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マジシャン ザ ルイズ 3章 (51)

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マジシャン ザ ルイズ 3章 (51)冥界の門

空に浮かぶアルビオン、対して地に構えるゲルマニア。
アルビオンに玉座があるように、ゲルマニアにも勿論玉座があった。
かつてはこの地を治めていた皇帝が腰を降ろしていたその玉座に、今はフードを目深に被った男が座っている。

男の前には全身を映してあまる大きな鏡が置かれており、そこには戦場の光景が映し出されていた。
それを、ウィンドボナ上空で繰り広げられる空戦の様子を眺めながら、男は嘆息した。
〝なんと弱い、なんと脆弱〟
鏡の中では、あまたの生命が無惨に命を散らしている。
その悲劇的な光景を見ても、男の中には失望以外の感情は浮かんでこなかった。

「人間という生き物は、なんと儚い生き物なのだろうか」
思ったことをそのまま呟く。
すると、彼は自分の内面で燻っていた暗い情念に、ぱっと火が灯るのを感じた。
「いや、人間だけではない……。生命というものはとにかく脆い、脆すぎるのだ! 何故神はこのような不完全なものを生み出したのだろうか!?」
炎は徐々に燃え広がっていく。
最初は弱く、次第に強く。

男の様子は狂乱の様を帯びていき、ついには雄叫びを上げた。
「そうだ! 世界は変わらなくてはならないっ! そう、誰かが変えなくてはならない!」

誰が?
――決まっている。

「この我がだ!」

静寂の中、彼にだけ聞こえる歓声に応える為、男は両手を上げた。
手を上げた拍子に、男が纏っていたローブの紐がちぎれ床に落ちて、中から男の裸体が現れた。
そしてもう一度叫ぶ。
「我が!」

全裸となった男は、床にたたまれていた装束を持ち上げた。
事前に用意していた、この身に相応しい衣装だ。
それにゆっくりと、勿体つけた様子で身につけていく。

最初に緋色のガウン。
「我が……」
次に美しい宝石がちりばめられた装飾類。
「我が」
次に黄金に輝く王冠。
「我が!」
最後に金色のマント。
「我が変えるっ!!」

まるで一つ身につけていくたびに、新しい自分へと生まれ変わっていくような得も言われぬ感覚に包まれ、男はそれに酔いしれる。

全てを身につけて体を震わせていた男はふと、鏡に映し出された自分の姿に気付き、それを注視した。
目に入ったもの。不要なものを全て排除した、完全体の自分自身。
美しく、純粋で、無垢で、それでいて力強い己の姿。
その理想的な姿を前に、思わず唾を飲む。
「嗚呼……! 完璧過ぎる!」

そう叫ぶと、男は興奮のあまりに両手を広げて周囲を走り回った。
そしてドタバタと全身を使って飽きるまで喜びを表現しきると、今度は鏡に向かって指を突き出し、ヒステリックなまでの大声を上げた。

「準備は整った! 『大鏡』よ。我の尊身を奴らの前に映し出せ!」





何の前触れもなく、その巨体は現れた。
巨大な人影。戦場で火を交える者達は、突然現れたその大きな男の姿に驚いた。
全長三千メイル。
雲を突き抜け現れたのは、けばけばしい金のマントと緋色のガウンを纏い、その下には何も身につけていない巨大な痩身。
頭上には台座となる頭に対してあまりにアンバランスな大き過ぎる王冠が乗せられ、首からは煌びやかな宝石が鏤められたネックレスを無数に下げ、手の十指全てには黄金の指輪をはめている。
特徴のない顔にあって異彩を放つぎょろりと大きな目が、今はせわしなく動いている。
ある種の珍妙さを漂わせる異様な男の出現に、無数の目が彼に釘付けとなった。
そして、男は自分に向けられたその視線を期待と受け取ったのか、聖者のような喜びに溢れた満円の笑みを浮かべた。

『諸ッ君ッ! 我はオリバー・クロムウェル! 理想国家アルビオンの皇帝にして、この世界の救世主である!』



「醜悪な……」
狩りを楽しんでいた赤と青の鱗を持つ竜は、行いを一時中断し、遠くに映し出されたクロムウェルの幻影を目にしてそう呟いた。
人間とは違う独特の美的観念を持つ彼から見ても、クロムウェルのセンスは褒められたものではなかった。
だが、彼にとっては美醜などよりも気に掛かることがある。
「ワルドはこの暴走に気がついているのか……?」
抑えて唸り、目を眇めて天空を見やる。
物理的な視界には小さくとしか映らなかったが、魔力的な視覚ではそこで強大な魔力を持った者達がぶつかり合っていることを感じ取れた。
その光景には、先ほどから何も変化が見られない。
「……ふん。もう既に下々のことなど気にならぬということか」
竜は再び視線を降ろし、演説を垂れているクロムウェルの映像を見た。
『疑うな! さすれば寛大な我は貴様たちにも正しき道を示さん!』
クロムウェルは神にでもなったつもりなのか、頬を紅潮させて興奮した様子で身振り手振りを交えながら何かを語っている。
それ自体は実にたわいのない狂人の繰り言だ。意に留める必要すら感じられない。
「……目的さえ果たすことができれば、どのような過程であろうともかまわんがな」
竜はそう言って再び狩りの喜びに戻っていった。



『今、第十一次元的物質界に捕らわれた生命は、より高度な進化を促進する――これ
は超時空連続体的マクロな視点でのみ観測される――次元結晶体を必要としているの
である。これそのものは神の定められた定理に基づいて運用されることが不可欠であ
り、それは神が人を作り出したことの意味を考えれば、必定の措置であるのだ!
我々神の子は生命という殻を脱ぎ捨て、エントロピーの海からの果敢な航海の果てに
黄金の理想としての自分を体得し、同位次元にありながら高次元の個を有する――こ
の個とはパラグラフの上での流動体的な混沌の意を示すところではない――ことにつ
ながり、強いては多次元構造体――ディメンジョンではなくプレーンであることに注
意されたい――で形作られたこの世界において、選ばれた構造物としての地位を確立
するに至るのである。その広がりを持ってすればついには来たるべき終末に対して―
―』

という演説、あるいは狂説。
先ほどから延々と繰り返されているそれは徐々に混迷の色を深め、今はもう意味不明という他ない域に達している。
最初は動揺と攪乱の狙った新手の戦略かと疑っていたアンリエッタも、今はただ理解不能という思いしか抱いていない。
「アルビオンの首魁は、ワルド子爵では無かったのですか……?」
それはこれまで集めてきた情報や、ウェザーライトⅡに乗り合わせた者達の証言を合わせても明確なはずだった。
少なくとも集めた情報に、クロムウェルの名前は一度として浮かび上がっていない。
当初、クロムウェルを指導者として『レコンキスタ』を名乗った叛徒達が、チューダー王家を滅ぼし、アルビオンの実権を握った時期があったのは確かだ。
しかし、ニューカッスル城落城の直後から、ワルドは『レコンキスタ』の支配を推し進め、クロムウェルはその最初の犠牲者になったはずだった。
クロムウェルを屠ったワルドは、マチルダに己の力を見せつけるために彼を動く屍体として黄泉返らせたのだという。
つまり、今、視界の先で興奮しながら捲し立てているアレはワルドの傀儡なのだろうか。
だとしても、あのような格好をさせて意味不明な言動を取らせる真意が分からない。

「……本当に何なのでしょう、アレは……」
思わず口に出された言葉は、多くの参謀や文官が思っていることを代弁していた。
どれだけ考えてみたところで、つまるところは〝何が何だか分からない〟ということ。

アンリエッタや参謀達が不測の事態に混乱し、指揮を鈍らせる中、やはり対応が早かったのは経験豊富な将軍達だった。
戦場では理解を超える物事が時折起こる。そのようなことに対して、一々考えを巡らせていては命取りになりかねない。
こういった変事には、まずは落ち着いて目下の問題に全力で当たるのがセオリー。それはこの場合、それは目の前に展開している敵の撃破に相当した。
将軍達は参謀達が口を出してくるより速く、戦闘続行命令の指示を飛ばした。
結果としてその判断は正しく、ただ喧しく騒ぎ立てるだけの実害がない男の幻影を無視する戦闘続行命令は、実に理に適った選択であったと言える。
参謀達が同じ結論に達し、各部に命令を伝えてくるまでの数分間、されど貴重な数分間は、こうして歴戦の猛者によって支えられたのである。


一方、その光景を目にして面白くないのはクロムウェルである。
説法を終えて注意を向けてみれば、人間達は何事もなかったかのように戦いを再開している。
神託にも等しい自分の言葉を無視して、
温情にも等しい自分の言葉を無視して。

それは到底許されるべきでは無い罪深い行為だった。
一瞬腹の中からかっと熱いものがこみ上げたが、すんでの所でクロムウェルはそれを飲み込んだ。
むしろ次の瞬間、哀れみの涙を流して全てを許した。
『良い、無礼を許す。人間達よ。無知は恥だが罪ではない。言葉を介さぬ獣に語りかけても理解は得られぬ』
突然ぼろぼろと涙を流し始めたクロムウェルに多くの者がぎょっとしたが、皆すぐに戦いを再開した。
『全ては君たちがまだその段階に進んでいない故のこと。私と同じステージにまで進化すれば、私の語る全てが理解できるようになる』
その声と重なるようにして、低くぐもった地獄から聞こえてくるような呪文の詠唱が、戦場に響き始めた。

『私は慈悲深い、君たちに救いの手を差し伸べよう』
呪文の完成。宣言と共に現れたのは、銀に輝く無数の鏡。
『さあ、受け取り給え』
そこから這い出てきたのは何匹もの巨獣。

召喚の呼び声に導かれて現れた多数のドラゴン。
ほとんどは鮮やかな赤い鱗を持っていたが、中には白や黒、金属や瑪瑙、その他様々な色や材質や質感を持ったものもいる。
それら一様に共通するのは、誰もが息をのむ威風を備えていること。
巨大で力強い四肢に、見事なまでに美しい翼。残忍な爪、そして獰猛な瞳。
火竜山脈に生息する最大級の竜に相当する無数の竜達が、一斉にその顎を開けて
『オオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ――――――――  』
空に吠えた。



いたるところから出現した無数の竜は、ガリア空軍が展開する宙域にも出現していた。
敏捷に飛び回る赤い岩の鱗を持った竜や、溶岩のブレスを吹き付けてくる竜を相手に、ガリア艦隊も苦戦を強いられている。
その中で最大級のフネであるシャルルマーニュ号も、当然ながら敵の標的となっていた。

「ふざけるな! 敵を討て! 空飛ぶトカゲ程度、恐れることはない!」
ブリッジではそう檄を飛ばすイザベラの姿。
勇猛な言葉だが、対象がドラゴンでは相手が悪いとしか言いようがない。
明らかにブリッジの中は浮き足立っていた。

そんな中、杖を手にイザベラの横に立っているシャルロットは微動だにしていない。
無表情、無感情に外を眺めていた。
それに気づいたイザベラが声をかけた。
「……ふん、そんなに気になるのかい?」
イザベラはもう知っている。彼女のそれは無表情でも、無感情でもない。
表に出るものが乏しいだけなのだ。
他の者には分からないその些細な変化を、イザベラは心持ち強く握られた杖から読み取った。
「さっきも言ったとおり、どことなりとも行けばいい」
必要以上に冷たく、突き放した声色でイザベラは言った。
しかし、イザベラがシャルロットの微妙な感情を読み取ったように、シャルロットもその言葉に『姉』の微妙なニュアンスを読み取った。
それは「気遣い」と少々の「負い目」だ。
意地悪に笑うのも、冷たく言い放つのも、横柄に笑い飛ばすのも、全ては彼女なりの不器用な心配り。
そういう風にしか接してこられなかった彼女の、精一杯のコミュニケーションなのだ。
あの事件以来、人との関わりを極力経ってきた『タバサ』だからわかる、否、『タバサ』にしか分からない微妙なシンパシー。
シャルロットにはそれが嬉しく、また、彼女の思いを無駄にしたくないと思った。

シャルロットはイザベラが座っている指揮官席の前に立つと、正面からその顔をじっと見据えた。
「な、なんだ……? べ、別にお前が邪魔だと言ってる訳じゃないぞ。この程度のこと、この私一人で十分だと言ってるんだ」
見つめられることに居心地の悪さを感じたのか、イザベラは目線を斜めに逸らして口早に言った。
そんな子供じみた苦しい言い訳を聞きながら、シャルロットは更にその顔をイザベラの顔に近づけた。
「お、おい……」
顔を茹で蛸のように真っ赤にしたイザベラから抗議の声が上がるが、それすら無視してなおも近づける。
やがて、イザベラのおでこに、シャルロットの額がこつんとぶつかった。

「必ず、帰ってくる」
正に触れ合う距離、お互いの吐息も分かる距離。
そんな近さで、シャルロットはイザベラに力強く決意を口にした。

その言葉を聞いて、イザベラの胸に去来するものがあった。
昔、まだ自分には隠されたすごい魔法の才能があると思っていた頃のこと。
ある日気まぐれに城を歩いていたイザベラは、自分に魔法の才能がちっともないと侍女達が噂しているのを耳にした。
彼女達がそう噂していることは、イザベラも薄々気づいてはいた。だが、実際に直接耳にすると、やはり強いショックを受けた。
しかしショックを受けたものの、すごすごとその場を辞するイザベラではない。
彼女はその場で侍女達の前に姿を現し、堂々とこう宣言したのだ。
『使える! 私は絶対にすごい魔法が使えるんだ!』
結果としてそれは、後の惨めな思いを一層強くしだけだったのだが、そのときに感じたものを、イザベラはシャルロットから感じたのだ。

額と額を突きあった状態で、イザベラは両手で挟み込むようにしてシャルロットの頭をがしりと掴んだ。
そして力のこもった眼差しでシャルロットを見ると、こう言ってやった。
「大丈夫だ。お前は絶対に帰ってくる、私が保証してやる。絶対に……絶対にだ、お前は帰ってくる」
イザベラは言い切った、祈りの言葉を断言に変えて言い切った。

「……ありがとう」
シャルロットにとっては、何の保証もないそのイザベラの言葉が今は何より嬉しく、緊張して強ばっていた顔が、かすかに弛んだ。
「ふん。お前がいないうちに、こっちはぱぱっと片づけてやるさ」
得意げにそう嘯く頬は、まだほんのりと赤かった。


シャルロットが甲板に出ると、既にそこでは竜の姿をしたシルフィードが、座って主人の到着を今か今かと待ちかねているところだった。
「遅いのね! 遅いのねっ! いつまで人を待たせるつもりだったのかしらねっ!」
「……今まで」
やかましくわめくシルフィードもなんのその、シャルロットは一文節の言葉を投げ返すと、ひらりと軽業のように身を翻して、その背に跨った。
「このちびっ子ったらもうっ! ……それじゃあ、かっ飛ばして行っちゃうのね!」
「……ごー」
ばさりばさりと羽ばたき音。
風を打って浮き上がった風の申し子である風竜とその主人は、混迷を深める戦場へと、躊躇うことなく飛び込んでいった。




「う、うわあああああぁぁ!?」
突然戦場に響き渡ったドラゴンの咆哮を耳にして、ブリッジの窓から外を観察していたギーシュが上ずった声を上げた。
人間の中にある原初の恐怖を呼び覚ます咆哮。
心の底から震えが来るような獣の叫びだ、取り乱すのも無理はない。気の弱い人間が聞いたなら、それだけで錯乱しかねない。
「お、落ち着きなさいよっ! ただ獣の吠えただけじゃないっ!」
そう気丈に言うモンモランシーも心なしか腰が引けている。

戦闘艦ウェザーライトⅡの中にあっても、クロムウェルの演説は聞くことができた。
『クロムウェル』と名乗った珍妙な格好をした、天を突くような巨大な男の語りを物見遊山気分で聴こうと前に出ていたギーシュは、続いて召喚されたドラゴンの咆哮をはっきりと耳にしてしまったのだ。

驚き戦き、ギーシュは少しでもその場から離れようと一歩、足を下げる。
と、そのときブリッジが強く揺れた。
何事かと思うが同時、更なる恐怖がギーシュを襲った。
『ギュォ! ギギギギ! ギャギャギャギャギャギャ!』
その揺れの原因がギーシュの視界一杯に突然現れたからだ。
耳障りな鳴き声と共に現れたのは、無数の尖った牙を備えた鮮やかな朱、竜の口。
現れた赤竜の一匹が、護衛艦隊の迎撃を超えて、ウェザーライトⅡにとりついたのである。

「馬鹿! 早くそこを退きなさい!」
ルイズの警告、だがそれは一瞬ばかりか遅かった。
『ギャッ、ギャギャギャギャ――!!』
金切りの声をまき散らしながら、竜がその前足をウェザーライトⅡのブリッジにぶつけたのである。
強烈な振動が艦を襲い、鉄の裂ける恐ろしい音が周囲に響き渡った。
そして、紛れるように耳に届いたのは
「わあああああああああああああああああっ!?」
ギーシュの悲鳴。

『ギーシュッ!?』

折良くルイズとモンモランシーの声が重なる。
二人が目にしたのは、長い舌を出した蛇のような赤い竜の、鋭い爪の生えた四つ指に握られて、後生大事そうに大剣を抱えたまま足を振ってじたばたともがくギーシュの姿だった。
幸い船から掴み出されただけで、すぐに握りつぶされるということは無かったようだ。
だが、その命運が風前の灯火であることは誰の目から見ても明白だった。
ましてや、彼を捕らえた竜が鋸のような凶悪な歯が上下に生えた口を開いて、一飲みにしようとしているとあっては尚更に。

「ギーシュを離しなさい!」

立つことの出来ないルイズが、精一杯の声を張り上げる。
同時に懐に手を伸ばし、愛用のタクト型の杖を取り出そうとした。
しかし、そこで思わぬ出来事が起こり、彼女の口から「あっ、」という声が漏れた。
懐から取り出そうとした杖が、震える指先から逃げるように床に落ちたのだ。
ルイズは床に転がった杖を見て、言葉を失った。
〝どうして、こんなとき……〟
こんな考えに時間を割いている余裕はない、一刻も早く級友を助けねばならない。
だが考えずにはいられない。
萎えた両足、震える指先。
既にルイズの四肢は思い通りに動かすことすらままならない。
それは見た目が綺麗なだけの肉細工だ。

あの、己の全てをかけたエクスプロージョンを放った日を境に、急激に症状を進行させた彼女の病、ファイシス症。
確かにルイズはあのとき、自分の全てをかけてでも『アレ』を止めなくてならないと思った。
だからその後、トリスタニアで目を覚ましたとき、彼女は生き残れた幸運に感謝した。
内から肉体が腐り果てる病によって、体が多少不自由になったものの、それでもまだ誰かの役に立てる機会が残されているのならと、始祖に感謝した。

しかし、今、彼女の現実を苛む圧倒的な無力感。
床に転がり落ちて、這いつくばって杖を掴み、呪文を唱え、ギーシュを救う。
あまりに長い道のり。
それらを完遂する前に、必ずや級友はあの恐ろしい巨竜の餌食となってしまうだろう。

どうやっても助けられない。
ルイズは絶望を、現実として突きつけられた。

だが、ここで気勢を上げたのは意外な人物であった。
「まだよ! 私が……私が助けてみせるんだからっ!」
いつの間にかモンモランシーがルイズとドラゴンとの間に割って入って叫んでいた。

彼女はルイズの前に立つと、左手で大振りな本を持って広げ、右手の杖をドラゴンに向かって突き付けた。
竜の攻撃でブリッジの一部が損傷したために入り込んだ風が吹き荒れ、バサバサとページが捲られる。
それでも元々開いていたページの内容は覚えてしまっているのか、戸惑うことなくモンモランシーは呪文を唱え始めた。
奇しくも、その姿は始祖の祈祷書を手に呪文を詠唱するルイズと驚くほど似ていたのだが、それをこの場で指摘するものはいない。

「イル・ウォータル・ウィアド・エオー・スーヌ……」

普通のスペルに比べてやや長い詠唱が始まる。
よく通るモンモランシーの声で呪文が紡がれると、ルイズの顔に驚愕が浮かんだ。
彼女の唱えているスペルは確かにルーンのもの、それは間違いない。
しかし、そのルーンの中に、いくつかの聞き慣れないルーンが混じっている。

それは古代のルーンだ。

虚無の詠唱の中にも含まれている、あの古代のルーンだ。
「モンモランシー……」
モンモランシーの唱えている呪文は虚無ではない、水の系統に属する呪文である
それは彼女の詠唱を聴けば明らかだった。だが、ただの水系統の呪文ではないこともまた、確かだった。

モンモランシーは呪文を唱え終わると、大声でそのスペルを叫んだ。

『送還/Unsummon』



                        そうして私は『僕を食べたいなら食べるが良い! だが覚悟しろ! 僕の魂はお前の中からお前を焼き尽くすだろう!』と叫んだ。
                        すると、それを聞いた巨大なドラゴンはたじろいだ様子だった。
                            ―――ギーシュ回顧録第四篇

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