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ゼロな提督-24 b


「黙れ小童!」
 苛烈な怒りを内包した女の声が響き渡った。

 ファーサードから一人の女性がツカツカと広場へ進み出た。ヴァリエール公爵夫人だ。
 全てを焼き付くかのごとき灼熱の眼光がウェールズを睨み付ける。
 そして、ウェールズに杖を突きつけた。

「父王の仇たる敵に尻尾を振って許しを請い、おめおめと生き恥を晒す卑怯者め!惰眠を
貪り国を傾かせたですって!?それは、あなたとあなたの父君ジェームズ一世の事でしょ
う!」
「いかにも!ゆえに父は始祖と国民の怒りを受けて倒された!だが神聖皇帝クロムウェル
殿は、余の未熟と不徳を許し、真の始祖への信仰を授けて下さった!
 故に、余はここに集う全ての民に呼びかける!レコン・キスタに集うべし!我らの聖戦
に杖と剣を並べるのだ!!」
 見目麗しい皇太子は、公爵夫人の眼光を正面から受けつつも、怯むどころか自らの正当
性を高らかに主張する。ロマリアの教皇、聖エイジス三十二世辺りなら信徒の鏡と褒め称
えただろう。

 既に群衆も魔法衛士隊も観衆と化し、事態の推移を固唾を呑んで見守っている。
 上空を旋回していた竜騎士達までもが、地上で一体何が起きているのかと高度を下げて
様子をうかがっている。


「たわけがっ!!」
 今度は公爵の声が響いた。

 靴を高らかに鳴らして闊歩し、婦人の横に立つ。
「聖地奪還だと!?世迷い言も大概にせよ!一体、その過程でどれ程の血が流れると思っ
ているのだ!?国土の荒廃に思い至らぬか!?」
「一時の犠牲を恐れて本道を忘れる、王家に課せられた義務を放棄する。だから王家は堕
落したと言われるのだ!」
「民草を守るのも王家の務め!無為に戦乱を起こす事こそ始祖の御心に背く行為だ!」
「なんと!始祖の悲願たる聖地奪還を無為と仰せられるか!」

 ウェールズの指摘に、一瞬公爵は言葉に詰まる。
 だがすぐに立ち直り、信仰ではなく現実的にウェールズを論破しようとする。

「ならば問う!
 よしんば奪還したとして、その後どうするのだ!あんなハルケギニアから遠く離れた場
所では、兵站も戦線も維持できんだろうが!即座にエルフ共に奪い返されるのが関の山で
あろう!
 後に残るのはおびただしい数の屍と、荒れ果てた田畑と、親や子を失い泣き崩れる家族
の涙のみ!財政は借金で破綻し、野盗共が闊歩し、地方貴族が反乱を繰り返す暗黒の時代
が訪れよう!」
「それは臆病者の言い訳に過ぎない!ハルケギニアに住まう我ら全ての力と、神聖皇帝殿
の『虚無』の力をもってすれば、いかなる敵も打ち倒せよう!『聖地』に満ちる始祖の光
をもってすれば、エルフ達を永久に退けれよう!」

 神聖皇帝の『虚無』。
 この言葉が飛び出した瞬間、群衆にさざ波が起きる。伝説の始祖の系統はブリミル教徒
には絶対の権威だ。
 公爵夫妻も僅かに怯み、汗が頬を伝ってしまう。

 中央広場に集う、ほとんどの者が皇太子へ視線を向けていた。
 彼と公爵夫妻の論戦に耳を傾けていた。
 その中で、皇太子以外にも目を向けている人がいた。


 ヤンは、ファーサードでオスマンの隣に立つロングビルを見た。
 ロングビルもヤンの視線に気付き、頷く。
 次に隣に立つシエスタを肘でつついて我に返らせた。
 そしてワルド達は皇太子ではなく周囲に注意を払っていた。上空の竜騎士隊にも。


 今度はルイズが声を上げた。
「姫さま、姫さまは、どうなさるのですか?」
 アンリエッタ姫は、ウェールズの胸に顔を埋めたまま、何も答えない。

 公爵夫妻のもとへと歩きながら、姫に問いかけ続ける。
「姫さま、おわかりでしょう?
 このまま姫さまがアルビオンへ行けば、同盟は破棄されます。のみならず、怒り狂った
ゲルマニアが攻め入ります。多くの人が死ぬのです。レコン・キスタや聖地奪還とは無関
係に、です」
 それでも麗しき姫は何も答えず、震えながら耳を閉ざす。
 ルイズは更に姫へ語りかける。
「姫さまは、トリステインを捨てるのですか?姫さまを慕ってくれた全ての人を、裏切る
のですか!?」

 ようやくアンリエッタは顔を上げた。
 苦しげにルイズの方へと向く。
「私達を、行かせてちょうだい」
 ルイズの顔にも苦悶が走る。
「姫さま!何故ですか!?」
「そ、それは、聖地奪還という始祖の悲願を」
「そんなの嘘です!姫さまとてご存じでしょう?偉大なる始祖すら不可能だったことが、
何故今さら可能なのですか!?第一、クロムウェルは本当に『虚無』の系統ですか?確か
なのですか?」
「いかにも確かだ!」

 答えたのはウェールズだ。並み居る群衆に向かって堂々と宣言する。

「余はこの目でしかと見た!神聖皇帝殿が死者を蘇らせるのを!『虚無』が蘇った今こそ
始祖の悲願を成就すべき時なのだ!!」
 群衆に更なる動揺が広がる。衛士隊も、どうすれば良いのか分からず命令が下せない。
上空の竜騎士隊は何がなんだか分からず、さらに低空へと降下してきていた。

 そんな中、ルイズは必死にアンリエッタへ問いかけた。
「姫さま、答えて下さい。さっき父さまや母さまが言った事にも答えて下さい。
 トリステインで多くの人が死んでも良いんですか?本当に聖地奪還をしたいと思ってい
るんですか?始祖ですらどうにもならなかった事が、『虚無』一つで全てがどうにかなるな
んて、そんな夢みたいな事を本気で信じているんですか!?」
「そ、それは…その」
「本当は、本当は…ウェールズ様と一緒になりたいだけじゃないんですか!?」

 瞬間、アンリエッタは誰の目から見ても分かるほど、動揺した。
 顔色が青くなり、大量の汗を流し、わなわなと震え出す。
 ウェールズは、そんなアンリエッタを優しく抱きしめる。姫は皇太子の服に縋り付く。


 口にするまでもない、明確な回答。



「目を覚まして下さい!姫さま、私は先日ご報告しました!そのウェールズ皇太子は正常
な状態ではないと!恐らくは洗脳されていると!!姫さまは騙されているんだわ!!」
 アンリエッタは再び顔をルイズへ向けて、にっこりと笑った。鬼気迫るような笑みだっ
た。
「根も葉もない言いがかりはおよしなさい、ルイズ」
「姫さま!」
「このウェールズ様が洗脳されているなど、何を根拠に言うのですか?」
「そ、それは…」

 ルイズは言葉に詰まる。周囲の状況を把握し続けていたヤンも、思わず舌打ちしてしま
う。
 洗脳された証拠なんか、あるわけ無い。そもそも皇太子が元はどういう人物だったかす
ら自分たちは知らないのだ。もともとこういう人でした、と言われたらこの場では反論出
来ない。
 それにウェールズの言葉はブリミル教徒の鏡と言える立派なものだ。それが洗脳だとい
うなら、ブリミル教徒全てが洗脳されている事になってしまう。
 クロムウェルの系統が虚無かどうかなんて、この場では証明出来ない。
 第一、アンリエッタ姫は強く亡命の意思を抱いている。こんな状態で結婚式なんか続行
出来ない、という以前に結婚自体が、もう無理だ。

 分は悪い、ヤンはこの現状を認めざるを得なかった。
 だが、だからこそ、ウェールズの身柄が必要だ。ウェールズがトリステインにいればア
ンリエッタは亡命しない。同盟は破棄されるが、少なくとも国内は分裂しない。レコン・
キスタの自壊を待ってアルビオンの猛攻を堪え忍ぶ事になるが、それでも最悪の事態では
ない。
 まったく、自分は本当に神とか信仰とかとは相性が悪いんだな。地球教徒に暗殺されか
け、ブリミルなんておバカの神様に捕まり、今度は狂信的ブリミル教徒へ洗脳された皇太
子と対峙させられるなんて・・・。そんな恨み言を呟いていしまう。

 それでもルイズは諦めず、姫を翻意させようと説得を試みる。
「姫さま…姫さまは、王家の義務より自分の恋心が大事なのですか?民が流したおびただ
しい血の道を歩んででも、自分一人の幸せを望むのですか!?国と民のために尽くすのが
王家の義務だったのではないのですか!」
「ルイズ…」
 姫は、哀しげに涙を流しながら答えた。

 その涙は美しいものだった。陽光に煌めく宝石の様だ。白磁のように透き通る肌を流れ
る雫は群衆の心を打った。溜め息とすすり泣きが、そこかしこから聞こえてくる。

 そしてそれを聞いているヤンは、凄まじい悪寒に襲われた。理性を感情が覆い尽くし、
正常な判断が出来なくなる。美辞麗句を並べ立てる扇動者の駒と成り果てる。ヤンが散々
悩みぬいた衆愚政治の温床が、今目の前に展開されているのだ。

 アンリエッタは鈴の音のように心地よい、だが苦悩に満ちた声で語り続ける。
「ルイズ…あなたは人を好きになった事がないのね?本気で好きになったら、何もかもを
捨てても、ついて行きたいと思うものよ。
 私は誓ったのよルイズ、水の精霊の前で誓約の言葉を口にしたの。『ウェールズ様に変わ
らぬ愛を誓います』と。世の全てに嘘をついても、自分の気持ちにだけは嘘はつけないわ。
 だから行かせてルイズ」
「姫さま!」
「これは命令よ。ルイズ・フランソワーズ、そして公爵も、公爵夫人も、魔法衛士隊も、
国民全てに命じます。私達を行かせてちょうだい。道をあけてちょうだい」


 人々は、明らかに怯んだ。
 王家への忠誠と、始祖への信仰から、皇太子と姫を行かせるべきだと結論を出した人が
いる。同時に頭の中に理性を残した人は、姫の亡命を許せばトリステインが火の海となる
と全身に警鐘を鳴らす。
 相反する二つの命令が同時に下された脳内、肉体は新たな命令が下されないまま動く事
も出来ない。
 群衆は、彫像のように固まってしまった。
 固まっていないのは、上空にいるから声が聞こえず混乱したまま虚しく旋回し続けてい
る竜騎士達だけだ。

 ヤンにとっても、まさに悪夢だ。
 自由と民主共和制のために戦ってきた自分が、貴族制度に基づく国家の延命を図って思
考を巡らしている。そして考え付いた手段は、自由を求める女を無理やり政略結婚の道具
とするために、彼女が恋焦がれる男を捕らえるというものだ。
 自分が命を賭けたこれまでの戦いは何だったんだ!?人間一人を犠牲にして国家の延命
を図る?それは、僕が同盟政府にやられた事じゃないか!そして僕は部下に助けられ、同
盟から逃げたんだ!!
 この瞬間、ヤンすらも二律背反に陥り、動きを止めてしまった。

 いや、固まっていない人物がいた。

 公爵は、大きな溜め息を一つ付くと、杖を引き抜いた。
「お間違いを指摘するのも忠義というもの。城にいる陛下と枢機卿からも、よく叱ってお
いてもらうと致しましょう」
 その言葉に公爵夫人も我に返り、目にも止まらぬ速さで杖を引き抜いた。
「主君の不始末は、それを諫められぬ家臣の不始末!姫殿下には折檻が必要のようですわ
ね!その後で、いくらでも陛下から不敬の咎を受けるとしますわ!!」

 公爵夫妻の声に、ヤンは我に返った
 そしてワルドが公爵夫妻ではなく、上空を見ていたのに気がついた。

 状況を把握した。

 ジョンストンの風竜に乗って速やかに飛び去ろうとしていたウェールズが、何故に長々
と論戦をしていたのか、ワルドも一緒になって、どうして上空を気にしていたのかを理解
した。何が起こっているのか確かめようと、竜騎士隊が地上近くまで降下してきていたの
だ。
「よせっ!離れてくれっ!!」
 ヤンは慌てて竜騎士隊に向かって追っ払うような素振りをした。

 だが運は味方しなかった。
 その動きを見た竜騎士達は、自分たちに何を伝えようとしているのかと訝しみ、さらに
降下してきてしまった。
 彼等の頭上、すぐ上にまで!

 一人目の分身のワルドが魔法を放った。
 巨大な竜巻が突如広場全体に突風を巻き起こす。
 そして二人目の分身が本体に『レビテーション』をかける。分身に浮かされた本体は風
に乗り、空へと飛翔した。
「しまったぁ!」
「キャァッ!!」
 風に巻き上げられた砂塵と紙吹雪の紙片と花吹雪の花弁に視界を塞がれ、叩き付ける突
風でヤンとシエスタは銃の狙いが外れてしまう。公爵も群集も魔法衛士隊も視界を奪われ
た。唸りを上げる風に耳を塞がれた。
 そして地上近く、広場上空に滞空していた竜騎士達も突然の竜巻に巻き込まれ、姿勢を
崩し、跳ね飛ばされ地上に叩き付けられそうになるのを必死に耐える。


 必死に風竜を制御しようとしていた竜騎士の前に、いきなりワルドが現れた。
 次の瞬間、竜騎士は『ブレイド』によって首を跳ね飛ばされた。

「『エア・ハンマー』!」
 竜巻の中、殴りつける突風にも怯まず公爵夫人が魔法を放つ。
 空気の塊がワルド達と王族二人へと襲いかかる。
「『エア・シールド』!」
 だが三人目の分身が空気の壁を作り出した。高圧空気の塊は、やはり高圧の空気の壁に
弾かれ、大音響を響かせて破裂した。

「『ライトニング・クラウド』!」
 四人目の分身が雷を撃ち出した。真っ直ぐに、公爵夫妻に向けて。
  バチュンッ!
 雷撃の白い光が舞い上がる砂塵を照らす。
 だが、公爵夫妻は光を遮られ、照らされなかった。
 二人の目の前には、大きな土の塊があった。それは雷撃を受けても気にする様子もなく、
見る見るうちに盛り上がり、10メイルほどの人型を為した。砂塵の向こう、ファーサード
で杖を構える女性の姿がわずかに見える。
 ロングビルが長い詠唱を終え、ゴーレムを形成したのだ。群衆に囲まれた広場でも動け
る程度の大きさの土ゴーレムを。
 土の巨人は地響きを上げてワルド達へと歩を進めだした

 だが、長い詠唱をしていたのはロングビルだけではなかった。

 アンリエッタが呪文を唱えていた。
 同時にウェールズも詠唱する。
 二人の詠唱が重なる。
 アンリエッタの『水』とウェールズの『風』、トライアングル同士の王族が生み出す魔法
は巨大な六芒星を形成した。

 本来なら困難極まりなく、血を吐くような訓練と統率によって可能となる合体魔法。選
ばれし王家の血が可能とする、トライアングル同士が絡み合ったヘクサゴン・スペル。
 中央広場にある噴水の水が吸い上げられ、六芒星によって竜巻へと姿を変えた。いまだ
砂塵や紙片を巻き上げる風の竜巻の内側に、更に水の竜巻が出現していた。抱き合い、手
を取り合う二人が天へと伸ばす杖から、津波のような荒れ狂ううねりが生まれていた。

 水の城が、ゴーレムへと疾走した。
 巨大でありながら、竜巻の回転速度も移動速度も極めて速い。土で出来たゴーレムはみ
るみるうちに削られ、溶かされ、竜巻の渦に巻き込まれていく。さらにはゴーレムの背後
にいる公爵夫妻とルイズ、そしてファーサードの貴族達にめがけて暴虐なる水の竜が襲い
かかる


 閃光が走った。


 竜巻を生み出していた二人を、杖を掲げていたウェールズとアンリエッタの腕を、熱線
が貫いた。
 さらに立て続けに、幾筋もの光が杖を持つ腕を容赦なく貫く。巻き上がる砂塵の中、ブ
ラスターのビームは『エア・シールド』による空気の壁を無視し二人の若き王族の杖を、
腕を、手を射抜く。周囲にいたワルドの分身もルーンを唱える間もなく撃ち抜かれ、破裂
音を残して次々と霧散した。
 甲高い悲鳴が上がったが、水と風の竜巻が生み出す轟音に飲み込まれ、誰にも聞かれる
ことなく消えていった。


 竜巻の中、不自然に風の弱い空間が存在していた。
 ヤンが左手に構えたデルフリンガーが竜巻を生む魔力を吸い込み、風と砂埃と花吹雪が
薄くなった空間の向こうにアンリエッタとウェールズ、そしてワルドの分身達の姿が晒さ
れた。高く掲げた杖から強大な合体魔法を放った二人の腕と杖、そしてワルドの分身をめ
がけ、ヤンとシエスタがそれぞれのブラスターを撃ち込んだのだ。
 水と風の竜巻は魔力を失い、急速に消失していく。重力に引かれた大量の水が落下し、
近くにいた貴族達を押し流しながら広場を水浸しにする。紙吹雪と花吹雪がゆらゆらと舞
い降りる。

「ヤンさん!」
「捕まえるよ!」
 二人はアンリエッタ達を捕縛すべく駆け出す。

  ドゥンッ!!

 走り出した二人の頭に、突然鈍器で殴られたような衝撃が振ってきた。
  ボンッ!!
 次の瞬間には、何かが破裂したかのような爆風に二人とも吹き飛ばされた。

 二人の頭上には、風竜にまたがり杖を地上に向け『エア・ハンマー』を唱えたワルドが
いた。


 吹き飛ばされ、地面に倒れたヤンの霞んだ視界には、風竜に跨って飛び去ろうとするワ
ルドがいた。ワルドの横には撃たれた所を押さえながら激痛で半狂乱になっているアンリ
エッタ、彼女を抱きしめているウェールズの姿もあった。
 慌てて右手から弾き飛ばされた銃を拾い、風竜を撃とうと構えたヤンだが、既に遅かっ
た。風竜は街並みの向こう、トリスタニア上空を飛び去っていた。




 中央広場から、群衆は消えた。

 冷静さを取り戻した人たちは、アルビオンとゲルマニアが同時に侵攻するという最悪の
事態に震え上がり、各自の家へ走った。今頃、大慌てで荷物をまとめているだろう。
 ようやく竜巻を逃れて着陸した首都警護竜騎士連隊は事の推移を聞かされて耳を疑い、
枢機卿と大后へ報告し、指示を仰ぐため城へと飛び去った。魔法衛士隊も同じく城へと飛
んだ。グリフォン隊だけは隊長のワルドがいなくなって多少まごついたが。
 建造物に突っ込んだ風竜は死亡していた。建物に頭をぶつけて目を回しているうちに失
血死したようだ。乗っていたジョンストンと竜騎士の所在は不明。瓦礫の下にいるかもし
れないし、既に逃げたかも知れない。だが、それを調べる余裕がある人物は、この場には
いなかった。


「こ…こんな屈辱、ここまでの侮辱!生まれて初めてですわっ!!」
 怒りに震えながら、懐から取り出した本を地面に叩き付ける少女がいた。ベアトリス殿
下だ。
「ルフトパンツゥアーリッター(空中装甲騎士団)!」
 赤いドレスの少女が叫ぶと、広場に残っていた竜騎士達が水しぶきを上げながら速やか
に整列して敬礼した。
「すぐに家へ戻るわよ!この茶番、急いでお父さまに報告して差し上げませんとね。…楽
しみですわ!惰弱にして無知蒙昧なトリステイン王家を蹂躙してあげますわよ!」
 そう叫ぶやベアトリスは竜騎士の後ろに乗り空へと飛び立つ。他の竜騎士達も後に続い
た。



 広場に残った人間は少ない。
 水浸しなままで茫然自失としている公爵夫妻とルイズ。わなわなと震えて膝をつくオー
ルド・オスマン。憧れのアンリエッタが目の前でアルビオンに亡命してしまったのを見て
卒倒したギーシュと、父であるグラモン元帥。ぼんやりと佇むタバサとシルフィード。主
の指示を待つしかない、疲れ果てた様子のジェローム以下ヴァリエール家の召使い達。未
だにおたおたと無為に走り回っている大司教と司祭達…。

 広場の真ん中には頭から流れる血を拭くヤンとシエスタと、駆け寄ってきたロングビル
が立ち尽くしていた。
「はぁ、えらい事になっちまったねぇ」
「ヤンさん、どうしましょう・・・」
 シエスタは不安げに尋ねてくる。さっきまで乱射していた彼女の右手のブラスターも、
今は熱を失い冷たくなっている。ヤンの右手の銃は胸にしまわれ、代わりに長剣が持ち替
えられていた。
「んと…さて、どうしようかな」
「おでれーたよなぁ、まったく。こりゃ困ったモンだ」
「困ったねぇ」
 デルフリンガーの呟きに上の空で答えつつ、ヤンはキョロキョロと周囲を見渡す。そし
て、ファーサード前と噴水横に注目した。
「ちょっと、待っててくれるかな」
 ヤンは二人を残し、聖堂へと駆けていった。

 ヤンはベアトリスが地面に叩き付けた本を手に取った。
 表紙はボロボロで、古びた皮の装丁がなされ、色あせた羊皮紙のページは茶色くくすん
でいる。ペラペラとページをめくるが、全ページが白紙だった。
「祈祷書、ね…」
 次にヤンが足を向けたのは噴水横。そこには多量の血痕が地面に残っていた。ヤンとシ
エスタが銃撃したウェールズとアンリエッタの血だ。

「…僕は陸戦隊員じゃないもんなぁ。ガンダールヴのおかげで、ちゃんと皇太子も姫も殺
さないように当てれたけど、結局逃げられちゃった。
 これがローゼンリッターだったら、迷いもせず突入して一瞬であの二人を組み伏せれた
んだろうけど、ね」
 ヤンに続いて長剣もぼやく。
「そのガンダールヴだけどよ、いつかも言ったとおり、心の震えで力を増すんだ。だけど
おめーさんは、いっつも冷静でのんびりしてるだろ?さっきなんか、頭ン中は迷いで一杯
だ」
「言いたい事は分かるよ。感情を理性で抑え、冷静さを保ち、常に論理的に考えながら行
動しているヤツにガンダールヴの力は向いていない、ということだろ?」
「そーゆーこった。おかげでガンダールヴの力がぜーんぜん発動出来てねぇ」
「そうだねぇ。…ま、その辺の恨み節はブリミルに言ってくれるかい?あのバカのせいで
僕がガンダールヴにされたんだから」
「そーだな。別にヤンは何にも悪くネーんだからな。むしろ、よく頑張ったんじゃねーか
なぁ」

 デルフリンガーにも評価された通り、自分でもあの状況で出来るだけの事はやった、と
ヤンは思う。
 それでも、と彼は思う。ウェールズを殺すべきだった、と。最善の結果を望み、殺しを
躊躇した結果、失敗した。最悪の事態へと突き進んでしまった。

「ところで、そこに落ちてるのは…もしかして、アレかい?」
 長剣の問いかけに、意識は思考から現実へ向けられた。足下の血溜まりへと。
「そのようだね。自由も権利も歴史上タダではなかったんだ。これくらいは払ってもらわ
ないとね。
 むしろ、自由恋愛のための亡命代、国を売った対価としては安いくらいさ。僕だって命
がけで同盟から逃げたんだ」


 相変わらず飄々としたヤンの言葉。だがその冷静さは、地面に転がるものを前にしたセ
リフとしては、あまりにも毒を含みすぎていた。


 血だまりの中、陽光を反射して光る物体があった。鮮やかな青い石だ。他にも砕け散っ
た水晶がついた杖や、血濡れのティアラも散乱している。
 始祖の秘宝。それは学院図書館やティファニアの話、それにルイズが王女に会った時に
確認した物など、手に入れた情報と一致する『水のルビー』。ルイズは先日アンリエッタ姫
の右手薬指にはめているのを確認していた。
 そう、確かに右手薬指に着いている。それは今も変わらない。
 血だまりの中、王女の右手薬指に着けられた水のルビーは、高貴な王族が流したな血飛
沫の斑点で飾られている。


 地面には銃撃で千切れ飛んだアンリエッタの右腕、肘から先が落ちていた。




 これに先立つ半日ほど前。
 高度120リーグ、空を飛ぶ『塔』があった。
 その物体は大気圏離脱に使用した『塔』のほとんどを切り離す。切り離された『塔』の
大部分は重力に引かれ、大気圏へ再突入を開始した。
 もともと雷で表面が焦げていた『塔』は、大気圏突入によって大気との摩擦でさらに焼
かれた。そして地上に、ウィンプフェン領に墜落し地面と激突、細長い体は幾つにも折れ
て砕けた。


 用済みになった大気圏離脱用ブースターを切り離し、身軽になった本体は惑星周回軌道
へ入るべく、宇宙空間でさらに加速した。高度を上昇させ、速度は既に第一宇宙速度(秒
速7.9km)へ加速を終了している。

 安定した円軌道を描く惑星周回軌道に入った本体は、その上部を覆うカバーを開けた。
中には4つの、一片1m程度の四角い機械が詰め込まれていた。
 本体から射出されたそれらは、それぞれに定められた軌道へと自力で移動していく。一
つ、また一つと放たれた機械は惑星を取り囲んだ。正三角形が四つ合わさった正四面体の
頂点を構成したそれらは、姿勢制御も終えた。
 センサーを伸ばし、カメラのカバーを開け、観測の任務に就く。

 多目的観測衛星の射出という任務を終えた本体は、残存していたエネルギーでさらに加
速。万一にも観測衛星と衝突する事がないよう、第二宇宙速度(秒速11.2km)へと加速し
て惑星の重力圏を離脱した。


 観測衛星は様々な観測機器を搭載していた。
 太陽から到来するX線のような、可視光線含めたガンマ線から電波までのあらゆる電磁
波。陽子に中性子。アップ・クォークにダウン・クォーク。タウ・ニュートリノやミュー
オン。さらには重力子のようなゲージ粒子にいたるまで、全てを観測するための機器が積
まれていた。地上観測用の光学カメラもある。科学を知る人間が考えつく全観測機器が、
これでもかと詰め込まれていた。
 なお当然ながら、それら観測結果を発信したり、観測者からの指令を受け取ったり、そ
れらの通信を中継するための通信機器も有している。 

 それらは衛星軌道上につくと同時に稼働を開始した。カメラで撮影された大量の映像が
データへと変換されて『門』へと飛ぶ。
 『門』は鏡のように見える。だが実際には対象物を召喚するゲートだ。そして光や音の
ような波の性質を持つエネルギーは、ある程度双方向で往来が可能だということが確認さ
れていた。
 惑星を周回する先輩である二つの衛星をはじめ、他惑星・太陽・他星系の情報も次々と
送信される。4つの衛星は与えられた機能をフル稼働させ、その任務を遂行していた。

 それらの情報の中に、奇妙なノイズが混じった。

 当初、それはノイズと思われた。他の情報からは著しく矛盾するデータだったからだ。
ハルケギニアや聖地を撮影した映像からは、そのようなデータが存在するはずが無いから
だ。
 観測者達はノイズの正体を確かめようと、即座に観測衛星へ新たな指令を送った。ノイ
ズ発生源に近い位置を飛行する衛星がカメラを向ける。

 その映像には、中世の街並みが映っていた。ただし、観測者が想い描く中世の街並みと
は大きく異なった。観測者達は先ず自分の目を疑い、次いで観測機器の故障を疑い、最後
に己の正気を疑った。

 中世ヨーロッパでは、少女の持つブラスターで狩られた竜が街中に墜落する事はなかっ
たはずだ。

 だがコンピューターは何の感情も偏見も加えず、ただデータと分析結果をモニターに表
示した。ノイズの正体はブラスターが生み出した高エネルギーだと。

                      第24話    破局   END


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