あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロな提督-30 b


 銀色の機体上部にあるハッチがバシュッと音を立てて開く。
 そして降下艇から男性が顔を出した。
「じょ、ジョゼフ様ぁーっ!」
 突然、男のひっくり返った裏声が飛んできた。それは神聖アルビオン共和国初代皇帝オ
リヴァー・クロムウェルの声だ。
「い、いやはや!驚きました!全く、あなた様の言うとおりでした!最初から最後まで!
教皇聖下がマリアンヌ陛下やアルブレヒト閣下だけでなく、私の命も狙っているという、
あなた様の警告にも一片の偽りは御座いませんでした!
 信じられません、本当に信じられません!私はかつて聖職者にあった身として、聖地奪
還を夢見たのは事実なのです!なのに、なのに…まさか、教皇聖下が私も火刑に処すだな
んて!
 しかも、既に聖地が消えていただなんて!残っていたのは召喚の門一つだけだったなん
てっ!」
 クロムウェルは興奮して早口をまくし立てながら、ハシゴを登ってくる。

 彼は銀色に輝く機体上部で、ツルツルの表面に足を取られそうになりながら、何とか立
ち上がった。そしてハッチをのぞき込み、奥に何か声をかける。
「大丈夫ですよ、皆さん出てきても」
「ふむ。では、行くとしよう」
「いやはや緊張しますね」 
 そんなヒソヒソ話が聞こえてくると同時に、軽やかに数人の男女がハッチから飛び出し
て機体上にフワリと降り立った。

 全員、長い耳を持つ老エルフだ。

 一人の老エルフが前に進み出た。
「我等はサハラのエルフ。各部族の評議会を代表し、大使としてこの地に派遣された。
 我等エルフの総意として伝える。ゲルマニア=トリステイン連邦設立を承認し、汝等蛮
人…と、失礼した、もはや蛮人とはいえんな。ハルケギニア人達からの和平申し入れを受
け入れる、と」
 元司教であるクロムウェルも、隣に立つエルフ達の言葉に何度も何度も頷いた。
「よ、余も宣言する!聖地奪還というレコン・キスタの大義は誤りであった、と!エルフ
達への偏見と誤解を捨て、手を取り合うと!
 余は、そこにいる秘書のシェフィールドから、そして、ジョゼフ様から全ての真実を伝
えられた。加えて、この目で見てきたのだ!聖地が今や草一本生えぬ死の荒野だというこ
とを!」
 クロムウェルは宣言した。レコン・キスタの大義を捨てる、と。

 これでハルケギニアの全世俗支配者が聖地回復運動を否定した事になる。なおかつエル
フとの和解を宣言。即ち、教会と教皇に叛旗を翻すに等しい。世俗の権威と始祖の権威、
真っ向から対立しているのだ。

 再びバシュッという音が響く。もう一機の降下艇のハッチも開けられた。
 中から『フライ』で飛び出してきたのはマリアンヌやヴァリエール公爵、アルブレヒト
三世とハルデンベルグ侯爵、そして最後にマザリーニが上がってきた。

 マリアンヌが前に進み出て、教皇へ向けて頭を下げた。
「今日、我等が集った理由について教皇聖下を謀っていたことを、ここに告白し懺悔致し
ます」
 アルブレヒト三世も前へ歩み出る。
「すまぬ、聖下。実は我々は、とうの昔に聖地へ案内され、サハラのエルフ達と和解して
いたのだよ。
 我等は知ってしまったのだ。始祖の力が暴走した事により聖地が消失した事を、世界が
滅びの危機にあったことを。そして、エルフ達こそが世界を守っていたと」
 後ろのマザリーニが空を指さした。
「全ては、あの者達のおかげだ。彼等が我々を聖地に直接連れて行ってくれたのだ」


 空にはいつのまにやら、白銀に輝く細長い船が二機。『ドラート』だ。
 パシュンッと弾ける音と共に操縦席のキャノピーが開いた。
 前席のヤンが操縦する『ドラート』の後席には、風にピンクの髪をなびかせるルイズが
いた。フレデリカが操縦する『ドラート』の後席には、やたら胸が大きくて、長い耳を持
つ少女が金髪を風になびかせていた。
 遙か地上を見て、あまりの高さに怯えているのはティファニアだった。

 ティファニアはシートベルトで体を支えつつ、地上へ向けておずおずと手を振った。
「あ、あの…」
 勇気を振り絞って、何かを言おうとしたらしい。だが、すぐに俯いてしまう。前席のフ
レデリカが振り向き、微笑みと共に「大丈夫、みんなついてるから」と励ますと、エルフ
の少女は再び口を開いた。

「あ、あの!皆さん、初めまして!私、ティファニアと言います!」
 彼女は勇気を振り絞って力の限りに声を張り上げた。なので、スピーカー近くにいた人
はいきなりの大音量に仰天し、耳鳴りをする耳を押さえてしまった。

 フレデリカが苦笑いで、もう少し声を小さくと伝える。ティファニアは顔を赤らめて、
改めて語り出した。
「ご、ごめんなさい。私はティファニアと言います。アルビオンのサウスゴータ地方、ウ
エストウッド村から来ました。
 母がエルフで、父はプリンス・オブ・モード(モード大公)です。
 それと、その、私の系統なんですけど、『虚無』らしいです」

 モード大公。即ち前トリステイン国王ヘンリーの弟君であり、前アルビオン王の弟君。
モード大公投獄事件の真相は公には秘匿されているので、多くの外国人には何の事か分か
らない。だが、アルビオンから来た貴族達は流れてくる噂を耳にしている。そして噂を知
らない他の貴族達でも、モード大公がエルフと契りを結び、娘を得たという事実は理解出
来る。
 王族がエルフを妾にし、二人の間に生まれたハーフエルフは『虚無』の系統だった。ハ
ルケギニアの常識を覆すには十分な発言だ。事実、既にボロボロだった会場の人々の常識
は、トドメをくらった。

 高度を下げつつある『ドラート』の後席で、ルイズはすっくと立ち上がる。
 そして胸を張って声を張り上げた。
「教皇聖下!ほんっっと、申し訳ありませんでしたわー!実はこの式典、最初からエルフ
を含めた全ての人達との、和解と講和宣言が目的だッたんですのー!
 連邦成立式典は、ハルケギニアの貴族を一人でも多く証人として呼び寄せるための大義
名分だったんでぇーっすっ!」
 ルイズは、謝罪の言葉を口にしてはいるのだが、全然謝っている様子はない。むしろふ
んぞり返っている。そして、見下ろしている。

 もはや、目を見開いたまま動けないヴィットーリオを。
 言葉を無くした会場の人々を。
 町中のスピーカーから流れる音声に耳を澄ますトリスタニアの人々を。


 そんな中、一人ジュリオだけが気を吐いた。
「あ、ななたは、あなた達は、何を言っているのか分かってるのか!?そんな世迷い言を
信じろと言うのか!?
 まさか、あなた達全員が、ヤンという異国の軍人が騙る作り話に踊らされて、ハルケギ
ニアそのものをエルフに、いや、『フリー・プラネッツ』とか言う異国に売るつもりだとい
うのか!
 分からないのか!?その男の故国がハルケギニアへの侵攻を企てていると!あなた達を
懐柔して、都合良く植民地支配に利用するつもりだと!」
 彼は涼やかだったはずの顔を怒りに歪ませ、剣を振り上げて訴える。
 ヤンが侵略者の先兵であり、超技術を用いてハルケギニアを一気に侵略すると。マリア
ンヌもアルブレヒト三世もクロムウェルも、侵略後の植民地統治に利用するために騙され
ているのだと。


 ガリア王は、下らぬものを見るかのようにジュリオを見下ろした。
「ほほう、ヤンの故郷『フリー・プラネッツ』がハルケギニアを狙っている…というのだ
な?」
「そうだ!あなたがその点に気付いていないはずがない!」
「お前は一つ間違えている。ヤンの故郷は『フリー・プラネッツ』ではない。その国は既
に亡び、今は『銀河帝国』の属領となっている」

 『ドラート』に乗るヤンは、ちょっと複雑な表情を浮かべつつ頷いた。

 だがジュリオには、とても頷けなかった。
「彼の故国の名前なんかどうでもいい!
 まさか、最初からそれが目的だったのか!?お前は、お前達はハルケギニアを『銀河帝
国』とやらに売り渡し、その走狗と成り果て、己の私腹を肥やすのが目的だったと…そう
言うのか!?」
 彼は兜を脱ぎ捨てた。これまでの怒りを叩き付けるかのように、地面に投げつけた。
 そして右手に握る剣を、力の限りにジョゼフへと突きつける。

 ジョゼフは引き締まった腕を胸の前に組む。
 青い髪が風に揺れる。
 そして、落ち着いた口調で答える。
「それは、無い」
 その回答に、ジュリオは落ち着いてはいられない。
「無い?無いだと!?何故そう言える、そんな事を信じられると思うのか!?」
「信じるも何もない。ハルケギニアは銀河帝国の侵攻を受けていない。それが全てだ」
「何を、何をバカな事を…今侵攻を受けていなくても、これから受けるかも知れないじゃ
ないか!?」
「それは無いのだ、ヴィンダールヴよ」

 ジョゼフは、自信を持って言い放つ。銀河帝国はハルケギニアを侵攻しない、と。
 だが、ジュリオにもヴィットーリオにも、この地に住まう全ての者にとっても、それを
信じる根拠は無い。

 ふふん…と軽く笑い、ジョゼフは左手を地面へ向けた。
「ま、その辺の話は本人から語ってもらおう」
 全ての視線がガリア王の指し示す先へと降りる。二機の降下艇、うち一機の下へ。


 そこには、一人の若い男が立っていた。
 いつからそこにいたのか誰にも分からない。だが、その金髪の人物は立っていた。黒を
基調として各所に銀色を配した服、その上に黒のマントを羽織っている。素晴らしい美貌
と王冠のように輝く金髪が眩しい、そして王者の威厳を漂わす青年だ。

  《ハルケギニアの貴族諸君、お初にお目にかかる。予は、銀河帝国ローエングラム王
  朝初代皇帝ラインハルト1世。
   今日、この場に立ち会えた事を光栄に思う》

 青年は名乗った。銀河帝国ローエングラム王朝初代皇帝と。
 この数ヶ月、『ドラート』をはじめとした数々の超技術に基づく品々をトリステインへ送
り続けている、噂の超大国。その皇帝が、一人で会場に来て立っているという。見た目は
確かに美しいが、それだけだ。普通の若い人間の男が一人で立っているだけの様にしか見
えない。
 いや、僅かにおかしな所はある。発言と口の動きがずれている。最前列の人々が目をこ
らしてジッと見てみると、足下も地面から離れ、僅かに宙に浮いている。

  《ああ、立ち会えたと言っても、予は会場にはいない。これは立体映像、ただの幻影
  に過ぎない。詳しい話は置いておくが、我々はそちらの世界に軽々しく行く事が出来
  ないのだ》


 ジョゼフのガーゴイルが長い尾を振り、ラインハルトの体をなぎ払う。だが、その姿は
一瞬ぶれただけだ。すぐに何事もなく同じ姿が投影された。降下艇の立体映像投影装置の
真下に。
 ラインハルトのハルケギニア語は、銀河帝国公用語を自動翻訳させてラインハルトの声
質と口調を可能な限り忠実に再現したものだ。そのため口の動きと発言に僅かなズレが生
じている。
 ラインハルトは、両手を広げて落ち着いた声を響かせた。

  《予はここに宣言する。
   銀河帝国はハルケギニアに対し、一切の領土的野心を持たない。また、相互不理解
  や疑念、何より迷信に基づく無秩序な争乱も望まない。予の望みは、二つの世界が手
  を取り合い、秩序ある交流の下、力を合わせて新たなる世界を築き、共に発展する事
  である。
   このため、銀河帝国ローエングラム王朝初代皇帝ラインハルト1世の名においてゲ
  ルマニア=トリステイン連邦設立を承認することを宣言する。のみならず、アルビオ
  ン、ガリア、そしてロマリアも含めたハルケギニア全ての国家に対し、平和的交流を
  求めるものである》

 ラインハルトは一呼吸を置き、そして大きな声を響かせた。この地に住まう全ての人へ
伝えるかのように。

  《地に平和を!
   銀河帝国、サハラのエルフ、ハルケギニアも、この地に生きとし生けるもの全てを
  含めた平和を築く事を、予は心より求める!》


 静寂が広がる。
 ただし、それは感動とか畏怖とかいう類の静寂ではない。
 理解出来ないものを前に、どう反応をすればいいのか分からないという類のものだ。


「・・・いきなり、何を言うのですか?」
 ここにきて、とうとう教皇が口を開いた。
 その麗しい尊顔には、信者達に常々向けている暖かな微笑みはない。ジョゼフに向けて
いた鋭い眼光もない。理解出来ない者を目の前にして対応に苦慮するかのうような、苦々
しげな歪みが浮かんでいる。
 ジョゼフへ向けていた聖杖も、ラインハルトへ向けられた。
「一体あなたは、どういうつもりですか?
 突然現れて、銀河帝国とかいう聞いた事もない国の皇帝だと名乗り、侵略する意思はな
いから安心せよと言い放つ。
 しかも、こともあろうにブリミル教の中心地たるロマリアに対して、教皇である私に対
して、異教徒であり聖地を奪還すべき相手であるエルフと仲良くせよというのですか?」

  《その通りだ。
   教皇よ、ロマリアが始祖ブリミルの没した地であり、祖王、聖フォルサテ以来、墓
  守として王国を築いている事は知っている。確か、今は皇国であり、代々の王は教皇
  と呼ばれているのだったな》

「その通りです。ロマリア大聖堂に宗教庁を置き、私は教皇という全聖職者と信者を庇護
し導くべき地位にあります。
 それで、あなたは何なのですか?あなた達が言う銀河帝国、その皇帝があなただという
証明が出来ますか?この地に侵攻する意思がないなどと、どうやって信じろと言うのです
か?」


 教皇の問はもっともなものだ。ハルケギニアに住む誰も銀河帝国なんて目にした事がな
いのだから、まずその存在自体が疑念の対象となる。確かに『ドラート』や降下艇は飛来
してきているが、国家自体を見た者はいない。正式な交流は全く無いので、その統治者が
誰なのか証明出来ない。
 ましてや、どう見ても普通の人間の若者でしかないラインハルトを見て、彼が皇帝だと
思う者もいないだろう。どういう人物かも分からないのに、「侵略する気は無い」と言われ
て素直に信じる方がおかしい。ハルケギニアの各支配者達が騙されている可能性も十分に
ある。
 当然その点はラインハルトも理解していた。

  《その疑問は当然の事だろう。いきなり予のような若者に「予は皇帝である。その方
  等との戦争は望まない。和平を築きたい」と言われて、信じるはずがない。信じるよ
  うなら人の上に立つ力は無い》

 その答えに、教皇も一応の納得を示した。
「よく理解しているようで幸いです。では、早速その点を証明して頂けますか」
 僅かに口の端を釣り上げて、教皇は証明を要求した。

  《よかろう、それは簡単だ。今すぐに出来る》

 今すぐに出来る、と答えられた教皇は少し面食らった。微かに首を傾げてしまう。
 銀河帝国については、各種小型艇を送り込んでいるので存在するのは事実と言えるだろ
う。だが、ラインハルトが皇帝だという証明を、この場ですぐに、どうやってするのだろ
うか。第一、侵攻する気が無いなど、人の心を読む力でもない限り確認する方法なんかあ
るはずがない。
 無論教皇もそう知っていて、あえて問いただしたのだ。

  《要は予の言葉が全て偽りであればどうなるか。予が皇帝ではなく、銀河帝国がハル
  ケギニアへの領土的野心を持っているとすればどうか、という事だ》

 ラインハルトの立体映像は、右腕を差し上げた。
 真っ直ぐに空を指さす。未だに多くの火竜が旋回を続けている頭上を。白い雲が漂う青
空を。
 会場内の、会場外の、全ての人々が空を見上げる。



 空は、相変わらず青く澄み渡っている。
 ぽっかりと浮かぶ雲が緩やかに流れていく。
 だが目の良い者達は、澄み渡っていた青の中に小さなシミがある事に気付いた。

 会場から微かな呟きが、そこかしこに生まれる。
「なんだ・・・?」
「何か、空にある…」
 何人かが空を見上げて小さなシミを指さす。

 やがて、視力が特別良いわけではない人々にもにも、そのシミは見えた。
 何か白い点が青空の中にある。じわじわと大きくなっていく点が。
 しかも点は一つではない。白点を中心にどんどん増えていく。

 会場全体にどよめきが広がる。
「何なんだ?何か、上空にいるみたいだぞ」
「鳥かしら…でも、何か、変よね…妙に高度が高すぎ…数も…」
 貴族達は増加する点を、首を回して把握しようとする。だが、すでに視界に収まりきら
ないほど点は広がっている。


 点は、どんどん大きくなる。どんどん増えていく。
 やがて会場上空、いや青空一杯に点が広がる。もはや点とは言えないくらい大きくなっ
ていく。
 いつしか白い点は、白い船の底である事が分かった。ただ、それが船と言って良いのか
どうか、会場の人々には分からなかった。

 どよめきは、いつしか驚きと恐怖の叫びに変わっていた。
「・・・あれは、船、なのか?」
「そんな、まさか…まだ雲より遙か上を飛んでいるのよ?あれが船だとしたら…」
「間違いない、船だ…とてつもなく、巨大な、白い船だ!」
「そ、そんな!?あんな、雲より巨大な…まさか、あれが銀河帝国の船だというの!?」
 空を見上げる人々は、もともと開いていた口を更に大きく開けてしまった。
 スピーカーから流れる音声に耳を澄ませていたトリスタニアの人々は、この時はじめて
視覚をもって会場で起きている事態の一端を認識出来た。


 それは、白い船。
 ただし、あまりにも大きい。まだ雲の上にあるというのに、地上の全ての人がハッキリ
と船を見る事が出来た。船の下を流れる雲より大きいからだ。ガリア両用艦隊旗艦『シャ
ルル・オルレアン』号ですら、全長150メイルの木製空中戦艦。だが今、徐々に会場へ向
けて降下してきている船は、明らかにその五倍を超える。そして材質は、どう見ても木で
はない。もっと遙かに硬質で滑らかな、金属か陶器の様に見える。なにより、帆の類が全
くない。

 ラインハルトは会場の人々の反応に、楽しげに笑みを浮かべつつ告げる。
  《あれは予の艦、ブリュンヒルトだ。
   銀河帝国艦隊の総旗艦であり、今回の式典にあたり親善艦隊旗艦として相応しいと
  思い、派遣した》
 銀河帝国皇帝の解説だが、人々の耳に届いたかどうかは疑わしい。ハルケギニアの人々
は、空に目を奪われてしまっていたから。その巨体に、巨艦の表面を走る風が雲を霧散さ
せる有様に、信じがたい巨大さだったために有り得ない速度で降下してきている事にも気
づけなかったという事実に。


 ブリュンヒルト (Brunhild)。
 ラインハルトの乗艦。かつて彼が大将に昇進した際に下賜された。後の帝国軍総旗艦。
流線型で優美かつ繊細なフォルムを持ち、白鳥にも喩えられる。全長1,007m。コスト無視
の装備がなされ、その外観に似合わず強力な火力と装甲を持つ。


 そして、地上へ向けて降下してきているのはブリュンヒルトだけではなかった。白い船
の後に続いて、次々と船が降下してきていた。空一杯に広がっていた点、それら全てが大
気圏へ降下する銀河帝国艦隊の艦船だった。

 今や、トリスタニアの空は銀河帝国の艦船で埋め尽くされていた。

 その中の一つとして、ハルケギニアの戦列艦より小さなものはない。帆を持たず、風を
無視して飛来してくる。その数は数え切れない。彼等の頭上に降りてきたブリュンヒルト
だけで視界の大半を遮っているのだ。ブリュンヒルトの巨体の向こうに見える艦は、どう
見ても千隻を上回っている。

 未だ会場上空を旋回していた火竜達が怯え、耳障りな叫びを上げてパニックになり、無
秩序に飛び回り出す。会場内の幻獣達も恐怖の呻きを上げている。そしてそれは人間達も
同じだ。いや、人間達こそが最も恐怖と混乱の渦中に叩き込まれている。会場は悲鳴で満
たされていた。





 同時刻、聖地。
 トリステインは昼だが、時差の関係上、サハラは既に夕方。
 クレーター中央には、400メイルまで拡大した門がある。その門の輝きの中から、銀河
帝国の駆逐艦が湧き出しつつあった。門の出口付近にはゲート通過を終えて上昇を開始し
つつある駆逐艦の艦列がある。その艦列は遙か空の彼方、大気圏外まで続いていた。
 その様子をクレーター周囲に佇むエルフの調査隊員達と人間達が見上げていた。

 クレーターの畔に立つ金髪の女性、エレオノールも艦列を眺めていた。
「・・・まったく、これはいつまで続くの!?夜明け前からゲート通過が始まったという
のに、未だに終わらないだなんて!」
 その隣、地面の上に寝っ転がる緑の髪の女、マチルダが眠たげに答えた。
「えぇ~っと、予定では3600隻って言ってたから…今で、ええ…と、1200隻くら
いかい?」
「言われなくても分かってるわよ!ただの愚痴よ!というか、もう1800隻はいってる
ハズだわ」
「つまり、やっと半分だねぇ。はぁ、なぁ~んでヤンが故郷に帰るだけで、こんなに艦が
いるんだろうねぇ」
 そう言うと、マチルダは大あくびをしてゴロリと横を向く。自分の右腕を枕にして寝る
気らしい。

 その様子を見て、隣でイライラしながら立っているエレオノールが腹立ち紛れに食って
かかった。
「随分と余裕ね!あなたの元恋人が国へ帰るというのに。今からでも会場にいって、別れ
の挨拶くらいしてきたら?」

 二人の間に、少し沈黙が流れる。

 マチルダは寝っ転がったまま、めんどくさそうに答えた。
「辛気くさいのはゴメンだね。それに…」
 彼女の左手は、自分の下腹部を愛おしげに撫でている。
「お土産はもらってあるから、寂しくなんかないさ」
 そう呟くマチルダの背中は、エレオノールには寂しげに見えていた。だから、それ以上
何も言わず、延々と続く艦列を眺め続ける事にした。




 やはり同時刻、イゼルローン回廊。
 ヤンを発見した当時より改良と増設を重ね、今や小規模な要塞にも等しい『アインシュ
タイン・ローゼンの橋』監視観測司令所の中央司令室。巨大立体ディスプレイと沢山のオ
ペレーター達を見下ろす司令席に、体操選手のような無駄の無い体の銀河帝国将官が座っ
ていた。
 指令席のコンソール上に投影される映像の一つに、シャン・ド・マルス錬兵場へ投影さ
れるラインハルトの映像も、現在では既に百を超える第二地球衛星軌道上の観測衛星から
撮影された練兵場周辺の映像もある。もちろんブリュンヒルトから撮影された会場の様子
も。
 だが、蜂蜜色で癖のあるおさまりの悪い髪に、あまり長身ではない将官の目は、別の方
を向いていた。背後の扉へ、軍靴の踵を怒りにまかせて床に叩き付ける音の方へと向けら
れていた。


「ミッターマイヤー元帥…」
 気の毒そうに指令席の人物の名を呼んだのは、彼の隣に立つユリアンだ。
 元帥は、同じく気の毒そうな顔で若者へ振り返った。
「ミンツ司令官、貴官が気にする事ではない。これは帝国軍内の、しかも一将官のごく私
的な趣味の問題と言って良い」
 そう説明を受けたユリアンも、溜息混じりにコンソール上のモニターを見る。そこには
パニックに陥るハルケギニア貴族達の姿が俯瞰図で映っていた。
「でも、メックリンガー上級大将の意見はもっともです。今回の作戦を数時間も遅らせる
ほどの激しい抗議は理解出来ますよ。多分、ヤン提督も本心では、メックリンガー上級大
将の意見に同意しているでしょう」
 ユリアンの意見に、まだ三十代前半の若い将軍も溜め息混じりに答える。
「とはいえ、次元の壁を破って我等の宇宙へ帰還するには、あれだけの大艦隊が総掛かり
でワームホールを作らねばならない。それに今後、万一にもハルケギニア人達にゲートへ
干渉されるわけにはいかないんだ。
 彼等に聖地奪還運動を諦めさせるには必要な事だ。ミンツ司令官とて、この作戦には賛
同したはずだろう?」
「ええ…ヤン提督を取り戻すためなら、両宇宙に平和をもたらすためなら、やむを得ない
事です」
 同意の言葉を口にするユリアンだが、その顔は不承不承という感情が露わだった。


 ウォルフガング・ミッターマイヤー(Wolfgang Mittermeier)。
 首席元帥であり、ローエングラム朝銀河帝国宇宙艦隊司令長官。ロイエンタールと共に
「帝国軍の双璧」と呼ばれる。艦隊の高速移動に定評があり、「疾風ウォルフ」の異名を持
つ。
 現在ラインハルトは式典会場と通話中であること、及び可能な限り速やかな艦隊のゲー
ト通過が必要なため、今回の作戦ではミッターマイヤー元帥が指揮を執る事となった。

 今回の合同作戦には、幾つかの目的があった。
 単純に、連邦成立を祝う親善艦隊の派遣。
 ヤン提督の回収。
 出来るなら、ロマリアにいる可能性が高い『虚無』の使い手を誘い出す。
 そして何より、ハルケギニア人に聖地奪還運動を放棄させる事。



 つい先日、とうとう座標算定に成功したのだ。
 銀河帝国と旧同盟が総力を結集し、あらゆる分野の科学者と技術者、そして徴収可能な
コンピューター全てをつぎ込んだ結果、召喚ゲートを通過せずにワープすることは可能と
なった。

 だが無論、通常の艦船に搭載してあるワープ・エンジンでは出力が足りない。だからと
出力を単純に上げると、エネルギー源も何もかも同時に巨大化し、今度は巨大な要塞のよ
うな大質量を伴う事になる。そのような巨大なワームホールを両宇宙間に不用意に開く事
はリスクが高い。現在の所、召喚ゲートは未だ謎だらけで、人工的に生み出す事もできな
い。
 よってヤン達の回収には時空の安定確保が最優先とされた。時空転移は一回のみ。ワー
プ・エンジンを改造した艦隊を遠隔操作し、召喚ゲートを通過させる。ヤン達を回収した
ら第二地球周辺の重力圏を離れた宙域に移動する。その上で、改造ワープ・エンジン数千
を遠隔操作と自動操縦で完全同期させる。ヤン達の乗った艦が通れるだけの、最小限度の
ワームホールを造るのだ。




 数ヶ月前、ヤンとラインハルトが水の塔で連絡をとった後、すぐにヤンはエルフ達と連
絡を取った。もちろん、大地と大気の精霊による防壁を軽々と突き破って飛び去る多数の
飛行物体に仰天し慌てふためいたエルフ達も、使者としてビダーシャルを学院へ送ってい
た。
 ゲートがイゼルローン側から捕獲されている事、宇宙歴時代から千年に渡ってゲート衝
突事故事が生じていた事、捕獲し続ける限り新たなゲート衝突事故も聖地の大爆発も生じ
ない事、等が説明された。エルフといえど、本来なら信じがたい話ではあった。が、予め
ヤンからエルフ達に聖地の情報が伝えられていた事もあり、時間はかかったが、どうにか
信じてもらえた。
 ともかくゲートを捕獲し続ければ、聖地の嵐は起きず土・水・空気への汚染は収まる。
新たな兵器類のゲート衝突事故も起きず、安全を確保出来る。エルフ達も納得し、精霊に
よる聖地の封印を解除した。
 こうしてエルフと銀河帝国はヤンを仲介役としてテーブルにつき、今後の対応について
協議に入った。ちなみに、この交渉のために多数の通信機器等が聖地近くのエルフの集落
へ設置された。エルフ各部族からも続々と代理人や代表が派遣され、速やかに交渉の席に
ついた。


 さて、ゲートの件はとりあえず真相が判明した。ヤンとフレデリカの帰還も座標算定を
待つだけの、時間の問題。だが、まだ解決していない問題がある。全てを水泡に帰しかね
ない、大問題が。
 それは、ゲートが始祖ブリミルの系統『虚無』というハルケギニア人の魔法で生み出さ
れていること。もう一つは、ハルケギニア人が無知と誤解に基づいて聖地奪還を望んでい
ることだ。

 万が一、ルイズやティファニアのような他の『虚無』の使い手が、聖地の門を新たに生
み出したら、元も子もなくなる。また最初からやり直しだ。そして聖地以外の、もしかし
たらハルケギニアのど真ん中で聖地のような大爆発が起きるかもしれない。また、戦力差
から可能性は乏しいが、ハルケギニア人がエルフを駆逐して聖地を奪還したりすると都合
が悪い。ブリミル教という宗教支配の下で誤った知識を教え込まれたハルケギニア人は話
し合いが難しい。
 最悪、誤解と偏見と迷信を根拠に聖地で新たな魔法を使って、ゲートをさらに暴走させ
てしまうかもしれない。

 ゲートが暴走した場合に何が起きるか、全く予想は付かない。が、シャフトは考え得る
事態を最悪のケースから順に幾つか列挙した。
 宇宙同士の衝突による摩擦でビッグバンが発生し、両宇宙は消滅又は融合。
 際限なく広がった時空の裂け目に両宇宙が飲み込まれ、全てが虚数の海に還る。
 重力バランスが崩れ、双月が第二地球に衝突。
 ゲートが銀河帝国側宇宙と直接連結され、双方向の自由移動が可能となり、第二地球の
大気も何もかも全てが真空の宇宙空間へ吸い出される。
 etc...
 もちろん銀河帝国もイゼルローンも、あまりに途方もない予想に頭を抱えた。科学的な
話は分からないが、エルフ達も事態の深刻さは理解した。

 だからといって、ハルケギニアを武力制圧するわけにはいかない。制圧しようにも、現
状では人員を送れないのだから。召喚ゲートの通過は人体への影響がいまだ不明。ワープ
はあまりにもコストとリスクが高い。何しろ、ヤン達を回収するだけで3600隻を無人のま
まで第二地球側に送らねばならないのだから。しかもゲート拡大に使用している艦船の分
もある。
 遠隔操作した艦船でハルケギニアを砲撃、破壊し尽くして『虚無』の血統を根絶やしに
する…のは有り得ない。未知の技術である魔法、銀河帝国側の第一地球では遙か昔に絶滅
した多種多様な生物群、伝説の幻獣達、それらはあまりに魅力的だ。西暦2039年の13日
間戦争で熱核兵器により破壊し尽くされた文明・史跡旧跡も、多少姿形は違うが、当時の
状態のまま残っている。




 例えばヴェネチア(Venezia)。イタリアの北東部にあった水上都市は、干潟の上に建物を
建てていた。干潟に大量の丸太の杭を打ち込み、それを建物の土台とした…ので、最初か
ら泥の中に沈む運命。実際、近世には水没しかけていた。そんな水上都市すら、ハルケギ
ニアではアクレイアの名で中世そのままに存在している。それも二十世紀後半以降の、土
産物屋とホテルとレストランで埋め尽くされた観光地としてではなく、人が暮らす本物の
都市として。

 ちなみにゲート通過による人体への影響だが、既に数ヶ月経った現在でも未知数のまま
だ。フレデリカニはハルケギニア語が話せるようになったという以外の変化は見られてい
ない。
 肝心のヤンなのだが、やはり『契約』の脳への影響が明確ではない。確かにヤンはルイ
ズを娘のように可愛がっているが、果たしてそれは魔法による洗脳か否か、誰にも分から
ないのだ。
 ヤンにとっては命の恩人で雇用主。見た目は愛らしい少女。意地っ張りで素直じゃない
けど、根は優しくて努力家で善良。何よりヤンがルイズを娘のように可愛がる以上に、ル
イズがヤンを父のように慕っている、としか言いようがない。これでは両者の関係が魔法
による洗脳かどうか分からない。ルイズに笑顔を向けられて悪意や敵意を持てる男がいる
とも思えないから。
 結局この点は今後の研究を待つしかない…というのも野暮な事。
 加えてガンダールヴについては、まさに謎の塊。いくら調べても全く何も分からない、
というより理解出来ない有様。

 話は戻るが、ともかくラインハルトは宇宙を奪う事を望んだが、破壊は望んでいない。
まして、1521年にアステカを滅ぼしたスペインのエルナン・コルテス(Hernan Cortes,
1485-1547)、1532年に皇帝アタワルパを殺しインカ帝国を滅ぼした、同じスペイン人のフ
ランシスコ・ピサロ(Francisco Pizarro、1471 - 1541)のような「文明の破壊者」と呼ばれ
る気はなかった。
 偏見と先入観と独善から異種文明を悪と決めつけ破壊するなど愚の骨頂。子供向けTV
や芸能情報を垂れ流すワイドショーでしか通用しない、無知で野蛮な凶行。高官達も当然
その程度は理解していた。

 また、領土の面から言うなら、第二地球は単なる一惑星。同程度の地下資源を有する未
開の惑星などいくらでもある。その狭い惑星上で、数多の小勢力が狭い国土を奪い合い、
群雄割拠を続けている。これを本当に征服して統治しようと思うと、トリステインやガリ
アやアルビオン、エルフ・翼人・オーク鬼に吸血鬼に、はては韻竜まで、全くの異生物を
一つ一つ相手することになる。思考形態から何から根本的に異なる相手に、銀河帝国の法
と正義を一から説明して押しつけてまわる…ナンセンスだ。そんな微細な小部族を、一々
構っていられない。
 一部には「ゲート破壊による完全解決」という意見もあったが、安全な破壊方法すら現
状では不明で実行不能だった。

 結論として、第二地球はリスクとコストが高すぎて統治出来ない。銀河帝国との接触は
最小限に抑え、文明と生態系をそのままで保存してこそ価値がある。第二地球の住人達と
対立するなどもってのほか。虚無をはじめとする系統魔法やエルフ達亜人が使う先住魔法
は、様々な面で科学を超える。是非とも彼等と交流し、協力体制を築きたい。魔法を手に
したい。
 事実、既にこれらは垂涎の的だ。観測所の運営拠点となっているイゼルローン要塞は、
はやくも全宇宙から科学者・技術者・文化人・メディア関係者・企業のエージェント・山
師や単なる野次馬まで詰め掛けているのだ。要塞の実務管理者キャゼル中将とイゼルロー
ン要塞司令官代行メルカッツ客員提督は、帝国軍のみならず彼らへの対応にも忙殺される
毎日だ。
 もちろんハルケギニア人に聖地奪還運動を止めさせて、ゲート衝突爆発事件に終止符も
打ちたい。
 更に言うなら、第二地球調査とヤンの身柄回収は銀河帝国の国家的事業となっている。
民主共和制の要たるヤンを捜索・発見・回収することは、銀河帝国に対する共和主義者の
反感を溶かし、帝国への協力を促し、彼等の帝国内への取り込みを促進する。第二地球調
査とパラレル・ワールド進出は国家の枠を超えた人類史に残る大事業であり、帝国支配へ
の反感を逸らす。


 エルフにしても、元々争いは望んでいない。また、どう考えても抵抗自体が無意味な程
に銀河帝国の技術力軍事力が上なのも理解出来る。召喚ゲート事件を解決に導きたいとい
う姿勢も一致。各種魔法や幻獣達への露骨すぎる好奇心と欲望には辟易させられるが、銀
河帝国とイゼルローン勢力は、話し合うに足る知性と理性を持つ相手だとは認める事が出
来た。


 こうして立てられた作戦が、今回の連邦とガリアの統治者、エルフ、そして銀河帝国が
共同して実行した「講和宣言」。聖地奪還がもはや無意味であり、実行も不可能だと認識さ
せるのだ。なおかつすべての『虚無』の使い手を集め、彼らの理解と協力を得られれば、
もはや言うことはない。


 だが、この作戦に最後まで反対の意思を表明し続けた人物が銀河帝国にいた。それがピ
アニストにして水彩画家かつ散文詩人、美術骨董品コレクターでもある異色の軍人、「芸術
家提督」の異名を持つ上級大将、エルネスト・メックリンガー。
 彼は元々は軍人志望では無かったが、売れない芸術家だった頃に生活の手段として軍人
になった。
 その彼は、今は司令室を後にしてラウンジへ向かっていた。



 ラウンジの窓からは、400mまで拡大された光り輝くゲートが彼方に見える。その周
囲にはゲートを拡大させている艦隊の輪、千隻以上がぐるりと取り囲んでいる。通過を待
つ艦隊の列も延々と並んでいる。艦列の通過自体は十時間以上も前から始まっているのだ
が、何しろゲートは広くないし艦は遠隔操作や自動操縦。聖地側の大気に悪影響を出すわ
けにも行かない。なので一分ごとに2隻ほど、ゆっくりと通過している。おかげでまだ半
分も通過できていない。
 そしてラウンジにも、多くの見物人の軍人と、窓から見える艦列をレポーターつきで実
況するマスコミ関係者達がいた。



 そんな光景を忌々しげに眺めながら、手に持ったワインの瓶をグラスに自分で注いで一
気に飲み干した。
「何が、何が両宇宙の平和だ・・・文明の交流だ!
 ハルケギニアはブリミル教への信仰を基礎とする貴族社会だぞ!その信仰の元になる聖
地と始祖の真実を伝えれば、彼らの信仰も王政も破壊されるんだ。魔法文明も衰退してし
まう。
 第一、そのブリミル教自体が素晴らしい文化だと、なぜ分かってくれないのか!彼らの
生み出した教会、彫刻、経典は、既に我々の宇宙では13日間戦争の核爆発で灰燼に帰して
しまったんだ!一度失われた文明と生態系を取り戻すチャンスだというのに、それを、ま
た破壊する気か!?」
 彼はひとしきり悪態をつくと、再びグラスになみなみとワインを注いで一瞬で飲み干し
てしまう。



「・・・こちらでしたか。まだ言い足りない事がおありなのですね?」
 そういって背後から声をかけてきたのは、ユリアンだった。
「ああ、言うよ・・・何度でも言うとも!皇帝陛下も、お前たちも、みんな野蛮人だ。文
化の意味と価値を理解しない原始人だ、とな!」
 メックリンガーは心から軽蔑するようにはき捨てると、今度はワインボトルから直接に
ラッパ飲みをした。
 その後姿に、ユリアンはそれ以上かける言葉を見つけられない。




 ユリアンは、そしてメックリンガーとて、分かっていることだ。
 今後出現するすべての『虚無』の使い手に理解と協力を求めないと、第二、第三の『聖
地の門』が出現する可能性がある。可能性は何千年に一度のものかもしれないが、一度現
れれば両世界に無秩序な死と破壊を撒き散らす。これを防ぐためには彼らに真実を教える
必要がある。
 精霊魔法や系統魔法による科学を超えた医療技術は、今すぐにでも欲しい。魔法と化学
の融合、そして多種多様な知性と生態系が、両文明の発展にどれ程の寄与をするのか想像
もつかない。
 そもそも、既に自分たちはパラレル・ワールドの存在に気づき、移動方法を発見してし
まったのだ。もはや両世界の接触は避けられない。ならば、ラインハルトとヤンの力と知
恵を持って、最善とはいえなくても次善の策でもって対応したほうが、お互いのためにな
る。



 だが、それでもメックリンガーは納得できなかった。
「全く、ただ接触するだけでも取り返しのつかない失敗だということがなぜ分からないん
だろうな・・・。
 かつて、新天地を発見したと喜んで上陸した船乗りたちが持ち込んだ動植物で、どれほ
どの固有の種が滅んだか知らないのか?この六千年の間、召還門を通じて、こちらの宇宙
から各種細菌やウィルスは向こう側に持ち込まれているから、新たな感染症の拡大の危険
は低い、だって!?まだ持ち込まれていなかった病原菌だって、いるかもしれないじゃな
いか。
 向こうの世界から持ち込まれる未知の病気だってあるんだぞ!?」
 芸術家提督は酒をあおりながら、いつまでも文句を呟き続けた。背後のユリアンや、周
囲に他の士官や、取材を続けているマスコミ関係者がいるのも気にせず、酒を胃に流し込
みながら、ブツブツとぼやき続けた。



 取材をしていたレポーターの一人が、堂々と皇帝への不平を漏らすメックリンガーに気
付いて取材しようとした。だが、ユリアンがやんわりと断り、彼等を連れてラウンジを後
にした。
 そして、そんな提督の警告には耳を貸すことなく、艦列は輝く鏡の中へ整然と吸い込ま
れ続けていた。



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