あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

第4話


 第4話

 ゼロのルイズ。そのあだ名が彼女を嘲るものであり、嫌いな呼び名であることは知っているつもりだった。
 だけど、それがどれだけルイズを傷つけるものか私は理解しておらず、そのため何の気もなく自分はゼロの使い魔だと言ったときも、自分がルイズを傷つけたという自覚などなかった。
 魔法の成功率ゼロのルイズ。それは、この国の人間ではなく魔法使いでもない私には、さしたる意味を感じさせない。
 だから、この国で魔法を使えない貴族が周りからどう扱われるのか、魔法の成功率を上げるためにルイズがどれだけの努力をしていたのか私は知らない。
 興味もなかったのだが、ルイズは優秀な人間だった。座学ではトップの成績を保ち、運動神経も良い。誇り高く、それが過ぎて頭に血が上りやすい傾向にあり感情の起伏も激しいが頭の回転も悪くない。
 私の目には優秀さ故に高慢であるとも映るルイズは、実は魔法が使えないというたった一つの欠点により全てを否定され嘲られ、ただ自分を認めてほしいと泣く子供であったのだ。
 魔法を成功させたことのない彼女が初めて成功させた魔法は、人間の使い魔の召喚という前例がないゆえに周りからは成功と見なされないものであり、その使い魔にすらゼロと呼ばれて傷つかないはずがなかった。
 傷つき、しかし他人に泣く姿を見せることを許されない彼女は、私やキュルケたちが立ち去った後もその場を動かず立ち尽くし、それに遭遇した。



 その日、学院は蜂の巣をつついたような騒ぎの中にあった。
 なんでも昨日の夜に現れた巨大なゴーレムが宝物庫の壁を破壊して、『破滅の剣』と呼ばれる秘宝が盗まれたのだとか。
 犯人は土くれのフーケ。宝物庫の壁に犯行声明が刻んであったらしい。
 それは、私とは関係のない話のはずだった。ルイズがフーケの捜索隊に志願さえしなければ。
 フーケによる盗難の唯一の目撃者だったルイズは、教師たちと共に学院長に呼び出され、そこで学院長の秘書のロングビルという女性がフーケの居場所をつきとめたと情報を持ってきた時に捜索隊に志願したのだという。
 生徒が捜索隊に加わるなど、とんでもないという説得があったが、他には誰一人志願しなかったためルイズの申し出は受け入れられた。
 そして今、ルイズと、フーケの情報を持つロングビルと、使い魔だからと知らないうちに同行することになった私と、何故かついて来たキュルケとタバサの五人は馬車に乗っていた。
 途中、ロングビルが貴族の名をなくしたメイジだと分かったり、その事情を聞きたがったキュルケと他人の過去を詮索するのは良くないと言うルイズの口喧嘩が始まったりしたが、どうでもいいことだろう。多分。

 馬車は森に入り、ロングビルの提案で徒歩に切り替えしばらく歩いたあと、私たちは開けた場所にある廃屋を見つけた。
「わたくしの聞いた情報だと、あの小屋にいるという話です」
 ロングビルが指差すが、小屋から見えないようにと茂みに身を隠した私たちには、人がいる気配を感じることができない。
 どうしたものかと相談をしてみたところ、タバサの発案で私が1人で偵察に行き、もし見つかった時は、私がフーケを引きつけてその隙をついて皆で一斉攻撃をすることになった。
 妥当なところだろうとは思う。ただし、この中で一番無関係な人間である私が一番の危険を買って出なくてはならない事に不満を感じないでもない。
 長剣を抜きルーンの力で身体能力を上げた後、小屋に近づき窓から中を覗き込む。一部屋しかないらしい小屋の中は埃の積もったテーブルや転がった椅子、崩れた暖炉や木で出来たチェストがあるが人の気配はまるでない。
 どういうことかと悩んだけれど、ここで1人で悩んでいてもしかたがない。誰もいないからと皆を呼ぶと、タバサが扉に向けて杖を振った。罠がないか確認したらしい。
 タバサはそのまま扉を開けて中に入り私とキュルケが後に続く、ルイズは外で見張りをすると外に残り、ロングビルは当たりを偵察してきますと森に消えた。
 小屋に入ると、タバサの指示でフーケが手がかりを残していないかと調べたのだけれど、タバサがすぐに『破滅の剣』を見つけ出した。
「あっけないわね!」
 キュルケがそんな事を言うが、私はそれどころではなかった。
「これが……、『破滅の剣』なの?」
「そうよ。あたし、見たことあるもん。宝物庫を見学したとき」
 キュルケの答えに私は『破滅の剣』を見つめる。
 私はこの剣を知らない。だけど、この剣がなんなのかは分かる。これは<<剣>>と同じもの。剣の形をした混沌。
「どうして、こんなものが……」
 その時、外のルイズが悲鳴を上げた。
「どうしたの! ルイズ」
 急いで外に出ようと扉へ目を向けるのと同時に……。小屋の屋根がなくなっていた。
 天井がなくなり空を背に巨大なゴーレムが見えた。
 タバサが杖を振り唱えた呪文が竜巻を生みゴーレムを襲い、続いてキュルケが呪文を唱え杖から伸びた炎がゴーレムを包む。だけど、ゴーレムにはまるで効かない。
「無理よこんなの!」
「退却」
 キュルケの泣き言に被せるようにタバサが呟き、2人は逃げ出した。
 私も、2人に続こうとして、ゴーレムの後ろで杖を振っているルイズを見つけてしまった。
「何をやっているの! 早く逃げなさい」
「いやよ! あいつを捕まえれば、誰ももう、わたしをゼロのルイズとは呼ばないでしょ!」
 そんなことを言って唱えた呪文が爆発を起こしゴーレムの体を少しだけ削る。
「バカなこと言ってないで逃げなさい! そんなことをやってもそのゴーレムは倒せないわ」
「やってみなくちゃ、わかんないじゃない!」
「やるまでもなく分かるでしょ! 自分の実力を思い出しなさい」
「いやよ! ここで逃げたらゼロのルイズだから逃げたって言われるわ!」
「そんなの、好きに言わせておきなさい!」
「わたしは貴族よ。魔法が使える者を、貴族と呼ぶんじゃないわ、敵に後ろを見せない者を貴族と呼ぶのよ!」
 杖を握り締め唱えた呪文は小さな爆発を起こし、ゴーレムの一部を砕くが、やはりその巨体にはほとんど意味をなさない。
 ゴーレムは足を持ち上げ、続けて呪文を唱えようとするルイズを踏み潰そうとする。
 だけど、それを悠長に待つ私ではない。ゴーレムが足を上げた時点で走り出した私は、足を下ろす前にルイズを小脇に抱えて走り抜けていた。
「いい加減にしなさい! こんなところで無駄死にしたら、それこそゼロのルイズって言われるわよ」
「わたしは……」
 なにかを言いかけるルイズを捨てるように地に落とし、開いた左手でルイズの頬をで打つ。
 一瞬、何が起こったのか理解できないでいたルイズは、涙をこぼす。
「だって、悔しくて……。わたし……いっつもバカにされて……」
 いつもゼロだとバカにされ、努力しても報われず、自分の使い魔にまでゼロと呼ばれ、もう自分でもどうしていいかわからなくなったのだとルイズは訴える。
 つまり、ルイズを最後に追い詰めてしまったのは私だったのだ。
 もちろん私には、そんなつもりはなかった。だけど、傲慢な少女だと決めつけルイズを理解することを放棄し、追い詰められていることに気づかず最後の一押しをしてしまった責任は取らなければいけないのかもしれない。
 そんな間にもゴーレムは迫ってきて、ルイズは立ち上がろうとしない。ルイズを抱えて走っても逃げ切れるとは思えない。先に逃げ出したはずのタバサとキュルケが翼ある竜、風竜に乗って飛んでくるが多分、ゴーレムの方が速いだろう。
「しょうがないわね。いくわよデルフリンガー!」
「任せろ相棒!」
 ゴーレムの傍を走り抜け、その足首を斬りつける。ルーンの力なのか剣の性能か、斬ることは出来たが、すぐに切断面が接合して拳を振り上げ殴りつけてくる。
「くっ、どうにかできない?」
 かわしたゴーレムの拳が地面にめり込むのを横目に、その腕を斬りつけながらデルフリンガーに問う。絶望的な体重差がある上に斬ってもすぐに再生されては打つ手がない。
「うーん。できるような気がするんだけどなー?」
 デルフリンガーの答えは中途半端なもの。剣に聞くほうが間違ってたのかもしれないのだけれど。
 ゴーレムは飽きることなく拳をふるい続け、打開策が思いつかない私は、拳を避けながら剣をふるい続ける。
 このままでは体力が尽きて拳に潰されるだけだ。もう、ルイズが逃げるだけの時間は稼げたろうし体力が残っているうちにどうにか逃げるべきだろうか。
 そう思って一瞬だけルイズを置いてきた方に目を向けた私は信じられないものを見てしまった。
 キュルケたちに回収されたのだろう。風竜の背に乗っていたルイズが剣を抱えて飛び降りたのだ。タバサにでも魔法をかけてもらったのか、ゆっくりと降り立ったルイズは剣を振りかぶって走ってきた。
 宝物庫に収められ『破滅の剣』などと名づけられるほどの武器なら巨大なゴーレムを倒せる力を秘めているとでも考えたのかもしれない。事実として剣にはそれだけの力があるのかもしれない。
 だけど、その剣は使ってはいけない。制止の声を上げようとした私は、ゴーレムから注意を逸らしてしまい。ゴーレムに殴り飛ばされた。
 救いがあるとすれば、私を殴りつけた拳が上からの押し潰すものではなく横からの跳ね飛ばすものだったことだろうか。命は取り留めることができた。だけど……
「どうして逃げないのよ!」
「使い魔を、ショウコを見捨てて逃げられるわけがないでしょ!」
 一直線に走るルイズは、ゴーレムの拳のいい標的であっただろう。ゴーレムはその拳を鋼鉄に変えてルイズを迎え撃つ。
 鋼鉄の拳に剣を振り下ろすルイズは本当なら自動車にはねられたように吹き飛ばされただろう。だけど、そうはならなかった。ルイズは正面から衝撃を受けきり振り下ろした剣の刀身は拳に食い込んでいた。
 それだけではない。ゴーレムは完全に動きを止め、すぐに崩れ落ちて土の小山になる。『破滅の剣』に魔法を吸収する能力があると知るのは後の話。魔法を吸収する剣の前に魔法で編まれた巨像は風船にも等しい。
「おでれーた! やりやがったぜあのお嬢ちゃん」
 デルフリンガーがそんな浮かれた声を出すが私は喜べない。私の予想が外れていればいいんだけど。
「やったじゃない。ルイズ」
 振り返ると近くに風竜が下りてきていてキュルケがルイズに声をかけ、タバサが私の側に来て傷の具合を確かめていた。
 更にどこに偵察に行ってたのかロングビルが戻ってきて小山の向こうからルイズに歩み寄る。
「ダメよ! ルイズに近づかないで!」
 私の言葉にキュルケは立ち止まり、何を思ったのかロングビルはルイズに駆け寄り剣に手を伸ばして……、一刀の元に斬り倒された。
「何やってるのよルイズ!」
 ロングビルを斬りキュルケの叫びに振り返ったルイズの眼は、血の色をしていた。
 やっぱり、こうなったか。
「キュルケとタバサは下がっていて」
 ゴーレムに殴られた体はガタガタだけど今のルイズを止められるのは私だけだろう。
「ショウコ!? ルイズはどうなっちゃたのよ」
「剣に飲み込まれかけてるのよ。でも大丈夫。まだ、間に合うはずだから」
 立ち上がり剣を構える。キュルケがまだ何か言ってくるが無視する。ルイズがどれだけ剣の力を引き出しているのか分からない以上油断ができる状況ではない。
 ゆらりと動いたルイズは一呼吸の予備動作もなくこちらに駆け出し、私もまた同じタイミングで踏み出し、剣をふるう。
 ギンッと澄んだ音を立てる二振りの剣。
 上段から打ち下ろしてくる剣は、ゴーレムの鋼鉄の拳と拮抗した剛力の一撃。受け流すだけで私の筋肉は悲鳴を上げゴーレムによって受けた傷が血を噴出す。
 続く横薙ぎの剣、普通の剣と人間なら受けた剣を砕き相手を叩き斬る峻烈なる斬撃。普通でない剣であったらしいデルフリンガーが折れることはなかったのだけれど、受け止めるのがやっとの私は勢いを殺しきれず後ろに下がる。
 反撃はできない。ルイズの剣が常人をはるかに越えた速度と重さを持っているからというのもあるが、まるで防御を考えていないその剣は、傷つけずに止めることを許してはくれない。
 防御を考えないルイズの剣は、防戦一方の私の命を削る。回避することは難しく、受ければその衝撃だけで私は傷が開く。
 <<剣>>に飲まれた者は、剣の鬼、剣鬼と化す。完全ではないけれど、鬼と化したルイズのふるう剣は今の私には重過ぎる。
「ダメ。このままじゃ勝てない」
「おいおい、弱気になるなよ相棒! それじゃあ勝てるもんも勝てなくなるぜ」
 そんなことは分かっている。だけどゴーレムの一撃で負ったダメージは思った以上に大きい。
 殺してでも止めろというのなら不可能ではない。だけど、ルイズがああなったのは私を見捨てまいという考えのせいだ。そんな相手を殺せというのか。
 だけど、あまり時間を許せば、ルイズは剣に飲まれてしまう。
「いっそルイズの右手を斬りおとすか」
 物騒な発想だが、今は他の手が思いつかない。
「いや、もっといい手があるぜ!」
「いい手って何よ?」
「あの剣へし折っちまいな!」
「できるわけないでしょ」
 あの剣のことは知らないがアレは神代の呪物である<<剣>>と同種のものだ。そんなものが私に折れるはずがない。
「できるさ! 俺と相棒ならな。それともお嬢ちゃんの腕を斬りおとしたいってのか」
「……」
「いいか相棒! お前の力は心を震えさせることで強くなる! 怒り! 悲しみ! 愛! 喜び! なんだっていい! とにかく心を震わせな、そうすりゃあの剣だって折れる!」
 心を震わせるか……、私はルイズのことをどう思っているんだろう。好意? 同情? いや、何でもいいか。ただ助けたい。それだけの想いでも心は震えさせられるだろう。
「行くわよルイズ」
 右手を前に突き出し、左手で長剣を構える。
 圧倒的な質量差を覆すルイズの剣を、右手一本で止められるかどうかはあやしいのだけれど、今の私の体力でルイズの剣を折るにはこれ以外の方法は思いつかない。
 獣のような雄たけびと共に、ふり抜かれる横薙ぎの一閃を右の手のひらで捉えて掴む。
 激しい衝撃が右腕全体を震わせるがルイズの剣を受けた手のひらが斬られることはない。
「おでれーた! 相棒の右手はあの剣と同じくらいかてーのか」
 私の本当の右手はとっくに切り落とされてなくしている。私の右腕の先にある鈍色に変化した手は混沌の塊、ルイズが持つのと同種の剣が同化しカタチを変えただけの神代の呪物。ルイズの剣が相手だからと言って斬られる道理はない。
 だけど、右手が無事でも他の部分は生身の人間だ。
「負けるかーーー!」
 気合の声に合わせて左手のルーンの輝きが増し私に力をくれる。それでも右肩が嫌な音を立てる。
 ルイズを助ける。その想いを振り絞り痛みを無視して右手に掴んだ剣を固定する。
「だああああああああっ!!」
 そうして振り下ろした左手のデルフリンガーは、見事に剣を打ち砕いていた。
 剣が砕けると同時にルイズの肉体は力を失い崩れ落ち、砕けた剣はその形を解き、形のない混沌となってデルフリンガーの刀身に吸い込まれていき、同時に錆びだらけだった刀身は黒く艶のあるものに変化していく。
「どういうことよ?」
「いやー、たった今まで忘れてたんだが、コイツは俺の一部なんだよ」
 なんでもないことのように言うがそれは聞き捨てならない。
「ほら。相棒にならわかるだろ。本来、俺は普通の人間には扱えない剣でさ、でも剣なんて使われなきゃただの鉄くずだ。だから、自分の力の大部分を抜き取って捨てたんだけど、まさかこんなことになるとはな」
「あなた、一体何者なのよ」
「俺かい? 俺は『ガンダールヴ』の左腕デルフリンガーさまだ! それ以外は忘れた」
「何よ、それ?」
 問いかけて、しかし体力を使い尽くした私は意識を失った。



 気がついた時、私は馬車に寝かされていた。馬車に他の人間はいない。キュルケとタバサは私よりも重傷のロングビルのために先に風竜で帰ったらしい。
 言ったら悪いけど生きてたのね。
「起きたの?」
 問われ、身を起こしながら声の方を見ると、手綱を握るルイズがいた。
「ごめんなさい」
 そう言って振り返るルイズは、泣きはらした後の赤い目をしていて。
「なんのこと?」
 私は、そう答えたのだけれど。
「その怪我。わたしのせいなんでしょ」
「これはフーケのゴーレムにやられたんだけど」
「そのあと、わたしと戦ったでしょ」
 そのときの事を覚えていたらしい、赤い目に涙をためたルイズは、あるいは、もうゼロと呼ばれたくないとゴーレムに立ち向かったときよりも傷ついた顔をしていた。
 剣に飲まれかけていたときのことなど忘れなさい。そう言ったのだけれど、それでは納得がいかないらしいルイズに私はある提案をしてみた。
「それホントなの?」
「冗談でこんなこと言わないわよ」
「わかったわよ」
 提案を受け入れたルイズは馬車を止め、寝かされた私の手に硬く握られたままのデルフリンガーの黒い刃に恐る恐る左手を滑らせる。
 そういえば、誰が私を馬車に運んでくれたのだろうと聞いてみると、ルイズは不思議そうに自分で乗って横になったのだと教えてくれた。ロングビルを風竜に乗せたのも私らしい。どういうことかしら?

 私は思う。子供の頃に一度海神の生贄として斬られ、しかし蘇った過去を持ち、今は<<剣>>の変化した右手を持つ私は人を外れた存在、<<鬼>>に近い存在になっているのではないか。そして、鬼は人の血を飲み力とする存在だ。
 だから、ルイズが血をくれたら体も早く回復するのだと伝えルイズも同意した。
 ぴちゃりと音を立ててルイズの濡れたてのてのひらのに舌を伸ばし、ねぶるようにその血をすくって飲み下す。錆び臭いだけのはずの血液は何故か甘く、血を流しすぎて低くなった私の体温を上げてくれた。



「ふむ……、結局フーケは捕らえられず、『破滅の剣』を取り返すこともできなかったというわけじゃな」
 報告のために行った学院長室で、私たちはオールド・オスマンの渋い顔に迎えられた。何故かコルベール先生もいる。
 そう、フーケのゴーレムを倒し誰の命も犠牲にすることなく帰ってきた私たちだけど、結局当初の目的は一つも達成できなかったのだ。
 また、報告を行ったのはキュルケだったのだが、彼女は折れた『破滅の剣』がそのまま消滅したと思っているらしく、デルフリンガーに吸収された事は報告していない。
「まあ、しょうがあるまい。『破滅の剣』がフーケに奪われることだけは避けられたようだし、そもそもこんな危険なことを生徒に任せたワシらが間違っておるのじゃからな」
 一通り報告が済んだ私たちに、もう行ってもいいとオスマン氏は言う。だけど、私にはまだ話しておきたいことがある。
「『破滅の剣』と同じものを見たことがあります」
 そう言った私に室内のみんなの視線が集まりルイズだけが右手に注目していた。このようすだと、私の右手の<<剣>>に気づいているのはルイズだけなのだろう。
「どういうことかね?」
「ルイズとコルベール先生には話しましたが、私はこの世界の人間じゃないんです」
 そうなのかね? とオスマン氏がコルベール先生に目配せすると「報告するのを忘れてました」と恥ずかしそうに答える。
「私の元いたところは、こことはまるで違う世界です。なのにどうして同じ剣があるのでしょう?」
「同じか。つまり君はあの剣がなんなのか死っておるのかね?」
「はい。学院長は知らないんですか?」
「ふむ。あれはワシの命の恩人の持ち物でな。彼はすぐに死んでしまったので、ワシは剣がどういうものか、はっきりとは知らんのじゃよ」
「なんですって?」
「三十年前、森を散策していたワシは、ワイバーンに襲われた。そこを救ってくれたのが、あの『破滅の剣』の持ち主じゃ。彼は、驚異的なパワーでワイバーンを一撃で倒すと、何を思ったのか、自らの首を切り落として息絶えたのじゃ」
「剣に飲まれないためにですね」
「剣に飲まれる……か。あれはいったいなんなのかね?」
「あの剣はカタチを持った混沌です」
「なんじゃ、それは」
「私の世界の<<剣>>は海神から生じ、海神が眠る宮へと通じる扉を開く鍵。海神の権能で海を操り嵐を呼ぶ神器。そして、持つものを飲み人を斬ることしか考えられない剣鬼に変える忌まわしき剣です」
「なんとも物騒な代物じゃのう。ひょっとして、『破滅の剣』もおまえさんの世界から来たのかの」
 それはどうだろう。神の住まう宮への扉の鍵なんてものが複数あるだなんて考えにくい。それにデルフリンガーの言ってたことも気になっていた。
「それと、このルーンについて何か知りませんか?」
 左手にある、デルフリンガーを持つと輝き力をくれる謎のルーンを見せる。
「……これなら知っておるよ。ガンダールヴの印じゃ伝説の使い魔の印じゃよ」
「ガンダールヴですって?」
「どうしたのよルイズ。何か知ってるの?」
「知ってるも何も、ありとあらゆる『武器』を使いこなしたっていう、始祖ブリミルの従えていた伝説の四人の使い魔の1人じゃない」
 始祖ブリミルか、たしか六千年前の英雄だっけ? デルフリンガーが相棒と呼んだガンダールヴがその使い魔だったということは、この世界の<<剣>>、デルフリンガーは少なくとも六千年以上前から存在するってわけか。
「どうして、私がその伝説の使い魔に?」
「さぁ?」
「わからん」
 まあ、その辺りはわからなくてもいいんだけどね。一番知りたいのは元の世界に帰る方法なのだから。
 でも、結局オスマン氏も知らないとのことだった。
「すまんの。ただ、もしかしたら、おぬしがこっちの世界にやってきたことと、そのガンダールヴの印は、何か関係しているのかもしれん。おぬしがどういう理屈で、こっちの世界にやってきたのか、わしなりに調べるつもりじゃ」
「いいんですか?」
「なあに、うちの生徒がかけた迷惑じゃ。そのくらいはさせてくれ」
「ありがとうございます」
 調べてもらったからといって帰れる保障はないのだけれど、それは大きな前進だった。



「ねえ? あんた帰っちゃうの?」
 異世界から来たこととガンダールヴであることは、黙っていたほうがいいと注意された後に学園長室を出て、疲れたから休むとキュルケとタバサが行ってからルイズが尋ねてきた。
「待ってる人たちがいるから」
「そう」
 2人とも沈黙する。
「勝手な事を言うな。なんて言えないわね」
「いつも言ってたじゃない」
「ええ。勝手はわたしの方なのにね」
 また沈黙。そして、しばらくしてルイズは言う。
「いいわ。でも帰るときはちゃんと挨拶していきなさいよ。黙っていなくなったりしたら許さないんだからね」
「うん」
 少し、素直になったルイズに私は笑いかけた。


 マチルダ・オブ・サウスゴーダという名の女がいた。
 あるところで『土くれ』のフーケと呼ばれ、別の場所でミス・ロングビルと名乗る女である。
 トリステイン魔法学院という貴族の子供が学ぶ場所で、不真面目な理由で真面目に働いていた彼女は怪我の療養の理由で休暇を貰いウエストウッド村に帰ってきていた。
 秘薬を使った治癒の魔法で怪我は治っていたが、別に療養はただの名目というわけではない。
 学院の宝物庫に保管されていた『破滅の剣』を盗み出す目的で学院に入り込んでいたマチルダは、当初『固定化』の魔法がかかった外壁に手間取っていた。
 だけど、ある日1人の少女が爆発の魔法で宝物庫の壁に亀裂を入れてくれた。
 少女が何を考えたのかマチルダは知らない。自らの使い魔に『ゼロ』と呼ばれ、その悔しさから魔法の練習を始めていたなどという事情に興味もなかった。
 ただ、その機会を逃すまいと考え剣を奪い。けれど、盗んだ剣がいかなる能力を持つ秘宝なのかわからなかった。
 宝物庫に厳重に保管されたそれが、ただの剣のはずがなく、よほどの魔力を秘めたマジックアイテムなのだろう。それがわかればきっと高く売れるだろう。そう考えて立てた作戦は、学院の人間をおびき寄せて襲い、剣を使わせること。
 作戦は成功した。丸太を殴りつけても特別な力を発揮しなかった剣は彼女の操る巨大なゴーレムを一撃で倒し、これは魔法のかかった物体、あるいは魔法そのものを無効化するアイテムであると確信したマチルダは、
正体がばれてないのをいいことに剣を奪おうと近づいて、その剣で斬られた。
 斬られた瞬間は、何故正体がばれたのかと疑問に思ったものだが、実は『破滅の剣』には持つものの心を支配し狂戦士に変える能力があると知ったのは、学院で治療を受けて目を覚ました後の話だ。
 目を覚ましたときには、もう傷もふさがり一時は命も危ぶまれていたと聞いても実感は持てなかったが、目を覚ましたときから体調を崩していた。
 悪寒に頭痛に吐き気に目眩に熱もでているかもしれない。風邪の症状としか思えなかったが、なかなか治らないので休暇をとったのだ。

 村には妹分のティファニアという少女がいて、マチルダが帰ってきたことを喜んでくれたが、同時に体調を崩したことを、ひどく心配した。
 心配性な妹分に苦笑しながらも、体がだるくてティファニアの言うままに寝込んだマチルダは、その少女に出会った。
 白い髪の、どこか寝ぼけたように蒼い目を開いた少女は、いつの間にかティファニアの隣にいてマチルダを見ていた。
「この人はティファニアさんの大切な人ですか?」
「もちろんよ。マチルダ姉さんより大切な人なんていないわ」
 なのに、めったに村に帰ってこなくて、いまのように体調を崩していないと長く滞在してくれないとティファニアは嘆く。
「では、この人はずっと寝込んでいた方がいいですか?」
 そうではないのだとティファニアは笑い。今回は体調がよくなってもしばらくここにいようと約束してマチルダも苦笑した。
「そうですか。では、治しましょう」
 そう言って少女はマチルダに手をのばし、ティファニアは知らないが『破滅の剣』で斬られたところを正確になぞった。
「あれ?」
「どうしたの?」
「治った」
 あっさりと、今までの体のだるさが嘘のように、体調が回復していた。
「驚いたね。この娘は秘薬の助けもなしに人の病気を治す魔法が使えるのかい?」
 私も知りませんでしたとティファニアは言うが、杖も持ってないけど先住魔法じゃないだろうなと思うマチルダに少女は頭を振る。
「魔法は使えません。わたしは混沌を散らしただけです」
「混沌? なんだいそりゃ?」
「混沌は人の身を蝕むものです。耐性のない人は体調を崩し、死を迎えることもあります。耐性のある人でもそれを超える混沌に触れれば、自分を見失い取り込まれてしまいます。」
 つまり、『破滅の剣』とは混沌なのだと、マチルダは少女の言葉で知った。
「あんた何者だい?」
「わたしはナミといいます」
 少女はそう名乗った。

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