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虚無と狼の牙-07


虚無と狼の牙 第七話

 例のウルフウッドのタルブ行きに関してルイズは何をしていたか。その話は数日前までにさかのぼる。
 その日ルイズはウルフウッドが日中いないことに気が付いた。
が、その前の日の晩に派手にけんかをした後なので、むしろ顔を合わせないほうが都合がいいとばかりに、大して気にも留めなかった。
 ただ、それでも一日中顔を合わせないとなれば気になってしまうものである。
時間が経つにつれてそわそわしながらも、それでもなんとなく気まずい空気を感じてルイズは夜、寝る前になるまで部屋に戻らなかった。
 悪いのは誰がどう考えてもウルフウッドのほうなのだが、これで機嫌を損ねて出て行ったりしたらどうしようなどと不安になりながら部屋に戻ると、誰もいなかった。
悪い予感を感じたルイズは部屋の真ん中に置手紙があることに気が付いた。

『ちょっと用事があるのでタルブの村へ行ってきます。数日中には戻ります』

 そこまで読んでルイズは首をかしげた。あの馬鹿はタルブなんて田舎の村へ何をしに行ったのだろうか。
もしかしたら拗ねて出て行った? 
昨日、蹴り飛ばしたのはやりすぎだったのかもしれない。
もしかして、本格的に愛想を尽かされた?
 ルイズは不意に胸を締め付けるような不安に駆られた。
 しかし、一瞬にしてルイズにとってそんな疑問はどうでもよくなった。それはその続きにこう書かれていたからである。

『ウルフウッドさんの面倒は私がちゃんと見るので、心配しないでくださいね シエスタ』

 ちなみにウルフウッドが伝言を頼んだのは前半部分のみである。


 それから数日後、ウルフウッドはトリステイン城下町にいた。
「あらー、この子がウルフウッドちゃん? シエスタから聞いていたけど、なかなかに男前ねっ」
 目の前に何かがいる。何かとんでもないものがいる。何かとんでもないものがくねくねと動いている。いや、蠢いている。
「あのー、メイドのじょうちゃん。この個性的なお方はどちらさまで?」
 ウルフウッドは震える指で目の前の存在を指差す。
「あぁ、私のおじさんのスカロンさんです。トリステインで魅惑の妖精亭という居酒屋をやっているんですよ。ウルフウッドさんにはここで働いてもらいます」
 ウルフウッドは右手で額を押さえた。オカマというキーワードが彼の記憶の中から思い出したくないものを強引に引き出してくる。
「……ワイ、オカマにはちょっと嫌な思い出が」
「今更何を言っているのよ、ウルフウッドちゃん? さぁ、今日からきっちり四百エキュー分働いてもらうわよ。私はスカロン、よろしくね」
 差し出されたスカロンの右手を顔面蒼白なウルフウッドは手に取った。ウルフウッドの顔からは半分魂が抜けかけている。
「なぁ、メイドのじょうちゃん」
「はい。なんですか?」
「この人がピチピチの服を着ているのは、実は自分の力を抑えるための拘束やとかいうことはないな? 
口癖が『えぐるわよ』とかそういうことはないよな? 
鞄からパイルバンカーで杭がポンポン出るとかそういうこともないよな?」
「へ?」
「いや、なんでもない。気にせんといてくれ。ちょっと、ワイの人生経験がおかしいだけやねん。きっと、そうやねん。あぁ、そうやということにしとこ。ちゅうか、そうしといて……」
 青白い顔をしたウルフウッドを呆然とシエスタは見つめる。よっぽど過去強烈なオカマにトラウマがあるらしい。
その横でスカロンが己の肉体を誇示すべく不思議な踊りを踊っていた。


 ルイズ・フランソワーズ・ド・ラ・ヴァリエールはトリステインの城下町を一人歩いていた。
 今の彼女はただの学生ではない。女王陛下から極秘任務を受け賜った、女王直属の女官である。
 彼女は普段から愛想のいいほうではないが、今はそのきつく上がった眉毛を普段より二割り増しきつく上げて、本人的には仕事の出来る女な感じを演出しているつもりである。
端から見れば、彼氏の浮気現場に乗り込んでいく気の強い女の子にしか見えないが。
 そんな彼女はとある店の前で立ち止まった。国家の命運を左右する極秘任務だ。失敗は許されない。
そう、これは極秘任務であって、自分はそれを遂行するためにここへ来たのであって、理由はそれ以外にはなにもない。
そう自分に言い聞かせてから、その店のドアを開けた。
「ようこそ、いらっしゃいませー。魅惑の妖精亭へ!」
 明るい女の子の声に迎えられる。彼女たちは店に入ってきた客が若い女の子で、しかもたった一人であるということに怪訝な顔をした。
 そんな周囲の目線を気にせずルイズはずかずかと店の奥へと進む。
もはや、彼女の目は一点しか見つめていない。テーブルを一つ通り過ぎ、また一つ通り過ぎ、そして店の奥までやってきた。
 その視線の先には忙しく厨房を動く一人の男。
「はい! 五番テーブルさん、あがったでぇ! はよ持っててや! 三番テーブル、あとは焼くだけやからもうすぐやで!」
「……ウルフウッド、あんた何やってるのよ」
「なんや、お客さん料理遅いいうて文句言うてんのかいな。悪いけど、ちと今いっぱいいっぱいや。なんとかもう少し間を持たしたって!」
 そう言いながらウルフウッドは手際よくフライパンに油を塗る。
「だから、あんたは、何をしているのよ」
「あーもう、そんなゴネんといてや。ワイかていっぱいいっぱいなんやて」
 そう言いながらも手を休めることなく、額のねじり鉢巻で汗を拭き、ウルフウッドは皿に野菜を盛りつける。
「だから、あんたはいったい何がいっぱいいっぱいなのよ! ご主人様を放っておいて!」
 その気迫に初めてウルフウッドは振り向いた。目の前にいるのは見慣れた少女の姿。
 魅惑の妖精亭特製のはっぴの袖で手を拭きつつ
「あれ、じょうちゃん。なんでこんなところに?」
 不思議そうな顔でのんきな声でそう言い放つウルフウッド。
「そ、それはこっちのセリフよ! 大体、あんたこの場に馴染みすぎ!」
 魅惑の妖精亭にルイズの叫び声が響き渡る。
 数日ぶりに顔を見たウルフウッドは、見事に居酒屋のおっさんと化していた。

「さぁ、はっきりと説明してもらいましょうか」
 ルイズは厨房の中のウルフウッドに詰め寄る。
「あぁ。それについてはちと長くなるんやけど、簡単に言うと」
「簡単に言うと?」
「ワイ、借金のカタにここに身売りしたねん」
「はぁー!?」
 またまたルイズの叫び声が魅惑の妖精亭に響き渡った。客たちも食事をする手を休め、ウルフウッドたちをじっと見つめる。
「ど、どういうことか、説明しなさい。い、一体あんた使い魔の分際でいつの間に借金なんかこさえて、勝手に売り飛ばされているのよ。
わざわざわたしがタルブまで出向いたら、あんたトリステインに行ったって聞いて。
それからこの城下町で背の高い目つきの悪い男を見なかったかって聞き込みをして、やっと見つけたと思ったら、これ? え、どういうこと?」
「あれ、じょうちゃんわざわざワイを探しに来てくれたんか?」
「その話は今はいいの! あんたのことを話しなさい、あんたのことを!」
 ルイズは両手を握り締めて、真っ赤な顔で怒鳴った。


 ルイズの気迫に押されたウルフウッドは仕方なく、その場で簡単にその後の経過を話した。
 タルブの村に必要なものがあって、それをシエスタを案内役にコルベールと買いに行ったこと。
そこで貰った竜の亡骸と千発の弾丸の移送をコルベールに任せたこと。移送についてはコルベールが自分がお金を出すと言った。
本来ならそこまで世話になるつもりもなかったウルフウッドだが、コルベールの目が早くこれらをいじりたいと訴えていたので、お言葉に甘えることにした。
そして、今現在そのときの借金を返すため居酒屋で住み込みバイトをしていること。
 それらをかいつまんでウルフウッドは説明した。
 ルイズは一応それを黙って聞いていたが、やがて拳を握り締めわなわなと震え始めた。
「で、あんたはメイドに借金をしてここで働いているわけ?」
「そや」
 まったく悪びれずに答えるウルフウッド。その姿にルイズは苛立ちを隠せない。借金をするなら、なぜまずわたしに相談しないのか。
ましてや、メイドに勝手に借金を作ってそのカタにこんなところで働かされているとは何事か。
 そこまで頭の中をめぐらせて、何か怒鳴ろうとしたとき、空気を読まないのんきな声が割って入ってきた。
「あ、ウルフウッドさーん。三番テーブルの料理まだですか? って、あ」
 ルイズはその人物をキッとにらみつける。
「あんた、確かうちの使い魔と仲の良いメイドのシエスタって言ったわよねぇ」
「え、ええ。そうですけど」
 まずい、とシエスタは思った。ルイズは怒っている。まぁ、仕方がないといえば仕方がないが。例の置手紙に挑発的な一文も入れたし。
それにしても、このわがままでかつ性格がきついことで知られるルイズがわざわざトリステインまで殴りこんでくるとは意外だった。
「ごめんなさいね。うちの馬鹿使い魔が迷惑かけちゃったみたいで」
「いえ、そんなことはございませんわ、ミス・ヴァリエール。ウルフウッドさんは自分で望まれてここに居られるのですから、迷惑だ何てそんな」
「借金なんてしちゃってごめんなさい。今すぐ、全額耳を揃えて返して差し上げて、この使い魔はとっとと連れて帰りますわ」
「そんな。ミス・ヴァリエールがお気になさることはありませんわ。これはウルフウッドさんと私だけの問題ですから」
 二人はにこやかに穏やかな口調で会話を続ける。こめかみをひくつかせながら。
 気が付けば厨房の動きは完全に止まっているのだが、それについて文句をつける人間は誰もいない。
みな息を潜めて事の成り行きを見守っている。みんな好きなのだ、こういうしょうもないいざこざが。
「借金はいくら?」
 ルイズがドスの効いた低い声でウルフウッドに尋ねた。
「よ、四百エキューほど」
 その迫力に百戦錬磨のウルフウッドでさえ思わずたじろいだ。
「四百エキューね」
 そう復唱してルイズは不敵に笑うと、懐から袋を出した。
「これでちょうど四百エキューあるわ。これでうちの使い魔の借金を全額返済させていただくわよ。文句はないわね」
「いや、けどじょう――」
 口を挟もうとしたウルフウッドをルイズは思い切りにらみつける。ウルフウッドはその迫力に黙ってしまった。
 ――あかん、これはもうオレにはどうもこうもできひん。人の領域を外れた魔人同士の戦いや。


「あ、ありがとうございます、ミス・ヴァリエール」
 その袋をこめかみと右頬をひく付かせながらシエスタは受け取った。何か言いたげに口を動かそうとしたが、シエスタの口から言葉は出なかった。
 シエスタはいらだたしげにルイズをにらみつけると、
「返すものも返していただいたので、私は帰ります。さようなら!」
 そう吐き捨てるように言うと、エプロンを床に投げつけて、そして店から走り出ていってしまった。
「おい、じょうちゃん……」
 ウルフウッドがルイズを小突く。しかし、当のルイズは勝利の感覚に酔っていた。
 ざまあみろ。お金で人の使い魔を縛り付けようなんて魂胆が悪いのよ。
「さぁ、ウルフウッド、帰るわよ!」
「え? ちょ、ちょっと待ってや。まだ、ワイ仕事が残って」
「そんなのどうでもいいでしょ。もうお金返す必要ないんだから。
それよりもこんなところで人の手伝いしなんかしていないで、わたしの手伝いをしなさい。
わたしがここへ来たのは別にあんたを探すためじゃなくて、もっとちゃんとした任務のためなんだから」
 そこまで勢いよく言って踵を返したところでルイズは固まった。
「ない」
「はぁ?」
「なくなっちゃった」
「だから、何がて?」
「今日泊まるところも、ご飯もない」
「何を言うとんねん?」
「だから、ないのよ! もらったお金を全額あの子に渡しちゃったのよ!」
「はぁー!?」
 今度はウルフウッドの絶叫が妖精亭に響き渡った。
「あんたのせいよ! あんたが何も考えずに借金なんか作るから! この場当たり使い魔!」
「な、それを見境なく持っている金全額使うた奴に言われたないわ、ボケ!」
 二人は思い切りにらみ合う、しかしすぐにルイズは泣きそうな表情になった。
「どうしよう……こんなんじゃ姫様に与えられた任務を満足にこなせないじゃない」
「なんや、その任務とかに必要やったら、今からあのメイドのじょうちゃんに掛け合ってお金を返して――」
「絶対いや! それだけは絶対にいや!」
 ルイズは首をぶるぶると振った。
「そんなに言われてもどないすんねん。ワイかて金持ってへんのやで」
 ウルフウッドは途方に暮れるように肩を落とした。思えば四百エキューというのは大金だったのだなぁ、などと間抜けな感想を抱きながら。
 居酒屋に勢いよくなだれ込んできた少女が、いつの間にか男と一緒に途方に暮れている。
この光景は周囲の好奇心を刺激するに十分であった。いつのまにやら彼らの周りには無遠慮な人だかりが出来ていた。
「だったらさぁ、あんたもここで住み込みで働いたらいいんじゃないの?」
 その野次馬の中から一人の少女が落胆している二人に声を掛けた。
「ジェシカ」
 ウルフウッドが顔を上げた。
 ルイズは彼が彼女を名前で呼んだことに露骨に嫌な顔をした。このウルフウッドという男は滅多なことでは人を名前で呼ばないのだ。
自分だって記憶にある限りではたったの一回だけ。それがこの女は――
 実は本当の敵はシエスタではなくこのジェシカだったのではないか、とルイズは勘ぐった。


 しかし、当のジェシカはそんなことはお構いなしだ。
「お金がないんでしょ? んで、泊まるところも食べるものもない、と。なら、うちで働けばいいじゃない。部屋ならウルフウッドの部屋があるしさ」
「いや、唐突にそんなん言われても。第一ええんか? 店長の許可を得てへんで?」
「大丈夫よ。私は店長の娘よ? 少々の権力なら私にだってあるし。それに、あんたが後見人なんでしょ?」
 なんだそのなれなれしい会話は。第一ウルフウッドが私の後見人? 使い魔が? ご主人様の? 馬鹿言ってんじゃないわよ。
 ルイズはキッとした視線でジェシカをにらみつける。今にも殴りかかりそうな勢いだ。しかし、ジェシカはそれをどこ吹く風。
「けど、なんでそない親切やねん? なんか裏があるんちゃうか?」
 よし! いい事言ったウルフウッド! さすがわたしの使い魔!
 ルイズは心の中で手を叩いた。
「えー、だってさぁ」
 ウルフウッドの疑いの眼差しに思惑ありげな笑みを浮かべるジェシカ。
「なんかおもしろそうじゃん。そっちのほうが」
「だ、だからって勝手に決めないでくれる?」
 ルイズが口を挟む。一文無しになってしまったせいで、さっきまでの勢いはもうない。
「まぁちょっと、あんたにも悪い話じゃないんだから……」
 そう言ってジェシカはルイズに耳打ちした。
 最初はいらだたしげに表情をゆがめていたルイズだったが、やがて観念したのかこくりと頷いた。
 こうして、ルイズとウルフウッド二人の住み込みバイトが決定した。


「いいこと! 妖精さんたち!」
 スカロンが、腰をきゅっとひねって店内を見回した。
「はい! スカロン店長!」
 色とりどりの派手な衣装に身をつつんだ女の子たちが、いっせいに唱和した。
「ちがうでしょおおおおおお!」
 スカロンは腰を激しく左右に振りながら、女の子たちの唱和を否定した。
「店内では、〝ミ・マドモワゼル〟と呼びなさいって言ってるでしょお!」
「はい! ミ・マドモワゼル!」
「トレビアン」
 腰をカクカクと振りながら、スカロンは嬉しそうに身震いした。目の前の光景にルイズの目は点になっている。
ウルフウッドはその横で無我の境地に達していた。
「さて、まずはミ・マドモワゼルから悲しいお知らせ。この魅惑の妖精亭は、最近売上が落ちています。
ご存知のとおり、最近東方から輸入され始めた『お茶』を出す『カッフェ』なる下賎なお店の一群が、わたしたちのお客をうばいつつあるの……。ぐすん……」
「泣かないで! ミ・マドモワゼル!」
「そうね! 『お茶』なんぞに負けたら、『魅惑の妖精』の文字が泣いちゃうわ!」
「はい! ミ・マドモワゼル!」
 スカロンはテーブルの上に飛び乗った。両手を指揮者の用に振り上げ、腰をカクカクと振る。
「魅惑の妖精たちのお約束! ア~~~~ンッ!」
「ニコニコ笑顔のご接待!」
「魅惑の妖精たちのお約束! ドゥ~~~~ッ!」
「ぴかぴか店内清潔に!」
「魅惑の妖精たちのお約束! トロワ~~~~ッ!」
「どさどさチップをもらうべし!」
「トレビアン」
 呆然としていたルイズがやっと口を開いた。
「……ウルフウッド、なにこれ?」
「大丈夫、じき慣れる」
 この世の全てを悟りきったようなウルフウッドの声が、静かにルイズの耳に染みこむ。
「大丈夫、って……あんたはなんで平気なのよ?」
「じょうちゃん。世の中にはな、『えぐるわよ』と言いながら容赦なく杭で串刺しのハリネズミにする、アレよりのはるかに強力なオカマが居るねん。
あの程度のオカマにビビッてたらあかん。それに比べたらまだ全然マシや」
「はぁ」
 しみじみと答えるウルフウッドの言葉にルイズはなんとも返事が出来なかった。そもそも比較対象が何かおかしい気がする。
「それじゃあ、本日入った新しいお仲間を紹介するわ。ルイズちゃーん」
 スカロンが隅の方で腕を組んでいたルイズを呼んだ。
昨日の騒動でルイズのことは紹介するまでもなく、ここにいる誰にとっても周知のことだったのだが、一応は慣習ということで。
 嫌そうな顔をしたところを、ウルフウッドに背中を押されてルイズはしぶしぶスカロンの元へと歩いていった。
 そう、ルイズはここで『妖精』としてしばらく住み込みで働くことになったのだった。

 ぼろぼろの机とぼろぼろのベッドしかない屋根裏部屋でウルフウッドは机に何か紙を並べていた。
「なぁ、じょうちゃん」
「……なによ」
「ワイの気のせい違たらええんやけどな」
「だから、なによ」
「……これって金を稼ぐどころか、借金が増えていってへん?」
 ため息を付きながらウルフウッドは手に持った紙を扇形に広げてルイズに見せた。
「ワイ、文字は読めへんけど、これはどう考えてみても稼ぎを上回っているとしか思えへんで」
 ウルフウッドの手に持った紙はルイズ宛の請求書だった。
 とにかく、このルイズ。ここで妖精として働き出したのはいいのだが、次から次へと客とトラブルばかり起こすのである。
そして、そのたびに始末書代わりにいろいろな破損物の請求書が毎日のように届けられていた。
「う、うるさいわね。そ、そんなの、微々たる物よ!」
「じょうちゃんがせめてもっとチップでも貰ろてくれたまだええんやけどなぁ」
 ウルフウッドはそのままベッドにごろんと横になる。
「じょうちゃん。アンタこういう職業向いてへんで。客商売いうんは難しいんや。ジェシカとか見てみい。
ああいう真似、箱入りどころか檻入りで育てられたじょうちゃんには到底できひんやろ」
 ウルフウッドは天井に向かってゆっくりと言葉をしみこむように語り掛ける。ルイズは部屋の隅でうつむいていた。
今日もお尻を触ろうとした客を一発殴っていたのだった。
「働くのはワイがやるから、おじょうちゃんは帰り。そのほうがええやろ」
「いやよ」
 ウルフウッドの提案をルイズは即決で否定した。
「言ったでしょ。わたしはちゃんとした任務でここへ来ているの。
別にお金を稼いでいるわけじゃないし、ましてや、あ、あんたのためなんかじゃないんだから」
 ルイズは口を尖らせて、体育座りの膝に顔をうずめた。
「その任務いうのはなんやねん?」
「市井の人々の間で不穏な動きがないかの調査。そのためにわたしはトリステインに来たの。
言っておくけど、あんたを追ってきたとかそういうことは全然ないんだからね」
 だったらなんでタルブに寄っていた? という質問を、それを言うと話がややこしくなりそうなので、ウルフウッドは呑み込んでおいた。
「やから、こういう酒場みたいな人の集まって、しかも酒のおかげ口が軽くなる場所で働いているいうわけか?」
「そう」
 ウルフウッドは上半身を起こした。
「そやけど、なんでそんな仕事がじょうちゃんやねん? 
そもそもそういった仕事をさせるいうことは上のほうは何か尻尾を掴んでいるいうことやろ?」
 ルイズはしばらく考え込むような仕草をした。

「まぁ、一応あんたもわたしの使い魔っていうわけだから、知らぬ存ぜぬはよくないわね。この依頼は女王陛下直々の非常にプライベートなものよ。
わたしの活動費も女王様のポケットマネーから出ているようなものだわ」
「なんでまたじょうちゃんに?」
「例のフーケの一件でね。わたしたちがフーケを捕まえた腕を見込まれてっていうことらしいわ」
「なるほど。んで、その怪しい動きいうのは?」
「こんなこと、あんたに言ってもわかるかどうか分からないけど。レコン・キスタ」
「なんやそれ?」
「現在の王政を倒して、共和制を敷こうとしている貴族たちの集まり、らしいわ」
「要するにテロ集団っていうやつか?」
「まぁ、簡単に言うならそうね。近々、アルビオンでクーデターが起こるっていう噂もあるし。
それで、貴族の集まるこういった酒場で、女王陛下の信頼に篤いわたしが情報収集に当たるわけよ」
「なるほどな。まぁ、納得はしたわ」
 再び、ウルフウッドはベッドの上にねっころがった。
「んで、肝心の釣果は?」
 ルイズはわざとらしくウルフウッドから目を逸らした。
「寝る。明日も早いから、もう寝る」
 そう口を尖らせて言いながらベッドの上に座った。
「ほら、わたしの寝る場所を早く空けなさいよ」
「へいへい」
 あきれるような声を出してベッドから立ち上がろうとするウルフウッドの裾をルイズが掴んだ。
「……あんたねえ。こんなところで、わたしを一人で寝かす気?」
 そのままルイズは天井を指差す。そこには黒い塊のようなものがぶら下がっていた。
「別にこうもりかて、人を襲うわけちゃうから大丈夫やって。現にここ数日でそんなことなかったやろ?」
「うるさいわね! それはあんたが隣にいたからかもしれないじゃない! 
だから、その、今日もわたしの隣で寝なさい!」
「しゃあないな」
 ウルフウッドは苦笑いすると、ルイズの隣にもそもそと入ってきた。
そしてルイズに背中を向ける形で横になる。
 ルイズはその背中にしがみつくように両手を添えた。
 そして、二十分ほども立たない間にルイズの寝息が聞こえ始めた。


 ウルフウッドはため息を付きながら皿を洗っていた。
 横目で接客……らしきことをしているルイズをちらりと見る。
 あぁ、また客とケンカしてるわ。
 そうボソッと呟くと、現実逃避するようにまた皿を洗い始めた。
「ねぇ、ウルフウッド」
「なんや、ジェシカ? お前接客せんでええんか? チップレース中やろ」
 ウルフウッドは皿から視線を外さずに答えた。
「別にいいのよ。もうチップは百二十エキューもたまっているし、この勢いだと今日の収穫ゼロでもトップは確実ね」
「そら、儲かってるようで何よりや」
「それそうとさぁ……」
 ジェシカはウルフウッドの体にしなだれかかるようにもたれかかった。
「前から訊きたかったんだけど、あんたとルイズって子って一体何?」
「どういう意味やねん」
「そのまんまの意味よ。あんたたちってシエスタとも知り合いみたいだしね」
「ワイがあのメイドのじょうちゃんの同僚で、じょうちゃんがワイの妹。そう説明したやろ」
 ウルフウッドはルイズがお忍びの任務なので正体がばれるわけにはいかないと考えた嘘をそのまま伝えた。
が、そんな話は二人の態度を見れば、真っ赤な大嘘であるというのはよっぽどの間抜け相手でない限り丸分かりである。
「まぁ、言いたくない事情があるならわたしもそこまで詮索はしないわよ。けど、これだけは教えてもらうわよ」
 ジェシカはずいっとウルフウッドの顔の前に自分の頭を差込んで、ウルフウッドの目を見つめる。
「あんた、シエスタとルイズどっち?」
「どっちって言われても。何が?」
「鈍いわねー。それともごまかしてる?」
「わからへんもんはわからへん。これで納得できひんか?」
「あんたって面白いわよね。まるで玄関は開け放っているのに、中に入ったら部屋のドア全部に鍵がかかっているみたい」
 ジェシカがにんまりと笑った。ウルフウッドは上を見上げて軽くどうしたものかと考える。
「ウルフウッドー! あんた何そんなところでサボってるのよ!」
 聞き慣れた声がウルフウッドの背後から聞こえた。振り返るとルイズが真っ赤な顔で仁王立ちしている。
「そ、それにあんたそ、その女とくっついて、い、一体何をやっているのよ!」
「別に何も。それよりじょうちゃん、仕事はどないしてん」
「そうそう。妹ちゃんは関係ないわよ。わたしはお兄さんと大人の話をしていたんだから」
 ジェシカがわざとらしくルイズを妹と呼び、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「大人の、話、ですって?」
「そ。わたしが借金を肩代わりしてあげようかって。たしか四百エキューだったかしら? 
それだったらわたしだったら三週間で稼げるわね。もちろんお金を返してなんていわないわよ。ただ、一つだけわたしのお願いを聞いてもらうだけで」
「な、なによ、それ」
 ルイズがわなわなと震え始めた。
 ウルフウッドはジェシカの目を細めて、ジェシカに何アホなことをとアイコンタクトを送る。
 しかし、ジェシカはそんなウルフウッドの視線に悪戯っぽい笑みを返すと、大仰に両手を挙げて
「だって、いつまでも妹ちゃんがそんな風に足を引っ張っていたらいつまでたってもお金がたまらないじゃない。そんなんだったら待っているシエスタがかわいそうでしょ?」
「なっ!」
 痛いところを疲れてルイズは言葉に詰まった。そして、何かを決意した目でジェシカをにらみつけた。
「見てなさいよ、この馬鹿女。わたしだってその気になれば、あ、あんたなんかよりチップを稼げるんだから、み、見ていなさい!」
 そう言うが早いかルイズは踵を返しホールへと走るように向かった。その姿をぼんやりと見送るウルフウッド。
「えらいもん焚き付けてくれたな」
「いいじゃん。面白そうだし」
 ウルフウッドの責めるような口調にもけろっとした笑顔で答えるジェシカ。
「絶対、なんかゴタゴタでドタバタのイザコザが起こるで……」
 ウルフウッドがそうひとり言を呟いた数分後、見事に彼の予想は的中した。



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