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宵闇の使い魔 第拾参話

"王子様"から手紙を受け取り、さっさととんずらかと思えば――
まただ。また雲行きが怪しい。
髭野郎め、此処にきて本性を出してきたか?
しゃあない、働くしかねえ―――俺も律儀になったもんだ。


宵闇の使い魔
第拾参話:悲嘆のルイズ


「これが姫から頂いた手紙だ。このとおり、確かに返却したぞ」

ウェールズはそう言ってルイズに手紙を手渡した。
その手紙は何度も、何度も読み返されたのだろう。ボロボロになっている。
見事な装飾が施された鍵付きの小箱に大切にしまわれていた事からも、ウェールズがその手紙をどれだけ大切にしていたかが伝わってくる。

「確かに、お預かりいたします―――」

ルイズはその中に書かれているであろう内容を想像しては、悲しげに目を伏せて受け取った。


空賊の頭がウェールズであると判明した後、アルビオン王立空軍最後の艦艇である《イーグル号》は、雲中を潜行して浮遊大陸の下部から秘密の港へとたどり着いた。
虎蔵達が乗ってきたフネ《マリー・ガラント号》の積荷である硫黄を見ては、栄光ある敗戦を行えると喜ぶアルビオン軍人達。
ルイズは彼らに複雑な視線を向けながらも、ウェールズの居室へと案内されたのだった。


「明日の朝、非戦闘員を乗せて《イーグル号》が出る。君達はそれに乗って、トリステインへと帰りたまえ」
「あの、殿下―――先ほど、栄光ある敗北とおっしゃっていましたが、王軍に勝ち目は無いのでしょうか」

手紙が入っていた小箱を机の中へと戻しながら言うウェールズに、ルイズが躊躇うように声を掛ける。
ウェールズは彼女へと視線を向けると、至極あっさりと「無いよ」と答えた。

「我が軍は三百。敵軍は五万。万に一つも勝ち目は無く、我らに出来るのは、勇敢な死に様を奴らに見せることだけだ」

―――そりゃ、絶望的だな―――
虎蔵は右手を口元に持っていき、流石にルイズに葉巻を奪われた事を思い出した。
手持ち無沙汰にぷらぷらと右手を揺らす。
負け戦などというレベルではない。
まともに戦えばただの虐殺だろう。
そして彼らはゲリラ戦などという手は取らないのだ。
貴族は矜持を食べて生きている。

「その中には、殿下の討ち死になさる様も―――含まれるのですね」
「当然だ。私は真っ先に死ぬつもりだよ」

ウェールズの言葉を聞くと、ルイズは深々と頭をたれて、ウェールズに一礼してから口を開いた。

「殿下、失礼をお許しください。恐れながら、申し上げたいことがございます」
「なんなりと、申してみよ」
「この、ただいまお預かりした手紙の内容、これは―――」

ルイズの言わんとしていることは、虎蔵にも理解できた。
政略結婚の障害になりえるということや姫様からの手紙を読んだ時のウェールズの表情、そして何より、手紙が入れられていた小箱の内蓋の――アンリエッタの肖像。
虎蔵も木石漢ではない。
ただ、それを口にしようとは思わないが。

ルイズは悲しげな表情でそれらを指摘する。
年若い彼女には、彼らはただただ悲劇の主人公に写っているのだろう。

「やはり、姫様と、ウェールズ皇太子殿下は―――」
「恋仲であった、と言いたいのかな?」
「そう想像いたしました。そして、この手紙の内容も―――」

ルイズはウェールズから受け取った手紙に視線を落とす。
ウェールズはそれを見ると、優しげに、しかし何処か困ったように笑った。

「恋文だよ。きみの想像通りだ。この恋文がゲルマニアの皇帝に渡っては、不味いことになる。
 なにせ、彼女は始祖ブリミルの名において、永久の愛を誓っているのだからね。
 そして、その結果トリステインが辿るであろう運命は―――言うまでも無いだろう」

ルイズは深く頷いた。
始祖に誓う愛は、婚姻の際の誓いである。
ということは、この手紙が白日の下に晒されたならば、アンリエッタは重婚の罪を犯すことになる。

「―――とにかく、姫様は、殿下と恋仲であらせられたのですね?」
「昔の話だよ―――そう、昔の話だ」

ウェールズは静かに、諦観を含んだ笑みを浮かべる。
しかし、ルイズは熱っぽい口調でウェールズに詰め寄る。

「殿下、亡命なされませ!トリステインへ亡命なされませ!」

ワルドがすっと歩み出て彼女の方に手を置く。
だが彼女は納まらずに、更にウェールズに詰め寄る。
だが、ウェールズは静かに笑って首を振った。

「それは出来んよ。彼女もそれは望んではいない」
「しかしッ!」
「ラ・ヴァリエール嬢。君は優しい子だな―――」

ウェールズは笑みを湛えたままルイズに近寄ると、そっと彼女の頭を撫でる。

「だが私は王族だ。王族として、最後まで守らねばならないものがある」
「―――名誉、ですか?」
「それもある。だが、私だけの物ではない。
 敗戦の決まった国に残り、命を掛けてくれる全ての将兵のだ。
 それに、我々の敵である貴族派の連中――《レコン・キスタ》は、ハルケギニアを統一しようとしている。
 《聖地》を取り戻すという、理想を掲げてな」

仄かに匂う宗教臭に、虎蔵は肩を竦める。
もっとも、恐らくは出汁にしている程度なのだろうが。
良くあることだ。

「理想を掲げるのは良い。
 しかし、あやつらはそのために流される民草の血の事など、荒れる国土の事など考えてはいない。
 我々は此処で散る運命であろうが、せめて勇気と名誉の片鱗は見せ付けねばならぬ。
 ハルケギニアの王家は弱敵ではないと示し、残る他の王家に望みを託さねばならぬ。
 そしてその為には、私一人が個人の幸福の為に投げ出し、逃げ出す訳には行かない。
 それは彼女も分かっている筈だ。この任務を君に託した時の彼女を思い出してごらん―――」

ゆっくりと諭すウェールズに、ルイズはもはや何も言えずに俯くしかない。

「そろそろ、パーティの時間だ。君達は、我らが王国が迎える最後の客だ。是非とも出席してくれたまえ」

彼はルイズの頭からそっと手を離して、そう言った。
ルイズは小さく頷くと、か細い声で礼を告げて足早に出て行く。

「殿下に話がある。先に行っててくれたまえ」

虎蔵が追いかけんのか?といった視線をワルドに向けるのだが、彼はそう言って部屋に留まる。
虎蔵は一瞬だけ鋭い視線を向けるが、一言「あいよ」と告げて部屋を出て行くのだった。



パーティーは城のホールで行われた。
簡易の王座に年老いたジェームズ一世が腰掛けて集まった貴族や臣下を目を細めて見守るなか、彼らは最後のパーティを存分に楽しんでいる。
しかし、ルイズはこの場の空気に耐え切れなかったのだろう。
パーティが始まり、暫くすると逃げるように出て行った。
今度はワルドが追いかけて行ったため、虎蔵は一人、壁際で静かにワイングラスを傾けている。

「やぁ。こんな隅で、何をしているんだい」
「ん?あぁ―――場違いだと思ってね」

そんな虎蔵に、座の真ん中で歓談していたウェールズが近寄ってきては、声を掛けてきた。

「今更そんな事を気にするような無粋な者は、こんな国に残っては居ないさ。存分に楽しんで欲しい」
「なに、たっぷりと飲ませてもらってる」
「それは重畳。しかし、人が使い魔とは珍しい。トリステインは変わった国だな」
「良く分からんが、トリステインでも前代未聞らしいぜ」

虎蔵の口調を気にするでもなく、気さくに話しかけて来るウェールズに虎蔵が軽く肩を竦めて見せると、ウェールズは「やはりそうか。彼女が特殊なのだろうね」と楽しげに笑った。
しかし虎蔵は、ふと、ワルドが彼の居室に残ったことを思い出して、彼に問いかける。

「そういや、さっきは男二人で何の話だったんだ?」
「ん、聞かされていないのかい?彼とラ・ヴァリエール嬢の婚姻の媒酌を頼まれたのだよ」
「ほぉ―――こんな時にか」
「是非とも頼みたいと言われてね。私としても、最後に前途ある若者たちの祝福が出来るならば、とね」

ふむ、と考え込む虎蔵。
此処にきて、急にアンリエッタの懸念が杞憂ではなくなってきた気配を感じる。
ウェールズは彼女が護衛にと付けたワルドを疑ってなどいない様ではあるが―――

「なぁ、王子様よ。この辺りの結婚式ってのは、親も呼ばずにやるものなのか?」
「―――いや、余程の事情でもない限り、両親を呼ばないということは―――」
「こう言っちゃなんだが、あんたに媒酌人を頼むってのは、"余程の事情"には思えんのだがね」

そう。
ウェールズがハルケギニアに名を轟かす高名な司祭という訳でもない。
ましてやルイズは公爵家の息女である。
それが親も呼ばずに結婚式を行うというのは、普通では考えられない筈である。

「それは――そうだな。確かに、よくよく考えれば、腑に落ちない」
「だろ?んでな、ちょいと聞いて欲しいんだが―――」

虎蔵は、辺りの人間がこちらの声を聞いていないのを確認すると、静かに話し始めた。
アンリエッタがワルドを完全に信用している訳ではないという事。
ワルドが《レコン・キスタ》であった場合、新郎と媒酌人の近さで不意打ちをされれば命は無いという事。
帰る手段の有無を出汁に、自分は《イーグル号》に乗るように言われるであろう事。

「しかし、彼が私の命を狙っているとしたら、先ほど私の部屋で事を成すのではないか?」
「俺がドアの外に居たのに気づいてたんだろ。後は、手紙とあんたの命、両方貰ってくつもり――とかな」

ウェールズはそれを聞くと、「なるほど――」と深刻そうに頷いた。
明日、最後の一戦の準備で忙しいアルビオン貴族は、誰一人として式には参列しないであろうから、ルイズの持つ手紙とウェールズの命を同時に狙うには絶好のチャンスだ。
勿論、虎蔵の予想が全て正しければ、という事になるが。

「ではやはり、適当な理由をつけて断るべきか―――」
「いんや、それよりも、だ―――死ぬ前に、愛した女の"身中の虫"を探ってみるってのも、一興じゃないか?」

虎蔵の予想が当たるにせよ外れるにせよ、悪い結果にならないように手を打とうするウェールズに、虎蔵はニヤリと人の悪い笑みを見せた。



虎蔵は、一人真っ暗な廊下を歩いている。
あの後ウェールズと別れた虎蔵は、ワルドに声を掛けられて結婚式のことを告げられた。
グリフォンには二人しか乗れないので、先に《イーグル号》で帰るように勧められた事も含めて、予想通りである。
余計な警戒をさせるつもりも無かったので、素直に頷いておいた。
勿論、嘘だが。

「細工は流々、後は仕掛けをなんとやら―――と?」

あてがわれた寝室に近づいたところで、彼は窓を開けて月を眺めるルイズを見かけた。
月を見て、一人涙ぐんでいる。
色々と整理がつかないのだろう。
虎蔵はやれやれと肩を竦めると、面倒そうに彼女に近づいた。

「どした」
「ッ!?――なんでも、ないわよ―――」

ルイズは虎蔵に気づくと、目頭をごしごしとぬぐった。
だが、そのかいもなく、再び涙がこぼれる。ぽろぽろと。
虎蔵が近づくと、彼女は力が抜けたかのように彼の身体にもたれかかった。

虎蔵は何も言わない。
拒絶もしない。
ただ、胸――というよりもわき腹の辺りを貸しているだけだ。

「慰めてはくれないのね――」
「柄じゃないね」

ぼそりと不満を漏らすルイズに、虎蔵は肩を竦める。

「ただまぁ、お前の言いたい事は分からんでもない。何も死ぬこたぁあるまい、ってな」
「―――うん」
「だが、そいつは俺の――平民の考えだ。貴族は違うんだろ?」
「―――そうね」

虎蔵に言葉に、ルイズは抱きついたまま、ただ頷く。
彼のジャケットを握る小さな手に、きゅっと力が篭った。

「けど、納得できないの。納得できないのよ。
 どうして死を選ぶの?王族の義務や名誉って、愛する人よりも大事なの?」
「しらんがな―――俺はただの使い魔だぜ」

虎蔵はぷらぷらと片手をふる。
本当に手持ち無沙汰だ。
こういうややこしい話の時は、煙草が必要だと思う。

「姫様もそう―――なんでかしら。王子様のことが好きなはずなのに――」
「王子様が言ってたとおり、覚悟を決めてるんじゃねえの?
 だいたい、生き延びても結婚は出来んのだろ?」」
「だけど死ぬよりは―――ねぇ、トラゾウ。貴方からも何か言ってあげてよ。 貴方、私より色々と経験が豊富なんでしょう?だったら―――」
「お断りだ。そいつは使い魔の仕事じゃあるまい」
「ッ!!」

虎蔵の言葉にルイズがビクッと肩を竦めた。
彼女は顔を伏せたまま、震える声を搾り出す。

「いつも――いつもそれね。仕事、仕事。そうよね、貴方が私と居るのは使い魔の契約があるからだものね」
「何を言ってんだ、お前は―――」

唯でさえ死というものを直視せざるを得ない状況に情緒不安定になっていたルイズの感情が爆発した。
色々なことが頭に浮かんでは、心を乱す。

「―――私、ワルドと結婚するわ」

「さよけ」
「彼は優しいもの。慰めてくれるもの。貴方とは違うもの!」

もはや虎蔵の言葉など聞いては居ない。
泣きながらも、キッと虎蔵をにらみつけて来る。
マチルダの――フーケのゴーレムに追い詰められた時と似た表情だ。ベクトルはだいぶ違うが。
彼女にして見れば不本意だろうが、虎蔵にはなぜかその表情が、彼女らしいと感じてしまった。

「あんたなんか嫌いッ!だいっきらいッ!何処にでも行っちゃえばいいのよ!」

ルイズはぽろぽろと涙を流しながら一方的に怒鳴ると、廊下を駆け出していった。
残された虎蔵ははぁっと深いため息をつき、窓から覗く月を見上げては―――

「だから苦手なんだって。子供は―――」

そうぼやくのだった。



翌朝、ルイズは始祖ブリミルの像が置かれた礼拝堂に立っていた。
目の前には皇太子の礼装に身を包んだウェールズ。
隣には魔法衛士隊の格好をしたワルド。
自分はといえば、いつもの黒いマントを純白に変え、頭にはアルビオン王家かせ借り受けた新婦の冠を載せている。
何処からどう見ても結婚式である。

なぜこんな事態になっているのだろうか。
ルイズはぼーっとしてよく働かない頭で考える。


今朝はやく、いきなりワルドに起こされ、此処までつれてこられた。
戸惑いはしたが、昨夜の事が頭に残っていて考えるのが億劫になっていたためか、深く考えずにここまでやってきた。
死を覚悟した王子たちと、昨日自分が言ってしまった言葉が、ルイズを激しく落ち込ませていたのだ。
そんなルイズに、ワルドが「今から結婚式をするんだ」と告げて、今のような格好にさせられてしまった。


式が始まったのか、ウェールズの声が聞こえる。
だが、どこか遠くで鳴り響く鐘のように、心もとない響きだ。
ワルドが重々しく頷いて、杖を握った左手を胸の前に置いた。
ウェールズは次に、ルイズの方を向いて何かを言っている。
よく聞こえない。
心に、頭に、靄が掛かっているようだ。
だが――

「――汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛しそして夫として―――」

ウェールズの読み上げる詔だけは聞こえた。
それを聞いて、パッと頭に掛かっていた靄が晴れ、結婚式の最中だということに気づいた。
相手は、憧れていた頼もしいワルドだ。
彼のことは嫌いじゃない。むろし好いてもいるだろう。
だが、ならばどうしてこんなに切ないのだろうか。
どうしてあんなに泣いたのだろうか。

滅びいく王国を見たからか?
愛する者よりも、王族としての死を選ぶウェールズを目の当たりにしたからか?
死に行くウェールズを引き止めることを良しとはしない、アンリエッタの覚悟に気づいたからか?
違う。違うはずだ。
悲しい気持ちにはなっても、こんな憂鬱な気持ちにはならない。

―――後悔、してるんだ―――

一時の感情に任せて、あんな事を言ってしまった自分に。

―――なんて子供なんだろう、私は―――

あれでは唯のヒステリーだ。
きっと、納得するべき事を納得できない自分と虎蔵を比べて勝手に距離を感じていたんだろう。
だから少し突き放されただけであんなに悲しくなったのだ。
結婚するなんて言っったのも、自分から突き放すことで、逆に相手に引き止めて欲しかったのだろう。
子供にありがちな思考だ。

だとしたら、こんな気持ちで結婚するのは、ワルドにも失礼だ。

「ごめんなさい。ワルド―――」
「どうしたんだい、ルイズ―――急に――」
「ごめんなさい、ワルド。私、貴方とは結婚できない」

ルイズは生気の戻った、いつもの意思のある瞳でワルドを見て、そう告げた。



一方、礼拝堂でそのような問答がなされる少し前。
虎蔵は礼拝堂から少し離れた木陰で葉巻を吹かしていた。
ワルドに見つかると面倒な事になるので、人気の無いところに居なければならなかったのだ。

「さて、と――――そろそろ控えとくか」

ウェールズとの話し合いの上で、礼拝堂の裏口から忍び込んでいざという時に備えることになっている。
だがその時―――

「ん?」

足元から気配を感じて、わずかに距離をとる。
暫くすると、地面が盛り上がり―――巨大なモグラが出てきた。

「なんだ―――これは―――」
「よし、良い子だ。主人より役に立つよ―――」

モグラがのそのそと這い出てくると、その後ろから見覚えのある顔がぞろぞろと出てきた。
マチルダ、ギーシュ、キュルケ、タバサ―――
ラ・ロシェールで別れた三人が、マチルダを連れて追いついてきたのだ。

「おや、良い所にいるじゃないか。トラゾウ。こんな空の上まで言い訳しにやってきたよ」
「僕だってやる時は―――おぉ、トラゾウ。見つかって良かった」
「ダーリンッ!」
「――――ふぅ」
「いや、いっぺんに喋らんといてくれるか?」

彼を見るや、驚く彼を置き去りにしていきなり話しかけてくるマチルダとギーシュ。
キュルケは問答無用で抱きついてきた。
タバサだけが静かに、わずかに土で汚れた眼鏡を拭いている。

「あれ、ルイズは?というか、人気の無い所を選んで出てきた筈なのに、何でこんな所に?」
「あー――」

虎蔵に抱きついているにも拘わらず、ルイズの抗議の声が聞こえてこないことに気づいたキュルケが辺りを見回す。
虎蔵はぽりぽりと頬をかくと、面倒臭そうに説明を始めた。


「なるほどね―――そりゃ、黒だね」
「まぁ、俺もこの強引な展開はほぼ黒だと思ってんだがな。根拠が?」
「風の遍在さ」

話を聞き終わると、深くため息をついて首を振るマチルダに虎蔵が問うが、彼にはその答えも理解できない。
虎蔵は解説を、と言わんばかりにタバサを見る。
彼の中でタバサはそういうキャラクターになっているらしい。

「《ユビキタス・デル・ウィンデ》、風系統の高位呪文。自律した分身を作り出す」
「ふむ―――」
「風のスクウェアなら、使って不思議ではない」
「それでアンタ達を分断させたって訳だね。ついでに、仮面野郎と子爵は、背格好が殆ど同じ筈だよ」

タバサの説明に続けて、学院で彼を見た時のことを思い出しながら、だいたいの身長を手で示すマチルダ。
虎蔵だけでなくキュルケとギーシュも「なるほど」と頷いていた。
二人ともよく理解していなかったらしい。

「ともあれ、これだけ戦力があるんだ。逃がしゃしないよ。だろ?」

不敵な笑みを浮かべるマチルダに、虎蔵もニヤリとした人の悪そうな笑みを浮かべる。
それを見たギーシュは一人、僅かながらワルドに同情した。



静寂の礼拝堂に、ルイズの声が響いた。

「ごめんなさい、ワルド。私、貴方とは結婚できない」

はっきりとした拒絶の言葉である。
いきなりの展開に、ウェールズは首をかしげてワルドを見た。
だがワルドは、このような展開になると思ってはいなかったのだろう。うろたえている。

「子爵―――花嫁が望まぬ式を続けるわけには行かないぞ?そもそも、合意の上ではないのかね」
「緊張しているんだ――そうだろう、ルイズ。きみが、僕との結婚を拒むわけがないじゃないか――」
「ごめんなさい、ワルド。憧れだったのよ?恋もしていたわ。今だって嫌いじゃないの―――
 でもね。私はまだ子供だって気づいたわ―――だからまだ――」

ワルドはウェールズの視線に構うことなく、ルイズの手を取るが、彼女はやんわりと拒否する。
するとワルドは手を彼女の肩にやり、表情を変えた。
いつもの優しげなものではなく、冷たい、どこか爬虫類めいたものに。

「世界だルイズ。僕は世界を手にいれる!その為に君が必要なんだ!」
「ッ―――私、世界なんていらないわ――」

ワルドの豹変ッぷりに、ルイズは悲鳴を上げかける。
一歩下がろうとしたが、肩を抑えるワルドがそれを許さない。

「僕にはきみが必要なんだ!きみの才能が!きみの力が!」

ものすごい剣幕でワルドは語る。
ルイズはブリミルに劣らぬメイジになると、自分の才能に気づいていないだけだと。
しかし、ルイズはそんなことを信じられるはずも無い。
自分は虎蔵を召べたこと以外は失敗だらけの駄目メイジなのだ。

「ワルド、あなた―――」

ルイズの声が震える。
ワルドがまったく知らない誰かに見えた。
ウェールズが二人の間に割って入ろうとするが、ワルドは怒鳴りながらその手を跳ね除ける。

「ルイズ!きみの才能が僕には必要なんだ!わかってくれ!
 君は自分の才能に気づいていないだけなんだよ、ルイズ!」
「やだ、ワルド―――貴方、何を言っているの?
 そんな結婚、死んでも嫌よ!貴方、私のことまったく愛していないじゃない―――」
 貴方が愛していたのは、有りもしない魔法の才能?」

ルイズは涙を浮かべて手を振り払おうとするが、ワルドの力には抵抗できずに首を振ることしかできない。
ウェールズも見かねて彼の肩に手をやり、ルイズから引き離そうとする。

「子爵。そこまでに―――」
「五月蝿い!黙っていたまえ!」

しかしワルドはウェールズを突き飛ばす。
あまりの物言いに、突き飛ばされたウェールズの顔に赤みが走る。
彼は立ち上がると杖を抜いた。

「なんたる無礼!なんたる侮辱!子爵、今すぐにラ・ヴァリエール嬢から手を離したまえ!」
「ふぅ――――こうまで僕が言っても駄目かい?ルイズ。僕のルイズ」

ワルドはやれやれと首を振ってルイズから手を離すと、どこまでも優しく、そして嘘に塗り固められた笑顔を向ける。
しかし、ルイズは怒りで震えながらも、きっぱりと「嫌よ」と告げた。
するとワルドは、やや芝居がかった調子で天を仰ぐと、まるで台詞のように語り始める。

「ラ・ロシェールでも、フネの中でも、いい所を彼に奪われてしまったのが残念だ。
 こうなっては仕方が無い。目的の一つは諦めよう」
「目的?」
「そうだ。この旅における僕の目的は三つあった。一つ目はルイズ。君を手に入れること」

その言葉にルイズはビクッと震えて一歩後ずさる。
だがウェールズはワルドに杖を抜けたまま動かない。
役者もかくやという語りに入っているワルドは気づいていないようだが、ぶつぶつと小声で何かを唱えている。

「二つ目の目的は、ルイズ、君のポケットに入っている、アンリエッタの手紙だ」
「ワルド、あなたまさか―――」

ルイズは事の重大さに気づいて顔を蒼白にすると、手紙を収めている胸ポケットを押さえた。
だがワルドはそれに構わず、ニヤリと笑みを狂気に歪める。

「そして三つ目は―――」

ワルドは二つ名の閃光の如く素早く杖を引き抜き、呪文を完成させた。
風のように身を翻し、青白く光る杖をウェールズに向ける。
後は貫くだけだ。
しかし―――

「子爵。獲物を目の前にしての舌なめずりは、三流のやることだ」

ウェールズは怒りに赤くしていた筈の顔に余裕の笑みを浮かべる。
先に杖を向けていたのはワルドではなくウェールズなのだ。
いかに《閃光》と言えども勝てるものではない。

「くッ!?」

ワルドは絶妙な判断で真後ろへと跳躍する。
ギリギリでウェールズの放った《ウインド・ブレイク》の最適距離を逃れたワルドは、吹き飛ばされこそしたが身を捻って着地に成功する。
強風で僅かに切れた頬から流れる血を拭いながら、憎しみの篭った視線をウェールズに向ける。

「貴様―――何故―――」
「怪しいと警告されれば、備えもするというものだ。戦に出ずに命を捨てる訳にもいかんのでな。
 まぁ、彼のおかげと言うことだよ―――」

ふっと笑うウェールズは、やや気取った仕草でパチンと指を鳴らした。
すると―――

「どぉーれ―――ようやっと出番か」
「トラゾウ?」「ルイズの使い魔ッ―――」

始祖ブリミルの像の後ろから、虎蔵が用心棒よろしく顎に手を当ててはニヤニヤと笑いながら出てきた。
一人事態に付いていけていないルイズは、僅かに嬉しそうな声を上げながらも、彼が出てきた場所に首を傾げる。
一方、ワルドは全てを覚ったのか、怒りの声だ。

ワルドの――《レコンキスタ》の企みが一つ、潰えた瞬間であった。

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