あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

GIFT05


 あわただしい気配が分厚い壁を通り伝わってくるのを、ルイズは退屈しながら感じとっていた。
 懲罰房の中に運び込まれた机の上には、どっさりと出された課題の山があるが、全て終了済みだった。
 罰として与えられたものだが、今のルイズにとってそれらは退屈な監禁生活の無聊を慰める程度でしかない。
 それはさておき……。
 推測するに、どうやらかなりのお偉方が学院に訪ねてくるらしい。
 どんな相手なのか、意識を集中して感知してみようか?
 ルイズはそう思いながら、眼を閉じる。
 ちくり。
 危険や敵意を敏感に感じとる感覚(センス)が反応した。
 学院の中ではないが、そう遠くはない。
 何者だろう。
 ルイズは緊張と興奮、それに奇妙な歓喜を抑えながら意識を集中し続け、それを正確にとらえようとした時、
 「ミス・ヴァリエール」
 無粋な声が、集中を中断させた。
 確認するまでもない。
 教師のコルベールだった。 
 いつもと違い、ちんどん屋みたいにめかしこんで、似合いもしない金髪のかつらをかぶっているのは、お偉方を出迎えるためだろう。
 「今日で停学は終了です」
 おっほんとわざとらしい咳をしながら、コルベールは言った。
 「そうですか」
 特に嬉しそうにもしないルイズに、コルベールは不安そうにしながら、
 「本日、アンリエッタ姫殿下が、当学院にご行幸なされることになりました」
 「姫殿下が?」
 ルイズもこれには驚いた。
 まだ幼い頃、ルイズは『おそれおおくも』アンリエッタ姫の遊び相手をつとめていたことがある。
 言うなれば、アンリエッタはルイズにとって幼馴染だった。
 「急なことですが、すぐに歓迎式典の準備をせねばなりません。あなたもすぐに正装して校門前に整列するように」
 「わかりましたわ、ミスタ・コルベール」
 ルイズに殊勝に頭を下げながら、予感した。
 危険を放つ相手は、姫殿下の行列の中にいる……あるいは。
 姫殿下本人が、その相手かもしれない。


 トリステイン万歳!
 アンリエッタ姫殿下万歳!
 歓声がやかましい中、ユニコーンの引く豪奢な馬車から美姫が姿を見せた。
 花のような微笑で歓声に応えるアンリエッタは、年月をへてさらに美しくなっていた。
 それを遠目に見るルイズの周辺は、近づく者がいないために円のようになっている。
 皆がルイズを恐れているのが実によくわかった。
 ルイズにすれば、暑苦しくないのでむしろけっこうなことだが。
 「あれが王女? たいしたことないわね、私のほうが魅力的だわ」
 不遜な発言しているキュルケの横では、タバサが地面に座り込んで本を読んでいた。
 近くにいる……。
 ちくちくと、警戒せよ、警戒せよと繰り返す蜘蛛の糸。
 その反応は、アンリエッタからはなかった。
 ここはほっとすべきことなのか、ルイズは考えたが、特に感慨はわかない。
 さらに、糸を伸ばしてみる。
 びくんと反応があった。
 ゆっくりとその反応先を見てみた。
 立派な羽根帽子をかぶり、グリフォンにまたがった美形の貴族が見えた。
 どこか――で、見たような顔だった。
 こいつか。
 相手を確認してから、ルイズは何食わぬ顔で、
 「アンリエッタ姫殿下万歳!」
 などと叫んでみた。
 ふとキュルケのほうを見ると、例の羽根帽子貴族に魅入っている。
 なるほどね――。
 ルイズは失笑した。
 さもありなん。あのツェルプストーが好きそうなタイプだ。


 夜、久々に部屋に戻ったルイズは懐かしきベッドに寝転がっていた。
 メイドが掃除をしていたのか、放置されていた部屋は埃などもなく、綺麗なものだった。
 ベッドの脇にはインテリジェンス・ソードが置いてある。
 「久しぶりだよなあ、相棒!」
 デルフリンガーが嬉しそうに言ってくる。
 「会ったばかりなのに、相棒がすぐにどっかに閉じ込められたとかで、俺ぁ冷や冷やしたぜ!」
 「誰に聞いたの?」
 「掃除にきたメイドたちが話してたのよ。聞いたぜ、どっかのメイジをボコボコにしたんだって?」
 そこから、デルフリンガーの声は不満を含んだものになった。
 「冷てえよなあ、相棒は! そういう時こそ俺の出番だろうがよ?」
 「さすがに、人のいる前で貴族殺しはまずいわよ」
 ルイズはつまらなそうに言った。
 まあ、勢いで殺しかけたんだけどね。いや、ていうか、精神的には死んだかしら?
 「そのうち、オーク鬼にでも会ったら使ってあげるわよ……」
 「絶対だぞ? 約束だからな!」
 「はいはい」
 ルイズはうるさげにしながら、苦笑した。
 だが……。
 「ちょっと黙って」
 ルイズがそう言うと、デルフリンガーがすぐに沈黙した。
 相棒、相棒というだけあって、こういう時の機微はすぐに察知してくれるようだ。
 そこのところがルイズには好ましかった。
 やはり、ただのおしゃべりな剣というわけでもないようだ。
 ドアがノックされた。
 はじめに長く、二回。次に短く、三回。
 ルイズはすぐに起き上がり、ドアを開けた。
 入ってきたのは真っ黒頭巾の若い女だった。
 「…………」
 ルイズは無言で黒頭巾を迎え入れた。
 黒頭巾は杖を取り出して、軽く振った。
 探知の魔法、ディティクト・マジックね。
 ルイズは部屋に舞う光の粉を見ながら、慇懃に膝をついてみせた。
 どこに目が、耳が光っているかわからないものね、そんなことを黒頭巾は言っている。
 「……お久しぶりね、ルイズ・フランソワーズ」
 黒頭巾を取りながら、アンリエッタはそう言った。
 「姫殿下も、ご機嫌麗しゅう……」
 「そんなことを堅苦しいことはやめてちょうだい、ルイズ!」
 アンリエッタはそう言いながらルイズを抱きしめる。
 「ああ、ルイズ! ルイズ! ルイズ・フランソワーズ! あなたと私はお友達じゃないの!」
 「もったいないお言葉でございます、姫殿下」
 とりあえず当たり触りのないことを言ったが、麗しの姫殿下は一人で勝手にヒートアップしていた。
 やめて!
 ここには枢機卿も、母上も、あの友達面して寄ってくる欲の皮の突っ張った宮廷貴族たちもいないのですよ!
 ああ、もう! わたくしには心を許せるお友達はいないのかしら?
 昔馴染みのルイズ・フランソワーズ、あなたにまでそんなよそよそしい態度をとられたら、わたくし死んでしまうわ!
 熱の入った一人芝居みたいな繰り言を続ける姿は、ひどく現実離れしていた。
 もしかすると、彼女の頭の中では、ここは魔法学院の女子寮ではなく、大劇場の舞台になっているのかもしれない。
 ばっかじゃねえの?
 姫の『熱演』に接して、ルイズが思ったことはそんなことだった。
 だが、同情できないこともなかった。
 いつか父がこぼしていた、一見華やかながら、宮廷とは権謀うずまく、魑魅魍魎が徘徊する場所だと。
 そんな宮廷生活は相当に精神を蝕むものかもしれない。
 といって――ルイズが今まで過ごしてきた生活だって、十分すぎるほど精神を蝕むものだった。
 だから、それほど踏み込む気持ちは起きなかった。
 そもそも、この姫は何をしにここにきたのだ?
 わざわざ昔話に花を咲かせるため――まさか……いや。
 「だけど、最初見た時は驚いたわ。髪の毛を短くしたのね」
 アンリエッタは息をついてから言った。
 「最近のことですけど」
 「でも、その髪も素敵よ。とっても凛々しくて……」
 「感激です。私のことなど、とっくにお忘れになっているものかと」
 「忘れるわけないじゃない。あの頃は、何もかもが楽しかったわ」
 姫殿下の、声のトーンが変わった。
 今まではただの前振り。ここから、本番ということかもしれない。
 「あなたが羨ましいわ、ルイズ……。自由って素敵ね――」
 羨ましいだと?
 ルイズはかすかに目を鋭くしたが、アンリエッタは気づいた様子もない。
 羨ましい? なるほど、確かに今の自分は羨ましいかもしれない。
 神から、あるいは運命というべきか、そういったものから力を与えられたのだから。
 とてつもない力を。
 しかし、それをアンリエッタは知っているのか?
 いや、まさかそうとは思えない。
 誰もこのことは知らないはずなのだ。
 ならば……この姫は本気か、戯言か知らないが、ゼロのルイズという少女に対して羨ましいと言っているのか?
 「自由ですか」
 「ええ……」
 それっきり、アンリエッタは黙りこんでしまった。
 どうやらひどく、言いにくいことらしい。
 すなわち、それはルイズにとっても穏やかならざるものであるのか。
 なら、言わせる必要などない。
 そう考えて、ルイズは自身の思考に今さらながら驚いた。
 以前のルイズならば、何をさておいてもアンリエッタの隠していることを聞きたがったはずだ。
 たとえ、それが破滅につながる道でもあって……。
 王家への忠誠。それは貴族の誇りと名誉につながるものだ。
 魔法の使えぬルイズにとって、わずかながら自分を支える頼りない柱……だったもの。
 けれど、今のルイズはそんなことは考えようとさえしていなかった。
 もはや――貴族であることにすがる必要など、どこにもありはしないのだから。
 「私は、ゲルマニアの皇帝に嫁ぐことになりました……」
 まるで葬列に並ぶような表情で、アンリエッタは言った。
 「それは」
 ルイズは一瞬返答に躊躇した。
 普通なら、ここでおめでとうございますと、拍手でもするべきところなのだろうが、姫殿下の表情からそうではないことがわかる。
 何となくわかる気もした。
 ゲルマニア――あの、褐色の多情な女を思い出しながら、ルイズは考えた。
 あの国は、歴史の古いトリステインなどから見れば成り上がり者の国だ。
 そんな国に嫁ぐなど、大げさに言えば屈辱以外の何者でもないだろう。
 「……」
 だがそこで、ルイズの感覚は抜き足さし足と部屋に接近してくる気配を感じとった。
 ふん。
 無意識のうちに、冷笑がこぼれてしまう。
 アンリエッタはそんなルイズに気づかず、ぶつぶつと愚痴とも独り言ともつかない言葉を並べ立て始めた。
 ゲルマニアとの婚姻は、両国の同盟のため。
 現在アルビオンでは内戦が起こり、王家が敗れそうである。
 アルビオンを掌握した反乱軍は、今度はトリステインに牙を向けるだろう。
 ゆえに望まぬことではあるけれど……。
 しかし、アルビオンの反乱軍は同盟を壊す材料を必死で探している。
 もし、そんなものが見つかれば、当然トリステイン、ゲルマニアの同盟はおしゃかになるのだ。
 ルイズはそれを話半分に聞きながら、ドア越しで血眼になっているであろうピーピング・トムに意識をやっていた。
 ついにアンリエッタは、自分で話した自分の現状に、自ら絶望したのか、
 「おお、始祖ブリミルよ……。この不幸な姫をお救いください」
 両手を組んで祈りの真似事を始めた。
 自己憐憫か、反吐が出る。
 ルイズは聞こえないように舌打ちをした。
 「それは……大変なことになっているのですね」
 そう言ってやると、アンリエッタは顔を覆って震え出した。
 いい加減にしろ、このマヌケが……!
 ルイズは目前の姫を蹴り飛ばしたい気分になった。
 自分が世界で一番不幸でございますという態度だが……。
 魔法が使えぬせいで屈辱にまみれた人生を送ってきたルイズからすれば、そんな行為は見苦しいものでしかなかった。
 「一体何をおっしゃりたいのですか?」
 ついにたまりかね、ルイズはいらついた表情でアンリエッタを睨む。
 「ルイズ……?」
 「せっかくのお越しでございますが、そのようにされていてもわけがわかりませんわ」
 冷たく言って、ルイズはしまったと唇を噛む。
 適当にめそめそさせておけば……どうせ、そういつまでもここにいられはしないのだ。
 そのうちに帰っていったに違いない。
 こんなことを言えば、相手に厄介ごとを話させるきっかけを与えてしまうではないか。
 「実は……あるものが原因で、婚姻……同盟が壊れてしまうのかもしれないのです」
 そうら、きた。
 ルイズは大変ですね、とも言えずに、無言でうつむいた。
 「私が、アルビオンのウェールズ皇太子に送った手紙……」
 プリンス・オブ・ウェールズ……ルイズも知っている、眉目秀麗の凛々しい王子だ。
 「それをもし、ゲルマニアの皇室が読めば……決して私を許さないでしょう」
 アンリエッタは死にそうな声だった。
 「間違いなく、同盟は反故に。そうなれば、トリステインは一国で反乱軍と……」
 どんな手紙を送ったのだか。
 ルイズは是非とも、手紙を読んでみたい気分になった。
 遠いアルビオン、それも今は戦争の真っ最中であるウェールズ王子のもとにあるとすれば、まず不可能だろうが……。
 「絶望ですわね」
 「ああ。そうです、まさに絶望です! もしも、あれが反乱軍に渡ってしまえば……破滅です!!」
 「で、姫様、私にどうしろと?」
 ルイズはもはや付き合い切れなくなり、
 「そのようなことは、私などではなく、もっと他に相談すべきかたがいらっしゃると思いますが」
 信用できる者など……こんなことを話せる者など……と、アンリエッタは苦しそうにうめいた。
 だったら、最初からそんなもの送るなと思いつつルイズは、
 「もしや、私にアルビオンに赴いて、その手紙を――」
 「無理よ、無理よ、ルイズ! わたくしったら、なんてことでしょう! 混乱しているんだわ!」
 大げさに首を振るアンリエッタ。
 「まったくですわね」
 とうとうルイズは吐き捨てるように言った。
 「国政に携わっておいでになると、ひどく精神を病まれるというのは大変よくわかりましたけれど」
 アンリエッタは弾かれたように顔を上げて、ルイズを凝視する。
 幼馴染の冷然とした表情を見て、アンリエッタは力なく肩を落とした。
 「そうね。ごめんなさい…………」
 ぽつりと蚊のなくような小さな声でルイズに詫びた。
 やがて、静かにルイズを見た。
 「変わったのね、あなたも」
 「ええ。もちろんですわ」
 ルイズは微笑んで、
 「魔法がまともに使えずに、平民にすら軽蔑され、ついた二つ名がゼロのルイズ。人間が変わるには十分すぎる要因ではありませんか」
 ルイズはわざと芝居がかった言動で、意地の悪い顔をしてみせた。
 アンリエッタは何も言わない。
 「まさか、姫殿下も、そんな落ちこぼれに国の存亡をかけた任務など、本気で任せられるはずもないでしょう」
 今度は表情を消し、淡々と言ってみせた。
 すると、アンリエッタはドレスの裾をぎゅっと握り締める。
 手が震えているのがわかった。
 さてと、ルイズはドアのほうへ意識を向けた。
 ピーピング・トムはどう出る?
 どう転んでも……。
 「――なあ、そう意地悪をしてやるなや」
 いきなり、デルフリンガーが口をはさんできた。
 「な、何者です?」
 アンリエッタは滑稽なほどに狼狽した。
 気品あふれる美姫であるだけに、そのさまは下手な道化師の仕草よりも滑稽だった。
 「うるさいわよ」
 ルイズはドアの向こうのピーピング・トムが動いたのを感じ取り、舌打ちをした。
 どうやらピーピング・トム、今のできっかけをはずされたようだった。
 「いいじゃねーか。お前さんだって、今までの懲罰房生活でストレスがたまってただろ?」
 「ストレス発散で戦地にいくマヌケがどこの世界にいるのよ」
 「ルイズ、ひょっとして、それは……インテリジェンス・ソード」
 アンリエッタはルイズの視線と、声の方向からベッドの脇のデルフリンガーに気づいたようだった。
 「ええ、そうです。どうせ売れ残りだからと言って、武器屋がただでくれたのですわ」
 大嘘こくんじゃねーよ、店メチャクチャにしたあげく、脅しとったくせによ。
 デルフリンガーは声に出さずにつぶやく。
 「ひょっとして……それがあなたの使い魔なの?」
 「まあ……そんなようなものですか」
 ルイズは笑う。
 そこにデルフリンガーが、
 「で。話を戻すがよ、いってやれや、アルビオン」
 「簡単に言うんじゃないわよ、アホソード」
 ルイズはうんざりとした顔で、
 「あんたと違って、私は生身の人間なの。魔法も使えないし」
 「下手な魔法よりも強力な爆発が使えるじゃねーかよ」
 「やかましい」
 「それにお姫様に恩売っときゃあ後で色々有利だぜえ? 三人までは切り捨て御免の殺人許可証とかもらえるかもしんねーしよお」
 「もらえるわけないでしょ」
 「わかんねーじゃねえか、言ってみなきゃよお」
 「いただけますか、姫殿下?」
 「いや、それはさすがに……」
 とんでもねールイズとデルフリンガーの言葉に、アンリエッタは冷や汗を流す。
 「ほらみなさい。恥かいちゃったじゃないのよ」
 「まあまあ、いーじゃねーの、いってやれって。友達だろ? その姫様と」
 「あんた、いい加減に――」
 「いい加減にしろ、この無礼者どもが!」
 大声と共に、いきなり誰かが……いや、さっきから部屋をのぞいていたピーピング・トムが乱入してきた。
 「きゃあ……!」
 アンリエッタは短い悲鳴をあげる。
 ルイズはさっさとピーピング・トムを押さえつけ、床にねじ伏せる。
 ピーピング・トムは必死で顔を上げて、
 「アンリエッタ姫殿下! 是非ともその役目、このギーシュ・ド……もが!」
 ギーシュは最後まで口上をのべることはできなかった。
 ルイズはギーシュのつけているマントをねじって縄のようにして、猿ぐつわをかましたのだ。
 「図々しいのぞきね、どうしてくれましょうか?」
 ルイズはついとアンリエッタを見た。
 「どうも、話を聞かれてしまったみたいですけれど」
 「え、ええ……」
 アンリエッタは胸を押さえながらギーシュを見た。
 「後々面倒にならないように、始末しましょうか?」
 「え?」
 「もが……!!」
 ルイズの台詞にギーシュは真っ青になる。
 がたがたと震えているのがダイレクトにルイズに伝わってくる。
 「そうだなあ……。おっと相棒の爆発じゃ他にもばれる。俺を使ってくれよ、ズバーーッといっちまおうぜ」
 デルフリンガーは、おら、わくわくしてきたぞ! という口調で言ってきた。
 「ダメよ」
 ルイズは首を振った。
 「そ、そうです、ダメです。殺すなんて」
 アンリエッタもそれに賛同してうなずいた。
 「あんたなんか使ったら血が出るじゃない」 
 「ええ。その通りです、血がどばっと……。え……?」
 アンリエッタはきょとんしてルイズを見た。
 「このまま絞め殺して、近くの森にでも埋めとけばいいわ」
 「……!!!」
 ギーシュの顔は青を通りこして白くなる。
 「い、いけません、ルイズ!」
 アンリエッタが制止すると、ギーシュはまるで崇拝する女神でも見るように姫を見上げる。
 ありがたや、ありがたや。
 今にもそう言いそうだった。
 「それもそうですね」
 ルイズは表情を和らげてうなずいた。
 それを見て、アンリエッタもほっとする。
 「姫様に無礼を働いた咎で、手打ちにしたということで。ええ、それでOKですわね」
 ルイズは杖を取り出してギーシュの脳天に突きつけた。
 「……! ……!! ……~~!!!」
 ギーシュは必死で逃げようとするが、押さえつけるルイズの膂力はあまりにも圧倒的で、ギーシュにはどうすることもできなかった。
 「じゃ、さよなら」
 「なりません、ルイズ!」
 ルイズの腕にアンリエッタはすがりついた。
 「はやまってはなりません。まずは、話を聞いてみましょう?」
 「さようですか」
 ルイズはあっさりと引いた。
 元より殺す気はなかったのだ。
 殺すのなら、こんな場所など選びはしないし、べらべらと戯言などしゃべらない。
 アンリエッタにうながされ、猿ぐつわをといてやると、
 「……姫殿下! その困難な任務、是非ともこのギーシュ・ド・グラモンに仰せつけますよう!」
 「勇敢ね」
 ギーシュの言葉に、ルイズは笑う。
 こいつ、どういう場所にいくのか、わかっているのか?
 「グラモン? あのグラモン元帥の?」
 「息子でございます、姫殿下」
 ギーシュは必死の面持ちで言い続ける。
 「お願いいたします、姫殿下のお役に立ちたいのです……!」
 「それで女の部屋をのぞいてたの? こそ泥みたいに」
 「う……」
 ルイズのツッコミにギーシュは赤面するが、ぶるぶると顔を振って、
 「僕はただただ姫殿下の……」
 「あなたも、私も力になってくれるというの?」
 アンリエッタはどこか感動したらしくギーシュを見て目を潤ませる。
 ルイズは苦い顔でアンリエッタを見た。
 あなたも? いつ自分がいくことを了承した?
 デルフリンガーが勝手なことを言っているが、まだルイズは答えを言っていない。
 ルイズがベッドに近づくと、
 「まーいいじゃねーの」
 デルフリンガーがとりなすように、 
 「……いざとなりゃ、あの色ボケを囮にでもすりゃいいし、本当にまずけりゃ逃げるって手もあるだろ?」
 ルイズにだけ聞こえるように言った。
 「そうね……」
 ルイズはギーシュを見る。
 「姫殿下の御ために働けるのなら、これはもう望外の幸せでございます!!」
 ギーシュは真っ赤な顔で感動の声をあげている。
 この犬が。
 ルイズは内心せせら笑う。
 馬鹿犬ギーシュは少しばかりアンリエッタ姫がおだてればほいほい自分で自分の首さえはねそうだった。
 いや、まさにそうしようとしているのだ。
 五本の指にも満たない少数で戦場に向おうという時点で。
 そうこうするうち、アンリエッタは魔法まで使って手紙を用意し、
 「ウェールズ皇太子にお会いしたら、この手紙を渡してください。すぐに件の手紙を返してくれるでしょう。それから……」
 はめていた指輪を手紙と共にルイズに手渡した。
 「これは母君からいただいた『水のルビー』です。せめてものお守りです。お金が心配なら売り払って旅の資金にあててください」
 『水のルビー』……。
 その輝きは、どこかルイズの奥底にあるものを引き寄せるようなものがあった。
 「へへへ! こいつはいよいよ面白くなってきやがった!」
 嬉しそうにデルフリンガーが言ったので、ルイズはぼこんと蹴飛ばしてやった。



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