あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

もう一人の『左手』-28


.
 固唾を飲んで成り行きを見守る『イーグル』号に、その鷹が飛来したのは、そのときであった。
「ファルコニア」
 パリーが、不意に現れたその猛禽を、驚きの目で見る。
 老メイジの言葉が確かならば、この猛々しい、それでいて気品さえ感じさせる見事な翼を持った鷹こそが、ウェールズの使い魔であるという。戦闘に際して、ウェールズはこの使い魔を、常に自分の身辺から離さぬらしい。
(これがウェールズ殿下の使い魔……!!)
 メイジの実力を知りたくば、その使い魔を見よというが、ルイズはなるほどと納得してしまった。周囲を圧する猛気を発していながら、その鷹の目元はあくまで涼やかな知性の輝きを宿している。ただ凶暴なだけの鳥類ではないことは、一目瞭然だ。
 このファルコニアという鷹こそ、まさしく四海に名高きプリンス・オブ・ウェールズの使い魔に相応しい。
 だが、その使い魔が、このタイミングでなぜ主の下を離れて、ここに現れた?

「文……のようでござるな」
 ルイズと同じ疑問を、パリーも瞬間的に浮かべたらしかったが、ファルコニアの足に結び付けられた手紙を見つけると、いそいそとそれを解き、開いた。

「パリー卿……?」
 思わずルイズが声を掛けたのは、彼が、手紙を一読した瞬間、傍目に見ても明らかなほどに顔色を変えたからだ。
「そこには何が書かれていたのですかパリー卿!?」
「……」
「パリー卿!!」
 だが、詰め寄る少女に振り返った老人が見せたのは、まるで感情を窺わせない、彫像のような相貌であった。
「大使殿、殿下の命令でござる」
「えっ!?」



「貴女様をいますぐ艦から脱出させ、始祖のオルゴールと『風』のルビーを託し、一路トリステインに落ち延びさせよ、と」



「……なに、それ……?」
「始祖のオルゴールと『風』のルビーは、遥か六千年の昔、始祖ブリミルよりテューダー家に授けられた家宝でございまして、まさしくアルビオンにおける王権の象徴と言うべき――」
「そんな事聞いてるんじゃないわよっ!! なんで、この状況でわたしだけが逃げなきゃならないのよっ!?」
 思わずそう叫んだルイズの脳中からは、もはや眼前の老人が、皇太子の信頼深き王党派の重鎮であるという意識は消えている。だがパリーは、分別を忘れて怒り狂う少女に、祖父が孫に向けるような、柔和な眼を向け続ける。
「それは分かりませぬ」
「パリー卿っ!!」
「我らの仕事は殿下の命に従うこと。殿下の命の是非を問うことではありませぬ」



.
 その言葉は、確かに道理だ。それくらいはルイズにも分かる。
 そして、理解してしまった以上、ルイズに反論の言葉があるわけがない。
 ルイズがウェールズの命を納得するか否かは、もはや彼らには関係ない。臣下にとって君命は絶対。彼らの仕事は主君の意思を実行する事なのだから。大諸侯のお姫様であるルイズが、その理屈に逆らえるわけは無い。

「……ひとつだけ、教えて……戦は終わったんじゃないの……? 白旗揚げたレコン・キスタは、敗けたんじゃないの……?」

 パリーは、不意に鋭い視線で、艦橋の窓を振り返る。ルイズもつられて同じ方向を見る。
――月光に照らされながら夜空に佇む『ロイヤル・ソヴリン』は、ルイズには、空中に浮かぶ巨大な要塞のように見えた。
「おそらく、殿下はそう思ってはおられぬのでしょうな。むしろ、これを機に、何かを仕掛けてくるとお考えのようでござる」
 呟くようにそう言うと、パリーは、次々に艦橋に居並ぶ士官たちに、厳しい声で命令を出し始める。その眼はもはや、ルイズに向けられる事はなかった。

「『イーグル』号、面舵一杯! 『ロイヤル・ソヴリン』の艦尾につけろ!!」
「面舵一杯、サー!!」
 パリー、そして航海長の号令通りに、操舵手が舵を切る。
「砲雷長、今のうちに弾薬の装填を忘れるな! いつでも撃てるようにしておけ!!」
「パリー卿、敵艦隊から離脱していくフネが何隻かありますが――」
「構うなっ! もとより当艦の狙いは敵旗艦のみじゃ! 白旗におたついて戦線離脱するような雑魚に用は無いわ!」
「『ロイヤル・ソヴリン』ですか!?」
「そうじゃ。『ロイヤル・ソヴリン』に怪しい動きがあれば容赦は要らん。命令を待たずに撃ちまくれと砲手に伝えい!!」
「しっ、しかし、パリー卿、『ロイヤル・ソヴリン』には殿下が!?」
「これは殿下御自身からの指示じゃ。逆らう事はこのわしが許さん!!」
「りょっ、了解っ!!」
「甲板長、内火艇を一隻用意せい! トリステイン大使殿を、今のうちに艦から脱出させる!!」

 士官たちに、怒鳴りつけるように指示を出すと、パリーはそれまでとは、うって変わった落ち着いた態度でルイズを見つめた。
「わたしに出来ることは……もう何も残ってはいないのですか……パリー卿……?」
 答えの100%分かり切った、その問い。しかし、それでもルイズは訊かずにはいられない。
 そして、パリーは彼女の予想通りの答えを、予想通りの、重く穏やかな口調で返す。

「もはや、この世で再び会うことも在りますまい。アンリエッタ姫殿下に、宜しくお伝え下さい」

「ウェールズ殿下と、王党派の全ての方々の御武運を、お祈りします……!!」
 俯き、眼を伏せ、声を震わせないように細心の注意を払いながら、ルイズは囁くように言うと、自分から老人に背を向けた。彼らの無骨な手に、優しく追い出される前に――。
 ウェールズが、そういう命を下した以上、駄々をこねても彼らの迷惑になるだけだから。
 これ以上、自分が他者にとって迷惑な存在としてあり続けることは、もう耐えられそうになかったから。



.
 こんな状況に於いても、自分は何も出来ない。何をすることも許されない。
 しかし、それは当然のことなのだ。
――ルイズは、己が心中に、そう言い聞かせる。
 いまの自分は、ただのルイズではない。“手紙”を、無事に持ち帰るというアンリエッタの密命を帯びた、トリステインの特命大使なのだ。むざむざ調子に乗って、何かをさせろという方がおかしいのだ。
 ウェールズが、貴族派の白旗を額面通り受け取っていない以上、彼の判断は、ある意味当然のことであろう。交戦状態という“秩序”が、停止を余儀なくされた今、この情況で、貴族派が何も仕掛けてこないはずがないからだ。
 ことに『レコン・キスタ』の領袖たる、クロムウェルという男が、世評通りの人物ならば――。
 何度も何度も、ルイズは、自分自身にそう言い聞かせる。

「誰か、大使殿を甲板まで案内してさしあげい」
「はっ!!」

 老メイジの声を背中で聞きながら、艦橋から甲板に続く回廊に出るルイズ。自分に続いて、水夫らしい気配が部屋を出るのを感じると同時に、重い軋みを立てながら、艦橋の扉が閉じられた音が、いやでも少女の耳に届いた。
 まるで、自分を取り巻く全ての世界が、閉ざされてしまったかのような、寒々しい響き。
 それは皮肉にも、『ゼロ』と蔑まれて、誰にも相手にされない日々を過ごしたルイズにとって、非常に馴染み深い感情であるともいえた。
 それは――絶対の孤独。

 そう、ここにはもう、誰もいない。
 婚約者たるワルドも、使い魔たる才人も風見も、自分に言葉と助力を与えてくれる者たちは誰も。
 何時から自分は、こんなに弱くなってしまったのだろう。そう思うと、苦笑さえ浮かんでくる。
 これまで最も身近にあったはずの孤独に、一方的に滅多打ちにされている、今の自分。あの憎たらしいキュルケの女臭さや、何を考えているのか分からないタバサの鉄面皮でさえ、懐かしさを覚えるなど、以前だったら考えられない。
 もっとも、トライアングル・メイジである彼女たち二人なら、今頃こんな所でくすぶってはいないだろう。ワルドのように、ウェールズともども敵艦めがけて飛び立っているはずだ。なのに自分は、こんなところで惨めにも『仲間外れ』にされている。
(あの時と同じだ……!!)


『お前は奴らと戦えない。自分の身を自分で守れない。――足手まといだ』


 かつて風見に告げられた、その一言。
 自分が召喚した、使い魔たる存在から宣告された『戦力外通告』。
 もっとも才人と違い、風見自身は、自分がルイズの使い魔であるという意識など、持っているのかどうかさえ果てしなく疑わしいが、それでも、ルイズはその言葉が持つ真実に、打ちのめされずにはいられなかった。

 そう、今なら分かる。自分は逃げたくないのだ。戦いたいのだ。
 その思考に、血生臭さはない。
 自分が好戦的な人間であるとは、ルイズ自身思ってはいないし、認めたくも無い。ただ、一方的に庇われ、守られているだけの存在には、絶対に甘んじていたくないのだ。
 それは、『敵に背を見せない者こそが真の貴族である』という、彼女が抱く貴族の在り方から、文字通り180度真逆に位置する扱いなのだから。
 これでいいのルイズ!? ――そう叫ぶ声が心の内にある。だが、これ以上わたしに何が出来るって言うの!? ――そう叫ぶ声が、最初の声を掻き消してしまう。
 その時だった。


.
 甲板へ出たルイズは、不意に背後から突き飛ばされ、マストに鼻っ柱をぶつけそうになった。
「あっ、危ないわねっ! 何をするのっ!?」
 そう言いながら振り向いた瞬間、まるで人形のようにフラフラと歩きながら、甲板に飛び出した、一人の老人の姿が目に入った。
「ジェームズ……陛下……!?」
 無論、その老王から少女へ、いまの無礼を詫びる言葉はない。
 無視した、というわけでは無さそうだ。というより、そこにルイズがいたことさえ気付かないようであった。

「はやくフネを用意せいっ!! 逆賊どもが、いつ何を仕掛けてくるか知れんであろうがっ!!」

 口から泡を吹き出しながら喚き散らす国王。
 国権の長たるこの老人が、危険極まりない最前線の戦列艦に座乗している事実をルイズは知らなかったが、考えてみれば分からぬ話でもない。全軍出撃後の、半ば空き城と化したニューカッスルに、国王一人を放置するわけにはいかないからだ。
 と、なると――当然、先日の夜会で見た貴婦人や女官たちも、この艦に乗っているのだろうか。
「へえ~~、あれに乗って亡命するんですの? 結構かわいいフネなのですね」
「陛下も、そうカリカリなさらないで下さいまし。戦の決着はもう、ついてしまったのでしょう?」
 戦場とは場違いな黄色い声を上げながら、着飾った女性たちが、わらわらと甲板に出て来る。ルイズの疑問ははからずも証明されたわけだ。だが、その緊張感のカケラもない彼女たちの態度は、生への執着を露骨にする国王と同じく、少女の鼻につくものだった。

「陛下、フネの用意が出来ました。どうぞ、お進み下さい!」

 小型のフネが、マストから伸びる滑車で『イーグル』号の上甲板に横付けにされる。ボート程度のサイズしかないが、この場にいる全員をトリステインに送り届ける風石は積んであるようだった。
 当然のことだが、武装はない。
(これに乗って逃げるの……?)
 ルイズは思わず、ぞっとした。
 軍艦に搭載されている内火艇なら、大砲の一門くらいあってもよさそうなものだが、もし原隊を離脱した貴族派の艦が、やぶれかぶれに攻撃してきたら、――いや、艦どころか、竜騎士の一騎が相手でも、簡単に拿捕されてしまいそうな気がする。
 戦闘に耐え得るメイジは、ウェールズに率いられ、ほぼ全員が『ロイヤル・ソヴリン』に乗り込んでいる。だから、この脱出行には護衛すらいない。ボートの操船要員である平民士官が長銃と弩を携えているが、そんなもの竜騎士相手には、玩具にさえならない。
 そう思うとルイズは、過度に思えたジェームズの怯えも、少しは理解できるような気がした。

「急げっ! 急ぐのじゃぁっ!! 一刻も早く、この場から離れるのじゃあ!!」

 国王の、その声に背中を押されるように、フネは『イーグル』号から離脱した。
 ルイズは、黒い箱を抱えて爪を噛み続ける老人に、そっと目をやる。じろじろと、あからさまな視線を送ることは、典礼上の不敬にあたるため、あくまで、そっとだ。
――アルビオン王国国王・ジェームズ1世。
 この老人のあからさまな失政が、未曾有の大反乱を巻き起こした事実は、ハルケギニアでは、いまや子供でさえ知らぬ者はいない。それは無論、ルイズも例外ではなかった。



.
 アルビオンという大陸が、なぜ空中に浮遊しているのか。
 それは浮遊大陸の地質に含まれる風石含有率が、異常に高過ぎるからに他ならない。
 その埋蔵量は少なく見積もっても、おそらく東方の砂漠(サハラ)を含めたハルケギニア全土と比較しても、数百倍から数千倍だと言われているが、正確な数値を算出した者は、まだ誰もいない。なにせ、大地を空中に浮かせてしまうほどなのだから。
 つまりアルビオンとは、風石のカタマリの上に築かれた国家である、と言っても過言ではない。
 さらに、多種多様な幻獣や亜人種、良質な木材資源となる針葉樹林をはぐくむ豊かな自然環境から鑑みて、この国がハルケギニアNo1の空軍力を保持するに至るのは、当然の帰結であるといえるだろう。そして風石の輸出による莫大な現金収入もある。
 早い話が、――アルビオンは豊かな国だったのだ。
 だが、ジェームズが即位し、親政を執るようになると、この国は様相を変えた。

 彼は、アルビオンの国民一人一人に莫大な税を課した。大人も、子供も、男性も、女性も、貴族も、平民も、聖職者にさえ差別なく。それも五公五民――年収の五割の金納という、ふざけた税率で。
 この事態に、まず平民が悲鳴をあげた。
 この『万民税』と呼ぶべき新税を払えば、納税負担はそれで終わりというわけではない。彼らはこれまでと同じく、領主に年貢や作業ノルマを納めねばならないからだ。
 それは王家を領主とする天領(王家直轄地)の農民たちも例外ではなく、彼らは、単純に納税額が上乗せされ、これまで以上に厳しく取り立てられた。
 やがて中小農家や、日当暮らしの鉱区作業員たちが耐え切れず、次々と逃散し始め、彼らからの布施や寄進で暮らしを立てている聖職者たちも、すぐに立ち行かなくなった。
 そして、最後に悲鳴をあげたのが諸侯たちであった。

 基本的に、中央集権が確立していない封建国家の諸侯という存在は、独立採算制である。
 王家そのものでさえ、その収入は天領からの税収でまかなわれ、都市の平民や他の貴族領の農民たちが、王家と経済的に関わる事は、基本的に皆無であった。それは貴族であっても変わらず、王家に対して主従の礼は尽くすが、それ以上の関係ではなかった。
 諸侯が支配する領地とは、あくまで王から下賜――つまり貰ったものであり、それを代々相続してゆく。だから、王が太守から税金を取るという事は、下賜した土地の借地料を払えというに等しい行為であり、当たり前だが、古今に例はない。

 当然、轟々たる非難が宮廷に巻き起こったが、ジェームズは納税を渋った諸侯を次々と、そして平然と取り潰し、領土を没収した。その当時の王軍と諸侯軍とでは、それだけの戦力差が、厳然と存在したのだ。
 そして、王が本気であることを知った諸侯たちは、やむなく納税を開始したが、わずか数年で彼らの財源は底を尽き始める。
 資産の独立採算が認められているとはいえ、それは国内流通に限った話であり、基幹産業である風石輸出が、王家直営の国策会社に一手に握られている以上、どうしようもない。
 そして自領の一次産業従事者――平民たちが悲鳴を上げている以上、彼らから新たに搾取することも出来ない。残された手段は、風石の非合法輸出だけであったが、待ち構えていたかのように税務官に摘発され、それを理由に、やはり彼らは次々と取り潰された。

 ここに至って、諸侯――貴族たちは、ようやくジェームズの意図を汲み取る。つまり、有力貴族の廃絶による王権の拡大。アルビオン大陸全土をテューダー家の直轄地とすることなのだ、と。
 封建領主の撤廃による、地方分権から中央集権体制への移行。そう言えば聞こえはいいが、ジェームズの行為は実質的に、一人の君主が百万の物乞いに君臨するための国造りというに等しい。

 そして叛旗は、翻った。



.
 ルイズは老人を見つめる。あくまでさりげなく。
 黄ばんだ歯、落ち窪んだ眼窩、皺だらけの肌、焦点の合わぬ瞳、垢の溜まった爪、骨と皮だけと言えるほどに痩せさらばえた腕。
 着衣や王冠、そして手に持つ杖などに、豪華な装飾が施してあるほど、老人の肉体が一際、強調される。おそらく、ただの老衰だけでは、ここまで老け込む事はないだろう。六千年に及ぶ王権を、自代で失墜させた衝撃は、やはり計り知れぬものがあったのだ。
 生まれる時代を間違えなければ、彼が為そうとした国家改造計画は、万民に支持されるものであったに違いない。――とは、ルイズは考えない。彼女の眼から見た老人は、やはり一分の同情の余地もない、暴虐の王の、見るも無残な成れの果てにしか見えなかった。

「もっと速度は出んのか!?」
 苛立った声でジェームズがわめく。
「はっ、申し訳ありませんっ!!」
 平民の操船士官が、悲鳴のような謝罪の声を上げつつ、帆を操作して風を捕捉しようと懸命だ。だが、その意に反して、フネはのろのろとしか進まない。――彼が未熟なのではない。乗船人数が多すぎるのだ。
 その時、ルイズには見えた。
 一隻の戦列艦が、艦首を向け、まっしぐらにこっちに進んでくるのが。

「貴族派……だわ……!!」

 いかに白旗が揚がったとはいえ、二個艦隊ものフネを『イーグル』号一隻で武装解除できるものではない。だから、停戦中の貴族派の艦隊は自然、放置に任せたままになっている。艦隊から離脱しようとする艦がいても、当然、放置である。
 だが、停戦交渉すら終わらぬ内に、こうまで露骨に自分たちを追跡してくる艦がある。それは予想できた事態であるとはいえ、やはりルイズの恐怖をかきたてた。だが、いまは怯えている場合ではない。
 なにせ船内は、自分以外の全員が、恐怖の絶叫を上げている状態だったからだ。

「逃げよっ!! 逃げるんじゃあ!! ええい、なんとかならんのかっ!!」
「どういう事ですの陛下っ!? 戦は終わったって仰ったじゃありませんかっ!?」
「いやよっ!! 貴族派の国賊どもは、フネに亜人を乗せているんでしょう!? そんな奴らに捕虜にされたら、わたくし生きてはいけないわっ!!」

 ルイズは絶望する。
 確実に自分よりも年長なはずの大人たちが、まるで童話のように見苦しく怯え、わめき立てる以外に何もしようとしない。
(違う……この人たちは、サイトやカザミたちとは、まるで違う。他人から何かをしてもらうのが当たり前だと考えて生きている人たちなんだ……)
 その時、なぜ才人の名前が脳裡に浮かんだのか、説明せよと言われてもルイズには出来なかったであろう。だが、その名が浮かんだ瞬間、彼女の頭を駆け巡った一幕の記憶。風見に戦力外通告を受けてなお、戦場に連れて行けと叫んだ気力の言葉。


「サイトは、……ギーシュと戦えると思ったから戦ったわけじゃないわ!!」
「戦えると思うから戦う。戦えないと思うから戦わない。――それは正しいかも知れない。でも、でも……」
「人には、戦うべきときがあるはずよっ!! 勝ち負けに関係なくね!!」


(そうよ……何も出来ないとか、足を引っ張るとか、そんな事は問題じゃない。本当に大事なのは、戦うべきときに戦うかどうかのはずよね。……大体それって、わたしが言った台詞じゃないの!?)
 ルイズは大人たちを振り仰いだ。
 その眼にもはや、怯えはない。
(戦ってやる。出来るかどうかは分からない。でも……もう遠慮してる暇なんかないのよっ!!)


.
「このままじゃ、追いつかれてしまいます。この中に『風』のメイジはいませんかっ!?」
 少女の声に、一瞬、きょとんとした静寂が船内を覆う。
「……わたくし、『風』のラインでございますけど……」
 ルイズの意図がまるで分からない顔をして、女官が一人、おずおずと名乗り出る。
「追い風を作って下さいっ!! 早く、急いでっ!! 風がなければフネは進みません!!」
「はっ、はいっ!!」
「水兵さん、舵を左にお願いしますっ!! このままでは、あのフネの射角に入ってしまいます!!」
「そっちに舵を切るには、風の方角が悪いですっ!! なんとかなりませんかっ!?」
 操船士官にそう怒鳴り返され、ルイズはさっきの風のラインだという女性を振り返る。
「風の角度を変えてくださいっ。水兵さんの指示通りに! 早くっ!!」
「いっ、言う通りにせいっ!!」
 ジェームズが泡を飛ばしながら女官たちに怒鳴る。
(死んでたまるもんか。こんなところで、むざむざ死んでたまるもんかっ!!)
「皆さん、『レビテーション』で、フネを浮かせて下さい!」
 え、なんで? という表情をする老人と女性たち。ルイズは切れそうになりながら叫ぶ。
「フネを少しでも軽くするんです。その方が速度が出るし、舵の切りあがりも上がりますし、って――いいから言うこと聞きなさいっ!!」

 もはや少女の態度は、一国の王と、その取り巻きに対するものではなくなりつつあった。
 だが、この状況でそれを気にするほど、ルイズの脳はめでたくはない。
(無礼なんて百も承知よ。謝罪ならあとで、いくらでもしてあげるわ。――生きてトリステインまで辿り着けたらね!!)

 そして、やぶれかぶれな指揮権強奪がものを言ったのか、小型艇は徐々にだが、追尾してくる貴族派の敵艦を引き離しつつあった。
 ルイズは油断こそしていなかったが、それでも、少しは安堵しつつあった。
 生き延びられた、という感慨だけではない。自分の指揮でこのフネを守った、という確かな感触。それは今まで経験した事のない、心地良いものであった。

 だが、――そのとき、フネが不意に流された。
 あまりにも突然の横風が、乗船する全ての者にとっての魔風と化し、フネを襲ったのだ。
「まずいっ!!」
 操船士官が反射的に叫ぶ。
 無論、その叫びは彼一人のものではない。国王も、女官も、貴婦人も、そしてルイズも等しく叫んでいた。声に出す暇もなく心の内で。

 追尾中の敵艦の射角に、あまりにも迂闊に飛び込んだ小型艇を、たちまち弾幕が迎え撃つ。
 直撃弾がなかったのは不幸中の幸いと言わねばならない。――だがやはり、その『不幸』は大きかった。大きすぎるほどに大きかった。

「陛下、帆に穴が!! 穴が開いてしまいましたわっ!!」

 風石は浮力にはなり得ても、推進力にはなり得ない。
 だからこそ、フネには水上船と同じくマストが必要なのであり、マストに張る帆が不可欠なのであるが、帆に穴が開いてしまったフネなど射的の的以外の何者でもない。
 直撃弾を食らって爆死するか、行動不能になって虜囚となるか。
「なんとかせいっっ!! なんとかせいっっ!!」
 ジェームズは声を限りに叫ぶ。
 無理もない。彼はアルビオンに暴政を敷いた当の本人なのだ。革命派とも呼べる貴族たちに捕まれば、何をされるか分からない。たとえ『レコン・キスタ』が白旗を掲げていたとしても、いま現在、自分たちを追尾中のフネは、貴族派の指揮下を離れている……。

 ならば自分は? 彼とともに、敵前逃亡とも取れる戦線離脱を図っている自分はどうなる?
 いや、自分はこれでもトリステイン国籍を持つ、公爵家の末娘だ。首を刎ねられる事はあるまい。――そんな思考がルイズに浮かばなかったと言えば、やはり嘘に近い。
 だが、迫り来る軍艦が発生させる、あまりにも圧倒的な殺気は、少女を硬直させた。
 そうなのだ。あの敵艦が、この小型艇を拿捕しようとしているとは限らない。
 国王ジェームズが乗船している以上、捕獲ではなく、いきなり撃墜を意図して砲撃してきても、何ら不思議はないのだ。

(冗談じゃないわ!! 死にたくない。こんなところで死にたくない!! こんなところで――!!)


.
 そのときだった。
 声が聞こえた。
 男の声だ。何処から聞こえてくるのか分かない。
 この小型艇には現在、その声に該当する男性は、ジェームズと名も知らぬ操船士官の二人しかいない。――だが、ルイズには分かっていた。その声は、このフネに乗船している誰の声でもないのだということが。
 その人ならぬ声は、恐怖に我を忘れた老王が投げ出した箱から聞こえて来る。彼女はそれを不思議に思わなかった。何故かは分からない。だが、声が聞こえた瞬間、彼女の脳裡から恐怖が消えたことは間違いない。そのこと自体、ルイズは気付いていなかったが。

「貸して下さいっっ!!」

 ひったくるように、箱を拾い上げる。
 蓋を開けると、中にはさらに二つの小箱があった。
 指輪――『風』のルビーを収納してある小箱と、もう一つ、『始祖のオルゴール』。
 さっきの砲撃の振動のためであろうか、オルゴールの蓋は開き、ロールが回転している。にもかかわらず、聞こえてくるのはオルゴール独特の甘い音色ではない。
 誰とも知らぬ、男の声。

 そう、なぜか彼女は知っていた。
 この声こそは、おのが指に輝く、アンリエッタから預かりし『水』のルビーの、真の所有者の声。いや、『水』のルビーのみならず、ここにある『風』のルビー、そしてオルゴールの真の所有者の声。

「……始祖……ブリミル……!!」


『…………選ばれし聞き手は“四の系統”の指輪を嵌めよ。されば、このオルゴールは開かれん。 ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ…………』





新着情報

取得中です。