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牙狼~黄金の遣い魔 第5話(Dパート)

夜風が頬を撫でる。
うっすらと漂っていたもやは晴れて、今は蒼の月だけが夜空にかかっていた。
シエスタは今、だだっ広いバルコニーの隅に立っていた。
元々は野外舞踏会用に作られた設備であり、最上階部分を利用して作られたそこはほぼ、敷地面積の半分に匹敵する。
その真ん中を蠢く影がいる。
豪奢な衣装に身を包んだソレは、名をジュール・ド・モットと言った。
仲間の貴族連中に接するときは、緩慢な微笑を浮かべる面長な容貌は、今は憤怒に歪んでいる。
屋敷の中を出口を求めて彷徨っているうちに、偶然遭遇した彼女はここまで追い立てられてしまった。
どうやら、一連の騒動の原因をシエスタであると間違って認識したらしい。今も、そのことを彼女に問い詰めている最中だった。
「お前が、お前が来た傍からおかしくなった!妙な賊に襲われるわ、傭兵どもは逃げるわ、メイドどもは全員姿は消すわ……貴様、一体何者だ?何のためにこんなことをした?」
ソレに対して、シエスタは無言で首を左右に振るばかりである。貴族に対する恐怖が、完全に彼女から言葉を奪っていた。
だが、相手はそうとは取らなかったようである。顔を一層の憤怒に染めて、シエスタに詰め寄った。
「貴様!貴様が犯人だろうが!白ばっくれるな!」
そうして、何かを決意したようにモット伯は杖を掲げた。
「まあ良い!もういい!初物だからどうかと思ったが、貴様は今この場で命を奪ってやる。君子危うきに近寄らずというからな。不安材料は消すのが一番だ」
元になった故事の意味合いを完全に曲解したことを言って、モット伯は呪文を詠唱した。
「ウォータープレス!」
深海の水圧で相手を包み込む魔法である。この技をかけられた相手は、元の姿を留めぬまで一瞬で破壊されてしまう。文字通りシエスタは肉塊と化すはずであった。だが―。
「させません!」
炎の独楽が飛び、モット伯の作り出した水塊を弾き飛ばした。もうもうと立ち込める水蒸気の渦。その中を赤毛の人物が駆け抜け、シエスタの元に辿り着いた。
「大丈夫?なーんにもサレなかった?」
「ツェルプトー様!」
見覚えのあるトリステイン魔法学院の制服に身を包んだ美女が、激しく音を立てそうな勢いでウインクした。
「どうして、ここに?」
「やーね。助けに来たのよ。ヴァリエールやコウガも一緒よ。ねね?ほんとーにナンにもされなかった?指とか、先っちょとか、舌とか……入れられなかった?」
「ナンにもされてません!本当に、もうっ!」
なにやら目を輝かせながら尋ねるキュルケに、顔をまっ赤に染めてシエスタは反論した。
「あの、それでさっきはありがとうございます。間一髪のところ、助けていただいて」
妙な猥談を振ったのは、恐怖に怯えていた自分を正気を取り戻させるためだったとシエスタは後で気付いた。兎に角、気を取り直した彼女はキュルケに頭を下げた。先ほどのモット伯の水の魔法を打ち破ったのは、火のメイジであるキュルケだと思ったのだ。
それに対して、赤毛の美人は掌を振ってシエスタの言葉を否定した。
「あは!違うわよ。私はなーんにもしてない。シテくれたのは、彼女」
「え!?」
キュルケの指差した方向を見たシエスタは、驚きに声を失った。
「シャチー、さん?」
やっと、それだけを口にするとモット伯と対峙していたメイド姿の女性はにっこりと微笑んだ。
既に、先ほどの水の魔法と炎の魔法のぶつかり合いで生まれた水蒸気は消えつつあった。そのために、シャチーと呼ばれたヒトの異常は、シエスタにもはっきりと分かった。
「人間じゃあ、ない」
今や、シャチーはほぼ人間の姿を捨てていた。上体が裏返り、融合した少女たちの顔がしっかり浮彫になっている。後頭部と側頭部には融合したメイジの顔があった。左右反転した腕は肘の先から消えて、足元の渦からたくさんの腕の華が咲いていた。
「貴様は」
モット伯は「むう」と眼を細めた。
「私たちに、見覚えが「知っている」ないでしょ……知っているの?」
モット伯の意外な言葉に、シャチーは困惑をあらわにした。
「知っているとも、気づいているとも」
腕組をし、大仰にうなづくモット伯。
「そこの女」
そう言って、モット伯はシャチーの胸の、左の端の少女の顔を指さした。
「私の領土の出身だ。確か、結婚式の最中だったのを無理矢理連れていったのだったな。花婿や親族の絶望に染まった顔は、今でも覚えているとも。そして次」
そうして今度は、右上の少女の顔を指差し。
「お前は、トリスタニアの商家の娘だったはずだ。主人に恨みを持った乳母にここ迄連れられてきた。確か乳母は、五千エキューでお前を売ったはずだ。妻を亡くした父親は、ずい分お前を溺愛していたらしいな。破瓜の血でまみれたお前の衣装を屋敷に届けてやったら、次の日に首を吊ったそうだ」
その以外にも……。様々な、様々な犠牲者の事をモット伯は語り続けた。その顔は己の為した事に悦に入り、完全に陶酔し切っている。
その間じゅう、モット伯の話を聞いたシャチーの胸の辺りから嘆きの声が漏れ出ていた。
「最後にお前」
モット伯はシャチーの胸のレリーフの一番上に刻まれた幼女の顔を指視した。
「どこぞの村からかどわかされたのを、この私が買ってやったのだ。ありがたく思え。幼い割りに身体の発育だけは良かったな。この屋敷に来る他の者にも抱かせて、すぐ孕みおった。仕方がないので使い物にならなくなったお前を、有効利用させて貰った」
そして「クク」と喉を鳴らして哂って。
「お前の胎にいたのは、男と女の双子だった。男のほうはすぐ殺したが、女の方はゲイティ伯の子息が興味があるとかでなにやらやっていたな。最後に見ると、赤子の下腹に大きな穴が開いていたようだ」
そうしてモット伯は、シャチーの顔を嘲るように見つめた。
「下らん!下らんなあ!何かと思えば貴様ら、この私に恨みつらみがあるとかで彷徨い出てきたのか?もう一度殺してやろう!今度は塵一つ残らぬようにな!」
大きく杖をうち振るうと、モット伯の周囲に何条もの太い水の柱がのたうった。まるで巨大な蛇を何匹も従えるように、モット伯は水の柱の中にその身体を置く。
「我が二つ名は『波涛』!文字通り波の一打ちで木っ葉微塵にしてくれよう!」
「あああああああああああああああああああっっっ!」
恐怖からか、怒りからか、顔を蒼白に変えたシャチーが叫び声を上げながら風と炎を操った。足元の黒き渦がモット伯の元へ飛び、無数の女の腕で捕らえようと伸びる。
「馬鹿者がぁっ!その程度の力で!」
水の柱の一本がのたくり、迫り来る腕をなぎ倒した。さらにもう一本が炎の独楽を撃ち落し、もう一本が扇状に広がり風の刃を防ぐ。残り数本が鎌首をもたげ、はるか高みから大瀑布となってシャチーに降り注いだ。
水の圧力に負け、シャチーの身体が吹き飛んでゆく。
「それで、お終いか?」
再びモット伯の声がして、伏せていた顔を上げたキュルケとシエスタは息を呑んだ。
「シャチーさん!」
見れば、ぐったりとなったシャチーが水の柱に五体を束縛されて、宙吊りになっていた。
モット伯はその前までやってきて、皮肉そうに口を歪める。
「化け物にまで身を落として、手に入れた力がその程度か?とんだ見込み違いだな。下らん」
宙吊りにされたシャチーは、弱々しく目を開いた。
そして、目の前のモット伯ではなく、バルコニーの隅に抱き合う二人の少女に弱々しげに微笑みかける。
「逃げなさい」
「え?」
「逃げなさい……私は、“これ以上抑え切れない”から」
シャチーが、胸のレリーフの少女たちが小さくうめき声を上げる。同時に、周囲に禍々しい瘴気のようなものが噴き上がった。
「これって、まさか」
これまで、二度遭遇した事のある異様な雰囲気にキュルケは反応した。なにやら思い当たる事があるというように、しきりとうなづく。
「そう……そういうことだったのね」
「なんだ?何が起きるというのだ?」
突然起こったシャチーの変化に、戸惑いを隠せないモット伯。二人から逃れるように、キュルケはシエスタをバルコニーの出入り口方向へと誘導していった。
「どうして、逃げるんです?」
キュルケの行動の意味をはかりかねて、シエスタは疑問の声を上げた。
「シャチーさんを、助けないんですか?」
「あの女(ひと)は、私たちに逃げるよう言った……これはつまり、今からとんでもない事が起きるってことよ」
「でも!」
「気がつかなかった?あのシャチーってのが、全然ホラーらしくなかったって事。実際今まで、ほんとはホラーじゃあなかったのよ。何かで堪えていた。それが今、ヤバくなってきてるの!」
シャチー……おそらくそれは、モット伯の下で不幸になった少女達の意識の集合体なのだろう。そして、大勢の人間の魂が一つにまとまることで、本来ホラーに侵食されるべき心を守っていたのだ。
だが今、シャチーがモット伯に倒されたことで、意識の集合体が力を失ってしまった。そのため、再びホラーが身体の主導権を握ろうとしているのだ。
今、シャチーはホラー ラゴラへと変わろうとしていた。
石が砕けるような乾いた音と共に、シャチーのまっ白だった肌が乾き、黒く染まっていった。胸のレリーフの少女の顔が、見る見る風化して髑髏となる。癒合した二体のメイジの容貌が乾き、ミイラを思わせるソレへ変わった。
漆黒の渦から伸びた女性の腕が、灰色の節くれだった異形のものへと変化する。
その腕が、目の前の変化にとまどうモット伯を捉まえた。杖を奪い取り、そのままじりじりとシャチーの眼前まで引き寄せてゆく。
「馬鹿な!やめろ!」
ただ一つ残った、落ち着いた印象の美女の顔がニタリと笑う。次の瞬間、枯葉を砕くような音を立ててシャチーの顔から皮が剥がれていった。その下にあったのは、豚と髑髏を混ぜたような容貌である。顎がガクン!と外れ、人一人分がすっぽり収まる空間が姿を現した。
「うわああああっ!」
迫り来る巨大な顎(あぎと)に、モット伯は絶叫した。
キュルケ達が見ている前で、モット伯は頭から飲み込まれていった。顎が上下するたびに、噛み締める音が聞こえて、手足が小刻みに揺れる。
やがて、ホラーの口からはみ出した手足が力なく垂れた。もはやモット伯が生きていないことは明白である。残った下半身もほどなくしてラゴラの中に消えていった。
「あれは…」
これまで、何もなかったラゴラの右側頭部に新たなデスマスクが浮かび上がった。それはモット伯にとても良く似ていた。
ホラー ラゴラはゆっくりと辺りを見回した。そうして、逃げる途中だったシエスタとキュルケ、二人の少女を見つけ出した。
「やれやれ」
キュルケは額に脂汗をにじませながら呟いた。
「今度は水と風と火の三種混合魔法ってわけ?これはちょっとやばいわねえ」
三体のデスマスクが呪文を詠唱し始めた。空中を浮かぶ腕のうち、三本がメイジの杖を握っている。ゆっくりと杖が掲げられ、振り下ろされようとしたその時。
「あんた、何してるのよ!」
水と、雷撃と、未知の爆発魔法がラゴラを襲い、呪文の完成を妨げた。
『やれやれ。どうやら間に合ったようだな』
《ザルバ》の安堵の声と共に、鋼牙はキュルケたちとラゴラの間に立った。
『気をつけろ。鋼牙。ラゴラは“千手を持つモノ”だ。兎に角手数は多いぞ。それにどうやら、メイジを三人も取り込んでいるらしい。魔法を使われたらコトだ』
「分かっている。狙うのは、本体だけだ」
魔戒剣を鞘から抜き、鋼牙はホラー目がけて身構えた。左腕を突き出し、刀身を《ザルバ》をはめた中指に添って滑らせる。夜の空にかすかな金属音が響き、それが途切れるや否や魔戒騎士はホラーに討って出た。

鋼牙とホラーの戦いを、五人の少女は見守っていた。
その内の一人、シエスタはラゴラをみつめ、ブツブツと呟いている。
「……やっぱり……真実を……もう一度ホラーを拒めば……きっかけ……」
やがて顔を上げた彼女は、傍らに立つキュルケの袖を引いた。
「ん?あによ?ちょーどいいとこなのに」
「お願いがあるんです」
だが、シエスタは不満げなキュルケにかまう事無く、言葉を続けた。
「どうか私を、ある場所に連れて行ってください!あのヒトを―」
鋼牙と戦うホラー、正確にはその中に居るはずのシャチーを見つめてシエスタは言った。
「私は、あの人を助けたいんです!」

ラゴラとの戦いは、対ホラーと言うよりもむしろ対メイジ戦の様相を呈していた。
それはラゴラが融合補食した、三人のメイジの力によるものだった。騎士による対メイジ戦の実体は、相手に攻撃の隙を与えず、いかに素早く自分の攻撃を叩き込むのかに終始している。だが、この場合相手をするメイジの数が実質三人である事が、戦うことを困難にしていた。
「はっ!」
気合と共に、鋼牙は振りかぶった剣を車輪の如く回転しながら連続して叩き付けた。
魔戒騎士に向かっていった腕の群が弾かれ、次々と地面に叩き落されていった。回転は連続して続き、ホラーへと迫ってゆく。
二回、三回、四回。
もはやホラーの姿は目前だ。軸足に力を込め、一気に距離を詰めようと鋼牙は跳躍した。
「エア・ハンマー」
圧縮された空気の塊による横なぎの一閃。
ホラーの眼前まで近づいた鋼牙の身体は吹き飛ばされた。バルコニーの端まで転がり、欄干の部分をへし折りながらようやく停止する。
ようやく身を起こした鋼牙は、今起きた現象をいぶかしんだ。
「呪文の詠唱が早過ぎる。どういうことだ?」
少なくとも今の攻撃は、通常の魔法攻撃では間に合わないくらいの速攻だったはずだ。ましてエア・ハンマーの呪文ならば、三分の一程度唱え終えてようやくと言った状態だろう。これでは、まるで呪文詠唱の時間が三分の一になったような印象だった。
『なるほど、そういうことか』
左中指の《ザルバ》が納得した、と顎を鳴らした。
『その通りだ鋼牙。奴は三つの頭に呪文を三つに分けて詠唱させているんだ。これならば詠唱時間は三分の一で済む』
「ならばこちらも、通常の三倍の速度で攻撃を仕掛ければ良いのか?」
『まあ、理論上はな。だが、厳しいぞ』
再びホラーと向き合う鋼牙。確かに三つの顔がそれぞれ口を動かしている。長い呪文の詠唱も、これならば短い時間で済むだろう。しかも自由に飛びまわる腕が、容易に鋼牙を近づけさせない。
「あれは?」
ラゴラを取り巻くように浮いている腕のうち、三本が他と異なる動きを見せていた。まるで呪文の詠唱に同調するかのように、掲げ持った杖の先が上下に揺れている。
それを見て、鋼牙にもう一つの考えが浮かんだ。
「ならば腕だ。杖を持った腕を叩き落す」
『なるほど、その方がマシだろうな』
魔戒剣を構え、鋼牙は狙いを定めた。遣い手の精神の高ぶりに伴い、左掌のルーンが輝きを増してゆく。不規則な軌道を描くラゴラの腕が、ほんの一瞬だけ至近距離に並ぶ時を待ち構えて。
「今だ!」
感覚疾走!
一陣の風となって鋼牙はバルコニーの端から端まで駆け抜けた。
通常の人間の認識では把握できない時の流れに、今の鋼牙は存在した。
ルーンを発動させた彼には、全てのものが停止して見える。
実際の時間が停止したわけではない。鋼牙の神経の伝達速度が異常に高速化し、認識そのものが加速しているのだ。
肉体そのものの強化ではないが、加速化した神経が筋肉を通常限界を超えて駆使するため、相対的に全体が加速することになる。むしろ、自分自身の動きさえ今の鋼牙にはもどかしいくらい遅く感じられるのだが。
浮遊する腕を掻い潜り、目指す目標は三つ。
「一!」
まず、ラゴラの右斜め前方にある、杖を持った腕の一つを叩き落す。
「二!」
切り下げたきっ先を跳ね上げ、逆袈裟に斬り飛ばす。
「三!」
最後に残る一本の杖を持つ腕に飛び掛ったところで、相手の呪文が完成した。
「ライトニング・クラウド」
青白い電光が走り、空中の鋼牙を捕らえる。眩い輝きが魔戒騎士を包み込み、吹き飛ばした。金気臭いオゾン臭が立ち込め、砕けた石畳が辺りに舞い散る。
「く!」
守護の力を持つコートのおかげだろうか?どうやら、全身黒焦げの状態は免れたらしい。だが、身体全体がほぼ麻痺している。疾走した神経自体のダメージも大きいのだろう。もはや、立っているのもやっとの状態だった。
『ヤバイな。どうやら魔法の行使そのものは、杖一本で足りるらしい』
見れば、ラゴラは再度呪文の詠唱を始めていた。杖一本では、三人同時の呪文詠唱はできないらしく、ずい分と時間がかかっている。どうやら水系統の魔法らしく、ホラーの周囲に次第に巨大な水球ができつつあった。
.だが、一旦できた水球をラゴラはぶつける事無く、再度呪文を唱え始めた。やがて、その成果が水球の隣に産まれる。
『炎か?』
水と炎、二つの巨大な塊をラゴラは頭上に掲げ、鋼牙の方を向いた。
「奴め、水蒸気爆発を狙うつもりか」
相手の意図を察し、何とか動こうとする鋼牙。その背後に、水と炎、二つのボールが迫る。その、次の瞬間!
「アタシの鋼牙(遣い魔)に、ナニしようとしてるのよ!」
元気の良い声が弾け、同時に桃色の髪の少女が鋼牙と水球の間に立った。少女はためらう事無く二つの球体の間を杖で指し示し、「フライ!」の呪文を唱える。
水と炎、二つの球体の間で純粋なエネルギーが弾けた。二つの球体はぶつかる事無く、あらぬ方向へ向かう。水球は魔戒騎士の方へ、炎球はホラーの方へ一直線へ飛んでいった。。
「ルイズ!方向を考えろ!」
『まさに大洪水並みだな』
「うわっ!ちょっとタンマ!なんでこーなるのよっ!」
結果、鋼牙とルイズは弾けた水球から生まれた大量の水に押し流されてしまった。
そのままバルコニーの外へと放り出され、二人ははるか下方へと落ちてゆく。
「うっきゃああああっ!」
ルイズは、なにやらすっ頓狂な叫び声を上げて落ちていった。
ぐんぐんと地面が迫ってくる。
鋼牙は建物の壁を蹴ると、ルイズの方へ己を加速させた。掌を伸ばし、自分の腕の中に少女を抱きかかえる。自らがクッションとなることで、ルイズへの落下のダメージを減らそうとしたのだ。だが―。
「レピテーション」
淡々と呪文が響き、鋼牙の落下速度は急に遅くなった。
相対的な落下速度がほぼゼロの状態で、二人は地表に降り立った。
目の前には、自分より大きな杖を掲げた少女が居る。助けて貰ったことに対し、鋼牙は素直に感謝の意を伝えた。
「すまない」
「当然の事。仲間、だから」
蒼髪の少女 タバサは照れ隠しをするようにそっぽを向いた。そして「ついてきて欲しい」と、鋼牙の先に立って歩き始めた。
一方。
ホラー ラゴラは、炎球の炎をもろに浴びて吹き飛ばされた。壁を突き破り、屋内にめり込む。バルコニーを中心として、建物自体にも大きく陥没が生じ、全体が傾いていった。石造りの建造物全体にひびが走り、次々に倒壊してゆく。
建物の中にめり込んだホラーは、ようやく身を起こした。
周囲には瓦礫の山のみが残っている。幾多の悲劇を生んだモット伯の邸宅は、一晩のうちに廃墟と化したのだ。
瓦礫をエア・ハンマーとアイシクル・ウインドの魔法で跳ね除けると、ラゴラはかってモット伯の別邸だった跡から這い出た。魔戒騎士の姿を探し、周囲を見回す。
と、森の入り口付近に立っている人影に気がついた。
その特徴的な赤毛の少女は、ホラーに向かって思い切り舌を出して中指を突き上げた。
正確なジェスチャーに意味は分からなかったが、自分が挑発されていることを感じ取り、ホラーは森のほうへと向かう。
キュルケもまた、ニヤリと笑いながら森の奥へと分け入っていった。
どれだけ奥へ入ったのか。
やがて、ホラー ラゴラの前に空き地が広がった。
広大な森の中心を、切り開いて造られた更地だ。
その中に足を踏み入れた瞬間、ラゴラの身体を怖気のようなものが走った。
そんなことがあるはずがなかった。恐怖と憎悪の塊である自分自身が、恐れを感じるものなどこの世界にあるはずがない。
だが、確実に自分の身体には変調が訪れていた。
そのことが確実になったのは、目の前に一人の少女が立っているのを認識してからだ。
その、奇妙に露出度の高いメイド服をまとった少女は、腕に泥まみれの何かを抱えていた。
ゆっくりと、少女は顔を上げる。
黒髪の、清楚な少女だった。
シエスタは自分が汚れるのもかまわず、腕に抱えたものをホラーの前に差し出しながら、足を踏み出した。
なぜだ?なぜ、自分はこんなにも恐れているのだ?
ラゴラは自分が感じる、初めての感情にいつの間にか後退していた。
やがて、シエスタが口が開いた。
「シャチー、さん」
その名前を呼ばれた瞬間、さらにラゴラの身体が震える。
やめろ!自分をその名前で呼ぶな!
黒い渦が生まれ、その中から伸びた腕が少女を襲った。だが白いコート姿の魔戒騎士がその前に立ち、腕を全てなぎ払って少女の身を守った。
魔戒騎士の姿が下がり、再び少女が一歩脚を踏み出す。
「シャチーさん、この子の事、覚えていますか?」
シエスタが腕に抱いているのは、幼い少女の亡骸だった。
土にまみれ、泥に汚れ、血と腐臭を漂わせ始めていても、まだ幼い容貌ははっきりと見て分かる。
「あなたの中に、居るヒトです」
シエスタが、また一歩進み出た。ホラーは二歩下がった。
「あなたの中で、悲しいって泣いた子です」
シエスタが、二歩足を踏み出した。ホラーは一歩だけ下がった。
「あなたの胸の中で、ようやく安らぎを得た子です」
シエスタが、三歩足を踏み出した。今度はホラーは後退しなかった。
ただ、ただ嘆き悲しむように己の頭を抱え、天の月に向かって遠吠えした。
朗々と、どこまでも澄んだ月の光を浴びて啼く遠吠えは、いつしか嫋々(じょうじょう)たる女の嘆く声と変わり、それに連れてホラーの姿も変わっていった。
己の頭部に張り付く、三面のメイジを剥ぎ取り。
月の光を浴びて、たおやかな女性の姿を取り戻す。
胸の、浮彫になった少女達の面が涙の雫に濡れ、小さく、低く嗚咽していた。
少女の遺骸を抱き締めて、シエスタは悲しそうに、ただ悲しそうにもとの姿を取り戻したシャチーを見つめた。
全ての少女の不幸を飲み込んだ、紫髪の女はシエスタの腕の中を覗き込み、ひっそりと笑う。
そうして、彼女は口を開いた。
「お願い、します」
それは、幾つもの意味を含んだ懇願。
「はい」
それは、幾つもの意味を含んだ答え。
それに安心したように、シャチーは目を閉じ、魔戒騎士に向かって両腕を広げた。
シエスタの傍らに立った、鋼牙がうなづいて一歩前へ進み出る。
光の輪を描き、黄金の鎧を召喚し、まといて振るう剣はただ一太刀。
虚空の闇を引き裂いて、駆け抜けた剣の軌跡の中に。
穏やかな笑みを浮かべた少女『たち』は光の粉となって消えた。
光に包まれた意識の中、少女は笑っていた。
いつの間にか故郷に帰っていた。
両親が居て、祖父母が健在で、村の人々もみんな笑って自分を出迎えてくれている。
長い間の奉公を終えて帰ってきた彼女を、迎えに来てくれたのだ。
今年の村の収穫は豊作の様で、畑には金色の小麦がゆさゆさ揺れている。
遠くの山々は青く、蒼くけぶり懐かしい香りで彼女を包んでくれた。
ふと、前を見ると村人に押し出されるようにして少年が進み出てきた。
自分が奉公へ出たときより、ほんの少しだけ大人びた少年は、頬を紅く染めながら彼女の名を呼んだ。
自分も少年の名を呼ぼうとした。
思い切り抱きついて、その胸の中に顔を埋めようとした。
その、少年の名前は。

「結局、あのシャチーってヒトは実在しなかったのよねえ」
蒼き月に飲み込まれる光の粉を見送りながら、キュルケは呟いた。
「それはどういうこと?誰かが、ホラーがあの女のヒトを仮の身体として作り出したということかしら?」
モンモランシーが首を傾げながら推論を述べた。
「なら、まず最初にどの少女にホラーが取り憑いてたのかしら?」
『ひょっとしたら、シャチーって子ができたこと自体は、ホラーとは関係ないかもしれないな。シャチーが生まれて、それにラゴラが憑いたのかもしれない』
「えーと、それはつまり幽霊にホラーが取り憑いたってことかしら?《ザルバ》あんたも幽霊って信じてるのね?」
ルイズの口から『幽霊』の言葉が出るたび、タバサの身体がビクリと震えるが誰も気がついていない。
『まあ、いずれにせよホラーは倒して一件落着だ。結果論だがシエスタも帰ってきたし、いいんじゃあないか?』
再び、少女の亡骸を土に返そうとしているシエスタの肩に鋼牙は掌を置いた。
「最後の約束を果すよう、俺も力を貸そう」
まずは帰って、その後オスマンに掛け合い、場合によっては王宮を動かして犠牲者の亡骸を葬り直す。これがシエスタがシャチーに約束した事の一つである。
そして、もう一つ―。
「ま…mAっTくRぇ」
鋼牙たちの背後に、くぐもった声が響く。
振り返れば、一抱えほどの肉塊が三つ。泥土の上を蠢いている。
良く見ればそれは、三人のメイジの顔をしていた。
「TあスKェて」
「Iたィ、イTi、痛I」
「O前tち、わsらWo助」
シャチーが鋼牙に斬られる寸前、自ら切り離した三人のメイジの成れの果てである。
「そー言えば、まだ残ってたわね」
「これも『約束』の一つよねえ」
「天罰」
「待ちなさい!特大の爆発をお見舞いして上げるわ」
キュルケが耐熱金属のリボンを掲げ、モンモランシーが水のドリルをまとう。タバサが身の丈より大きな杖を構え、ルイズが長い呪文を詠唱し始めた。
「俺たち魔戒騎士が斬るのは、ホラーだけだ」
肉塊に向かい、歩み寄りながら鋼牙は魔戒剣を抜き放った。
「そしてここに居るのは、人間じゃあない」
肉塊たちの面に、恐怖と絶望の色が浮かぶ。
それを見下ろし、鋼牙は冷徹に告げた。
「もはやお前たちは、陰我にまみれた醜い獣……ホラーだ」

石造りの塀の間を、鋼牙は歩いていた。
「こちらで間違いなのか?」
『ああ、この方向から気配を感じる。間違いないだろう』
時折、左中指の《ザルバ》に確かめつつ、何処かヘ赴こうとしていた。
既にモット伯別邸の事件から、一週間余りが経っている。
出処不明の通報により、王宮から調査のための近衛師団が派遣されて数日。
邸宅の跡地からは横領や禁制の薬物の取引などの証拠が次々発見された。
それと同時に背後の森の中から、大量の人骨や遺体が発見されてそれも調査に加えられている。そちらの方は今更身元を調べる事は不可能に近く、しばらくして共同墓地に葬られるらしい。ただし比較的最近殺されたらしい幼女の遺体が一体。こちらの方は調査目的で固定化の魔法がかけられ、程なくして身元が判明した。ラ・ロシェール近郊のとある村から誘拐されたらしい。
シエスタは学院に戻ったが―今更元の部署に戻るわけにもいかず―ルイズが一つの提案をした。
「自分の遣い魔が役に立たないからね。身の回りの世話をしてくれる人が必要になったわけよ。プラス遣い魔本人の世話も必要。という事でシエスタ、あなたにはアタシ付きのメイドになってもらうわよ」
元々公爵位の三女の立場である。学院の中でも召使を持つことは可能だった。だが、それをあえて用いない事がルイズの矜持だったし、意地でもあったわけだ。
しかしながら今は状況が変化してきている。ルイズの隣室には鋼牙が居り、その管理も必要だと考えた。ましてやキュルケ、モンモランシー、タバサ等難しい面々が隣近所に引っ越してきたのだ。そういうのをまとめて面倒する人間が必要となったわけだ。
シエスタ本人はその提案を喜んで受け入れた。鋼牙の部屋に清掃に入るとき、少し不穏な気がするが大丈夫だろう。うん、きっと―。
そうして、全てが一段落ついたこの日。鋼牙はトリステイン魔法学院の一画に来ていた。
周りは三方が塀に覆われ、完全な一方通行の道筋である。
『鋼牙。ここだ。ここに間違いない』
《ザルバ》がとある壁の一角を鋼牙に示した。
鋼牙は周囲を見回し、誰も居ない事を確認すると、壁の面に腕をついてそのまま前進した。
鋼牙以外には見えない、漆黒の空間が口を開ける。
「なるほどな」
鋼牙はうなづき、闇の中に足を踏み出した。
はるか後方の塀の角から、鋼牙のその様子を探る四人の影が居た。
彼女たちは、鋼牙が何もないはずの塀の中に姿を消したのを見て、大騒ぎを始めた。
「嘘!ダーリン消えちゃったわよ!?」
「超常現象」
「単純に、隠し扉とかじゃないの?まあ、コウガだったらなんでもありな気がするけど」
口々に言い合うキュルケ、タバサ、モンモランシーを見て、だがルイズは訝しげに首を傾げた。
「みんな、何を言ってるの?出入り口がちゃんとあるじゃない。鋼牙はあの中に入っていったんでしょう?」
「え、えーと」
素で真面目そうなルイズの言葉を聞いて、キュルケが額に汗を浮かべた。
ルイズの額に手を当て、自分の体温と比べて。
「大丈夫。熱はないわね」
「あによ!馬鹿にしてるの?ツェルプストー」
「いや、本当に見えてるの?私たちには何にも見えないんだけど」
睨み合う二人の間に立ち、モンモランシーがとりなそうとする。そんな三人にため息を付きながら、タバサが告げた。
「黒の指令書と同じ」
「え?」
「ああ、あの時もルイズだけ読めたのよねえ」
「つまり、ルイズには鋼牙に関する事が分かる能力があると?遣い魔と主のリンクみたいなものかしら?」
無理矢理そのように納得し、モンモランシーはルイズのほうを見た。
「ルイズ・ヴァリエール?」
「なに?」
「貴女には、あの壁に開いた穴が見えてるわけだ」
「ええ!アタシだけ!にねー」
自分だけには見える、そのことを強調するルイズの肩に両腕を置き、実にいい笑顔でモンモランシーは告げた。
「じゃあ、案内はお願いね」

見通せぬ闇に四方を包まれた空間に、鋼牙は立っていた。
目の前には、裁判官の席のような高い壇が設けられており、白い衣をまとった人物が着いていた。
「まさか、貴様が番犬所の神官だったとはな」
「その話は後にしよう。今は剣の浄化が先じゃ」
その人物は、鋼牙に身振りで指し示した。
指差した方向には、狼の頭部を模した彫像がある。
「分かった」
鋼牙はうなづき、取り出した魔戒剣のきっ先を狼の彫像の口部に差し込んだ。
白い霧が渦巻き、鋼牙が魔戒剣を引き抜いた瞬間、彫像の口から何かが飛び出した。
それは、三振りの剣だった。
宙に浮いたそれを、いつの間に現われた白い執事服姿の美童が慎重に取り上げる。
まっ白な手袋が摘み上げたそれを、白衣の老人は眼を細めて見入った。
細い、S字を描くような曲がりくねった刀身の短剣。
「魔界の伝令“シャックス”」
環状の周囲に針のような尖った刃が、二十三本並んだもの。
「破滅の累乗“グレンデルの託卵”」
まっ直ぐな刀身から、さらに団扇の骨のように刃が放射状に伸びた形。
「千手を持つもの“ラゴラ”」
それらを柔らかな布が敷き詰められたケースに収めて、白き美童は退出していった。
「ご苦労だった。魔戒騎士 サエジマ・コウガ。これからもよろしく頼んだぞ」
「待て!」
一方的に話を終わらせようとした老人に対し、鋼牙は激しい口調で問い詰めた。
「まだ、何の説明もされていないぞ!どういうことだ?この世界には、ホラーがいないはずじゃあなかったのか?なぜ、お前が神官をしている!?」
「ふん……どうしても、知りたいか?サエジマ・コウガ」
「当たり前だ!」
「良いだろう。それほど望むならば……」
老人が語ろうとしたその時、闇の彼方から声が聞こえてきた。
「なんだ?」
『この声は……お嬢ちゃんたちじゃあないのか?』
「まさか、普通の人間があの入り口を見つけるはずがない」
そうこうしている内に声が近づき、やがて鋼牙の前に四人の少女が姿を現した。
「窓に!窓に!じゃあなくってなんか見えた~」
「……名状しがたい何かを味わったぜ……」
「キュウ」
「なに?何騒いでるよ?三人とも。アタシには何にも見えなかったけど」
ルイズに手を引かれるように、キュルケ、モンモランシー・タバサの三人娘がいささかグロッキーな様子で入ってきた。
こちらへ来る途中、何かが見えたらしく著しくSAN値が低下した状態だ。タバサなど完全に意識を喪っていた。平気なのはルイズくらいである。
「あ!鋼牙。そこにいたのね。説明しなさい!ご主人様に対して、秘密を持つなんて大変いけないことよ!」
へたり込む三人娘を置き去りにし、ルイズは鋼牙の方へと駆け寄っていった。
そうして、鋼牙の傍まで来て始めて、その場に自分以外の第三者が居る事に気付いた。
「え?どうして、こんなところに……」
最初、その人物がどうして『ここ』に居るのか、彼女は理解できなかった。
白髪美髯、一体何歳なのか分からないほど齢をけみした権威あるその姿。
常日頃、学長室で見慣れたはずのその人物の名は……。
「オールド・オスマン!」
「異界の魔戒騎士 サエジマ・コウガよ。そして、未来の魔戒法師たちよ」
トリステイン魔法学院 学長 オールド・オスマンは二人を迎えるように大きく腕を広げた。
「我が名はオールド・オスマン。ハルケギニア最後の『番犬所』神官である」
                               第5話 虜囚 終了
例え明日が 終わっても
君はくじけず 前を見続ける
悲しみはいつか消せるはず
僕はかならず 君を守りぬくよ
たとえ全てをなくしても もう一度
きみの微笑みを 見るその日まで
僕が愛を伝えてゆく
~予告~
ザルバ『聖剣、魔剣、神剣。この世には名刀と呼ばれるものがごまんとある。だがとどのつまり、やることはただ一つだ。人を斬り命を絶つ。そう思うと、我らが魔戒騎士の剣はその正反対だってことが分かる。魔を斬り、魔を断ち、人の魂を救う!それが魔戒騎士の剣だ!次回『封剣』。鋼牙……新たなる力で、闇を断ち切れ!』

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