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新約・使い魔くん千年王国 第八章 薔薇十字団

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ここは不幸な人、幸福な人が何気なく行き交う、王都トリスタニアの中心地……。
その奥にある寂しげなカッフェ(喫茶店)『再会』……。
その片隅に、一人のみすぼらしい中年紳士が座っていた……どうにかトリスタニアに帰還し、
拾い物で多少の身なりを整えた、元伯爵のジュール・ド・モットであった。

今は黄昏時。彼は先ほど王宮に行ってはみたが、あっさり門前払いされた。
新しく制定された『治安維持法』により、アポイントメントなき客は教皇だろうと入れないそうだ。
どうせ貧民同然の身なりのモットなど、アポがあっても無理だろうが。
いよいよ臨終だ、火葬場だ、骨壷だ。終点は地獄、地獄だ。モットは再び、目の前が真っ暗になった。
債鬼がわしを追っているだろう。モットは夏だというのに冷たい世間から逃げるように、このカッフェに身を潜めた。


「一番安いコーヒーを、ひとつくれ!」
コーヒーは彼の好物の一つだった。近年、茶とともに『東方』やサハラから輸入され、始めは薬であったが、
やがて嗜好品として流行し、こうしたカッフェや中毒者も増えている。
無論それなりに高価だが、下々の者はそこらの草の根を煎じて、ごく安価なコーヒーを作る。
どうせその類の贋コーヒーだろうが、臨終を迎える前に1杯でよいから飲みたかったのだ。
チャリンと拾い集めた4枚のドニエ銅貨を前金で支払う。これで一銭もなくなった。

しかし、深い溜息とともに絶望に沈むモットを、更なる悲劇が襲う。
「あっ、それは僕のコーヒーです!」
つい手を伸ばして啜ったのは、前の席に座る夫婦者の、夫の方の注文したコーヒーだった。
「!?……おお、なんという悲劇だ。誤って他人のコーヒーを飲んでも、弁償するカネもない……」
不幸な人はより不幸になり、貧しい人はより貧しくなる。それがこの世の中だった。

「ど、どうしてくれるのです。どないしてくれるんですかっ」
若い男は激昂して、立ち上がった。

モットは顔を伏せ、舌打ちした。
「チェッ……まったくのケチンボウだ!」
「ケチンボウ!? ケチンボウはあなたじゃありませんか! 人のコーヒーを飲んでおきながら!
 中年の立派な紳士が、たった6ドニエのカネがないはずがありません」

なんて事だ、わしの注文したのより2ドニエも高い。もう文無しだと言うのに。
この衣服を売れとでも言うのか、どうせ半ドニエにもなるまいが。
「……世の中を理解してないなァ。この夫婦はなってない……」
「なってないのは、あなたじゃありませんか! カネがないならそう言えばいいのよ!」

たかが数ドニエの贋コーヒーで、なんでこのわしがここまで、平民から金切り声で悪罵されねばならんのだ。
モットはもう、気がおかしくなりそうだった。いや、気が触れてしまいたかった。

「……あんたたちは、そんなにこの哀れなわしを傷つけたいのですか!
 わしは、もう数日もすれば、飢えと絶望の余り死んでしまうのです!
 刻々と迫る、臨終の時を楽しんでいる人間なのだ……!
 こ、この苦しみに比べれば、た、たかが数ドニエの安い贋コーヒーを他人に1杯飲まれたからって……!」
わなわなとモットは怒りに打ち震える。もはや涙の一滴も出ない。

「あなた、この人、きっと○○○○よ」
「うん、なんだか様子がおかしいと思っていた」
夫婦者はその剣幕に恐れをなし、席を移って新しいコーヒーと菓子を注文した。

「……ああ、酷い世の中だ」
どうにか息を調え、モットは最後の晩餐ならぬ、末期の1杯を味わった。
悪魔のように黒く、地獄のように熱く、この絶望と同じぐらい苦い。
震えながら飲み終わると、ぐったりとテーブルに倒れ伏した。あとは死ぬしかない。

しかしそこへ、思いもかけぬ救いの神が現れたのだ。
「……ひょっとして、きみかい? やあ、久し振りだね、モット伯爵」
名前を呼ばれて、モットは憔悴し切った顔をゆっくりと上げた。
小粋な身なりの、銀髪の壮年紳士。その顔には確かに見覚えがある。
「あっ、り、リッシュモン閣下!」
高等法院の院長、リッシュモンだ。どうしてこんな、場末のカッフェなぞに。

「こういった寂れた雰囲気が、結構気に入っていてね。まあ、高等法院の仕事のついででもある。
 民情に触れるのも、政治家や官僚の職務のうちさ。そうだろう?」
「は、はぁ……」
「きみの窮状については、わしも良く知っておる。随分大借金をしたそうじゃないか。
 幾らぐらいだい? 少しカンパしてあげてもいいぞ、あんまり哀れげだし」
助かった。モットは心底安心したが、借金の肩代わりは流石にしてくれまい。ひとまずペンとメモ紙を借りた。

「あ、あの……元々の全財産がこれぐらいで、借金総額がこれ、それに利子がついていますから……
 うわぁあ、もうダメだ、わしは破滅です! いかに高等法院長閣下でも……!」

しかし、リッシュモンはあっさりとした口調で言った。
「ふーん、それなりだなぁ。うん、全額は無理でも、この程度ならわしのポケットマネーから出せるぞ。
 借金した金融機関はどこだね? 口を利いてやるよ。ここの勘定も払っておくから、好きな夕食を注文したまえ」
「え?」
「きみはトライアングル級の優秀な水のメイジ、このまま埋もれさせるには惜しい。
 わしには、結構なパトロンもついとる。きみが良ければ、紹介しようか?
 ……ここじゃまずい、ちょっと密談用の個室へ行こう」

モットは意外すぎる展開に仰天する。しかし、今まで黒く苦い絶望に沈んでいた自分には、悪い予感しかしない。
「あ、あの、パトロンってまさかそれは……アルビオンの『レコン・キスタ』では?」
「……だったら、どうする?」
にやっとリッシュモンが笑う。

モットは目を見開き、最後の力を振り絞って答える。
「わ、わしも是非、参加します! たとえこれが、閣下の仕掛けた釣り餌、罠であっても構いません!
 没落した貴族でも、手柄さえ立てれば国家の重職に……」

「果たして、そうかねえ。それにこの国を征服すれば、ゲルマニアやエルフとも戦うんだろ?
 たとえガリアが味方していたとしても、勝てるわけがない。わしは穏健派、平和主義者なんだよ」
ぐらりとモットの力が抜け、テーブルに崩れ落ちた。
リッシュモンは個室にモットを運び込むと、彼のために軽食を注文してやる。


「わしが信用しとるのは、基本的にカネだ。坊主どもはとやかく言うが、奴らの方がよっぽどあくどく儲けとる。
 マザリーニ枢機卿がせっせと蓄財に励んでおるのも、万一王室から見離されても勢力を維持できるようにさ。
 大貴族の子女と縁戚関係を結んでいるし、今のところ権力基盤は安泰だよ」
個室に入ると、独り言のように、リッシュモンは裏の政事を語りだす。

「古い権威・道徳にしがみつく輩や、戦場で何万人と敵を殺す英雄も結構だが、それより平民の大富豪だ。
 現代の社会では、その人間がどれだけカネを稼げるかで、人間としての価値が決まるのだよ。
 人間はそのものが尊いなんて言うけれど、それはほんの上辺だけのことだからねぇ」
「そうすると、今のわしの価値は『ゼロ』かも知れません……」
モットが弱々しい声を出す。気がついたようだ。
「……従ってあの男は、『レコン・キスタ』には賛同すまい。この王国から充分美味い汁が吸える。
 賛同するのは、きみやワルドのような、没落貴族の類ばかり。奴らとこの国とどっちが正しいか、わしにも裁けんよ」

モットが改めて問いかける。
「で、では、閣下のパトロンとは……?」
「そうだな、ちときみを利用させてもらう事になるし、知っておいてもらわねばなるまい。
 では話そう、わしのパトロンは『レコン・キスタ』ではない。
 その名も『薔薇十字団』と言う、新教系の秘密結社さ。大陸各地のアルビオン王党派とも通じている」
「王党派と!?」
「そう。わしは別段どっちでもよいが、彼らはカネを持っている。
 わしは、彼らを通じて国外に情報を流している。無論、王党派にだが……」

薔薇は、テューダー王家の紋章のひとつ。モットの目の前が薔薇色になった。軽食も来た。
「で、では、トリステイン王国とも連携をとっては……この事が表沙汰になれば、閣下は逮捕されますぞ」
「そうもいかん。それに、彼らの全てが必ずしも王党派というわけではない。いまや国際的な秘密結社なのだ。
 王国政府だってその存在を知れば、うかつに弾圧はできまいがな。あの枢機卿も、案外隠れ会員かも知れんし」

トリステイン王国政府さえ手を出しかねる、かなりの実力を有する秘密結社『薔薇十字団』。
それがリッシュモンの、高等法院長のパトロンだと言うのだ。

「起源は『東方』らしい。あのタルブ伯爵、異能児マツシタも知っておった。
 昔ゲルマニアやロマリアで流行しておって、20年前にはダングルテールにも布教された。
 しかしそいつらは『薔薇十字団』の中でも更に異端で、本部がわしに弾圧命令を下して来た。
 ……しかも、時の教皇を通じてな」
「きょ、教皇!?」

「然様。ハルケギニア諸国の最深部まで、そいつらの勢力は伸びているという事だな。
 いわば内ゲバだったんだろうて。ただ、派遣した部隊の隊長が酷薄な男で、生き残りもなく焼き滅ぼしおった。
 なんでも、ロマリアに伝わる秘宝『火のルビー』を持って逃げた人物がいたらしいが……
 その隊長に捜させたものの、結局見つからなかったそうでな。まあ、仕方あるまい」

「か、閣下、話がなにやら、物凄くきなくさくなってきましたが」
「そうだな。まあひとまず、食事にしなさい」


とりあえず、モットが食事を終えるまで、リッシュモンは紅茶を啜っている。
慌しい食事が終わると、再び話し出した。
「……王党派とは言うが、アルビオンの王室に仕えていたとあるメイジが、
 ゲルマニアの内紛を煽るため『東方』由来の秘密結社と手を組んでいた、という程度らしくてな。
 『レコン・キスタ』とは疎遠だが、直接敵対しているわけではない。学術的研究が主要な目的だ。
 幹部級には、ガリアやゲルマニアの上位メイジもいて、『錬金』で黄金を作り出せるとか」
「そりゃスクウェア級ですな、土メイジの……それならきっと、わしの借金も返せます」

リッシュモンが肯く。
「わしの目的も、『東方』の優れた錬金術だ。文字通りの、な。
 尽きざるカネと、不老不死の霊薬。それがあれば、なんだって出来るのではないかな?
 とは言えわしゃ、それ以上は望まんよ。純粋な好奇心、学術的興味もある」
「ううむ……」

「しかし、この頃巷を騒がせている『薔薇十字団』のビラは、どうもおかしい。
 本部に問い合わせたが、口止めのつもりかカネほど送ってきて、なしのつぶてなんだ」
「つまり、贋者という事ですか?」
「分からん。わしの管轄区なのに本部からの連絡はないし、どうも妙なんだよ。
 ひょっとしたら、上層部で何か変事があって、活動が表立つようになったのかも知れんし……」
「あるいは、閣下が滅ぼされた異端の残党かも知れませんな……」

リッシュモンが、モットに顔を近付ける。
「そこでじゃ。例のマツシタも、今王都で『薔薇十字団』について調べておる。主人の小娘つきでな。
 わしがわざと、枢機卿を通じて女王陛下にビラをお見せした。何か動きがあるやも知れん。
 きみはあいつと因縁があるのだろう? ひとつ、協力してやってくれんか」
「え、わしが、ですか?」

「ああ。わしはちと今、女王と枢機卿に睨まれておってな。保身のためだったが、派手に裏金を動かしすぎたわい。
 きみなら、今はバックもないし、わしとマツシタのつなぎになれるだろう。
 あいつもかなり、枢機卿から危険視されておるしなぁ」

モットの顔色が、喜びで薔薇色になった。気持ち悪い。
「……分かりました。閣下の口利きで、わしの地位が回復されるならば」
「分かっておる。くれぐれも、枢機卿たちには内密にな。マツシタが今宿泊している場所を教えておく。
 それと、枢機卿の子飼いの部下の『アニエス』という女騎士には気をつけろ。
 今はマツシタのお目付け役をしとるが、どうやら個人的にわしの周囲を嗅ぎ回っておるようなんだ。
 一応アルビオン系の人間もわしの邸宅に出入りしとるし、『レコン・キスタ』とつながっとると思われても困る」
「はっ、承知いたしました! この大恩は、このジュール・ド・モット、子々孫々にいたるまで忘れませんぞ!!」

モットはリッシュモンからカネを受け取ると、安堵して気を失った。

(つづく)

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