あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

Bullet Servants-07



――食堂から外に出た途端、閉まったドアの向こうが急に活気付くのを感じ取る。
やはり私とルダの予想は、概ね当たっていたようだ。
流石に神話として人々に伝えられてきた事柄は、その意識に強く根付くものらしい――――良きにつけ、悪しきにつけ。
我々のゴルトロックと、このハルケギニアの伝承。
そしてここまでに体験した出来事を頭の中で並べ、ため息をついた。

「ふぅ……」

――エルフの“末裔たる者(ミスティック・ワン)”、サングマイン様がこの世界に来たら涙目ものだろうな。
そんな益体もないうえに不埒なことを考えていると、ルダから声をかかる。

「んー……まぁ、あれね。
 さっきも言ったけど――こういうのは当然、予測して然るべき事だと思うけど?
 こんな些細な事でいちいち物思いに耽ってたら、神経がいくらあっても足りないわよ」
「……分かっていますよ」

たしなめる様な言葉。
あるいはそれは、彼女なりの気遣いというものだったのだろうか。
とはいえ、先刻の出来事がいい気持ちがしないのも、また事実な訳であり――――。


「ルイズ様の食事が終わるまで、少し外でも散策してみましょうか。
 まだ完全にここの地理を把握したわけでもありませんし」
「そうね。少なくともここで立ち番やってるよりは、まだそちらのほうが有益だと思うわ」
「……ありがとうございます」

ホルスターに軽く手を当て、ルダに礼を言う。

「? ……いきなりどうしたのよ?」
「いえ、こちらのことです」


相棒の賛同を得られたこともあり――なにぶん時間は有限だ――すぐ手近にあったテラスから外へ出ることとした。
そのまま足の向くままに、あちらこちらを歩き回ってみる。
城壁のような石壁に囲まれてこそいるものの――流石に貴族の魔法学院というべきか。
立地条件の良さや敷地面積もあってか、フォルテンマイヤー邸の庭園よりもさらに広大で、
かつ、それほど大きくはないが林や池もあるようだ。

「……悪くないですね。この趣き、ゴルトロックに戻ったら当家の庭に取り入れてみても――――」

ぐぎゅるるるるるるるるる。

「………………」
「……趣きの前に、まず別のものを取り入れるべきだと思うんだけど?」
「……そうですね」

腹の虫とルダからの痛烈なツッコミを受け、気まずさに顔が引きつる。
――そういえばルイズ様にはああいったものの、よく考えてみたら昨日のピクニックからこちら、何も食べてなかったか。
確かにあの料理は大食漢のオークの食にも耐えうる味と量だったが、それでも流石に二食も抜けば限度がある。

「しかしあの娘にああは言ったけど……実際問題、今後の食事はどうするつもり?」
「そうですね。流石に『執事は食わねど高楊枝』を続けるのにも限度がありますし――」

かといって、厨房の関係者にお願いして、食料を分けてもらう――というのも、望み薄だろう。
ここに至るまでの状況……このハルケギニアの人々の『エルフという種族』に対する忌避加減を見れば、それは自明だ。

朝方のシエスタさんの、初対面でのあの怯えよう。
先刻の食堂で起きた、私を原因とした一悶着。
おそらくこれらは、貴族庶民を問わず、共通したこの世界の人々の認識なのだろう。
だとすれば、(ハーフとはいえ)『エルフ』と認識される私が厨房に頼み込もうとしたところで、反応は火を見るより明らかだ。

「本当に、どうしたものか――――」
「あれ……リックさん?」

ごねる腹の虫をなだめつつ、途方に暮れかけたところで――かけられた声に振り返る。


「……え?」
「奇遇ですね。こんなところでお一人で……どうしたんですか?」


今の私にとっての、願ってもない助け舟――
メイド服を纏い、その手にバケツをぶら下げた、黒髪の少女がそこにいた。


「……使い魔たちに、餌を?」
「はい、そうなんです。 今日の当番、ちょうどわたしでして」

シエスタさんが両手で重そうに保持しているバケツ、その中身は――
骨付きの肉、生魚、野菜、果物、もろもろその他。
なるほど確かに、動物園などの飼育係が日々忙しげに運んでいるそれ、そのものである。
仕事という事で、何度かこなしているのかもしれないが……
それでもやはり、少女の細腕には、文字通り荷が勝ちすぎている気がしないでもない。

「それで、リックさんはどうしてこんなところに?」
「ええ、実は――」

先刻私を原因に起こった、食堂で起きたひと悶着のことをかいつまんで話す。

「そんなことが、あったんですか……」
「ええ……お恥ずかしながら」

複雑な表情を浮かべるシエスタさん。
流石に事情が事情なだけに、私も頭を掻きながら応じるしかない。

「……………………」
「……………………」

互いに継ぐ言葉もなく、押し黙ったまま歩き続け――ふいに、シエスタさんが口を開く。


「今まで考えた事なかったけど……ハーフエルフの方って、やっぱり苦労、多いんですね」
「……そのようですね。少なくとも、ここでは」
「わ、わたしも、最初はあんなふうに怖がったりしちゃいましたけど……リックさん、こうして話してみると、いい人なのに」
「ある意味では…………仕方がないことなのかもしれませんね」

確かに、そうなのかもしれない。
単に、ゴルトロックで言う不死の王や聖導評議会が、この世界では『エルフという種族』に置き換わっただけの話なのかもしれない。
ただ、それでも……個人の信条や信仰の末にそうなるのではなく、生まれつきから忌避されるというのは――やはり、辛いものだ。
私はこの世界のエルフではないが――父が聖導評議会に連なる人物だっただけに、想像はつかなくもない。

「でも……さっきまであんなだった自分がこんなこと言うのも、身勝手かもですけど」
「……シエスタさん?」
「でもやっぱり、そんなのって、なんだか悲しいと――」

その瞬間。
後方にちらほら見えていた使い魔の動物達に混じって――本来ここに居るべきではない危険なものが、視界の隅に侵入するのを察知した。
足の数が、“四本を越えた”爬虫類。
脳裏に焼きついた、あの忌まわしいシルエットは……!


「……シエスタさん、失礼!」
「え、リックさ―――ちょ、何ですかぁっ!?」

がばっ、と。
シエスタさんを抱きこむ格好で庇うように、モンスターの死角――太目の幹を持つ木の陰に隠れる。


「シエスタさん、私の後ろに! それから、私がいいというまで絶対目を開けないで下さい!」
「え!? え、ええっ!!? リックさん、一体……て、鉄砲!?」
「く……! こんな、学院の中にまで……!?」

ルダを抜き放ちながら、僅かに毒づく。
まさか、こんなところで出くわす事になるとは……!
まずは目を潰さなければならないだろうが、相手もロクに視認できずに正確にやれるか?
本来なら魔銃手(ブレムガンナー)と魔法使いの混成一個小隊が欲しいところだが――今の手持ちはルダ一挺きり。
それほどサイズが大きくないとはいえ、強装弾だけで、果たして殺しきれるだろうか?

「ちょ、ちょっとリックさん……いきなりどうしたんですか!?」
「学院の方々に被害が出る前に、何とか私がアレを仕留めます」
「待って……被害ってどういうことなんですか!」
「状況が状況ですので手短に申し上げますが――あれはバジリスクという、極めて危険な怪物です」

多脚の毒蜥蜴――バジリスク。
ゴルトロックにおいて『最強』の幻獣として名高いのが“古の竜(ファーヴニル)”であるように、
同じく『最悪』の幻獣として人々に認識されているモンスター。
伝説に曰く、彼らの生息する領域はその2km(セット――ハルケギニアではリーグというらしい――)四方が汚染され、砂漠へと変わるとされる。
その視線には目を合わせたものを石化させる魔力が込められており、吐く息にも、流れる血にも、体皮に至るまで猛毒を宿す。
ゴルトロックでは500年前に絶滅が確認され、剥製だけが残っている状態だったのだが……この世界では生きていたというのか。

「とにかく、ここからぜった――」


「いや、わたしだって知ってますよ、その子がバジリスクだって事ぐらい!?
 それに、いつもエサあげる時、おとなしく食べてくれてるのに……!」


「――い出ないで下さい。後は私が…………え?」




……いま、この少女はなんと言った。


「ほら、この子ちょっとリックさん見て、びっくりしてたみたいですけど――
 はいはい、ちょっと待っててね。エサですよー?」

完全に不意を衝かれた発言に、思考を停止させられたその一瞬で。
身を隠していた木からひょいと姿を現し、手馴れた様子でバジリスクに肉の塊を放り投げるシエスタさん。
バジリスクもバジリスクで、妙におっかなびっくりな態度ながらも、放り投げられた肉を器用に口でキャッチなどしている。
動物園で公開すれば、確実に客が呼べそうな光景――――いや、いやいや、今の問題はそこではないだろう!


「……石化、してない……?」


そう。
完全にバジリスクの視界に入り、あまつさえ目まで合わせてしまっているシエスタさん。
なのにその身は石にもならなければ、毒に侵された様子もない。

「ね? わたし、時々この子にもエサあげてるからわかるんですけど。
 貴族の方が召喚した使い魔ってこともあるみたいですけど――そんな、危険な子じゃないと思いますよ?
 いちおう、毒があるから手ずからエサはやるなとか、そういうことは学院側から説明とかありましたけど…………って、リックさん?」

…………ええと、その。
いろいろと、話が違うような……?

「……すみません、ルダ。
 この状況について、一つ解説を願いたいのですが」

シエスタさんの怪訝そうな声を意識の端で聞きながら、相棒の魔銃に説明を求める。

「はぁ……これも“世界の違い”というやつなのかしら?」
「……どういうことです?」

私の疑問に、くたびれたような口調で答えるルダ。

「そのバジリスク――大きさから見て、もしかしたらまだ幼生体ってこともあったのかもしれないけど。
 私が“視た”感じ、ゴルトロックにいた種とは段違いに小さいのよ。 凶暴性も、体内の魔力も」
「は、はぁ……」
「無論――って言い切れるものでもないかもしれないけど、石化の魔力も、今のところそいつには備わってない様ね。
 けど、こんなのを使い魔にする奴の顔が見てみたいものだわ、実際」
「……同感です」

……もしゴルトロックの種と同じように成長して、猛毒と石化の魔力を身につけたら、どう扱うつもりなのだろう。
アーク・メリアなら即座に警察沙汰になるだろう、使い魔の主たる魔法使いの事を想像していて――


「……ックさん、リックさんってば!? 大丈夫ですか!?」
「はっ!?」

不意に耳に飛び込んできた声に、驚きとともに我に返る。
私の後ろに、心配げな表情を浮かべたシエスタさんが立っていた。

「……もぅ。いきなりわたしを木の陰に押し込んで、急に鉄砲を抜いたと思ったら
 固まったまま一人でぶつぶつ喋りだしたりして。何事かと思っちゃいました……」
「……申し訳ありません」

返す言葉もない。
いくら世界の(厳密には生態の)違いがあったとはいえ――とんだ空騒ぎだったわけだ。
昨日からこちら、ゴルトロックとは常識がいろいろ異なるとはいえ……つくづく道化だなぁ、私。

「それにしてもリックさん、あの子を見つけた途端、すごい剣幕になってましたけど……何かあったんですか?」
「ええ、まぁ……前に一度、バジリスク絡みであまり良くない思い出がありまして」

実は幼馴染のメイドが、かつてバジリスクの骨を媒介にした呪いに蝕まれていたりした(今回のも実はそれが主因)のだが――それはさておき。

「でもいくらなんでも、いきなり鉄砲なんか抜いたりしたら、びっくりしちゃいますよ。
 わたしだってそうでしたし、貴族の使い魔だからかもしれませんけど、あの子たちだって、結構賢いんですから――」


ぐぎゅぅぅぅぅぅぅぅぅ。


「………………」
「………………」

……少女の言葉を、二食抜かれて駄々をこねる私の腹の虫が遮った。


気まずい。
非常に気まずい。
音に驚いた多脚の毒蜥蜴が、尻尾でも切り放したかのように逃げ去っていくが――それはさておき気まずい。

しばし沈黙が続き――――間が保たなくなったところで、シエスタさんが苦笑いしつつ、口を開いた。

「……そ、そういえばリックさんもさっき、お食事はされてないって……」
「ええ、まぁ。その……お恥ずかしい限りですが」
「だったらこれ――もしよかったら、食べてください」
「えっ?」

そういうと同時に、シエスタさんは矢継ぎ早に、私にバスケットを手渡してくる。
勢いに押されるままに渡された網籠の、その中身は――――ハムと野菜とパンの彩りも食欲をそそる、サンドイッチだった。

「あの、シエスタさん。これは――」
「早番の人用ってことで、もらってたお弁当です。よかったら食べてください。
 ……あっ、でも、ハーフエルフのリックさんのお口に合うでしょうか……?」
「……い、いえ! 別にエルフやドワーフやリザードマンでも、人間と味覚はそう変わったりはしませんので。
 それより、よろしいのですか? お気持ちは嬉しいのですが、私がこれを頂いてはシエスタさんの分が――」
「いいんですよ、気にしなくて。
 わたしの分は――――『エサやり中に、使い魔さんに食べられちゃった』ってことにすれば、またもらえますから。
 ね、『ミス・ヴァリエールの使い魔さん』?」

私の懸念に、気持ちのいい笑顔で応えてくれるシエスタさん。
少し申し訳ない気もしたが――流石にここまでの気持ちを、無碍にしていい訳もあるまい。

「……ありがとうございます。
 『食い意地の張った使い魔の所業』、誠に申し訳ありませんが――このお礼は、いつか必ず」
「いえ……ほんとに気にしなくって結構ですよ。 わたしが好きでやってるんですから。
 それじゃリックさん、わたしは仕事の続きがありますから、これで失礼しますね?」

頭を下げる私に、微笑みつつ答礼の会釈を一つ。
その手にエサを満載したバケツをぶら下げながら、メイドの少女は私のもとを辞した。





「……彼女は、いい子ですね」

シエスタさんが去った後、誰もいなくなった木陰でサンドイッチを頬張りつつ――ぽつりと呟く。

「いろんな意味で、“あなたの主には”聞かせられない言葉ね、それ?」
「ぶほッ!?」

ホルスターからの魔銃の不意打ちに、つい咀嚼中のサンドイッチを吹き出してしまう。

「何よいきなり、汚いわね!? 私にかかったらどうしてくれるのよ!?」
「……いきなりなのはあなたも同じだと思うのですが、ルダ? ……とにかく。
 その『主』というのがお嬢様とルイズ様、どちらを指しているのかは知りませんが――――妙な勘繰りはやめてください」
「あら、てっきり“そういう意味”かと思ってたんだけど――違うの?」

弾むような声で、平然と聞き返してくるルダ。
……どうでもいいですが明らかに楽しんでますね、貴女?
からかわれているのを(遺憾ながら)自覚しつつ、口を開く。

「……というか貴女、アルフレッドにもそういうノリで仕えてたんですか?」
「なッ!? ば、馬鹿な事を言わないでもらいたいわね! 私がマスターにそんな不遜な態度をとるわけがないでしょう!?
 それに、マスターに悪い虫がつくような事態、この私が許していたと思って?」

……いや、悪い虫て。

「貴女はどこの箱入り娘の保護者様ですか…………ともかく、そういう含みとかは一切抜きで。
 言葉通りに彼女は善良な、好ましい人柄だという事ですよ」
「……まぁ冗談はさておき、お人よしだという事には同意しておくわ」

先刻渡された、空になったバスケットに視線を落としつつ、頷く。
確かに最初の出会いは滅茶苦茶であり、後のフォローがあったにせよ、
この世界では忌避されているエルフ(私はハーフだが)とこの短時間で打ち解け、空腹なのを察して弁当まで分けてくれる――
そんな人柄の持ち主は、そうそう居るものでもあるまい。

「あなたの“当座の”主――あのルイズ・ヴァリエールにも、その人柄の良さの半分くらいがあればいいのだけれどね」
「ルイズ様もあれはあれで、幾分かは私にお気遣い頂いてるとは思うのですが……」

食堂での一件を思い出す。
ルイズ様にも思い至らないところがあったとはいえ――周りからの視線の理由に気付いた上で
なお抗弁しようとしてくれていたのには、そういう気持ちが少しでもあったからではないのだろうか。

「お気遣い……ねぇ。
 いきなり誘拐同然に人を異世界に召喚して使い魔にした上、身の回りの雑用を押し付けて。
 あまつさえ後頭部に百科事典投げつけたりするのも、あなたの基準では『気遣い』になるの?」

いきなり低下するモチベーション。
……というか水を注さないで下さい、ルダ。
事実だけに否定し切れないのが実に悲しいところですが。

「ま、まあ、なにぶんここに至るまでの経緯が経緯ですし、何より昨日今日の話でしかありませんから……
 それに雑用云々のことも、暫く世話になるわけですから、致し方ないことかと」
「……呆れた。本当にとことんまで、使用人根性が染み付いてるみたいね、貴方」
「そこは職業病……みたいなものでしょうか。 流石に世話になっている以上、無芸大食で居続ける訳にもいきませんし――――」


ばさり、ばさり。
ばさりばさりばさり…………


「…………っ!?」

その時――――私の元に飛び込んでくる音一つ(という表現にも語弊があるが)。
日常生活では滅多に耳にする事はないが、“私にとっては”、非常に馴染み深い音。
優に2モールを超える、生き物の――――翼をはためかせる音。

反射的に音源の方向に目をやる。
総身を蒼い鱗に包まれた、優美な体躯の竜が、数十モール先の木陰に降り立つところだった。


「ドラ……ゴン?」

この中庭に蒼の竜が着地するのを見つつ、呆然と呟く。
先刻メイドの少女が何気なく言っていた言葉と、私を使い魔にした少女、そして今の私の身の上の情報とが、急速に脳裏でシャッフルされる。

竜。
使い魔。
ドラゴン。
召喚。
『ゲート』。
お嬢様/ランド様/ホープ。
契約。
ゴルトロックとハルケギニア。
種族。
主従関係。
『結構賢いんですから』。


「――まさ……か?」

ありえない……いや、そう否定できる材料でもない。少なくとも現時点では。
そうだとしたら出来過ぎた話かもしれないが、だが、もしかしたら――――?

「…………っ!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい、リック! どこへ行くつもり!?」

ホルスターの中で叫ぶ魔銃の声もどこ吹く風。
先刻の脳裏のイメージに半ば突き動かされるように、私は竜のもとへと駆け出していた。



――その日は、いつもと変わらない朝だと思っていた。

いつものように、“本国”からの無茶な呼び出しと任務で、疲れ果てる主。
無理難題にも程がある指令を、文句一つこぼさずにこなし黙々と、
学生と秘密騎士としての二重生活を送っている主を背に乗せ――――ガリアとトリステインの空を往復する。
苛烈な日々に、数少ない理解者。
己にできる事は、そんな姉のような小さな主を励まし――心を安らげる事だけだ。

いつものようにそんな事を考えながら、空の散歩を終え、しばしの休息を満喫しようとしていたのだが――――



「…………きゅいッ!!?」




……そんなわたしのささやかな望みは、考えもしない異分子によって、破られてしまったのね。
あまりの驚きに、腰を抜かしてしまうくらいに。


「……………!!」


な、何を言っているかわからないと思うのだけれど
わたしにも何をされようとしているのか分からなかったのね……。
催眠の魔法だとか幻覚とか超スピード(で走ってきたり)とか、そんなチャチなものじゃあ断じてない
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったのね!
だって――――



“いきなり出くわしたエルフに駆け寄られて”、びっくりしない生き物なんていると思うのね?


「はぁっ、はぁ、はぁ…………!」


動揺と僅かな興奮に、走りながら我知らず呼吸が乱れる。
数十モール離れた木陰に降り立った青い鱗のドラゴン目掛けて、居てもたっても居られず、走る。
この学院の敷地内に平然と降り立ったという事は、あの竜も――“この学院の魔法使いの使い魔にされた”者なのだろう。
『もしかしたら』と、懸念と僅かな期待をかけて、駆け寄る。


「すみません、そこの御方――――!」
「…………きゅいッ!!?」


遠巻きに呼びかけた声に、こちらに気付いたのか、目を見開いてびくりと、こちらを向く竜。
どうも動きがぎこちないが――驚かせてしまったのだろうか?
わたわたと翼を動かしながら慌てている様を眺めつつ、目の前まで近づいていく。

「はぁ、はぁっ、はぁ…………唐突に、押しかけて、申し訳ございません……!」
「…………きゅ、きゅい?」


息を整えながら、身を竦める竜に話しかける。
……そういえばこの竜、私の知るゴルトロックの竜に比べても――かなり大きい。
その身の丈、おおよそ六モール。
ゴルトロックのドラゴンの三倍サイズとは――――もしかしたらこの竜は、古の竜(ファーヴニル)か何かなのだろうか?


「大丈夫、私はあなたの味方です。 戸惑われておられるかもしれませんが、どうかご安心を」
「き、きゅ……きゅい……?」


一応落ち着くように言っては見るものの……明らかに腰が引けている青い竜。
確かにこんな唐突に、初対面の人物が駆け寄ってきては、驚くのも無理もないかもしれないが――
一番最初の恐慌状態よりは落ち着いているようなので、その懸念は脇に放り出し、話を続ける。


「……今なら周りに誰もいません。 人の姿に戻っても大丈夫ですよ?」
「きゅ、きゅいぃぃぃッ!?」

私の何気なく放った言葉に、明らかに身をびくつかせる竜。
……一体、何をそんなに怯えているのだろう?
なにより、先刻から私の問いへの応えは、『きゅい』という鳴き声(悲鳴?)ばかり。
私の言葉が分かるようなら、普通に受け答えしてくれても良さそうなものだが……?

「あの……人の目や耳をはばかっておられるようでしたら、心配はいりません。
 ここには目下のところ、我々以外には人がいませんから。
 変身を解くのが不安なようでしたら――――せめて普通の会話だけでも、構いませんので」
「きゅい……? きゅいきゅい…………!? きゅいぃぃぃ……っ!」

あまり相手を刺激しないように、トーンを落とし、努めて事務的に促す。
が――――目の前のドラゴンは目の端に涙を浮かべつつ、怯えたような声で『きゅいきゅい』と、嫌々をするように首を振るばかり。
この竜も間違いなく使い魔なのだろうが――うまく言葉にできないが、この態度にはどうにも違和感が拭えない。
だが、こちらも質問をここで打ち切るわけには行かない。
早くも出会えた、手がかりなのだから。
私と同じく、召喚によって呼び出され、魔法使いと契約した存在だというのなら――


――もしかしたらこのドラゴンも、“私と同じ穴のムジナ”なのかもしれないのだから。


「す、すみません……大丈夫ですから、落ち着いて。
 二、三ほど、私の質問に答えていただければ、それで結構ですので。
「き、きゅい…………?」

はやる気持ちを押さえつけつつ、上擦りそうになる声音を抑え、落ち着いた声で語りかける。
キョトンとした表情の竜を前に、質問を続行。

「ゴルトロック。エル・アギアス。ミスティック・ワン。ノーライフキング。聖導評議会。
 これらの言葉に、聞き覚えはありますか?」

ゴルトロックの住人なら、種族を問わず幼子から老人まで知っている単語を列挙する。
だが――――ドラゴンからの返答はない。
ただただ困惑の色を浮かべた瞳で、こちらを見るばかり。

「……お願いですから、私の言葉が分かるなら何か答えてください!
 あなたはドラゴニュートなのでしょう!? それとも、何か喋れない理由でも――」


そこで、問答にのめりこみすぎていた私の意識は、急激に冷やされることとなる。



「――――そこで何をしているの」



「っ……!?」

唐突にかけられた――――私でもルダでも目の前の竜でもない、第三者の声。
その手に大きな杖を携えた青髪の、眼鏡をかけた小柄な少女が、冷たげな目線でこちらを見つめていた。



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