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ゼロの魔王伝-12


ゼロの魔王伝――12

 生命の息吹が最も豊潤になる春の季節。風は踊り、花は歌い、小鳥は楽しげに空を飛び、獣は地を悠々と歩む。
 楚々と揺れる白い花弁の野の花にも、草を食む小動物の姿にも、花の香りを乗せてはるか遠方から流れてきた風にも、命の豊さが充ち溢れている。
 さわさわと大きく広がった枝がふれあい、まるで囀るような音が耳に心地よい木陰の下で、どっかと草の上に腰を下ろし、大木の幹に背を預けた青年がいた。
 大木の枝が作る影が、真の闇に変わってもその美貌ばかりは火が灯される様に、あるいは夜闇をあえやかに照らす月の如く輝いて映る事だろう。
 眼も、鼻も、唇も、眉も、何もかもが人ならぬ何者かによって作り出されたとしか思えぬ、至上の美の集合体であった。
 胸元で揺れる深海の青を封じ込めたペンダントは、揺れる梢から零れ落ちる光にゆらゆらと煌めき、漆黒の装いの青年に一つのアクセントを添えていた。
 左肩に抱き寄せる様にして優美な弧を描く長剣を抱え、先程から両手を休まず動かしている。右手には小振りな小刀。学校で児童に与えられる彫刻刀に似ている。
 左手側には長さ三十センチほどに切り揃えられた枝が無造作に積み重ねられている。左手でその中から枝を一本掴み、右手の小刀で形を整えているらしく、出来上がった品は青年の右手側にまとめて置かれていた。
 しゅ、しゅ、と小刀の刃が枝を削る音ばかりが風と揺れる木や草花の音に混じり、青年の周囲で蟠っていた。音さえもこの青年の傍から離れる事を嫌がっているのだろうか。
 また一つ、作品が出来上がったらしく、左手に抓んだ品を青年は厳しい芸術家の眼差しで観察した。不備の一つもあればなんの躊躇いもなく作品を壊し、痕跡を残さぬ厳しさが瞳に浮かんでいた。
 数えて二秒ほどソレを観察してから、ふむ、と満足げにうなずいて地面に置く。
 ぴく、と指が止まった。傷一つ付けたら、世界中の人間を敵に回しかねぬほど美しい眉間に深い皺が幾筋もより、青年の瞳が見る間に険しさを増す。
 かすかに開いた紅の唇からは細い吐息が何かを堪える様に、ゆっくりと吐かれている。ひゅ、とわずかに息を吸う音がし、その直後

「ぶえっくしょい!!」

 盛大なくしゃみが、これ以上ないほど美しい青年の口から下卑た声と共に出た。ぐしゅ、と鼻を啜り、青年が左手の甲で鼻をぐずぐずと擦る。

「誰かおれの事を噂してやがる。ま、この顔じゃ仕方ないわな」

 なんともまあ、安っぽいナルシズムに満ちた言葉を一つ口にした。とはいえ、青年の自負も無理からぬことではあった。色欲の限りを尽くし、性の悦楽に飽きた暗愚の王もたちまち虜にしてしまうだろうその美貌。
 媚を込めて見つめれば、どんなに苛烈な修行を積んだ聖職者の類でも、脳裏に淫らなものを思い描かずにはおれまい。
 それからまた一度鼻を強く啜ってから、新たな一本を取った所で、さく、さく、と緑の色が深い草を踏み分けてくる足音を聞いた。
 実際にはとっくの昔から気付いていたのだが、あえて気付かぬ振りをしていた。自分を驚かせようと、足音を殺してわざわざ背後から近づいてきているのだ。その程度のいたずらに付き合う程度の度量は青年にもあった。
 おそるおそる幹の反対側、青年を背後から見つめる視線と気配に気づき、やれやれ、とばかりに口を開く。どこか唇の形は楽しげであった。

「何か用か?」
「きゃっ! もう、気づいていらしたのね」

 驚かす筈が驚かされて、可愛らしい声をあげた青年の背後の声の主は、もう、とあどけない幼女の様に拗ねた調子で呟き、青年の正面に回り込んだ。まだうら若い女性であった。
 太陽の光を浴びて一層優しげに、そして淡く輝くピンクのブロンド。豊かな桃色の流れは、持主の腰ほどまで伸び、手入れを欠かされぬ髪はそれ自体が一つの宝物のように眩い。
 コサージュで飾り、ゆったりとした白い上衣と、深い紫色のロングスカートを纏い、首元には赤いスカーフ。いつも絶やさぬ笑みは女性を永遠の少女の様に見せている。
 やや白の色が強い頬を除けば、絵画の中から飛び出て来た聖母を思わせる美女だ。青年の隣になんのてらいもなく腰掛けて、その肩に小鳥やリスが止まり、周囲にはどこに隠れていたものか、鹿やウリ坊や子犬、果ては虎までもが集まりだす。
 自然の環境下では考えられぬ無数の動物達が、一人の女性の元に集い、食べる者と食べられる者のこれ以上ない緊張の関係を匂わせる事もなく、おもいおもいに寝そべり、安堵しきっている。
 その小さな奇跡を起こしている美女は、小首を傾げて愛らしく青年に質問をした。今年で二十四歳になる筈だが、そこから十歳を引いてもなんとなく納得してしまうような幼さが、時折挙措の合間合間に垣間見える。


 無論、見た目は母性と言う言葉に美貌のアクセントを加えて人間にしたような、極上の美女だ。
 年相応の外見ながら少女の姿を幻視してしまうのは、最後の花弁の一片が落ち行かんとする花に似た儚さが、常に付き纏うからだろうか。

「なにをしていらっしゃるの?」

 女性は、自分がサモン・サーヴァントで召喚したこの青年のが何をしているか、興味が尽きぬらしい。
 ころころと良く変わる表情を、不思議そうなものにして、女性は青年の手元を覗きこんだ。青年は右手の小刀を鞘に納めて出来上がった作品の一つを手に取った。
 良く目を凝らさなければ見えぬほど細く、長さは三十サントほどもある木の針であった。先端は目に見えぬほど細くそして鋭い。石も貫いてしまうのではないかと思うほどだ。しめて二十本ほど青年の傍らにまとめて置かれている。

「珍しい、木の針なんて。でもお裁縫をするにはちょっと長すぎるわね」
「まあ、縫物をする為じゃねえな。これは投げ針だ。見ていな」

 一本をつまみ上げた青年が、特に構えるもでなく、手首のスナップを利かせるでもなく、親指と人差し指の間に抓んだ木の針をひょい、と竪琴の弦を爪弾くように弾いた。
 緩やかな放物線を木の針が描き、それが落下に移ってから地に刺さる間に起きた事に、女性の顔が、まあ、と驚いたものになる。
 狙いを着ける素振りもなく放られた木の針は、その細長い体に十枚を越える木の葉や花びらを纏っていた。しかも青年の指が齎した影響か、それとも針の鋭さの賜物であったものか、地面に針はその半ばほどまでめり込んでいる。
 これが偶然ではない事は、青年の先ほどのセリフからも聞きとれる。元から気まぐれな風のままに舞う花びらや木の葉を狙って、放られたのであろう。

「お上手ね、あんなにたくさん木の葉や花びらを一本だけで縫い止めるなんて」
「その気になれば一キロ――こっちじゃ一リーグだったか?――先の蠅の目玉も抉ってみせる。まあ、ホントの所は白木かトネリコ、サンザシなんかの木で作りたかったがな」
「何か違いが出てくるのかしら?」
「おれの喧嘩相手にはそっちの方がよく効くのさ」
「まあ、私が見つけた時にあんなに大怪我をしていたのに! まだ懲りないのですか?」
「リベンジしない事には男が廃るんでね。つーてもその相手がどこに居るか分かりもしないが」
「なら、私は貴方の喧嘩友達が見つからない事を祈ります。だって、あんなに大きな怪我をしてしまうんですもの。いくら男の子がそういう生き物だからって、限度があるでしょう?」
「喧嘩ね。そう言われるとなんか虚しくならあ。おれ達にとっては命賭けだったんだが」
「ですから、今度は命が危なくない喧嘩をなさって」
「へいへい」

 と、どうにも調子が狂うな、と苦笑しながら青年がぼやいた。その様子を見咎めた女性――ルイズの姉カトレアは、やんちゃ坊主を窘める母親の様な顔をしていた。

「聞いていらっしゃるの? Dさん」
「聞いているさ。命の恩人の話だからな」

 ハルケギニアに召喚される以前、“にせD”と呼ばれ、カトレアにはDと名乗った青年は、そう言って人好きのする笑みを浮かべて、カトレアに笑い返した。
 かつて、ルイズが召喚したDによって頭頂から顎先までを割られた鮮やかな斬痕は、今はもうどこにも残っていなかった。
 それから、不意に青い空を見上げて、Dよりも千倍も表情豊かな“にせD”は、感慨深げに呟いた。

「今頃“おれ”とミアのねーちゃんはどうしているかねえ? ま、達者でやっているだろ。なんつっても“おれ”だしな」


 ラ・ヴァリエール領から場所は変わり、トリステイン魔法学院にて。

「何しているの、D?」
「ルイズか」

 声を聞くまでもなく、足音で目下の主(仮)が近づいてきている事を悟っていたDが、旅人帽の下の視線を動かす事もなく声だけで答えた。
件の決闘騒ぎがあったヴェストリの広場に在るベンチに腰掛け、Dは左手の手元に置いた木の枝を先程から削っているようだった。


 昼を済ませ、午後に履修している授業まで一時限分時間が空いたルイズは、Dを探して厨房を訪ねていた。
 ギーシュとの決闘騒ぎの際に、シエスタを擁護し、またギーシュとの決闘で泥臭いながらも平民も貴族も関係ない全力を出し切ったルイズの姿は、貴族嫌いで有名なマルトー料理長にも比較的好意的に(あくまでも比較的)受け止められていた。
 貴族の子弟ばかりが通う魔法学院の中でも一、二を争う大貴族であるヴァリエール家の息女が、裏口から厨房に顔を見せたのにはコックたちもやや驚きの様子であった。
 使い魔達が食事を取っているスペースにDの姿が無かった為、どこにいるのか尋ねに来たルイズに、シエスタがDさんならヴェストリの広場に向かわれましたよ、と教えてくれたのだ。
 ルイズよりも、魔法を使わずに弧剣のみでギーシュのワルキューレを撃退したDは、厨房のコック達の人気を集めていた。
 夜の闇に潜む恐怖を纏っているかのような雰囲気こそ滲ませているものの、直接ギーシュとの決闘を見ていなかったし、シエスタがDとその主人であるルイズに助けられたという事実が、マルトー親父に気に入られている。
 もっとも、まともにDの顔を見ると厨房のあちこちで指を切って具材にしかけたり、注ぎすぎたスープで火傷したりする連中が後を絶たないので、Dが顔を出す事は滅多にない。
 ともかく、先日の決闘騒ぎで若干ルイズに対する周囲の評価が変わったのは確かであったし、Dとの主従関係も匍匐前進で一歩くらいは明るい方向に進んだといえよう。

「隣、座ってもいい?」

 これが数日前なら何も言わずに座る所だ。それどころかご主人さまを放っておいて何をしていたのよ、とか昼食が終わったんだから迎えに来なさいよ、と言っているだろう。召喚した相手が相手だから、実行できたかは甚だ怪しい所ではあるが。
 Dが頷いたので、ルイズは枝の山を挟んでDの左に座った。Dはルイズに一瞥を向ける事もなく手元の作業を続けている。
 なにをしているんだろう、とルイズは姉に似た仕草でDの手元を覗きこんだ。DとにせDの双子の兄弟もそうだが、桃色ブロンドの姉妹もどこか言動に似通っている所があるらしい。
 ハルケギニアに召喚される前からDの所持していた短剣で枝を削って形を整えているようだ。見る間に削られていく枝を見て、ルイズが怪訝な顔をした。むう、と眉を寄せる姿は幼げな容姿に良く似合う。

「木の針? なんで針なんか作るの?」
「秘密兵器じゃよ」
「……ふうん」
「なんか不満かの? さてはこ奴に答えて欲しかったか? けけけ、色を知る年かの? 髪の毛同様、頭の中も真昼間から桃色らしいわい」
「こ、こここ、この左手は~~!」

 ことある毎に自分をからかってくるDの左手の人面疽に、歯を剥いてルイズは顔を怒りで赤くした。毛を逆立たせた子猫を思わせた。
 言うに事欠いて、よ、よよよりにもよって色を知る年!? 色を知る、年ってなな、なによ、なんなのよ!? いい、色……色恋沙汰の色!? キュルケが夜に男の子を引っ張りこんだりしているアレの事をいい、言っているのかしら。
 ふしだらだわ! みだらだわ! はしたないわ!
 い、色を知るって、わたわた、私ががががが、だ誰に教わ、教わるるって? Dに、Dに? Dに! Dになの!? Dが私と、私がDと? 私がDで、Dが私で手取り足取り教えられるの? 仕込まれちゃうの! 躾られちゃうの!?
 めしべがおしべで、メスとオスが、卵で、コウノトリが運んできて、結婚してからじゃないとだめで、結婚してからでも三ヶ月はだめで、始祖ブリミルと母さまにお伺いを立ててからじゃないとだめで………………。

「……あ、あううぅ。け、けけけ、結婚……。だだ、旦那さまで、私が奥様で……こ、こど、子供は何人……欲し……ほし、…………~~~~~~~~~~~~~~!!!!!」

 耳の先まで真っ赤にしながら握り拳をプルプル震わせているルイズの姿をどうやって見ているのか、左手の老人はつくづく、からかい甲斐のあるお嬢ちゃんじゃなあ、と意地悪く含み笑いを零していた。
 そんなルイズの様子はどうでもよさそうにしていたDだが、流石にルイズの見ていてとても心が痛くなる様子を哀れんだのか、口を開いた。錆に覆われた鉄の扉が何の前触れもなく開いたような口のきき方だった。
 自分の体を抱きしめて、自分の膝に額を押し付けながら小刻みに震え、ぶつぶつと妄想を口にしていたルイズがようやくDの声で正気にかえる。やはり、ルイズはアレな子であった。身内に一人いたら、とても切なくなるような意味で。


「それで、何か用か?」
「あ、ええっと、と、特に用事はないんだけど、何かDの方で変わった事はないかなって。次の授業まで時間もあるし」
「そうか」
「ねえ、その針ってなにに使うの? お裁縫?」

 とここは姉妹らしくカトレアと同じ質問を、同じ顔の男にした。答えも同じだったのは何の皮肉であったろうか。

「これは投げ針だ」

 そう言って右手で、やはりにせDが作っていたのと寸分たがわぬ木の針を摘みあげると、流れるような動作でその木の針を投じた。Dの指先の動いた方をルイズが見ると、魔法学院の塔の壁がある。
 そこに向かって木の針を投げたらしい。Dが自分の常識の外側を生きているという事は、ルイズも理解していたが、流石に石造りの塔の壁に木の針を投げて突き刺さるわけがないと、心中で否定していた。
 Dが視線をそちらに向けるので、ルイズはむぅ、と訝しげに眉を寄せつつも、とてて、と当の壁の方へと歩いて行った。Dは、もう興味はないとばかりに針作りを再開していた。
 投げたフリスビーを取りに行った犬を待つ飼い主のように見えなくもない。傍から見ている主従が逆転しているのではないだろうか。
 壁の下の辺りを見回したルイズだが、Dの投げた針は見当たらなかった。直径は三ミリほどもなかったが、長さは三十サントを越えていたから、すぐに見つかるかと思ったのだが、これはひょっとしてひょっとすると……?
 おそるおそる視界を上に向けたルイズは、ちょうどDと直線で結ばれる壁の箇所から突き出た、細長いモノを見つけた。
 無論、Dの投げた針である。宝物庫ほどではないとはいえ、『固定化』の掛けられた石造りの壁に、そのほとんどを埋めた針の片端が、四サントほど覗いている。戦車の重装甲も、厚紙の如く貫くDの投げ針ならではの威力であろう。
 うわ、とかすかに声を抱いて驚いたルイズは、両手を伸ばして壁から覗いている針を掴み、なんとか引き抜こうと力を込めて引っ張る。
 とはいえ、教科書よりも重いモノを持った事が無いといっても過言ではないルイズである。深々と突き刺さった針はそう易々とは抜けてくれない。
 ふぬぬぬ、と歯を食い縛って壁に突き刺さった針を格闘する事二分、ようやく針はその全貌を露わにした。
 きゃ、とルイズが声を上げて尻餅をついた。針を抜いた勢いでそのまま倒れ込んでしまったのだ。痛たた、と小ぶりな尻をプリーツスカート越しにさすりながら左手に掴んでいる針を見つめる。
 Dが作っていた時に見たのとなんら変わらぬ木の針だ。ぐっと力を込めればルイズの細腕でも簡単に折れてしまいそうだ。
 こんな何でもない針が、Dの手で投げられた時、石の壁も貫く異常な威力を発揮する。驚いたやら呆れたやらで目を丸くしたルイズが、やや小走りにDの元へと戻っていった。ご主人様に褒めてもらう為に急いで戻る犬の様だ。

「すごいわ、D! 学院の壁に刺さっていたのよ。スクウェアクラスのメイジが数人がかりで『固定化』の魔法を掛けているのに! なにか投げ方にコツでもあるの? それとも何か魔法でも使ったの?」
「投げただけだ」
「ま、地道な努力の賜物じゃよ。何事も諦めないのがこ奴のガキの頃からの取り柄でな。ニンゲン、一つの物事を地道にやっていけばこうなるものじゃ」

 『ニンゲン』を、ダンピールであるDの正体を知るが故に、左手は実に意味ありげに言った。といっても、ルイズにはとんと左手の皮肉の意味が分からなかったので、あまり意味はなかったが。
 左手の皮肉よりも、セリフの途中に遭った単語が、ルイズの気を引いたらしい。小首を傾げてこう、質問してきたのだ。

「……Dにも、子供の頃があったの?」

 ぷ、と左手が噴き出した。確かに想像し難くはある。この、万年鉄面皮の、氷の彫像みたいな青年の子供時代。たしかに今の姿から類推するには途方もなく難しい事だろう。
 Dも、それは自分でも分かっているのかいないのか、少し間を開けて答えた。

「たぶんな」
「たぶんって、自分の事なのに? まあ、いっか。私だってうんと小さい頃の事なんてぼんやりとしか覚えていないし。でもDでも努力ってするのね。生まれた時から何でもできた風に見えるわ」
「なに、こいつめ、他人の手を借りるのを恥と考える見栄坊なんじゃよ。おかげで要らぬ苦労ばかりよ」
「そう。そっか、Dでも努力するのね。私なんかでも、いつかちゃんと魔法が使えるようになるかしら?」

 ベンチに腰かけたルイズが、ゆるやかに蒼穹の空を流れて行く白い雲を見つめながら呟いた。何気ない一言は、なによりもルイズの心情を物語っている。その声にどのような痛切な響きがあったものか、Dが木針を作る作業を中断していた。


「あの爆発は魔法ではないのか?」
「冗談は止してよ。あんな失敗が魔法のわけないじゃない。何を唱えたって爆発しちゃうのよ? ライトでも、錬金でも、アンロックでも。どっか~ん、どっか~んて。そのお陰で私、ハルケギニアで一番爆発に慣れたメイジになっちゃったわ」

 くすくすと小動物の様にルイズは朗らかに笑う。ほんの数日前に魔法の失敗の話題になったら、どんよりと暗雲を背負って暗く沈むか、癇癪を起していただろうに、少しだけ、心に余裕ができているようだ。
 果たしてそれが、このDと言う名の若者の所為なのかは分からない。
 Dが自分の左手の甲を見つめながら口を開いた。零れた吐息が混じった風が、身悶えしながら地に落ちる。

「こいつも言っていたが、一つの物事を継続するというのはそれだけでも一つの力だ。気分転換に、あの爆発の研究でもしてみたらどうだ?」
「ええ~? 系統魔法じゃなくって爆発の練習をするの? どれくらいの爆発が起きるかとか、一日に何回起こせるかとか、どれくらいの威力だとか? そんなことしていたら、爆発の音がやかましいって苦情が来ちゃうでしょ?」

 ルイズに答えたのは左手の老人だった。Dは手の作業を再開させている。

「普通の魔法の練習をしても爆発するのなら、最初から爆発の練習をするのも一つの考え方じゃろうて。あの爆発をコントロールできていたら、決闘の時にわしとこいつが助太刀する必要もなかったぞ? 
 それに、話を聞く限り普通の魔法の失敗と違って魔法が霧散するようなわけでもなし。ひょっとしたら四属性ではない系統魔法の使い手であったりするかもしれんぞ?」
「四系統以外って、『虚無』の系統? 私が? それこそ在り得ないわよ。いい? 『虚無』はね、始祖ブリミル以来、ハルケギニア六千年の歴史の中で誰一人として発現していない伝説なのよ? それが、落ちこぼれの私のわけがないでしょう。
 ほんとうにそうだったら、私はもう二度とクックベリーパイを口にしないって誓ってもいいわよ」
「大きく出たの。とはいえ六千年か、あまり長くはないわな」
「何か言った? ……でも、そんな風に言ってくれたのって、Dと左手だけよ。変な励まし方だけど、確かにいつもと違った考え方をするのも大切な事ね。今度爆発の練習でもしてみるわ。もちろん付き合ってくれるわよね?」
「ま、言いだしっぺじゃしな。おい、どうじゃ?」
「授業に支障の無い様にな」

 と、Dが答えたのには水を向けた左手のみならずルイズも目をまんまるにして、おでれーた。二人(?)を心底から驚かせた張本人は、自分の言葉が及ぼした影響など露とも知らず、三十二本目の針を削り終えていた。
 ぽかんと唇を開いてから十秒後、ルイズがポツリと呟いた。

「Dって、意外と常識人?」
「こいつに面と向かってそう言えるお嬢ちゃんは非常識じゃよ」

 確かにDの居た『辺境区』で史上最強の吸血鬼狩人Dの噂と、人となりを知る者からしたら、ルイズの方こそ非常識の極みといえた。
 これまでのルイズのDに対する言動の数々を知ったら、お前、首を刎ねられるのが怖くないのか、と目玉を剥くに違いない。

「貴方達って本当に仲が良いわねえ」

 と、そんな主従のやり取りに声を掛けて来たのは燃えるような髪と匂い立つ色香を纏ったキュルケだった。あいも変わらずルイズに絶望的な敗北感を与える果実を胸に実らせて、髪を掻き上げながら、はぁい、と手を振り振りこちらに歩いてくる。

「なによ、キュルケ。何か用?」
「あらあら、そんな逢瀬の時を邪魔されたみたいな顔はしない事よ、ルイズ?」
「だ、だだだ誰が、おうおう逢瀬よ!?」
「あ・な・た・よ」
「ふん! 好きに言っていなさい」
「ふふ。こんにちは、ミスタ・D。陽だまりの中で腰かけた貴方も美しいわね。名前は憶えていてくださって?」
「キュルケ」

 何やら皺まみれの老人の様な声だった事に、キュルケは眉を寄せたがそれでもにっこりとほほ笑んだ。普段の妖しい香りで獲物を誘い込む食虫花の様な魅惑的な笑みではなく、大輪のひまわりが咲いた様な、明るい笑みだった。

「ありがとう。名前を覚えていてもらうのがこんなに嬉しいのは初めてよ。わたしの友達の名前も憶えてくださるかしら?」

 背後を振り返ったキュルケの視線を追うと、同世代の中でも小柄で子供っぽいルイズよりもさらに幼げな女の子が立っていた。赤縁の眼鏡に身の丈を越す杖。白タイツの他はルイズと同じトリステイン魔法学院の制服姿の、青髪の美少女タバサであった。


 女性的な魅力という意味においてルイズが絶対にかなわぬキュルケと、幼さと言う背徳感を漂わす魅力においてルイズに勝利し得るタバサは、ある意味キュルケ以上にルイズの天敵であったろう。
 とはいっても、ルイズとタバサはクラスメイトであること以上には、ほとんど接点が無かったので、そんな事はこれっぽっちも考えるわけもなかった。
 ろくに言葉を交わした事も、というか全く話をした事の無いクラスメイトに対して、Dがどのように反応するのかルイズは気が気ではなかった。
 タバサ自身に対してはルイズは、少なくとも悪い感情を抱いてはいない。これまで散々バカにされてきた自分を、唯一笑いもバカにもしなかった事を覚えているからだ。
 とはいえ、それが、D同様に無関心を理由とするものであると今は分かるから、良い感情も持ててはいない。
 タバサが一歩前に出て、Dを見た。さしものタバサもDの美貌を前にすれば心揺らぐのか、頬はほんのりと赤みを増していた。普段は人形の様に振る舞っているタバサも、やはり血の気の通う人間なのであった。

「タバサ」
「Dだ」
「……」
「…………」
「………………」
「……………………って、それだけ!? お互いの名前を言っただけじゃない!」

 これはルイズだ。最小限の言葉で互いの名前を名乗り合ったまま沈黙の協定を結んでしまった二人の空気に耐えかね、思わず叫んでいた。キュルケも何か言うのかと思いきや、タバサの様子にうんうん、とどこか保護者めいた笑みを浮かべて頷いている。

「タバサ、貴方なにかDに聞きたい事とかあったんじゃないの!? 名前を言い合っただけって、もっと言葉を話しなさいよ」
「特に話す事が無い」
「ええっと、ほら、どこから来たの、とか。あの剣の腕はすごいとか、どうして剣が半分くらい折れているの、とか。帰りたいとは思わないの、とか。普通もっとあるものじゃないの?」

 ルイズが詰め寄っても口を閉ざしっきりのタバサの様子に、ルイズの心の方が先に折れた。今の今までルイズがDに質問しようとして出来ずにいた事を、聞いてくれるかもしれないと、ちょっぴり期待していたせいもあるだろう。

「まあまあ、いいじゃない。自己紹介しただけでも。名前も知らない他人から、名前と顔を知っている顔見知りになったのよ? 大きな前進ではなくて?」
「そういう言い方をすればそうだけど。そういう問題のとらえ方でいいわけ?」
「いいのよ、タバサがそれでいいって思っているのならね。それよりも、私は貴女がミスタがほかの誰かさんと喋るのを許容しているのが驚きよ。てっきり『私以外の誰かと口をきいちゃダメ』とか言うのかと思って位なのに」
「あのねえ、いくらなんでもそこまで独占しようなんて思わないわよ。それに、そんな言い方したら、Dの意思を無視しているじゃないの。ちゃんと、彼の意思を汲んだ上で行動するように心がけているつもりよ。何しろ人間を使い魔にしたんだから」
「ふうん。プライドだけは無駄に高いトリステイン貴族だから、貴族でもない人間を使い魔にしていじめているんじゃないかと思ったけど」
「それこそ貴族にあるまじき振るまいだわ。自分の一挙手一投足に至るまで責任を持つべきなのに、こちらの都合で勝手に召喚した相手の意思を無視するなんて! 第一、Dをいじめられる人間てどんな奴よ」
「……それもそうねえ。これだけいい男じゃねえ」

 うっとり蕩けて熱視線をDに向けるキュルケに、うう~と喉の奥から唸り声を出してルイズが威嚇する。ご主人様に寄り着こうとする悪い虫を追い払おうとしているペットみたいだ。どうにも主従の逆転現象が折々に見える二人であった。
 と、ここまで黙りきっていたタバサが口を開いた。

「そろそろここから移動した方がいい」
「なんでよ?」

 と聞くルイズに、学院の方を杖で指す。なにかあるの? と根が単純(素直とは違う)なルイズは、そちらの方を見やり、ひゃ、と息を呑んだ。ルイズにつられたキュルケも、あはは、とひどく乾いた笑いを洩らした。
 黙々と木針作りを続けるDだけが、幸福な別世界の住人であった。タバサが杖で示した魔法学院の窓と言う窓に、生徒達の顔がびっしりと張り付いていた。後ろから散々押されているらしく、閉じた窓に押し付けられた生徒の顔が醜く歪んでいる。
 むろん、すべての視線はヴェストリの広場のベンチに腰かけて、木の針作りに精を出している美しき黒衣の吸血鬼狩人だ。見える範囲全ての窓に人間の顔が押し付けられている光景は、白昼に見る悪夢を思わせた。


 あまりに心臓に悪い光景に、ルイズの頬が痙攣している。笑えないとびっきりのブラックジョークを疲労された気分だった。キュルケも同様らしく、うわぁ、と心底からこれはない、と思っているらしい声を出している。
 視線の集中砲火を浴びれば、あまりの熱意とねっとり粘度を持ちそうな密度に、心臓麻痺の一つでも起こしそうなほどであった。そう言う意味では眉一つ動かさないDは、そう問う頑丈な心臓の持ち主らしい。
 そのまま窓を破って突き出てきそうな顔の数々に、肝を冷やしたルイズがDに移動を提案した。

「ねねね、ねえD。その針作りってここじゃなくても出来るわよね? ほ、ほら私の部屋でしましょう。おひさまが気持ちいいから外で造りたいかもしれないけど、ここで続けるのはいろんな意味でまずいわ。そりゃもう、いろんな意味で」

 うんうん、とキュルケも追従して頷いているのをDはどう捉えたか、顔をあげて窓をぐるりと見回した。Dの視線を受けた者やDが首を回して周囲を見回す動きを見た者達が、窓の向こうでふらりと揺らいで次々と倒れて行く。
 美貌の主の瞳に見つめられる事、新たな美の目撃者となる事への感動が、彼らに意識を保つ事を放棄させたのだ。気絶する者達を後ろに追いやって次々と新たな生贄達が窓に群がり、それが十数秒ほど続いた時、窓に張り付いていた顔は一つもなくなっていた。
 限度を知らぬDの魔的な顔の効果に、ルイズ達はこれまたぽかんと口を開いていた。Dはそんな三人の心などこれっぽっちも考えていないのか、

「では行くか」

 と他人事のように言うのだった。


 ヴェストリの広場でそんなやり取りがあった翌日の事。朝から夜まで集中して浴びせられる羨望と憎悪と嫉みと妬みの視線にさらされて、熟睡できずにいるルイズが、しょぼしょぼと眠たい眼をぱちくりさせながらDにこう切り出した。

「今日は虚無の曜日だから城下町で買い物しましょう」
「何か入用なのか?」

 と、トリステイン魔法学院で一番暇な存在となってしまったDが、日課となった厨房の薪割りに行こうとした所で足を止めて聞き返した。
 選択はシエスタが快く引き受けてくれるし、ルイズが授業の無い時はそれに付き合う必要もないので、これといってやる事が無いのだ。
 言葉から察するに休みの日らしいが、変わらず学院の制服姿のルイズがDの方を見て、即座に横に向き直る。直視するのはまだ難しいらしい。一目見ただけで真っ赤なリンゴの様になってしまった頬をもごもごさせてルイズが言うには

「ほほ、ほら、いつまでも貴方に折れた剣を使わせるわけにも行かないじゃない。使い魔の事を考えるのも主人の務めだし、貴方だっていざと言うとき困るでしょう」
「この間の決闘位なら百万回ぶっつづけでやっても平気の平左じゃがの」

 と、答えたのは左手だ。暗にあの程度のメイジなど蛙の面に小便じゃわい、と小馬鹿にしたニュアンスがあるから、いちいちルイズの神経に小さく爪を立ててくる。ちょっとだけむすっと頬をルイズは膨らませる。

「なによ、せっかく私が剣を買ってあげるって言っているんだから、素直に感謝しなさいよ」
「金はあるのか?」
「う、きゅ、急に声を変えないでってば、心臓に悪いわよ、まったく。ええっとこの間の怪我でちょっと秘薬代がかさんだから、新金貨で三百あるわ。これくらいあれば十分だと思うけど」

 とはいえ剣なんぞ買った事のあるわけもないルイズに、こちらの貨幣価値に対して未知のDでは、新金貨三百枚でまともな剣が買えるか分かったものではない。おもむろに、Dが腰のベルトに括りつけているパウチの一つに左手を突っ込み、机の上で広げた。
 じゃらら、という音と眩い光を立てて、黄金の塊が机の上に広がる。金貨の体裁は整えておらず、ごつごつとした金の塊らしい。ルイズが両手で掬っても毀れてしまう位大量の黄金を眼の当たりにして、ルイズは見ている方がつい笑ってしまうくらい驚いた。


「足りなければ使え」
「ええ、これって金? どうしたの、こんなにたくさん!? ……ひょっとして貢がれたの?」
「アホ抜かせ、自前じゃい、もうちっとあるが、何かあるか分からんでな。貯蓄に回させてもらうぞい」

 Dが取り出したのは、辺境で流通しているダラス金貨を、左手の口の中で溶かして固めたものだ。吸血鬼ハンターの報酬はその危険の度合いに応じて、他の職種を圧倒的に凌駕する。
 もっともその仕事がどれほど過酷であるかを表すように、吸血鬼ハンターを名乗る者の平均寿命は、東部辺境区で四年、西部辺境区で三年と半年、北部辺境区で二年、最も過酷とされる南部辺境区なら一年と半年だ。
 十年以上吸血鬼ハンターを続けることができたなら、文句なしに最強クラスのハンターとしてランクされる。
そしてDは、その短命な職種の中でも例外中の例外であった。最も長く吸血鬼を狩り続け、最も多く吸血鬼を滅ぼし、最も強く、最も美しいハンター。それがDであった。
である以上、Dの懐事情は個人どころか市町村単位で羨まれかねぬくらい潤っている時がある。今回はどうなのか分からぬが、一枚で農夫の家族一か月分の生活費になる一ダラス金貨も、このハルケギニアでは金である事以上の価値は得られまい。
その為、所持していた金貨の一部を左手の口の中にじゃらじゃらと流し込んで、こうして金塊へと加工しておいたのだ。他にも使えそうな宝石の類もあったがそれは左手の言うとおりパウチの中に取っておいてある。
いずれ辺境に戻った時に、Dの名前と顔と剣技の次にモノを言うのは、やはり金の力なのである。
一方のルイズは、これじゃ私の立場が、とかおもしろくなさそうにぶつぶつと呟いていたが、Dに行かないのか、と一声かけられて正気に返り

「でもいいの? Dのお金でしょう」
「おれの剣を買うのなら、おれが金を出すのが道理だろう。使わなければ返してもらうだけの話だ」
「う~ん、まあそれでいいけど。でも、できれば私のお金で買い物をして欲しいのよね。まあ、お金が足りればその金を使わずに済むし、行ってから考えましょうか。ところでD」
「なんだ?」
「貴方は馬には乗れる?」
「人並みにはな」

 と平均時速百キロのサイボーグ馬に、二百キロ以上の速度を出させる神業的な技量の騎手は、平凡な答えを口にし、ルイズと前後して部屋を後にした。


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