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イザベラ管理人-07


第7話:何故信じるのか・前編

エギンハイム村での一件が片付き、耕介たちは村人や翼人たちに惜しまれながらもプチ・トロワへ戻るべく空へと飛び立った。
ほぼ最高の形で事件を解決…だが、シルフィードは憤懣やるかたないといった様子であった。
だが、それも仕方がないところだ。何故なら彼女は全員を乗せて飛んでいる。
イザベラとカステルモールが飲みすぎによる二日酔いで完全にダウンしてしまっているのだ。
そして、タバサは乗竜術など修めてはいないし、耕介が竜など扱えるはずもない。
結果、シルフィードが全員を乗せ、イザベラたちが乗ってきた竜を先導することになった、というわけだ。
加えて、ダウンしている二人は完全に意識を失っているわけではないので、シルフィードは喋ることもできない。
「ごめん、シルフィード、もう少しゆっくり揺れないように飛んでやってくれないか?」
きゅい…とシルフィードが憮然とした声を出す。あまり揺れるとイザベラとカステルモールの胃が危険なのである。
「気持ち…悪い…こんなことなら…出発遅らせるんだった…」
蒼白な顔でぐったりとしたイザベラが途切れ途切れの声を出す。
しかし、これも自業自得というものである。
「早くプチ・トロワに戻りたいって言ったのはイザベラだろ?少しくらい我慢してくれ、俺も我慢してるんだ…」
そう、耕介も無事というわけではないのだ。だが、酒量を抑えていたので我慢できる範囲であるだけだ。
「く…頭いたぁ…これだから安酒は…。コースケ、あんただってだいぶ飲んでたはずなのに…なんでその程度で済んでるんだい…」
タバサに作ってもらった氷を包んだ手ぬぐいを頭に乗せ、イザベラが恨めしそうに耕介を睨む。
「安酒は悪酔いするってのは根拠なかったような…。まぁ、俺は元々酒好きだからな。
故郷でもよく飲んでたから、イザベラよりも耐性があるんじゃないか。俺が普段飲んでたのはワインよりもアルコール度数高い日本酒って酒だったし。」
「あたしだってワインは水と同じさ。くっそー色んなワイン混ぜて飲んだのがダメだったのかねぇ…」
まさしく自業自得である。
「ちゃんぽんはやばいって…。カステルモールさんも大丈夫ですか?」
耕介は機嫌を損ねているシルフィードに何か作ってやろうと考えつつカステルモールに問いかけるが…反応がない。完全にグロッキーで意識がないようだ。
村人や翼人たちに絡まれて言葉通り浴びるほどに飲ませられていたらしく仕方ないことではあるが、騎士としての威厳ゼロである。
「うーん、ダメか。ほんとに出発遅らせた方が無難だったかな…」
そんな彼らの苦悶などどこ吹く風で、相変わらず本を読んでいたタバサが一言だけ呟いた。
「お酒臭い…」
シルフィードは飛ぶ、酒の匂いと共に。

結局、行きの2倍近い時間をかけて一行はプチ・トロワへと帰り着いた。
イザベラはすぐさま自室へと引っ込み、カステルモールはメイドに用意してもらった寝室にゾンビのような足取りで去っていった。
「ふぅ、やっと帰ってこれたか…とりあえず厨房にいくついでに水もらおう…」
ゆっくり飛んでもらってもシルフィードに乗っていたのだ、耕介もそろそろ限界であった。
「耕介様、大丈夫ですか?なんなら治癒かけましょうか?二日酔いに効果があるかはわかりませんが…」
ここ最近出番のない御架月が耕介を心配する。
「いや、治癒はそれなりに御架月の力を食うから、この程度なら必要ないよ。気遣ってくれてありがとうな」
耕介は御架月の気遣いに礼を述べ、まずは厨房に向かうことにする。
タバサたちにもその旨を伝えようと振り向くと…タバサはシルフィードに再び乗っているところだった。
「お姉さま、シルフィは疲れちゃったのね!お酒の匂いで気分も悪いし、もう少し休みたいのね…」
シルフィードの情けない声など歯牙にもかけず、タバサは本を開いて読み始める…どうやら無言で離陸を催促しているようだ。
「なぁタバサ、腹減ってないか?これから簡単に飯作ろうと思うんだけど食べていかないか?シルフィードの分も作るよ」
シルフィードが酒気で気分を悪くしていることに罪悪感を覚えたのもあり、耕介はそう提案した。
タバサは耕介へと視線を動かし、わずかの逡巡の後頷く。
「なら、決まりだな。そうだな、天気もいいしこの辺で食べようか。作ったら持ってくるよ」
耕介の言葉にタバサは再び頷きだけで返し、本に目を落とすのだった。

寝室に御架月を起き、耕介は厨房へと向かった。
丸二日ぶりの厨房はやはり戦場であったが…イザベラが食事はいらないと言ったらしく、いつもよりは気楽なようだ。
厨房に入った耕介はとりあえず水をもらい、一気に飲み干して酔いを醒ます。
前掛けをつけて気合を入れ、食材を分けてもらい、早速食事の準備に取り掛かる。
ハルケギニアでは調味料や料理器具の問題で耕介が頭に叩き込んだレシピのほとんどは再現できないが、それでもここ数日で得た料理情報を基にサッパリと食べられるものを作る。
途中、マルコーに耕介の世界の料理についての説明やハルケギニアの料理に流用可能かについての話に花を咲かせるが、手は一時も休めない。
シルフィードの好きな肉をチーズを絡めてレア程度に焼いておくのも忘れない。
最後にタバサ用のはしばみの葉を使ったサラダを多めに作って準備完了だ。
マルコーと午後は厨房を手伝う約束をし、借り受けた配膳車を押して、途中で御架月と合流してからタバサたちの元へと引き返した。

昼食は…戦場であった。
「タ、タバサ、食いすぎ!俺の分も食べつくすつもりか!?」
まだ完全に酒気が抜けておらず、耕介はゆっくり食べていたが…今はそうも言っていられない。
タバサが無言で凄まじい勢いでそれなりに多く作った料理を片っ端から胃袋に収めているのだ。
そのうち、シルフィード用に作った焼肉にさえも手をつけそうな勢いである。
結局、タバサは一切手加減などせず、耕介が3人分程度を想定して作った料理を2.7人分ほど食べきったのであった。
「す、凄いですね、タバサ様…みなみ様くらい食べてます」
御架月は、その姿にさざなみ寮の誰もが認める大食いチャンプを思い出した。
「タバサ、そんなにお腹すいてたのか?」
タバサのあまりの健啖家っぷりに多少胸焼けを覚えつつ、耕介は紅茶を啜る。
「……美味しかった」
タバサの反応は首肯だろうと経験則から考えていた耕介だったが、タバサは短く感想を口にした。
数秒ぽかんとしたが、あれだけの食いっぷりを見せてもらった上に賛辞を受けるというのは料理人冥利に尽きるというもの、素直に言葉を返すことにした。
「そうか、良かったよ。まだこっちの味の傾向を把握し切れてないから、気に入ってもらえるか少し不安だったんだ」
耕介の言葉に頷きだけを返し、タバサも紅茶を啜る。
手入れの行き届いた庭園を眺めながら少し遅めの昼食…全くもって平和な情景だ。
沈黙も特に苦痛にはならず、平和さを彩るものになっている。
だが、約一名にはそんな情緒など意味を成さないのだった。
「そういえばコースケ、聞きたいことがあるのね!」
肉を食べ終わったシルフィードが暇をもてあまして、遠慮なく喋れる時に喋っておこうと口を開いたのだ。
「ん、なんだ、シルフィード?」
「コースケ、イザベラに何かしたのね?」
数瞬、シルフィードの言った意味が理解できず考え込む耕介であったが…やはり意味がわからない。
「何か…って、なんだ?特に何もした覚えはないけど」
耕介にとってはいつもする通りに接しているだけだし、ここ数日のイザベラしか知らない耕介が彼女の変化などわかるはずもないのである。
「あの従姉姫、前はすっごく意地悪な上に陰険だったのね!でも今は、丸くなったように思うの。エギンハイム村でもコースケたちを助けてたし」
シルフィードはこれで2度目だが、タバサはもっと以前からあの従姉姫から危険な任務を課せられていたことは明白だ。
シルフィードが知る1度目の任務も、任務の詳細を聞きに行ったタバサに因縁をつけていたし、彼女はイザベラが嫌いなのである。
だが、ここ数日のイザベラを見て、その評価を改めてもいいのかもとシルフィードは思っていた。
相変わらず理不尽だし、暴力的で凶暴と言えるが…それでも、イザベラの中の何かが変わっているように感じるのだ。
「酷い言われようですね、イザベラ様…」
「んー俺には、イザベラは単に虚勢を張って無理してるだけの女の子に見えるけどなぁ」
「僕もそう思います。イザベラ様は、昔の僕と同じ感じがします」
耕介と御架月はシルフィードの歯に衣着せぬ物言いに苦笑しつつ、自分のイザベラに対する感想を正直に言う。
耕介には最初から彼女が無理をしているように見えたのだ。
何者も信用できず、頼れるものもなく、そんな中で自分を守るために必死に虚勢を張って周囲を威嚇する…でも、本当はとても弱くて寂しがりやの女の子。
それは召喚されて殺されかけた時、彼女の震える手を見た時からずっと変わらぬ、耕介にとってのイザベラだ。
イザベラはどんな理由からかはわからないが、親にも心を開けないのだ。
だから、イザベラにとって自分が心を開ける相手であれれば、と耕介は思う。
出会い方は耕介の人生の中でも堂々のワースト1であるが、それでも縁があって出会ったのだ。ならば、彼女を癒せる存在でありたいと思う。
何より、子どもがあんな風に周りごと自分を傷つけるような無理をしている姿など見たくはない。
「…コースケって大人の男なのね…。魔法学院の貴族のお坊ちゃまたちが皆カボチャに思えるのね!」
シルフィードのつぶらな瞳がキラキラと尊敬光線を耕介に照射する。
耕介が苦笑していると…今までずっと黙って紅茶を飲んでいたタバサがボソッと呟いた。
「昔は…イザベラはあんな風じゃなかった」
その言葉にはタバサの様々な想いが隠されている…耕介には何故だかそう感じられた。
「そういえば、シルフィードがさっき従姉姫…って言ってたけど、二人は従姉妹同士なのか。道理で、二人とも鮮やかな青い髪をしてるわけだ」
だが、今は聞くべきではないと耕介は思う。
「…聞かないの?」
何故ならそれは…
「それは、イザベラが話してくれるのを待つさ。知りたいとは思うけど、本人以外から聞くのは反則だと思うから」
いつか、イザベラが本当に耕介のことを信頼してくれた時に、話してくれるだろう。
それまで待とうと思う。焦ることはないのだから。
「そう…」
タバサは感情の感じられない声でそう呟き、再び紅茶を啜った。
「そういえば、シルフィードさんも凄く綺麗な青い鱗ですよね」
「きゅい!この空色の鱗はシルフィの自慢なのね!」
元気なシルフィードのお喋りは、タバサが学院へと帰るまで続いたのだった。
そしてそんな平和なひと時を見つめていた者がいた。
頭痛で眠れず、涼むために自室のテラスへと出ていたイザベラだ。
テラスと彼らの位置は遠すぎて何を話しているのかはわからない。だが、彼らの和気藹々とした雰囲気は伝わってくる。
その姿に…イザベラは強烈な郷愁と空虚さと…そして嫉妬を感じた。
「コースケ…あんたもやっぱり、シャルロットを選ぶのかい…」
自分よりシャルロットを信奉している者など、ガリアにはごまんといる。
その理由など、イザベラは瞬時に10通りは思いつけるほどに理解しているし、諦めていたはずだった。
そして耕介が自分よりもシャルロットを好ましく思う理由も様々に思いつける。ならばこれは当然の帰結。
だのに何故こんなにも切ないのか…イザベラは理解できない自分の心をもてあます。
昨夜は耕介も聖人君子ではないと知ってわずかに近づけたような気がした。
けれど、今になって考えてみれば、そんなものは当然のことなのだろう。
彼は何か悔やむような事をした。だから次はそうならないように努力し続けている。それが耕介を耕介足らしめているのだ。
だが、自分は悔やむばかりで…ないものを嘆くばかりで、なんら彼に近づけてなどいない。
過去を糧にして進む耕介と、過去に押し潰されて立ち止まっている自分。
返す返すも何故だ、と思う。何故自分が彼を召喚してしまったのだと。
イザベラは耕介たちをずっとテラスから見つめ続けていた。

そして数日後。
耕介はなんとなく違和感を感じていた。
ここ数日は特に何事もなく過ぎている。
耕介は相変わらず厨房に出入りし、御架月とともに鍛錬をし、イザベラに許可をもらってリュティスを探索したり、異世界にいるということを除けば平穏な日々だ。
このままこの世界に慣れすぎるのは良くないとは思うが、やはり自分の立ち位置が定まるというのはうれしいもの。
だが、イザベラの様子がおかしい。どこがどう…とは言えないのだが、イザベラが自分を避けている気がするのだ。
自分が何かしたのかと召喚されてからの日々を思い出してはみるが…イザベラが怒りそうなことには色々と心当たりがあるが、彼女が自分を避けるような心当たりがない。
面と向かって聞いたこともあるが、怒られて…結局誤魔化されて終わってしまっている。
どうにも釈然としないまま数日が過ぎてしまったが…やっと耕介は秘策を思いついたのだ。
リュティスを探索していた時に思い出したのだが、文字がわからないのだ。
言葉こそ通じるが、文字が読めないのでは色々と都合が悪い。
そこで、イザベラに教えてもらえるように頼んでみたのだ。
色々と会話をしていけば、自ずとイザベラが耕介を避けようとする理由も推測できるだろう、と考えた結果である。
だが…ここで耕介は自分の迂闊さを知ることになるのだった。
「文字…?あんた、言葉は話せるのに文字は読めないのかい?」
耕介は召喚された時からガリア公用語を話していたので、イザベラは文字も読めるものと信じ込んでいたのだ。
冷静に考えれば、異世界から来た彼がガリア公用語など知るわけもないのだが。
「ああ、サモン・サーヴァントに関係があるんだと思う。俺は今も日本語…俺の母国語を話してるつもりなんだけどイザベラにも通じるだろ?」
正直なところ、イザベラはまだ耕介の顔を見たくはなかった。
会うと勝手に劣等感や怒りといった負の感情が溢れ出してしまうからだ。
かといって、それは耕介に非があることではない…自分勝手な感情ばかり。
以前の自分なら早々にその元を断とうとしただろうが…どうにも、耕介を排除しようとは思えない。
会うのはいやだ、色々なことを考えて鬱々としてしまう。
でも、消し去ることもできない。何故だか自分でもわからないが、耕介を手の届かないところへ追いやることを拒絶してしまう。
相反する二つの感情はどちらも自分の心底からのものだと理解できる。二律背反の板ばさみ…。
けれど、耕介はイザベラの複雑な感情などどこ吹く風で、変わらず関わろうとしてくる。
耕介に自分の胸中を理解しろというのは無理な話―というか理解してほしくない―だとはわかるが、それでも耕介に怒りを覚えてしまう。
そしてそんな自分にさらに嫌気が差す。酷い悪循環だ。
しかし、文字を教えてほしいと耕介が自分を頼ってきたのだ。
耕介が自分を頼ってきたのは2度目であるが…これはなかなかに気分が良い。
そのこともあって、イザベラは引き受けることにした。
(学のない使い魔なんて、王女の使い魔に相応しくないしね)
内心でニヤつきながら、イザベラは最初の授業を始めることにした。
幼き日のイザベラが家庭教師たちに教わったことを、そのまま耕介にも教える。
「そこ、綴り間違えてるよ。しっかし汚い字だねぇ…」
「し、仕方ないだろ、俺の母国語と全然体系が違うんだから!」
やいのやいのと互いに言い合いながらも、イザベラは久々に心休まるのを感じていた。
思えば、耕介とこんな風に穏やかに(傍から見れば口喧嘩にしか見えないが)話したことは数回しかなかった。
だのにどうしてこんなにも心休まるのか…。
イザベラがそれを思い出したのは、小休止を入れて紅茶を飲んでいる時だった。
「そういえばあんた、エギンハイム村の一件の時に手紙残していったじゃないか。ありゃどうやって書いたんだい?」
「あぁ、あれはタバサに代筆を頼んだんだよ」
紅茶を啜りながら、耕介はその爆弾を炸裂させた。
イザベラはしばらく、このバカが何を言っているのか理解できなかった。
(タバサニ代筆ヲ頼ンダ…?)
ということは、シャルロットはかの手紙の中身を全て知っていることになる。
さて、あの手紙の中身はどんなだったか…?
「なななな…あ、あんた、何してんだ!!!」
それを理解した瞬間、イザベラは自分の頭が爆発したのではないかとさえ思った。
(知られた…!シャルロットに、自分が泣いたことを…いや泣いてはない、泣いては…いやそんなことは今問題じゃない!)
イザベラはまさしく恐慌状態だった。
羞恥と怒りと後悔とシャルロットへの申し訳なさが交じり合ってもはや何がなんだかわからない。
ただ、一つだけわかることはあった。それは、目の前のバカが許せないということだ。
「え…まずかったか?誰だって泣くことはあるんだし、恥ずかしがることでもないじゃないか。涙は心のリミッターなんだからさ」
耕介の的外れで現状では何の意味も持たない慰めは、イザベラのちぢに乱れた心に火をつけた。
具体的にたとえるなら、粉塵爆発を想像してもらえるとわかりやすい。
「こ…この…ブッチギリ大バカヤロォォォォォォォ!!」
イザベラは王女としての矜持など捨て去り、聞くに堪えない怒声を上げて手当たり次第に周囲のものを悪罵とともに耕介に投げつけた。
「うわ、いて!ご、ごめんイザベラ、そんなに怒るとは…づぁ!あちぃぃぃ!!」
中身がなみなみと入ったままのティーポットをぶつけられては耕介も堪らない。
「出て行け!出ていけぇぇぇぇぇぇ!!」
一刻も早くこのバカを追い出したい一心でイザベラは耕介を部屋の外に押し出した。
そして扉を壊れそうな勢いで閉め、扉を守るガーゴイルに命じて耕介が入れないようにする。
「い、イザベラ、ごめん!そんなに気にしてるとは思わなくて…ほんとに悪かった!」
耕介の謝罪の言葉が聞こえてくるが、そんなものはなんの意味もない。
衝動的な怒りが耕介を締め出したことによって去り、今のイザベラの心を占めるのはシャルロットへの申し訳なさだった。
自分は彼女を踏みつけて自己を守っているのだ。
だのにシャルロットは泣き言も漏らさず、ただひたすらに心を凍らせて復讐の機会をうかがっている。
シャルロットの目的が復讐だということなど、イザベラは3年前から理解している。
それだけのことを、父ジョゼフがしたことも理解している。
優秀な弟と比べられ続けてきた父ジョゼフの気持ちは理解できる、それでも実弟シャルルを殺したのはやりすぎだとイザベラは思っていた。
思ってはいたが…イザベラは自分を守るために王女という地位が必要だった。
魔法の才も守ってくれる大人もいなかったイザベラには、どうしても王女という上位者としての地位が必要だった。
だから、王女という地位を奪いうるシャルロットを疎んじて、様々な危険な任務を与えてきたのだ。
けれど、そこにイザベラの迷いと罪悪感の証がある。
本当に奪われたくないのなら、手っ取り早く殺せばいいのだ。
理由などいくらでも捏造できるし、シャルロットの母が毒をあおった晩餐での「この子は勘当しました。私とあの人だけで満足してくださいまし」という言葉にジョゼフはなんの賛意も示していない。
そう、殺そうと思えばいつでも殺せる。だのにイザベラは彼女をこき使いはするが、手を下すことはしない。
それは何よりも雄弁に、イザベラの葛藤を示していた。
そして、シャルロットが泣き言も漏らしていないのに、自分は泣いてしまった。
涙こそ流れなかったが、それは体を自制できたというだけで、心は泣いていた。
そのことが許せない。あの子が泣いていないのに、自分は劣等感ごときで泣いてしまうなど。
イザベラは扉に背を預けて座り込み、まるで寒くてたまらないとでもいうように自分の肩を抱いて震え続けた。
噛み締めすぎた唇からは血が流れ…まるで、泣いてはいけないと戒め続けてきた体が限界だと訴えているようでもあった。
耕介はずいぶんと長い間声をかけ続けたが…イザベラはついに応えることはなかった。
「少しは昔より成長したつもりだったけど…あいつを傷つけた時と同じことしちまってるじゃないか、俺…」
二人を隔てる一枚の扉が、まるで世界自体の断絶のように耕介には感じられた。

翌日、タバサがプチ・トロワへとやってきた。
「よう、タバサ。どうしたんだ?」
庭にいた耕介は、シルフィードとともに舞い降りてきたタバサに気づいて声をかける。
「…任務」
タバサは短く答えてイザベラの部屋へ行こうとしたが…突然立ち止まって耕介に振り返った。
「……何か…あった?」
タバサの言葉に、耕介は驚きを隠せなかった。
彼女に気づかれるほど顔に出ていたことにも驚いたし、彼女が自分を心配して声をかけてくれたことにも驚いた。
「あ、ああ…イザベラと…ちょっとな。ありがとうな、心配してくれて」
けれど、彼女に相談するわけにはいかなかった。
イザベラは、タバサに知られたことで怒っていた。ならば、泣いたという事実自体をタバサに知られたくなかったのだろう。
おそらくイザベラのことを最もよく知るであろうタバサに相談したいとは思うが…やはりそれはできない。昨日の二の舞になる恐れがある。
「……そう」
タバサはそれだけを言うと、今度こそプチ・トロワへ消えていった。
今はタバサのその気遣いがありがたかった。

こんな気持ちで厨房にいくわけにもいかず、耕介は自室で御架月の手入れをしていた。
「うーん、やっぱりなんとか補修する方法を考えないとな…」
御架月の刀身が以前のタバサとの戦闘の際に氷槍を斬ったことが仇となり、若干痛んでいるのだ。
しかし、この世界には刀を修理できるほどの鍛造術がない。
事実、リュティス一番の武器屋にも行ってみたが、全く手が出せないとのことだった。
貴族に<<錬金>>してもらえばいいと武器屋の親父が言っていたので、イザベラに頼んで土のスクウェアメイジであるらしい貴族に頼んだこともあるが…
「作りが精緻過ぎる上に未知の金属、加えて別の力が通っているのもあって<<錬金>>を受け付けない、なんてなぁ…」
御架月は頑丈に作られてはいるが、壊れないわけではない。
無理をさせれば折れてしまうこともありうる。
この先、メイジとやりあう可能性がないとも言えない現状、修理方法がないというのはかなり深刻な問題であった。
なのだが…耕介は今の自分がその問題を真剣に考えられていないことに気づいていた。
(どうしたら、イザベラと仲直りできるかな…)
イザベラとの問題が深刻すぎるのだ。だが、問題の根本の部分がわからないために、なんの打開策も打てない。
「耕介様…僕が、イザベラ様にお話しを聞いてきましょうか…?」
見かねた御架月が耕介にそう提案する。
だが…それも良案とは言えない気がする。耕介の相棒である御架月に、イザベラが果たして素直に話してくれるかどうか…。
耕介が思考のループに陥りかけた時、何の前触れもなく扉が開いた。
「ん…あれ、タバサ?」
そこには相変わらず無表情のタバサが立っていた。
そしてやはり前触れなくこう言った。
「任務。来て」
「え、任務…?俺もいくのか?」
耕介のもっともな疑問に、タバサは頷いた。
(とりあえず離れたいってことか…まぁ、お互いに頭を冷やすべきかもしれないなぁ…)
任務ということは、試練の一つでもあるのだろう。そうなれば耕介に拒否権などない。
わだかまりを残していくのはどうにも気分が悪いが…今はどうすることもできない。
耕介は御架月を携えて、タバサとともにシルフィードの元へと向かった。

イザベラは、シルフィードに乗って飛び去っていく耕介たちをテラスから見送っていた。
その表情は、泣きそうで…でも涙は出ていない。3年間続いた戒めは今も変わらず彼女を縛っている。
イザベラは手元の任務の詳細を記した書簡の写しに目を落とし…切なげに唇をかむ。
そこにはこう書かれていた。
『吸血鬼討伐依頼』と。
吸血鬼とは、ハルケギニアに未だ少数存在する妖魔の中でも最悪と謳われる者だ。
吸血鬼自体が強いわけではない。もちろん、個体として人間と比べれば圧倒的な差があるが…。
単純な腕力で言えばトロル鬼やオーク鬼の方がよほど強力であるし、先住魔法の使い手としてならエルフや翼人の方が上をいく。
ならば何故彼らが最悪といわれるのか?それは、人間と区別がつかないということだ。
外見をはじめとして、血を吸うための牙も直前までしまっておけるし、<<ディテクトマジック>>にも反応しない。
彼らは人間の最大の武器である『数が多い』ということを逆手に取れる、それ故に最悪なのだ。
妖魔たちはおしなべて個体として人間より圧倒的に強力だ。
先住魔法を使えない力だけが取り得のオーク鬼一匹倒すのに、メイジでなければ10人ほども必要なことからもそれがわかる。
それでも人間がこのハルケギニアで覇を唱えていられるのは、魔法の存在も大きいが…一番の理由は数が多いからだ。
強力だが群れることをあまりしない妖魔たちを数で押し潰すことによって、人間たちはハルケギニアで平和を謳歌している。
だが、吸血鬼は人にまぎれることができる。結果、彼らは人知れず人間を殺し、闇にまぎれて消えうせることで最悪と謳われている。
そんな彼らを確実に討伐するというのは至難の技だ。周囲の人間全てを疑ってかからなくてはならない。
加えて、彼らは血を吸って殺した人間を一人だけ、屍食鬼として使役できることもあり、さらに討伐を困難にしている。
そんな強力な存在である吸血鬼に、シャルロットと耕介をぶつける…。
こうして依頼された以上、誰かがやらねばならないことだが…イザベラは途方もない罪悪感を感じてしまう。
シャルロットと耕介を選んだ理由が、単純な強さの問題だけでなく…これで彼らがいなくなってしまえば、自分は悩まなくて済む…そんなどうしようもなく醜悪な思いもあったからだ。
けれど、もう賽は振られてしまった。後戻りはできない。
任務の成功と失敗を等分に祈りながら…改めて自分の弱さに絶望する。
イザベラは昨日よりも強く強く、自分を責め続けるのだった。


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