あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロな提督-25 b


 話はヤンが銃撃された直後である宇宙暦800年6月1日午前2時55分、ビーム銃で左
大腿部の動脈を損傷し出血多量を起こした時まで遡る。

 ヤンがローゼンリッターの斧から推理した通り、いきなり鏡に吸い込まれて消失しつつ
あるヤンを引き戻そうとして失敗した人がいた。彼はヤンと共にヘッドが消失した斧の柄
を手に、呆然としていた。
 彼はユリアン・ミンツ中尉。ヤンの被保護者であり、ヤンに憧れ軍人への道を歩んでい
た18歳の若者。ローゼンリッター隊員ではないが、彼の身を案じ巡航艦『レダⅡ』号へ
乗り込んできていた。
 現在『レダⅡ』号の周囲には同盟軍の戦艦が6隻存在していた。

 ユリアンは目の前で起きた事態を理解しようと、必死で思考を巡らせていた。だが、い
くら考えても理解出来なかった。ヤンに師事し、人並み以上に聡明な彼だったが、それで
もつい先ほど生じた異常現象を理解出来なかった。
 通路に倒れていたヤン・ウェンリーは、鏡に吸い込まれて消えた。手には切断された斧
の柄、ブラスターは提督と共に鏡の向こう、床には多量の出血が生んだ血溜まり。一体、
あの鏡は何だったのか?何の目的で提督を吸い込んだのか?ブラスターや斧のヘッドと共
に、どこへ消えたのか?
 いくら考えても、思い出せる全ての記憶を引き出しても答えが出なかった。

 そもそも、提督は本当に死んでいたのか?よく考えたら、自分は呼吸も脈拍も確認して
いない、という事実に思い至った。彼は、ヤンが流血の池の中、眠るように片膝を立てて
座り込んでいるのを見ただけだった。床の血も未だに暖かい。出血量は致死的だが、緊急
に輸血・気道確保・心臓マッサージ等の蘇生術を加えれば助かる段階だったのではなかっ
たろうか?
 だとすると、鏡のようなものがヤン提督を吸い込んだのは・・・


 誘拐?


 そうだ、死体なんか運び去っても意味はない。ヤン提督は生きてこそ、その頭脳を発揮
してこそヤン提督なのだから。なら、これは本当に誘拐だ!それも見た事も聞いた事もな
い方法で!!
 それは、希望と絶望を併せ持つ結論だった。ヤン・ウェンリーは死んではいない。だが
誘拐されてしまった。よりにもよって皇帝ラインハルトとの会見を前にした、この大事な
時に!


 この時、ユリアンの背後には5,6人の帝国軍の軍服を着た男達が近づいて来ていた。
彼等は、ある意味不運であったが、同情には値しないだろう。彼等がヤンの暗殺など目論
み実行しなければ、ヤンの誘拐犯という誤解を受ける事は無かった。それに、誘拐も暗殺
も恥ずべき重犯罪だ。
 またミンツ中尉は、ローゼンリッター第13代連隊長ワルター・フォン・シェーンコッ
プより白兵戦技術を学んでいた。加えて、彼の養父であり師であるヤンへ危害を加えた者
へ理性と打算をもって対応する事が出来るほどの生ぬるい怒りを、殺意を彼等に抱いては
いなかった。
 瞬く間に死体の山が出来上がった。口を割らせるため半死半生の状態で生かされた一人
を残して。

 ほどなくして彼は、同じくヤンの救助に来ていた者達と合流した。そしてヤンが鏡に吸
い込まれて消えた事、襲撃者が帝国軍でなく地球教徒であったことなどを報告し合った。
激しい戦闘の末、可能な限り多くの襲撃者を生かしたまま捕らえた。何としてもヤンを取
り戻すために。





 乗ってきた戦艦『ユリシーズ』はじめ6隻の戦艦内では激しい論議が巻き起こった。
 彼等は今、早急に何をすべきか。この事実をどう捉えるべきか。イゼルローンは、帝国
は、旧同盟では、地球教は、エル・ファシル政府は・・・。
 いやそもそもヤンは今、一体どこでどうしているのか?
 捕らえた襲撃者に対して、合法非合法問わず、あらゆる手段で尋問が行われた。民主共
和制の為に戦う彼等だが、この時は人権思想の為には戦っていなかった。だが、見るべき
情報は得られなかった。


 ユリアン達が出した結論は、常識的なものかもしれないし、現実逃避とも言えるものか
もしれない。それは、この一件を「地球教によるヤン・ウェンリー誘拐」として全宇宙に
公表することだ。なにしろ6隻の戦艦がセンサーに捉えた記録から、人類の科学的知識か
らかけ離れた「召喚ゲートの開閉」がデータとして残されてもいたのだから。これを無視
し、全てを地球教の仕業とした。もっとも、彼等としては他に思考の選択肢も希望の種も
無かったのだが。
 そしてこの事実は銀河帝国・旧同盟領・旧フェザーン領・エル・ファシル政府、果ては
ヤン暗殺を謀った地球教にいたるまで震撼させた。
 地球教にしてみれば、とんでもない言いがかりだ。だが帝国軍に追われ地下に潜伏する
彼等に弁明の機会は与えられない。そしてそれ以外の人々にとっては、まさに恐怖の象徴
たりうる事件だった。

 地球教がヤンを麻薬で洗脳し、その知謀を狂信的テロリズムに最大限活用する。
 それは、悪夢としか言いようのない未来像。

 イゼルローンからの情報に、皇帝ラインハルトは激昂した。その怒りは熾烈を極めた。
報告者は美貌の主席秘書官ヒルデガルド・フォン・マーリンドルフ伯爵令嬢。聡明さと強
固な意志を併せ持つがゆえに主席秘書官の地位を与えられている彼女ですら、皇帝の怒り
を前に心胆を寒からしめた。
 この年の4月には爆弾テロによりローエングラム王朝初代工部尚書ブルーノ・フォン・
シルヴァーベルヒを失っていた。犯人は未だ不明ながら、地球教徒という見方が強い。そ
して今回は明らかに地球教による、自らが武力により打ち倒す事に固執した宿敵、ヤンの
誘拐。
 おのれ地球教め。予の命のみならず、予の部下、宿敵までも奪おうというのか。予から
全てを奪い、唾棄すべき策謀とテロにより銀河の覇権を巡る戦いを穢そうというのか。な
らば、お前達がそんなに神と共に在りたいというのなら、お望み通り神と共にあの世で暮
らすがいい!
 皇帝は周囲の目も憚らず怒声をまき散らし、身を焦がす怒りが大気を揺るがさんばかり
だった。

 ラインハルトは即座に遠くフェザーンにある軍務尚書パウル・フォン・オーベルシュタ
インへ通信回線を開き、冷徹なる義眼へ二つの命令を下した。地球教徒を最後の一人に至
まで狩り尽くせ、そしてヤン・ウェンリーを奪還せよ、と。
 感情より効率・能率を優先させるマキャヴェリズムを体現した男は、皇帝の逆巻く憤怒
にも眉一つ動かすことなく命令を受諾した。同時に怒りで我を忘れかけていた皇帝を淡々
と諫め、ヤン・ウェンリー誘拐事件の捜査について進言した。

 オーベルシュタインは確かにヤンを探す気はあったろう。ただ、生死を問う気があった
かどうか、については幕僚達は一様に「もし生きて発見したら、改めて謀殺する気だ」と
見ていた。
 嫌われ者の奴には地球教徒狩りがお似合いだ、我らはとにかく件のペテン師を探そう。
この戦いをこんな形で終わらせるなど、自分たちに苦杯を飲ませ続けたヤンを狂信者の誘
拐で失うなど、しかもその頭脳をテロに利用するなど、絶対に認めない。こうして皇帝の
部下達もヤンの身柄奪還に乗り出した。それも、あの義眼より早くヤンの身柄を確保すべ
し、と。
 そしてイゼルローン側にしても、銀河帝国の協力が必要だった。なにしろ地球は銀河帝
国領内、実行犯の地球教徒は帝国軍内部で暗躍している。誘拐手段が亞空間転移では、ヤ
ンの身柄が既にイゼルローン回廊から遙か彼方の地へ運び去られた可能性が高い。



 かくて両陣営暗黙の了解のもと、事実上の一時休戦と両首班の会見延期、そして合同捜
査態勢が成立した。


 なお、政治上も幾つかの変化が生じた。
 ヤン一党が身を寄せるエル・ファシル独立政府が脱落、政府を解散し帝国に降伏した。
もともと政府とはいっても誕生して間もない烏合の衆であり、ヤン・ウェンリーの軍事的
才幹と名声に頼っていた便乗派にすぎない。政府をまとめ上げていたロムスキー医師も『レ
ダⅡ』号で殺害された。ヤンの生死は不明ながら、指導的立場にある二名を失い、もはや
組織の体裁を保てなくなるほどに動揺してしまったのだ。
 ヤンの部下達はフレデリカ・グリーンヒル・ヤンを指導者としてイゼルローン要塞に共
和政府を樹立、ユリアン・ミンツ中尉が中尉のままで司令官となって「イゼルローン革命
軍」を組織し直した。ただ、当人達はヤンが発見されるまでの暫定的地位であることを明
言していた。
 彼等は自分たちの英雄が生存する事を信じ、脱落者を出すことなくヤンの捜索へ注力し
た。宿敵であった銀河帝国軍に対しても、最初は疑念と不信をもって、しばらくして立場
を超えた個人的信頼関係をもって捜査に協力した。


 かくして犯行現場である『レダⅡ』号とイゼルローン要塞には、同盟軍のみならず帝国
軍からも多くの人間達が訪れた。現場検証と地球教徒への尋問のため、若き勇将ナイトハ
ルト・ミュラー上級大将が憲兵達を引き連れてやってきた。6隻の戦艦が捕らえた亞空間
ゲート開閉のデータもコピーを受け取り、これを未だに怒りが収まらぬ皇帝の元へと送っ
た。
 事件への見解と捜査方針は、両勢力とも一致していた。ヤンは出血多量であり生存可能
性は低いが、ゼロではない。速やかに適切な医療処置を施せば助かりうる状況だった。だ
が誘拐実行犯が地球教徒である可能性は限りなく低い。彼等は明らかに暗殺に来ていたの
だから。
 なにより、戦艦のデータ・ユリアンの目撃証言・消失した斧のヘッドという証拠品から
読み取れるのは、未知の技術による小型ワームホール。イゼルローン回廊という本来ワー
プ出来ない宙域内で形成された、艦内の人間一人だけをピンポイントに転移させる、常識
はずれの技術。

 ここに来て、捜査方針は大きく転換した。地球教の洗い出しから、未知の亞空間転移技
術調査へ。このような特殊極まりない技術なら、それを研究・開発する人間は極めて限ら
れる。ならばそこから使用者たる実行犯とヤンの足取りも追える、と。

 なお、この時点で銀河帝国軍内部での地球教徒狩りも凄惨を極めていた。フェザーン側
のオーベルシュタインとイゼルローン側のラインハルト陣頭指揮による捜査は情け容赦が
なく、証拠の有無すら問わず地球教徒を追い立てた。そして地球教徒は逮捕を逃れ得ぬと
悟るや、次々に自決自爆し、追跡者たる優秀な軍人・警官達を死への旅路に巻き込んでい
た。
 ヤン暗殺犯が使用した駆逐艦のうち一隻、逃亡の途にあった地球教徒達も6月上旬に発
見。帝国軍に補足され、停船命令を無視し砲撃。強行接舷されそうになるや、近寄った帝
国軍艦ごと自爆した。
 捜査方針が転換したからといって地球教徒狩りの手が弱まる気配もなかった。信者洗脳
に利用していた麻薬と、その販売ルートも摘発される。幾つものマフィアが壊滅させられ
た。




 しばらくの後、帝国本土へ送られた亞空間転移データについて検証が勧められた結果、
極めて奇怪な事実が判明した。まず判明した事実の出所からして奇怪だった。科学技術総
監部の記録から過去の論文や研究者が洗い出されるかと思いきや、全く検索にヒットしな
かった。かわりに、廃棄寸前の古ぼけた記録装置に同様の現象がデータとして残されてい
たのだ。
 それは帝国首都ヴァルハラ星系惑星オーディンの演習場。30年程前、地上に突然ワー
ムホールが発生、装甲輸送車が一輌巻き込まれて失踪したのだ。装甲車と共に失踪した乗
員の中には、グレゴール艦隊第12工兵隊所属ヨハネス・シュトラウス准尉の名も含まれ
ていた。
 次に見つかったのはクロイツ艦隊所属空母『シュヴァルツシルト』のデータ内。といっ
ても当該空母は50年程前に戦闘で大破、その後廃棄されている。廃棄前に、記録された
データは軍のデータバンクへ移された。そのデータの中に、オイゲン・サヴァリッシュ中
尉の乗るワルキューレが突然発生したワームホールに吸い込まれて失踪したデータが残さ
れていたのだ。

 その後も帝国旧同盟問わず、同様のデータが軍のデータバンク各所から大量に発見され
続けた。ただ、大半は謎の爆発事故として記録されていた。それらは奇妙な爆発だった。
なにしろ、進行方向に対して前方の爆発が存在しない、後ろの半球だけしか確認されない
爆発なのだから。
 これらに対しては一応の調査がなされていた。共通するのは「自然発生したワームホー
ルに突入してしまった。前方はホールの向こう側に飲み込まれ、この宇宙から消失。ホー
ルに突入しなかった後方部分は、ホールの出口側で何かに接触した前方部分に、慣性の法
則に従い『衝突』して圧潰爆発した。この時、前方へ向かうはずの爆発部分もワームホー
ルに飲み込まれて消えた。残った爆発の後方部分だけが半球の形状で確認された」という
見解だ。

 だが、この現象が奇妙なのは爆発の形状ではなかった。それは、人類が亞空間跳躍航法
を手にして宇宙進出を果たした千年前、宇宙歴2700年頃から定期的に確認されていると
いう事だった。
 最も奇妙なのは、千年に渡って発生頻度が一定している、という事実だ。人類の活動範
囲が半径百光年でも数年に一度。半径千光年に拡大しても数年に一度。現在の版図まで広
がっても数年に一度。どう考えても、この現象は人類の活動範囲拡大に発生域を同調させ
ている。
 では、人類が亞空間跳躍航法を手にして宇宙進出を果たす前はどうだったのか?この現
象がデータとして記録されたのは、亞空間跳躍技術を手にしたたためワームホールを観測
出来たからだ。なら、もしかして、観測手段が存在しない時代から、人類が地球という一
惑星のみで暮らしていた時代から、数年に一度は必ず起きていたのではないか?

 そして、これらのデータに共通する、あまりにも人為的すぎる要素も明らかとなった。
失踪するのは装甲輸送車や単座式戦闘艇、小型武装商船、ミサイル、爆弾等兵器類ばかり
だったのだ。当然、兵器類は軍が主に管理している。故にこれら『小型兵器類だけを狙っ
たワームホール』に関するデータは軍のデータバンクに大半が集中していた。

 これらのデータはこれまで、各々が個別の事故として処理されていた。どの時代でも、
自然発生したワームホールに巻き込まれたものとして、それ以上の調査がなされる事はな
かったのだ。
 しかしヤンの失踪事件から、これら全てが明るみになった。単なるワームホールへの接
触事故などではなく、何か正体不明の存在が起こす事件であると認められた。それも、人
類に千年以上も取り憑き続け、人の血肉を喰らい兵器を奪わんとする異次元の化け物によ
るものだ、と。
 この推理について、正直なところ、帝国では半信半疑というところだった。調査結果を
伝えられたイゼルローンでも、子供向けTVじゃあるまいし…という、半ば呆れたような
感想が各所から漏れてきた。それに、ヤンは兵器ではない。魔術的知謀を持っているが、
知略を兵器と言うには無理がありすぎる。

 それでも帝国内では、過去のデータの洗い出し・地球教徒狩り・ヤンの捜索が続けられ
た。イゼルローンでも犯行現場たる回廊の調査捜索が、鬼気迫る執念をもって行われてい
た。



 ヤンが失踪して一ヶ月ほど経ったある日、事態は大きく進展した。
 イゼルローン回廊内で調査を続けていた戦艦ユリシーズが、再び同様の現象を捉えたの
だ。今回はスパルタニアン一機がワームホールに巻き込まれ、爆発した。半球形に飛び散
る光と破片を残して。
 ここに至って、イゼルローンも帝国も重大な事実に気がついた。
 今、帝国軍は戦力をイゼルローン回廊に集中させたままだ。反帝国勢力であるヤン艦隊
の戦力もイゼルローン要塞に集結。なら、兵器類を狙うワームホールもイゼルローン要塞
周辺で発生する可能性が高い、ということだ。
 しかも、これまで数年に一度しか確認されなかった現象が、僅か一ヶ月で再び現れた。
これまでは本当に数年に一度しか発生しなかったのが、今は月一回のペースで発生してい
るのか。単にセンサーで捉える事ができたのが数年に一度なだけで、実際は更に高頻度で
生じていたのか。
 ともかく、今後イゼルローン周辺で三度目の発生を早期に確認出来る可能性が高い…。

 帝国軍とイゼルローンは共同作戦を立てた。
 故意に、大量の小型兵器類を浮遊させる。ワープ・エンジンを搭載した艦船周囲を、極
めてゆっくりと。そして本来は搭載する艦船に向けられるワープ・エンジンを、艦の外へ
向けるよう改造する。何かをワープさせるためではなく、発生した亞空間ゲートを固定さ
せるために。
 この罠をはるため、両陣営から大量の艦船が動員された。廃棄寸前のワルキューレから
新品の荷電粒子ビームライフル、ローゼンリッター隊員のキスを受けたトマホークにいた
るまで。あらゆる『兵器』と呼べるものが各艦の周囲を、まるで水中を漂うクラゲのよう
にゆっくりと放たれた。
 そして、数千隻の艦艇は全センサーを稼働させて待ち続けた。謎の亞空間ゲートが今一
度開き、ゆっくりと漂う兵器を鏡面にゆっくりと吸い込もうとする、その瞬間を。そして
ワープ・エンジンを改造していない艦船は全機能を停止させ、将兵達は息を潜めて獲物が
罠にかかる事を祈り続けた。
 なお、この頃シャフトが牢獄からイゼルローン回廊へ移送され、ゲートの謎を解く事と
引き替えに恩赦を受ける事が皇帝から告げられた。


 そして、その時は来た。


 敬愛する上官を取り戻すべく不眠不休でセンサーにかじりついていたイゼルローン艦隊
のオペレーターは、とうとうその執念を実らせた。乗り込んでいた駆逐艦周囲を漂うハン
ド・キャノンを取り込もうとしていた亞空間ゲートを捉えたのだ。即座にワープ・エンジ
ンを出力全開で稼働させ、真空の空間に開いた不自然極まりない時空の穴を、不自然なま
ま固定させた。
 ハンド・キャノンを取り込み終えたゲートは、その口を閉じようと、駆逐艦の生み出す
不可視のエネルギーに抵抗した。だが、それは既に無駄な抵抗でしかなかった。駆逐艦か
らの情報は即座にイゼルローン回廊に存在する全艦艇へ伝えられたのだ。駆逐艦周囲にい
た全ての艦が即座にゲート周囲へ殺到し、次々とワープ・エンジンをゲートへ向けて稼働
させた。

 偉大なる神、始祖ブリミルの強大なる魔力『虚無』が生み出した召喚ゲート。
 それはかつて古代地球において、十字架上へ釘ではりつけられた聖なる人物のごとく、
宇宙空間へワープ・エンジンをもってはりつけられた。

 帝国軍本営でもイゼルローンでも歓喜の叫びが響き渡った。そして早速ゲートの調査が
両陣営合同で開始された。
 両勢力の物資量・人的資源の差から調査の主導権は自然と銀河帝国側がとることになっ
た。だがイゼルローン側は彼我の力の差を承知していたし、皇帝はイゼルローン側の人員
を軽んじたり疎んじたりしなかったので、不満は訴えなかった。


 皇帝ラインハルトが、ユリアンが、ミュラーが、ヒルデガルドが、ポプランが、すっか
り痩せこけたシャフトが。
 事実を知った全ての人が、首を捻った。


 鏡のようなゲートが一体何なのか、全く分からなかった。
 目の前にあるのに、全艦艇の全センサーが実在を示しているのに、実在のものとは信じ
られなかった。


 見た目はキラキラ輝く楕円形の鏡。人間一人がくぐれる程度の大きさ。
 イゼルローン回廊内という、ワープ不可能な程に時空としては歪んだ宙域内にあって、
見事に安定した平面の形で『空間の穴』を維持している。この時点で観測者全てが自分の
目と常識を疑った。
 ありえない。どう考えても有り得ない。科学的に存在するはずがない。

 表面を乱反射する光を分析したところ、ゲート向こう側から届く光が混じっている事が
判明した。
 ならばと乱反射する光を取り除き、ゲート向こう側の映像を確認した。それはどこかの
惑星上。草一本生えない、だだっぴろい荒野だ。そして荒野の10km程彼方、何か土手の
ような地形上に人間らしき姿を複数確認出来た。望遠拡大すると、確かに人間だ。総じて
見目麗しい、不自然に耳の長い人種。彼等はゲートを指さして何事かを相談しているよう
だった。
 人類の歴史上、存在しなかったはずの人種。人類以外の知性体をついに発見したのか、
それとも独自進化を遂げた新種の人類か。管制室も、この宙域に集結した全ての人も興奮
に沸き立った。
 人智を超えたゲートは後回しにして、彼等とコンタクトを取ることにした。が、迂闊に
ゲートへ侵入するわけにはいかない。まずは通話から、と考えた。

 FTL(超光速通信)を試した。あらゆる言語、モールス信号にしてまで送った。
 …無反応。

 電波通信も試した。
 …応答無し。

 強力な光源を使い、光を彼等へ送ってみた。向こう側が夜になるのを待って、映像や文
字を雲に投影したりもしてみた。
 …逃げていった。気付いてくれない。向こう側の地域は乾燥地帯らしく、雲は少なく小
さいので映像が目立たない。

 立体映像を投影してみようとした。
 …上手く投影出来ない。ゲートの向こう側も光を乱反射しているらしく、また、ゲート
そのものの僅かな揺らめきが干渉してしまう。

 一体彼等は何を話しているのかと、映像に映る人々の唇の動きから会話内容を読み取ろ
うともしてみた。
 …暗号解読班からの回答は期待に沿うものではなかった。「古代地球において使用され
た言語に共通点が見られるが、データ不足で解読不能」というものだった。

 だが「古代地球」という単語に観測者達はひっかかった。
 映像に映る人々の服装は、まさに古代地球の服装だ。砂漠を渡るキャラバンが着ていた
服装に似ている。また、彼等は全く機械類を所持していない。このようなオーバーテクノ
ロジーによるとしか思えない亞空間ゲートを生成する人々にも関わらず。
 向こう側から届く映像を分析したところ、大気組成は地球と同じ。重力も1G。自転・
公転速度は少々の差がある。衛星は二つある。
 どうして向こう側の大気は宇宙空間に吸い出されないのだろう、と調べてみたら、なん
んと物質は一方通行だった。エネルギーは双方向なのに、物質は向こう側に行くばかりで
帰って来れない。「ふざけてる!」と誰かが叫んだが、それは全ての人々の心からの感想
だった。



 この頃になって、イゼルローン共和政府の面々がしびれを切らした。
 我らの当初の目的を忘れるな。我々はヤン・ウェンリー捜索のために集結したのだ。謎
のワームホール、人類が宇宙進出を果たして以来の悲願である異種知性体とのファースト
コンタクト、確かにそれらは極めて重要だ。だがまずは人類に平和をもたらすのが先だ。
その第一段階として、ヤンとラインハルトの会見が必要なのだ。ヤンが向こう側にいるか
どうか、急ぎ確認すべし。
 この進言にラインハルトと幕僚達も同意。無人探査機を送り込む事とした。

 …破壊された。

 ゲートを通過させたとたん、『何か』が無人探査機を叩き潰した。
 破壊された映像をよく調べるが、やはり首を捻るばかりだ。なにしろ、大地が触手のよ
うに伸び上がり、無人探査機を押し潰して地中深くに飲み込んだ、としか見えない映像な
のだから。
 もしかしてゲートの向こうは、惑星上に見えるが、何かの生物の口の中なのか?巨大な
珪素生物か何かで、人類の兵器を食糧として取り込んでいる??そんなバカな!…と叫び
たいが、もはや目の前の事を事実として受け入れるほか無い事を、いい加減、彼等は思い
知っていた。

 次はマニピュレーターを遠隔操作して、ファイバースコープをゲートに入れてみた。
 …やっぱり盛り上がった土の塊に潰された。

 思いっきり頑丈に強化したスコープを突っ込んでみた。
 …大量の岩と土が降り注ぎ、へし折られた。

 爆弾で大地の触手を吹き飛ばしてから小型探査機を送り込む事にした。
 …次々とわき上がる岩の指が、爆弾で破壊し尽くされる前に探査機を握りつぶした。

 土の触手を破壊し尽くしてから探査機を送る事にした。
 …いくら破壊されても触手は怯む様子も何もない。機械的にゲートから侵入してくるも
のを淡々と破壊して地中に飲み込んでいく。


 鏡に飲み込まれたヤンも、こうやって叩き潰されて地の底へ?いや、今まで千年の遭難
者達も、全員が!?
 全ては、あの耳が長い連中の仕業なのか!??


 観測者達、特にイゼルローンから来ている人々の胸中には冷たくざらついた感覚がわき
上がっていた。彼等の不安は怒りへと変換された。怒りは耳の長い人々へ、そして目の前
にある理不尽極まりないゲートに対してぶつけられた。
 さすがに向こう側は大気圏内であるため、熱核兵器等の戦術級兵器は使用しなかった。
だがそれ以外の、ゲートを通過出来るサイズのあらゆる爆弾・機銃掃射・質量兵器を触手
破壊手段に使用した。『無人探査機を送り込むための隙を作る』という目的が、半ば忘れ
られるほどに。


 この頃シャフトが、ある可能性を提示した。
 ゲートを捕獲するワープ・エンジンを増やし、それら全てを完全同期させる。かつてガ
イエスブルク要塞をイゼルローン回廊にワープさせた手段を応用して、ゲートを拡大する
というものだ。土の触手が届かないほど巨大化したゲートから、観測機や無人偵察機を送
り込む、と。
 ガイエスブルク要塞ワープに使用したのは、専用のワープ・エンジン1ダースによる通
常距離のワープ。今回は急遽改造した艦船のワープエンジン1000以上による別ブレーン
へのゲート維持と拡大。技術上の困難は大きいし、そのような巨大な時空の穴を開けた際
の影響についてはデータが乏しい。間に合わせの改造ワープ・エンジンで耐えうるか?そ
もそもゲート自体が謎の塊だ。
 それでも、軍人達はシャフトの案を採用した。



 かくして、急造かつ建設途中である『アインシュタイン・ローゼンの橋』監視観測司令
所に、帝国とイゼルローンの首班と高級士官達が集まった。
 ゲートを包囲し捕獲する多くの艦船がシャフトの指揮命令に従い、ワープ・エンジンを
同調させた。強引にゲートを、時空の穴を大きくこじ開ける。もし拡大しすぎた時空の穴
が制御不能な状態となり、際限なく拡大し始めたら…。そんな不安を胸に、人々は窓やモ
ニターから推移を見守った。

 結果は、見事成功。

 多くの艦船がワープ・エンジンを焼き付かせ、持ち場を他の艦船に任せてイゼルローン
へ修理に向かったりもした。オペレーターや技術者達の胃にも穴が開きそうになった。指
揮を執ったシャフトは、さらに痩せたかのように見えた。その甲斐あって、ゲートは直径
300mまで拡大した。
 多くの観測機を破壊した土の触手は、予想通りゲートの下方にしか触手が届いてない。
ラインハルトは今までのお返しとばかりに、大量の大気圏内用偵察機や無人探査機の射出
を命じた。

 ところが、今度は大量の巨大竜巻と雨の如く降り注ぐ雷が襲いかかってきた。送り込ま
れる探査機を次々と破壊し、地面へ叩き付け、地中に飲み込んでいく。

 これを見たラインハルトは『あの気象兵器を貫ける観測機を送り込め!』と、命を下し
た。技術者達は「ゲートの向こう側は惑星なのだから、衛星軌道上から観測すればいいの
ではないか?いくらなんでも、惑星の重力圏を離脱すれば気象兵器の攻撃は受けないだろ
う」と考えた。
 昔懐かしい多段式衛星打ち上げ用ロケットが倉庫から引っ張りだされ、大急ぎで抗電磁
処理とロケットのパワーアップ、そして本体の強化が加えられた。


 かくして、四つの観測衛星は打ち上げられた。
 衛星からの写真で、かの惑星が地球と瓜二つだと確認された。つまりゲートの向こう側
が別宇宙、パラレル・ワールドの地球だと判明したのだ。暫定的に、第二地球と命名され
た。
 観測したブラスターのエネルギーから、トリステイン王国中央広場の映像を捉えた。
 ブラスターを持つ少女の隣に立つヤンの姿も確認された。

 そして、現在に至るわけである。




「フロイライン。あなたならどうする?」
 ラインハルトは、横に控える主席秘書官へ問いかけた。
 少年のように髪を短くした女性は、珍しく少々の興奮を交えた口調で答えた。
「まずは、ヤン提督と連絡を取りましょう。再度あのゲートを拡大させ、外装とエンジン
を強化した降下艇を無人で射出するのです。衛星からのナビゲーションで問題なく届けら
れるはずです」
「有人である必要は?あの男は現地で何らかの紛争に巻き込まれている。無人機ではイゼ
ルローンの将兵が黙っていまい」
「時期尚早です。二重遭難の危険を冒すべきではありません。それが例え死を覚悟した志
願者であってもです。
 機体には通信機に加え十分な量の食料と武器弾薬に医薬品、コンピューターにはこれま
での帝国とイゼルローンでの経過、そして陛下からのメッセージを載せておければよいで
しょう」
「ふむ、そうだな…」


 主席秘書官の意見は常識的なものだ。だが、それを聞いている皇帝は、不満げに考え込
んでいた。ただ彼女には、皇帝が不満を抱いている理由は政治的なものでも軍事的なもの
でもなく、もっと子供っぽい理由のように思えていた。そう、例えるなら。玩具売り場を
前にしてオモチャをねだる子供のような。

「…陛下」
 皇帝の瞳が、深い信頼を置く女性を顧みた。
「もしかして、ご自分が行きたいのですか?」
 その言葉に、若き皇帝は少なからず動揺した。その姿に秘書は溜め息をついたりせず、
むしろ微笑んだ。

 ファンタジー世界など子供の頃に読み聞かされるお伽話、異世界冒険譚など視聴率を手
軽に稼ぎたい立体TVのシチュエーションに過ぎない…ラインハルト自身そう考えていた
し、分別ある大人なら同じように考えるものだ。だが本当に異世界を目の前にした時、誰
しも夢に描いた超常現象や超能力や魔法が実在する世界を発見した時、何を感じるだろう
か?
 人跡未踏の地が広がる。未知の技術が転がっている。子供の頃に憧れた幻獣達がいる。
人類が永きにわたり探し求めた、エイリアン達までいる。知的好奇心を、征服欲を、冒険
心を刺激されない人がいるだろうか?
 ましてや、皇帝ラインハルトは既に銀河の大半を手にしている。新たなる情熱の対象を
求めるのは至極当然だ。
 加えてフロイライン・マリーンドルフは、戦いを好む皇帝の資質に少なからず懸念を有
していた。ヤンとの会見がなり、宇宙に平和が訪れた時、皇帝の心は何によって満たされ
るのか、と。

 すぐ心の平静を取り戻したラインハルトは、少し笑って秘書官に語りかけた。
「まったく、あなたの前にあっては、予が皇帝の地位にある事が疑わしい」
 そう言って、視線をコンソールへ向けた。ピアニストのように美しくボタンを弾き、必
要なデータを指揮卓のスクリーンへ表示させていく。
 そして、オペレーターの一人へ通信を開いた。
「次のゲート拡大まで、どれほどの時間がかかるか」
 質問されたオペレーターの女性は即座に計算結果と予定表を皇帝のモニターへと送っ
た。
「現在、オーバーヒートを起こした艦を順次交代させています。また、前回のデータをも
とに新たなプログラムを作成しましたので、このダウンロードと各艦の再調整も必要とな
ります。
 次回同調まで48時間が必要となります」
「よし、カウントダウンを開始せよ。新たな観測衛星と、強襲降下艇も手配せよ」


 皇帝の命に従い、司令所の二次元スクリーンには次回作戦までのカウントダウンが表示
された。刻々と減少していく時間に追われるかのように、オペレーター達の声も大きくせ
わしないものになっていく。
「ミッターマイヤー艦隊、高速戦艦千隻がワープ・エンジン改造を終了しました。現在、
予備艦艇としてゲート入り口へ向かっています」
「ゲート出口付近に待機する人数が増加しています。言語解析のため、暗号解読班への人
員拡充を要請します」
「メックリンガー上級大将より緊急通信。第二地球への学術的調査と異種文明特別保護宙
域化について急ぎ皇帝陛下へ上奏したき議あり、との内容です。陛下のコンソールへ送り
ます」
「ビッテンフェルト上級大将より入電。『我、第二地球調査隊に志願する。彼の地に銀河
帝国の旗を打ち立てる大役と栄誉、他の者に譲る意思無し』…帰れないって言ってるのに
なぁ、この人…ゴホゴホ!しっ失礼しました」
「アッテンボロー中将より報告、エル・ファシルより徴用したサーバーが届きました。第
2,第5,第12技術班は急ぎ接続作業に入って下さい」
「イゼルローン要塞より報告です。ヤン婦人が情報工学技術者37名と共に戦艦ユリシー
ズにて観測所へ向けて航行中との事です」
「同盟…失礼、新領土総督、ロイエンタール元帥からの追加報告です。過去三百年に渡る
新領土でのゲート衝突事故、全データの解析作業終了。地球教徒狩りは継続中、今少し猶
予を頂ければ、ご命令通り最後の一人まで刈り尽くして見せましょう…。ハイネセンより
の報告、以上です」
「観測所に接近中の同盟軍輸送艦隊へ。衝突の危険あるためその場で停船して下さい。
 グルック工部尚書、イゼルローンよりのタングステン鋼追加分が届きました…はい、は
い、承知致しました。順次、第四ポートへの接舷を指示します」
「第五居住管区へお伝えします。当該区域は気密作業終了しました。二時間後よりエア・
ボンベを開放します。現時刻より火気厳禁、注意して下さい」

 オペレーター達は続々と飛び込んでくる情報の処理と各部署への指示に没頭していた。
観測所の外でも次のゲート拡大へ向けて、帝国とイゼルローンの艦隊が些かぎこちなくと
も衝突事故など起こさず艦船の交代と艦列の配置を進めている。
 皇帝は司令席に腰を降ろし、一通り報告に目を通した後、次のゲート拡大についてユリ
アン達と意見交換をすべくマイクのボタンに手をかけようとした。
 この時、指揮卓上の映像に目を、そしてその映像に関するオペレーターからの報告に耳
を向けた。一瞬指の動きが止まった。
「ヤン提督が移動を開始しました。その…えと、竜、らしき生物の背に多数の人間と共に
乗り込み、城…とおぼしき建造物へ向かっています」
 即座にラインハルトは指揮卓上の映像を拡大した。

 そこには、確かに竜の背に乗るヤンがいた。

 燕尾服を着た彼は、背にデルフリンガーを担ぎ、ヴァリエール家の人々やシエスタやロ
ングビルなど、何人もの男女と共にシルフィードでトリステイン城へ向かっていた。


               第25話   その頃、舞台裏では   END


新着情報

取得中です。