「どうだったんだい?」
港町スカボローの酒場でくつろいでいたヒースたちの下へ情報収集を終え戻ってきたルイズとイリーナに、ギーシュは問いかけた。
「状況は最悪ね。明後日にも王党派への総攻撃が開始されるって噂で持ちきりよ」
ルイズが苦虫を一度に数匹噛み潰したかのような顔で、それに答える。
イリーナが椅子を引くと、ルイズはその席へ腰掛ける。
「何でも、貴族派は王党派の百倍以上の戦力である数万人を動員するそうですよ」
「それだけの数を動かして総攻撃が明後日ってことは……もうニューカッスル城は囲まれてるな」
ワインを飲みながら、ヒースは呟く。一気に煽り、もう一杯注ごうとしたところで、ボトルがイリーナに取り上げられる。
手をわきわきとさせ、行き場の無いその手を頭に持っていき、ぼりぼりと掻いた。
「ニューカッスル城って岬の先端に建ってるのよね?やっぱりシルフィードで回り込むしかないのかしら」
キュルケは手鏡を覗き、崩れた化粧を整えながら言った。
「でしょうね。とは言え昼間に行くと貴族派の竜騎士やフネに追い回されかねないから……夜の闇に紛れて近づくしかないわ」
イリーナの酌で注がれたワインを飲み、ルイズは疲れたようにため息を吐く。
それを聞いたギーシュが慌てて質問をする。
「だけど、そんな風に近づいたら貴族派と勘違いされて王党派に攻撃されやしないだろうか?」
「可能性はあるわ。だけど、何とかするしかないわよ」
大きなボウルにこんもりと積まれたサラダをルイズは寄り取り、口にすると、顔をゆがめた。
「うっ……何これ、よくみたらはしばみ草ばっかりじゃない。何であんたそんな平気な顔でぱくぱく食べてるのよ……」
タバサがいつも通りの無表情どころか、どこか美味しげに食べていたので、そんなトラップの存在に気付かず食べてしまったルイズは呻く。
「ああ、その子、はしばみ草が好物なのよ」
キュルケがそういうと、ルイズは珍獣でも見つけたかのような顔で、タバサを見つめた。
タバサはそんな視線を意に返さず、美味しそうにはしばみ草のサラダを食べている。
「兎角、夜の闇に紛れて近づくというのなら、出発までにまだ時間はあるね。ここは一つ、僅かな休息を楽しもうじゃないか」
そう言ってギーシュがワインを飲む。朝っぱらだというのにほろ酔い加減だ。
「あのー、それなんですけど、多分無理です」
「確かに」
イリーナがおずおずと手を挙げると、タバサもそれに頷く。他の四人が首を傾げていると、どやどやと店の外から何か騒ぎの音が聞こえた。
その音は、徐々に店へ近づいてくる。
「アー……考えてみればこうやって堂々と王党派と連絡をどうのって話してれば、チクるやつがそりゃ出てきてもおかしくはないよなぁ」
どこか遠くを見つめたヒースがそう言うと、ルイズはテーブルにガンッと頭を打ち付けた。
ここはトリステインではなくアルビオンなのだから、当然だ。阿呆か私は、とルイズは心の中で自分を叱咤する。
「どうするの?ヴァリエール」
億劫そうにキュルケは立ち上がると、テーブルに突っ伏しているルイズに言った。
「……予定変更、今すぐシルフィードで行くわよ。タバサ、突入してくるの吹き飛ばして」
よろよろとルイズは立ち上がり、イリーナの懐に手を突っ込み、財布を取り出す。するとドアが勢い良く開かれた。
「レコン・キスタだ!ここに王党派の間諜がいるとの情報が……げはぁ!」
突入してきた兵士たちがタバサが打ち出したエア・ハンマーにより、吹き飛ばされる。
「ぐっ……メイジか!だが我らとて勇名を馳せた暁の傭兵団よ!そう易々とは……ぐべ」
仲間が吹き飛ばされる中、何とか耐えた隊長らしき男が真っ先に飛び出たイリーナの飛び蹴りで昏倒する。
その後をキュルケたちが急いで駆け抜ける。だがルイズは扉を出る寸前で立ち止まり、振り向くと手にした財布を投げた。
「飲食代と迷惑料よ。お釣りはいらないわ、取っておきなさい」
しかし店主へ投げられたはずだった財布は見当違いの方向へ飛び、ワインが並々と注がれたグラスへ綺麗に入った。
それをギーシュが哀れむ視線で見つめる。
「……慣れないことをするものじゃないよ?」
「うるさい!」
空から降りてきたシルフィードに乗りながら、顔を真っ赤にしてルイズは怒鳴った。
港町スカボローの酒場でくつろいでいたヒースたちの下へ情報収集を終え戻ってきたルイズとイリーナに、ギーシュは問いかけた。
「状況は最悪ね。明後日にも王党派への総攻撃が開始されるって噂で持ちきりよ」
ルイズが苦虫を一度に数匹噛み潰したかのような顔で、それに答える。
イリーナが椅子を引くと、ルイズはその席へ腰掛ける。
「何でも、貴族派は王党派の百倍以上の戦力である数万人を動員するそうですよ」
「それだけの数を動かして総攻撃が明後日ってことは……もうニューカッスル城は囲まれてるな」
ワインを飲みながら、ヒースは呟く。一気に煽り、もう一杯注ごうとしたところで、ボトルがイリーナに取り上げられる。
手をわきわきとさせ、行き場の無いその手を頭に持っていき、ぼりぼりと掻いた。
「ニューカッスル城って岬の先端に建ってるのよね?やっぱりシルフィードで回り込むしかないのかしら」
キュルケは手鏡を覗き、崩れた化粧を整えながら言った。
「でしょうね。とは言え昼間に行くと貴族派の竜騎士やフネに追い回されかねないから……夜の闇に紛れて近づくしかないわ」
イリーナの酌で注がれたワインを飲み、ルイズは疲れたようにため息を吐く。
それを聞いたギーシュが慌てて質問をする。
「だけど、そんな風に近づいたら貴族派と勘違いされて王党派に攻撃されやしないだろうか?」
「可能性はあるわ。だけど、何とかするしかないわよ」
大きなボウルにこんもりと積まれたサラダをルイズは寄り取り、口にすると、顔をゆがめた。
「うっ……何これ、よくみたらはしばみ草ばっかりじゃない。何であんたそんな平気な顔でぱくぱく食べてるのよ……」
タバサがいつも通りの無表情どころか、どこか美味しげに食べていたので、そんなトラップの存在に気付かず食べてしまったルイズは呻く。
「ああ、その子、はしばみ草が好物なのよ」
キュルケがそういうと、ルイズは珍獣でも見つけたかのような顔で、タバサを見つめた。
タバサはそんな視線を意に返さず、美味しそうにはしばみ草のサラダを食べている。
「兎角、夜の闇に紛れて近づくというのなら、出発までにまだ時間はあるね。ここは一つ、僅かな休息を楽しもうじゃないか」
そう言ってギーシュがワインを飲む。朝っぱらだというのにほろ酔い加減だ。
「あのー、それなんですけど、多分無理です」
「確かに」
イリーナがおずおずと手を挙げると、タバサもそれに頷く。他の四人が首を傾げていると、どやどやと店の外から何か騒ぎの音が聞こえた。
その音は、徐々に店へ近づいてくる。
「アー……考えてみればこうやって堂々と王党派と連絡をどうのって話してれば、チクるやつがそりゃ出てきてもおかしくはないよなぁ」
どこか遠くを見つめたヒースがそう言うと、ルイズはテーブルにガンッと頭を打ち付けた。
ここはトリステインではなくアルビオンなのだから、当然だ。阿呆か私は、とルイズは心の中で自分を叱咤する。
「どうするの?ヴァリエール」
億劫そうにキュルケは立ち上がると、テーブルに突っ伏しているルイズに言った。
「……予定変更、今すぐシルフィードで行くわよ。タバサ、突入してくるの吹き飛ばして」
よろよろとルイズは立ち上がり、イリーナの懐に手を突っ込み、財布を取り出す。するとドアが勢い良く開かれた。
「レコン・キスタだ!ここに王党派の間諜がいるとの情報が……げはぁ!」
突入してきた兵士たちがタバサが打ち出したエア・ハンマーにより、吹き飛ばされる。
「ぐっ……メイジか!だが我らとて勇名を馳せた暁の傭兵団よ!そう易々とは……ぐべ」
仲間が吹き飛ばされる中、何とか耐えた隊長らしき男が真っ先に飛び出たイリーナの飛び蹴りで昏倒する。
その後をキュルケたちが急いで駆け抜ける。だがルイズは扉を出る寸前で立ち止まり、振り向くと手にした財布を投げた。
「飲食代と迷惑料よ。お釣りはいらないわ、取っておきなさい」
しかし店主へ投げられたはずだった財布は見当違いの方向へ飛び、ワインが並々と注がれたグラスへ綺麗に入った。
それをギーシュが哀れむ視線で見つめる。
「……慣れないことをするものじゃないよ?」
「うるさい!」
空から降りてきたシルフィードに乗りながら、顔を真っ赤にしてルイズは怒鳴った。
その後、たまたま竜騎士が居なかったのか風竜の速度に追いつけなかったのか、追っ手もなくニューカッスルへ休まず飛んでいた。
途中、一度休み当初の予定通り夜になるのを待とうという提案もあったが、追っ手が来かねないこと、
自分たちの情報がニューカッスルに布陣している貴族派に届いて、警戒される可能性を考えられ却下された。
出来うる限り見つからないよう、高空を飛ぶ。
そうして偶然か回り道をしたのが功を奏したのか、ニューカッスル城の上空に無事辿り着くことに成功した。
「で、これからどうするかよね」
眼下に見える、ニューカッスル城と地平を埋め尽くす貴族派の軍を見つめ、ルイズは呟く。
「まともに降りようとしたら……あれが見逃してくれるとは思えないものねぇ」
キュルケは人が点に見えるほどの高空から見下ろしても、その巨大さがはっきりと分かる一隻の戦艦を見つめる。
レキシントン号。かつてはロイヤル・ソヴリン号と呼ばれた、ハルケギニア最強の戦艦である。
「聞くところによれば、あの戦艦には竜騎士すら搭載してるらしいね。今こうしているときも、バレないか冷や汗ものだよ」
「というか何でバレないんだ?竜騎士なんてもんが普通にいるのなら、上空も警戒してるはずだろうに」
ただでさえ寒いアルビオンの、さらに高空にいるため冷え、寒さに震えるギーシュの言葉に、ヒースが首を傾げる。
「単純に王党派にはもう竜騎士が残ってないっていうことの証明でしょうね。いないと分かってるものに、注意を払う必要なんてないんだから」
ルイズが爪を噛み、苦々しげに顔を歪める。
「でも、本当にどうやって降りるんですか?ゆっくり降りてるとあのたいほーっていうのが飛んでくるんですよね」
どこどこどっこーん、という爆音とともにレキシントン号から砲弾が飛び、ニューカッスル城の城壁を砕く。
イリーナはその様子を見やり、息を呑んだ。もしアレクラストにあんな兵器が存在したならば、戦争は一変しかねない。
「方法ならある」
タバサはどこからともなく取り出したロープを片手に杖を振るう。するとそのロープは六人の腰とシルフィードにしっかりと巻きついた。
何故そんなことをするのか理解し、一同の顔が青ざめる。
「ちょ、ちょっとタバサ?まさか本気で」
「しっかり捕まってて」
キュルケの静止も虚しく、タバサはシルフィードを急降下させた。
すさまじい風圧がルイズたちを襲い、悲鳴を上げることすら間々ならない。
流石にレキシントン号やニューカッスル城も、直角で地面に突撃する竜の存在に気付いたが、自殺行為としか思えない速度のために、手が出せなかった。
死んだ、と誰もが考えたが、タバサは慌てず地面から50メイルほどの高さでシルフィードにレビテーションをかけた。
急激に速度が落ちるが、それでも勢いは殺しきれず轟音を鳴らしながら、中庭に着地する。
「きゅいきゅい!(お姉さま!今のは流石に死ぬのね!)」
「生きてる」
タバサが抗議の声を上げるシルフィードの頭をぽんぽんと叩く。振り向くと、ルイズたちが引き攣った笑いを浮かべていた。
そうやって生きてる実感を味わっていると、どやどやとメイジたちが警戒心も露に現れた。
「貴様ら何者だ!杖を捨て、地面に伏せよ!!」
現れたメイジの一人の怒号が上がる。気の早いものは既にファイアボールやゴーレムなどを作り出し、いつでも攻撃できるよう構えていた。
「杖、捨てて。イリーナは剣を。敵意無いのを示さないと」
まずルイズが杖を捨て、イリーナたちもそれに倣う。
「無作法な来訪をお許しください。わたくしはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。
トリステイン王国からアンリエッタ姫殿下の命により、ウェールズ皇太子へ密書を言付かって参りました」
ルイズが恭しく礼をすると、その言葉を聞いたメイジたちの間にどよめきが起こる。
「ふむ……トリステインの大使とな?」
「パリー殿!危険です!」
背の高い、パリーと呼ばれた年老いたメイジが進み出る。
「はい、そうでございます」
ルイズが再度、恭しく一礼する。パリーはそんなルイズを見ると、顔を綻ばせた。
「これはこれは大使殿。遠路遥々、ようこそこのアルビオン王国へいらっしゃった。ウェールズ殿下の侍従を仰せつかっておりまする、パリーでございます。
明日にも滅び行く王政府のため、大したもてなしも出来ませぬが、ゆっくりご滞在ください」
「パリー殿!貴族派の間諜なのかも知れないのですぞ!」
一人の若いメイジが、パリーへ詰め寄る。そのメイジを、パリーはやんわりと制した。
「落ち着きなされ。最早風前の灯である我らに、今更あの叛徒どもが謀略を仕掛ける必要があるかね?それに、彼女たちの制服は間違いなくトリステイン魔法学院のもの。
それほどに心配ならば、念のため杖と武器を一時的に預からせてもらえばよい。すみませぬが、それで構いませんかな?」
「構いません。そのような警戒は、して当然のことですゆえ」
ルイズはそういうと、イリーナたちに杖から離れるよう指示し自身も離れた。
「殿下は現在任務でお出かけになられておりますゆえ、少々お待ちになられていただくことになりますが。なに、時期に戻ってこられることでしょう。
その間、ワインと料理に舌鼓を打ってくだされ。サウスゴータの20年物をお出ししますぞ」
「お気遣い、ありがたく存じます」
パリーはにこやかにそう告げると、きゅいきゅいとまだタバサに抗議の声を上げるシルフィードを見やる。
「しかし、無茶をしますな。叛徒どもがいるため、普通に降りてこられないとは言え、あのような急降下をするとは」
自分が考えたわけでも、実行したわけでもないのだがルイズが顔を赤らめる。
「無茶は若者の特権。いや、羨ましいものですな。兎角、旅の疲れもございましょう、ごゆるりとお休みください」
そういわれ、ルイズたちは数名のメイジの先導に従い、城内へ入っていく。
案内されたのは元々は豪華であったと思われる客間だった。かつて絵画や壷が飾られていたと思しき場所には、何も無い。
「随分殺風景と言うか……売ったのか?こりゃ」
ソファーに腰掛けたヒースが室内を見回す。飾りらしい飾りは、テーブルの上に乗った花瓶ぐらいなものだろう。
「戦争というのは凄い額が掛かるものだからね。グラモン家も戦のたびに大量の出費を出しているものさ」
「単にあんたの家、見栄っ張りなだけじゃない」
ルイズがそういうと、ギーシュが薔薇がどうのとか反論をしたが、ルイズはそれを聞き流す。
「それにしても……なんと言うか、このお城の人たち、妙な雰囲気でしたね。明日にも負けそう、と言ってるわりには元気ですし」
客間に案内される間、城内の様子を眺めていたイリーナが不安げな顔で言った。
「わかんないわよ、何で今日にも死ぬかも知れないのに、勝ち目が無いのにあんなに朗らかだなんて……私には理解できないわ」
それにルイズが不機嫌そうな声で答えると、タバサが持ってきた数冊の本のうちの一つを読み始めた。
キュルケは疲れたのか眠っており、ギーシュとヒースは何事か話し合い、タバサはいつも通り本を読んでいる。
暫くイリーナはボーっとしていたが、暇なのか横になると、すぅすぅと寝息をたてた。
途中、一度休み当初の予定通り夜になるのを待とうという提案もあったが、追っ手が来かねないこと、
自分たちの情報がニューカッスルに布陣している貴族派に届いて、警戒される可能性を考えられ却下された。
出来うる限り見つからないよう、高空を飛ぶ。
そうして偶然か回り道をしたのが功を奏したのか、ニューカッスル城の上空に無事辿り着くことに成功した。
「で、これからどうするかよね」
眼下に見える、ニューカッスル城と地平を埋め尽くす貴族派の軍を見つめ、ルイズは呟く。
「まともに降りようとしたら……あれが見逃してくれるとは思えないものねぇ」
キュルケは人が点に見えるほどの高空から見下ろしても、その巨大さがはっきりと分かる一隻の戦艦を見つめる。
レキシントン号。かつてはロイヤル・ソヴリン号と呼ばれた、ハルケギニア最強の戦艦である。
「聞くところによれば、あの戦艦には竜騎士すら搭載してるらしいね。今こうしているときも、バレないか冷や汗ものだよ」
「というか何でバレないんだ?竜騎士なんてもんが普通にいるのなら、上空も警戒してるはずだろうに」
ただでさえ寒いアルビオンの、さらに高空にいるため冷え、寒さに震えるギーシュの言葉に、ヒースが首を傾げる。
「単純に王党派にはもう竜騎士が残ってないっていうことの証明でしょうね。いないと分かってるものに、注意を払う必要なんてないんだから」
ルイズが爪を噛み、苦々しげに顔を歪める。
「でも、本当にどうやって降りるんですか?ゆっくり降りてるとあのたいほーっていうのが飛んでくるんですよね」
どこどこどっこーん、という爆音とともにレキシントン号から砲弾が飛び、ニューカッスル城の城壁を砕く。
イリーナはその様子を見やり、息を呑んだ。もしアレクラストにあんな兵器が存在したならば、戦争は一変しかねない。
「方法ならある」
タバサはどこからともなく取り出したロープを片手に杖を振るう。するとそのロープは六人の腰とシルフィードにしっかりと巻きついた。
何故そんなことをするのか理解し、一同の顔が青ざめる。
「ちょ、ちょっとタバサ?まさか本気で」
「しっかり捕まってて」
キュルケの静止も虚しく、タバサはシルフィードを急降下させた。
すさまじい風圧がルイズたちを襲い、悲鳴を上げることすら間々ならない。
流石にレキシントン号やニューカッスル城も、直角で地面に突撃する竜の存在に気付いたが、自殺行為としか思えない速度のために、手が出せなかった。
死んだ、と誰もが考えたが、タバサは慌てず地面から50メイルほどの高さでシルフィードにレビテーションをかけた。
急激に速度が落ちるが、それでも勢いは殺しきれず轟音を鳴らしながら、中庭に着地する。
「きゅいきゅい!(お姉さま!今のは流石に死ぬのね!)」
「生きてる」
タバサが抗議の声を上げるシルフィードの頭をぽんぽんと叩く。振り向くと、ルイズたちが引き攣った笑いを浮かべていた。
そうやって生きてる実感を味わっていると、どやどやとメイジたちが警戒心も露に現れた。
「貴様ら何者だ!杖を捨て、地面に伏せよ!!」
現れたメイジの一人の怒号が上がる。気の早いものは既にファイアボールやゴーレムなどを作り出し、いつでも攻撃できるよう構えていた。
「杖、捨てて。イリーナは剣を。敵意無いのを示さないと」
まずルイズが杖を捨て、イリーナたちもそれに倣う。
「無作法な来訪をお許しください。わたくしはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。
トリステイン王国からアンリエッタ姫殿下の命により、ウェールズ皇太子へ密書を言付かって参りました」
ルイズが恭しく礼をすると、その言葉を聞いたメイジたちの間にどよめきが起こる。
「ふむ……トリステインの大使とな?」
「パリー殿!危険です!」
背の高い、パリーと呼ばれた年老いたメイジが進み出る。
「はい、そうでございます」
ルイズが再度、恭しく一礼する。パリーはそんなルイズを見ると、顔を綻ばせた。
「これはこれは大使殿。遠路遥々、ようこそこのアルビオン王国へいらっしゃった。ウェールズ殿下の侍従を仰せつかっておりまする、パリーでございます。
明日にも滅び行く王政府のため、大したもてなしも出来ませぬが、ゆっくりご滞在ください」
「パリー殿!貴族派の間諜なのかも知れないのですぞ!」
一人の若いメイジが、パリーへ詰め寄る。そのメイジを、パリーはやんわりと制した。
「落ち着きなされ。最早風前の灯である我らに、今更あの叛徒どもが謀略を仕掛ける必要があるかね?それに、彼女たちの制服は間違いなくトリステイン魔法学院のもの。
それほどに心配ならば、念のため杖と武器を一時的に預からせてもらえばよい。すみませぬが、それで構いませんかな?」
「構いません。そのような警戒は、して当然のことですゆえ」
ルイズはそういうと、イリーナたちに杖から離れるよう指示し自身も離れた。
「殿下は現在任務でお出かけになられておりますゆえ、少々お待ちになられていただくことになりますが。なに、時期に戻ってこられることでしょう。
その間、ワインと料理に舌鼓を打ってくだされ。サウスゴータの20年物をお出ししますぞ」
「お気遣い、ありがたく存じます」
パリーはにこやかにそう告げると、きゅいきゅいとまだタバサに抗議の声を上げるシルフィードを見やる。
「しかし、無茶をしますな。叛徒どもがいるため、普通に降りてこられないとは言え、あのような急降下をするとは」
自分が考えたわけでも、実行したわけでもないのだがルイズが顔を赤らめる。
「無茶は若者の特権。いや、羨ましいものですな。兎角、旅の疲れもございましょう、ごゆるりとお休みください」
そういわれ、ルイズたちは数名のメイジの先導に従い、城内へ入っていく。
案内されたのは元々は豪華であったと思われる客間だった。かつて絵画や壷が飾られていたと思しき場所には、何も無い。
「随分殺風景と言うか……売ったのか?こりゃ」
ソファーに腰掛けたヒースが室内を見回す。飾りらしい飾りは、テーブルの上に乗った花瓶ぐらいなものだろう。
「戦争というのは凄い額が掛かるものだからね。グラモン家も戦のたびに大量の出費を出しているものさ」
「単にあんたの家、見栄っ張りなだけじゃない」
ルイズがそういうと、ギーシュが薔薇がどうのとか反論をしたが、ルイズはそれを聞き流す。
「それにしても……なんと言うか、このお城の人たち、妙な雰囲気でしたね。明日にも負けそう、と言ってるわりには元気ですし」
客間に案内される間、城内の様子を眺めていたイリーナが不安げな顔で言った。
「わかんないわよ、何で今日にも死ぬかも知れないのに、勝ち目が無いのにあんなに朗らかだなんて……私には理解できないわ」
それにルイズが不機嫌そうな声で答えると、タバサが持ってきた数冊の本のうちの一つを読み始めた。
キュルケは疲れたのか眠っており、ギーシュとヒースは何事か話し合い、タバサはいつも通り本を読んでいる。
暫くイリーナはボーっとしていたが、暇なのか横になると、すぅすぅと寝息をたてた。
結局、その日のうちにウェールズが帰ってくることは無く、一日が過ぎた。
ぶっちゃければルイズたちは暇だった。何せトイレや食事の時以外部屋の外へ出るのが許されない、そして娯楽も無い。
ヒースは暇を紛らわすために文字の勉強をギーシュに頼み、ギーシュも暇だったのかそれに付き合ったが、ルイズとキュルケはタバサの本を廻し読みするほどだった。
なお、イリーナは数時間連続で筋トレを続けている。
最後の一冊を読み終えたルイズが本を放り、机に突っ伏した。
「暇ね」
「暇ならトレーニングしましょう!汗を流せばすっきりしますよ!」
重そうな椅子を背負い、スクワットしているイリーナが笑顔で答える。
そんなイリーナにルイズは嫌そうな視線を返すだけだった。
そうやって各自思い思いに暇を潰していると、轟音が鳴り響き、ニューカッスル城が揺れた。
レキシントン号の砲撃である。昨日から、嫌がらせのように……事実嫌がらせなのだろうが、時折砲撃を撃ち込んできている。
鬱陶しいものだ、とルイズは思っていると、部屋の外がガヤガヤと騒がしいのに気付いた。
今更嫌がらせの砲撃で騒ぐとは考えにく、ルイズたちは顔を見合わせる。
「何の騒ぎだろうね、これは」
「貴族派が予定を一日繰り上げて仕掛けてきたとか?」
ギーシュの言葉に、キュルケがおどけたように答える。
「それは大変です!王党派の皆さんを助けに行かないと!!」
飛び出そうとするイリーナの首根っこをヒースが掴み、押し止める。
暫くそんなやりとり暇潰しにしていると、足音が近づいてきて、扉が開かれた。
パリーと金髪の凛々しい青年が、数名の護衛と思しきメイジと共に室内へ入ってくる。
「きみたちがトリステインの大使か。私がアルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ。待たせてすまなかったね」
ウェールズと名乗った若者は、威風堂々とそう言った。ルイズたちは佇まいをただす。
「ルイズ・フランソーワズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。アンリエッタ姫殿下より、密書を言付かって参りました」
恭しく一礼すると、ルイズは懐から手紙を取り出す。
「なるほど、確かにアンリエッタが送ってきた本物の大使のようだ」
その言葉にきょとんとしているルイズに、ウェールズは自らの指に光る指輪を外すと、ルイズの手に嵌っている水のルビーへ近づけた。
すると二つの宝石が、虹色の光を振りまいた。
「これは……」
「この指輪はアルビオン王家に伝わる風のルビーだ。君が嵌めているのは、アンリエッタが嵌めていた、トリステイン王家に伝わる水のルビー。そうだね?」
ルイズが頷く。
「水と風は、虹を作る。王家の間に架かる虹さ」
そういうとウェールズはルイズから手紙を受け取り、愛おしげに見つめると、花押に接吻し、身長に封を解いて中の便箋を取り出す。
真剣な顔付きで手紙を読み始め、読み終わると顔を上げた。
「そうか、姫は結婚するのか……。あの、愛らしいアンリエッタが、私の可愛い……従妹は」
ルイズは頭を下げ、それを肯定する。
「了解した。姫は、あの手紙を返して欲しいとこの私に告げている。何より大切な、姫から貰った手紙だが、姫の望みは私の望みだ。そのようにしよう。
手紙は私の部屋にある。ラ・ヴァリエール嬢、ついて来たまえ。パリー、他の方々をホールへご案内しろ。そろそろパーティだからね」
そう言ってウェールズは微笑むと、ルイズを案内するため、歩き出した。
ぶっちゃければルイズたちは暇だった。何せトイレや食事の時以外部屋の外へ出るのが許されない、そして娯楽も無い。
ヒースは暇を紛らわすために文字の勉強をギーシュに頼み、ギーシュも暇だったのかそれに付き合ったが、ルイズとキュルケはタバサの本を廻し読みするほどだった。
なお、イリーナは数時間連続で筋トレを続けている。
最後の一冊を読み終えたルイズが本を放り、机に突っ伏した。
「暇ね」
「暇ならトレーニングしましょう!汗を流せばすっきりしますよ!」
重そうな椅子を背負い、スクワットしているイリーナが笑顔で答える。
そんなイリーナにルイズは嫌そうな視線を返すだけだった。
そうやって各自思い思いに暇を潰していると、轟音が鳴り響き、ニューカッスル城が揺れた。
レキシントン号の砲撃である。昨日から、嫌がらせのように……事実嫌がらせなのだろうが、時折砲撃を撃ち込んできている。
鬱陶しいものだ、とルイズは思っていると、部屋の外がガヤガヤと騒がしいのに気付いた。
今更嫌がらせの砲撃で騒ぐとは考えにく、ルイズたちは顔を見合わせる。
「何の騒ぎだろうね、これは」
「貴族派が予定を一日繰り上げて仕掛けてきたとか?」
ギーシュの言葉に、キュルケがおどけたように答える。
「それは大変です!王党派の皆さんを助けに行かないと!!」
飛び出そうとするイリーナの首根っこをヒースが掴み、押し止める。
暫くそんなやりとり暇潰しにしていると、足音が近づいてきて、扉が開かれた。
パリーと金髪の凛々しい青年が、数名の護衛と思しきメイジと共に室内へ入ってくる。
「きみたちがトリステインの大使か。私がアルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ。待たせてすまなかったね」
ウェールズと名乗った若者は、威風堂々とそう言った。ルイズたちは佇まいをただす。
「ルイズ・フランソーワズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。アンリエッタ姫殿下より、密書を言付かって参りました」
恭しく一礼すると、ルイズは懐から手紙を取り出す。
「なるほど、確かにアンリエッタが送ってきた本物の大使のようだ」
その言葉にきょとんとしているルイズに、ウェールズは自らの指に光る指輪を外すと、ルイズの手に嵌っている水のルビーへ近づけた。
すると二つの宝石が、虹色の光を振りまいた。
「これは……」
「この指輪はアルビオン王家に伝わる風のルビーだ。君が嵌めているのは、アンリエッタが嵌めていた、トリステイン王家に伝わる水のルビー。そうだね?」
ルイズが頷く。
「水と風は、虹を作る。王家の間に架かる虹さ」
そういうとウェールズはルイズから手紙を受け取り、愛おしげに見つめると、花押に接吻し、身長に封を解いて中の便箋を取り出す。
真剣な顔付きで手紙を読み始め、読み終わると顔を上げた。
「そうか、姫は結婚するのか……。あの、愛らしいアンリエッタが、私の可愛い……従妹は」
ルイズは頭を下げ、それを肯定する。
「了解した。姫は、あの手紙を返して欲しいとこの私に告げている。何より大切な、姫から貰った手紙だが、姫の望みは私の望みだ。そのようにしよう。
手紙は私の部屋にある。ラ・ヴァリエール嬢、ついて来たまえ。パリー、他の方々をホールへご案内しろ。そろそろパーティだからね」
そう言ってウェールズは微笑むと、ルイズを案内するため、歩き出した。
パーティは絢爛豪華だ。
皆盛大に飲み、食べ、歌い、騒ぎ、明日の正午総攻撃を仕掛けられ、蹴散らされると言うのに、それを微塵も感じさせずに楽しんでいる。
こんなときにやってきたトリステインからの客人が珍しいのか、次々と王党派の貴族たちがルイズたちの元へやってきた。
彼らは悲嘆に暮れることも無く、恐怖に怯えることもなく、ただ、陽気だった。
イリーナはそんな彼らを見て、何故彼らが確実に迫る死から逃げようとしないのか、悲壮さを出すわけでもない理由が、少しだけ分かったような気がした。
しかしルイズはそんな彼らを見て、感じるところがあったのだろう。場の雰囲気に耐え切れず、外へ出て行く。
イリーナはそんなルイズを追いかけた。廊下の途中、開いた窓から月を眺めているルイズを見つけた。
「そんなところにいると、風邪引いちゃいますよ」
その言葉にルイズが振り向く。その顔は、涙でぬれている。
イリーナに近づくと、肩に顔を押し当て、ぎゅっと、ルイズはイリーナに抱きついた。
そんなルイズの頭を、イリーナは無言で優しく撫でる。
暫くそうしていると、ルイズがぽつりと言葉を零す。
「いやだわ……、あの人たち、どうして、どうして死を選ぶの?わけわかんない。
姫様が逃げてって、亡命してって言ってるのに……、 恋人が言ってるのに、どうしてウェールズ皇太子は死を選ぶの?」
「……多分、守らなくちゃならないものがあるんですよ」
「何よ、それ……。名誉?誇り?それとも王家としての義務?くだらないわ……そんなものが愛する人より大切なの?」
ルイズの嗚咽が強くなる。
「それも、あると思います。でも、一番は迷惑を掛けたくないんですよ、きっと」
「……迷惑?」
「はい。あの、私あんまり頭良くないですから政治とか、そういうのよく分かりませんけど。それでもウェールズ殿下がトリステインに亡命したら、
勝った貴族派が、引き渡せ、って言ってくるのは間違いないと思います。一度亡命を認めたんですから、当然拒むことになって……その、戦争になるかもしれないですから。
だから、アンリエッタ殿下に迷惑が掛からないよう、ここで死のうとしてるんだと思います。それが、愛する人を守ることに繋がりますから」
言葉を慎重に選んで、イリーナが言った。
「わからない、わからないわ……そんなこと、わかりたくもない!」
「ルイズ!」
ぱっと弾けるようにルイズはイリーナから離れると、どこかへ駆け出し行った。
一瞬それを追おうとイリーナの脚が動くが、すぐに止まる。
「……私もまだまだ未熟ですね。これじゃ、迷える人を救うことなんて出来ません。……ファリスよ、偉大なる至高神よ。死に赴く戦士たちに、せめてもの祝福と慈悲を与えたまえ」
イリーナはその場に膝をつき、ファリスへの祈りを捧げた。
皆盛大に飲み、食べ、歌い、騒ぎ、明日の正午総攻撃を仕掛けられ、蹴散らされると言うのに、それを微塵も感じさせずに楽しんでいる。
こんなときにやってきたトリステインからの客人が珍しいのか、次々と王党派の貴族たちがルイズたちの元へやってきた。
彼らは悲嘆に暮れることも無く、恐怖に怯えることもなく、ただ、陽気だった。
イリーナはそんな彼らを見て、何故彼らが確実に迫る死から逃げようとしないのか、悲壮さを出すわけでもない理由が、少しだけ分かったような気がした。
しかしルイズはそんな彼らを見て、感じるところがあったのだろう。場の雰囲気に耐え切れず、外へ出て行く。
イリーナはそんなルイズを追いかけた。廊下の途中、開いた窓から月を眺めているルイズを見つけた。
「そんなところにいると、風邪引いちゃいますよ」
その言葉にルイズが振り向く。その顔は、涙でぬれている。
イリーナに近づくと、肩に顔を押し当て、ぎゅっと、ルイズはイリーナに抱きついた。
そんなルイズの頭を、イリーナは無言で優しく撫でる。
暫くそうしていると、ルイズがぽつりと言葉を零す。
「いやだわ……、あの人たち、どうして、どうして死を選ぶの?わけわかんない。
姫様が逃げてって、亡命してって言ってるのに……、 恋人が言ってるのに、どうしてウェールズ皇太子は死を選ぶの?」
「……多分、守らなくちゃならないものがあるんですよ」
「何よ、それ……。名誉?誇り?それとも王家としての義務?くだらないわ……そんなものが愛する人より大切なの?」
ルイズの嗚咽が強くなる。
「それも、あると思います。でも、一番は迷惑を掛けたくないんですよ、きっと」
「……迷惑?」
「はい。あの、私あんまり頭良くないですから政治とか、そういうのよく分かりませんけど。それでもウェールズ殿下がトリステインに亡命したら、
勝った貴族派が、引き渡せ、って言ってくるのは間違いないと思います。一度亡命を認めたんですから、当然拒むことになって……その、戦争になるかもしれないですから。
だから、アンリエッタ殿下に迷惑が掛からないよう、ここで死のうとしてるんだと思います。それが、愛する人を守ることに繋がりますから」
言葉を慎重に選んで、イリーナが言った。
「わからない、わからないわ……そんなこと、わかりたくもない!」
「ルイズ!」
ぱっと弾けるようにルイズはイリーナから離れると、どこかへ駆け出し行った。
一瞬それを追おうとイリーナの脚が動くが、すぐに止まる。
「……私もまだまだ未熟ですね。これじゃ、迷える人を救うことなんて出来ません。……ファリスよ、偉大なる至高神よ。死に赴く戦士たちに、せめてもの祝福と慈悲を与えたまえ」
イリーナはその場に膝をつき、ファリスへの祈りを捧げた。
翌朝、貴族派の総攻撃から逃れるため非戦闘員が続々と脱出のためにイーグル号に乗り込む中、ルイズたちも脱出するために中庭に集まっていた。
見送りに、ウェールズが忙しい合間を縫って立ち会う。
「お忙しい中の見送り、ありがとうございます。殿下」
一同を代表し、ルイズが挨拶をする。
「いや、構わないよ。最後の客人だ、丁重にお送りしなければね」
ウェールズが微笑む。その微笑を見て、数時間後には死んでしまうと思い、ルイズの顔が曇る。
そんなルイズを、ウェールズは見ると微笑んだ。
「そんな顔をしないでくれたまえ、ラ・ヴァリエール嬢。我らは犬死するのではない。あの愚かな野望を抱く叛徒どもに、ハルケギニアの王家は弱敵ではないと示すのだから。
無論、それであのものたちがハルケギニア統一と聖地の回復という野望を捨てるとは思えぬが、それでも無駄ではない」
ウェールズはそういうと、薬指に嵌められた風のルビーを抜き、ルイズに差し出した。
「この風のルビーをアンリエッタに渡してくれ。レコン・キスタどもに、アルビオン王家に伝わる宝を渡すのも癪ではあるからね」
ルイズは、差し出された指輪とウェールズの顔を暫し交互に見つめたが、意を決し受け取り、小さく頷く。
本音を言えば、ルイズは無理矢理にでもウェールズを連れて行きたかった。だが、決してそれをやってはいけないことも、ルイズは分かっていた。
「その風竜に乗っていけば、レコン・キスタどもの妨害も不可能となろう。昨夜渡した手紙は確かに持ったね?
……アンリエッタには、こう伝えてくれたまえ。ウェールズは、勇敢に戦い、そして勇敢に死んでいったと。それで十分だ」
そういって、ウェールズは去ろうとすると、突如として一つの影が中庭に現れ、ウェールズへ迫った。
黒いマントをなびかせ、白い仮面をつけた男が青白く光る杖をウェールズに突き出す。ウェールズもとっさに杖を抜き呪文を詠唱するが、間に合わない。
「危ないっ!」
間一髪。飛び込んだイリーナが、デルフリンガーでその杖を弾くことに成功した。男はその膂力に押され飛び退くが、追撃するイリーナに迫られ数合切り結んだ後、切り倒された。
男が、文字通り跡形も無く消滅する。
「大丈夫ですかウェールズ殿下って……き、消えた?まさか幻覚魔法?」
「違う……今のは風の遍在だ!気をつけろ、まだメイジがどこかに潜んでいるぞ」
ルイズとウェールズを中心に、イリーナたちが円陣を組む。
「今のは……まさか貴族派?」
「恐らくね。僕の命を狙ってきたか……君の懐にあるその手紙を狙ったか、はたまた両方か」
ルイズの問いに、ウェールズが答える。
すると、それにあわせたかのように、先ほどと全く同じ姿をした仮面の男が、四人現れた。
「先ほどのもあわせれば一度に遍在を四つ?……スクウェアクラスか」
ウェールズが歯噛みする。それを聞いたギーシュがぎょっとして叫んだ。
「す、スクウェアですって?あのフーケより強いじゃないですか!」
「泣き言はあと。来るわよ」
叫ぶギーシュを小突き、すさまじい速度で迫ってくる仮面の男へ、キュルケは詠唱を開始した。
見送りに、ウェールズが忙しい合間を縫って立ち会う。
「お忙しい中の見送り、ありがとうございます。殿下」
一同を代表し、ルイズが挨拶をする。
「いや、構わないよ。最後の客人だ、丁重にお送りしなければね」
ウェールズが微笑む。その微笑を見て、数時間後には死んでしまうと思い、ルイズの顔が曇る。
そんなルイズを、ウェールズは見ると微笑んだ。
「そんな顔をしないでくれたまえ、ラ・ヴァリエール嬢。我らは犬死するのではない。あの愚かな野望を抱く叛徒どもに、ハルケギニアの王家は弱敵ではないと示すのだから。
無論、それであのものたちがハルケギニア統一と聖地の回復という野望を捨てるとは思えぬが、それでも無駄ではない」
ウェールズはそういうと、薬指に嵌められた風のルビーを抜き、ルイズに差し出した。
「この風のルビーをアンリエッタに渡してくれ。レコン・キスタどもに、アルビオン王家に伝わる宝を渡すのも癪ではあるからね」
ルイズは、差し出された指輪とウェールズの顔を暫し交互に見つめたが、意を決し受け取り、小さく頷く。
本音を言えば、ルイズは無理矢理にでもウェールズを連れて行きたかった。だが、決してそれをやってはいけないことも、ルイズは分かっていた。
「その風竜に乗っていけば、レコン・キスタどもの妨害も不可能となろう。昨夜渡した手紙は確かに持ったね?
……アンリエッタには、こう伝えてくれたまえ。ウェールズは、勇敢に戦い、そして勇敢に死んでいったと。それで十分だ」
そういって、ウェールズは去ろうとすると、突如として一つの影が中庭に現れ、ウェールズへ迫った。
黒いマントをなびかせ、白い仮面をつけた男が青白く光る杖をウェールズに突き出す。ウェールズもとっさに杖を抜き呪文を詠唱するが、間に合わない。
「危ないっ!」
間一髪。飛び込んだイリーナが、デルフリンガーでその杖を弾くことに成功した。男はその膂力に押され飛び退くが、追撃するイリーナに迫られ数合切り結んだ後、切り倒された。
男が、文字通り跡形も無く消滅する。
「大丈夫ですかウェールズ殿下って……き、消えた?まさか幻覚魔法?」
「違う……今のは風の遍在だ!気をつけろ、まだメイジがどこかに潜んでいるぞ」
ルイズとウェールズを中心に、イリーナたちが円陣を組む。
「今のは……まさか貴族派?」
「恐らくね。僕の命を狙ってきたか……君の懐にあるその手紙を狙ったか、はたまた両方か」
ルイズの問いに、ウェールズが答える。
すると、それにあわせたかのように、先ほどと全く同じ姿をした仮面の男が、四人現れた。
「先ほどのもあわせれば一度に遍在を四つ?……スクウェアクラスか」
ウェールズが歯噛みする。それを聞いたギーシュがぎょっとして叫んだ。
「す、スクウェアですって?あのフーケより強いじゃないですか!」
「泣き言はあと。来るわよ」
叫ぶギーシュを小突き、すさまじい速度で迫ってくる仮面の男へ、キュルケは詠唱を開始した。
ラ・ロシェールから既にルイズたちがアルビオンへ向け出発していると気付いたワルドは、あれから散々だった。
自らの騎獣であるグリフォンではアルビオンへ辿り着けないため、フネを無理矢理出発させようとしたが、風石をまだ積み込んでいなかった。
いくらスクウェアクラスのワルドとは言え、自分の精神力だけでアルビオンまで辿り着かせるのは不可能なため、急いで積み込ませた。
これで半日は時間を無為にし、わざわざ傭兵まで雇ったのに何もさせてもらえなかったフーケに白い目で見られながらもアルビオンへ向け出発した。
すると途中で空賊に捕まった。
一晩倉庫に放り込まれ、解放されたと思ったらそこは目的地であるニューカッスル城。
訳が分からなかったがウェールズを探したところ、中庭でルイズたちを話しているところを目撃した。
会話を盗み聞きすると、すでに手紙はルイズの手に渡っており、このままでは風竜で逃げられると焦ったワルドは、遍在をけし掛けた。
まずウェールズを一撃で殺し、その後手紙を奪う予定……のはずが平民の少女にあっさりと防がれ、挙句僅か数合切り結んだだけで倒された。
それで彼から油断が消えた。
この場において最大の脅威は平民の少女……イリーナであると認識し、三体の遍在で相手にさせ、本体である自らは残る六人を相手にしていた。
しかし、それすらも上手くいっていない。
1対6の戦いは中々決着つかなくて当然ではあるが、3対1の戦いは、彼の予想を大幅に裏切る結果となっている。
本来ならば距離を取って戦うのだが、撃ち込んだ魔法は錆びた剣に吸収された。
おでれーた!少しだけ何か思い出した気がするぜ!などとインテリジェンスソードが言っていたが、ワルドにとってはあの剣は魔法を吸収するという事実のみが重要だった。
仕方が無く、エアニードルを持って接近戦を敢行した。
3対1だ、如何にこの少女が強かろうが負けるはずが無い。なのに倒すどころか、逆に押される始末だ。全霊を注ぎ込まなくては勝てないと、ワルドは判断した。
だがウェールズたちを放置することも出来ない。
ならば、足止めを作るまで。
ワルドは呟く。本来この世界に、ハルケギニアに存在しない言葉を。
ワルドの呟きに答え、彼の手に嵌められた指輪から、長い尻尾を持つ青銅色の肌をした人型の化け物と、鋭い鉤爪と羽根を持つ、真っ赤な肌と目をした化け物が現れた。
自らの騎獣であるグリフォンではアルビオンへ辿り着けないため、フネを無理矢理出発させようとしたが、風石をまだ積み込んでいなかった。
いくらスクウェアクラスのワルドとは言え、自分の精神力だけでアルビオンまで辿り着かせるのは不可能なため、急いで積み込ませた。
これで半日は時間を無為にし、わざわざ傭兵まで雇ったのに何もさせてもらえなかったフーケに白い目で見られながらもアルビオンへ向け出発した。
すると途中で空賊に捕まった。
一晩倉庫に放り込まれ、解放されたと思ったらそこは目的地であるニューカッスル城。
訳が分からなかったがウェールズを探したところ、中庭でルイズたちを話しているところを目撃した。
会話を盗み聞きすると、すでに手紙はルイズの手に渡っており、このままでは風竜で逃げられると焦ったワルドは、遍在をけし掛けた。
まずウェールズを一撃で殺し、その後手紙を奪う予定……のはずが平民の少女にあっさりと防がれ、挙句僅か数合切り結んだだけで倒された。
それで彼から油断が消えた。
この場において最大の脅威は平民の少女……イリーナであると認識し、三体の遍在で相手にさせ、本体である自らは残る六人を相手にしていた。
しかし、それすらも上手くいっていない。
1対6の戦いは中々決着つかなくて当然ではあるが、3対1の戦いは、彼の予想を大幅に裏切る結果となっている。
本来ならば距離を取って戦うのだが、撃ち込んだ魔法は錆びた剣に吸収された。
おでれーた!少しだけ何か思い出した気がするぜ!などとインテリジェンスソードが言っていたが、ワルドにとってはあの剣は魔法を吸収するという事実のみが重要だった。
仕方が無く、エアニードルを持って接近戦を敢行した。
3対1だ、如何にこの少女が強かろうが負けるはずが無い。なのに倒すどころか、逆に押される始末だ。全霊を注ぎ込まなくては勝てないと、ワルドは判断した。
だがウェールズたちを放置することも出来ない。
ならば、足止めを作るまで。
ワルドは呟く。本来この世界に、ハルケギニアに存在しない言葉を。
ワルドの呟きに答え、彼の手に嵌められた指輪から、長い尻尾を持つ青銅色の肌をした人型の化け物と、鋭い鉤爪と羽根を持つ、真っ赤な肌と目をした化け物が現れた。
「グルネルとザルバードだと!?」
ヒースの顔が驚愕に染まる。何故、どうして。そんな思いが頭を埋め尽くすが、考えている余裕を化け物は与えてくれなかった。
ヒースたちの相手をしていた仮面の男は身を翻すとイリーナの元へ走る。
男の代わりに、青銅肌をした魔神…グルネルと、真っ赤な目と肌をした魔神、ザルバードが襲い掛かる。
グルネルは剣を片手に詠唱をし、ザルバードがその羽根を羽ばたかせ、正面から突っ込んできた。
「見たことが無い化け物だけど、スクウェアクラス相手にするよりは気が楽ってね!」
1メイルほどの火球、フレイムボールがキュルケに押し出されザルバードに迫る。ザルバードは避ける素振りを全く見せず、その火球の直撃を喰らった。
「なんだ、弱いじゃないか」
ギーシュが拍子抜けとばかりに声をあげるが、次の瞬間には全くの無傷でフレイムボールを突き抜けるザルバードの姿があった。
慌ててギーシュはワルキューレに命令を下し、その突撃を受け止めた。
「ザルバードに炎は効かない!奴は炎に対する絶対的な耐性を持ってるんだ!!」
「何よそれ!火系統のメイジ相手だと反則じゃない!」
ヒースの説明に、キュルケが悲鳴をあげる。タバサとウェールズが、エアカッターをグルネルへ飛ばすが、尻尾を切り落とし、傷つけるだけに留まる。
そしてグルネルの詠唱が完了し、ザルバードごとワルキューレを爆発が襲った。
“ファイアボール”火のドット魔法と同じ名前を持つ、半径3メイルの空間に爆発を起し、範囲内に居る対象へ炎と衝撃によるダメージを与える古代語魔法だ。
これにより、仮面の男とザルバードにより手傷を負わされていたワルキューレの大半が砕け散る。同じく爆発を受けたザルバードは、炎への耐性により全くの無傷だ。
それを見て、ルイズが叫んだ。
「今のってヒースと同じ魔法!?どういうことよ!」
「説明は後だ!キュルケはグルネル……後ろの奴に魔法を!ギーシュは残りのワルキューレでザルバードを抑えてくれ!タバサとウェールズはその間にザルバードを仕留めろ!」
ヒースが珍しく焦りの色を声に混ぜ、叫ぶ。魔神は皆、恐ろしい魔法の使い手であると同時に屈強な戦士だ。
近接戦闘が出来ない自分たちが近づかれなどしたら、それこそ一瞬で殺される。
先ほどの仮面の男を相手にしていたときは、こちらの攻撃も当たれば倒せるということを利用し、近づかせなかったから何とかなっていたのだ。
そして壁なりえるイリーナは、4人の仮面の男を相手に、互角の戦いを繰り広げている。ワルキューレでは壁としての役目はあまり期待できない。
ヒースも既に数度の魔法行使により精神力を疲弊し、大きな魔法であれば一度、小さな魔法であれば数度が限度となっている。
「わ、私はどうすればいいの?」
唯一指示をされなかったルイズがヒースに尋ねる。
「あ?アー……適当に魔法撃っててくれ」
明らかに適当で投げやりな言葉が帰ってくる。
ルイズは不満げに頬を膨らませ、グルネルへ向け杖を振り下ろす。爆発が発生するが、当然のように外れ、グルネルは気にする様子も無く呪文を詠唱する。
キュルケは再度フレイムボールを詠唱し、今度はグルネルへぶつけた。火球がグルネルを包み、皮膚を爛れさせるもグルネルは詠唱をやめない。
三体のワルキューレが手にした短槍でザルバードを突くが、あっさりとそれは回避され、逆に反撃の鉤爪で一体が破壊された。
そうして、グルネルの詠唱が完了すると、ウェールズの全身が見えない刃に切り裂かれた。
対象の身体を切り裂く“ウーンズ”と呼ばれる暗黒魔法だ。
身体のあちこちから出血し、ウェールズが苦痛に呻きながらも作り出した巨大な氷の槍を、ザルバードへ飛ばす。
だがその氷の槍は狙いが甘く、ザルバードは翼を羽ばたかせ回避した。
しかしそれを読んでいたタバサが風・風・水のトライアングルスペル、ウィンディアイシクルによりザルバードを狙い打った。
ザルバードそれを避け切れず全身を数十の氷の矢で貫かれ、地面へ墜落する。
呪文を詠唱していたヒースが、グルネルを睨む。するとグルネルの動きが止まった。術者が集中している間対象の動きを止める古代語魔法、“パラライズ”が掛かったのだ。
キュルケとタバサ、ウェールズによる集中砲火を受けたグルネルは、硬直したまま絶命した。
勝ったと思い、ほっとしたのもつかの間。その強靭な生命力によりまだ生きていたザルバードが、口から炎を吐き出す。
一直線に伸びた炎がタバサの左腕を焼き焦がし、その顔が苦痛に歪む。
ギーシュはザルバードの頭を、ワルキューレの短槍で打ち砕く。今度こそ、戦いは終わった。
ヒースの顔が驚愕に染まる。何故、どうして。そんな思いが頭を埋め尽くすが、考えている余裕を化け物は与えてくれなかった。
ヒースたちの相手をしていた仮面の男は身を翻すとイリーナの元へ走る。
男の代わりに、青銅肌をした魔神…グルネルと、真っ赤な目と肌をした魔神、ザルバードが襲い掛かる。
グルネルは剣を片手に詠唱をし、ザルバードがその羽根を羽ばたかせ、正面から突っ込んできた。
「見たことが無い化け物だけど、スクウェアクラス相手にするよりは気が楽ってね!」
1メイルほどの火球、フレイムボールがキュルケに押し出されザルバードに迫る。ザルバードは避ける素振りを全く見せず、その火球の直撃を喰らった。
「なんだ、弱いじゃないか」
ギーシュが拍子抜けとばかりに声をあげるが、次の瞬間には全くの無傷でフレイムボールを突き抜けるザルバードの姿があった。
慌ててギーシュはワルキューレに命令を下し、その突撃を受け止めた。
「ザルバードに炎は効かない!奴は炎に対する絶対的な耐性を持ってるんだ!!」
「何よそれ!火系統のメイジ相手だと反則じゃない!」
ヒースの説明に、キュルケが悲鳴をあげる。タバサとウェールズが、エアカッターをグルネルへ飛ばすが、尻尾を切り落とし、傷つけるだけに留まる。
そしてグルネルの詠唱が完了し、ザルバードごとワルキューレを爆発が襲った。
“ファイアボール”火のドット魔法と同じ名前を持つ、半径3メイルの空間に爆発を起し、範囲内に居る対象へ炎と衝撃によるダメージを与える古代語魔法だ。
これにより、仮面の男とザルバードにより手傷を負わされていたワルキューレの大半が砕け散る。同じく爆発を受けたザルバードは、炎への耐性により全くの無傷だ。
それを見て、ルイズが叫んだ。
「今のってヒースと同じ魔法!?どういうことよ!」
「説明は後だ!キュルケはグルネル……後ろの奴に魔法を!ギーシュは残りのワルキューレでザルバードを抑えてくれ!タバサとウェールズはその間にザルバードを仕留めろ!」
ヒースが珍しく焦りの色を声に混ぜ、叫ぶ。魔神は皆、恐ろしい魔法の使い手であると同時に屈強な戦士だ。
近接戦闘が出来ない自分たちが近づかれなどしたら、それこそ一瞬で殺される。
先ほどの仮面の男を相手にしていたときは、こちらの攻撃も当たれば倒せるということを利用し、近づかせなかったから何とかなっていたのだ。
そして壁なりえるイリーナは、4人の仮面の男を相手に、互角の戦いを繰り広げている。ワルキューレでは壁としての役目はあまり期待できない。
ヒースも既に数度の魔法行使により精神力を疲弊し、大きな魔法であれば一度、小さな魔法であれば数度が限度となっている。
「わ、私はどうすればいいの?」
唯一指示をされなかったルイズがヒースに尋ねる。
「あ?アー……適当に魔法撃っててくれ」
明らかに適当で投げやりな言葉が帰ってくる。
ルイズは不満げに頬を膨らませ、グルネルへ向け杖を振り下ろす。爆発が発生するが、当然のように外れ、グルネルは気にする様子も無く呪文を詠唱する。
キュルケは再度フレイムボールを詠唱し、今度はグルネルへぶつけた。火球がグルネルを包み、皮膚を爛れさせるもグルネルは詠唱をやめない。
三体のワルキューレが手にした短槍でザルバードを突くが、あっさりとそれは回避され、逆に反撃の鉤爪で一体が破壊された。
そうして、グルネルの詠唱が完了すると、ウェールズの全身が見えない刃に切り裂かれた。
対象の身体を切り裂く“ウーンズ”と呼ばれる暗黒魔法だ。
身体のあちこちから出血し、ウェールズが苦痛に呻きながらも作り出した巨大な氷の槍を、ザルバードへ飛ばす。
だがその氷の槍は狙いが甘く、ザルバードは翼を羽ばたかせ回避した。
しかしそれを読んでいたタバサが風・風・水のトライアングルスペル、ウィンディアイシクルによりザルバードを狙い打った。
ザルバードそれを避け切れず全身を数十の氷の矢で貫かれ、地面へ墜落する。
呪文を詠唱していたヒースが、グルネルを睨む。するとグルネルの動きが止まった。術者が集中している間対象の動きを止める古代語魔法、“パラライズ”が掛かったのだ。
キュルケとタバサ、ウェールズによる集中砲火を受けたグルネルは、硬直したまま絶命した。
勝ったと思い、ほっとしたのもつかの間。その強靭な生命力によりまだ生きていたザルバードが、口から炎を吐き出す。
一直線に伸びた炎がタバサの左腕を焼き焦がし、その顔が苦痛に歪む。
ギーシュはザルバードの頭を、ワルキューレの短槍で打ち砕く。今度こそ、戦いは終わった。
「はぁ!」
イリーナの剣が青白く光る杖を弾き、返す刀で仮面の男を切り付ける。
しかし、横から新たな杖が突き出され、身体を捻りそれを避けると剣筋がぶれ、結果仮面の男はひらりとそれを回避した。
息をつく間もなく、後ろから空気の塊が飛んでくるのを感じ、振り向いてそれをデルフリンガーで吸収する。
その隙を狙い、正面から鋭い突きが眉間を貫こうとするのを、身体を屈めて避ける。
お返しに蹴りをお見舞いしようとするが、その脚を切られそうになり慌てて引っ込める。
イリーナは割と苦戦はしている。
全身血まみれで、既に鎖帷子など鎧としての体裁をなしていない。負った傷は合計すれば常人ならば大抵死んでいるだろう。
だが、イリーナは生来の頑丈さと、鍛え上げた戦士としての技量で致命傷を避けていた。
傍から見れば明らかに劣勢なのだろうが、この程度の傷ならばイリーナは瞬時に癒すことが可能だ。
ゆえに、イリーナには負けるという感覚が、全くと言って良いほど浮かんでこなかった。
劣勢なのは仮面の男だ。精神力は有限である。
既に数十回に及ぶ魔法行使で、仮面の男……ワルドの精神力は限界に近かった。
動きに、焦りが混じり始めている。
そしてそれはルイズたちが魔神の一体を倒すと、一気に顕著になった。
このままでは援護に廻られるのだから当然だ。
さらに残った魔神が倒されると、ワルドの注意が一瞬だけイリーナから反れた。
その一瞬を、イリーナは見逃さなかった。
一気に踏み込み、一人だけ安全圏から魔法を使っている仮面の男へ迫る。
ワルドにとってはそんなつもりは全く無かったのだろうが、イリーナから見れば退け腰が一人だけ居ることが丸分かりで、それが本体だとバレバレだった。
「汝は――!」
三体の遍在が青白く光る杖を突き出すが、イリーナはそれを僅かに身体をずらすだけで致命傷を避ける。
「くっ!」
「――邪悪なり!!」
ワルドが後方へ飛び退き、懐から取り出した一枚のカードを破るのと、イリーナの剣がワルドの胸を貫くのは、同時だった。
心臓を刺し貫かれ、血を吐きながらワルドの姿が、一瞬にして掻き消える。
気がつけば、イリーナの背後に迫っていた遍在もその姿を消していた。
「イリーナ!無事!?」
ルイズがイリーナに駆け寄る。傍目は白い服が真っ赤に染まっているのだから心配の一つもしよう。
「あ、はい。全身痛いですけど、何とか」
割とケロッとした表情で、怪我をしているタバサとウェールズを見ると、イリーナはファリスへ祈りを捧げた。三人の怪我が、瞬時にして癒される。
“キュア・ウーンズ”と呼ばれる癒しの奇跡だ。
それを見たルイズとヒース以外の面々が、顔を白黒させた。
「今のは……まさか、先住魔法じゃないだろうね?」
「違います、神聖魔法といってファリス様の奇跡です」
杖を用いずイリーナが魔法を使ったため、頬を引き攣らせているギーシュに、憤慨だとばかりにイリーナは頬を膨らませて反論する。
「あんたね、ややこしくなるから人前じゃ使っちゃ駄目って言ったのに……まぁいいわ」
ルイズがため息を吐く。その様子を見て、ウェールズは楽しげに笑った。
「いや、凄いものだ。秘薬も用いず一瞬で複数人の傷を癒すとは……。それにスクウェアクラスと思しきあの刺客を、剣のみで倒したという恐ろしい事実。
君のような実力者が私の親衛隊にあと五人ばかりいたら、このような日を迎えることもなかったろうに」
「殿下……」
ルイズはそんなウェールズを、悲しげな表情で見つめる。突如として爆音が鳴り響き、ニューカッスル城を揺らした。
「砲撃?総攻撃を早めたのか……さぁ、行きたまえ!その風竜の速度ならば逃げ切ることも容易だ!」
ウェールズがルイズたちを促す。戦いに巻き込まれないため避難していたシルフィードに、何度か振り返りながらルイズは乗り込んだ。
羽ばたきで風が舞い起こり、見る見るうちにシルフィードは空高く飛び立ち、ウェールズの視界から消えていった。
ウェールズが少しだけ、青空を眺めていると、息を切らせたパリーが中庭へ走りこんできた。
「おお!ここに居られましたか殿下!む?そのお怪我!それにその怪物!一体どうなされたのですか?」
「パリーか。何、単なる叛徒どもの刺客だ。総攻撃開始前に僕を殺すつもりだったようだ」
「なんと!宣言していた攻城を早めただけでなく、殿下の暗殺まで行おうとするとは!相変わらず卑劣なものたちですな」
そういって老メイジが物を言わぬ躯を睨む。
「それより、状況はどうなっている?」
「はっ!現在、叛徒どもの第一波が密集して押し寄せてくるのを大砲と魔法で迎撃している最中でございます。先日、殿下に調達していただいた硫黄が大活躍ですぞ」
「はは、それはよかった。空賊などやった甲斐があったというものだ」
ウェールズは笑った。そして懐から手紙を取り出すと、目を細めそれに口付けする。
「さぁ行くぞパリー。華々しく、栄光ある敗北の戦いに望もうではないか。我らの血と肉を持って、彼奴らに死と絶望を振り撒こうぞ!」
「ははっ!」
血染めの服で、ウェールズが歩き出す。
この日、レコン・キスタの死傷者は一万人にのぼった。
イリーナの剣が青白く光る杖を弾き、返す刀で仮面の男を切り付ける。
しかし、横から新たな杖が突き出され、身体を捻りそれを避けると剣筋がぶれ、結果仮面の男はひらりとそれを回避した。
息をつく間もなく、後ろから空気の塊が飛んでくるのを感じ、振り向いてそれをデルフリンガーで吸収する。
その隙を狙い、正面から鋭い突きが眉間を貫こうとするのを、身体を屈めて避ける。
お返しに蹴りをお見舞いしようとするが、その脚を切られそうになり慌てて引っ込める。
イリーナは割と苦戦はしている。
全身血まみれで、既に鎖帷子など鎧としての体裁をなしていない。負った傷は合計すれば常人ならば大抵死んでいるだろう。
だが、イリーナは生来の頑丈さと、鍛え上げた戦士としての技量で致命傷を避けていた。
傍から見れば明らかに劣勢なのだろうが、この程度の傷ならばイリーナは瞬時に癒すことが可能だ。
ゆえに、イリーナには負けるという感覚が、全くと言って良いほど浮かんでこなかった。
劣勢なのは仮面の男だ。精神力は有限である。
既に数十回に及ぶ魔法行使で、仮面の男……ワルドの精神力は限界に近かった。
動きに、焦りが混じり始めている。
そしてそれはルイズたちが魔神の一体を倒すと、一気に顕著になった。
このままでは援護に廻られるのだから当然だ。
さらに残った魔神が倒されると、ワルドの注意が一瞬だけイリーナから反れた。
その一瞬を、イリーナは見逃さなかった。
一気に踏み込み、一人だけ安全圏から魔法を使っている仮面の男へ迫る。
ワルドにとってはそんなつもりは全く無かったのだろうが、イリーナから見れば退け腰が一人だけ居ることが丸分かりで、それが本体だとバレバレだった。
「汝は――!」
三体の遍在が青白く光る杖を突き出すが、イリーナはそれを僅かに身体をずらすだけで致命傷を避ける。
「くっ!」
「――邪悪なり!!」
ワルドが後方へ飛び退き、懐から取り出した一枚のカードを破るのと、イリーナの剣がワルドの胸を貫くのは、同時だった。
心臓を刺し貫かれ、血を吐きながらワルドの姿が、一瞬にして掻き消える。
気がつけば、イリーナの背後に迫っていた遍在もその姿を消していた。
「イリーナ!無事!?」
ルイズがイリーナに駆け寄る。傍目は白い服が真っ赤に染まっているのだから心配の一つもしよう。
「あ、はい。全身痛いですけど、何とか」
割とケロッとした表情で、怪我をしているタバサとウェールズを見ると、イリーナはファリスへ祈りを捧げた。三人の怪我が、瞬時にして癒される。
“キュア・ウーンズ”と呼ばれる癒しの奇跡だ。
それを見たルイズとヒース以外の面々が、顔を白黒させた。
「今のは……まさか、先住魔法じゃないだろうね?」
「違います、神聖魔法といってファリス様の奇跡です」
杖を用いずイリーナが魔法を使ったため、頬を引き攣らせているギーシュに、憤慨だとばかりにイリーナは頬を膨らませて反論する。
「あんたね、ややこしくなるから人前じゃ使っちゃ駄目って言ったのに……まぁいいわ」
ルイズがため息を吐く。その様子を見て、ウェールズは楽しげに笑った。
「いや、凄いものだ。秘薬も用いず一瞬で複数人の傷を癒すとは……。それにスクウェアクラスと思しきあの刺客を、剣のみで倒したという恐ろしい事実。
君のような実力者が私の親衛隊にあと五人ばかりいたら、このような日を迎えることもなかったろうに」
「殿下……」
ルイズはそんなウェールズを、悲しげな表情で見つめる。突如として爆音が鳴り響き、ニューカッスル城を揺らした。
「砲撃?総攻撃を早めたのか……さぁ、行きたまえ!その風竜の速度ならば逃げ切ることも容易だ!」
ウェールズがルイズたちを促す。戦いに巻き込まれないため避難していたシルフィードに、何度か振り返りながらルイズは乗り込んだ。
羽ばたきで風が舞い起こり、見る見るうちにシルフィードは空高く飛び立ち、ウェールズの視界から消えていった。
ウェールズが少しだけ、青空を眺めていると、息を切らせたパリーが中庭へ走りこんできた。
「おお!ここに居られましたか殿下!む?そのお怪我!それにその怪物!一体どうなされたのですか?」
「パリーか。何、単なる叛徒どもの刺客だ。総攻撃開始前に僕を殺すつもりだったようだ」
「なんと!宣言していた攻城を早めただけでなく、殿下の暗殺まで行おうとするとは!相変わらず卑劣なものたちですな」
そういって老メイジが物を言わぬ躯を睨む。
「それより、状況はどうなっている?」
「はっ!現在、叛徒どもの第一波が密集して押し寄せてくるのを大砲と魔法で迎撃している最中でございます。先日、殿下に調達していただいた硫黄が大活躍ですぞ」
「はは、それはよかった。空賊などやった甲斐があったというものだ」
ウェールズは笑った。そして懐から手紙を取り出すと、目を細めそれに口付けする。
「さぁ行くぞパリー。華々しく、栄光ある敗北の戦いに望もうではないか。我らの血と肉を持って、彼奴らに死と絶望を振り撒こうぞ!」
「ははっ!」
血染めの服で、ウェールズが歩き出す。
この日、レコン・キスタの死傷者は一万人にのぼった。
トリステイン王城、アンリエッタの私室にて。
「あの、ところでルイズ。ワルド子爵はどうなさったのですか?」
「え?何でワルドの名前が出てくるの?」
戻ってこないから、陰ながら貴族派の刺客と戦って死亡したと勘違いされ、英雄として扱われたそうな。
「あの、ところでルイズ。ワルド子爵はどうなさったのですか?」
「え?何でワルドの名前が出てくるの?」
戻ってこないから、陰ながら貴族派の刺客と戦って死亡したと勘違いされ、英雄として扱われたそうな。
第一・五部~ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドの憂鬱~了
用語解説
クリス兄さん:イリーナの実兄、本名クリストファー・フォウリー。いろいろやらかしてフォウリー家を勘当されているが、イリーナにとって憧れの存在
魔神:魔界の住民。強い、しぶとい、残酷と三拍子揃った悪役。基本的に頭が良いのだが、あんまりそうは見えない
グルネル:青銅色の肌をした下位魔神。尻尾アタックと剣で攻撃してくる。古代語魔法が得意で特に付与魔術に長ける
ザルバード:燃えるように赤い肌と目をした下位魔神。翼が生えてるため飛べ、炎も吐く。実は下位魔神の中でもかなり弱いほう
ファイアボール:古代語魔法。炎と衝撃を巻き起こす、賢明な魔術師の間では禁忌とされる破壊の魔術。だけど冒険者たちは気にせずぶっ放す
ウーンズ:暗黒魔法。目標の身体を切り裂く、キュア・ウーンズの反魔法。魔力に抵抗すると一切効果を発揮しないためあんまり怖くない
パラライズ:古代語魔法。術者が精神集中している間目標の動きを止める。集中している間は術者は殆ど動けず、声も発せられないため一人で使うと睨み合いになる
キュア・ウーンズ:神聖魔法。目標の傷を癒す神の奇跡、骨折とか欠損には無意味。それ以外の負傷ならOKOK
ワルドが使った指輪:マジックアイテム。魔神を一体封じ込めておいてコマンドワードで呼び出し、使役する。二つ嵌めてたのですよ
ワルドが使ったカード:マジックアイテム。正式名称は魔力のカード。何らかの古代語魔法の効果が秘められており、破くことで発動する。ワルドが使ったのはテレポート(空間転移)
クリス兄さん:イリーナの実兄、本名クリストファー・フォウリー。いろいろやらかしてフォウリー家を勘当されているが、イリーナにとって憧れの存在
魔神:魔界の住民。強い、しぶとい、残酷と三拍子揃った悪役。基本的に頭が良いのだが、あんまりそうは見えない
グルネル:青銅色の肌をした下位魔神。尻尾アタックと剣で攻撃してくる。古代語魔法が得意で特に付与魔術に長ける
ザルバード:燃えるように赤い肌と目をした下位魔神。翼が生えてるため飛べ、炎も吐く。実は下位魔神の中でもかなり弱いほう
ファイアボール:古代語魔法。炎と衝撃を巻き起こす、賢明な魔術師の間では禁忌とされる破壊の魔術。だけど冒険者たちは気にせずぶっ放す
ウーンズ:暗黒魔法。目標の身体を切り裂く、キュア・ウーンズの反魔法。魔力に抵抗すると一切効果を発揮しないためあんまり怖くない
パラライズ:古代語魔法。術者が精神集中している間目標の動きを止める。集中している間は術者は殆ど動けず、声も発せられないため一人で使うと睨み合いになる
キュア・ウーンズ:神聖魔法。目標の傷を癒す神の奇跡、骨折とか欠損には無意味。それ以外の負傷ならOKOK
ワルドが使った指輪:マジックアイテム。魔神を一体封じ込めておいてコマンドワードで呼び出し、使役する。二つ嵌めてたのですよ
ワルドが使ったカード:マジックアイテム。正式名称は魔力のカード。何らかの古代語魔法の効果が秘められており、破くことで発動する。ワルドが使ったのはテレポート(空間転移)