あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロのおかあさん-5

    ▽    ▽    ▽



広場で決闘が行われる少し前、学園長室では二人が隣り合って並んでいた。
部屋が狭いわけでも、物で溢れているでもない。
それなのに、二人は身体を密着させてお互い嫌そうな顔で会話を交わしていた。
「なぁんかのぉ~、なんでここにいるんじゃミスタ・コル……ゴルゴム?」
「コルベールですオールド・オスマン。と言うか、コルまで言ってなぜ言い直すんですか。
  それと、なぜここにいるかと言う理由は、昨日お伝えしたつもりです……お忘れですか?」
隣から届く息に顔を顰めつつ、距離を取ろうとするコルベール。
だが、その動きに合わせるかのようにオスマンと呼ばれた老人もまた動く。
「そんなムキになるでないゴルゴ君」
「いい加減出だしから間違っている事に気付いてください。
  あと、先程から貴方の手が私の尻を揉んでいるような気がするのですが気のせいでしょうか」
「うむ。本来なら今の時間はミス・ロングビルの尻をこっそり堪能している筈なんじゃが
  用事があるとの事で出払って追ってな。だから仕方なく、君の汚い尻を揉んでみたんじゃ」
仕方ない理由が全く持って理解できないが、そこを言及する事は無い。
だが、触られた以上感想が聞きたくなるのが人間である。
「……一応聞きますが、揉んでみた感想は?」
「最悪だね。もう本当に酷いもんだよ貴様の尻。なんかこう、汚された気分じゃ。
  しかも、なにこれ? なんか無駄に筋肉質じゃね? 老いぼれの純情を返せこのはげ!」
本気で怒りをぶつけてくるオスマンに対し、呆れた様子でそれを宥めるコルベール。
オスマンの意味不明な文句にめげる事無く、ひたすら落ち着くように暴れるのを制す。
だが、頭に残っている僅かな髪の毛が床へと落ちていくのは止められない。
「話を戻しますオールド・オスマン、先日召喚された青年なのですが……これを」
「おお、そう言えばそんな事言ってたの。どれどれ」
コルベールが机に置いた本を見ると、僅かながらオスマンの表情が曇る。
数秒の沈黙の後、開かれたページを見つめながらオスマンが慎重な声で呟く。
「見間違い……という可能性は?」
「ええ。もちろんその可能性もあるかもしれませんが、
  私の記憶違いやスケッチミスでなければ、このルーンだけが一致します」
「ふむ。その青年は誰が召喚したんじゃったかのぅ」
「ミス・ヴァリエールです」
その名前を聞くと、オスマンは再び黙り込んでしまう。
コルベールの方も、判断を仰ぐべく口を開くのを静かに待つ。
「どちらにせよ、その青年とそのルーンを直接見ん事には何ともいえんな」
「確かに、いささか早計だったかもしれまんせん」
反省するコルベールに背を向け、オスマンは窓の外を眺めて愚痴をこぼす。
「ゼロと呼ばれる少女の使い魔が、かの始祖ブルミルの使い魔『ガンダールヴ』とはのぅ……むっ!?」
何者かの気配を感じたオスマンは、扉の方に意識を向ける。
コルベールもそれに倣い、本を閉じながら扉に注目した。
その直後、扉をノックする音が学園長室に響き渡る。
「誰かの」
「私です。オールド・オスマン」
扉の向こうから聞こえてきたのは、待ち望んでいたロングビルの声だった。
「おうおう。用事は済んだのかな?」
それまで重苦しかった雰囲気から一転して、のんびりとした空気が室内に流れる。
気分転換にロングビルの素晴らしい尻を揉むべく、オスマンは扉が開くのを待っていた。
が、扉が開く事はなく、代わりに届いたのは扉越しのまま報告をするロングビルの声だけだった。
「それが、ヴェストリの広場で決闘を始めたものがおりまして、大騒ぎとなっております。
  途中止めに入ろうとした教師もいたのですが、生徒達に邪魔されているとの事。
  教師陣からの伝達と報告が先だと思いまして、私用を一時中断して参りました。」
話の内容に肩を落としながら、オスマンは露骨に嫌な顔をして続きを促した。
もっとも、その顔はロングビルに向けたのではなく、広場の教師達に向けたものなのだが。
「生徒もろくに抑えられんとは……で、その中心となって暴れとる馬鹿な貴族は誰と誰じゃ」


「一人はギーシュ・ド・グラモンです」
「ああ、あのグラモンの息子か。ならどうせ女絡みじゃろうて。
  親子揃ってこういった話題には事欠かんのぉ。で、相手は誰じゃ」
「それが……相手はミス・ヴァリエールの使い魔のようです」
「何じゃとッ!」
数分前に問題となっていた人物の名が挙がり、強い口調で驚きの文句をあげる。
隣に居たコルベールも、何か思案するような顔で顎に手をやっていた。
「教師達は、決闘を止めるべく『眠りの鐘』の使用許可を求めていますが」
「いらん。子供の喧嘩に秘宝を使う馬鹿が何処におる。放っておく様に伝えなさい」
状況を把握したオスマンは、興味が無いと言った装いのまま伝達を頼む。
返事をして去っていったロングビルの足音が完全になくなったのを確認すると、
オスマンはコルベールに視線を送り壁にかかった鏡に意識を向ける。
鏡の中では、今まさに青銅の像に向かって歩き出そうとする荒垣の姿がそこにあった。
二人は荒垣の一挙一動に細心の注意を払って観察を続ける。
が、鏡に映った数分間のやりとりを見て複雑な表情を浮かべた。
事実だけを言えば、決闘は誰も怪我を負う事無く終わりを迎えた。
だが、その過程が余りに異常であったため、答えを認めるのをよしとしない。
「見ましたかオールド・オスマン。彼を攻撃したゴーレムが逆に破壊されたのを」
「うむ」
「私が見た限りでは、彼が何か特別な事をした様には見えなかったのですが」
「うむ」
「あのギーシュとてメイジの端くれ。彼がもし普通の平民であればこんな結果はありえない。
  私の予想では、あのゴーレムを破壊した力は『ガンダールヴ』の能力の一つなのでは無いかと!」
「うむむ……」
ひたすら唸り続けるオスマンとは対照的に、コルベールは興奮気味に拳を握る。
何度も学園長室を往復したコルベールは、ある事を思い出す。
「王室に報告しましょうオールド・オスマン! 指示を仰いで、それで――」
「落ち着かんか」
子供のように興奮し続けるコルベールを抑えると、顎のヒゲを摩りながら椅子に座る。
「王室には報告せんよ」
「何故ですか!?」
「君が思っている通り、『ガンダールヴ』とはただの使い魔では無い。その理由は分かるかね」
コルベールは頷く。『ガンダールヴ』の姿形は伝承されていないが、
その性能は主人の長い詠唱時間を守るために特化した存在と言うのは何度も調べた事だ。
しかも、その力は千人もの軍隊を一人で壊滅できるほどの力で、並みのメイジを寄せ付けないと。
「その理由が分かるなら、何故王室に報告をしないかと言う理由も分かるじゃろ」
言葉の真意に気付いたコルベールは、苦々しい表情でオスマンの言わんとする事を理解した。
もしこれが事実だとしたならば、王室の姿勢は大きく動く。
「上からものを見ておる連中は戦ごっこが大好きだからの。そんな奴らには格好の餌じゃよ」
「申し訳ありません。少々興奮しすぎました」
「それに、まだ『ガンダールヴ』と決まったわけではない。
  よって、この件は全て私が預かる。お主は引き続き『ガンダールヴ』について調査しなさい」
「わ、分かりました! それでは、失礼します」
「うむ。くれぐれも他言無用でのぉ」
本を抱えて去っていくコルベールを背中で見送りながら、誰に言うでもなくオスマンは呟いた。
「しっかし、本当に『ガンダールヴ』だとしたら大変じゃの」
そのまま普段通り手を伸ばした所で、ロングビルの尻が戻って来てない事を思い出し、寂しく泣いた。



    ▽    ▽    ▽



未だに騒がしい広場から離れた荒垣は、誰も居ない場所まで辿り着くと腰を下ろした。
周囲に居た生徒達は、すぐに目を覚ましたギーシュによる女性陣への謝罪に注目し始めたため、
荒垣がいつのまにか居なくなっていた事には殆どが気付いていなかった。
石の壁に背中を預けると、腹部を押さえながら大きく呼吸を吐いた。
「ちっ、痛いもんは痛いか」
上着の中を覗くと、肌は一部紫色に腫れていたり、酷い所は赤黒い丸になっている。
呼吸をするのは苦しいが、骨が折れているような痛みは無い。
太腿に触れてみると、面白いように痙攣している。
こちらは歩くのは支障ないが、激しい運動は難しそうだ。
帽子を被り直し、腕を地面に垂らして呼吸だけに専念する。
(呼べなくても、カストールの力は残ってるって事か)
召喚器が無いため呼ぶことは出来ないが、恩恵だけは受けられるようだ。
腹部や足にあった痛みだが、時間が経つにつれその痛みが徐々に薄まっていく。
すぐに完治というわけにもいかないが、何も無いよりはマシである。
と、陽の光が差していた荒垣の全身を、突如影が覆う。
誰か来たのかと目を見開いてみると、昨日ルイズを背負って一番最初に出会ったロングビルが立っていた。
「足音はしなかったはずなんだがな」
「『フライ』の魔法で来ましたので」
あからさまに不機嫌な声をする荒垣とは対照的に、ロングビルは愉しそうな笑みを浮かべる。
「これで昨日の仕返しが出来ましたわ。しかも同じ場所で」
それを聞いて、荒垣は昨日のロングビルを思い出す。
声を掛けた時、彼女は自分の接近に驚いていた。それを根に持っていたのだろうか。
「趣味が悪ぃなアンタ」
「ふふふ」
見上げて苦虫を潰した表情を浮かべる荒垣。
それを無視したまま、ロングビルは太陽を背に受けながら愉快そうに口を開く。
「まさか、手を出さずに勝つとは思いませんでした」
「……見てやがったのか」
「ええ。あんな面白い見世物はなかなかお目に掛かれませんから」
「ちっ」
聞こえるように舌打ちすると、荒垣は素早く立ち上がった。
そして、服に付いた汚れを落とすと、ロングビルに背を向けながら歩き出す。
「あら、ごめんなさい。言葉が過ぎましたね」
すました顔で謝罪をするが、荒垣は足を止める事無く前に進んでいく。


肩を竦めながら、その数歩後ろを付かず離れずで歩くロングビル。
しばらく歩いてようやく、荒垣は足を止めた。
「何の用だ」
「先程申し上げたとおり、ここでは興味深い出来事などそうはありません。
  だから、その興味深い事を成し遂げてくださったミスタ・アラガキにと思いましてね」
袖から小さな瓶を取り出すと、荒垣の隣まで近寄り手に握らせる。
「なんだ?」
「秘薬です。名前の通りよく効きますよ」
「……何が狙いだ」
あからさまに不審な表情を浮かべる荒垣。握らされた瓶に視線を落とすと、
次には差し出されたロングビルの手と顔を睨みつけた。
だが、その睨みを受け流しつつ、ロングビルは不敵な笑みを浮かべる。
「ただの好奇心ですよ。ミスタ・アラガキが、どうやってゴーレムを破壊したのかと」
互いの視線が交錯する。
時間としては数秒にも満たないが、お互い長い時間睨み合う感覚に陥る。
先に折れたのは、頬の肉一つ動かさない荒垣に溜息を付いたロングビルだった。
「どうやらこれ以上お聞きするのは難しそうですね。ここは引き下がります」
「そうしてくれ」
「では、今回はこれだけお渡しして失礼しますわ」
荒垣に瓶をしっかり握らせると、昨日と同じようにまたも来た道を戻っていく。
手元に残された瓶を持て余していた荒垣は、ふと言葉を漏らしてしまう。
「自然に治るだがな」
その言葉に一瞬だけ目を光らせつつも、次の瞬間には普段通りの顔に戻るロングビル。
「それでは失礼しますわミスタ・アラガキ」
「そのミスタってのはいらん。次からは荒垣だけにしてくれや」
「……分かりました」
最後にそう交わすと、二人は背中を向け合いながら別々の場所へと去っていった。



    ▽    ▽    ▽




ルイズは、去っていった荒垣を追えずにその場で座り込んでいた。
ギーシュの必死な謝罪も耳に入らないくらい、呆然としている。
その視線だけが荒垣を捉え、必死に追いかけ続けていた。
が、周囲が騒がなるにつれ、荒垣の背中もどんどん遠くなっていく。
声を掛けようにも、周囲がうるさ過ぎて相手まで言葉が届かない。
(シンジ……そう呼べって言ったわよね)
思えば、彼がルイズの名前を読んだのもこれが初めてだった。
自分の使い魔をやらないと突っ撥ねた平民。
睨むと怖いが、する事はキチンとこなす平民。
これだけならば、世話係の様なものだと納得できたかもしれない。
だが、今回の事でその考えは大きく覆った。
メイジにも一歩も引かずに勝利した平民。しかも、戦わずして。
隣でモンモランシーに謝罪するギーシュを尻目に、ルイズはワルキューレに視線をやった。
(あれ?)
そこで違和感に気付く。
荒垣を殴っていたワルキューレが、歪んで破壊されているのを。
周囲は既に気付いていたが、荒垣だけに意識が向いていたルイズは今初めてそれに気付いた。
もう催し物は終わったと引き上げていく生徒達の中、ルイズはギーシュに声を掛ける。
「ねえギーシュ。アンタのあれ、どうなったの?」
声を掛けられたギーシュがルイズの指先を追っていくと、そこには壊れかけたワルキューレが鎮座していた。
「それが、僕にも良く分からなくてね……僕こそ理由を聞きたいよ」
どこかおどけた表情だったが、最後まで言い終わると真剣な表情へと戻っていた。
「ルイズ。彼は本当にただの平民なのかい?」
「そう、本人から聞いてるわ」
「そうか……」
何か考えるようにして腕を組むギーシュだったが、隣にいたモンモランシーが不機嫌な顔をしているのに気付かない。
忍び寄せた指をギーシュの頬に当てると、それを力の限り捻りあげた。
「いががががががががッ! うぉ、うぉんうぉうぁんひー!」
「まだ話は終わっていないのよギーシュ。こっちに来なさい」
頬を捻られたギーシュも、モンモランシーと共に広場から去っていく。
最後までその場に残っていたのは、誰も居なくなった広場を見つめるルイズだけだった。



    ▽    ▽    ▽



決闘が終わり、休める場所を探していた荒垣は、いつの間にか厨房に連れ去られていた。
夕食の準備が終わったばかりなのか、厨房の中は香ばしい匂いで一杯である。
その隅にある椅子に荒垣を座らせると、マルトーはテーブルに料理を並べだした。
「見てたぜ兄ちゃん! 凄かったなぁ!」
荒垣を褒めつつ、次々と料理を並べていく。
他の使用人らしき人物達も、その様子を満面の笑みで見届けている。
唯一笑っていないのは、反対側の隅に座るシエスタだけだ。
「さあ食え! 遠慮はいらねぇぞ!」
マルトーの言葉に、シエスタ以外の全員が大きく頷く。
「……悪いが、頭から説明してくれや」
渋い表情を浮かべながら、荒垣は視線だけをマルトーに送った。
だが、その態度に嫌な顔をせず、テーブルの反対側に座ると腕を組んで笑った。
「悪い悪い。実は、兄ちゃんが貴族を降参させるのを直接見てな。
  いやー! あの時の光景を思い出すだけで、胸がスカッとするぜ!」
酒でも飲んでいるのかと言うぐらいに、マルトーのテンションは高まっている。
その巨体が笑うと、振動でテーブルの上の料理が揺れるほどに。
「だから、その貴族を降参させた兄ちゃんに礼がしたくてよ!」
「この料理、これから貴族に出すものなんです!」
「あんな奴らに食わせるより、貴方に食べてもらったほうが!」
マルトーの横に居た料理人達が、途切れる事無く言葉を続ける。
言っても聞かないと判断した荒垣だったが、最後の抵抗をと言葉を投げる。
「別に、お前らのためにやった事じゃねぇぞ」
「それでもだよ兄ちゃん! 理由なんざ関係ねぇ!
  俺達は礼がしたいのさ! 進むべき道を記してくれた『我らの道標』にな!」
「……」
頭痛が酷くなっていく荒垣だったが、純粋な好意である以上、下手に断れない。
何か意味不明な単語も聞こえてきたが、悪意があるわけではないのだろう。
第一、せっかく温まっている料理を冷ましてしまうのは、礼儀に反するのだ。
覚悟を決めた荒垣は、置いてあったスプーンを手に取り料理へと伸ばす。
「ありがたく頂く」
その言葉を聞いた途端、周囲はワッと盛り上がった。
注目されるのは好ましくないが、それでもお釣がくるくらい料理がうまい。
マルトー達も、荒垣がこういう性格だと言うのを理解したのか、
話を流されても、構う事無く喋り続けていた。
そんな荒垣を遠くから見ていたのは、ずっと暗いか顔をしていたシエスタだった。
周りの仲間が楽しそうにしている中、輪から外れてただそれを眺めている。
そうなった原因は、昼間の決闘前の事にあった。


(私が、アラガキさんにお手伝いを頼まなければ)
あの時、ただ単純に荒垣自身に興味を抱いたシエスタは、自分と同じ配膳の手伝いを頼んだ。
そうすれば、仕事の合間で彼と話が出来るかもしれないと考えたからだ。
一見すると無愛想に見えるが、仕事は丁寧にこなす。
昨日の件もあってか、マルトーも了解を出してくれた。
予想通り無愛想ながらも、荒垣は丁寧に作業を続けていく。
そんな背中を見ながら、いつ話しかけようかと思っていた所に事件が起きた。
流れるように進んでいく展開に付いていけず、シエスタは逃げる事を勧めた。
だが、荒垣はそんな言葉に耳を傾ける事無く広場へと足を運んだ。
結果を知る事が怖くなったシエスタは、それ以上何も言えず逃げ出してしまった。
その心の中に出来た罪悪感が、俯いている原因である。
そんな事に気付く事無く、マルトーは豪快に笑いながら質問を続けていた。
「しっかし、兄ちゃんは頑丈だな! どうやって鍛えたんだ?」
「……特に何かした覚えは無いな」
「聞いたかお前ら! さすが『我らの道標』だ! これぞ俺の好敵手ッ!
  言いかお前ら! 本当に耐える事を知っている漢は、その凄さを決して誇らない!」
「「「その凄さを決して誇らない!」」」
「いい漢は黙って道を作る!」
「「「いい男! いい男!」」」
テンションがあがっていく仲間を他所に、シエスタは一人寂しそうにしていた。
(大丈夫って言っても、あれだけ殴られて……)
少なくとも、裏方に回ってもらっていればこんな事は回避できたかもしれない。
そう思うたびに、シエスタの気持ちはどんどんと暗くなっていく。
こんな事になってしまった謝罪をしようと思うが、どうしても身体が動かない。
「世話になった」
「おう! 食事が必要になったらいつでも言ってくれ!」
そうこうしている内に、食事が終わってしまった。
覚悟を決めて立ち上がり、去っていく荒垣に声を掛けようとするが、見送るマルトーに遮られてしまう。
勇気の足りない自分に嘆きながら、出て行った向こうを寂しそうに見つめる。
「ああ、何も言えなかった……」
「きゅるきゅる」
いつの間にか隣に居たフレイムが、元気を出せと言いたげに小さく鳴いた。



    ▽    ▽    ▽




洗濯物を回収しルイズの部屋に届けにきたものの、部屋の主は留守であった。
鍵が閉まっているのを見ると、どこかに出掛けたのかもしれない。
そう考えた荒垣は、洗濯物を扉の前に置くと階段へと足を向けた。
が、踏み出そうとした足が何かに引っかかる。
「きゅるきゅる」
進行を妨げたのは、燃える尻尾が特徴的なフレイムだった。
フレイムは荒垣に顔を擦り付けると、こちらに来てくれという素振りを見せる。
多少強引なその仕草に困惑しつつも、素直に言う事を聞く。
フレイムに連れて行かれた先は、隣にあるキュルケの部屋。
そこまで密着していたフレイムは、するすると荒垣から離れて部屋へと入っていく。
(入れって事か)
部屋の主でなくフレイムが呼びに来たと言う事は、何かあったのかもしれない。
そう考えた荒垣は、細心の注意を払いながら部屋へと足を運ぶ。
部屋の中は暗くなっており、フレイムの尻尾だけがゆらゆらと揺れていた。
香を焚いているのか、鼻に入る匂いに思わず顔を顰める。
「扉を閉めて下さるかしら?」
暗闇の奥、ベットの方から声が聞こえた。
確かに夜は冷える。わざわざ開けておく必要も無いので、荒垣は扉をそっと閉めた。
「何の用だ」
「用件の前に、もっとこっちへ来て下さる?」
聞こえてくる吐息はやや荒い。
荒垣が声のした方に近付くと同時に、指を弾くような音が部屋に鳴り響く。
すると、部屋に飾られていたロウソクが、次々に光を灯していった。
部屋を巡るように点灯していくろうそくの終着点は、キュルケの隣らしい。
暗闇から現れたキュルケの姿は、年頃の男ならば間違いなく劣情を抱くような姿。
その豊満な肉体を包んでいるそれも、やり場に困るベビードールのような下着だ。
艶かしく足を交差させながら、キュルケは待ちきれないといった表情で荒垣を見つめる。
「で、一体何のようだ」
そんな姿に目もくれず、荒垣は早くしろと言いたげな目をキュルケに送った。
が、何を勘違いしたのか、その視線を浴びてキュルケは身体を震わせ悶える。
「貴方はあたしをはしたない女だと思われるでしょうね。
  でも、この熱い想いを抑えることなんて誰が出来るかしら? いえ、出来ないわ!」
荒垣を下から覗き込むようにしながら、キュルケは再び身をよじる。
「だって、あたしの二つ名は『微熱』ですもの! そしてこの熱い感情は――」
全てを言い終わる前に、キュルケは荒垣によってベットへと寝かせられてしまう。
「あ、あら?」
予想よりも速い展開に驚いたものの、向こうがその気ならこちらも遠慮はいらない。
その身体に抱きつこうと手を伸ばすが、それより先に荒垣の手がキュルケの額に当てられる。
「確かに、少し熱っぽいな」
「え?」
そして何事もなかったかのようにキュルケに毛布を被せると、淡々とした様子で言葉を吐いた。
「寝るときに着ている服は何処にしまっている」
「ぇと、そ、そこよ」
思わず答えてしまったキュルケをよそに、荒垣は衣装棚からタオルと衣類を取り出すと、
寝ていたキュルケを支えながら上半身だけを起した。
「喉が痛いとか鼻水が出るとかはないか?」
「だ、大丈夫……じゃなくて、私はッ」
キュルケに上着だけ被せると、言葉を聞く事無く再びベットへ押し戻す。
そんな時、誰かが外から窓を叩いた。


「キュルケ……待ち合わせにこな――」
「うるせぇぞ! 病人の部屋の前で喚くな!」
「ひぃ!」
「丁度いい、手が空いてるなら氷を袋に入れて持って来い!」
「は、はいィィ!」
現れた男は、窓を開けた途端浴びせられた怒声に臆してしまい去っていってしまう。
「キュルケ! そのおと――」
「がたがたうるせぇだろう! 夜中だろうが!」
「ひぇあ!」
「お前はさっさと保険医をつれて来い!」
「り、了解しましたッ!」
二人目の男も、怒る前に怒鳴られてしまい萎縮して去っていく。
ちなみに二人とも顔も声も違うが、荒垣からしてみれば同じようにしか見えなかった。
「ったく、てめぇも風邪なら風邪と隣に言えばいいだろうが」
悪態をつきながらも、タオルでキュルケの首や背中の汗を拭いていく。
誤解を訂正しなければならないが、その行為にはまんざらでもない様子のキュルケ。
そこに、何も知らない男子生徒三人が顔を覗かせる。
「「「キュ――」」」
「病人の部屋だって言っただろうが! 失せろバカ野郎どもッ!」
「「「ご、ごめんなさいぃぃ!!」」」
三人の悲鳴と同時に、今度は扉のほうが勢いよく開く。
そこには、肩を震わせ怒りの表情を浮かべるルイズの姿があった。
「あ、あああ、あああああアンタ! 何やってんのよ!」
「病人のいる部屋で大声出すんじゃねぇ!」
「びょ、病人? 誰が?」
怒鳴ったら怒鳴り返されたため、思わず逃げ出しそうになる。
だが、含まれていた単語が気になったため逃げるのはやめにした。
「え? キュルケ?」
ベットに座る荒垣の横に、恍惚とした表情を浮かべるキュルケの顔があった。
何かあったのかと荒垣のほうも確認するが、着衣が乱れた様子はない。
そもそも、呆れた表情以外は普段と全く変化は見られなかった。
「一応聞くけど、何やってたの?」
「そいつに呼ばれたんだが、どうやら主人が風邪なのを知らせたかったらしいな」
ルイズが荒垣の視線を辿ると、明後日の方へ視線を向けているフレイムがそこにいた。
「お前の部屋の前に居たから、本来はお前を呼ぶはずだったんだろう」
「え!?」
キュルケに視線を送るが、違う違うと言わんばかりに首を振る。
「で、こんな時間までテメェは何をやってたんだ」
急に飛んできた質問に、ルイズは思い出したように荒垣に近付く。
「わわ、私は、しししし……シンジを探してたのよッ!」
「夜中に騒ぐなバカ野郎が!」
一番煩いのは実は荒垣の様な気がするが、そんな事は口に出せない。
「探してた理由はお前の部屋で聞く。ここに居たらこいつも寝れないだろう」
「あ、まっ――」
「次からはもっと厚着して寝ろ。それと、小まめに水分をとるようにな」
すがろうとするキュルケを無視して、荒垣はベットから立ち上がる。
そして、未だ不満げな表情のルイズの襟を掴むと外へ出て行った。
静かになった部屋で、キュルケは拳を握り締める。
「ふふ、ふふふ……確かに私は病気になったわ……」
ベットから立ち上がり、ルイズの部屋のほうの壁を撫でる。
「その病気は、貴方という恋の病よ!」


部屋に戻ったルイズは、キュルケの部屋に居た荒垣にお仕置きをと考えていたのだが、
当の本人は至って真剣な表情でキュルケの世話をしていた事を思い出し踏みとどまる。
「で、俺を探してた理由はなんだ」
扉に寄りかかりながら、荒垣は先程の続きを促す。
胸にもやもやを抱えたまま、ルイズは聞こうと思っていた事を言葉にする。
先に昼間の決闘の事を聞くべきか悩んだが、それよりもやる事があるので後回しにする。
その用件が通れば、これからいくらでも話が出来るのだから。
「だ、だから、その、し、シンジは、その……」
「……」
何度も頭の中で組み立てた会話なのに、上手く噛み合わない。
顔を真っ赤にしながら、ルイズは思わず叫んでしまった。
「昨日は何処で寝たのよ!」
「静かにしろ。寝てたのは外にある小屋でだ……確か、竜みたいなのがいたな」
「ええ!? あの小屋って……だ、だって、あそこ壁が無いわよ?」
「みてぇだな」
てっきり誰かの部屋で寝てたのかと思っていたのだが、予想外の解答で戸惑う。
「あぅ。あ、だから、その、あぇと」
「それだけなら俺は行くぞ」
「寝なさい!」
「あ?」
主語が抜けた言葉の真意が分からず、荒垣は普通に聞き返す。
「だからその、寒いから、外、その、わ、私の部屋……私の部屋で寝なさい!」
「……」
「そこに、予備の毛布があるわ! 壁もしっかりしてるし! ゆ、床だけど」
「……」
「わ、分かったら返事する!」
捲し立てるルイズと毛布を交互に見ながら、荒垣は肩を落とす。
理由は不明だが、寝床を提供すると言うなら悪い事ではない。
小屋からこの部屋まで来ることの手間を考えると、かなり仕事が楽になる。
「分かった。ここで寝る」
そう呟くと、荒垣は扉へと手を掛けた。
「ちょっと、どこに行くのよ?」
「最初に貰った毛布を小屋に置いてきた。そいつを取りに行く」
(それに、一日だけとは言え世話になった礼もしておかねぇとな……)
要件だけ告げると、荒垣は扉の外へと抜けていってしまった。
「全く……相変わらず言う事聞かない奴ね!」
わざとらしく大きな声で文句を言いつつも、拒絶されなかった事に安堵するルイズであった。

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