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『虚無と金剛石~ゼロとダイアモンド~』-3(前編)


その参.懐古 (前編)

 夜が明けきるほんの少し前の時間帯。春先とは言え、この時間は、まだいくぶん肌寒い。とくに、学院の裏手にあるこのような林の中に来ればなおさらだ。
 それでも、彼女は歩みを止めず、林の中にあるやや開けた場所まで来ていた。
 年齢の頃は、16、7歳といったところか。この辺りではやや珍しい黒髪を肩くらいで切り揃えた、穏和でやさしそうな顔だちの少女だった。
 黒を基調としたワンピースと白いエプロンを着用しているところから見て、おそらくは学院のメイドのひとりであろう。
 手に緑色の布で包まれた何か棒状のものを持っているが、木の実でも落としに来たのだろうか? この辺りの木々で春先に実をつけるものはないようだが……。

 土で踏み固められた、広場と言うには少々小さい空間の中央まで来ると、少女は布をほどいて中にしまわれていた棒状のものを取り出した。
 それは、樫の木でできた杖だった――いや、もし知識のある者が見れば、それは”木刀”と呼ばれる、練習用の”武器”であることが分かっただろう。
 少女は、両手で木刀を握り、正眼と呼ばれる構えから素振りを始めた。
 10回、20回、30回……。やがて、その回数が100回を数えるころ、今度は足裏を地面から離さない、専門用語で”すり足”と呼ばれる歩法を使って、前後、左右に動きながら、木刀を縦横無尽に振るい始めた。
 左右の袈裟斬りから、斬り上げ、唐竹割り、胴薙ぎ、神速の連続突き……一連の動作には淀みがなく優美で、少しでも心得がある者が見たなら、感嘆の溜め息を漏らしただろう。
 そうやって十分に身体をほぐしたのち、少女は再び木刀を正眼に構え、呼吸を整えた。
 そのまま、3メイルほど先にある背の高い雑草の葉先を見つめる。
 静かに、しかし大きく息を吸い込んで肺の中に溜める。
 頭の中から雑念を追い出し、剣先に意識を集中する。

 ひゅっ!

 鋭い呼吸音とともに、少女が木刀をそれまで以上の速度で振り下ろした。
 そして次の瞬間。

 ――ハラリ………。

 決して木刀が触れてはいないはずなのに、雑草の一番上の葉が両断されて、風に舞っていたのだ。

「お見事!」パチパチパチ……。

「えっ、誰!?」

 背後から聞こえてきた拍手と賞賛の声に、少女は慌てて振り向いた。
 小広場の縁に生えた樹の影から、少女の見慣れぬ若い男性が姿を見せる。

「いや、驚かせたのならすまない。私は、アラビク。昨日からこのトリステイン魔法学院で世話になっている者だ」

 青年―アラビクが素直に謝罪するのを見て、少女は慌てて腰を折った。

「い、いえ、私こそ不躾な態度をとってしまい申し訳ありません。私は、この学院に奉公させていただいております、メイドのシエスタと申します」

 と、そこで、ハッと何かに気づいたかのように、口元を両手で押さえる。

「も、もしかして、アラビク様は……昨日、ミス・ヴァリエールが召喚なされたという、遠い異国の王子様なのでしょうか?」

 (王子様、か……)

 確かに、客観的に見れば彼は王位継承権第一位のリルガミン王家の嫡子であり、従って、そう呼ばれて然るべきなのだろうが……どうも違和感がある呼び方だ。
 王宮で暮らしたのは10歳までで、反乱を逃れてからは地辺境の旧家で育った身だ。
 半年前に反乱軍を組織してからは、”殿下”と呼ばれる機会も増えたが、冒険者暮らしが長かったせいか、王子様と呼ばれるような上品な振る舞いは、どうにも苦手だ。
 無論、しかるべき場所(たとえば宮廷)に出れば、それ相応の言動が出来るよう、躾られてはいるが。

「……あのぅ?」

 つい、らちもない思索にふけってしまったようだ。アラビクは頭を振って答えた。

「ああ、すまない。確かに、その通りだ」

「し、失礼致しました! 恐れ多くも、王族の方に……」

 ほとんど土下座せんぱかりのシエスタの恐縮ぶりに、かえってアラビクのほうが慌てた。

「いやいや、いまの私は、国に戻ることもかなわない、言わば出奔同然の身。元王子と言ったほうがいいようなハンパな存在だ。そんなに畏まることはないさ」

「はあ、ですが高貴な身分の方に……」

「ああ、それより聞きたいんだけど、先程の剣術は、誰に習ったんだい?」

 途端に、一層深く頭を下げるシエスタ。

「も、申し訳ございません。平民の分際でお目汚しを……」

 どうやら、余計に萎縮させてしまったらしい。

「あ、いや、別に咎めているわけじゃないんだ」

 慌ててそう言ったアラビクだが、頭を下げたままの目の前のメイドの様子に、ふぅと小さく溜め息をついて、意識を切り替えた。

「――確かに、俺は一応リルガミン直系王族の男子だし、いわゆる"王子"と呼ばれる身分だったことも間違いないけど、別にそんなふうに過分に畏まる必要はないぜ」

 意識的に”一介の冒険者の戦士・アラン”だったころの口調で、シエスタに語りかける。

「え……!?」

 それが功を奏したのか、思わず、といった様子で顔を上げるシエスタ。

「なにせ、王宮で育ったのは右も左もわからない10歳のガキのころまで。
それ以降は、薄汚い簒奪者に国を追われて、王都から逃げ出し、貴族と言うより殆ど豪族といったほうがよさそうな辺境の小貴族の館に匿っててもらったんだしな」

 まだ、こちらでは誰にも詳しく明かしたことのない自身のかつての身の上を語る。

「で、15歳になる直前に一念発起して、魔術師である姉さんと一緒に修行の旅に出たわけだ。それから5年近くは、放浪の冒険者……と言えば聞こえはいいが、実際は隊商の護衛やモンスター退治、古代遺跡の探索、盗品の奪還まで引き受ける何でも屋稼業さ」

「はぁ……大変だったんですねぇ」

 やや粗雑な、しかし親しみやすい”アラン”の口調に警戒心を解かれたのか、シエスタのおびえたような雰囲気も、多少は緩和されているようだ。
 それを確認したうえで、改めて彼はシエスタに質問した。

「ま、それでだ。俺のその冒険者稼業時代の仲間に、あんたと似た剣術を使うヤツがいたから、ちょっと気になったってわけだ」

「えっと……そういうことでしたら。私のこの剣術は、お爺ちゃんに教えられたんです」

 彼が倒木に腰かけ、すぐ傍らをポンポンと手で叩くと、多少躊躇しながらもシエスタも頭をチョコンと下げて隣りに座った。

「そいつは、俺達のいた国では、たしか”居合”とか呼ばれている侍の奥義だよな」

「! ご存知なんですか?」

「さっき言ったとおり、仲間にウィードって侍がいたんだ。そいつが居合の使い手で、盲目の優男なんだけど、すごく強かったよ」

 この際、そのウィードがエルフであったことは黙っておくことにする。彼の世界では、エルフは確かに頭がよく多少孤高を好む傾向はあるものの、この世界のように人間と敵対していたわけではないのだが……。

「私はトリステインの辺境にあるタルブの村の出身なんですが、私の祖父母は元々村の人間ではなかったそうです。ある日、馬に乗ってフラリと現われ、そのまま村に住み着いたんだとか」

 シエスタが身の上話を始める。

「祖父はたいそう強い剣士で、祖母は博識で魔法を使えたことから、村人たちは、どこかの貴族のお嬢様とその護衛が駆け落ちして来たんでは、と噂したそうです。
 ただ、ふたりとも気さくで、働き者だったし、村が盗賊やモンスターに襲われたときに身に着けた技術を使って撃退してくれたことから、ほどなく村に溶け込むことができたそうです」

「そのお爺さんが”自分はサムライだ”とか言ってたとか?」

「はい、ふたりの間に生まれたひとり娘が私の母なんですけど、母にはサムライとなるだけの素養がなかったそうで、祖母から魔法を教わっていました。
 でも、何人かいる孫の中でも、唯一私にはサムライとなりうるだけの能力があったそうで……」

 買いかぶりだと思うんですけどね? と微笑って見せるシエスタ。

「――もしかして、”リルガミン”とか”トレボー城塞”と言う言葉に聞き覚えはないか?」

「!! 知ってます! お爺ちゃん達は、若い頃は”トレボーじょうさい”と言うところで修行していたんだって言ってました。そこで”ワードナー”って言うメイジや、”トレボー”って悪い王様と戦ったそうです」

(やっぱりそうか……)

 間違いない。シエスタの祖父母は、アラビクと同じ世界、それも極めて近い時代から来た冒険者なのだろう。トレボーが魔除け奪還のお布令を出してたのはアラビクたちが冒険に出る数年前のことなのだから。

「どうやらご同郷のようだな。まだおふたりはご存命かい?」

「はい、祖父はすでに70歳を越えているんですけど、いまだ村で敵う者がいないほどの腕利きです。祖母もまだまだ元気ですよ」

「そうか。機会があればぜひ会ってみたいな。紹介してもらえるか、シエスタ?」

「は、はい、勿論です!」

 と、そこまで話したあたりで、ふたりとも空がだいぶ明るくなってきたことに気づいた。

「おっと、すっかり話しこんだしまったみたいだね。すまない」

 貴族口調に戻るアラビク。

「い、いえ。私こそ、お耳汚しを……」

 再びシエスタが恐縮しようとするのを手で制する。

「あ~その~……なんだ。ふたりきりの時だけでもいいから、なるだけフランクに接してくれないか?
 さっきも言ったとおり、元々冒険者稼業が長かったんで、礼儀正しく振る舞うってのは疲れるんだ。あまり肩肘張らない話し相手がいてくれると助かるんだが……」

 アラビクとしては、言った通りの意味で、とくに他意はなかったのだが、シエスタの方はえらく感激したようだ。

「は、はいっ! 私なんかでよければ、ぜひお話し相手を務めさせていただきます!!」

 ……念の為に言っておくと、アラビクは王家の人間の常に漏れず、かなりの美形青年である。
 それでなくても、王族と言う非常に高い身分の男性が、自分を平民と侮ることなく真面目に対応してくれ、さらには「時々、話し相手になって欲しい」と言ってきたのだ。
 同年代の従姉からは「お堅い娘」と称されるシエスタだが、この年ごろの娘にありがちな恋愛に関する妄想癖もそれなりに持ち合わせている。多少は”そういう”夢を見ても致し方ないだろう。

「もしよければ学院長室に案内してもらえないか? 朝一番で顔を出して欲しいと言われてるんだ」

「はいっ、喜んで(はぁと)!」

 自分がメイド少女へのフラグを立てたことには全く気づかず、アラビクはなぜか上機嫌のシエスタに案内されて、オスマンの待つ学院長室へと向かうのだった。

 *  *  *

「なるほど、学院長殿のおっしゃることは、よく分かりました」

 学院長室で、こんな早朝から執務を行っていたオスマンに迎えられたアラビクは、そこで昨日オスマンがコルベールに提案した事項――アラビクに学院の講師をしてもらうと言う案を、彼自身から説明されていた。 

「正直、私としても無為徒食のまま、ここでお世話になることは、心苦しく思っていましたので、講師を引き受けることはやぶさかではありませんが……」

「おお、殿下の待遇に関しては、できるだけご希望に沿うように致しますぞ」

 と下手に出つつも、じつは結構戦々恐々としているオスマン。何せ相手は、王族・凄腕・異邦人という厄介事の集大成のような人物だ。聞いた限りでは、さほど無理を言うような性格ではなさそうだが……。

「では、みっつの質問とみっつのお願いが」

「何ですかな?」

「まずひとつ。トリステインにも王家が存在していてると聞きましたが、私の存在を王室もしくはそれに準じる所へ連絡されましたか?」

「いえ、まだです。王子のご意志を確認してから、と思いましたので」

 まぁ、厄介事は、なるだけ先延ばしにしたかった、と言うのが本音だが。

「ありがとうございます。それでは、ひとつ目のお願いです。すでに国に戻れないことでもありますし、私のことは”遠方の国から偶然召喚された貴族”とでもしておいてください。
 無論、あの召喚の場に居合わせた者は真実を知っているでしょうが、どの道我がリルガミンとここトリステインには交流がないのです。不必要に面倒な事態を起こす必要はないでしょう」

「それは、我々としても願ったり適ったりですが……よろしいのですか?」

 実際、他国の王族が一介の生徒(いかに公爵家の令嬢とはいえ)に召喚されたとあっては、宮廷に報告すれば、ひと騒動起こることは目に見えていた。

「ええ。ニルダ神じきじきに戻れないと宣言されているのです。この地に骨を埋める以上、王家の身分を主張しても意味はありません。
リルガミンの名前を出さないためにも、念のため、名前はアラン・ファールヴァルトと変えて名乗りましょう。今後は、そちらの名前でお願いします」

「よろしいでしょう。ところで、その偽名に、何か意味はあるのですかな?」

「アランは冒険者時代に名乗っていた名前です。偽名と言うよりは通称に近いですね。
ファールヴァルトの方は、辺境で潜伏していた頃に世話になった先生がいたのですが、彼の故郷がそういう地名でした。確か”森の彼方の国”と言う意味だったはずです」

「なるほどなるほど」

 青年の懐かしそうな顔を見て、「よい師であったのだろうな」とオスマンは想像する。
 いやしくも教職のはしくれにいるものとしては、できれば生徒たちに後年そういう表情で思い出してもらえるような指導をしていきたいものだ。
(オスマンの場合、セクハラを止めない限り、無理かもしれない)

「ふたつめの質問は、私が講師を引き受けたとして何を教えさせるおつもりですか?」

「その点についてはお任せします。ただ、学生たちとさほど変わらぬ歳ごろから激戦をくぐり抜けて来た貴方の経験と知恵を、できれば彼らに伝えてやってください」

 無言で視線がぶつかり合い、青年は老人が意図しているだろうことをおおよそ察した。

(やれやれ、スパルタなことだ)

 とは言え、「実戦こそ最良の教材」「習うより慣れろ」をモットーに自らを磨いてきたアラビク―いや、アランとしても、オスマンが目指す方向性は嫌いではない。

「そうですか……そういう事でしたら、協力できるでしょう。ただ、私の授業に関しては、必修ではなく選択講義という形で、生徒の側に受講するかどうか任せたいと思います。
私の身に着けた技術を教えるとしたら、こちらではある意味異端にほかなりませんから」

「ご賢察とご配慮、感謝致します。それで三つ目は何でしょう?」

「先にお願いからですが、この学院に奉職しているシエスタと言うメイドがいますが、彼女と頻繁に接触していても不自然でない名目が欲しいのですが……」

 つい先程まで謹厳実直に対応していたオールド・オスマンだが、アランのその言葉を聞いた途端、内心ニヤける。

(ほほぅ。王子様と言っても、やはり若い男か。それにしても意外に手が早いのぅ)

 一応言っておくが、完全にオスマンの誤解、”下衆の勘繰り”と言うヤツである。
 ただ、相手が相手だけに、そのあたりを敢えて指摘しない”大人の対応”をオスマンは選んだ。そのことが後の悲劇、いや喜劇を生むのだが……。

「確か食堂付きのメイドですな。では、彼女はアラビク…おっと、アラン殿の身の回りの世話をメインで行う係としておきましょう」

「ご過分なお心遣い、いたみ入ります。では、最後の質問ですが……私を召喚した女生徒は、いまどうしているのでしょうか?」

「………………は?」

 <後編に続く>


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