あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

虚無と金の卵-07


 ルイズが学院に入学してから身に付けた癖――魔法の練習を人目に晒すのを徹底的に避ける。
 練習のたびに、魔法が出来ない自分をまざまざと自覚するためであった。
 そして虚無の曜日にも魔法の練習に励むルイズであったが、結果はいつも通り、無しのつぶてであった。

「はぁ……まったく、今日も成功しなかったわ」

 だが、珍しく声色に徒労感を滲ませていない。
 明日また頑張ろう――そんな気楽さが入り混じっていた。

 ルイズは努力家である。そして努力の積み重ねの結果、数限りない失敗を冒す。
 他のメイジの、自分の失敗に対する反応=嘲笑、揶揄、あるいは落胆――今まで、他の貴族の視線は目に見えぬ病いのように、
 常にルイズを脅かしていた。
 だがルイズは、ウフコックを召喚してからは、さほど気にしなくなっていた。
 自分の魔法への執着――無能である自分への歯噛みするような悔しさと、何かを成し遂げたいという渾身の思い。
 ウフコックにはそんな自分の感情が嗅ぎ取られている――そして、それを肯定してくれている。

 ルイズは変わりつつあった。
 余裕ができた、と見る人間が居た。確かに、学院に入学した頃のような針鼠の如き刺々しさは明らかに減っていた。
 怒るようになった、と見る人間も居た。確かに、ウフコックに安易に頼る人間に対して怒る場面が増えた。
 これまでルイズは癇癪を起こしたり、侮辱や侮蔑に反撃することはあっても、他人のために怒ることはあまり無かった。
 光明が差した――あるいは、そういっても過言ではない。
 誰よりも小さい体ながら強力な能力を持ち、そして決して驕らず、自己の在り方を問い続けるウフコック。
 ルイズは言葉にすることはなかったが、真摯なその姿に胸を打たれた。
 自分とウフコックは性格など全く違う。それ以前に生まれも何もかもが違う。
 だが、これこそと信じるに足る貴族の姿――ルイズは、その輪郭をウフコックに見ていた。
 その彼が自分を肯定し、側に居てくれている。
 自分が貴族であろうと思う限り、ルイズはウフコックに何も隠す必要は無かった。
 そして自分が貴族足り得ることに執着し、無駄とも思えるほどの努力を繰り返す自分を、心の何処かで受け入れつつあった。
 だから今だけは、地べたを這おう。自分の昇るべき正しい階段を見出し、見上げることから始めよう――ルイズは、そう思い始めていた。

 だが、努力が実らないことに落胆をしないわけではないし、人恋しいときもある。
 せっかくの虚無の曜日の午後、気分転換にウフコックと一緒に街へでも出かけてみようか。そんなことを思い、自室の扉を開く。

「ウフコック、帰ったわよ。今日はちょっと街に出かけま……あれ?」

 だがそこにウフコックの姿は無い。
 あったのはネズミの手による律儀で下手糞な字の書置き。
 『キュルケの部屋に招かれた』
 ウフコックを召喚してから得た平穏の日々で、久しぶりに食らう肩透かし感――歴史的とも言える、公爵家へのツェルプストーの横槍。
 ツェルプストーのキュルケがウフコックを呼び出す理由がマトモであるはずもなく、ルイズの予感は概ね当たっていた。





 一目散にルイズは、キュルケの自室の扉を蹴破るが如き勢いで入り込んできた。

「あら、ヴァリエール。私の部屋に来るなんて珍しいわね。貴女も混ざる? 盛り上がってるわよ」
「虚無の曜日だってのに何を不健康な遊びしてるのよ、ツェルプストー」

 キュルケ――ひらひらとカードをもてあそぶ余裕の表情/タバサ――普段通りの無関心の仮面/
 ウフコック――びくりと震え、開けたた場所へ姿をさらしてしまった鼠の如く、たじろいでいる――もはや条件反射。

「キュルケ……カジノとか言ったわね。私の許可無く使い魔を唆さないでほしいわ」
「じゃあ一応聞くけど、いいわよね?」「ダメよ」

 ルイズの怒りに満ちた拒絶も気に留めず、しなだれかかるようにキュルケは部屋の奥へとルイズを連れ込む。

「ちょ、ちょっと何すんのよ」
「金持ちからは巻き上げるけど、貧乏な振りをすればそこそこ稼げるって噂なのよ。
 ねーえ、ルイズ? 貴女だって稼いでくればお家のためになるわよ?」
「イ・ヤ・よ! 第一、博打で財を為したってウチの実家じゃそんなの認められないんだから。
 第一、他人の使い魔を巻き込まないでほしいわ!」
「良いじゃないのよー。溢れる才能を埋もれさせる方が罪よ?」

 ウフコックの活躍の場を与えてやれているか――ルイズの頭に一瞬過ぎる。だがかぶりを振って反論を続けた。

「だとしてもね、そんな俗っぽいことに連れてってウフコックがグレたらどうするのよ!
 そもそも、使い魔をカジノに入れられるワケないでしょ」
「……いや、あまりグレるとかは心配してくれなくとも良いんだが、まあルイズの指摘は最もだろう。
 動物を連れ込めるカジノなんてあるのか?」

 ウフコックが冷静に指摘する。

「それに、念のため言っておくが……カードやサイコロに化ける、というのは無しだ」

 キュルケは、あらら、と言葉を零す。内心考えていたことが暴露され視線を逸らした。

「個人的な利益のためにイカサマするつもりは無い。それはノーだ。
 利己的な目的で社会に実害を与えるような行為に手を染めてしまったら、俺自身、俺を許せない。
 それにカジノのような場所でイカサマが暴露されたら君らの身分や命を危険に晒してしまう。
 この国のカジノについて詳しくはないが、決して子供の悪戯で済ませるような穏便な場所では無いだろう?」
「そうよそうよ! ウフコックにそんな卑怯な真似をさせないでくれる?」
「うーん……じゃあ、手袋とかネックレスに化けるなんてどうかしら。
 私、ウフコックの人を見る目がとっても凄いと思うのよ。
 だから、ウフコックはこっそり小物とかに化けてタバサに助言するの。助言するだけよ。
 もしそれでも駄目って言うなら、稼がせてくれそうなディーラーを探すのを、ほんのちょーっと手伝ってもらうだけでも良いわ。
 どう?」
「……あんたとウフコック、引き合わせないが良かったわ」

 悪用法ばかり思いつくキュルケに、がくりとルイズは肩を落とす。
 何より嫌なのは、恐らく、いや、確実に効果を上げてしまいそうなところであった。
 タバサは魔法であれ何であれ勝負強いのは噂に聞いていた。だが、キュルケは別の意味で勝ちを拾うのが上手い。
 ルイズは、公爵家に連綿と渡る対抗心を感じずにはいられなかった。

「儲かったら3割、いえ4割は分配するわよ。ねぇ、良いでしょ?」
「だから、ダ・メ!」
「ヴァリエールは本当に頭が固いわね……せっかくギーシュとの喧嘩、秘密にしておいてあげてるのに」
「うっ……」

 キュルケが唇を尖らせる。痛いところを付いてきた、とルイズは思う。
 少なくとも気付く人は気付く。ウフコックの反転変身/ターンは、実際のところ変化とも錬金とも一線を画すことを。
 この場にいるタバサとキュルケは気付きつつ、敢えてそれを吹聴もしていない。
 実際のところはオスマンが抑えているとはいえ、コルベールのような学者肌の人間がウフコックに近づいていないことが、
 何よりの証拠であった。

「それじゃあこうしましょう、ルイズ」
「何よ?」
「魔法学園の生徒らしく、揉めたら魔法で決めましょう?」





 魔法学院の堅牢な本塔に吊り下げられた、決してこの学院とは相容れないデザインの木札。
 敢えて言うならば、抽象的な人型の切り抜き/顔と心臓の位置に「ここを撃て」と自己主張する同心円状のマーク――明らかに射撃訓練用のターゲット。

「……なんだか物騒なデザインねぇ」
「文句言うんじゃないわよ、せっかく変身させてあげたんだから」

 キュルケの発案で、3人と1匹は魔法学院の中庭に到着していた。
 さらに加えれば、タバサが使い魔のシルフィードを呼びよせていた。
 今、彼女らが見上げるターゲットは、ウフコックがターンして作ったものである。
 タバサはシルフィードに乗って学院の屋根まで移動し、そのターゲットをロープにひっかけて釣り降ろした。
 ウフコックはターゲットに変身し吊り下げられたまま、中庭でやり取りする人間達を不安げに見守っている。
 だが対決に挑む当の二人にそんな思いは全く伝わっていなかった。
 一人は楽しげに、一人は怒り心頭のまま話をしていた。

「さーて、それじゃあ説明するわよ」

 気を取り直して、キュルケはルイズ向かって言った。

「ルールは単純。あのウフコックが用意した的を、屋根に居るタバサが揺らすわ。
 揺れ動いている的を、魔法で撃ち抜いた方が勝ち。
 で、私が勝ったら、ここにいる皆は楽しい楽しいカジノ旅行。
 ルイズが勝ったら、ここにいる皆はいつも通り学院でお留守番」
「……何かすごく引っ掛かる言い方だけど……っていうか私も入ってるの!?」
「あら、心外ね。ヴァリエールだからって仲間外れになんてしないわよ。
 それに使い魔を放っておいて寮で留守番してるつもり?」
「ぐ……そ、それもそうよね」

 ルイズは苦虫を潰すような顔で頷く。

「まあまあ、カジノ、楽しいわよー。ルイズもそろそろ大人の社交界デビューしなきゃ!
 それにねぇ、ディーラーが平民だけど、もの凄ぉーく格好良いのよ!」
「カジノの何処が社交会なのよ……で、ルールはそれだけ?」
「もう、ノリ悪いわね。それじゃあ説明続けるわよ。
 使って良いのは魔法だけ。属性・種類は何でも良し。とにかく魔法であの的を撃てればその時点で勝負は終わり。
 それだけよ」
「……ええ」
「あ、そうそう、あんたが先攻で良いわ。そのぐらいはハンデよ。それじゃあ始めましょうか」
「わかったわ」

 ルイズは頷く。
 そして杖を構え、それを見た屋上のタバサが的を降り始めた。
 タバサを中心として扇型の軌跡を描いて的が揺れる。時折強風が吹くらしく、的は不確定な揺らぎを見せていた。
 距離にして20メイル以上は離れている。動きも時折予測不可能となる。
 だがそれ以前のルイズの問題――魔法が当たる、当たらない以前に、そもそも魔法が成功するのか。
 だが魔法で勝負しろなどと言われて黙って引き下がることはルイズの選択肢に存在するか――全力で否。
 むしろ、自分を対決者として認め、焚き付けて来たキュルケに感謝すら感じている。
 外へ飛び立つには、殻を突き破る強い意志が必要なのだ。
 もし自分が火の属性に目覚めたら、親愛と感謝を込めてキュルケに火球を食らわせてやろうとルイズは決意した。
 集中――内心の毒づきも苛立ちも抑え、ルイズはルーンを唱える。
 ファイアボールの呪文。成功すれば杖先から火の球が迸るはずである。
 詠唱完了。ルイズは気合を込めて杖を振り下ろす。
 ――案の定、火の球が出ることはなく、タバサが揺らす標的の後ろの壁が爆発。本塔の堅牢な壁にひび割れを作る。
 爆風はロープを揺らした程度で治まり、また何事も無かったように的ははためいている。


「あっはっは! ロープじゃなくて壁を狙ってどうするのよ! ゼロのルイズ!」
「ううう、うるさいわねっ! ちょっと狙い外したくらいじゃないの!」
「あー、おかしい。ちょ、ちょっと笑いが止まるまで待って……」
「こ、この……!」

 けたけたと笑うキュルケ/杖でぶん殴ってやろうとすらルイズは思ったが、勝負に水を指す行為に手を染めるのを、
 何とか理性で持って押し留めた。

「こほん、それじゃあ私の番よね」

 腹を抱えて笑っていたキュルケだったが、平静を取り戻して集中してルーンを唱える。
 杖を構える手つきも、唱えるルーンも、手馴れた鮮やかなもの――そして詠唱の完了。間違いようの無い魔法の成功。
 杖先から出たファイアボールがひゅんと音を立てつつ無駄の無い軌跡を描き、あっけなく標的の中心を貫く。

「さて、私の勝ちよね! 優勝商品はガリア旅行、カジノの旅! ってとこかしら?」
「……そうよ、私の負けよ……はぁ……」

 キュルケは勝ち誇り、笑い声をあげる。
 ルイズはがくりと肩を落とし、草をむしり始めた。




 ルイズとキュルケが対決を始める前。サンクでウフコックが猛威を振るっていた丁度その頃。
 ――フーケは、宝物庫の壁を丹念に調べていた。
 調べれば調べるほど隙の無さを感じる。
 フーケは、オスマンの飄々とした顔が憎らしくなる程、メイジとしての手強さを思い知っていた。
 落胆しつつあったその頃、ルイズ達が口喧嘩でもするような勢いで中庭にやってきた。
 ルイズ達の気配を察してフーケは壁からさっと飛び降り、そして本塔の側の茂みに身を潜める。
 そのまま、ルイズとキュルケの対決の一部始終を見守り、その対決の最中の奇妙な現象を目の当たりにした。

「何なのあの魔法……? あの壁にヒビを入れるなんて……」

 フーケの耳に届いたのは、ファイアボールのルーンを唱えるルイズの声であった。
 だが火の球は出ずに、ただ壁を爆破し、宝物庫のある辺りの壁にヒビを作る。
 爆発――どの系統にも、あのような魔法はフーケの記憶に存在していなかった。
 しかも効果範囲こそ狭いが、『固定化』された石壁を穿つ程の威力の爆発。
 トリステインの様々なメイジを相手し、様々な手練手管を知ったフーケ自身が違和感を持つほど、奇妙な出来事であった。
 しばらく考え込んでいたフーケだが、はっと気付く。
 始祖ブリミルに感謝したくなるほどの僥倖――まさに今日というタイミングで奇跡が起きたのだ。

「っと、教師どもの癖がうつったかしら。詮索は後回し、絶好の機会には違いないね……!」

 フーケはほくそ笑み、詠唱を始めた。
 長い詠唱の末、地面に向かって杖を振り下ろす。
 フーケの歓喜に応じるように、土が盛り上がり始める。恐らく、重さに換算してゆうに数10トンはあるだろう。
 『土くれ』の本領が今、発揮されようとしている。



 火球の一撃で木っ端微塵となったターゲットの破片が、蠢くように歪む。物体の表と裏がひっくり返る。
 そこに現れる黄金色のネズミ――即ちウフコック。

「やれやれ……ルイズに勝ってもらいたかったところだが、仕方が無いな」

 変身後、どんな破片からも元に戻れるウフコックは、ターンした状態で破壊されようと何ら問題無い。
 火球の一撃など気にするわけもない。
 そんなことよりも、悔しさを滲ませて肩を落とすルイズを慰めてやらねば、それにカジノではどう振舞っておこうか――。
 そんな心配を患いながら、てくてくと二足歩行でルイズの元へ歩いていた。
 丁度その瞬間。
 全くの他人の意思の匂いがウフコックの鼻に届く。
 突き刺すような匂い/人が武器を携えて動く瞬間の、決意に満ちたソリッドな匂い。

「……誰だ!?」

 言った瞬間、ウフコックの目に映ったのは二本の巨大な柱であった。
 柱が震え、持ち上がる――そしてようやく気付く。壁などではない。見えていたのは人型の下半身であり、柱と思ったのは脚である。
 小さなネズミの眼には気付かぬほどの巨体。
 同時にキュルケ達も気付いて悲鳴を上げる。

「な、何よこれ!」
「きゃあああ!」

 そこに居たのは、爪先から頭まで30メイル程にも達しようとするゴーレムであった。
 明らかにトライアングル以上の練達のメイジによるゴーレム。地響きを立てて歩み寄ってくる。
 そのゴーレムの到達点――明らかに魔法学院の本塔。
 そのゴーレムの中間点――ターンを解除したばかりのウフコック。
 危ない――ウフコックがそう思った瞬間、駆け出してくるルイズの姿が目に止まった。

「まずい! 来るな、ルイズ!」

 ウフコックは叫んだ。
 だがもはや後には引けない距離であり、ルイズは後に退かない貴族である。
 ゴーレムの巨体で太陽が翳る。ウフコックも、ルイズも、その巨大な影に抱擁された。

「行かないわけがないでしょうっ!」
「くっ……仕方ないっ!」

 そして頭上にゴーレムの脚が迫る。
 無慈悲に、無関心に――人が足元の虫に気付かぬように、ゴーレムは一人と一匹を踏み潰す。

 学院を震わせる轟音。
 完全に潰れた。その場にいた誰もがそう思った瞬間、ゴーレムの足元から卵状の物体が転がり出る。
 咄嗟のウフコックのターン/摩擦係数を極端に減らした表面/衝撃を分散させる卵型の防壁でルイズを包む。
 防壁はゴーレムの押し潰されることなく真横に滑り出る。
 ウフコックは外の安全を確認し、卵が割れるようにターンを解除。ルイズがふらふらと現れる。
 重篤な怪我――無し。
 軽微な損害――乗り物酔い。

「大丈夫か、ルイズ!?」
「う、うう……吐きそう……っていうか吐く……。どうなったの……?」
「生きている、怪我も無い! だからさっさと逃げるぞ!」

 朦朧としたルイズの耳元でウフコックはまくしたて、同時にタバサとキュルケを乗せたシルフィードが滑空し降りてくる。

「逃げるわよ! 早く!」

 キュルケはルイズを掴んで引っ張り上げる。
 タバサは地面スレスレまで風竜を降下させるが、キュルケがルイズを確保したのを確認し着地もさせず強引に急上昇。
 ゴーレムの手の届かない範囲まで即座に離脱――さらに目を回すルイズ。

「ああ、焦った……って、ルイズ、大丈夫? ちょっと!」
「いや、大丈夫だ。踏まれそうになった衝撃でショックを受けているが、怪我は負っていない」
「う、ええ……助かったのね、私達」
「ああ。もう大丈夫だ」

 渋みのあるウフコックの声を聞いて、ルイズは少しずつ平静を取り戻す。

「しかし、無茶をしないでくれ……。俺はターンしてしまえば破壊されようが問題無いんだ」
「……あ」

 ルイズはそのことが頭から抜けていたらしく、間の抜けた声を上げる。

「と、咄嗟のことだから良いじゃないのよ! 大体、使い魔を見捨てるようなメイジはメイジじゃないわ!」
「……そうか。だが、来てくれて嬉しかったよ。ありがとう」

 馬鹿ね、当然よ、と小さく呟いて、ルイズはそっぽを向く。
 喜びと安堵――ウフコックは、ルイズが放つ感情に安らぎを抱く。

「お二人さん、仲良いところ悪いんだけども」

 キュルケが溜息混じりにルイズ達に話しかけ、ゴーレムを指差した。

「あのゴーレム、どうやら宝物庫が狙いらしいわね。こっちは全然どうでも良さそう。
 助かったのは良いけど……何だか大事になりそうねぇ」



 やっとの思いで到達した宝物庫に、フーケは笑みが零れるのを隠せなかった。
 風竜やキュルケが逃げ惑っている姿をフーケは見たが、この距離ならばフードで十分に顔は隠れている。顔を覚えられることはない。
 それに多少近い距離だとしても、しばらく学院長の秘書をしていたという顔と実績がある。
 早々バレはしないとフーケは踏んでいた。
 魔法でゴーレムを練成してからは足元にも特に気を払わず、一直線に宝物庫を目指した。
 フーケは目的の宝物庫へ向けて、ゴーレムの拳を鉄に変質させ、殴らせる――手応えあり。拳が壁にめり込む。
 ヒビが入ったとは即ち、固定化が解けたということ。そのフーケの想定は間違いなく当たり、壁には人が難なく通れる程度の穴が空いた。
 ゴーレムの腕を駆けるようにして伝い、穴から宝物庫へ侵入。
 狙うはトリステイン魔法学院の宝物の中でも異彩を放つ『破壊の杖』。
 フーケは迷わずに、様々な杖が収められたエリアを目指す――無い。
 コルベールから聞き出した奇妙な形状の杖を見紛うとはフーケには思えなかった。
 フーケは宝物庫を荒らすように探す。
 箒のエリア――無し。刀剣のエリア――無し。装飾品・小物のエリア――影も形も無し。ガーゴイルのエリア――当然無し。
 分類不可の宝物のエリア――どれもフーケ好みの珍品揃い。ただし目的の品は無し。
 フーケは足早に見回り、とうとう宝物庫の本来の出入り口付近にまで到達してしまう。
 諦めかけた瞬間、そこに宝物の目録らしき紙束が置かれた机を発見する。
 いや、目録だけではない。所蔵や持出しの履歴も管理されているようだ。
 何枚かは紙質が新しく、最近書かれたものらしい。フーケの悪い予感――机の一番上の一枚を手にとり、内容を検める。
 曰く。

『<トリステイン魔法学院 宝物庫所蔵マジックアイテム持出し申請書>

 ~ 召喚儀式における調査のため、借用を申請します。
  調査目的の正当性について、また調査内容の詳細については別添の資料を参照願います。
  借用対象:破壊の杖(1挺)
  申請者 :ジャン・コルベール

  上記の者への貸与を特別に認める。
  ただし、
  (1)取り扱いの際は十分に気を付け、返却期日を厳守すること
  (2)調査報告書を添付の上、返却すること
  以上を命じる。
  承認者 :トリステイン魔法学院 学院長オスマン ~』

「……あんのコッパゲとエロジジイがああぁっ!」

 美人秘書の肩書きなどかなぐり捨てるような罵声を上げ、激情のあまり机を蹴り飛ばす。
 杖のエリアにて、確かに何か持ち出されたような空白の棚があったのをフーケは思い出した。

「ぐっ……こうなったら行きかけの駄賃でも貰っておかないと、腹の虫が治まりやしない……!」

 巷を騒がせる怪盗らしからぬ雑な仕事ぶりに、フーケは気が滅入ってくる。
 少しなりとも役立ちそうな宝物を幾つか選び、フーケは自分の作った穴から脱出する。
 そして去る前に杖を振って壁に声明を残した。

 『眠りの鐘、確かに領収致しました 土くれのフーケ』

 外では風竜が飛び回っていたが、フーケは敢えて逃げることに専念する。
 ゴーレムの肩に戻り、学院本塔から離れた。
 魔法学院から大分離れた場所に存在する、うっそうとした森の中、隠れ家にするつもりの無人の廃屋を目指す。
 フーケは、追っ手が無いことを確認したところでゴーレムの魔法を解いて土に還し、目当ての廃屋まで森の中を歩く。
 そして廃屋にたどり着いたところで、羽織っていた黒いローブなど目立つものを廃屋に手早く隠した。

「さて、と……このまま引き下がるのも癪だね。次の手を考えようじゃないか」

 フーケは何事も無かったかのようにミス・ロングビルの仮面を被り直した。


以下、小ネタにもならないNG集(第一章7話)

 学院を震わせる轟音。
 完全に潰れた。その場にいた誰もがそう思った瞬間、ゴーレムの足元から卵状の物体が転がり出る。
 咄嗟のウフコックのターン/摩擦係数を極端に減らした表面/衝撃を分散させる卵型の防壁でルイズを包む。
 防壁はゴーレムの押し潰されることなく真横に滑り出る。
 ウフコックは外の安全を確認し、卵が割れるようにターンを解除。
 中からルイズがふらふらと――現れることはなかった。
 ルイズと全く同じマントにブラウス、スカート――ルイズと全く異なる顔/髪型/性別。
 ややのんびりとした印象の男が転がり出てきた。
 重篤な怪我――無し。
 軽微な損害――乗り物酔いと変身の解除。

「ああ、全く、目が回っちまうだよ……」
「どあほ、レイニー! まだカメラ回ってんだぞ! カットだ、カット! フーケ! 壁を殴んな!」
「ええ、聞いてねぇだよ兄弟!」

 すぐ側の茂みに潜んでいた別の男がやおら姿を現し、明瞭かつ大きすぎる声でルイズの格好をした男を怒鳴る。
 また、ルイズの格好の男から発せられた声は、勿論お世辞にもルイズの声とは似ても似付かぬ、朴訥で舌足らずな男性の声。
 この二人、レイニー・サンドマン&ワイズ・キナード――元斥候兵&元通信兵。
 ウフコック達と共に、09法案の執行者となったメンバーである。

「あら。演技派のレイニーがNGって珍しいわねー」

 シルフィードにのったタバサとキュルケが上空から降りてきた。
 やれやれと言った感じで、タバサやフーケなどの出演者やスタッフがレイニーを冷やかす。

「すまねぇだ。でも、危ないシーンだけ呼ばれて代理でスタントするのは、ちょっと納得がいかねえだよ」
「仕方ねぇだろ。大体、出演できない連中や、外見だけで放送コードに引っ掛かる連中がうじゃうじゃ居るんだ。
 役があるだけでも満足しやがれ、ってことさ」
「それもそうだなぁ……」

 レイニーは、ルイズの格好のまま、ぼやきつつも表情を引き締める。
 いや、表情だけではない――輪郭/まぶた/髪の色と長さ/体格と身長など、諸々の外的特徴が一瞬で変化する。
 そこに居たのは、まさしくルイズであった。
 ”砂男”レイニー。粒子状に変化する皮膚・筋肉の持ち主。腕や脚の太さ、背の高さすらも操作が可能。
 また、さらに人口声帯で様々な声色を再現。
 あらゆる人間へと変身する、頼れる元斥候兵であった。

「気を取り直して、もう一回撮影行くわよ!」

 完璧なまでの釘宮ボイスが学院の中庭に響き渡った。


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