あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ブラスレイター コンシート-03


 突如として宙に引上げられた巨躯の悪魔が、自分をそんな目に遭わせた者の姿を空中で探す。
 巨躯の悪魔がその者に気付くのと、その者が悪魔の目前まで――地面から二十数メイルはある空中にも関わらず――迫っていたのはほぼ同時。
『邪魔をするなァァァ!』
 悪魔は反射的に右手“である”大包丁をその者に振りかぶる。
 ――物理的衝突である剣戟が、衝撃波と成って周囲に旋風を巻き起こした。
 巨躯の悪魔の大包丁が、その者の青白く輝く片刃に反った剣に受け止められ、その反動で生じた衝撃によって巨躯の悪魔とその者は空中で弾かれ合い、それぞれが離れた地点に着地する。
「ま、また別の悪魔がっ!」
 先程まで巨躯の悪魔と戦っていたメイジ達のうち誰かの悲鳴で、初めて“その者”の姿が人間のものでは無い事を、巨躯の悪魔は認識した。
 蒼い蛇を駆使して巨躯の悪魔を宙に吊り上げた“それ”は、蒼い悪魔の姿をしていたのだ。
 メイジ達は条件反射の様に、地に降りた二体の悪魔をそれぞれの魔法で打ち倒そうと杖を向ける。
 だが、メイジ達が狙いを定めるどころか詠唱する間も与えずに、二体の悪魔は揺らめく空気と陥没する地面を残してメイジ達の視界から消える。

 両肩から正面に突き出た双角――左肩の角の先は折れている――の後部、
 菱形の陥没した器官からの激しい熱を伴った気体の強烈な噴出が、周囲の空気を蜃気楼の如く揺らし地面を陥没させる程のエネルギーとなって、蒼い悪魔の体を激しい勢いで空中へと押し上げる。
 宙に飛び出した蒼い悪魔の向かう先には巨躯の悪魔。
 周囲で未だ生きているメイジの一人に狙いをつけた巨躯の悪魔が飛び掛るのを、空中で体ごと押し当てるようにして遮ったのだ。
『やめろっ!』
 蒼い悪魔の呼び掛けへの巨躯の悪魔への返事は、再度の巨躯の悪魔の大包丁と蒼い悪魔の剣との剣戟。
 だが、今度はお互いに先程より強い突進力で衝突したせい、いや、己の器官を使って現在進行形で前方へと推進している為に、弾き返される事無く鍔迫り合いになる。
『こんな事をして何になるっ!』
 再度、蒼い悪魔が、互いの武器を迫り合わせながら巨躯の悪魔に呼びかける。
『貴族を皆殺しにするッ!』
 巨躯の悪魔――マルトー――の二度目の返答は、憎しみと怒りで青白く燃える双眸を、蒼い悪魔、いや、この世界総ての貴族へと向けながらの、怨嗟の篭った叫び。
『あの威張り散したクズどもを殺し尽くすんだッ!』
 マルトーが睨み付ける正面には、右の角が欠けた蒼い悪魔の血の如く紅い色の右目と幽鬼の如く揺らめく青白い左目。
 先程、最初に剣をあわせた瞬間には、マルトーは本能的と言うべきか、自分の中に在る“何か”に教えられたかのように気付いたのだ。
 目の前の蒼い悪魔は、自分と同じ存在<モノ>なのだと。
『本気かぁっ!?』
 蒼い悪魔の叫びを合図に、どちらからとも無く鍔迫り合の状態から相手を弾くようにして脱した。



 目前から悪魔の姿が失せる事に呆然とするメイジ達。

――空中で鍔迫り合いとう膠着状態を晒す。
  再び衝撃波を伴って、二体の悪魔が距離を取る。

 メイジ達が二体の悪魔の姿を再確認したのは頭上から剣戟音が響いてからだ。

――四方八方からの猛攻を、体を捻るようにして手に持った青白い反身の剣で弾く蒼い悪魔。
  自由落下ならば既に地面に落ちていなければならない体は、空中で“何か”を剣で防ぐ度に宙を跳ねる。

 あまりにも彼らの理解を超える動きを見せ付ける悪魔に何人かのメイジは驚愕のあまりに我を忘れる。

――巨躯の悪魔がその体格に似合わぬ機敏さで、文字通り四方八方から蒼い悪魔を襲う。
  魔法を使わないどころか羽すらも無いと言うのに、頭上で空中を縦横無尽に駆ける様はあまりにシュールだ。

 騒ぎに駆けつけた新手のメイジがすぐさま杖を向けるが、悪魔共のあまりにも機敏な動き――しかも空中であるに関わらず――のせいで狙いをつける事すら出来ない。

――それでも、二体の悪魔の体は重力に抗いきれずに地面に足をつける。
  互いに間髪入れる事無く高速で踏み込み、再度剣を結ぶ。 




『奴らは魔法が使えるからと威張り散し、俺達平民を見下して人間としちゃ見ていないッ!』
 マルトーの今までに積もり積もった長年の貴族への不満、怒り、憎しみ、そして羨望。
 禍々しい悪魔の姿はまさにマルトーの膨大な悪意の具現化。
 先に彼が作り出した惨劇の舞台こそは、彼の憎悪に満ちた願望の具現と言える。
『だからッ! 俺と一緒に貴族どもを皆殺しにしないかッ!!』
 目前の蒼い悪魔への執拗な攻撃はまさに彼の怨嗟の深さを表していた。


 二体の悪魔が同士討ちをしている様をメイジ達も黙って見ているわけでは無い。
 級友を、教え子を、恩師を殺された怒りと憎しみ、何より悪魔『風情』に『貴族』としての誇りを踏み躙られる事は彼らにとって耐え難い屈辱だ。
 だが、先程から彼らの目では追いきれない悪魔の動きにあてずっぽう放つ魔法はほとんど掠る事無く、稀に当たる事があってもまるで有効的な効果が認められない。
 そればかりか、蒼い悪魔に至っては、自身に届こうとする氷の矢を巨躯の悪魔の大包丁を受け止める片手間の如く剣で弾き、火の玉を後頭部から伸びる脊髄の様な長い尾を鞭の様に振るって打ち払う。
 高威力、若しくは広範囲の魔法を使うにも、先程から続く戦闘と混乱により、既に精神力が打ち止め寸前でそのような術を使える者はこの場に残っていない。
 メイジ達の中から悔しさから来る歯軋りが聞こえる。


 蒼い悪魔の姿のおぞましさは、対峙するマルトーにも劣らず、欠けた頭角と肩角が更に凶暴なイメージを演出する。
 だが、その姿に反する様に行動は一貫した“守勢”だった。
 先程からマルトーの執拗な攻撃ばかりか、周囲のメイジの魔法でさえも総て裁いているものの、それだけ余裕が無いのだろうか、反撃に移るそぶりすら見られない。
『断るっ!』
 目の前の悪魔の姿となったマルトーの攻撃に対して、まるで彼の憎悪を受け止めるが如く、己への攻撃だけでなく、ともすれば周囲にいる人間達へ向かう敵意でさえ一身に引き受けている。
『貴族とて人間だろうッ?!』
 度重なる剣戟の果て。
 蒼い曲刀に打ち付けられた衝撃で、マルトーの大包丁が衝撃に耐え切れずに粉々に砕け、その破片が瞬く間に灰と帰す。


「皆離れるんだ! ここは私がっ!」
 遅れて地下牢からエレオノールと共に駆けつけたコルベールが常時では見せる事の無い激しい剣幕で叫んだ。
 その異様なまでに迫力のある教師の声に中てられたメイジ達が慌てながら散らばるようにして悪魔達から距離を取る。
 火のトライアングルメイジであるコルベールが警告するのならば、何か強力な魔法を使うのだろうと予測して邪魔にならぬ様に引き下がったのだ。
 確かにコルベールには勝算があった。
 自身の持つ必殺の魔法ならば、目の前にいる二体の悪魔がどれだけ機敏であろうとも『死』に至らしめるであろう。
 だが、目の前の存在が死を撒き散らす邪悪な悪魔であると言うのにコルベールの手は微かに震えていた。
 それは彼が昔に犯した罪の意識が生み出す躊躇い。
 だが、その躊躇いを使命感で抑えつけ、魔法を開放――
「――ルイズっ!?」
 ――コルベールの耳に、近くにいるエレオノールの悲鳴じみた叫びが届いた。






 召喚の儀式があった日から、隔離の為の自室謹慎ついでに、彼女は自分のこれからや使い魔“になる筈であった”男の事を思案しながら、自分の部屋に引き篭もっていた。
 ルイズには相談する友人の一人も、この学院にはいない。だから、自室謹慎の解けた後も部屋にい続け一人で悩んでいた。
 変化が生まれたのは、その日の昼過ぎ。
 昼にメイドが持ってきた食事にもほとんど手をつけずに引き下げさせた後、ふと窓から外を見る。
 目に飛び込んできたのは、オーク鬼の様な巨躯の怪物と学院のメイジ達との“戦闘”であった。
「……な、何よあれ!?」
 突然過ぎる非日常な出来事に、驚愕し混乱するルイズであったが、そんな彼女は自分が気付かないうちに廊下を走っていた。
 ルイズを掻き立てるのは誇り高い貴族たらんとする彼女の“在り方”。
 だが、広場に到着したルイズの目前に広がるのは、彼女にとっては既に“戦闘”などと言えるものでは無かった。
 彼女にとっては既に“地獄”でしか無い光景であった。


 武器を失ったマルトーは慌てて蒼い悪魔と距離を取る為に跳躍をする。
 数十メートルという人間の想像を超えるふざけた跳躍力。当然人間が追えるレベルではない。
 にも関わらず、蒼い悪魔はそれに劣らぬ跳躍力でマルトーを逃がすまいと迫る。
 迫る蒼い悪魔を視界に納めるマルトーだったが、武器を無くしたというのに、怯む事どころか待ち構えていたと言わんばかりのタイミングで蒼い悪魔の頭目掛けて腕を振る。
『奴らはせいぜい体のいい道具としか思っちゃいないッ!』
 再び響く衝撃波を伴う剣戟。 
 マルトーの振るった腕の先に新たな刃物が生まれており、蒼い悪魔は目前まで迫った刃物を曲刀で受け止めたのだ。
 先の大包丁の様な形ではあったが、その刀身は蒼い悪魔の持つ曲刀のモノに近い物質で構築されていた。


「……な、何よ……何なのよ……」
 存在そのものが魔法という力によって身分を保証されているメイジ。
 つまりは有事の際には戦う事を義務とされる存在と言える彼らが、原型を留めぬ程の屍を晒していた。
 それだけでは無い。
 多大な犠牲を作り出したのに、怪物は未だ健在。それどころか新たに蒼い悪魔まで現れ、今度はメイジの存在を歯牙にもかけずに広場を縦横無尽に駆けながら同士討ちを始める有様。
「何よこれはっ!!」
 目の前の光景を拒む様にルイズは叫ぶ。
 己の持つ価値観が、崇高なる貴族という存在のあり方そのものが、彼女の中で悪魔に踏み躙られるかのような錯覚。いや、事実、今この瞬間も踏み躙られている。
 まさに彼女にとってそれは地獄以外の何物でも無い。
 だが、ルイズの意思はそこで折れたりはしない。
 常に誇り高くあろうとする彼女だからこそ、屈する事では無く、戦う事を選ぶ。
 だからこそ、それを振り払う為に、その地獄を否定する為に、彼女は躊躇無く杖を構え呪文を唱える。
「ファイヤーボールっ!」
 彼女杖からは敵を焼く為の火の玉どころか灯火すら生まれない。代わりに二体の悪魔のすぐ傍の壁が正体不明の爆発を起こす。
 そう、これがルイズの現実。
 彼女は魔法を正しく操る事が出来ない。
 そう、彼女は魔法が成功しない出来損ないのメイジ。
 つまりは貴族は皆メイジであるというトリステインの常識に反した存在。
 そう、彼女の気位の高さは、誰よりもメイジとして、貴族としての在り方の拘るのは、自身の存在基盤そのものが元より抜け落ちている事の裏返し。
 故に、彼女の二つ名は『ゼロのルイズ』。

 これがルイズ・フランソワーズ・ル・プラン・ド・ラ・ヴァリエールの現実であり、“生き地獄”だった。


 異形の大包丁は、マルトーがイメージする己に相応しい“得物”であった。
 先程まで振るっていた包丁も長年からが使っていた愛用の道具であったが、今この場で生み出した包丁は愛用の道具に劣らず“しっくり来る”
『そんな事もお前には解らんかッ!!』
 一段と速度と激しさを増すマルトーの攻撃。だが、既に人間の目に留まるか留まらないかのレベルにまで届き始めたそれですら、蒼い悪魔は受け止め捌き続ける。
『それでもだっ!』
 只、ここに至るまで反撃に転ずる事の無かった為にだろう攻撃をしかkりと防ぎ続けていた蒼い悪魔の動きは、心無しか攻撃を防ぎきるにも危うい状態にまで陥ったようにも見える。
 突如、下から振り上げられたマルトーの大包丁が、蒼い悪魔の曲刀を上に弾く。
 その強烈な衝撃は、曲刀こそ手放さなかったが、蒼い悪魔の腕を上に弾き、胴体をがら空きにする。
 その隙に合わせ、マルトーが巨木の如き左腕で蒼い悪魔の胸を勢い良く貫かんとする――
『――グォッ!?』
『――ッ!?』
 ――爆発。
 すぐ横の壁から生じた爆発は、マルトーの攻撃によるものでも、増してや蒼い悪魔によるものですら無かった。
 蒼い悪魔がそのままバランスを崩し落下状態に入り始めたのを視界の隅に認めたマルトーは、眼下の地上を見回す。
 自身が空中にいるので下への視界はよく開けていた為に、それはすぐに見つかった。
 こちらに杖を向け、敵意を剥き出しに顔を顰めた桃色の髪の小娘。
『貴様――ッ!?』
 目障りな貴族に吼え、空中から地上に立つ小娘目掛けて飛び掛らんと体を向き直そうとして、直下から衝撃がマルトーを襲う。
『グガァ!?』
 蒼い悪魔が空中で両肩の器官を駆使して再上昇をしたのだ。
 またもや爆発。
 今度の爆発はマルトーと蒼い悪魔の二体を巻き込み、側面の壁に叩きつける。
 先の爆発で皹が入った壁が、二度目の爆発と二体の悪魔の衝突に耐え切れず突き破られ、二体の悪魔はそのまま建物の中に叩き込まれた。





「ミス・ヴァリエールっ!!」
 先のエレオノールの絶叫で慌てて魔法を中断たコルベールは、エレオノールを叫ばせた本人の姿を広場の隅に確認し、慌てて駆け寄ろうとする。
 コルベールが駆けつけようとする間に、ルイズは続けざまにファイヤーボールの魔法の『失敗』をしていた。
 だが、その『失敗』は全く別の意外な形として二体の悪魔へ効果を示したのだ。
 ルイズの正しく施行されない魔法は必ず“爆発”という形で具現化する。原因は不明だが、とにかく爆発するのだ。
 今回はその“爆発”が有効な手段となったわけだが、当のルイズは悪魔二体を見事に吹き飛ばしたにも関わらず、少し浮かない顔だった。
 魔法が正しく使えない事が悔しいのか、それとも悪魔を倒せた自分が信じられないのか。
 敵が吹き飛ばされた事で緊張を解いてしまったせいだろう、そんな事をコルベールが思ったのは。
 だが、それは油断であると言わんばかりに、コルベールの目前で、ルイズのすぐそばの地面に何かが突き刺さったかと思うと、そこから強烈な爆風が起こった。
 それも、在り得ない程の圧倒的極地破壊力を秘めた爆風だ。
「――ルイズッッッ!!!?」
 ルイズの姿が爆風で消えるのを目の当たりにしたエレオノールが絶望の叫びを上げる。
 爆風を生み出したのは、破壊された壁の向うから姿を現した巨躯の悪魔。
 そして、その右腕は先程と打って変わった奇妙な形状をしていた。
「破壊の杖だとっ!」
 コルベールがその顔を恐怖で歪めて思わず『それ』の名を叫ぶ。
 『破壊の杖』、聞き伝わる話によるとワイバーンでさえ一撃で葬る程の威力のあるマジックアイテムであるとの事だが、その使い方はこの学院に長年勤務しているコルベールでさえ全く判らないものであった。
 だが、その威力を目の当たりにし、しかもそれが悪魔の手にあるとなれば恐怖を感じないわけが無いのだ。
 巨躯の悪魔が穴の開いた壁から飛び降り、地面をめり込ませて着地すると同時に『破壊の杖』を構える。
 だが、巨躯の悪魔の構える杖の先は、現時点で最も近くにいる人間であるコルベールやエレオノールには向いていない。
 続けて撃ち出される弾丸の先には、微かに蒼く光る異形の影。
 そう、巨躯の悪魔は蒼い悪魔を執拗に攻撃し続けているのだ。
『ちょこまかとぉおお!!』
 ハルケギニアの人間が『破壊の杖』と呼んだ使用法不明のマジックアイテム、否、本来の名称を『M72ロケットランチャー』と言う異世界の兵器であるそれは、単発式の重火器である。
 だが、マルトーの腕と融合している砲身からは新たな弾が撃ち出される。
 幸い、物質的な限界、若しくはマルトーの限界なのか、それらの弾は単なる鉄塊でしか無い。
 それでも人間のような脆弱な肉体では到底耐えられる衝撃では無いのは、破壊される壁や抉られる地面を見るに明白だ。
 断続的に打ち出される鉄の塊は、人間が目視して回避するには速過ぎるものではあった。

 だが、蒼い悪魔にそれは当て嵌まらない。
 マルトーと同じく、蒼い悪魔も人間の常識を逸脱している存在なのだ。



 マルトーがロケトランチャーでルイズを撃ったその瞬間、
 ルイズには杖を振る余裕どころか、瞼を閉じる暇も悲鳴を出す暇も呼吸をする暇すら無かった。
 その時のルイズの視界に飛び込んだのは――

 蒼い悪魔の広い胸板に抱かれるようにして、その悪魔の肩と首の間越しの向うで起こる爆発。
 地面に飛び降りルイズに巨大な杖を一体化した腕を向ける巨躯の悪魔。  
 巨躯の悪魔の右腕と一体化した巨大な杖の先の空洞から撃ち出される奇妙な形の大砲の弾。 
 蒼い悪魔の人間の限界を軽く超える速度を以ってしてもその速度に届かず、それが蒼い悪魔の寸前に、ルイズの視界に迫る。
 激しく横に揺すられ、視界が開ける。
 今度は逆に揺すられ、在らぬ方から何かが重くのしかかる音が風圧として届く。
 蒼い悪魔はほんの刹那でさえその動きを緩めずに右へと左へと翔ぶように地を駆ける。
 悲鳴を上げたかどうか自分でも解らない程の耳鳴りと共にルイズの視界が除々に暗くなる。
 大玉→空白→大玉→空白大玉空白大玉尻尾空白……
 リピートするかのように幾度も巨大な弾が視界に迫り寸前で視界が開け又弾が迫り――そのたびに視界が闇色に薄らいでいく。

 ――彼女が初めて体験し、恐らく以後体験する事の無い高速の世界。

 実際はほんの数秒ではあったが、文字通り死の淵にいるせいかやけに長く振り回されたものと体感していたルイズの意識が完全に闇に落ちる寸前、蒼い悪魔が動きを止める。
 同時に、闇を振り払うような激しい光が熱気と共に吹き荒んだ。





「やったか?」
 『爆炎』
 コルベールがマルトーの頭上に放ったのがこの魔法だ。
 火、火、土のトライアングルスペル。
『錬金』により、空気中の水蒸気を気化した燃料油に変え、空気と撹絆し、点火。
 それによって生じる巨大な火球はあたりの酸素を燃やし尽くし、範囲内の生き物を窒息死させる。
 更に生じた燃え盛る火球をマルトーの頭上に落とす事で、破滅の業火に包む徹底ぶりだ。
 この残虐無比の炎蛇の名に相応しい攻撃魔法は、コルベールにとって長年の禁じ手であった。

 先にこの魔法を使おうとした時、ルイズによって咄嗟にその手を止める事が出来たのは、実の所躊躇いがあったからだ。
 ここに駆けつけるまでに、生徒、教師、使用人、多くの学院の人間の無残な躯を目の当たりにしてきた。
 そう、相手は無差別に人を虐殺する異形の化け物であり、学園の生徒を預かる教師として、コルベールが戦う事を躊躇う理由は無い筈だった。
 だが、過去の懺悔に心を蝕まれ続けていたコルベールは、この機に及んで戦う事を内心拒んでいた。
 相手を気にしているというわけではなく、己が使う魔法が相手を傷つける事そのものに彼はトラウマを持ってしまっていたのだ。
 だが、地獄の宴の如き場で、一人の生徒が彼に戦う意思を取り戻させた。
 彼の目の前で、己が知るうちで最も非力な少女であったが、それでも彼女は最も誇り高く最も勇敢に敵に対峙して見せたからだ。
 そして、その少女、ルイズが爆風に包まれたと思われた瞬間、悪魔への激しい怒りと憎しみは、容易くコルベールの過去の古傷を、震える手を、逃げ出したくなる臆病さを捻じ伏た。
 その直後、蒼い悪魔がルイズを爆風から救い出し、マルトーから引き離すという不可解な事態を目の当たりする。
 これに対して、彼の体に刻まれた歴戦の経験は、状況を理解しようと行動を緩める事ではなく、状況に対処する為に倒せる敵に対応する事に体が行動に移り、ルイズが『爆炎』の有効範囲から抜けた瞬間に魔法をマルトーへ放ったのだ。
「無事ですか! ミス・ヴァリエール!」
 『爆炎』によって生じた火球の直撃によって燃え上がる広場を尻目に、コルベールは己の意思を奮い立たせてくれた勇敢にして誇り高き生徒の名を呼んだ。



「う……ううっ……」
 霞む視界と苦しくなる呼吸。
 杖は手に無い。先の急制動に晒された時に落としてしまったのだ。
 ルイズの朧気な視界でも、それは明らかな異形として映る。
「――わ、私は貴族よっ……貴族は敵に背を、向けないんだ…か……」
 それでもルイズの意思は敵に屈さなかった。
 悪魔がルイズに背中を向けたのが合図かの様に、ルイズの意識はそこで途切れた。
「ルイズから離れなさいっ!!」
 蒼い悪魔に向かって魔法の氷で出来た槍を飛ばすのは、ルイズの身に起こった先までの事態に激昂し混乱の極みにあったエレオノール。
 氷の槍を曲刀で弾く蒼い悪魔が大きく踏み込んで、エレオノールの前に迫る。
「ミス・ヴァリエールッ!」
 コルベールの絶叫、あまりに速い蒼い悪魔の動きに、杖を振るう事すらエレオノールには出来ない。
「――っ!?」
 死を覚悟し目を瞑るエレオノール。
 蒼い悪魔はそんなエレオノールに背を向け、広場の炎から飛来する大玉を曲刀で弾いた。
「なっ!?」
 一連の出来事を目の当たりにしたコルベールが目にしたのは、炎の中から浮かび上がる巨躯の悪魔の影。
「ま、まだ生きているのか!?」
 とは言え、流石に巨躯の悪魔のダメージは大きいようだ。悪魔の体のあちこちが炭化し、足取りもおぼつかない。
『助けた相手からも撃たれているのに、それでも貴様はっ?!』
 それでもマルトーは己に溜まる憎悪を糧に炎の中から歩み出て、蒼い悪魔を睨み付ける。
『くどいっ!』
 目前の蒼い悪魔の回答はあくまで忌々しいまでに一貫していた。
『ならば――』
 マルトーはふらつく腕と同化したロケットランチャーを構え――
『――死ねェッ!!』
 ――発射。

 そこまでがコルベールが見た巨躯の悪魔――マルトー――の動く最期の姿だった。


 ロケットランチャーから弾が放たれるよりも疾く踏み込む。
 放たれたばかりの大弾を後頭部から伸びた尾で叩き落とす。
 そのまま突き出されたロケットランチャーの砲身を曲刀の横薙ぎ一閃。
 紙でも切り裂くかの様に抵抗摩擦をほとんど感じさせない動作で横一文字に、マルトーの右腕の砲身から胴体に続き左肩までを真直ぐに振り切る。


 瞬き一つ、しただろうか? いや、していない筈だ。
 なのにコルベールの目前の巨躯の悪魔は、破壊の杖から胴体まで横一文字に斬り裂かれた軌跡を浮かべたかと思うと、直後その上体がゆっくりずり落ち始める
 そして、その上体が地面に落ちる前に、悪魔の巨躯は跡形もなく灰となって崩れ去っった。


 まだ消える気配の無い燃え盛る炎の向う。
 コルベールの目前で、背を向けた蒼い悪魔の影が微かに浮かぶ。
「ま、待てっ!」
 その言葉に応えたのか、それとも拒んだのか、一陣の疾風が奔り炎がかき消える。
 蒼い悪魔は振るった蒼い曲刀を一瞬で右掌の中に仕舞い込み、コルベールにはっきり見える様に大きく屈み込んで跳躍。
 正面の塔を大きく飛び越える程の跳躍を見せ、その向うへと姿を隠した。
「!? あの方向は!」
 何かに思い立ったコルベールは、視界の隅でエレオノールが倒れたルイズを抱き寄せている姿に二人の無事を確かめると、蒼い悪魔の後を追う為に駆け出した。 


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