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マジシャン ザ ルイズ 3章 (32)

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マジシャン ザ ルイズ 3章 (32)名誉の道行き

夜陰を縫って空を駆けるは一迅の風。
人も街も眠りについて、時間が凍り付いたように全てが静けさに沈んだ宵の刻。
厚い雲に遮られ、月光も届かぬ闇の淵。
まるで微睡みにたゆとう悪魔の腹の中のようなそこを高速で飛翔する一対の翼。
その背に跨った少女――タバサが口を開いた。
感情の抑揚を抑えた小さな声、対して答えた声は明るく甲高い。
「……南西に十五度修正、減速」
「了解したのね。きゅいきゅい!」
影の中を往く影、それは人語を解する竜、風韻竜シルフィードと、その主人たる騎士タバサであった。

「お姉さまお姉さま」
「………」
「お姉さま、お姉さま」
「………」
「お姉さま、お姉さまったら、おーねーえーさーまーーー!」
声に応えぬタバサに苛立ったのか羽ばたきながら首を器用に左右へと激しく揺らす。
その拍子に飛行進路がわずかにずれ、察したタバサがすかさず手にした杖でシルフィードの頭をぽくりと叩いた。
「きゅいきゅい! 何するのねこのちびすけは!?」
「……発見される」
言ってシルフィードの首を無理矢理左へと傾ける。するとその傾きに合わせてシルフィードの進路が修正された。
そうやって杖を使ってその角度を調整すること幾度目か、シルフィードは元の進路へと戻っていた。
「まったくもう、どうして今日は自由に飛ばせてくれないのね。誇り高い風韻竜のプライドがずたずたなのね」
そうシルフィードがぼやくのも無理はない。
既に一時間以上もシルフィードはこうしてタバサの指示にそって飛行を続けているのだ。
空を舞うように飛ぶ竜種、特に知能の高い韻竜にとっては、飛ぶことを制御されることほど屈辱的なことはない。
だが、どれほどの抗議を受けようと、タバサは己が定めた進路を外れようとはしない。
外れるわけには、いかないのだ。

「だいたい、どうしてまたあんなところに向かってるのね。お姉さまはもうあのいじわる姫との縁は切れたんだから、こんなところに来る必要なんて無いじゃないのさ」
こんなところ……つまり、ガリア王国、そして彼女達が目指す先は
「……行かなくちゃ、いけないから」
王都リュティス、その王が住まう宮殿。
向かうは――グラントロワ。




「駄目じゃ」
瞼を落とし、静かに宣言する古老。
偉大なる白髭のメイジ、トリステイン魔法学院学院長、オールド・オスマンである。

時は二日ほど前に遡る。
トリステイン王国、その一角に威風堂々と存在感を誇示する一つの建物。高度な魔法開発と研究とが行われるトリステインの英知の最高峰、通称アカデミー。
その一室に、書類の山が積み上げられた樫の机に向かって座るオスマンと、その前に立つタバサの姿があった。
「確かに、トリステイン魔法学院は無くなってしまった。だがしかし、それでも君は学院の生徒じゃ。わしは教師として、何より一人の大人として、君を危険な目に遭わせるようなことを許すわけにいかん」
このとき、既に魔法学院襲撃から一週間の時間が経過していた。本当なら夏期休暇も終わり、授業が再開される頃合いなのだが、学院校舎そのものが崩壊してしまった今となってはそれも無理な話である。
だが、それでもオスマンやコルベールは教師であったし、このアカデミーにおいても教師で有り続ける姿勢を決して崩していなかった。
「気持ちは分かる。じゃが、それと君のやろうとしていることを容認することとは別じゃ。ここは聞き分けて諦めて貰うほか無い」
オスマンはそれだけ言うと手元に置かれていた書類に手ずから判を押した。
そして判を押した書類を山となった書類に置くと、ネズミの使い魔モートソグニルが違う山から別の書類を持ってきてオスマンの手元に置いく、オスマンはその書類に判を押す。
あとはその繰り返しである。
そうやってもう話は無いとばかりに仕事を再開するオスマンを、タバサは暫くの間眼鏡越しにじっと見つめていた。


「………」
「………」
「………………」
「………………」
「………………………」
「………………………」
「………………………………………………」
「まだ、何か用かね?」

ついに、根負けしたようにオスマンがため息混じりの吐息を吐いて、正面に立つ少女へ声をかけた。
彼自身も先ほどの自分の発言に含まれた矛盾を理解しているのだ。
そして聡い目の前の女生徒がそのことに気づいていることも、承知の上であった。

「あの子……ルイズは?」

適切的確、百点満点の解答。
討論の授業であったなら褒めるべきその賢さに、オスマンは苦虫を潰した顔になった。
生徒を危険な目に遭わせはしない、ではルイズは? あのヴァリエール家の三女はどうだというのだろうか。
彼女は既にウルザが進め、オスマンが協力するアルビオン撃退計画において、要として組み込まれている。
そのことこそが最も危険な役目であるにもかかわらず、だ。
これこそ矛盾と言わず何と言うだろうか。
例え当事者であるルイズ自身がそのことを認めたとしても、自分がそのことを認めてはならない。そんな思いが確かにオスマンの中にもある。
だがそれでも、そこを曲げてでもオスマンは、ルイズが戦場に赴くことを止めることは出来なかった。
もう既にこの世界は、ルイズとウルザという二つの可能性に縋る他無いところにまで来てしまっているのだ。

オスマンはちらりと手元にある書類へと目を落とす。
そこに踊る文字が示しているのはここ暫くの間にゲルマニア内で急増した新種の怪物の出現報告例。勿論機密文書である。
今、ゲルマニアではこれまでハルケギニアのどんな文献にも記録されていない、新種の魔物が次々に現れているのである。
この事実こそ、ハルケギニアが、何かに脅かされているという事実の一つの証左であった。

世界と少女を天秤にかけた苦悩を滲ませて、オスマンは力無く呟いた。
「他に、方法があるのなら、喜んで選んでおるよ……」
しかし、そのオスマンの言葉に、タバサは首を左右へと振った。
「……違う」
「違う?」
「やらなくちゃ、いけないことだから……」
そう、やらなくてはいけないことだから。自分自身が課した役目だから、彼女達は迷わず進むのだ。
空色をしたタバサの瞳に、そんな意志を読み取って、オスマンはそれ以上の言葉を飲み込むのだった。







複雑な飛行進路をとって目的地へと到着したタバサとシルフィードは、グラントロワ近くの森へと降り立っていた。
地上へと足をつけたタバサは、直ぐさま肩に提げていた大きく膨らんでいる鞄を地面に置いた。
「わかったわお姉さま! あのいじわる姫に仕返ししちゃうのね! そう言うことならわたしも助太刀するの! 一緒にガツンやっちゃうのね! きゅいきゅい!」
そう言ってやかましく喚き立てるシルフィード。その声に驚いたのか、近くの樹木の枝で休んでいたリスの親子が走って逃げ出していった。
更に騒ぎ立てて森の安眠を妨害しようとするその口に、タバサは鞄の中から一抱えもある何かを取り出しすと、力任せに押し込んだ。
「きゅい!?」
哀れシルフィード、彼女は突然の主人の蛮行に驚きの声を上げた。
ふがふがと何かを喋ろうとするが、タバサがそれを口にぐいぐいと押し込むのでそれも適わない。
そうやって双方じたばたとしていると、突然シルフィードが暴れるのをやめた。
口に押し込まれた『何か』、そこから滴る高級美味なエキス、最高級肉にだけ許されたハイソな肉汁、それがシルフィードの口の中でパッと広がったのである。
訳も分からず、ついぞ食べたことがないような肉塊を咀嚼する。
シルフィードが静かになったことを確認すると、タバサは鞄を掛け直して言った。
「あなたはここまで」
「………ッ!?」
「食べ終わったら、トリステインに戻って」
「!! ………ッ! !  ちょ、ちょっと待つのね」
「全部終わったら、もう一つあげる」
「きゅ………」
シルフィードが上げかけた抗議の声が、ピタリと止まる。
無言でまだ口に入っている肉をむしゃむしゃと味わう、実に美味である。
シルフィードは視線をタバサと空とを行き来させながら暫く考えてみた。

ホーホーとフクロウが五度ほど鳴いた後、シルフィードはしぶしぶといった様子でその翼を開いた。
「わかったのね。これで帰るの、でも戻ったら絶対にお肉貰うのね。嘘ついたらお姉さまの頭をがぶりといくのね」
その言葉にタバサがコクンと頷いたのを確認して、シルフィードは翼を強く空を打ち付けた。
「帰りは全速力で、一直進に……」
「きゅいきゅい、了解なのね!」
シルフィードは軽くそう返すと、再び空の舞人となった。

夜空の闇へと消えゆくシルフィードを眺め、見送るタバサ。
彼女は使い魔の姿が完全に見えなくなったのを確認すると、今度は鞄からコンパスを取り出して歩き始めた。
視界に映るのは黒々と広がる森の陰。
その中を迷い無く確かな足取りで進んでいく、まるで何度も来たことがあるかのように。
いや、事実彼女は何度もこの場所へ足を運んだことがある。
シルフィードの飛行路にしてもそう、全ては念入りに、綿密に調べ上げられた上でのこと。
警戒網をかいくぐり、ガリア王宮の懐に飛び込むための備え。
もしもその日が来たなら、踏みしめることになるだろうと思っていた道を、タバサは今歩いている。
最大の懸念であったシルフィードは、準備してきたもので上手く納得させることができた。あれでも暴れられたなら強引な方法を取らねばならなかった。
どうなるのか自身も分からない今回の道行きに、タバサは彼女を巻き込みたくはなかったのだ。
あるいは、タバサがシルフィードと二度と生きて会うことは無いかもしれない。
だが、彼女はそのことを理解した上で、迷うことなく突き進む。


それが、自分にしか出来ないことだから、自分がやらなくてはならないことだから。


                      聖者の献身と犠牲の上に、血塗られた名誉がある。
                              ――バッソ・カステルモール「氷の姉妹」


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