間違いだろう。
 数人の教師達は、昨夜当直の当番でありながら詰所におらず、自室ですやすやと惰眠を貪っていたシュヴルーズの責任を追及したが、これは見苦しいと判断したのかオールド・オスマンがやんわりと釘を刺して事なきを得た。
 シュヴルーズが当直を怠っていたのは、ひとえに関係者の大部分がメイジであるこの魔法学院に忍び込む賊が居るなどとは、夢にも思わなかったためだ。
 メイジ崩れの盗賊は、フーケの例からしても確かに存在する。だが、精々、十人かそこらが徒党を組むかどうかという程度だろう。対して魔法学院には数百単位のメイジが居る。
 その大部分が温室の中の世界しか知らぬか弱い花々でも、中には触れた指に血を滴らせる棘を持った者もいるだろう。キュルケやタバサなどがまさにいい例だ。
 ましてや教師陣は文字どおり魔法と貴族としての在り方を教える側として揃えられた人材だ。職務相応に能力の高い者が多い。
 戦闘経験のある者がどれほどいるかは未知数だし、学院長を務めるオールド・オスマンに至っては、三百歳とも百歳とも言われる月日を生き、今もトリステイン最強のメイジとして名が挙げられる生きた伝説なのだ。
 このような環境に身を浸していれば、たしかにシュヴルーズの怠慢も仕方のない事だったかもしれない。
 それを証明するように、シュヴルーズを糾弾していた教師達もまともに当直を行っていた者は皆無で、唯一『炎蛇』のコルベールのみが、真面目に当直の当番をこなしているきりだった。
 自分の事を棚に上げて、という言葉の見本と化した教師達を、同席していたルイズ達はことさら冷たい瞳で見ていた。
 少なくともこの場に居る教師達に対する敬意が幾分薄れたのは事実だった。Dがいなくて良かったと、ルイズは内心安堵した。
 自分が目指す貴族と同じ存在である筈の目の前の大人たちの姿を、Dに見られる事がひどく恥ずかしかったのである。
 Dが席を外してこの場の醜態を目にしなかったおかげで、自分が目指している在り方は、他者の責任を追及する事を優先し、奪われた学院の宝を取り戻す手段や方策を考える事を後回しにする彼らとは別のものだと、言い訳をする必要もない。
 もっとも、言い訳をする事で、ルイズ自身がさらに惨めになるだけだったろうが。
 Dはこの場に同席してはいなかった。仮にDが居たら、やはりというか、あの顔の所為で話が進まなくなる事は明白だったからだ。
 その辺はDも自覚があるのか、大人しくルイズの懇願――指示や命令ではない辺りが、二人の力関係を如実に表している――通りに部屋の外で待ってくれている。
 そんなルイズ達の心境や状況を露とも知らず、ミセス・シュヴルーズは今にもむせび泣きだしそうな顔で、自分を庇ってくれたオスマンに感激し、尻を撫でる老人の手を、むしろ私のお尻でよかったら、いくらでも!などと言う始末であった。
 言われた方のオスマンもこれには困る。場を和ますつもりでシュヴルーズの尻を撫でたのだが、反応はなかった。突っ込むなり咳払いするなりしてくれるものとばかり思っていたのである。

(う~む、誰も突っ込んでくれん。それにどうせ撫でるなら若い方が……。いや意外と?)

 やや太り肉のシュヴルーズの尻は肉付きがいい。
 若さのもたらす張りが去ってから月日はたったが、その代りに熟した女の脂と受け止めて来た男共の手練手管で開発され、触れた指がそのまま沈み込んでしまいそうな豊さがあった。
 上等の絹をふんだんに使ったスカートのすべすべとした触感を纏った向こうに在る、たっぷりとした白い肉の柔らかさは、枯れ木のように細く骨張ったオスマンの指の肉になってしまいそうな柔らかさだ。
 年を経た分、若い女性が持たぬ熟された艶と肉欲が薄皮一枚を経て泥濘の様に詰まっているのだろう。ぐにゃりと握る肉の奥に熱い肉欲のうねりが、更なる刺激を求めて発情した雌犬の様に息を荒げて舌を垂らしている。
 思わぬ淫らな尻肉の感触に、かっと眼を見開いたオスマンがさらに力を込めてシュヴルーズの白い肉を揉みしだくべく、残る手を伸ばそうとした時、それ以上は目の毒だと告げる様にコルベールのうぉっほん、という咳払いが止めた。
 こりゃいかん、と気を取り直したオスマンは、シュヴルーズの尻に届きかけていた左手の方向を転じ、自分の長い白髭をしごいた。
 撫でていた右腕を尻から離す時の、シュヴルーズのかすかな、あん、という艶めかしい声が、粘度の高い液体の様にオスマンの鼓膜を揺さぶり、こりゃツイとるのう、と宝物庫の宝が奪われた不幸を一時忘れさせた。
頬を染めたシュヴルーズが恥ずかしげに俯くのを待ってから、オスマンがルイズ達に目を向けた。この場で唯一犯行現場を目撃した三人だ。
 これまでの幻滅の光景に、朝から気分をひどいものにしていたルイズも、流石に学院長の目の前とあって表情を取り繕って畏まる。
 オスマンは三人の顔触れに興味深げな眼をしたが、ルイズの使い魔の姿が見えない事に気が着いた様で、そのことをルイズに問いただした。
 使い魔が同席していないという点ではキュルケもタバサも同様なのだが、学院の機能が麻痺するか暴走するかのどちらかの現象を引き起こす使い魔というのは、古今Dのみだから、注意が行くのも仕方が無いとルイズ達も納得していた。

「その、Dは外見がちょっとアレですので、この場に呼ぶのは相応しくないかな、と」

 Dをアレ呼ばわりしたのは、たぶんルイズが史上初だろう。まあ、悪意はないのでDの機嫌を損ねる事もあるまいが。

「ふむ、彼の外見のう…………………………………」
「あの、学院長? 学院長!」
「ぬお!? おお、いかんいかん、つい彼の顔を思い出したら、気が遠くなってしまったわ。なるほど、確かにミス・ヴァリエールの使い魔を同席させられんわな。賢明な判断じゃ」
「はい」

 遠目からでもDの姿を見た事のある教師達が、オスマン同様にうっすらと頬を染めて、過去の記憶の世界へと旅立っていた。約半数。残りの半数が、恍惚と蕩けている同僚たちを気味悪げに見ていた。

「では、昨夜の状況を詳しく説明しなさい」

 ルイズが一歩進みでて、胸を張りながら堂々と口を開いた。無論、決闘云々に関してはキュルケ達と口裏を合わせて無かった事にするつもりである。ルイズの性格なら真っ正直に言ってしまうものかと思われたが、ここら辺の融通は利く方らしい。

「はい。突然大きなゴーレムが表れて、宝物庫の壁を殴って壊したんです。そのゴーレムの肩に、黒いローブを頭から被っていた人影がありましたから、たぶんそのローブ姿が犯人です。
 それから、そのローブ姿のメイジが宝物庫の中に入って、何かを持ち去って行きました。たぶん、『破壊の槍』だと思います。盗み出した後にまたゴーレムの肩に乗って逃げだしたんです。
 それで、私の使い魔がゴーレムと戦ってんですけどその途中でゴーレムが崩れて土になっちゃって、そのどさくさで犯人には逃げられてしまいました。後は、皆さんの知っていらっしゃる通りで、手がかりも残ってはいませんでした」
「ふむ、結局今分かっているのは、犯人の名前と盗まれた秘宝が『破壊の槍』であることだけか」

 オスマンは、破壊された宝物庫の壁に魔法で刻印された

『破壊の槍、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』

 という、巷を騒がせている怪盗メイジのメッセージに目をやった。破壊の槍、と書かれたプレートの上には、飾られているべき『破壊の槍』はなかった。
 ゴーレムの一撃によって散乱した秘宝はすでに別の保管庫に移してあるが、破壊された宝物庫の壁の瓦礫やゴーレムの一部と思しい土はそのままだ。

「しかし、他の秘宝には目もくれずに『破壊の槍』のみを狙うとは。さて、どこで『破壊の槍』の事を知ったのやら、フーケの女狐めは」

 どことなく面白がるようなオスマンの言葉に、ルイズ達三人とコルベールだけが違和感を覚えた様な反応をした。
 土くれのフーケは、男か女かも分かっていないメイジの大怪盗だ。それを、オスマンは『女狐』と称した。
 フーケに関する噂は尾鰭が着いたものも含めて平民達や貴族の間で流布しているから、その内のひとつにフーケが女だとしているものがあり、オスマンが耳にしたのがその噂だったのかもしれない。
 だが、ただ噂を鵜呑みにしたにしては、やけにオスマンの口調は確たる根拠が根付いているような断定するものだった。それを訝しく思うルイズだったが、オスマンが口を開いたので追及の言葉を封じた。

「時に、ミス・ロングビルはどこに行ったんじゃ? 朝から姿が見えんが?」
「私達にも、学院長が仰られる通り朝から姿が見えませんで……」
「ふうむ、そうか。案外、フーケの後を尾行でもしていて、居場所を突き止めておるかもしれんの」
「まさか……」


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