あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

IDOLA have the immortal servant-03


「あ、あんた何してるの?」
 自分の所に食後のデザートを持ってきた使用人が自分の使い魔だったので、ルイズは目を丸くした。
「何。ここの食堂の使用人に世話になったから、労働で返しているだけだ。金は無いが、ただで施しを受けるのは性に合わんのでな。ついでに、服も汚れていたので着替えさせてもらった」
「そ、そう。頑張って」
「うむ」
 そう返事を返すと、フロウウェンは給仕の仕事に戻っていく。
 我ながらマヌケな返事をした、と思う。借り物であろう執事の格好は恐ろしく様になっていたからだろう。
 平民を召喚してしまったと落ち込んだものだが、今でははっきり言える。自分は当たりを引いたのだ、と。
 フロウウェンは律儀だし、魔法が使えない自分を馬鹿にしたりしない。
 しかも「魔法のようなもの」まで使えるという。使い魔として見た場合、美点はいっぱいあると思う。
 だから食前の祈りである、始祖ブリミルと女王陛下への感謝の言葉も、殊更神聖なものに思えた。
 しかも、使い魔の運んできたデザートもクックベリーパイというルイズの大好物だったりする。今日はついてるのかもと、パイを口に運びながらルイズはご満悦だ。昼間の失敗も帳消しにしてお釣りが来るというものだ。
 端的に言うと、ルイズは浮かれていた。だから食堂の一角で起きている騒動にもまだ気付いていなかった。
 その騒動に巻き込まれた形のフロウウェンはというと、目の前の少年をどう扱ったものか困惑していた。
 フロウウェンが少年の落とした香水を渡した事で、彼の二股が発覚してしまったらしい。あれよあれよという間に、フロウウェンの目の前で少女二人に三行半を突きつけられた形だ。
 それだけなら別にどうという事は無いのだが、少年は頬に手形を貼りつけ、ワインを頭から浴びせられ、それでも芝居がかった仕草で、フラれた責任の所在を自分に求めてくるのだ。 
 ギーシュの身勝手な主張を聞いていたが、面倒になってきたので溜息をつくとフロウウェンは言った。
「……あー、ギーシュ、だったかな。気の毒だとは思うが、不実なのは感心できんな。例えオレが話を合わせて、あの場を知らぬ存ぜぬで押し通せても、それはあの娘達への裏切りではないのか?」
「そうだぞ、ギーシュ! お前が悪い!」
 フロウウェンの言葉はギーシュの痛い所を的確に突いていたが、友人達の横槍と嘲笑があってはギーシュも引くに引けない。何より相手は平民だ。貴族が簡単に非を認めるわけにはいかない。
「君は貴族に対する礼儀を知らないのかね。人前で貴族に恥をかかせるのが使用人のする事なのか?」
「残念だがこの服装は借り物で、オレは使用人ではない。手伝っているだけだ」
「……? ああ、ああ! そうか、君はあのルイズの使い魔だったね。全く主人が主人なら使い魔も使い魔だ」
「……それは、どういう意味かな」
 すっと、フロウウェンの目が細くなる。周囲の温度が数度下がるかのような錯覚を受ける、冷たい怒気だった。
 自分だけならば大目に見てやる事もできた。しかし関係の無いルイズまで絡めてくるとなれば、聞かなかった、で済ますわけにはいかない。
 勘の鋭い者なら、そこで言葉を止めていただろう。
 だが、ギーシュは鈍い。絶望的に鈍い。好きにさせれば戦場で真っ先に死ぬタイプだ。だから、言ってしまった。
「言葉通りだよ使い魔君。人に迷惑をかけてばかりで役に立たない、という意味さ」
「ほう」
 フロウウェンが薄く笑う。
 ―――そういえばその言葉を前に自分に浴びせた者がいた。
 あのオスト・ハイル博士だ。
 さんざん人を実験動物として利用し、約束も守らず、手に余ると「役立たず」と罵り、遺棄処分にしてくれた。
 結局直接のお礼参りもできなかったのだった。
 そんな事を、このタイミングでフロウウェンが思い出してしまったのは、ギーシュの不幸だ。
 だから、フロウウェンは経験に裏打ちされた、老獪さから来る確信を持って言う。言われたギーシュの反応を完全に読み切って。
「貴族だと言ってみたところでお前がどれほどのものだというのだ。未熟者に対して礼儀など必要あるまい」
「……よかろう。君に礼儀というものを教えてやろう。食後の腹ごなしには丁度いい」
 と言って、ギーシュが立ち上がる。
「決闘だ! ヴェストリの広場へ来たまえ!」
 これは見物だ、とギーシュの友人達が後に続いた。一人がその場に残る。監視のつもりらしい。
 ふと気付けば、シエスタが青い顔をして立ち竦んでいた。
「ヒ、ヒースクリフさん! 殺されちゃう! き、貴族を怒らせるなんて……」
 シエスタはフロウウェンの腕を掴んで、自分も付き添うからすぐに謝りに行きましょう、と促してくる。
 ここ数日のフロウウェンとの会話で、シエスタはこの老人が本当にトリステインでの常識に欠ける事を知っていた。だから、メイジの恐ろしさを分かっていない事もすぐに理解した。
 自分が止めるべきだ。手伝わせたのは自分で……責任がある。
「ルイズを馬鹿にされて、引き下がるわけにはいかない」
「そ、そんな……謝っちゃってもいいじゃないですか! ミス・ヴァリエールだって分かってくれますよ!」
「だろうな」
「なら、何で……!」
「あの娘が、学院で何と言われているか知っているだろう?」
 シエスタははっとして、フロウウェンの顔を見詰める。
 これから決闘に赴くというのに気負った所はなく、青い目で静かに自分を見つめていた。
「メイジの実力を見るには使い魔を見ろ、と言われているらしいな。ならば退けぬ場面もある。あの小僧や周りの連中に、知らしめる必要がある」
 ようやく騒ぎを聞きつけたルイズがこちらへ向かってくる。それを目にしたフロウウェンが、シエスタに言う。
「シエスタが心配してくれた事は有り難く思う。今の話はルイズには黙っていてくれ」
 シエスタは何も言えなくなってしまった。
「なにしてんの! ギーシュと決闘なんて、何考えてるのよ!」
「何か問題が?」
「何勝手に決闘の約束なんかしてんのよ!」
「うむ。これはオレが勝手にやった事だ。だからルイズに責任はない。安心していい」
「そういう事を言ってるんじゃなくて……」
 フロウウェンはにやり、と悪戯を思いついた少年のような笑みを浮かべる。
「あの小僧は食後の腹ごなしと言っていたが、その通りだ。難しく考える必要は無い。小僧は、さっき聞いたメイジのランクではどれくらいだ? ラインか? トライアングルか?」
「ドットよ。あのテクニックとか言うので戦うの? 自信あるの?」
「やってみなければ分からんよ。純粋にテクニックユーザーとして見た場合、オレも最下級だろうからな」
 最下級、という言葉を聞いて、ルイズの顔色が変わった。
「ちょっと! 下手したら怪我じゃ済まないのよ!? 言っておくけどギーシュの魔法は」
「その先は言わなくとも良い」
 その言葉をフロウウェンは遮る。
「な、何よ」
「戦う前に相手の戦術を知ってしまっては興が冷めるというものだ。何せ一対一の決闘だからな」
「はぁぁっ!?」
 頭が痛くなってきた。何だかんだでノリノリじゃないかこの男。
「さて、案内してもらおうか」
「こっちだ。じいさん」
「ああもう! 怪我しても知らないからね!!」


「諸君、決闘だ!」
 広場は噂を聞きつけた生徒達でごった返していた。ギーシュが煽るとわあーっと喚声が上がる。
 どうやら暇を持て余した連中は殆どがギーシュの味方らしい。
 こちらの味方と言えば、心配そうに見守るルイズとシエスタだけだろう。だが、それで充分に過ぎる。
「決闘だ! ギーシュとルイズの平民が決闘をするぞ!」
 喚声に腕を振って答えるギーシュ。
 対するフロウウェンも堂々としたもので、まだ笑っていた。目は全然笑っていないが。
「とりあえず、逃げずに来た事は誉めてやろうじゃないか」
「抜かせ、小僧」
「さて、始めようか。僕はメイジだ。だから魔法で戦う。よもや文句は無いね?」
「好きにするが良い」
 ギーシュは満足そうに頷くと、手にしていた薔薇の花を振る。
 花びらが一枚宙に舞って、見る見る内に甲冑の女戦士の人形になった。
「ほう。これは『錬金』の応用か。こんな事も出来るのだな」
 とすると、目の前の少年の属性は土、という事になる。フロウウェンとしては、火球を飛ばされたり、雷を放たれたりといった、遠距離主体の戦闘になると予想していたのだが。
 まあ、近接戦闘なら望む所だ。人型であるなら尚更やりやすい。
「僕の二つ名は『青銅』。青銅のギーシュだ。従って、この青銅のゴーレム、『ワルキューレ』がお相手する」
「来い」
 猛然とワルキューレが突進する。
 初弾はあっさりと避けられた。それなりに早いしパワーもある。が、直線的で力任せのそれは、フロウウェンにとって見切る事は容易かった。
 操る者に体術の心得が無いのだ、とフロウウェンは感じた。
 続けてワルキューレが青銅の右拳を繰り出す。が、易々と受け止められた。
 フロウウェンはワルキューレの手首を掴んだまま力の方向を反らし、重心を操作して難なく地面に引き倒す。そのまま肩口に足をかけ、右腕を肩から捻り上げる。
 金属の軋む嫌な音が、ヴェストリの広場に響いた。
 一連の、流れるような鮮やかな動作でワルキューレの右腕を肩口からもぎ取ると、ギーシュの方向に向かってワルキューレを蹴り返した。
 5メイルは飛ばされて、ワルキューレが派手な音を立てて地面を転がる。
「な……」
 絶句するギーシュ。ギャラリーも一瞬静まり返った後、喚声を上げた。
「ふむ」
 もぎ取ったワルキューレの腕を弄びながら、首を左右に振ってこきこきと音を鳴らす。
 ワルキューレを見て最初に想起したのは自分の世界の女型アンドロイドだった。
 だが、ワルキューレと、フロウウェンの世界でのアンドロイドでは、その構造の精密さからも戦闘能力からも比較対象にはならないようだ。
 ゾーク・ミヤマという長年の親友がフロウウェンにはいた。
 彼の家には旧式のアンドロイドが三代に渡り仕えていたが、戦闘用ではないという彼女でさえ、もう少し動けるだろう。
「中身はがらんどうなのか。どうやって動かしているのか知らんが、関節は案外脆いようだな」
「ば、馬鹿力が自慢か! いいだろう全力で相手してやる!」
 ギーシュが花びらを撒き散らすと、新たに5体のワルキューレが出現した。
 ここに来て、まだギーシュはフロウウェンの戦力を誤解していた。ワルキューレを蹴り飛ばした瞬発力は確かに大したものだが、最も警戒すべきはそこではない。
 ワルキューレと、それを操るギーシュの技量を初弾で見切り、重量、力、速度で人間に勝るはずのゴーレムをあっさり引き倒した技の冴え。それこそがフロウウェンの最大の武器だ。老いて尚剣筋が衰えぬと言われた、たゆまぬ研鑽の賜物だった。


 一方、学院長室では―――
「で、どこにも該当するルーンが見当たらなくて、なんで始祖ブリミルの使い魔に行き着くんじゃ」
「人間の使い魔は古今、例がありません。しかし、明記されているわけではありませんが、この『始祖ブリミルの使い魔』たちの記述を見てください。
それぞれ、あらゆる武器を使いこなす、あらゆる動物と心を通わせる、叡智とその手に持った道具で主を支える、とあります。
能力に差異はありますが、人間かエルフのような亜人ならば、いずれもこれらの記述が自然に想像出来るとは思えませんか?」
 いささかコルベールは興奮しているらしい。鼻息荒く、自分の考えを語る。
 武器を使うのならば手はあっただろう。
 動物と心を通わせるのが、また動物というのも納まりが悪い……かもしれない。
 そしてミョズニトニルンに至っては叡智と手にもった道具、か。
「それで、人間が召喚されて、刻まれたルーンがガンダールヴでもヴィンダールヴでもミョズニトニルンでもないから、語られぬ最後の使い魔かも知れぬじゃと? それはいくらなんでも飛躍しすぎてはおらんかね、ミスタ・コルベール」
 それはコルベールも承知していた。ただ、動物や幻獣に刻まれたルーンは記録がいくらでもあるし、効果もどのようなものか大体分かっている。
だから何度も何度も過去の記録とルーンを照合し、フロウウェンに刻まれたルーンが記録にない事を確認してからここにきたのだ。
しかし、他に該当するルーンがないという事を証明するのは俗にいう悪魔の証明という奴で、どれだけ調べても絶対だと言い切るのは不可能に近い。
 現時点で言える事は、類例のない人間の使い魔に、これまたやたらレアそうなルーンが刻まれた、という事だけだった。
「ですから、オールド・オスマンに話を伺いに来たのです。その、ミス・ヴァリエールの使い魔自身も……危険は無いと思いますが、監視が必要ではあると思うのです」
 コルベールはフロウウェンの青い目を思い出していた。
 あれは、戦場を知っている目だ。そしてその空しさも知っている目。だから彼の人柄には危険がないと判断し『コントラクト・サーヴァント』を行わせた。
「現時点では何とも言えんのう。その、ヴァリエール公爵家の三女の属性はなんだったかな?」
「分かりません。彼女が使う魔法は全て爆発してしまいますからね。彼女がもし、虚無の属性であるなら……これは」
「うむむ……」
 オールド・オスマンは腕組みをして黙ってしまう。
 コツコツとドアが叩かれた。
「誰じゃ?」
「私です。オールド・オスマン」
 その声はミス・ロングビルのものだった。
「ヴェストリの広場で決闘をしている生徒がいるようです。大騒ぎになっています。止めに入った教師がいるのですが、生徒に邪魔をされて止める事が出来ないと」
「全く……暇を持て余した貴族というのはこれだから始末に悪いわい。誰が暴れておるんじゃ?」
「一人は、ギーシュ・ド・グラモン」
「あのグラモンのとこのバカ息子か。親父も息子もどうしようもない女好きじゃからな。おおかた女の子の取り合いが原因じゃろ。で、もう一人は?」
「それが……メイジではなく、ミス・ヴァリエールの使い魔だと」
 オスマンとコルベールは顔を見合わせる。
「教師たちは『眠りの鐘』の使用許可を求めておりますが」
 オスマンはほんの少し逡巡した後、告げる。
「放っておきなさい。たかがケンカじゃろ」
 勿論、真意は別の所にある。少しだけ迷ったのは、始祖の使い魔の「四人目」の記述が少々引っかかったからだ。
「わかりました」
 ミス・ロングビルの足音が去っていくと、オスマンはコルベールを見やる。
「確認するが……その、ミス・ヴァリエールの使い魔というのは、人格的には問題が無さそうなんじゃな?」
「私の見立てでは、そうです」
 オスマンは頷くと、壁にかかった大きな鏡に杖を振るった。鏡にヴェストリの広場が映し出された。


「あら」
 何時の間にかキュルケの隣にタバサが来ていた。それはいつもの事なのだが、本から目を離して決闘を熱心に眺めている。興味の対象が本以外の物に移る事すら珍しいのに、とキュルケは思った。
「どうしたの? こういうのに興味なさそうなのに」
「勉強になる」
 タバサは答えた。
「あー。あれはちょっと……相手が悪いわね。ギーシュも気の毒にね」
 そういって蒼白になっているギーシュを見て笑う。
 五体からのワルキューレから一斉攻撃を仕掛けられながら、一発の命中も許してはいない。時に足を引っ掛けてワルキューレを地に転がしたりしながら、ルイズの使い魔はまだ本格的な攻撃に転じていなかった。
 まず、体重移動と足裁きが抜群に上手い。決してフロウウェンの方が早く動いているわけではないのだ。
 離れて見ていると、カラクリが分かる。踏み込む足が左右どちらかに捻りが加えられていて、一歩を踏み出すと同時に軸足を回転させて死角へ、死角へと高速で回り込んで行くのだ。
 距離と方向を効果的に稼いで、前後左右、縦横無尽に隙を見せずに動き回るので、数で勝るはずのワルキューレ達がまるでついていけない。
 仕舞いにはワルキューレ同士で激突したり絡みあったりする有様だ。攻撃もされていないのにワルキューレはあちこち傷だらけになっていた。
「多対一の戦いに慣れている」
「そうね。何か体術を習得してるわよ、彼」
 そうこうしてる間にフロウウェンが、ワルキューレ達の背後を取った。
 足を止めて、ワルキューレの一団に向けて右手を突き出す。
 そして……それだけだ。否、周りの者からはそれだけに見えた。
 体勢を立て直したワルキューレがまたフロウウェンに向かっていく。
「何、今の?」
「わからない。でも何か……」
 状況に変化があった。フロウウェンは真正面からワルキューレ達を相手にするつもりらしい。
「動く……!」 


 最初、ルイズはフロウウェンが何かテクニックを使うのかと思った。
 が、右手を突き出しただけで終わりだった。拍子抜けしたが、それでいいと思う。
 だってこんな場面でテクニックを使ってもみろ。まず間違いなく先住魔法だと誤解されて大騒ぎになる。だから思いとどまったのだろうとルイズは納得し、そして……続く光景に顎を落とした。
 一瞬腰を落としたフロウウェンが地面を蹴って、ワルキューレ達に向かって―――跳んだ。
 手にしているのは、先程もぎ取ったワルキューレの腕。それを、先頭のワルキューレの胴体に叩きつける。上半身が折れて吹き飛ぶ。
 返す刀で二体目の肩口から叩き込む。ワルキューレが、ひしゃげて崩れる。
 三体目の左腕と頭を跳ね飛ばした所で、ようやくフロウウェンの持っていた青銅の腕が、関節部からへし折れた。
 頭を飛ばされたワルキューレはそのまま地面に倒れて、後ろから続く生き残りの仲間に踏み潰される。
 背中から殴りかかってきた片腕のワルキューレの拳を、振り向きもせずにかわしてその腕を取る。殴りかかってきた勢いを殺さず、そのまま前方に背負いながら投げつけた。
 四体目の頭に腰から落ちて、片方は首から潰され、片方は腰に穴が開く。二体のワルキューレがまとめてスクラップと化した。最初の接触から、わずか三秒足らずの間の破壊劇だった。
「なな、なああっ!?」
 ギーシュは目の前の光景が理解出来ずに口をパクパクさせるしかない。
 残るは一体。ギーシュが自分を守る為に側に待機させていたものだ。
「その杖。花びらが残っているな。まだ一体、人形を出せるのだろう?」
 フロウウェンが言う。
「……っ」
 確かに、ギーシュは後一体分の『錬金』が可能だった。予想以上にフロウウェンの腕が立ちそうなので、不測の事態に備えて一体分の余力を残しておいたのだ。
「どうする。もう一体出して、二体の人形で勝負に出るか? 或いは……」
「は、ははは、はは……いや、降伏はない。誇り高きグラモン家の家訓にある。命を惜しむな、名を惜しめ、とね。家名に傷をつけるわけにはいかない」
 青い顔をしながら、それでもギーシュは笑って見せた。
 しかし、薔薇を持つ手は小さく震えている。とっくに、勝てない相手に喧嘩を売ってしまったのだと解っていた。
「決着をつける前に、聞きたい。貴方はいつだって……そう。最初にワルキューレを一体だけしか出さなかった時なんて、いくらでも僕を倒すチャンスがあったはずだ。僕が侮っていたから僕を嬲るつもりだったのかい?」
「それは違う。少々身体に違和感があってな。暫く様子見はさせてもらったが、他意はない」
「なるほど……」
 ギーシュが呟く。薔薇を持つ、右手首を爪が食い込むほどの力で押さえ、無理やりに震えを止めた。
「では、このギーシュ・ド・グラモン。全身全霊を賭けて貴方の相手をさせてもらう」
 薔薇をフロウウェンに突き付け、言った。
 フロウウェンは一瞬驚いたような顔になるも、すぐに表情に戻すと上体を軽く落とし、臨戦態勢を整える。
 ギーシュは己の真正面にワルキューレを配置する。 ワルキューレを破壊されても自分の負け。フロウウェンの動きに着いて行けず、ワルキューレを突破されても自分の負けだ。
「ヒースクリフ・フロウウェン。推して参る」 
 フロウウェンが正面から突進してくる。ギーシュも、迎え撃つべくワルキューレを突撃させた。チャンスは一度だけ。失敗は許されない。
「今だ!!」
 叫んで杖を振るう。使う魔法は『錬金』。
 瞬間、フロウウェンの踏み込んだ足が、脛まで埋まった。地面が深い泥濘に変わっていたのだ。
 これで、ギーシュの精神力は看板だ。ワルキューレを作る力は残されていない。
「ほう!?」
 フロウウェンは感嘆の声を漏らしていた。
 泥濘の外から、ワルキューレがフロウウェンに向かって跳躍した。青銅の身体が陽光を受けて輝く。
 対するフロウウェンはスタンスを広げて上体を落とし、泥濘に身体を安定させる。
 足を止めたまま、右拳でワルキューレを迎え撃った。
 拳が交差した瞬間、ヴェストリの広場が静まり返る。
 フロウウェンの頬から一筋、赤い血が伝う。
 ワルキューレの拳は、フロウウェンの薄皮一枚を持っていく程度だった。ギーシュの全霊。わずか届かず。
 青銅の女騎士は、胸部が陥没していた。白髭公の一撃が突き刺さっていたのだ。ずるりと、動きを止めたワルキューレが重力に従って、泥濘の中へと落ちていった。
 それは、素手の一撃にしては確かに強烈ではあったが、本来ならばそれでもまだワルキューレは戦闘不能にはなるまい。ワルキューレが動きを止めたのは、ギーシュのコンディションの方に原因があった。
「僕の、負けだ」
 ギーシュは結末を見届け、敗北を認める言葉を口にすると、意識を手放して白目を向くと仰向けにぶっ倒れた。離れた場所に大きな泥濘を作った事で、相当な精神力を消耗したらしい。
 何せ、フロウウェンの速度が並ではないし、挙動はギーシュの理解の範疇を超えている。確実に捉える為には、より大きな範囲を泥に変える必要があったのだ。既にワルキューレを六体作り出しているギーシュには、限界を超えたものだった。
「見事だ」
 満足そうに、フロウウェンは頷いた。
「ヒースって、本当に強かったのね。テクニックも使わずに勝っちゃうなんて」
 ルイズが呆れたように言う。
「いや、使ったぞ」
「え? だって」
「ザルア、と言ってな。相手の耐久力を一時的に低下させるテクニックだ。でなければ最初の一撃で青銅の腕が折れている」
 フロウウェンのアイテムパックにはモノメイトとモノフルイドが三個ずつ。セイバーの発振装置という、平常時での待機任務の時の装備が入れられていた。
 だが、これはどうもこちらで使うとまずい事になりそうだと、フォトンチェアーとギバータの時にしっかりと学習していたので、フロウウェンは派手なテクニックと共に使用を控えていたのである。
ギーシュの操るワルキューレがもう少し手強い相手ならばそうも言ってはいられなかっただろうが。
「そうだったの……」
 色々出来るのね、とルイズは独りごちる。
「あ、あの。怪我がなくて何よりです。ヒースクリフさん」
 シエスタが言った。
「心配をかけたな」
「いえ……」
「ギーシュ! ほんとに馬鹿なんだから!」
 モンモランシーが走ってきて、ギーシュを『レビテーション』で運んでいった。ギーシュが目が覚ましたときに、まだ悶着がありそうだが、それはフロウウェンには関わりのない事だ。
 それよりも、フロウウェンには先程からずっと、気になっている事があった。
「やはり……これは異常だな」
 フロウウェンは頬に手を当てて呟く。
「え? 今なんて?」
「……いや、何でもない」
 答えて、歩き出す。その頬には血の跡があるばかりで、傷一つなかった。


「……勝ってしまいましたな」
 呆然としていたコルベールが言った。
「うむ」
「ギーシュは一番レベルの低い『ドット』メイジですが、それをあっさり打ち破ったとなると……あの男、相当な腕前ですぞ」
「うむ。あの体術もすごいが、あの男、何か魔法を使ったな。気付いたか?」
「はい。ゴーレムに打ち掛かる前の、あれですな。生徒達には言っていませんでしたが、実は『ディテクト・マジック』を使った時に妙な魔力を感知してはいたのです。しかしまさか、杖も詠唱も無しに魔法を行使するとは! あれは先住魔法ではないでしょうか?」
「かもしれん」
 オスマンは腕組みして、髭を弄りながら思索を始めてしまう。
「オールド・オスマン。王宮に報告した方が良いのでは?」
「それには及ぶまい。まだ正体も分かっていないし、王室のボンクラどもに引き渡して見ろ。戦好きなあの連中の事じゃ。ロクな事に使われまい。当然、その主人のミス・ヴァリエールも巻き込まれることになる」
「成る程……学院長の深謀には恐れ入ります」
 コルベールの瞳に一瞬暗い影が差す。権力者の「やり方」を、コルベールは誰よりも知っていた。
「この件はワシが預かる。他言は無用じゃ。ミスタ・コルベール」
「は、はい。かしこまりました!」
 オスマンは窓から空を眺めて、呟く。
「伝説の使い魔、か……」



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