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マジシャン ザ ルイズ 3章 (47)

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マジシャン ザ ルイズ 3章 (47)マナ接続

最初に現れたのは、米粒ほどの大きさの輝きであった。
教皇が更なる力を注ぎ込むと、それは手鏡ほどの大きさまで拡大した。
そのくらいの大きさまで広がれば、光の向こうもはっきりとしてくる。
輝きの先、見えるは摩天楼。

「これが異世界……これが『世界扉』、ただ覗き込むではなく、行き来をするための虚無魔法……」
異界へと繋がっている世界扉を凝視しながら、感慨深げに教皇は言う。
そう、これが彼の目的のために必要不可欠な力であった。
今のこの狂ったパワーバランスを正し、迷える世界を導くために求めたものであった。
全てが終わった後に、指導者が必要とする力、
 ――そのはずであった。

「……?」

そのとき、教皇はふと世界扉の向こう側の景色に、何かがちらついて見えた気がした。
確かに今は夜空に輝く天を突くような摩天楼が映って見える。
だが、それに混じって一瞬別のものが見えた気がしたのだ。
彼は怪訝に思い、世界扉をもう一度よく見ようと一歩近づいた。

途端に
 それが
  反転した。

『向こう側』にある巨大建造物群を、映し出されていたはずの映像が切り替わり、突如として真っ暗な闇が映し出されたのだ。
はじめ教皇は呪文が途中で失敗して、扉の向こうの『こちら側』の景色が透けてしまったのだと思った。
だが、違うとすぐに気がついた。
見えているのは塗りつぶされたような漆黒、月光に照らされたヴェルサルテイル宮殿の景色ではない。
では何か? その疑問を確かめるために、教皇は更に一歩、足を踏み出した。

そして、彼が見つめる中、 『眼』が開いた。

「っ……!」

教皇が引きつった声を上げて、一歩たじろぐ。
彼の眼前、ギョロリギョロリと眼が動く。
世界扉の『向こう側』から、一つの巨大な眼球がこちらを見ていた。
突然現れた奇怪な眼球の存在に、教皇は圧倒される。
だが、変化はそれだけに止まらない。
眼球がまばたきをして、再び眼が開かれたとき、それは二つに増えていた。
さらにその二つがまばたきし、二つが四つ、四つが八つ。
教皇が見ている前で、その目はその数を加速度的に増やしていく。

何か取り返しがつかないことが起ころうとしている。
邪悪な想像力を掻き立てられるそのような光景を前にして、教皇は薄気味悪さ以上の、切迫した恐怖を肌で感じ取った。
直ちに集中をといて、精神力の供給を停止。呪文の中断を試みる。
それはとても常識的な行動。目の前の現象が呪文によって引き起こされた以上、それで全てが決着するはずだった。


「……何故だ」
誤算。

呆然と呟いた彼の前。
杖を降ろし、呪文を解いても、孔は閉じずに未だその場所に在った。
いや、彼の目には、むしろ先ほどよりもその直径が広がっているよう見えた。
そして気づく、円の縁が、小さく震えていることに。

「まさか……広がっている……?」

虚空に問う。
その答えは明らか。彼が述べたとおり。

孔は広がっている。
閉じようとする力、そして押し開こうとする力。
両者の衝突こそが、震えながら広がる輪の本質。

何かが力尽くで、この世界へと這い出ようとしている。
それは何者か?
そんなことは、少し考えれば分かること。

嗚呼、あの〝目〟の主だ。



教皇は見た。孔の縁に黒いしみで出来たような、かぎ爪が突き立てられるのを。
教皇は見た。割り開いて這い出ようとしている、全てを塗り潰さんばかりの存在を。
教皇は見た。ただそこにあるだけで全てを腐らせ、滅ぼし蹂躙する虚ろな闇の片鱗を。
教皇は見た。孔の縁から無数に伸びる、黒いひび割れを。

そして聞いた。絶望の咆吼を。
確かに聞いた。世界の悲鳴を。




「あ、……うっ……な、何なの? これ……」
床に倒れていたルイズは早鐘を打つ心臓の鼓動を抑えるように胸に手を当て、何とかその場から立ち上がった。
意識を鮮明にするべく頭を振るい、周囲の状況を確認する。
タバサの部屋にいた他の者達は、一様にしてぐったりと脱力して倒れている。
唯一立ったままだったキュルケが、息も絶え絶えという様子でタバサに手を貸しているのが見えた。

ルイズが席を立とうとした瞬間に一同を襲った謎の窒息感。加えて体中の血が一気に沸き立つような感覚。
そして怖気が走るような嫌悪感。
形容しがたい感覚に、この場にいる者達――ひいてはハルケギニアの人々が戦いている中、ルイズだけは静かだった。

それは冷や水を浴びせかけられたようだった。
胸に去来したのは既視感。
ルイズにもはっきりと分かっていたわけではない。
だが、彼女は根本の部分で理解していた。
先ほどのそれが、以前夢で見た恐ろしい光景に連なるものであることを。


思い出すだけでも肌が粟立つ、あのおぞましい感覚。
先ほどのそれは、確かにそれに似ていた。
いや、似すぎていた。

〝ひらめき〟

「いかなくちゃ……」
『震源』はあの場所であるという、呪いにも似た直感。

もしも本当に〝アレ〟ならば、ウルザがいない今、自分こそが立ち向かわなくてはならない。
それが伝説の使命、伝説の価値。
そうと信じてルイズは走り出す。

むかうは窓、最短距離――余計なことに割いている時間はない。
縁に足をかけて、彼女は勢いよく外へと飛び出した。



幸いタバサの部屋は二階であり、窓から地面までの高さはそれほどでもない。
ルイズは着地の瞬間にフライの呪文を唱えて衝撃を緩和した。
これも虚無を使えるようになって以来の成果。今のルイズはいくつかのコモンマジックが使えるようになっていた。
彼女は地に足を降ろしてすぐさま、行くなと叫ぶ本能の拒絶を理性でねじ伏せて、目的の場所へ向かって全力で走りだした。


百合花壇を抜けて、薔薇園を突っ切って、池のそばを走りながら、ルイズはそれを見た。
月光が照らす庭園の中、ぽっかりとそこだけくり抜いたように丸く黒いものが蠢いている。
その近くには人が一人倒れている。
最悪の想像が、自分の現実を侵していくのをルイズは感じた。


ルイズがその場に到着したとき、孔は既に子供が通れる程の大きさにまで広がっていた。
そこから少し離れた場所に、教皇が倒れ伏しているのが見える。
その顔が一瞬強張ったが、彼の胸が微かに上下しているのを確認すると安堵の息を漏らした。
だが、問題は何ら解決していない。
目の前にある孔、その向こうにいるのは夢の中で見た"アレ"に違いなかった。

一度でもそれを目撃したならば、忘れることなどできはしない。
多くの悲劇を生み出して喰らい、世界を汚し尽くさんとする、邪悪の意志の塊。
幸いそれはまだ完全にこちら側に現出していない、それどころか、孔ごしにしかその姿を見せていない。
だというのに、ルイズは手のひらがじっとりと汗で湿っていくのを感じた。

ほんの一部分だというのに、何という威圧感!
こんなものが溢れ出たら、世界はどうなってしまうだろうか!

いくつもの悲劇、夢の光景が蘇る。
思い出すだけで心が萎えかける。
しかし、ルイズは心が屈するのを、良しとはしなかった。

――やらせない。
――あんなものを見るのは、二度と御免だわ。
――だから、私が止めてみせる。
――例えこの身が裂かれようとも!

恐怖と絶望を、
誇りと勇気が、
高潔な意志の力が打ち消した瞬間だった。


ルイズは目を閉じた。
呪文詠唱。
高く杖を掲げ、朗々とした声でルーンを唱える、世界に刻む。
打ち破る力を求めて、邪悪を払う力を求めて
その声は力強く、強く、強く、強く!

イメージ/イメージ/イメージ。
自身の奥深く、深層へと飛び込んでいくイメージ。
イメージ/イメージ/イメージ。
煮えたぎる溶岩と、底抜けに深い海のイメージ。
イメージ/イメージ/イメージ。
混ざり合う白と黒のイメージ。
イメージ/イメージ/イメージ

焦る心を抑え、長い呪文に精神を集中させる。
呪文は全て暗記している。
祈祷書が手に無かろうと、詠唱が止まることなどあり得ない。
孔の向こうにいるそれは、蠢くのみ。
まだこちら側に直接手出しすることはできないようだ。
虚無の詠唱にかかる時間の間に、孔が広がりきらないことを祈り、ルイズは呪文を唱え続けた。

エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ

オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド・ベオーズス

ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ・ジェラ

イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル……

ルイズにとっては長い長い時間、実際にはほんの数分ばかりの時間が流れ、やがて呪文は完成した。
集中する為に閉じていた目を開けて、ルイズは孔を睨みつける。
鎮座しているのはどこまでも落ちていきそうな深淵の黒。ルイズが覗き込む一方で、向こうからも覗き込まれている様な、そんな錯覚を覚える闇。

否、錯覚ではないかも知れない。きっとそう、それは本当に自分を見ているに違いない。
そう思うと、ルイズの背中をぞくりとしたものが駆け抜けた。

それでも、彼女は屈しなかった。
杖を振り下ろし、抑えつけている力の軛を解き放つ、契機となる文言を鋭く叫ぶ。

『爆発/Explosion』

直後、凄まじい爆発が起きた。




「ルイズ! ルイズ!」
その叫びでルイズは目を覚ました。
映る世界が傾いで見える。
どうやら呪文の完成と同時に気を失って倒れたようだった。
その視界の端には朧のように人影が映っている。ルイズはその声からそれがキュルケであると判断した。
妙に現実感がないのは、斜に見えているからか、自身の視力の低下のためか。


身を起こす、近くに落ちてしまっていたタクト型の杖をのろのろと掴む。
指から伝わる堅い木の感触が、虚ろだった現実感をはっきりとさせてくれた。
そこでルイズははっと自分が何をして倒れたのかを思い出した。

そして、結果を確認するために勢いよく振り向いたルイズは、そこに絶望を見た。



闇は変わらずそこにあった。
彼女が自分に残された、全ての精神力を込めたエクスプロージョンは、なんの痛撃も与えられず、ただ孔だけがそこにあった。
闇は何事も無かったかのように蠢き、無数の目玉が笑う。

その目の一つと、ルイズは目が合った気がした。
彼女がそこから読み取った感情は嘲笑。


そんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものか
そんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものか
そんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものか
そんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものか
そんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものか


嘲笑。


勿論、実際に笑っていたわけではない。
無数にあるとはいえ、目玉だけのそれが、自分を笑っているなどというのは、ルイズの単なる思い込みにしか過ぎない。
しかし、それでも彼女は、それが自分のちっぽけな抵抗を嘲笑っているように感じたのだ。

ルイズの血が、頭が、沸騰する。

「……いいわ。そうよね、これくらいで全部だなんて、甘かったわ。だったら……」
「ルイズ……」

キュルケが見ている前で、ルイズはゆっくりとだが、力強く立ち上がる。
そして吹っ切れた顔で、厚顔不遜に言い放つ。
「本当の全身全霊、全てをかけた一撃、お見舞してあげる!」
自信に満ちた顔で叫ぶ、自分の言葉を誇るように。
「サービスなんだからありがたく思いなさいよね!」
己のすべてをかけて、ルイズは再び呪文の詠唱を開始した。
今度こそ、最後の呪文を放つために。


両手の指にはめられた指輪が、闇を裂いて光を放った。

風が逆巻き、水がざわめく。
この場にある風が、水が……それだけではない、ハルケギニアの意志が自分の背を押してくれているのを感じる。
自分の内と外、自身と世界との境界が曖昧になっていく感覚を覚える。
どこまでも、どこまでも薄く伸ばされ広がっていく自分自身
伸張する感覚、その一端がパワーストーンに触れるのを感じた。
途端、流れ込む力の怒濤。


   繋がった!

確かな感触を掴んで、ルイズは呪文の詠唱を始める。
「エオルー・スーヌ・フィル!」
先ほどの詠唱とは違う、荒々しく吠えるような呪文詠唱。
「スーヌ・ウリュ・ル・ラド!」
先ほどの詠唱が子守歌だとするならば、これは戦人の歌。
「オシェラ・ジェラ!」
正に炎。
「イル!」

流れ込んでくる力を拒絶せず、己が身を炉として再生成。
濾過、純化、反転、転換。
天まで届けとばかりに、呪文を高らかに詠い上げていく。
どん欲なまでに力を飲み込んでいく。
限界まで、限界まで、限界まで!

「……っ」

一滴の血が、大地に流れる。
ルイズの口の端から、一筋の血が漏れていた。
体内のどこかが爆発した感触だけは感じていた、痛みはない。
頭が熱い。視界は先ほどから完全にレッドアウトしたまま。
それでもルイズは呪文を唱える口を止めようとはしない、かまわず詠唱を続ける。

「イル!」

再び爆ぜるような衝撃。
ルイズがよろめく。
意志の力は詠唱を続けようとする、しかし、その口に血が絡んで口が回らない。
「やめなさいっ! なんだか分からないけど、それ以上やるとあんた死ぬわよっ!」
キュルケがルイズの肩を掴んで制止の叫びを上げる。
祖国で地獄を目にしたキュルケが、ルイズの姿から見て取ったのは濃厚な死の気配。
だが、それでもルイズは呪言を止めようとはしない。

「イル!」

と、そこで前兆もなくルイズの両膝が力を失った。
崩れそうになる体を、キュルケが慌てて抱き留める。
そんな状態になっても、なおもルイズは呪文を唱え続ける。

その姿はあたかも神に祈る聖者。
ルイズの体は既に一人では立つことすらままならず、口からは何度も血塊を吐き出している。
それでも負けないという意志。かつて見た悲劇をなんとしても自分の手で回避させようという堅い決意。
それだけが彼女を支えていた。


けれど、この世界はそんなに優しくできていない。


彼女の精神力よりも、肉体が先に限界を迎えた。


ごぼり。
体が震え、一際大きな血の塊をはき出すと、そこまで続いていたルイズの詠唱が唐突に止まった。

(――――あ、れ ?)
気がつくと、ルイズは口どころか指一つ動かせなくなっていた。
それだけではない、抱いてくれているキュルケの体温も、感触も感じられない。
そして唐突に知覚していた世界が狭くなっていくのを感じる。

繋がっていたはずのものが急速に解けていく。
何も感じられないくせに、自分に集まっていた力が霧散していくのだけは、いやにリアルに理解できた。

あまりにあっけない限界。
何の前触れもない終焉。

漠然としか捉えていなかった死神の足音が、はっきりと耳にこだました。



「しっかり、しっかりしなさいよルイズ!」
脱力したルイズを抱き起こしたキュルケは、そのあまりの軽さにぞっとした。
それに体温があまりに低い、まるで死体のような低さ。
浅くだが胸が上下していること自体が、悪い冗談のようだ。
と、そこでキュルケはルイズの胸元が微かに光っていることに気がついた。
「えほっ! げほっ、っ!」
「ルイズッ!」
ルイズが咳き込んだ拍子、胸元から光の正体がこぼれ落ちた。
それは、ルイズの首からかけられた小さな懐中時計だった。
長針と短針だけで構成された懐中時計。
本来文字盤が嵌め込まれるはずの場所には、精巧緻密な小さな無数の歯車と機械群がむき出しのままひしめき合っている。
他国に比べて『時計』というものが普及しているゲルマニアにおいてでさえ、お目にかかったことがないような、それは見事な精巧美。

キュルケが気づいたその時、爆音が夜空に轟いた。



二人の前、孔の開いている空間が白く爆ぜる。
閃光、爆音、衝撃。
それらを伴って無数の、それこそ無数と表現するしか無いような白い光が、次々大輪の花を咲かせていく。
鼓膜を破かんばかりの爆発音に紛れて聞こえた風を割くヒュゥッという音を耳にして、キュルケは何かが夜空の向こうから無数に飛来してきているのだと気づいた。
『大砲!?』
そう叫んだ声も大音響にかき消される。
慌ててルイズを抱いてその場から離れると、それを待っていたとばかりに、その勢いは俄然として苛烈さを増した。

キュルケはぐったりとしたルイズを十メイル以上も引きずって距離を取ってから、前方を確認した。
そこから見ると空から無数の輝く何かが怒濤のように打ち込まれているのが分かった。
その数は尋常ではない。
キュルケは先ほど大砲かと思ったが、彼女が知る限りハルケギニアの大砲はこれほどまでに同じ場所を狙って精密かつ連続に撃ち込むことはできない。
加えて斜線が白い柱に見えるような、高速の連射など夢のまた夢だ。
だから、彼女はそれを最初に大砲と判じたことを、間違いだと思った。

「……流星?」
空に浮かぶ星が、片っ端からそこへ流れ落ちてきているのだと思った。





「接続」
高度二万メイル。
月と雲の狭間、鳥すらも飛ばぬ空。そんな場所に、一つのヒトガタがあった。
双月の光に照らし出されて、そのシルエットが浮かび上がる。
大きすぎる球体の頭を胴体部に埋没させ、そこから鋼鉄の手足を生やしたヒトガタ。
所々ケーブルやコードが露出しているソレは、人を模した機械であった。

それが高々度から行われた精密砲撃の射手だった。

右手を砲身として、マナの砲弾を撃ち出していたヒトガタが、その動きを止める。
「やはり効果無し」
分かっていたことだが、そう呟いたのはそのヒトガタの肩に立っていた小さな人であった。
白い髪に髭、皺を刻んだ彫りの深い顔、メイジ風のローブを着込んで杖を手にした老人。
次元を歩く者、ウルザ。
「召喚準備を済ませておいたのはやはり正解か」
ウルザはそう言うと、軽やかにヒトガタの肩を蹴って胸部に飛び移り、そのハッチを開いて中へと身を躍らせた。

彼が乗り込んだのは体長二〇メイルほどもある、ヒトガタの機械。
ウルザが第一次ファイレクシア攻撃作戦のおりに考案した鎧を、数千年かけて、応用、発展、再設計し続けた結果生み出された、規格外に巨大な全身『鎧』であった。
名はタイタン・スーツ。
九人のプレインズウォーカーがファイレクシアに攻撃をしかけた際に乗り込んでいたものである。

ウルザは滑らかに内部のスイッチ類を操作して、自立稼働にさせていたスーツを手動制御に切り替えていく。
これから彼が行う行動は、アーティファクトの自立に任せるわけにはいかないのである。
「これを受けても無傷でいられるかな、暗黒卿?」
彼は低く笑うと、手元のマニピュレーターパネルを操作した。
すると空中で砲撃姿勢のままで制止していたタイタン・スーツが一転、体勢を入れ換えた。
そして頭を下に、足を上にして墜落を始めた。
否、墜落ではない。それを示すようにして腰部に鮮やかに赤いフレアが灯る。
そうして鋼鉄の騎兵は、勢いを増しながら地上へ向けて一直線に降下飛翔を開始した。


目を光に焼かれないように顔を背けていたキュルケは、一連の着弾が途切れた頃合いを見計らって、その着地点を見た。
孔の周囲数メイルがクレーター状に削られているというのに、それでも孔は健在のまま。
だがしかし、果たして変化はあった。
変わらず禍々しさを放っていたそれが、唖然とした表情のキュルケの前で、初めて能動的な動きを起こしたのだ。
孔から、無数の黒い何かが、空に向かって飛び出した。


疾駆する鋼のモーターサイクル。
鈍く輝く金属の獣が吠え猛る。
落下数秒、背後にバーニアの尾をなびかせて、『鎧』は亜音速の最高速度まで加速する。
通常の人間ならば確実に意識を失うだけの重力加速度が中にいるウルザを襲うが、もとより人を超越して人を辞めた身、仮の姿に過ぎない人の限界など通じるはずもない。
エグゾーストをまき散らして落下するタイタン・スーツの中、ウルザは手元のマニピュレーターの上、指を細かく動かして操作する。
刹那、その機体が時計回りに半回転。すれ違いざまに、何かが交差して天へと昇っていった。
直後に鳴り響くアラート、接近警告。
しかしウルザは落ち着き払った様子で、続けざま十指を滑らせて緻密に命令を下す。
巨体は次々に地上の孔から打ち上げられて迫る攻撃を、最小限の動きで次々回避していく。
手元で光るパネルには飛来する弾幕の軌道予測が表示されている。しかし秒にも満たないコンマの時に、それが対応仕切れないことは開発者である彼自身が何よりよく知っていた。

よって、全ての回避は、彼の知覚に委ねられていた

タイタン・スーツの背面ノズルから更なる火が吹き上がり、その速度を一層高めていく。
地上からの迎撃を、針の糸を通すような精密さでかいくぐり進む様子は、正に妖精。
更にいくつものつぶてを避けて、ウルザはぐんぐんと地面へと近づいていく。

地表まで一秒。
『鎧』の視界の先が、一面黒に塗りつぶされる。
鳴り続けていたアラートがそのピッチを上げた。
スーツの進行上、そこに隙間のなく暗幕のように黒い霧が展開していたのだ。
宿敵の分身にして体の一部であるアレに触れては、いかなタイタン・スーツでも無事には済むまい。
だが、ウルザは/鎧はそれすらも予測していたように、滑らかな挙動で右手を掲げた。

タイタン・スーツの右手からマズルフラッシュが閃く。
音速を超えて打ち出されたマナの弾頭が、暗幕の一部と接触、対消滅を引き起こした。
そこにぽっかりと広がった隙間めがけて飛び込むと、標的は一寸の先。

そして、ウルザは最後の仕上げをするべく、機体に最後の命令を与えた。

突きだしたままだった右手が翻り、『鎧』の胸部へと向けられる。
再び数度瞬く発射光。
砕け散り、宙にばらまかれる金属片。
自らの装甲を破壊したタイタン・スーツが、今度はそこに、勢いよく己の腕を突き入れ抉った。
致命的な領域にまで破壊が及んだところで、それは内部から自身の核となる動力ユニットを引き抜いた。
スーツの各部が火花を上げる、部品が空へとばらまかれる、そして握られた心臓部が抑制と制御を失い暴走の前兆である強烈な光を放ち始める。
しかし、そのような姿になってもタイタン・スーツは、一辺の躊躇もなく亜音速で駆け下る。
己に課せられた使命を果たすため、果敢なフォールダウンを敢行し続ける。
そして最後の砲火をくぐり抜け、ついには孔へたどり着いた。

だが、狡猾なるは闇の王。
孔に突入しようかという直前三〇メイル、タイタン・スーツがけたたましい音を立てて、何かにその動きを止めた。
目に見えない壁に激突し、その突進を阻まれたのである。
衝突した拍子に頭部、肩部、胸部の一部の金属片が粉砕されてまき散らされた。
しかしそれでもタイタン・スーツは推力を弱めない。
限界を超えて酷使された各部からはオイルが流れ出し、その体を黒く染めていた。
脇に抱えた動力ユニットは、ついには制御限界を超えてスーツの右手を赤熱させ始める。
限界は近い。


キュルケはその姿を見上げ、
(太陽を抱えた巨人が、黒い涙を流しているよう……)
大破寸前のその姿を、心の底から美しいと思った。
そして、キュルケがそう思った瞬間、巨人は特大の咆哮を上げた。
そう、それはまるで断末魔のような……


暴走寸前の動力炉から定格量を遙かに上回るエネルギーがタイタン・スーツに流れ込む。
流れ込んだマナで駆動系・制御系全てがショートするまでの刹那の時間、それは確かに、定められた設計の限界を超えた。

限界を超えた動作に特大のエクゾースト。
タイタン・スーツはコアを掴んだままで、その手を大きく振りかぶる。
途端に全身から吹き上がる紅蓮の炎、それでも繰り出される渾身の右手。

そして、ガラスのような音を立てて砕け散る不可視の壁。

 障害は全て排除された。
 巨悪との戦いを宿命に生み出された機械。
 今、その使命が果たされる。

勢いそのまま、タイタン・スーツは孔の中へと真っ赤な右手を突き入れた。


  『オーバーロード』


轟音と伴って最初の爆発。
とうの昔に限界を超えていたタイタン・スーツが、その役目を終えて巨大な火の玉と化して爆発四散。
そして、十分の一秒の時間差で、それすらも上回る巨大な爆発が巻き起こった。
黒々とした孔の内部から膨れあがった、白一色の光の濁流。
それがタイタン・スーツの爆発すらも押し流して、全てを輝きで埋め尽くしたのだった。


目をつぶっていても、なおも眩しい。
そのような光に晒されて、キュルケは覚悟を決めた。
せめて腕の中のルイズだけでも守ろうと、彼女の体を強く抱き寄せた。
だが、身構えた彼女に、それはいつまで経ってもやってこなかった。

代わりに、低く力強い声が耳に聞こえた。
「出力調整を済ませていなかったとはいえ、パワーストーン一機と引き替えとは、少々割に合わない交換となったな」
ルイズを抱いたキュルケが顔を上げると、そこには杖を掲げたウルザが立っていた。
「おじさま!?」


キュルケが目を開けると、周囲は凄まじいと形容するほか無い有様だった。
草木はあらかた消し飛び、爆発の中心となった孔のあった場所は抉られて地面がむき出しになっている。
周囲には焼け焦げた匂いが漂い、パチパチという音が響いている。
美しかった庭園の面影を残す場所は無い。

ただ一カ所、キュルケ達の周囲を除いて。
周囲の地面が真っ黒く焼かれている中で、ウルザの立っている場所からその背後だけは未だ瑞々しい緑が残されていた。
生き残れた驚きに、キュルケはそれ以上、何も口にできなかった。



生き残ったのはウルザ、ルイズ、キュルケの三者。
その他は、全ての生きとし生けるものが消し飛んだ。
正に焦土。

そのような場所に、居るはずのない者の声がした。
「こんな厄介ごとを引き起こしてくれるとはね。きちんと殺しておくべきだったよ」

声に驚いてキュルケがそちらを見ると、少し離れた場所に、白い服と濃厚な闇を纏った男――ワルドが立っていた。
その足下には隻腕の青年、教皇が倒れている。
「まさかこのような馬鹿な真似をするとは思わなくてね……そういう意味ではこちらの落ち度だ」
やれやれといった調子で、大げさに肩をすくめるジェスチャー。
そしてワルドは腰を曲げて教皇の首に手をかけると、ペンでも拾う軽さでその体を持ち上げた。

「安心して欲しい。始末はきちんとつけさせてもらう」
言ってワルドは力を込める、すると気を失ったままの教皇が苦悶の表情を浮かべた。
ウルザはその様子を眺めて無言で佇み、キュルケは初めて目にした生まれ変わったワルドの姿に息を飲む。

だから、やはりこの場で声を上げたのは彼女だった。

「……やめ、させて……、ミスタ・ウルザ」
いつの間にか目を覚ましたルイズが、キュルケに抱きかかえられたまま、ウルザのローブの裾を掴んでいた。
「あの、ままじゃ……死んじゃうっ!」
喘ぎながらウルザを見上げ、彼女は涙を浮かべて必死に呼びかけた。
「間違ったのかもしれない、でも、あの人は、世界の為って……」
「………」
だが、その言葉を聞いても老人は微動だにしない。


「彼にはできないさ。今、僕とこの場で直接争えば被害が大きすぎるからね。そうなっては元も子もない」
ワルドからの、含みのある声が飛ぶ。
そしてルイズが見上げているウルザの姿は、その言葉に肯定を示しているようだった。

ならばと、ルイズはワルドに目を向けた
視線を向けられてワルドは、満足したように悠然と微笑んだ。
「僕はそいつとは違う。君がそう願うなら、これを助けてやるのもやぶさかではない」
そう言ってワルドは掴んでいた教皇の首から手を放して解放した。
ドサリと音を立てて地面へ落ちる教皇。
その白衣は土や泥、炭に汚れて見るも無惨な様相。
だが、それでも生きてはいる。
ルイズは安堵の吐息を漏らした。

しかし、ここでまたもやルイズは彼らの本質を見誤った。

「しかし、また厄介事を引き起こして計画を狂わされてはたまらないからね。最低限の処置はさせてもらおう」

気づいたルイズが叫ぶより先に、ワルドはその場に屈み込み、教皇の頭に手をかけて。
そして、すっとその手を引いた。


『ギッ……!』

絶叫が、はじける。

『………アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』



中庭だった場所に、この世のものとは思えぬ叫びが迸る。
キュルケとルイズが驚きに息をのんだ。
その前で展開された光景は、生涯忘れることが出来ないであろうというほどに、おぞましいものだった。

ワルドは倒れた教皇の頭にかけて、そこから一気に力任せに引き起こした。
否、引き起こすなどという生やさしいものではない。
それは、引き剥がしたという方がこの場合は適切であった。
ワルドの手に捕まれて掴み上げられたのは、半透明をした教皇エイジス三十二世。
それが、悲鳴の主だった。
「霊体を肉体から無理矢理引き剥がされたのだ、その苦痛は格別だろうっ!?
 何せ肉体ではなく精神と神経に直接刻まれるものだ、生きている内にはまず経験することの出来ない貴重な体験だ! 存分に苦しむといいさ!
 はっ、はははははははハハハハハハハハハハハハハハ!!」

悲鳴をコーラスにして、ワルドは夜空に笑う、ただ高らかに、高らかに、高らかに。

引き剥がされた霊体から響く絶叫がか細くなり、その半透明の姿が輪郭を失い始めたところで、ワルドは狂笑を止めて手を放した。
「これで十分だ。彼にはもう虚無の魔法は使えない」

そう言って、ワルドは、ウルザのローブを握ってカタカタと震えていたルイズに微笑みかけた。
「怖がらせてしまったかな、僕のルイズ。でも仕方なかったんだ、君を守るためには仕方がないことだったんだ。今は分からなくとも、いつかきっと分かってくれると信じているよ、愛しいルイズ」
柔らかく微笑みかけならが、ワルドは胸の前で小さく手を振った。
するとそして全員が見ている前で、さっと強い一迅の風が吹き、次の瞬間にはそこにあったはずのワルドの姿が消えていた。
まるで風に溶けて消えたように。
そうして後に残されたのは、口から血の泡を吹きながら目を剥いて小刻みに痙攣を繰り返す教皇と、

『ルイズ……僕のルイズ。待っていて欲しい、双月が満ちる日、僕は必ずその邪悪な男の魔の手から、君を救い出してみせるから』

そう残された、ワルドの言葉だけだった。

                        危難には備えが必要だ。何より強い力の備えが
                                    ――ウルザ

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