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#navi(The Legendary Dark Zero)
アルビオン大陸の一地方、サウスゴータは港町ロサイスと首都ロンディニウムを繋ぐ交通の要衝とされている。
その面積はとても広く、小高い丘がいくつも続く丘陵地帯から、緑溢れる広大な森林、清らかな水源を蓄えた山脈地帯までもがこの地方に含まれている。
かつてこの土地の全域を統治していたのがアルビオン国王の弟であり、財務監督官を務めていたモード大公という人物である。
もっとも、四年前に彼が兄である国王自らの手によって投獄され、殺害されてからというものの、この土地は非常に不安定な状勢となってしまっているのだが。
その一地方の小高い丘の上に建設された中心都市が、シティオブサウスゴータである。
円形状の城壁と内面に作られた五芒星形の大通りが特徴的なアルビオン有数の大都市であり、その人口は四万を数えるとされる。
行政の運営は議会によって行われ、太守も名目上の存在とはいえ堅実な統治を行ってきた。
だが、四年前の出来事、それに合わせて現在は貴族派の反乱軍によって占領されている状況となっている。
ところが、不思議なことにこの町に住む人達はそんな反乱軍に対して拒むどころか、むしろ四年前の出来事から直轄していた王党派の統治から
解放されたことでむしろすっきりした所が多かった。
「いやあ、とうとうあの王様もくたばるのか!」
「まったく、清々するよな!」
ある酒場では王党派が明日にでも壊滅するという事実を素直に喜ぶ者がいた。
何しろ、四年前の出来事で王軍が攻めてきた際、この町にも多大な被害を出したのだから。
おまけにこれまで平和に統治してきた大公や太守がいなくなってからというものの、王党派の統治はあまりにも窮屈なものであった。
税は高くなる上、町には王軍の衛兵が闊歩し、民を監視する毎日。
もはやこの町の民達の不満と怒りが限界へと達した中、あの忌まわしき王党派が壊滅するのだ。
王党派に対する恨みもあって、この町の人々は素直にもはや過去の統治者に過ぎない王党派が滅びることを喜んでいるのである。
中には直接、王の首を跳ねてやりたかった、と息巻く者もいる始末だ。
「共和制に乾杯! ってか!?」
「ははは、違いない!」
(その連中が、王党派と大して変わらないのよね)
酒場中の人間が歓喜する中、カウンターで一人寂しく酒を口にする女がいた。
フードを深くかぶったマントを身に纏う彼女も、明日には滅びる王党派を憎んでいる。だが、それを素直に喜ぶことはできない。
何故なら、その王党派を追い詰めている反乱軍は目的の為なら一切の手段は選ばない非道な連中だから。
彼女は自分の大切なものを、そいつらに奪われているのだ。
(何も知らないと、幸せで良いわよね)
酒場中で歓喜する男達を嘲りながら、ロングビルはグラスの中の酒をあおった。
故郷で作られた酒とはいえ、何故か味気がない。
彼女は今、一人の男を待っていた。と、いっても別に逢引の約束をしている訳ではない。
自分に残された大切なものを取り返すため。彼はそれに協力してくれると言ってくれた。
奪われた物は盗り返す。かつて、土くれのフーケとして活動していた彼女ならばそれを実行していた。
だが、今回ばかりは自分一人では無理だ。
だからこそ、彼の力が必要なのだ。
いつ来てくれるかも分からないその男を、彼女はずっと待ち続けていた。
「もう一杯、お願いね」
「あまり酔い過ぎてもらっては困るのだがな」
ロングビルが店員に空のグラスを差し出した時、すぐ隣から男の声がした。
刃のような鋭さ、そして威厳さと共に紳士のように静かな声。
ハッと驚いたロングビルが隣を振り向くと、いつの間にか濃い紫のコートを身に纏ったオールバックの銀髪の男が立っていた。
こんな公衆の面前で堂々と大剣を背負い、腰にも剣を携えているその男は、彼女が待ち望んだ姿であった。
「あ、あなた、どうして……」
本来ならば喜ぶべきだが、同時に困惑の思いも彼女にはあった。
このスパーダという男は今、彼自身の仕事を務めている最中で自分の協力はまだできないと言ってきたはずなのに。
いくら何でも協力を申し出た翌日なんて早すぎる。
「朝まで暇が取れたのでな。まあ、そんなことはどうでも良い。もう一杯飲んでから行くか、行ってから飲むか。どちらにする?」
あまりにも唐突なスパーダの登場に呆気に取られるロングビルであったが、本人はそんなことに構わず冷静に選択を迫る。
当然、彼女が選ぶのは――。
酒場の外へと出た二人は、スパーダがここへ来るまでに乗ってきたシルフィードが待つ場所まで向かう。
町のすぐ外でシルフィードは待機させているのだ。
「しかし、こんな遅くだというのに騒がしいな」
既に深夜過ぎである現在、本来ならばどの酒場も閉まっているはずだというのに
この町の全ての酒場は未だ開店状態であり、客達は馬鹿騒ぎをしていた。
大通りを歩きながら、スパーダはこのお祭りのような光景を不思議に感じていた。
「この町の人達はみんな、王家が嫌いなのよ。これまでこの土地全体を治めていた大公はおろか、太守さえも殺されたんだから」
「そして、君もその一人か?」
スパーダの言葉に、ロングビルは顔を顰めて俯く。その表情は静かな怒りと悲しみが浮かび上がっていた。
「……そうよ。私はあいつらが憎い。できる事なら、この手で復讐してやりたいとも思ったわ。でも、そのためだけに生きていたら、あの子達を守ることはできなかったでしょうね」
その顔に刻まれた怒りはさらに強くなり、ロングビルは唇を噛みしめる。
「……だから、私の大切な物を奪った貴族派の連中も許せない。絶対にあの子は取り返し、この手で守ってみせるわ」
「That's right.(その意気だ)」
大切なものを守るために戦おうとする彼女の姿に、スパーダは満足気に微かな笑みを浮かべた。
ロングビルが最後に身内と会ったのは、二日前だったという。
その身内はかつてモード大公が住んでいた屋敷に軟禁されているそうだ。
モード大公が亡くなってからというものの、その屋敷は彼女の実家を取り潰した王党派に属していた一貴族の手に渡ったが、今回の反乱によって現在は反乱軍の手に落ちている。
反乱軍が捕らえた彼女の身内がモード大公の隠し子であることは知っていたようで、意外にもあまり酷い扱いはされていなかったらしい。
仮にも反乱軍が敵対する王党派によって殺された大公の娘。彼らからしてみれば共通の敵を持つ同志と認識している、という訳ではない。
ロングビルにとっては血は繋がってはいないものの妹のように大切な家族。つまり、優秀な土メイジであるロングビルを味方につけるための人質である。
しかもその身内が異種族であることも承知の上であり、恐らくただ殺すよりはいずれ異種族としての力を利用しようとするつもりなのだ。
シティオブサウスゴータからシルフィードで北へおよそ数十リーグを飛んでいった所に、その屋敷はあった。
さすがに元大公の屋敷というだけあって土地は広く、シティオブサウスゴータにも匹敵するものだ。
肥沃な土地と森に囲まれた中に旧モード大公の屋敷は建っているのだが、その屋敷は所々が崩落し、木々や草も焼かれている。かつて、王党派がこの土地へ攻めてきた際の名残なのであろう痕跡があった。
上空でシルフィードに乗ったまま様子を見ていたスパーダはその屋敷および周辺を観察していて妙なことに気づいていた。
「人間の姿が見えんな」
庭にはいくつもの影が蠢いているのが分かるのだが、それらは全て人間などではなかった。
ハルケギニアの各所で活動し、時には人間を喰らうとされる獰猛な亜人だ。
人間よりも二回り以上も大きいオーク鬼やトロール鬼が堂々と庭中を歩き回っているのが見下ろせた。その数は十にも昇る。
「人間の戦争に介入して殺しを楽しんでいるのよ。あいつらは」
「暇な奴らだ」
ロングビルが忌々しそうに呟くと、スパーダは呆れたように溜め息を吐いた。
だが、このような連中がいる以上はこのまま静観するだけ時間の無駄というものである。
「私が呼ぶまでお前はここにいろ」
(きゅい……悪魔に命令されるなんて嫌なのね。でも、お姉様が一緒じゃないから、怖いのね……)
シルフィードの首を数回叩きながらそう命ずると、本来の主の命令ではないためか、そのような愚痴を呟いている。
「ちょっ、ちょっと!」
そんなシルフィードに構わずスパーダは立ち上がるなり、何の躊躇もせずにいきなり地上に向けて頭から飛び降りていったのだ。
あまりに唐突な行動に出たスパーダに、思わずロングビルも声を上げてしまう。
そして、すぐに自分も杖を手にしてスパーダを追って飛び降りた。
およそ80メイルもの高さから屋敷の庭目がけて急降下していったスパーダは地上に到着する寸前で身を翻して体勢を変えると、
ちょうど真下で立ち尽くしていたオークの頭上を踏み潰すように着地していた。
高々度からの急降下による衝撃で首を砕かれたオークはその巨体をドスン、と重い音を響かせながら倒れていた。
――ブギィィ!
――グルルゥッ……。
庭中を歩き回っていた亜人達が一斉にいきなり現れたスパーダを振り返り、猛々しい唸りや雄叫びを上げて威嚇してくる。
運悪く踏み潰されたオークの亡骸から降りたスパーダは自分を取り囲む亜人達を見回していた。
どいつも原始的な武器を手にしたままスパーダに対する敵意とを剥き出しにしており、殺戮を楽しまんとしようとするのが見て取れる。
だが、この亜人達にとって不幸だったのはこれから彼らが相手をしようとしていたのが人間ではないということだ。
そして、その事実を知能の低いこの亜人達が気づくことはない。
何しろ姿形は、人間そのものなのだから。
――プギギィィ!
二体のオークが前と背後から棍棒を振り上げ、挟み撃ちを仕掛けようと突進してきた。
前から向かってくる方は棍棒を横に振り回し、後ろのオークは渾身の力を込めて棍棒を振り下ろす。
――ブギャッ!?
だが、スパーダを叩き潰すはずであった棍棒は彼ではなく、挟み撃ちを仕掛けた仲間の体に叩きつけられていた。
スパーダが霧のように姿を消してしまったことに驚く暇もなくメキリ、グシャッ、という生々しい音と共に同士射ちをしたオーク達は悲鳴を上げる。
オーク達の頭上へ空間転移で移動していたスパーダは短銃を手にし、再び逆さの体勢になると真下のオーク達に次々と銃弾の雨を浴びせていく。
脳天を撃ち抜かれたオークはスパーダが身を翻して着地する前に絶命し、着地したスパーダの足場となっていた。
周りの亜人達は銃をしまうスパーダ目がけて過半数が一斉に突進してくる。だが、あまりにも猪突猛進な動きだ。
スパーダは落ち着いたままリベリオンに手をかけると、向かってくる一体のトロールに向けて迷わず投擲した。
投げ槍のように放たれたリベリオンはトロールの太い喉を容易く貫き、大量の血飛沫が飛び散らせながら仕留めていた。
スパーダは休む間もなくすぐに閻魔刀を構えると瞬時に抜刀する。
一太刀、二太刀、三太刀……。
亜人達にはそれが単に手を少し動かしただけに見えており、神速の居合いで振られた閻魔刀の刃を見ることすらできなかったが。
空気が重々しく不気味に唸る音を響かせ、目の前まで迫ってきた三体の亜人達の存在する空間が歪む。
次の瞬間、亜人達の上半身を包むにして斬撃が繰り出され、文字通り消滅していた。
それでも勢いがついていた下半身は血を噴かせながらスパーダに避けられるまで動き続けていた。
一分と掛からずに七体も全滅させられ、残りは三体。
亜人達はあまりにも異常な強さを見せ付けたスパーダに対し、恐怖を抱いていた。
こいつは本当に人間なのか。いかに知能が低い彼らとはいえそう思いたくもなるだろう。
戦意を喪失する亜人達に対し、スパーダは閻魔刀を手にしたままその場から動かない。
だが、その表情はあまりにも恐ろしいものだった。
無表情ではあるが、全てを凍てつかせんとする氷のようで、そして全て射抜きそうな刃のごとき鋭さが秘められた瞳……。
……まるで悪魔のように恐ろしい姿だった。
――ピギイイィィッ!!
――グギャアアッ!!
恐怖が臨界点を突破したのか、獰猛な亜人達は次々と武器を捨てて一目散に森の中へと逃げ出していった。
その様を見届けていたスパーダが軽く鼻を鳴らすと、トロールの亡骸に刺したままだったリベリオンがまるで頃合を見計らっていたようにひとりでに抜け出し、回転しながら主の手の中へと戻っていく。
あっさりと愛剣を掴み取ったスパーダは何事もなかったように背に戻す。
「オークやトロールを怯えさせるなんて、本当に大したものね」
スパーダの隣にレビテーションでゆっくりと着地してきたロングビルが嘆息を吐きながら言った。
ゴーレムの一体でも造り出して援護しようかとも思ったのだが、そんなことをする暇もなく片付けてしまった。
やはりこの男はただものではない。以前学院でオスマンとコルベールがスパーダが〝ガンダールヴ〟ではないかという話を盗み聞きしたことがあるのだが、その真偽など関係なく彼は強い。
その気になれば一国の軍隊さえも殲滅できそうな気もしてならない。……実際は無理だろうとはいえ、そう考えてしまう。
「亜人とて命は惜しい訳だ。さて、君の身内はこの屋敷のどこにいる?」
「え、ええ……。付いてきて」
ロングビルは何故か険しい表情で屋敷を眺めていたスパーダを屋敷の中へと招き、正面玄関の扉を開ける。
最近までは人間がある程度住んでいたために中は意外と綺麗であり、天井に吊るされたシャンデリアの明かりが内部をはっきりと照らしていた。
だが、現在ここにいるのはロングビルの身内だけだ。毎日、食事だけは外から運ばれているようなので彼女が飢えたりする心配はない。
だが、やはりこんな場所で幽閉されたままなど彼女にとっては生き地獄も良い所だ。
沈黙が支配する屋敷の中をスパーダを導きながら進んでいくロングビルは自分の妹があれから何もされていないことを願っていた。
それにしても、中の様子が二日前に来た時とは違う。
所々に2メイルはあろうかというかかしのような姿をした人形が置かれているし、毒々しい紫の霧が漂っていたりと
これまで土くれのフーケとして修羅場を潜り抜けてきたロングビルでさえ異様な不気味さを感じとっていた。
「Freeze.(止まれ)」
「えっ、何よ?」
三階へと上がり、廊下を進んでいる途中、唐突にスパーダが呼び止めてきたのでロングビルは足を止めて振り向き、そして目を見開いた。
スパーダはいつの間にかリベリオンを肩に担ぎ、銃をこちらに突きつけているのだ。
……いや、その銃口の狙いは自分ではない。これは……。
そう思った瞬間、スパーダは引き金を引いていた。銃声が鳴り響き、銃弾がロングビルの横髪を掠めていく。
――クキャアァッ!
背後から、奇妙な奇声が響いていた。
ロングビルが振り向くと、そこにはいつの間にか見た事もない異形が銃弾に撃ち抜かれ、床に落ちて痙攣していた。
蛸のような触手を星の形のようにいくつも生やした、軟体生物のようなものだったそれは体液を噴出させながら床に吸い込まれるように溶けていく。
「……貴族派は悪魔と組んでいるのか?」
「え? 悪魔って、何のことよ? というより、何よ今のは?」
困惑するロングビルの姿を見つつ、スパーダは深刻そうな表情で熟考する。
今のは悪魔の怨念の集合体であり、新たな個体となった下級悪魔のソウルイーターだ。
獲物の背後に忍び寄り、獲物の体を拘束して魂を貪り尽くそうとする。
普段は気体に擬態しているために物理的な攻撃が効かないが、獲物の背後から襲い掛かる時だけ実体化するのである。
スパーダは屋敷のすぐ外で近くから観察していた時も、内部に無数の悪魔達の気配を感じとっていたのですぐに対応ができたのだ。
だが、こんな下級の悪魔が何故こんな所に?
魔界から迷い込んだのがたまたまここにいたのか、それとも……。
いずれにせよこれ以上ここにいるのは良くない。自分はまだしも、ロングビルや彼女の身内は格好の餌食になる。早く目的を果たさなければ。
「……ぐずぐずしている暇はない。すぐに君の身内を連れ出すぞ。ここは危険だ」
深刻な表情のままスパーダが肩を叩いて促してきたため、一瞬何のことだかを聞こうとしたロングビルだったが、とりあえず今は彼に従って妹がいる場所へと駆けていく。
……その間、彼女は恐ろしい光景を次々と目にしていた。
廊下に飾られていた騎士の鎧が突然動き出し、一度分解すると全く違う形の鎧となって襲ってきたのだ。
回転するノコギリの刃のような円盤の盾を手にするそのガーゴイルみたいな奴は手にした剣を振り回してくるため、ロングビルも杖にブレイドの魔法をかけて牽制していた。
どんなにブレイドで攻撃しても全て弾かれてしまい、おまけに的確に盾で防御してくるために始末が悪い。
スパーダはそいつらの背後に回ると、その背に張り付いていた赤い結晶を振り上げたリベリオンで砕いた。それだけでその鎧は崩れて消えてしまった。
体術に自信のあるロングビルも同じようにして後ろに回り込むことでガーゴイルのようなそいつらを倒していた。
突然、虚空に波紋が浮かび上がると共に姿を現したのは巨大な丸い物体を頭上に掲げている貧相な人型の体をした化け物だった。
心臓のように鼓動し、やがて色が変わっていくそれを掲げているそいつらが現れた途端、スパーダはその化け物に接近しようとせずできるだけ遠距離から銃を撃っていく。
何発か銃弾が撃ち込まれると掲げていた物体が突然爆発し、周辺を粉々に吹き飛ばしていた。どうやらあれは爆弾らしい。
さらに同じ奴が現れると、そいつは掲げていたその爆弾を投げつけてきたのだ。
あれが近くで爆発すれば自分達が吹き飛ばされてしまう。
だが、スパーダは斜に構えていたリベリオンを思い切り振り上げて打ち返し、化け物にぶつけて返り討ちにしていた。
「い、一体何なのよ。あいつら……」
「君は悪魔を見たことがないのか」
裏の世界の人間である割に悪魔達を見たことがない様子のロングビルにスパーダは意外に思っていた。
スパーダに問われ、呆気に取られていたままだったロングビルはぽかんと口を開いたまま恐る恐る頷く。
「ならば今のうちに覚えておくと良い。このハルケギニアにはこいつらのような存在もいるということを」
呆然と立ち尽くしていたロングビルだが、突如何かを思い立ったのか青ざめた表情を浮かべると、慌てて廊下を駆け出した。
スパーダもリベリオンを手にかけたままその後を追っていく。
恐らく、彼女の身内が悪魔達の手にかかる場面を想像してしまったのだろう。
「テファ!」
やがてロングビルはある部屋の大きな扉を破るようにして開け、その中へと飛び込んでいた。
そこはかつてのこの屋敷の主であったモード大公の居室なのか、壮麗な造りの広い部屋だった。
ソファーからベッドまで、この世界の貴族の部屋にしては少し控え目ではあるもののどれも上等なものばかりだった。
その部屋の中に、一人の少女の姿があった。
歳は17くらいだろうか。長いブロンドの髪は波打つ金の海のように輝いており、粗末で丈の短い草色のワンピースから延びる手足は細くしなやかであり、可憐な少女として彩られている。
人間からしてみれば、妖精のように神々しい清純な美しさであることだろう。
そして、最も特徴的であったのは華奢な体格に反してまるで大きな果実のように豊満な彼女の胸だった。
普通の人間の男であれば必ず目が惹かれてしまいかねないほどに美しく形が整っており、魔界の女悪魔でさえここまで大きくはない。
もっとも、その悪魔であるスパーダにとってはそんなものはどうでも良いことだが。
彼女は窓の近くの壁際で蹲りながら己の耳を両手で押え、怯えるように目を閉じていた。
部屋に飛び込み、一度中を見回していたロングビルは少女の姿を見つけるとその表情には安堵が宿る。
「テファ! あたしだよ!」
ロングビルは即座にその傍に駆け寄り屈むと、少女の肩を揺すって呼びかける。
それに反応し、少女はそっと目を開けた。そして、目の前にいるロングビルの姿を目にすると、しばしの間沈黙する。
「……マチルダ姉さん!」
やがて顔を輝かせた少女は目元に涙を浮かべ、いつも聞いているのとは違う名でロングビルの名を叫ぶとその胸へと飛び込んでいた。
「もう大丈夫だからね……」
ロングビルは少女を優しく抱き締めながらなだめている。
その光景を静観していたスパーダだったが、少女の露となったその長く尖った耳を目にして囁いた。
「ハーフエルフか?」
これまでの話から統合して少女が異種族と人間の混血であることは理解していたが、その異種族がエルフであることには驚いた。
ハルケギニアの人間が最も恐れ、そして敵対しているはずだという種族がまさか人間とつがいとなるとは。
スパーダの囁きを聞いたロングビルはハーフエルフの少女を抱いたまま立ち上がると、己の杖をスパーダに向けてきた。
「……そうだよ。この子はハーフエルフさ。あなたはエルフの血を引いているこの子を差別する気?」
「そんなしがらみには興味がない」
両手を広げ、肩をすくめながらスパーダは返す。
悪魔と心を通わせた人間ですらいるのだ。今更、この世界の異種族を差別する気などない。
目の前にいるこのロングビルでさえ、その少女を差別などしていないのだ。
「マチルダ姉さん。あの……」
スパーダをじっと見ていたハーフエルフの少女が恐る恐るロングビルに話しかけると、彼女は杖を下げて少女を見返していた。
「大丈夫だよ、テファ。この男はあたしの仲間さ」
「挨拶は後回しにしようか」
険しい表情となったスパーダが閻魔刀を抜きながら素早く体を反転させて後ろを振り向いた。
次の瞬間、扉の向こうから銃声が連続で響くと共に無数のナイフが飛来してきたが、スパーダが閻魔刀を正面で回転させて銃弾とナイフを全て弾いていく。
「きゃあああっ!」
少女が悲鳴を上げ、ロングビルが庇うようにその体をしっかりと抱き締める。
見ると、扉の向こうの廊下には屋敷中で見かけたあの人形が何十体という数でこちらへ向かって来るのだ。
おまけに手にするマスケット銃やらナイフやらといった武器を手にし、それを振り回して構えて攻撃してくる。
「壁に穴を開けて外へ出ろ」
スパーダは閻魔刀でマリオネット達の攻撃を防御したまま後ろに少しずつ下がっていくと、肩越しにロングビルを振り向いてそう命ずる。
ロングビルは即座に背後の壁に杖を向け、練金の魔法を唱えると一瞬にして砂へと変えて壁に穴を開けていた。
その穴の先はもう屋敷の外だ。
ロングビルが少女の体を抱きかかえ外へと飛び出すと、スパーダも閻魔刀を手にしたままその後を追っていった。
屋敷の庭へと飛び降りると、先に出ていた二人はその場で立ち止まっていた。
そこにはスパーダが倒した獰猛な亜人達の死体は影も形もない。代わりに目にしたのは全身の筋肉が剥き出しで目や口などに拘束具のようなものを装着し、手には巨大な鎌を手にした悪魔達。
嫉妬の罪を犯した者を地獄で責め続ける下級悪魔・ヘル=エンヴィーの大群が群がっていたのだ。
魔物などの体液や血肉などを媒介にして現れるこいつらにとって、あの亜人達の亡骸は恰好の依り代であったようである。
「マ、マチルダ姉さん……」
「下がってなさい、テファ」
ヘル=エンヴィー達がゆっくりと迫って来る中、ロングビルが少女を後ろにやると杖を構えてルーンを唱える。
すると、ヘル=エンヴィー達の背後の地面が大きく盛り上がり、15メイルはあろうかという巨大な土のゴーレムが出来上がっていた。
土くれのフーケであった彼女の十八番だ。
ゴーレムの出現にさすがのヘル=エンヴィー達も驚いている。そんなヘル=エンヴィー達を彼女のゴーレムはその剛腕を振り回して次々と叩き潰していた。
スパーダは彼女達の後ろで、しつこく庭まで追ってきたマリオネット達を次々と閻魔刀を力強く華麗に振り回して斬り捨てていく。
そんな戦いを続ける二人の男女の姿を、少女は目を丸くしながら交互に見つめていた。
初めて見にした姉の意外な姿、そして初めて出会ったこの男の姿。
その両方とも、目を奪われる鮮烈な光景だった。
「Come on!(来い!)」
ロングビルのゴーレムがヘル=エンヴィー達を全滅させるのを確認したスパーダは、大声で上空にて待機していたシルフィードに呼びかける。
庭に降りてきたシルフィードに向かってロングビルは少女の手を引いて駆け寄りその背に乗せ、飛び乗ったスパーダと共に乗り込む。
まだマリオネット達はしつこく追いかけてきたが、シルフィードは急速に上昇すると即座にこの空域を離れていった。
当面の目的は果たしたので、三人を乗せたシルフィードはニューカッスルへの帰路へと着く。
その背の上でロングビルは少女の体に自分が着ていたマントを着せていた。この空の上は彼女にとってはいささか寒いようだ。
「彼女から話は色々と聞いている。スパーダだ」
「あ、あの……ティファニアです」
空の上でスパーダはティファニアと名乗った少女と話を交わす。だが、ティファニアはスパーダのことをまだ恐がっているようだ。
「大丈夫だよ、テファ。彼はあたしの仕事先の同僚だから」
怯えるティファニアをロングビルは宥めると表情が安堵したものへと変わっていく。
「マチルダ姉さんの? お友達なのね?」
「まあ、そんなところだよ」
「マチルダ……それが君の本当の名か」
スパーダはそれまでは学院の秘書としての名であろうロングビルという名前しか知らず、おまけに態度もずいぶんと気さくなものに変化しているので少し呆気に取られていた。
「もう、とっくの昔に無くしちゃったけどね。あたしの本当の名は、マチルダ・オブ・サウスゴータさ」
「では、今後はそう呼んだ方がいいか」
「よしてよ。今更あなたにそう呼ばれたってしっくりこないわ」
苦笑するロングビル……マチルダはけらけらと笑っていた。
「あ、あの……スパーダ、さん?」
まだ少し恐がりつつも勇気を出してスパーダに話かけてくるティファニアをスパーダは振り向く。
「マチルダ姉さんと一緒に働いていたんです、よね?」
「そういうことになるな」
「姉さんの仕事って、何なんですか? わたしが聞いても教えてくれなくて……」
そう問われてスパーダはちらりとマチルダの方を見る。
彼女は目を細くしてスパーダを見返していた。真実は全て語るな。そう言っている。
「彼女はこことは違う国の魔法の学校で秘書として働いていた」
「秘書? 偉い人のお手伝いをしていたの?」
ティファニアはマチルダの方を振り向き、興味深そうにしている。
「そういうことさ。あまり給料は高い訳じゃないけど、それなりに楽しいよ」
自分が元盗賊であったことは話したくないのだろう。それでティファニアがショックを受けてしまうのを避けているのだ。
血は繋がってはいないとはいえ、二人は姉妹のように語り合う中、シルフィードの上で座り込んだままスパーダは険しい顔で考え事をしていた。
あの屋敷で現れた悪魔達のことである。
奴らはどうやらアルビオンの貴族派が放った悪魔のようだった。
人質であるティファニアが逃げられないように外の亜人達と共に見張りをしていたのだろう。
もしも血に飢えて姿を現したのであればティファニアはとっくに奴らの餌食になっていたはずである。
襲われていなかったのは、貴族派の連中の命令だったからだ。
……だが、何故貴族派にあの悪魔達が従っているのか。人間に召喚されてその主に従うような悪魔はいるが、
今回相手にした連中は人間が使役できるようなものではないはずである。
なのに、貴族派の命令に従っていた。……いや、貴族派は直接な主ではないのかもしれない。
だとすれば他に考えられるのは……。
(誰だ? 誰が裏で手を引いている?)
下級悪魔達を直接従えられるのは純粋な上級悪魔だ。それもあれだけの数を従えられるのはかなり格の高い悪魔である。
スパーダが知っている限り、軍勢を率いるだけの統率力があるのは三つの勢力に分かれた最上級悪魔。
羅王か。
それとも、覇王か。
かつての主――魔帝なのか……。
#navi(The Legendary Dark Zero)
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#navi(The Legendary Dark Zero)
アルビオン大陸の一地方、サウスゴータは港町ロサイスと首都ロンディニウムを繋ぐ交通の要衝とされている。
その面積はとても広く、小高い丘がいくつも続く丘陵地帯から、緑溢れる広大な森林、清らかな水源を蓄えた山脈地帯までもがこの地方に含まれている。
かつてこの土地の全域を統治していたのがアルビオン国王の弟であり、財務監督官を務めていたモード大公という人物である。
もっとも、四年前に彼が兄である国王自らの手によって投獄され、殺害されてからというものの、この土地は非常に不安定な状勢となってしまっているのだが。
その一地方の小高い丘の上に建設された中心都市が、シティオブサウスゴータである。
円形状の城壁と内面に作られた五芒星形の大通りが特徴的なアルビオン有数の大都市であり、その人口は四万を数えるとされる。
行政の運営は議会によって行われ、太守も名目上の存在とはいえ堅実な統治を行ってきた。
だが、四年前の出来事、それに合わせて現在は貴族派の反乱軍によって占領されている状況となっている。
ところが、不思議なことにこの町に住む人達はそんな反乱軍に対して拒むどころか、むしろ四年前の出来事から直轄していた王党派の統治から
解放されたことでむしろすっきりした所が多かった。
「いやあ、とうとうあの王様もくたばるのか!」
「まったく、清々するよな!」
ある酒場では王党派が明日にでも壊滅するという事実を素直に喜ぶ者がいた。
何しろ、四年前の出来事で王軍が攻めてきた際、この町にも多大な被害を出したのだから。
おまけにこれまで平和に統治してきた大公や太守がいなくなってからというものの、王党派の統治はあまりにも窮屈なものであった。
税は高くなる上、町には王軍の衛兵が闊歩し、民を監視する毎日。
もはやこの町の民達の不満と怒りが限界へと達した中、あの忌まわしき王党派が壊滅するのだ。
王党派に対する恨みもあって、この町の人々は素直にもはや過去の統治者に過ぎない王党派が滅びることを喜んでいるのである。
中には直接、王の首を跳ねてやりたかった、と息巻く者もいる始末だ。
「共和制に乾杯! ってか!?」
「ははは、違いない!」
(その連中が、王党派と大して変わらないのよね)
酒場中の人間が歓喜する中、カウンターで一人寂しく酒を口にする女がいた。
フードを深くかぶったマントを身に纏う彼女も、明日には滅びる王党派を憎んでいる。だが、それを素直に喜ぶことはできない。
何故なら、その王党派を追い詰めている反乱軍は目的の為なら一切の手段は選ばない非道な連中だから。
彼女は自分の大切なものを、そいつらに奪われているのだ。
(何も知らないと、幸せで良いわよね)
酒場中で歓喜する男達を嘲りながら、ロングビルはグラスの中の酒をあおった。
故郷で作られた酒とはいえ、何故か味気がない。
彼女は今、一人の男を待っていた。と、いっても別に逢引の約束をしている訳ではない。
自分に残された大切なものを取り返すため。彼はそれに協力してくれると言ってくれた。
奪われた物は盗り返す。かつて、土くれのフーケとして活動していた彼女ならばそれを実行していた。
だが、今回ばかりは自分一人では無理だ。
だからこそ、彼の力が必要なのだ。
いつ来てくれるかも分からないその男を、彼女はずっと待ち続けていた。
「もう一杯、お願いね」
「あまり酔い過ぎてもらっては困るのだがな」
ロングビルが店員に空のグラスを差し出した時、すぐ隣から男の声がした。
刃のような鋭さ、そして威厳さと共に紳士のように静かな声。
ハッと驚いたロングビルが隣を振り向くと、いつの間にか濃い紫のコートを身に纏ったオールバックの銀髪の男が立っていた。
こんな公衆の面前で堂々と大剣を背負い、腰にも剣を携えているその男は、彼女が待ち望んだ姿であった。
「あ、あなた、どうして……」
本来ならば喜ぶべきだが、同時に困惑の思いも彼女にはあった。
このスパーダという男は今、彼自身の仕事を務めている最中で自分の協力はまだできないと言ってきたはずなのに。
いくら何でも協力を申し出た翌日なんて早すぎる。
「朝まで暇が取れたのでな。まあ、そんなことはどうでも良い。もう一杯飲んでから行くか、行ってから飲むか。どちらにする?」
あまりにも唐突なスパーダの登場に呆気に取られるロングビルであったが、本人はそんなことに構わず冷静に選択を迫る。
当然、彼女が選ぶのは――。
酒場の外へと出た二人は、スパーダがここへ来るまでに乗ってきたシルフィードが待つ場所まで向かう。
町のすぐ外でシルフィードは待機させているのだ。
「しかし、こんな遅くだというのに騒がしいな」
既に深夜過ぎである現在、本来ならばどの酒場も閉まっているはずだというのに
この町の全ての酒場は未だ開店状態であり、客達は馬鹿騒ぎをしていた。
大通りを歩きながら、スパーダはこのお祭りのような光景を不思議に感じていた。
「この町の人達はみんな、王家が嫌いなのよ。これまでこの土地全体を治めていた大公はおろか、太守さえも殺されたんだから」
「そして、君もその一人か?」
スパーダの言葉に、ロングビルは顔を顰めて俯く。その表情は静かな怒りと悲しみが浮かび上がっていた。
「……そうよ。私はあいつらが憎い。できる事なら、この手で復讐してやりたいとも思ったわ。でも、そのためだけに生きていたら、あの子達を守ることはできなかったでしょうね」
その顔に刻まれた怒りはさらに強くなり、ロングビルは唇を噛みしめる。
「……だから、私の大切な物を奪った貴族派の連中も許せない。絶対にあの子は取り返し、この手で守ってみせるわ」
「That's right.(その意気だ)」
大切なものを守るために戦おうとする彼女の姿に、スパーダは満足気に微かな笑みを浮かべた。
ロングビルが最後に身内と会ったのは、二日前だったという。
その身内はかつてモード大公が住んでいた屋敷に軟禁されているそうだ。
モード大公が亡くなってからというものの、その屋敷は彼女の実家を取り潰した王党派に属していた一貴族の手に渡ったが、今回の反乱によって現在は反乱軍の手に落ちている。
反乱軍が捕らえた彼女の身内がモード大公の隠し子であることは知っていたようで、意外にもあまり酷い扱いはされていなかったらしい。
仮にも反乱軍が敵対する王党派によって殺された大公の娘。彼らからしてみれば共通の敵を持つ同志と認識している、という訳ではない。
ロングビルにとっては血は繋がってはいないものの妹のように大切な家族。つまり、優秀な土メイジであるロングビルを味方につけるための人質である。
しかもその身内が異種族であることも承知の上であり、恐らくただ殺すよりはいずれ異種族としての力を利用しようとするつもりなのだ。
シティオブサウスゴータからシルフィードで北へおよそ数十リーグを飛んでいった所に、その屋敷はあった。
さすがに元大公の屋敷というだけあって土地は広く、シティオブサウスゴータにも匹敵するものだ。
肥沃な土地と森に囲まれた中に旧モード大公の屋敷は建っているのだが、その屋敷は所々が崩落し、木々や草も焼かれている。かつて、王党派がこの土地へ攻めてきた際の名残なのであろう痕跡があった。
上空でシルフィードに乗ったまま様子を見ていたスパーダはその屋敷および周辺を観察していて妙なことに気づいていた。
「人間の姿が見えんな」
庭にはいくつもの影が蠢いているのが分かるのだが、それらは全て人間などではなかった。
ハルケギニアの各所で活動し、時には人間を喰らうとされる獰猛な亜人だ。
人間よりも二回り以上も大きいオーク鬼やトロール鬼が堂々と庭中を歩き回っているのが見下ろせた。その数は十にも昇る。
「人間の戦争に介入して殺しを楽しんでいるのよ。あいつらは」
「暇な奴らだ」
ロングビルが忌々しそうに呟くと、スパーダは呆れたように溜め息を吐いた。
だが、このような連中がいる以上はこのまま静観するだけ時間の無駄というものである。
「私が呼ぶまでお前はここにいろ」
(きゅい……悪魔に命令されるなんて嫌なのね。でも、お姉様が一緒じゃないから、怖いのね……)
シルフィードの首を数回叩きながらそう命ずると、本来の主の命令ではないためか、そのような愚痴を呟いている。
「ちょっ、ちょっと!」
そんなシルフィードに構わずスパーダは立ち上がるなり、何の躊躇もせずにいきなり地上に向けて頭から飛び降りていったのだ。
あまりに唐突な行動に出たスパーダに、思わずロングビルも声を上げてしまう。
そして、すぐに自分も杖を手にしてスパーダを追って飛び降りた。
およそ80メイルもの高さから屋敷の庭目がけて急降下していったスパーダは地上に到着する寸前で身を翻して体勢を変えると、
ちょうど真下で立ち尽くしていたオークの頭上を踏み潰すように着地していた。
高々度からの急降下による衝撃で首を砕かれたオークはその巨体をドスン、と重い音を響かせながら地に倒れ伏す。
――ブギィィ!
――グルルゥッ……。
庭中を歩き回っていた亜人達が一斉にいきなり現れたスパーダを振り返り、猛々しい唸りや雄叫びを上げて威嚇してくる。
運悪く踏み潰されたオークの亡骸から降りたスパーダは自分を取り囲む亜人達を見回していた。
どいつも原始的な武器を手にしたままスパーダに対する敵意とを剥き出しにしており、殺戮を楽しまんとしようとするのが見て取れる。
だが、この亜人達にとって不幸だったのはこれから彼らが相手をしようとしていたのが人間ではないということだ。
そして、その事実を知能の低いこの亜人達が気づくことはない。
何しろ姿形は、人間そのものなのだから。
――プギギィィ!
二体のオークが前と背後から棍棒を振り上げ、挟み撃ちを仕掛けようと突進してきた。
前から向かってくる方は棍棒を横に振り回し、後ろのオークは渾身の力を込めて棍棒を振り下ろす。
――ブギャッ!?
だが、スパーダを叩き潰すはずであった棍棒は彼ではなく、挟み撃ちを仕掛けた仲間の体に叩きつけられていた。
スパーダが霧のように姿を消してしまったことに驚く暇もなくメキリ、グシャッ、という生々しい音と共に同士射ちをしたオーク達は悲鳴を上げる。
オーク達の頭上へ空間転移で移動していたスパーダは短銃を手にし、再び逆さの体勢になると真下のオーク達に次々と銃弾の雨を浴びせていく。
脳天を撃ち抜かれたオークはスパーダが身を翻して着地する前に絶命し、着地したスパーダの足場となっていた。
周りの亜人達は銃をしまうスパーダ目がけて過半数が一斉に突進してくる。だが、あまりにも猪突猛進な動きだ。
スパーダは落ち着いたままリベリオンに手をかけると、向かってくる一体のトロールに向けて迷わず投擲した。
投げ槍のように放たれたリベリオンはトロールの太い喉を容易く貫き、大量の血飛沫が飛び散らせながら仕留めていた。
スパーダは休む間もなくすぐに腰を落とし閻魔刀を構えると、瞬時に抜刀する。
――キィンッ!
閃光が瞬き、亜人達は神速の居合いで振られた閻魔刀の刃を見ることができず、スパーダの手がブレたとしか認識することはできなかった。
空気が重々しく不気味に唸る音を響かせ、目の前まで迫ってきた三体の亜人達の存在する空間が歪む。
瞬間、亜人達の上半身に無数の斬撃が刻まれ、様々な角度で微塵切りにされていた。首はもちろんのこと、腕も胴体もボトボトと落ちていく。
それでも勢いがついていた下半身は血を噴かせながらスパーダに避けられるまで動き続けていた。
一分と掛からずに七体も全滅させられ、残りは三体。
亜人達はあまりにも異常な強さを見せ付けたスパーダに対し、恐怖を抱いていた。
こいつは本当に人間なのか。いかに知能が低い彼らとはいえそう思いたくもなるだろう。
戦意を喪失する亜人達に対し、スパーダは閻魔刀を手にしたままその場から動かない。
だが、その表情はあまりにも恐ろしいものだった。
無表情ではあるが、全てを凍てつかせんとする氷のようで、そして全て射抜きそうな刃のごとき鋭さが秘められた瞳……。
……まるで悪魔のように恐ろしい姿だった。
――ピギイイィィッ!!
――グギャアアッ!!
恐怖が臨界点を突破したのか、獰猛な亜人達は次々と武器を捨てて一目散に森の中へと逃げ出していった。
その様を見届けていたスパーダが軽く鼻を鳴らすと、トロールの亡骸に刺したままだったリベリオンがまるで頃合を見計らっていたようにひとりでに抜け出し、回転しながら主の手の中へと戻っていく。
あっさりと愛剣を掴み取ったスパーダは何事もなかったように背に戻す。
「オークやトロールを怯えさせるなんて、本当に大したものね」
スパーダの隣にレビテーションでゆっくりと着地してきたロングビルが嘆息を吐きながら言った。
ゴーレムの一体でも造り出して援護しようかとも思ったのだが、そんなことをする暇もなく片付けてしまった。
やはりこの男はただものではない。以前学院でオスマンとコルベールがスパーダが〝ガンダールヴ〟ではないかという話を盗み聞きしたことがあるのだが、その真偽など関係なく彼は強い。
その気になれば一国の軍隊さえも殲滅できそうな気もしてならない。……実際は無理だろうとはいえ、そう考えてしまう。
「亜人とて命は惜しい訳だ。さて、君の身内はこの屋敷のどこにいる?」
「え、ええ……。付いてきて」
ロングビルは何故か険しい表情で屋敷を眺めていたスパーダを屋敷の中へと招き、正面玄関の扉を開ける。
最近までは人間がある程度住んでいたために中は意外と綺麗であり、天井に吊るされたシャンデリアの明かりが内部をはっきりと照らしていた。
だが、現在ここにいるのはロングビルの身内だけだ。毎日、食事だけは外から運ばれているようなので彼女が飢えたりする心配はない。
だが、やはりこんな場所で幽閉されたままなど彼女にとっては生き地獄も良い所だ。
沈黙が支配する屋敷の中をスパーダを導きながら進んでいくロングビルは自分の妹があれから何もされていないことを願っていた。
それにしても、中の様子が二日前に来た時とは違う。
所々に2メイルはあろうかというかかしのような姿をした人形が置かれているし、毒々しい紫の霧が漂っていたりと
これまで土くれのフーケとして修羅場を潜り抜けてきたロングビルでさえ異様な不気味さを感じとっていた。
「Freeze.(止まれ)」
「えっ、何よ?」
三階へと上がり、廊下を進んでいる途中、唐突にスパーダが呼び止めてきたのでロングビルは足を止めて振り向き、そして目を見開いた。
スパーダはいつの間にかリベリオンを肩に担ぎ、銃をこちらに突きつけているのだ。
……いや、その銃口の狙いは自分ではない。これは……。
そう思った瞬間、スパーダは引き金を引いていた。銃声が鳴り響き、銃弾がロングビルの横髪を掠めていく。
――クキャアァッ!
背後から、奇妙な奇声が響いていた。
ロングビルが振り向くと、そこにはいつの間にか見た事もない異形が銃弾に撃ち抜かれ、床に落ちて痙攣していた。
蛸のような触手をヒトデのようにいくつも生やした、軟体生物のようなものだったそれは体液を噴出させながら床に吸い込まれるように溶けていく。
「……貴族派は悪魔と組んでいるのか?」
「え? 悪魔って、何のことよ? というより、何よ今のは?」
困惑するロングビルの姿を見つつ、スパーダは深刻そうな表情で熟考する。
今のは悪魔の怨念の集合体であり、新たな個体となった下級悪魔のソウルイーターだ。
獲物の背後に忍び寄り、獲物の体を拘束して魂を貪り尽くそうとする。
普段は気体に擬態しているために物理的な攻撃が効かないが、獲物の背後から襲い掛かる時だけ実体化するのである。
スパーダは屋敷のすぐ外で近くから観察していた時も、内部に無数の悪魔達の気配を感じとっていたのですぐに対応ができたのだ。
だが、こんな下級の悪魔が何故こんな所に?
魔界から迷い込んだのがたまたまここにいたのか、それとも……。
いずれにせよこれ以上ここにいるのは良くない。自分はまだしも、ロングビルや彼女の身内は格好の餌食になる。早く目的を果たさなければ。
「……ぐずぐずしている暇はない。すぐに君の身内を連れ出すぞ。ここは危険だ」
深刻な表情のままスパーダが肩を叩いて促してきたため、一瞬何のことだかを聞こうとしたロングビルだったが、とりあえず今は彼に従って妹がいる場所へと駆けていく。
……その間、彼女は恐ろしい光景を次々と目にしていた。
廊下に飾られていた騎士の鎧が突然動き出し、一度分解すると全く違う形の鎧となって襲ってきたのだ。
回転するノコギリの刃のような円盤の盾を手にするそのガーゴイルみたいな奴は手にした剣を振り回してくるため、ロングビルも杖にブレイドの魔法をかけて牽制していた。
どんなにブレイドで攻撃しても全て弾かれてしまい、おまけに的確に盾で防御してくるために始末が悪い。
スパーダはそいつらの背後に回ると、その背に張り付いていた赤い結晶を振り上げたリベリオンで砕いた。それだけでその鎧は崩れて消えてしまった。
体術に自信のあるロングビルも同じようにして後ろに回り込むことでガーゴイルのようなそいつらを倒していた。
突然、虚空に波紋が浮かび上がると共に姿を現したのは無数のクギが打ち込まれた巨大な有機物を頭上に掲げ貧相な人型の化け物だった。
心臓のように鼓動し、やがて色が変わっていくそれを掲げているそいつらが現れた途端、スパーダはその化け物に接近しようとせずできるだけ遠距離から銃を撃っていく。
何発か銃弾が撃ち込まれると掲げていた物体が突然爆発し、周辺を粉々に吹き飛ばしていた。どうやらあれは爆弾らしい。
さらに同じ奴が現れると、そいつは掲げていたその爆弾を投げつけてきたのだ。
あれが近くで爆発すれば自分達が吹き飛ばされてしまう。
だが、スパーダは斜に構えていたリベリオンを思い切り振り上げて打ち返し、化け物にぶつけて返り討ちにしていた。
「い、一体何なのよ。あいつら……」
「君は悪魔を見たことがないのか」
裏の世界の人間である割に悪魔達を見たことがない様子のロングビルにスパーダは意外に思っていた。
スパーダに問われ、呆気に取られていたままだったロングビルはぽかんと口を開いたまま恐る恐る頷く。
「ならば今のうちに覚えておくと良い。このハルケギニアにはこいつらのような存在もいるということを」
呆然と立ち尽くしていたロングビルだが、突如何かを思い立ったのか青ざめた表情を浮かべると、慌てて廊下を駆け出した。
スパーダもリベリオンを手にかけたままその後を追っていく。
恐らく、彼女の身内が悪魔達の手にかかる場面を想像してしまったのだろう。
「テファ!」
やがてロングビルはある部屋の大きな扉を破るようにして開け、その中へと飛び込んでいた。
そこはかつてのこの屋敷の主であったモード大公の居室なのか、壮麗な造りの広い部屋だった。
ソファーからベッドまで、この世界の貴族の部屋にしては少し控え目ではあるもののどれも上等なものばかりだった。
その部屋の中に、一人の少女の姿があった。
歳は17くらいだろうか。長いブロンドの髪は波打つ金の海のように輝いており、粗末で丈の短い草色のワンピースから延びる手足は細くしなやかであり、可憐な少女として彩られている。
人間からしてみれば、妖精のように神々しい清純な美しさであることだろう。
そして、最も特徴的であったのは華奢な体格に反してまるで大きな果実のように豊満な彼女の胸だった。
普通の人間の男であれば必ず目が惹かれてしまいかねないほどに美しく形が整っており、魔界の女悪魔でさえここまで大きくはない。
もっとも、その悪魔であるスパーダにとってはそんなものはどうでも良いことだが。
彼女は窓の近くの壁際で蹲りながら己の耳を両手で押え、怯えるように目を閉じていた。
部屋に飛び込み、一度中を見回していたロングビルは少女の姿を見つけるとその表情には安堵が宿る。
「テファ! あたしだよ!」
ロングビルは即座にその傍に駆け寄り屈むと、少女の肩を揺すって呼びかける。
それに反応し、少女はそっと目を開けた。そして、目の前にいるロングビルの姿を目にすると、しばしの間沈黙する。
「……マチルダ姉さん!」
やがて顔を輝かせた少女は目元に涙を浮かべ、いつも聞いているのとは違う名でロングビルの名を叫ぶとその胸へと飛び込んでいた。
「もう大丈夫だからね……」
ロングビルは少女を優しく抱き締めながらなだめている。
その光景を静観していたスパーダだったが、少女の露となったその長く尖った耳を目にして囁いた。
「ハーフエルフか?」
これまでの話から統合して少女が異種族と人間の混血であることは理解していたが、その異種族がエルフであることには驚いた。
ハルケギニアの人間が最も恐れ、そして敵対しているはずだという種族がまさか人間とつがいとなるとは。
スパーダの囁きを聞いたロングビルはハーフエルフの少女を抱いたまま立ち上がると、己の杖をスパーダに向けてきた。
「……そうだよ。この子はハーフエルフさ。この子を殺そうっていうならあたしは容赦しないよ」
「あいにく、ハルケギアの人間のしがらみに興味はない」
両手を広げ、肩をすくめながらスパーダは返す。
悪魔と心を通わせた人間ですらいるのだ。今更、この世界の異種族を差別する気などない。
目の前にいるこのロングビルでさえ、その少女を差別などしていないのだ。
「マチルダ姉さん。あの……」
スパーダをじっと見ていたハーフエルフの少女が恐る恐るロングビルに話しかけると、彼女は杖を下げて少女を見返していた。
「大丈夫だよ、テファ。この男はあたしの仲間さ」
「挨拶は後回しにしようか」
険しい表情となったスパーダが閻魔刀を抜きながら素早く体を反転させて後ろを振り向いた。
次の瞬間、扉の向こうから銃声が連続で響くと共に無数のナイフが飛来してきたが、スパーダが閻魔刀を正面で回転させて銃弾とナイフを全て弾いていく。
「きゃあああっ!」
少女が悲鳴を上げ、ロングビルが庇うようにその体をしっかりと抱き締める。
見ると、扉の向こうの廊下には屋敷中で見かけたあの人形が何十体という数でこちらへ向かって来るのだ。
おまけに手にするマスケット銃やらナイフやらといった武器を手にし、それを振り回して構えて攻撃してくる。
「壁に穴を開けて外へ出ろ」
スパーダは閻魔刀でマリオネット達の攻撃を防御したまま後ろに少しずつ下がっていくと、肩越しにロングビルを振り向いてそう命ずる。
ロングビルは即座に背後の壁に杖を向け、錬金の魔法を唱えると一瞬にして砂へと変えて壁に穴を開けていた。
その穴の先はもう屋敷の外だ。
ロングビルが少女の体を抱きかかえ外へと飛び出すと、スパーダも閻魔刀を手にしたままその後を追っていった。
屋敷の庭へと飛び降りると、先に出ていた二人はその場で立ち止まっていた。
そこにはスパーダが倒した獰猛な亜人達の死体は影も形もない。代わりに目にしたのは、目や口だけでなく血の気のないやせこけた体にも黒い包帯を巻きつけ、鋸状の刃を有する巨大な鎌を手にした悪魔達。
嫉妬の罪を犯した者を地獄で責め続ける下級悪魔・ヘル=エンヴィーの大群が群がっていたのだ。
魔物などの体液や血肉などを媒介にして現れるこいつらにとって、あの亜人達の亡骸は恰好の依り代であったようである。
「マ、マチルダ姉さん……」
「下がってなさい、テファ」
ヘル=エンヴィー達がゆっくりと迫って来る中、ロングビルが少女を後ろにやると杖を構えてルーンを唱える。
すると、ヘル=エンヴィー達の背後の地面が大きく盛り上がり、15メイルにもなる巨大な土のゴーレムが出来上がっていた。
土くれのフーケであった彼女の十八番だ。
ゴーレムの出現にさすがのヘル=エンヴィー達も驚いている。そんなヘル=エンヴィー達を彼女のゴーレムはその剛腕を振り回して次々と叩き潰していた。
スパーダは彼女達の後ろで、しつこく庭まで追ってきたマリオネット達を次々と閻魔刀を力強く華麗に振り回して斬り捨てていく。
そんな戦いを続ける二人の男女の姿を、少女は目を丸くしながら交互に見つめていた。
初めて見にした姉の意外な姿、そして初めて出会ったこの男の姿。
その両方とも、目を奪われる鮮烈な光景だった。
「Come on!(来い!)」
ロングビルのゴーレムがヘル=エンヴィー達を全滅させるのを確認したスパーダは、大声で上空にて待機していたシルフィードに呼びかける。
庭に降りてきたシルフィードに向かってロングビルは少女の手を引いて駆け寄りその背に乗せ、飛び乗ったスパーダと共に乗り込む。
まだマリオネット達はしつこく追いかけてきたが、シルフィードは急速に上昇すると即座にこの空域を離れていった。
当面の目的は果たしたので、三人を乗せたシルフィードはニューカッスルへの帰路へと着く。
その背の上でロングビルは少女の体に自分のマントを着せていた。この空の上は彼女にとってはいささか寒いようだ。
「彼女から話は色々と聞いている。スパーダだ」
「あ、あの……ティファニアです」
空の上でスパーダはティファニアと名乗った少女と話を交わす。だが、ティファニアはスパーダのことをまだ恐がっているようだ。
「大丈夫だよ、テファ。彼はあたしの仕事先の同僚だから」
怯えるティファニアをロングビルは宥めると表情が安堵したものへと変わっていく。
「マチルダ姉さんの? お友達なのね?」
「まあ、そんなところだよ」
「マチルダ……それが君の本当の名か」
スパーダはそれまでは学院の秘書としての名であろうロングビルという名前しか知らず、おまけに態度もずいぶんと気さくなものに変化しているので少し呆気に取られていた。
「もう、とっくの昔に無くしちゃったけどね。あたしの本当の名は、マチルダ・オブ・サウスゴータさ」
「では、今後はそう呼んだ方がいいか」
「よしてよ。今更あなたにそう呼ばれたってしっくりこないわ」
苦笑するロングビル……マチルダはけらけらと笑っていた。
「あ、あの……スパーダ、さん?」
まだ少し恐がりつつも勇気を出してスパーダに話かけてくるティファニアをスパーダは振り向く。
「マチルダ姉さんと一緒に働いていたんです、よね?」
「そういうことになるな」
「姉さんの仕事って、何なんですか? わたしが聞いても教えてくれなくて……」
そう問われてスパーダはちらりとマチルダの方を見る。
彼女は目を細くしてスパーダを見返していた。真実は全て語るな。そう言っている。
「彼女はこことは違う国の魔法の学校で秘書として働いていた」
「秘書? 偉い人のお手伝いをしていたの?」
ティファニアはマチルダの方を振り向き、興味深そうにしている。
「そういうことさ。あまり給料は高い訳じゃないけど、それなりに楽しいよ」
自分が元盗賊であったことは話したくないのだろう。それでティファニアがショックを受けてしまうのを避けているのだ。
血は繋がってはいないとはいえ、二人は姉妹のように語り合う中、シルフィードの上で座り込んだままスパーダは険しい顔で考え事をしていた。
あの屋敷で現れた悪魔達のことである。
奴らはどうやらアルビオンの貴族派が放った悪魔のようだった。
人質であるティファニアが逃げられないように外の亜人達と共に見張りをしていたのだろう。
もしも血に飢えて姿を現したのであればティファニアはとっくに奴らの餌食になっていたはずである。
襲われていなかったのは、貴族派の連中の命令だったからだ。
……だが、何故貴族派にあの悪魔達が従っているのか。人間に召喚されてその主に従うような悪魔はいるが、
今回相手にした連中は人間が使役できるようなものではないはずである。
なのに、貴族派の命令に従っていた。……いや、貴族派は直接な主ではないのかもしれない。
だとすれば他に考えられるのは……。
(誰だ? 誰が裏で手を引いている?)
下級悪魔達を直接従えられるのは純粋な上級悪魔だ。それもあれだけの数を従えられるのはかなり格の高い悪魔である。
スパーダが知っている限り、軍勢を率いるだけの統率力があるのは三つの勢力に分かれた最上級悪魔。
羅王か。
それとも、覇王か。
かつての主――魔帝なのか……。
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