あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

虚無の王-11


「あんた、背高かったのねえ」
「へへーっ」

 得意気な笑みを浮かべる空に、ルイズは戸惑いを小匙一杯含んだ声で言った。
 何時も見下ろしていた筈の笑顔が、頭一つ上にある。何とも奇妙な気分だ。
 空は両脇に松葉杖を衝いていた。
 街に出る為、以前からコルベールに製作を依頼していた、と言う。つまりは、普通の松葉杖では無いのだろう。

「どうでしょう?注文通りに出来ているとは思いますが」
「そいつは、実験して見んとな」

 虚無の曜日早朝。ヴェストリの広場に人影は無い。
 居るのは、王都トリスタニアへの出発を前にしたルイズと空。そして、一組の松葉杖を持って来たコルベールだけだ。
 空は歩き出す。歩くと言うよりも、走り出す。両の松葉杖を翼に変えて、飛ぶ様に走る。
 あまりに機敏だ。機敏過ぎる。この男は、両脚に障害を負っているのではなかったのか。
 驚きつつも呆れていたルイズは、次の瞬間、驚死した。
 空が飛んだ。
 そう錯覚した。恐るべき速さだ。脚は一切、地に着ける事無く、松葉杖を交互に繰り出してひた走る。馬よりも速い。
 広場を一分足らずで一周。地面を抉る様にして停止。

「よう出来とるんやないか」
「どうやら、問題は無い様ですね」
「ミスタ・コルベール。それは一体……?」
「ああ。ミス・ヴァリエール。これは、“愉快な蛇くん”の応用だ」

 唖然とするルイズに、コルベールは誇らし気な笑みを浮かべた。
 油を燃焼させて、ピストンを動かす“愉快な蛇くん”なら、一年生の時に授業で見せられた記憶が有る。
 生徒の反応は、一口に不評だった。
 車や船に取り付ければ、動力にもなる。だから、どうした?そんな事は、魔法を使えば良いではないか――――

「こいつの構造は、もっと簡単。地面を衝く時、燃料点火して、その圧力で杖が伸び縮みしよる。それを繰り返せば、御覧の通りや」
「……それ、どうやって止まるのよ」
「スイッチを切る。後は腕力」
「あんた以外、使えないじゃない」
「まあ、それが最大の欠点だな」

 コルベールはあっさりと認める。とは言え、この杖は元々、空専用に製作した物だし、その過程で幾つかの技術を入手出来た。まず、成功と言って良いだろう。

「あっちの方はどや?」
「今、強固かつ快適、簡便に固定する方法を検討中です。あと、長さを調節する機構ですが、量産するとなると、精度を保てるかどうか……」
「ま、最悪、長さは練金ちゅう手もあるやろ。杖、あんがとな。貰とくで」

 二人はコルベールと別れ、厩舎に向かった。

「なんで、そんな物作ったの?」
「街は狭いやろ。車椅子やと不便かと思うてな」

 確かに混み合う街中を車椅子では不便だろう。だが、狭い所用と言うなら、おかしな加速装置など不要ではないか。

「で、ミスタ・コルベールと話してた“あっち”て言うのは?」
「手使わんでええ松葉杖」

 それは、杖と呼ぶのだろうか。

「着脱が簡単で、脚を切断しとらんでも使える義足くらいに考えてくれればええわ。なんぼか需要有るやろ」

 空は馬に乗れない。仕方が無く、ルイズは馬車を選んだ。
 両脚の利かない人間に御者台は危ないし、貴族が自ら手綱を取る訳にもいかない。
 そこで、御者も手配。勿論、無償では無い。

「まあまあ、荷物持ちくらいはするさかい。堪忍してや」
「杖で両手塞がってるじゃない。どうやって持つ気?」
「手提げ袋が掛かる様に、松葉杖にフックが付いとる」

 二人は馬車に乗り込む。ここから、王都トリスタニアまで三時間だ。


   * * *


 ルイズの部屋の戸を叩く時、キュルケは久方ぶりに胸が高鳴るのを感じていた。
 空が出て来たら、どうしよう?
 まず、抱きついてキスをしようか。それとも、目配せ一つを合図に、小洒落た挨拶でもしてみようか――――
 あれこれ考えていると、楽しくて楽しくて仕方が無い。こんな事は、一一歳の時、若い教師をうっかり退職に追い込んでしまって以来だ。
 ルイズが出て来たら?ああ、そんな可能性も有ったかしら。
 この時、キュルケはもう一つの可能性に直面した。返事が無い。留守だろうか。扉には鍵が掛かっている。
 躊躇わずにアンロック。校則違反?犯罪?だから、どうした。恋は全てを許す物だ。

「相変わらず、色気の無い部屋ね……」

 ベッドが二つ在るのは、喜ぶべき事だった。人の恋人を奪うのは楽しいが、一番大切な物は駄目だ。命の奪り合いになる。
 全く、ルイズの様なタイプは一見固いが、一度、男に入れ込んだら、どこまで執着するか判らない。だから、トリステイン女は嫌なのだ。

「あら……?」

 キュルケは首を傾げた。空が居ないのに、車椅子が在る。どう言う事だ?
 だが、考えようによっては丁度良い。この車椅子には前々から興味が有った。迷わず掛けてみる。
 動かない。ロックが掛かっているのだろうか。あちこち見回して、それらしきレバーを発見。解除。

「うわっ……なにこれ?軽い。軽いなんて物じゃないわね」

 駆動輪に手を当てると、車椅子は殆ど抵抗も見せずに前後した。
 魔法がかかっている訳では無い。それだけ、機械的に優れているのだ。
 だが、それだけでは、昨夜に体験した出来事には説明がつかない。
 車椅子が軽いからと言って、空の膂力が並はずれているからと言って、風竜並の速度で走れるか?壁を走れるか?屋根より高く跳べるか?
 出来る訳が無い。何か秘密が有る筈だ。
 キュルケは夢中で探した。あの時の事を思い出すと、今でも体の奥がカッと熱くなる。
 本体脇に小さなスウィッチが並ぶ。これだろうか。
 適当なスウィッチを叩く。何も起きない。
 どうなっているのだろう。何気なく駆動輪を回す。

「ん?……んっ……んんっ?――――」

 車椅子が前進した。明らかに、自分が意図したよりも速く、距離も長い。
 わっ――――小さく悲鳴。
 気付いた時には、軽く壁にぶつかっていた。
 壊しはしなかっただろうか?キュルケは不安になる。ともあれ、これ以上は止めておいた方が良さそうだ。
 車椅子を降りる時、鍵穴を見付けた。
 なんだろう?
 試しにアンロック。座席の下に物入れを発見する。
 キュルケは唖然とする。
 中には小さな機械部品が収まっている。
 何に使う物かは判らないが、その驚くべき精度は一目で判る。おまけに、同じ部品は寸分の違いも無し。
 ゲルマニアでもこんな物は造れない。

 キュルケは一枚のカードを手に取る。
 どの様な技術で彩色されているのだろう。
 それも気になったが、それ以上に刻まれている文字だ。読めはしないが、見覚えが有る。
 家宝の魔道書――――変わり者の祖父が買い取り、解読も試みたが、文字種が信じられない程多い為、とうとう断念した――――にそっくりだ。
 あの魔道書は召喚実験で現れた物と聞いている。
 空の祖国の物だろうか。

「ダーリンなら解読出来るのかも……」

 まあ、いいか――――キュルケはあっさりと結論を出した。
 殿方を興奮させる魔力を帯びた魔道書。家宝と言うが、自分には大して意味の無い品だ。
 中身を元通りにして、座席を戻す。
 それにしても、二人はどこに行ったのだろう。
 ふ、と窓の外を眺めた時、門から馬車が出て行くのが見えた。一瞬、覗いた黒髪。見間違えようが無い。

「なによー、出かけるの?」

 キュルケは部屋を飛び出す。相手が馬車なら、追い着く手段は一つしか無い。
 タバサの部屋まで、一息に駆ける。
 ノック。返事が無い。更に戸を叩く。叩き続ける内に、反響音がおかしくなる。
 愛すべき友人が、無情にもサイレンスの魔法を使って、無視を決め込んでいるのだと悟るや、迷わずアンロック。
 タバサは部屋の中で本を読んでいた。
 キュルケは声が届かない事を知りながら、大げさに二、三言喚いて見せる。必死さをアピールする為だが、相手の共感は得られなかった様だ。
 仕方なく、本を取り上げて、無理矢理振り向かせる。
 漸く、サイレンスが解かれた。

「タバサ、出かけるわよ!支度して!」
「虚無の曜日」
「わかってる!あなたにとって虚無の曜日がどんな日かは、よくわかってるわ!でも、今はそれ所じゃないのよ!恋なのよ、恋!わかるでしょう!?」
「トリステイン語でおk?」

 タバサは淡々と言った。

「最近のあなたの言い方、たまに引っかかるわ。ああ、もう!私は恋したの!その人が憎っくきヴァリエールと出かけたの!馬車でよ!あなたの使い魔じゃないと追いつかないの!判って!」

 タバサは杖を手に、立ち上がった。
 空と言う邪魔者も無く、久しぶりに読書に没頭していたが、他ならぬキュルケの頼みだ。仕方が無い。
 高く、高く、口笛を一つ。
 窓から飛び降りる。キュルケもそれに続く。タバサの使い魔、風竜シルフィードが二人を受け止める。

「どっち?」
「わかんない……慌ててたから」

 それを聞いて、タバサはシルフィードに耳打ちする。

「人二人。食べちゃダメ」


   * * *


 一体、何事だろう――――
 シエスタは当惑していた。
 貴族の少年が、目の前に屈み込んでいる。自分の脹ら脛を捧げ持ち、熱心に“飛翔の靴”を弄っている。
 車輪を回しては唸り、興奮と感嘆とが入り交じった声を上げる。

「あの……つまり……ミスタ・グラモンはこの靴に興味が有る、と……」
「うむ。そうなのだ。これは実に素晴らしい。どうして、今まで気付かなかったのだろう」
「で、では……私の脚――――」

 言いかけて、シエスタは自分の失敗を悟った。藪蛇だった。
 今まで、“飛翔の靴”ばかりを見ていたギーシュの目線が、嘗める様に這い上る。

「ももも、勿論、この素晴らしい“靴”を操る“脚”の方も、と当然、よく調べてしかるべきだな。う、うん。君は実に聡明だ。でで、ではス、スカートを……っ」
「ま、待って下さい!靴ならお見せします!お見せしますから!」

 シエスタは慌てて退いた。
 踏み台を椅子代わりに、靴を脱ぐ。必要以上に熱烈な目線を送るギーシュ。実にやり難い。

「して、これはどう言う構造になっているのだね?」
「今、分解してお見せします」

 シエスタが工具を取り出した時、ギーシュは仰天した。分解するなら、工具くらい使うだろう。当然の話だ。
 数が当然では無かった。
 袖口の前後から、エプロンの裏から、ポケットから、瞬く間に現れ現れ溢れる数多の工具。その数、三桁に届かんばかりの勢いだ。

「き、君はメイジだったのか!?……いや、杖が無い。まさか、先住っ!――――」
「はあ?よく判りませんけど、私はただの平民です。魔法は使えません」

 いや、平民かも知れないが、“ただの”では無いだろう。隠し持つ手段も、取り出す方法も、ギーシュには見当も付かない。

「では、分解しますね――――はい」

 と言う間に、“飛翔の靴”はバラバラに分解され、部品ごと、綺麗に並べられていた。

「……部品を見せられても、よく判らないのだが」
「では組み立てますよ――――はい」

 と言う間に、靴が出来上がっていた。

「うむ、なるほど――――全く、見えなかった」

 何が何やらさっぱりだ。

「君はやはりメイジではないのか?時を操る魔法を使えるとしか思えない」
「ですから、私はただのメイドです」

 では、ゆっくりと組み立てて見せますね――――シエスタは瞬く間に靴を分解すると、今度は説明を交えながら組み立てて行く。
 想像以上に部品が多い。特に車輪回りは精巧。完成した時、ギーシュは溜息をついた。

「なるほど――――これは凄いな。それにしても、これの部品は、一体どこで作っているんだ?」
「タルブ村です。ラ・ロシェールの港町に近い小さな村でして……」

 その小さな村で、どうしてこんなにも冶金技術が発達したのだろう。
 最早、優れている、と言うレベルでは無い。奇形的と言っていい。

「その村に行けば、この靴が手に入るのか?」
「それでしたら、私の予備を差し上げましょうか?……あ、でもサイズが合いませんよね。手紙で送ってくれる様に頼めば……」
「いや、サイズは魔法で調整出来ると思う。是非欲しい。今欲しい。勿論、謝礼はする」
「では――――」

 従業員用の寮へと走ったシエスタを、ギーシュは一人、その場で待つ事になった。
 真っ白な洗濯物が風に靡いた。山の様な量だ。どうやら、シエスタは働き者らしい。
 良いメイドだ。何より、とても可愛い。あの娘なら、少々ドジでも構わないとさえ思えて来る。
 いや、寧ろドジな方が好ましい。ドジであるべきだ。粗相を働いたメイドにオシオキするのは、主人の権利であり、義務ではないか!
 いっそ、グラモン家で引き抜けないだろうか――――いや――――ギーシュは頭を振る。
 止した方が良い。家庭不和の原因になりかねない。全く、両親が何度、別居した事だろう。
 そこまで考えた時、シエスタが戻って来た。

「あの、慣れない内は何度か転ぶと思います。走ると言うよりも、滑るイメージで足を運ぶのがコツです」
「判った。ありがとう」

 礼を言って、飛翔の靴を受け取る。
 なるほど、確かに小さい。あちこち、少し伸ばしてやらねばならない。うまく行くだろうか?

「それにしても、何故、この靴に興味を持たれたんですか?」
「ああ。実はミスタ・空と勝負をしなくてはならなくてね」
「勝負……決闘ですか?」
「まあ、そんな所だね。彼の提案で、競争で勝たなければいけないんだ」

 それを聞いて、シエスタはほっとした。どうやら、決闘と言っても平和的な方法らしい。

「でも、飛翔の靴では、空さんには勝てないのでは?」
「何故、そう思うんだい?」
「私は空さんと競争して勝てる自信が有りません」
「まあ、仮にこの靴では勝てないにしても、きっとヒントになると思う」
「何故、空さんと決闘を?」
「んー、そうだな……」

 どう説明しよう。ギーシュは少し考えた。

「一つ質問だが、どうして鳥は飛べるのだと思う?」
「え?……それは、羽が有るからではないんですか?」
「それだけかな?」
「他に何か有るんでしょうか?」
「ああ。鳥が飛ぶのは、翼を持つ事も有るが、なにより、そこに“空”が有るからでは無いのか?」
「……空さんが、ミスタ・グラモンにとっての“空”だと?」
「僕が目指す“空”は父であり、兄達だ。あまりの高さに、何時の間にか、飛ぶ事を諦めていたよ」

 だが、空との決闘で、それを思い出した。

「だから、僕は彼に勝ちたい。もっと高く、もっと遠くまで飛ぶのだ、と言う決意の証にね」

 シエスタにとっては、意外な言葉だった。
 貴族とは、どこまでも自由な存在なのだと思っていた。どこまでも豊かであり、全てを約束されているのだと思っていた。
 ただ貴族である、と言うそれだけで飛べるのだ、と――――
 空がギーシュを倒した時、“平民でも貴族に勝てる”と思った。
 今は違った。例え魔法を使えたとしても、貴族は平民と変わらない存在だ。
 自分と同じ様に悩み、傷付き、挫折を味わい、時には諦めを抱かなければならない人間なのだ。
 全能者の如く振る舞うこの学院の生徒達も、やがては領地を、国政を担い、戦地に赴き、数多の重荷と責め苦とを負わねばならないのだ。

「――――頑張って下さい」

 気付くと、言っていた。

「私、応援します」

「有り難う。でも、いいのかい?君とミスタ・空は同じ平民じゃないか」
「それは……い、いいんです。私は貴方の様には飛べませんけど――――」
「はは。それはそうだ。君は女の子なのだからね」

 ギーシュは平民だから、とは言わなかった。

「女の子だから、ですか?」
「そうとも。鳥が飛ぶのに、何より必要な物を忘れていた。“大地”だ。帰って来る場所が有るからこそ、鳥は飛べるのだ。フネだってそうだろう?冒険の空に出航するその時まで、捕まえておいてくれる港が必要なのだ」
「でも、フネは女性名詞です」
「だからこそ、男が乗るんじゃないか!」
「……――――」
「……」
「……――――」
「……と、とにかく!危険な空に飛び立つのは男の役目だ。自分を信じ、帰りを待っていてくれる乙女がいればこそ、男は飛べるのだ。君の様な女の子には、是非、港でフネを待つ大樹であって欲しいね」

 ギーシュは靴を簡素な革袋に戻すと、いつもの様に薔薇を取り出した。

「少し喋り過ぎたかな?可愛い女の子の前だと、これだからいけない」
「あの――――」

 戯けた笑顔の貴族と対照的に、黒髪のメイドが一際、真剣な面持ちを見せた時だ。

「何やってるんだいっ!」

 鋭い声がした。そこには、年嵩のメイドが居た。シエスタの仕事が遅れているのを、叱責に来たのだろう。

「あっ。す、すみません!」
「僕が用事を言いつけたのだ。叱らないでやってくれ」

 二人は同時に言った。
 シエスタはぺこりと一礼して立ち去る。

「頑張って下さい。ミスタ・グラモン」

 小さな声は、誰の耳にも届かない。

「……何か、取り返しの付かない事をしてしまった気がするのだが――――気のせいかね?」

 ギーシュもその場を離れる。
 途中、ぶつぶつと何やら呟きつつ、同じ所をぐるぐると回っているコルベールを発見した。
 足下には、おかしな図面が幾つも書かれている。
 また、“発明”だろうか。
 全く、頭が禿げ上がるまで、女の子と無縁の生活を送って平気な変人教師が、ギーシュには全く理解出来なかった。
 挨拶。何気なく、空の事を聞いて見る。先刻、街に出かけた、と言う。
 “飛翔の靴”を試す良い機会かも知れない。
 ギーシュは追いかける事に決めた。


   * * *


 王都トリスタニア一の大通りブルドンネ街は、空が想像したそれより、狭くはなかった。
 少なくとも、タンデム式の馬車が角を付き合い、いざ、不仲な大貴族同士が鉢合わせた日には、御家人も含めて何週間も睨み合いをしなければならない、と言う程では無い。
 だが、あくまで“思ったよりは”だ。欧風の都市が狭い事には変わりが無い。幅5mも無い通りに、人がひしめき合う。
 車椅子での移動は不可能だったろうが、松葉杖での移動も快適にはほど遠かった。混雑の中、無遠慮な市民達は度々、杖先を蹴り飛ばして行く。
 それでも、空は街での買い物を堪能していた。
 街は活気に溢れている。週に一度の休日。静まり返っているのでは、と言う危惧も有ったが、どうやら、虚無の曜日は所謂安息日とは違う様だ。

「なあなあ、見ろやあ、ルイズ。あっちに面白そうな物有るで」
「……ま、まだ買い物する、の?……」

 満面の笑みを浮かべる空とは対照的に、ルイズは疲労困憊の態だった。

「……わ、私、もうこれ以上、も、持てそうも無いんだけど……」
「こらこら、遅いで。この辺、スリ多そうやし、ボーっとするなや。財布、大丈夫か?」
「あ、あんたねえ……」

 空は体をゆっくりと持ち上げる。
 松葉杖を思い切り衝き、発火、跳躍。群衆の頭を飛び越え、壁を一、二蹴り――――普通ならそのまま落下する所、風を掴んで10メイルばかり滑空。忽ち、その姿が人混みに消える。
 街は狭く、この辺りは石材が豊富な事から、石造りの建物には事欠かない。ストームライダーにはお誂え向きの場所だ。
 これで何度目だろう。ルイズは空を見失う。
 最初の方こそ、宙を舞う松葉杖の男が、着地地点毎に喝采を浴びている御陰で追いつく事が出来たが、今は両手に、背中に、大荷物。
 とても人混みをかきわける事など出来はしない。

「あいつ~っ!」

 ルイズは癇癪を起こす。

「どーして、私が荷物持ちをしなきゃならないのよっ!どーして、長々と買い物に付き合わなくちゃいけないのっ!普通、逆じゃないのっ!馬鹿犬~っ!」

 松葉杖の人間ばかりに荷物持ちをさせては、体裁が悪い。
 ルイズは一つ、小さな袋を持ってやった。失敗だった。空は当然の様に、何もかもを押しつけて来た。
 空が何も持っていないのに気付いた時、もう追いつく事は不可能になっていた。



 空はルイズがはぐれた事など気にも止めず、街を駆け巡った。
 コルベールからの頼まれ物も有ったし、今後、あの発明狂と協同開発した品を量産、普及させる為にも、各職人組合と話をしたり、その技術を見極めておく必要も有った。
 幾つかの部品については、シエスタの話していたタルブ村に行った方が良い。空の正直な感想だ。
 少なくとも、トリスタニアの職人街を見て回る限り、とてもではないが、あの“飛翔の靴”は造れそうも無い。
 中世西洋の都市は例外無く狭く、不潔だ。
 ぐるりを囲む市壁は、予算や防衛の都合から、滅多な事では拡張されず、特別に不幸な事件が無い限りで、人口は増え続ける。
 大きな通りでも、幅3m以上は希だし、大抵の通りは1m以下。結果、空は殆ど屋根伝いに移動し、衆目を引く事になった。
 三角屋根の天辺で、空は杖を止めた。
 足下から怒鳴り声が聞こえて来た。

「やい。デル公!もう勘弁ならねえっ!てめえのせいで、また客に逃げられたじゃねえかっ!」
「うるせえっ!こっちだって、毎日毎日鉄板の上で焼かれて嫌なってた所だっ!」

 どう言う会話だ。空は眼下を覗き込む。
 五十絡みの男が、怒鳴り散らしている。
 地面に長い刀が突き刺さっている。
 隣の店から冷やかす声。よっ、親父、また喧嘩かい――――だが、男の前には誰もいない。

「やい!これ以上、生意気な口聞きやがったら、貴族に頼んで溶かしちまうぞっ!」
「おもしれえっ!やってみろっ!」
「やってやらあっ」

 二つの罵声が飛び交い、入り交じる。鬚の親父が聊か根の暗い一人遊びに興じているのでも無い限り、可能性は唯一つだ。
 空は三階の屋根から飛び降りた。

 着地。空は軽く弾む様にして立ち止まる。
 親父は目を丸くして声を失った。

「……こいつは、おでれーた。人が降って来るなんざ珍しくもねーが、それが松葉杖、てのは初めてだね」

 声を上げたのは、親父では無い。地面に突き刺さった刀が、刀身をカタカタと揺らして喋っていた。
 空は刀を引き抜く。刀身はところどころ錆びている。

「ワイもオデレータ。喋る刀ときよった。ホンマ、この国はなんでもアリやな」
「……おめ“使い手”か?」
「なんや、そら?」
「自分の力も知らんのか。まあいい、てめ、俺を買え」
「そやな。この親父にとって、お前は要らん子みたいやし、捨てる神有れば、拾う神有りや。貰てやってええで」
「兄ちゃん。その剣に興味が有んのかい?」

 商売になる、と見たか。唖然と成り行きを見守っていた親父が、ドスの利いた声で口を挟んだ。

「そいつなら、金貨100で十分でさ」
「道端に捨てた刀をか?」
「そいつの口が過ぎるんで、折檻しただけでさ」
「随分、錆びとる」
「ですから、100で。大剣はどんなに安くても200でさ」
「なあ、親父。よー見い。ワイは今、何持っとる」
「所々、錆びちゃいますがね。頑丈な事だけは保証しまさ」
「自分の手見てみい。何持っとる?」
「?……何も持っちゃいませんが?」
「そやろ。おどれ、丸腰やろ」
「は?」
「で、ナンボや?」

 親父は仰天した。長さ150㎝、重量は3㎏を下らないだろう大剣を、空は片手で、小枝の様に弄んだ。
 怪物的とも言える膂力に、冷や汗を流す。

「し、新金貨で……」
「10。不満か?」
「……へい、10で」

 親父はカラカラに渇いた喉から、声を絞り出した。

「9枚しか無かったわ。一枚マケとき」

 空は親父に9枚の貨幣を握らせた。
 松葉杖に刀を水平にかけると、フックを力ずくでねじ曲げ、固定する。

「ほな」

 空は地を蹴り、壁を蹴り、屋根の上に飛んだ。
 今日、何度目だろう。親父は仰天する。
 あの怪人と、厄介者のデル公が金貨9枚を置き土産に消えてくれるなら、儲け物だった。

「おでれーた。相棒は空も飛ぶのかい」
「王様やからな」

 屋根伝いに跳びながら、空は答えた。

「相棒は変わり者だねえ」
「そないな風に言われたの、初めてやわ」
「ま、そうしとこうか。俺はデルフリンガー様だ。王様の名を聞いときたいねえ」
「“空”や」



「意外ねえ。高慢ちきで鼻持ちならない女だとばっかり思ってたのに……」

 本当に意外そうに、キュルケは言った。

「貴方が恋人に尽くすタイプだったなんて。本当に意外だわ、ヴァリエール」
「だだ、誰が恋人よ。あの馬鹿っ、私に荷物を押しつけて、自分はどこかに消えちゃったのよ!本当っ、信じられないわっ!」

 二人の馬車は、あっさりと見つかった。
 タバサを伴い、後を追ったキュルケが見たのは、山の様な荷物を抱えて途方にくれるルイズだけ。空の姿はどこにも無い。

「でも、荷物を受け取りはしたんでしょう?」
「う、うるさいわね!」

 一同は、市門の側にある駅で、空を待つ事にした。幾らなんでも、馬で三時間の距離を、歩いて帰ろうとするとは考え難い。
 空はなかなか戻って来ない。
 不仲なルイズとキュルケは品性と礼節と言うオブラートに包んだ言葉の刺を、絶え間なく応酬する。
 タバサは一人黙々と本を読んでいる。

「フィニ。一巻の終わり」

 最後の一行を音読。満足気に本を閉じた時、頭上から空が落ちて来た。

「よ、お待たせや、ルイズ」
「遅いわよっ!もう!どこほっつき歩いてたのっ?」
「悪い。あっちこっち見て回っててな。御陰で面白い物見付けたで。見ろやあ」

 空は満面の笑顔で、ボロボロに錆びた刀を差し出した。

「なに、この汚い剣。ボロボロじゃない。捨てちゃいなさいよ、こんなの」
「け、何言ってやがるっ。貴族の小娘なんぞに、俺の価値は判ってたまるかっ」

 その声に、ルイズは目を瞬いた。

「なにこれ。インテリジェンスソード?」
「へえ、珍しいわね」

 キュルケも寄って来る。

「どや。面白いやろ。デル公言うんや」
「デル公じゃねえ!デルフリンガー様だ!」
「ボロの癖に、名前ばっかり立派や」
「ふざけんじゃねえっ!」
「何言うとんのや。身受けしてやった恩、忘れんなや。そや。お前、ワイの使い魔な。ルーン書いたれ」
「よせーっ!止めろーっ!」

 デルフリンガーはカタカタと刀身を震わせる。どうやら、動けるのはそこまでらしい。
 風変わりな筆を手にした空に、必死で悪態を付いている。

「それ、抜き身のまま持って来たの。鞘は?」
「ああ、後で作ってやらな。それより、面白い話聞いたでっ。今度、マルなんたら言う村で、エスカルゴ祭りやるらしいわっ」
「へえ」

 話す間、空は終始、満面に笑みを浮かべていた。年に似合わぬ、無邪気な笑顔。
 思えば、街に来てから、ずっとこうだ。

「もう……っ」

 ルイズは嘆息する。そんな顔を見ていると、なんだか、自分だけ怒っているのが馬鹿らしくなって来た。
 きついお仕置きをくれてやろうと思っていたが、たまの虚無の曜日くらい、少々の粗相は多目に見てやっても良いだろう。陽気な空につられる様に、微笑が洩れる。

「それにしてもダーリン。車椅子姿もセクシーだけど、立ち姿も素敵ね」

 と、キュルケが空に擦り寄った。ルイズの顔から、微笑が消える。ダーリン?誰が?何故否定しない?

「せやろ、せやろお」
「あんなボロボロな剣じゃ、貴方には釣り合わないんじゃなくて?」
「別にワイ、剣術家やあらへんし。あれは面白いから貰て来ただけや」
「あら、そう?良ければ、もっと、いい剣をプレゼントしようと思ったのだけど」

 キュルケは豊満な乳房を空の腕に押しつける。ルイズの心から、情けと容赦が綺麗に消える。

「そうかい?剣に興味が無い訳やないんや。いい剣打つなら、職人の技術も高いやろ。今、そっち探しとってな」
「技術ならゲルマニアよ!ねえ、よくって?女も剣もゲルマニアが一番なの。トリステインの女ときたら、短気でヒステリーでプライドばっかり高くて、おまけに嫉妬深くて、どうしようも無いんだから」

 まんざらでも無い様子で応じていた空は、ここでルイズに振り向いた。
 昨夜の事を思い出して、少し気を使った方が良いか、と考えたのだが、遅かったしタイミングも悪かった。
 何故、そこでこっちを見る――――っ!
 トリステイン人の御主人様はキレた。
 その日、王都トリスタニアで痛ましい事件が起きた。16の少女が使用人の息子に暴行。
 目撃者のタバサ嬢はたった一言呟いた。

「ジョニーは戦場に行った」


   * * *


 ギーシュ・ド・グラモンは街道で大の字に倒れていた。
 最初、“飛翔の靴”はただの重しだった。
 ギーシュはガチャガチャと音を立てながら、不器用に歩いた。シエスタの予言通り、何度も転ぶ。
 その内に、コツを覚えた。
 大切なのは、蹴り足では無く軸足。忙しく脚を動かさなくても、靴に乗っていればいい。
 それが判ると、スイスイ進む。
 だが、シエスタの言う通り、これでは空に勝てそうも無い。暫く考え、一計を案じる。
 使ったのは、レビテーションの魔法だ。物を浮かして動かす魔法だが、飛翔の靴が有る限り、重力に抗う必要は無い。
 力の全てを前進に使う。プラス、自身の脚力。
 無意識の内に、声が溢れた。
 景色が後にすっ飛ぶ。
 速い。経験した事の無い速さだ。実速は判らないが、体感速度が桁外れに速い。
 小さな車輪が路面を、バンプを、小石を拾う。震動がダイレクトに伝わって来る。
 視界が激しく揺れる。
 脚が痺れる。
 丘を乗り越えた時、体が宙に浮いた。
 ギーシュは笑った。これが空が見ている世界か!――――もっと見たい。もっと先が見たい。
 着地。その瞬間、大きな石――――


 ……――――気付いた時、目の前が真っ暗だった。目を瞑っているだけなのだが、それが判らなかった。今、自分がどんな体勢でいるのかも判らなかった。
 手はどこだ?
 脚はどこだ?
 うん。どうやら、自分は倒れているらしい。取り敢えず、手足は動く。
 そうだ。目を開けよう――――
 空が見えた。同時に、体のあちこちが悲鳴を上げた。
 自分がかなりの時間に渡って気絶していた事を、太陽が教えてくれた。
 転倒した時の記憶が甦る。蹴躓いた石は、10メイル近く後方だ。下手をしたら、死んでいただろう。
 体が動かない。なんとか、治癒の魔法を使う。水系統ならぬ身では気休め同然だが、何もしないよりはいい。
 身を起こした時、頭上を風竜が飛んで行った。確か、タバサとか言う女生徒の使い魔だ。
 便乗出来ないだろうか。
 声を上げようとした時、誰かが落ちて来た。慌ててレビテーション。
 空だった。

「一体、何事だ?ミスタ・空」
「大した事やあらへん」

 ギーシュは空を草むらにゆっくりと着地――――ああ、彼は脚が不自由だった――――横たえる形で降ろすと、天から降って来た男は憮然として頭をかいた。
 事情を簡単に説明。トリスタニアに買い物に行った。馬車は荷物を積んで狭いので、ルイズ共々、シルフィードに乗せて貰った。

「せやったんけど、なんやルイズが偉う不機嫌でな」
「蹴り落とされたのか」
「ちょいと有ってな」

 そうこう話している内にも、風竜は行ってしまった。
 ギーシュが居る事に気付いたのかも知れない。それなら大丈夫、と――――なんとも薄情な話だった。

「ミスタ、車椅子は?」
「今日は松葉杖やったんけどな。あの竜の上や」
「酷い話だ」

 ギーシュは心から同情した。

「女は怖いっちゅー話や。ボーズも気を付け?」
「よーく、心得ているよ」
「そうかい。せや、ボーズ。花びらから人形造れるやろ。同じ要領で、車椅子作ってくれんか?」
「車椅子?……そこまで複雑な物は練金出来るか……?」
「阿呆。何、言うとんのや。動く人形の方が余程、複雑やろ。男は度胸。何でも、やってみるもんや。きっと、ええ気持ちやで」

 言っている意味はよく判らないが、一理有る。ギーシュはうる覚えで、青銅製の車椅子を練金する。

「おい、ボーズ。駆動輪が回らへんぞ」
「む?」
「自在輪が動かん」
「自在輪?車輪が回るだけじゃ駄目なのか?」
「動きが悪い。油さしてくれ」
「ああ。じゃあ、練金で……」
「全体的に重い。要らん所は肉抜きせい」
「脆くならないかな?」

 言われる度に、練金で修正。
 精神力が殆どカラッポになる頃には、辛うじて実用に耐える物が出来上がった――――あくまで、空の腕力を前提として、だが。

「ほな行こか。二時間もかければ着くやろ」

 空は小さな前輪を浮かし、駆動輪で先刻、一人の若者の命を奪いかけた大石を乗り越える。
 なるほど、車輪が大きければ大丈夫なのだな。
 そんな事を考えながら、ギーシュは後に続いた。


 ――――To be continued


新着情報

取得中です。