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虚無の王-15


 モット伯の邸を守る衛兵、従者、そして一門の貴族達とて、決して、警戒を疎かにしていた訳では無い。
 昨今は、“土塊のフーケ”なる盗賊が巷を騒がせている。警備には一層の力を入れていた。
 だが、どんなに厳重な警戒態勢にも、必ず穴が有る。
 侵入者の行動如何によっては、機能不全を起こす事が有る。
 今回は相手が悪かった。
 侵入者を指揮するのは空。前“風の王”にして、最も“空の王”に近い、と言われた男だ。
 “空の王”の資質の一つである“イーグル・アイ”は庭園の地形から、建物の構造まで全てを見通す。
 そこに、空のテロリストとしての知識が加わる時、邸の警備は丸裸となる。
 空は単独では無い。足手纏いを引き連れている。それが、警備側に不幸をもたらした。
 見慣れぬ血に荒れ狂う素人達に、無音で作戦を遂行させる事は出来ない。本来、殆どの人間に気付かれる事無く、目的を達せる男が、好んで無用な戦いに臨む。
 衛士の待機室。
 兵士達は固唾を飲んで、武器を構える。扉の向こうから、喊声が近付いて来る。
 扉が蹴り開けられる。飛び込んで来た所を包囲、一斉に打ちかかろうとして、衛兵達は唖然とする。
 先頭は車椅子。誰もが立っている人間を想定していた。一瞬、目標を見失う。対応が遅れる。
 その一瞬で、空は壁走り〈ウォール・ライド〉。後背へと回り込む。
 意図的に速度を抑えた動きに目を奪われた時、喊声が耳朶を打つ。
 いや、それは喊声では無かった。獣の咆吼だ。
 憤怒、恐怖、憎悪、そして血に狂う、オーク鬼の様に歪んだ目をした男達の姿に気付いた時は、もう遅い。
 野蛮で原始的な一撃が、忽ち刀槍で武装した兵士達を打ち倒す。
 もし、遠い異世界で、過半の国家から身分制度が失われている事を知ったら、彼等は身震いしつつも、納得する事だろう。
 警護の兵士達は、文字通り、骨身に叩き込まれたのだ。
 平等と言う虚構の信仰により、互いを牽制しつつも結びつく最大派閥。最も理性に乏しく、残忍凶暴なる集団。“平民”の恐ろしさを。

「走れっっ!!」

 デルフリンガーを振り翳して、空はマルトー達を叱咤する。放っておいたら相手が死ぬまで――――いや、死んでも――――滅多打ちに打ち続けるだろう。
 中世西洋の建築物は多くの場合、廊下が無い。
 それは防衛上の要請でもあり、人的な物を含む全ての資産を、来客に誇示する為でも有る。
 侵入者が最深部に至る為には、全ての部屋を突破しなければならない。
 ハルケギニアでは事情が変わる。
 防衛線の要所を構築するのは、魔法を操るメイジだ。その為にも、射線を通す必要が有る。
 メイジが直接防衛に当たる場所と、そうで無い場所で構造がガラリと変わる。
 また、一つの部屋を突破。次の扉を開く。
 最初に見えたのは、クォーレルの束だ。無数の弩が、一斉に殺意を解き放つ。
 空は掌を翳す。忽ち生まれた空気の壁が、矢を有らぬ方向へと弾き飛ばす。
 長い廊下だった。両脇に扉は見えない。居住の為では無く、防衛の為のスペース。
 衛兵に動揺が走る。
 なんだ、あの車椅子の男は。何をした?何が起きた?
 空が加速。後に控えたメイジが、炎の、風の魔法を解き放つ。だが、超音速の衝撃波さえ見切る男にとっては、矢だろうが、魔法だろうが、止まっている様な物だ。
 魔法までもが容易く打ち払われると、衛兵、貴族は今度こそ恐慌に陥った。
 まさか、先住――――っ!そんな言葉が漏れた時、車輪が壁を蹴り、空の姿は全員の視界から消える。天井を蹴り、敵陣のど真ん中に“出没”する。
 剣光閃々。
 血飛沫が散る。錆びた刃が肉を刮ぎ取り、骨を砕く。悲鳴が上がる。
 そこに、わっと押し寄せる狂気の怒号――――。

 料理人達は血眼で武器を振り回す。時折、凶器の先端が仲間を掠めるが、誰も意に介さない。
 杖を失ったメイジが床に這い蹲り、頭を庇う様にして抱えている。その頭を、背を、腰を、スコップの縁が、棍棒が繰り返し打ち据える。
 壁に追いつめられた下級貴族は、既に顔の形が分からなくなっている。
 救いに入ろうとした兵士は、横合いから大剣の一撃を受ける。

「次やっ!」

 敵戦力の沈黙を確認して、空は叫ぶ。返事は無い。
 振り向いた時、料理人達は覆面の上からでも判る薄ら笑いで、動けなくなった貴族達を踏み躙っていた。誰もが、血と、貴族に対する歪んだ復讐心に酔っている。
 空は舌打ちする。これだから、ド素人は嫌だ。取って返し、その眼前にデルフリンガーを振り下ろす。
 白刃と空の眼光が、一瞬、料理人達の濁った思考を停止させた。

「次や――――」

 前進を命じようとした時、向こうから扉が開いた。姿を現したメイジの杖には、既に火球が燃えている。
 空が飛び出したのと、火球が杖を離れたのは、ほぼ同時だった。眼前で炸裂。背後で悲鳴と絶叫が渦を巻く。
 火球を放ったメイジは、即後退。室内の兵力と交代する予定でいたのだろう。だが、空の速度も、火球を無傷で正面突破する事も、彼等の想像を超えていた。
 メイジは何が起きたかも判らぬ内に切り倒された。空は突き当たりから、壁を走る。
 料理人達は後に続かなかった。空が打ち払った火球の余波を浴びて、パニックに陥っていた。
 もし、壁際に隠れていた弩兵が、室内に飛び込んだ竜巻に意識を奪われていなければ、忽ち蜂の巣に変えられた事だろう。
 いや、一人、料理人達に杖を向けている者が居た。
 見習い騎士と思しき少年は、既に呪文を完成させていて、空の速度に反応出来ていなかった。
 目の前で同胞が倒れると、訳も判らず、廊下に向けて氷の矢を放つ。殴り倒され、意識を失ったのは、その直後だ。
 室内を綺麗に片付けると、空は廊下に向き直る。
 体のあちこちに火傷を負った料理人達は、脚をふらつかせ、座り込み、床に転がり、呻き、泣き喚いている。

「腕!腕!痛い!俺の腕!腕!」

 氷の矢を浴びたか、左腕が凍り付いた男も居る。

「止まるなっ!走れっ!」

 叱咤するが、料理人達は泣き言を止めない。空は呆れ返って、車輪を返す。

「待ってくれ!我等の風っ!こいつ、腕が!」
「棄ててけっ」

 冷然、言い放つと、空は一人先を急ぐ。連中が動く気になるのを待っていたら、包囲されるのがオチだ。
 頼みの綱が行ってしまうと、料理人達は弾かれた様に立ち上がる。慌てて後を追う。ここは、恐ろしい貴族の館だ。置いてけぼりは堪らない。

「ま!……待ってくれっ!……待ってっ!」

 凍った腕を引き摺る男が、悲鳴混じりで最後に続く。

「走れ!」

 一体、何度叱咤された事だろう。料理人達は必死で、車椅子の背中を追いかける。

「走れっ!」

 脚がふらつく。目を汗が刺す。心臓が破裂しそうだ。

「走れっっ!」

 意識が朦朧とする。武器に体が振り回される。
 それでも料理人達は走る。本能的な恐怖に背を押されて走る。落伍したら命は無い。
 刃が掠め、魔法の余波に突き倒されつつも、がむしゃらに突き進む。

 庭園――――
 門衛達は唖然、屋敷を見つめている。交錯する怒号と喊声。
 侵入者?何時?どこから?
 上からは、何の指示も無い。
 あくまで持ち場を守るべきか、応援に駆けつけるべきか――――迷った時、頭上を何かが過ぎる。
 眼前で地響きが弾んだ。

「失礼するっ!」

 小さなチャリオットにも似た異形の車体が、一声残して駆け抜けて行く。
 車輪を持った奇妙なゴーレムにも、騎手たるメイジにも、見覚えが有った。
 急ぎつつも、ギーシュは慎重にワルキューレを操作する。
 広い庭園には障害物が多い。侵入者の脚を止め、上から狙い撃つ為だ。
 空の様な異能を持たずとも、建物の構造は大まかに判る。伯爵の部屋も判る。
 同時期に建築された建物なら構造は似通っているし、この邸は何度か訪れている。

「止まれっ!!」

 正面玄関前。
 言われるまでも無く、ギーシュは制動に入っていた。石畳を削り、砂を蹴立てながら急停止。

「あっ!……グラモンの御子息!どうされました!?」
「伯爵をお助け申し上げる為に来たのだ。退がってい給え」

 震える脚で、ギーシュはステップから降り立つ。
 原始的ながらサスを備えるとは言え、青銅の車輪はダイレクトに路面を拾う。強烈な震動は、手にも脚にも痺れを残す。
 ギーシュは杖を振るい、ワルキューレを変形させる。部分的に作り替える方が、一から作り直すよりは、若干、精神力の消耗を抑えられる。
 トラックレーサー仕様の車椅子にも似た下半身が失われ、ウィールを備えた脚部が現れる。上半身も若干ボリュームを増す。
 ワルキューレの胸甲が僅かに開く。何かが飛び出し、衛兵達は目を瞠る。フックが屋根を捉え、青銅のワイヤーが垂れ下がる。
 ギーシュはワルキューレの首に腕を回す。ワイヤーを軽くウィンチ。ウィールが地面から僅かに離れる。
 後は一瞬だった。ワルキューレが壁を蹴る。浮き上がった体を、ウインチが猛烈な勢いで巻き上げる。
 登攀型ワルキューレは、四階の高さを、たった二歩で征服した。


   * * *


 トリステインの平民は通常、サウナ風呂を使う。浴槽に湯を張り、身を沈めるのは、貴族にのみ許された贅沢だ。
 まさかその贅沢を、二晩続けて味わう事になるなど、三日前には想像もしなかった。だからと言って、堪能する気分には程遠い。
 シエスタは昨晩の出来事を思い出す。
 服を乾かしながら、空の残り湯を使った時には、人が来ないか、と気が気で無かった。
 湯に浸かっている、と言うより風呂釜に隠れている塩梅だ。
 その点、伯爵邸の浴室は豪華だ。
 広い広い大理石の浴場に香水の香り。空の風呂釜とは比較にならない。
 それでも、不安に身を縮めていた昨夜の方が、余程心地よかったし、安心だった。
 頭の中を、先輩メイドが残した言葉がグルグル回っている。

 用意してある服に着替えて、伯爵の寝室で待つ様に――――

 モット伯は言っていた。お前を単なるメイドとして雇った訳では無い、と。
 つまりは、こう言う事だ。
 とぷん、と湯に頭までを沈める。

 行きたくない――――

 そんな考えが脳裏を過ぎる。
 このまま、モット伯が待ち草臥れて眠ってしまうまで、こうしている訳にはいかないだろうか。
 いかなかった。メイドが戸を激しく叩いて急き立てる。
 仮にこのまま頑張っても、伯爵自ら喜々として乗り込んで来るだけだろう。
 仕方無く、浴室を出る。
 用意された衣服は、意外や意外。極普通のメイド服だった。この屋敷で使われる、露出が大きな物では無い。
 若干、魔法学院の物より、生地が安っぽいのは何故だろう。
 長湯をし過ぎた。
 のぼせて、フラフラとした足取りで指定の部屋に向かう。
 重い樫の扉を開くと、天蓋付きの豪奢な寝台が目に止まる。
 ああ。この部屋で、愛する人と契りを交わすのであれば、どれだけ素敵な事だろう。
 部屋には誰も居ない。
 寝台には小さなサイドチェストが付いていて、数冊の本と、邸の主人を象った陶像が立っている。
 見ていると、気分が悪くなって来た。
 シエスタは出来る限り、寝台から離れた場所で待つ事にする。
 と、壁越しに靴音。シエスタは身を小さく強ばらせる。
 扉が静かに開く。
 “波涛”の二つ名を持つ貴族が、鼻息も荒く登場した時、シエスタは一瞬、卒倒しそうになった。

「シエスタよ」
「は、はい」
「指示した通り、生地が薄く、少し引っ張っただけでも破れてしまうブラウスと、些細な事で伝線してしまうスットキングを、きちんと着用して来たかねっ?」
「は……えっ!……ええっ!?」

 言葉に併せて、モット伯爵の渦眉がピクピク動く。渦髭もピクピク動く。どう言う訳か、渦巻く揉み上げまで動く。
 シエスタは唖然とした。一瞬、言われた事が理解出来なかった。
 何?何?この人?何、あの眉毛!?

「あの~……用意された服を着て来たのですが……」
「うむっ。宜しいっ。いいね。いいね。最高だねっ」

 モット伯が歩み寄って来る。ゆっくりと、ゆっくりと。獲物を追い詰めた肉食獣の慎重さだ。
 シエスタは身を縮こませる。

「どうした?逃げないのかね。良いのだよ、逃げても。反撃するなと好きになさい」

 そうは言われても、足が竦んで動けなかった。
 シエスタは顔を背ける。
 怖く無い。逃げない。何度、口にした事だろう。
 それでも、十数年間――――いや、六千年間かけて刷り込まれた恐怖が、そうそう払拭出来る訳が無い。

「つまらん」

 手首が掴まれる。体が独楽の様に回る。
 気付いた時、シエスタは寝台の上に倒れ込んでいた。
 白い布地が切り裂かれ、寝台の上に舞い散った。
 ボリューム感溢れる、柔らかい肉が零れ落ちる。

「いやあっ!」

 目に飛び込んで来た“物”に、シエスタは悲鳴を上げた。
 モット伯は脱いだら凄かった。自らの衣服を引き裂いた瞬間、突き出した下腹!ズボンから垂れ下がる柔らかい脂肪!
 シエスタは目眩を覚えた。
 ああ、貴族は魔法でエネルギーを消費するでのではなかったのかしら?
 だから、どんなに食べても太らないのでは?
 でも、そう言えば、ミスタ・マリコルヌはピザデ――――ぽっちゃりさんだったわね。

「フハハ!いいぞ!いいぞ!泣け!叫べ!」

 白い下腹部がたぷたぷと揺れながら躙り寄って来る。
 シエスタは後退る。
 狭い寝台だ。忽ち、追い詰められ、組み伏せられる。

「っ――――!」

 両手首が抑えられる。振り回す脚が空を切る。
 声が出ない。恐ろしさのあまりに、歯の根が合わない。
 と、モット伯の動きが止まった。喚声が床を伝って聞こえて来た。
 胡乱気な顔で、首を巡らせる。
 シエスタも動きを止めた。
 蛇の様な視線から解放された事で、若干、思考力が戻って来た。
 自分は今、モット伯に組み伏せられている。両手首を抑えられ、のし掛かられている。
 つまり、

 モット伯は杖を手にしていない――――!

 脳裏にギーシュの姿が浮かんだ。
 空とどう戦うかを相談していた時、ぽろりと零した言葉を思い出した。
 そうだ。メイジが魔法の力を行使するには、杖が不可欠。今のモット伯は下腹の突き出た、ただの中年男性でしか無い。
 シエスタは必死で身を捩った。小娘の力だ。大の男に抵抗するのは難しい。
 だが、相手はただの人間なのだ。メイジではないのだ。助かる可能性は有る筈だ。

「んん?大丈夫、大丈夫。心配は要らない。我が警備隊は優秀だよ。さあ、続けよう。もっと私を楽しませてくれ!」

 モット伯の顔が近付いて来る。渦巻く鬚が近付いて来る。突き出た唇が近付いて来る。酒臭い息と、荒い鼻息が近付いて来る。
 シエスタは堪らず、目を瞑り、顔を背ける。
 鬚が鼻を掠める。吐息を飲み込んでしまい、思わず咳き込む。シエスタは首を左右に捩る。
 蛞蝓の気配が、喉元に近付き――――そして遠ざかった。
 足音がする。
 乱雑な足音だ。
 側まで近付いて来ている。部屋のすぐ前。
 モット伯は下卑た中年から、一転、歴戦のメイジへと豹変する。
 足音で判る。近寄って来るのは、近従の下級貴族では無い。サイドチェストの杖に手を伸ばし、扉へと向き直る
 両手が自由になった。シエスタもまた、サイドチェストに手を伸ばす。
 扉が開け放たれた。
 現れたのは、車椅子の男だ。長さ1.5メイルもの大剣を手にしている。そして、返り血にまみれた、覆面の男達。
 邸の主人が侵入者めがけて、完成した呪文を放とうとした、正にその瞬間だ。
 主人の姿を象った像が、その米神を直撃した。



 モット伯の眼球がぐるん、と回った。水のトライアングルメイジは一転、寝台から転げ落ち、床に頭を打ち付けた。
 手にずしり、と重い感触。
 シエスタは邸の主人から守ってくれた、主人のブロンズ像を見つめる。
 辺りを見回す。確かに在った筈の物が見当たらない。

「シエスタっ!」

 誰かが声を挙げた。

「この野郎っっ!」

 誰かが叫んだ。
 料理人達は倒れ臥すモット伯へと群がり、鈍器を振りかぶる。

「やめいっ!ボケっ!」

 それを制したのは空だ。勢い余って振り下ろされた一打を、デルフリンガーで受け止める。

「大事な人質や」

 その様を、シエスタは目を丸くして見つめていた。
 空が助けに来るのが意外なら、マルトーを始めとする厨房の料理人達が来るのは、更に意外な事だった。
 涙が零れた。
 返り血にまみれた男達。それだけでは無い。刀創を負った男が居て、折れた腕を力無く垂らしている男が居る。凍傷を負った男が居る。マルトーの額には、はっきりと刃物の跡が見える。全員があちこちに火傷を負っている。
 彼等は自分の為に、そこまでしてくれた。
 恐ろしい貴族の邸に乗り込んで来てくれた。
 それが何より嬉しくもあり、申し訳無くもあった。

「シエスタ、大丈夫か?何もされてないか?」
「俺達だ!助けに来たんだ!もう大丈夫だ!」

 料理人達は次々に覆面を取って、素顔を見せる。
 シエスタは笑った。泣きながら笑って、礼を言った。

「こらこら!お前等!まだやで!まだ助かってへんで!帰るまでが襲撃や、言うたやろ!」

 抱き合い、笑い合う一同をよそに、窓際へ寄った空は、手を叩いて注意を促した。

「さ、撤収や!手順をちいと変えるで!よく聞け!」

 空は部屋のカーテンを外させる。
 結って、ロープ代わり。廊下側の窓から脱出する。

「そこに抜け道が有る!マルトー!皆を先導し!」

 部屋を照らす、魔法のランプを一つ放る。
 料理人達が四苦八苦、準備を進めている間に、空は廊下に出ると、窓から下を見下ろす。
 どうやら、大丈夫そうだ。

「我等の風!こいつはどうするんだ?」

 一人が、モット伯の頭を軽く蹴った。

「ワイに任しとき。話つけとく」

 自分は後から合流する。先に行け。
 その言葉に、料理人達は素直に従った。“我等の風”がどれ程の力を持っているのかは、戦列を共にしてよく判っている。
 料理人達は覆面を着け直すと、脱出にかかる。
 部屋には、空とモット伯だけが残された。

「もう、ええぞ」

 空は部屋の窓を開けた。


   * * *


 意識を取り戻したモット伯が最初に目にしたのは、青銅の乙女だった。
 膝枕は冷たく、固かった。
 体を起こそうとした時、頭部に激痛が走る。

「ああ!伯爵!気付かれたのですね!良かった!本当に良かった!」

 安堵の笑顔を見せたのは、破れやすいブラウスに、容易く伝線するストッキングを履いた、巨乳のメイドではなかった。
 親友の息子だ。
 美少年と言って良い、端正な顔立ちだが、生憎、モット伯にその気は無い。

「ギーシュ君……これは……」
「ああ。僕よりは、青銅製とは言え、乙女の方が宜しいかと思いまして」
「いや、そんな事より、何故、君がここに……」
「ああ!伯爵!本当に申し訳有りません!僕がいけなかったのです!」

 不意にギーシュが詫びた。何が何やら、判らなかった。

「我がグラモン家とモット家は常に戦列を共にした間柄。なにより、高雅なる趣味を共にする同志。我が父にとって、伯爵は得難き友であり、畏れながら、私も伯爵を父の様にお慕い申しておりました。
その伯爵と――――ああ!僕はなんと愚かだったのだろう!あんな些細な事で諍いを起こし、身の程知らずにも、手勢を差し向けるなどと!――――」
「あの……ギーシュ君……話が見えないのだが?」

 諍い?何の話だ?
 自分とギーシュとの間に、いつ、どんな問題が起きた?
 手勢?何を言っている?
 確かに、不逞の輩が侵入し、遂には自分の寝室にまで踏み入って来たが、そこにグラモン家の家臣など一人も居なかった。

「心から悔いているのです。僕は愚かにも、伯爵の美しい邸を踏み躙り、多くの御家人を傷付けてしまいました。僕ごときが、偉大なる水のトライアングル・メイジ。“波濤”のモット伯爵に叶う筈など無いのに!」

 モット伯はピンと来た。
 シエスタが居ない。連れ去られた。あの侵入者達は、彼女が目的だったのだ。
 ギーシュが主犯、とは考え難い。遣り口が粗雑過ぎるし、何より無謀だ。
 だが、彼はシエスタに執心している。彼女を連れ去った者を庇い、この件を容認しろ、と言っている。あのメイドを諦めろ、と言っている。代わって、自分が咎を引き受ける、と……。
 なるほど、相手が平民なら、なんとしでも誅殺しなければならないが、貴族とその手勢なら和解の余地は有る。

「ギーシュ君、君は……」
「そうです!全ては僕の罪なのです!――――でも、伯爵はお優しい方。きっと、最後には許して下さる物と信じていますよ」

 と、ギーシュは口元を釣り上げて笑った。そこに全ての罪を背負う殊勝さは、微塵も見られなかった。
 なんのつもりだ――――

「!――――」

 この時、モット伯爵は気付いた。
 杖が無い!
 モット伯爵は魔法学院時代を思い出していた。倫理の時間だった。
 偉大なるオーギュスト三世、幼少の砌の話だ。彼は斧で父王が大切にしていた桜の樹を切り倒してしまった。王子は全てを正直に話し、父王はそれを許した。
 父王が何故、王子を許したのか――――教師の問いに、ジュール・ド・モット少年は答えた。
 王子が未だ手に斧を持っていたからだと思います――――。

「ギ、ギーシュ君。君は……こんな事をして、どうなるか判っているのかね!」
「勿論、僕は罪を犯し、お許しを乞う身です。その為には、誠意を見せなければなりますまい。伯爵。どうか、これで僕の罪を御容赦願えないでしょうか?」

 ギーシュは背中から羅紗の袋を取り出した。紐を解き、そして半分だけ覗いた中身に、モット伯は目を瞠った。
 それだけで判った。あれは、長年、自分が夢見て止まなかったツェルプストー家の家宝。召喚されし魔道書ではないか!

「ギギギ、ギーシュ君それは?」
「もし、お許し頂けるなら――――罪深き僕に、僕の罪行に荷担した者に許しを与え、僕の手勢が貴方に与えた、あらゆる人的物的損失に関する賠償・返済を免除して下さるならば――――謝罪と、そして和解、両家のさらなる友好の証として、これを差し上げたいと思います」

 モット伯は無言で歩み寄った。夢遊病者の足取りだ。
 ギーシュは再び、魔道書を袋に戻す。

「ギ、ギーシュ君!いい、意地悪をしないでくれ給えよ!ささ、もっとだ!もっと見せてくれ!」
「では、お許し頂けるのですね」
「当然だ!始祖にかけて誓うよ!だから、さあ!早く!」

 ギーシュは寝台に歩み寄った。側のサイドワゴン。天板下のラックには、ナイトキャップが収められている。
 内一本を抜き取る。

「タルブ産ですか。素敵だ。さすが、伯爵。良い趣味をしていらっしゃる」

 グラスを二つ。年代物の赤が、ルビーの深みでランプの灯を弾いた。

「さあ、乾杯しましょう伯爵!今夜の不幸な出来事を忘れ、更なる友誼を誓いましょう!始祖ブリミルと、女王陛下と、祖先より受け継いだ名に賭けて!」


   * * *


 抜け道の先で、空は料理人達と合流した。
 長い長いトンネル。空を除いては知らない事だが、ギーシュの使い魔ヴェルダンデが掘った物だ。
 恐るべき貴族の牙城を脱したと思うや、料理人達は一斉に膝をつき、へたり込んだ。
 誰もが疲労困憊していた。
 誰もが浅からぬ傷を負っていた。
 だが、その顔は晴れやかな物だった。

「皆さん、本当に有り難うございます」

 シエスタが改めて頭を下げる。
 いいって事よ。水くさい事言うな――――そう返しながら、料理人達は一様に笑みを浮かべている。

「なあ、“我等の風”」
「シエスタを連れ戻せたら勝ちだ、てあんたは言ってた」
「俺達、本当に勝ったんだよな……」
「貴族に勝ったんだよな」

 満面、笑顔を浮かべる料理人達。
 一瞬、空は胡乱気な目をした。
 正直に足手纏いだったのだが――――まあいい。貴族に依存するばかりで、自助努力と無縁だった連中が、気合いだけは見せたのだ。
 採点魔のキリクではないが、及第点として良いだろう。
 言いたい事が色々有ったが、結局、それは飲んでおく事にした。

「おうっ……けちょんけちょんやっ」

 歓喜の雄叫びが爆ぜた。へたり込んだまま、料理人達は拳を突き上げた。
 シエスタは一人一人に礼を言って回る。

「さあ、帰りましょう!」

 シエスタが元気良く号令をかけた。
 彼らの本分は戦闘では無い。明日には、いつも通りに厨房の仕事が待っている。
 空が言う通り、帰るまでが襲撃なのだ。


   * * *


 翌朝――――

「なるほどのう……」

 ギーシュが説明を終えると、オスマンは重々しく頷いた。

「わしと君の父上は趣味が似ておる」
「知っています」
「つまり、モットはわしらと趣味が似ておる」
「よく判ります」
「注意しておくべきだったのう。相談して貰えれば、最初からこんな事にはならんかったのだが……」
「やはり、御存知有りませんでしたか」

 知っていたら、オスマンはなんとしてでも阻止しようとしただろう。
 シエスタが勤務中まで“飛翔の靴”を履いているのは、学院長直々の要望と聞いている。

「全部署の事情が、直に伝わる訳では無いからのう。ともあれ、あのメイドの事は安心しなさい。悪い様にはせん」

 報告を終えて、学院長室を後にする。
 ギーシュは本塔を出た。
 今回の件は、本家にも報告しなければならないだろう。
 オスマンは口添えしてくれる、と言っていた。モット伯はグラモン家の名を出さない、と言ってくれた。あまり、大事には発展せずに済むとは思うのだが……。
 だが、モット伯の家臣には多くの犠牲者が出た。死人も出たかも知れない。彼等からの突き上げが有った時、伯爵はどうするだろう。
 彼等が犯人に辿り着き、私的な報復に出るのも考えられない事では無い。その場合、的になるのは後盾の無い料理人達だ。
 知った事か、と思う。シエスタは助かった。それでいいではないか。
 気付くと、ヴェストリの広場だった。
 初めて空と決闘した場所。
 その後は、しばしば特訓に利用させて貰った。
 芝や壁のあちこちにウィールの跡が付いている。
 昨晩、料理人達が退散した後、伯爵の寝室に入った。
 抜け道を掘ったのがヴェルダンデなら、衛士を誘導して、シエスタと料理人達の逃亡を幇助したのはギーシュだった。

「ええんか。手柄、全部、マルトー供にくれてやって」

 その問いを、ギーシュは首肯した。
 昨日、空が言った通り、早目にはっきりさせるべきなのだ。
 自分はモンモランシーと付き合っている。自分とシエスタとでは住む世界が違う。
 もう、出来るだけ会わない様にしよう。
 ギーシュはそう決めた。空との決闘に、協力願うのも止めよう。

「ミスタ・グラモン!」

 ギーシュの決意は固い。
 だから、背後から声を掛けられた時も、振り向く事はしなかった。

「なんだ、君か」

 出来る限り、素っ気無い風を装った。

「昨日は有り難う御座います。ミスタ・グラモン」
「何の話だね?厨房の仲間達に助けられたのだろう?礼を言わなくていいのかい?」

 返事は無かった。
 ウィールの音が、背後にゆっくりと迫って来た。

「……私、言いましたよね。貴族は怖くない、て」
「ああ」
「でも、駄目ですね。いざ、その時になったら、やっぱり……」
「ああ」
「伯爵に組み敷かれた時、私、怖かったんです。とても怖くて……震えちゃって、声も出なくて……」
「ああ」
「その時、厨房の皆や、空さんが来てくれて……伯爵が杖を取られて……」
「ああ」
「このままじゃ、皆が危ない、て……私、夢中でした。咄嗟に手近な物を掴んで……えいっ、て!……」
「ああ」
「それが、ブロンズ像だったんです。それで、伯爵は気を失われて、私も皆も助かったんです」
「その皆には、よく礼を言うといい」
「……でも、変なんですよね」
「……何が?」

 嫌な予感がして、声が上擦りかけた。なんとか誤魔化す。

「私、一人でお部屋に入った時、よく見たんです。そこに“青銅”の像なんて無かったんです」
「み、見落としたのだろう」
「それで、後で見たんですけど、陶像が無くなってたんです」

 薄い陶器の像だった。殴られれば痛いだろうが、それだけだ。気絶することなど有り得ない。

「……そ、それは、あれだ。うん。ま、間違いなく、君の気のせいであり、十中八九勘違いだ」

 動揺を隠そうとして、思わず多弁になる。直後、更なる動揺がギーシュを襲う。
 繊手が、そっと指先に触れた。

「ギーシュ様」

 ブロンズ像で頭を殴られたかの様な衝撃だった。

「“青銅”のギーシュ様」

 シエスタは“青銅”を必要以上に強調した。
 ありがとうございます――――甘い声が耳元で囁いた時、腕が柔らかく弾力の有る感触に包まれた。

「ししし、シエスタ?」

 声が震えた。
 正に鎧袖一触。二つの魔法兵器が誇る絶大なる威力は、“清童”のギーシュが築いた心の防壁を、忽ちに崩壊させた。

「ああ、あのだねえ……ぼ、僕はだね……その……」
「知っています。ミス・モンモランシでしょう」
「あ、あああ。うん。そうなんだ。だ、だかららら……」
「いいんです」

 シエスタは言った。

「いいんです。私は二番目でも……信じて、待ってますから……」

 息が止まりそうになった。

「終まいには刺されるで」

 空の声が、脳裏に蘇る。
 艶の有る黒髪が肩に乗った時、ギーシュは決心した。
 そうだ――――遺書を書こう。


   * * *


 放課後――――

「どうして先に行っちゃうのよ!」

 いつも特訓をしている岩場だ。
 空の後姿を見付けると、ルイズは唇を尖らせた。

「ここまで歩いて来るの、大変なんだから」

 昨晩もそうだ。キュルケ、タバサ共々、風竜で駆け付けはしたものの、厳戒態勢のモット伯邸には降下も叶わず。
 どうした物かと悩んでいる内に、邸から現れたギーシュに告げられたのだ。
 万事解決だ。もう、心配はいらない――――
 全く。何をしに行ったのか、判らない。

「自分だけで何もかもやって。あのメイドを連れ戻して、さぞ得意なんでしょうね」

 不満のあまりに、そんな嫌味が口を衝いて出そうになった時だ。
 空は溜息を付いた。
 横からひょい、と覗き込む。憮然とした顔だ。

「……なによ、変な物でも食べたの?黄昏ちゃって」
「ワイかて、気分が悪い時くらい有る」
「何か有ったの?」
「どうもこうも、あるかい」

 箝口令を敷いたにも関わらず、マルトー達はすっかり浮かれきっていた。
 貴族に勝った。貴族に勝った。
 秘密だけど、ここだけの話だけど、と、学院中の平民相手に触れ回る。脚色も鮮やかな彼等の武勇伝は、遠からず街の酒場まで漏れ出す事だろう。
 これでは、話を収めてくれたギーシュの骨折りが無に帰しかねない。

「全く、しょーも無い奴らや。貴族のボーズに助けられたんも知らんと、いい気になりおって。あれしきの事で、空飛んだつもりになっとる。ホンマ、救いようが無いわ」
「仕方がないわよ」

 散々、悪態を吐く空に、ルイズは微笑した。

「“空”なんて、誰でも手が届く物でしょう」
「あん?」

 振り向こうとした時、ルイズの手が、ひょい、と帽子を取り上げた。

「本当、空は近いわ。手を伸ばせば、接吻できるくらいに」
「なら、してみるかい?」
「やーよ」

 ルイズは帽子を被って見た。ブカブカだ。

「今のあんたはいや。曇り空は御免だわ」

 杖を手に、ルイズは手近な大岩に歩み寄った。大岩と言うよりも、岩山と呼んだ方が的確かも知れない。
 表面を撫でると、ざらりとした、重く冷たい手触りが返って来た。

「あんた、よその世界から来たんでしょう?」
「信じてへんのやなかったんか?」
「信じてなかったわよ。信じて無かったけど……」

 信じざる得ない気がした。
 空はあまりに自由だ。あまりに奔放だ。
 恐らく、彼の故郷は、階級が無いにも関わらず、人間が獣の群では無く、人でいられる特異な場所なのだろう。
 ハルケギニアには、そんな場所は存在しない。
 階級に相応しい生活、相応しい装い、相応しい言動を取らない人間は、貴賤を問わず、誰からも相手にされなくなる。

「……私ね。ずっと、“塔”の中に閉じ込められている様な気持ちだった。窓の無い、真っ暗な“塔”――――」

 自分は魔法の才が無い。貴族にも関わらず、魔法が使えない。
 役立たずを許しておく程、貴族の社会は寛容では無いし、魔法を使えない貴族を受け容れる程、平民の社会は慈悲深くは無い。
 お前は要らない――――世界にそう言われている気がした。

「でもね――――」

 ある日、暗く息苦しい“塔”の中に、“風”が吹き込んだ。
 風を辿ると、細い光が見えた。ぶ厚い“塔”の壁に、僅かな亀裂――――。
 ルイズは呪文の詠唱を始める。
 イメージするのは擂り鉢だ。爆発のエネルギーを一点に収束する形だ。
 閃光が生じた。
 熱を含んだ風が吹き寄せる。ルイズの頭から舞った帽子を、反射的に受け止めた時、空は目を瞠った。
 岩山越しに、“空”が見えた。
 熱量凡そ3000度。超音速のジェット噴流が巨岩を豆腐の様に刳り抜いていた。
 成功に、ルイズは安堵の息を漏らす。

「風穴、空けたわよ。“塔”の天辺まで」

 ルイズは自慢気な笑みを浮かべた。誇らし気と言うには、あまりに幼く、子供っぽい笑みだった。
 さあ、褒めて!驚いて!
 悪戯っぽい鳶色の瞳が、素直にそう言っていた。

「……こいつは、おでれーた」

 どこかで聞いた科白だ。
 事実、空は素直に驚いていた。こんなに早く、成果が上がるとは思っていなかった。
 いや、そもそも成果が上がる事自体、確信していた訳では無かった。
 この破壊力――――火の系統など及びもつかない。
 なるほど、昨日から妙に機嫌が良かった訳だ。

「んー、実は未だ、10回に1回くらいしか成功しないんだけど……“道”は開けた?」
「上等や!」

 帽子を被り直しながら、空は笑う。ルイズに負けず劣らず、邪気の無い笑みだ。
 イツキと違い、陰謀の絡まない二番弟子の成長は、純粋に喜ばしい物だった。

「“爆風の道〈ブラスト・ロード〉”て所か?目の前に転がる邪魔な小石、全部吹き飛ばして突き進む、お前だけの“道”や。ぴったりやんか!」
「私だけの“道”て事は、当然、一番の使い手は私なんだから、私が“王”よね、“元”王さま?」

 ルイズは得意そうに言った。

「この場合は“爆風の王”かしら?それとも“爆発の王”?“ゼロの王”とか言ったら、酷いんだから」
「えー、“ゼロの王”格好いいやん。まあ……爆発やら、爆風は語呂悪いわ。普通は漢字一文字やけど思いつかんし……“破烈の王”なんてどや?」
「“破烈の王”?……別に悪くないけど、どうして?」
「そら、ルイズはすぐ、癇癪、破裂させよるからな」
「な、なによー。それっ」

 ルイズは空の股を抓り上げた。
 声に笑みが混じった。顔にも笑顔が残った。指先には、まるで力が入らなかった。
 仕方なく、胸に肘鉄砲で勘弁してやる事にする。
 まるで効いていない。空はにやにや笑っている。

「それに、未だ“王”は早いわ。“破烈の王”候補、て所か?」
「候補、て。私しか居ないじゃない」
「力不足。元王さまが言うんやから間違いない。もっと精進し」

 ルイズは膨れた。
 まあ、仕方が無い。他系統のトライアングルやスクウェアと対等に渡り合えない現状、“王”はあまりにおこがましいだろう。
 だが、方向性は見えた。
 何をしていいのかも判らなかったり、本当にこれで良いのかと悩んでいた時期とはもう違う。ずっと気が楽になった。
 “塔”から飛び出す事は出来なくても、確かに陽は差した。“空”は見えたのだ。

「そや、ルイズ!滝や!滝見付けたんや!ほな、行くで!特訓や、特訓!特訓特訓クソクソクソら特訓やっっ!」
「何させる気よ」

 ルイズは車椅子の握りに手を伸ばす。
 春を迎え、陽は一日一日と長くなっていた。
 ゆっくりと車椅子を押していると、爽やかな風が頬を撫でて行った。
 頭上を仰ぐ。
 雲一つ無い空に、ルイズは頬を綻ばせる。

「本当に、気持ちのいい空――――」


 ――――To be continued ?


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