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「The Legendary Dark Zero 14」(2012/09/18 (火) 00:46:32) の最新版変更点
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#settitle(Mission 14 <閃光の武人> )
#navi(The Legendary Dark Zero)
翌日、朝もやの中、学院の正門前でルイズ達は馬に鞍をつけて出発の準備をしていた。
……いや、準備をしているのはギーシュとルイズだけであり、スパーダは腕を組んだまま静かに佇んでいる。
と、いうのも二人よりも恐ろしく早く起きていたスパーダは馬の準備だけでなく、時空神像で必要な道具を作ったりしていたのだ。
バイタルスターはもちろん、スメルオブフィアー、アンタッチャブルなどといったものが主である。
愛用のリベリオンや閻魔刀はもちろん持って行くし、篭手のデルフは魔力体化させてしまってある。
「ああ、ついに初めての実戦になるのかぁ。何だか不安になってきた……」
「今更何言ってるのよ。あんた、あれだけスパーダに剣術を叩き込まれたんでしょう?
だったら、その成果を存分に発揮させなさいよ」
緊張した様子のギーシュをルイズが叱咤する。
ギーシュとしてもせっかくこれまで付きっきりで剣を教えてくれたスパーダに申し訳が立たないと思いつつも、
やはり実戦となってしまうとプレッシャーが襲い掛かる。
「な、なぁ……スパーダ君。こういう時、本物の戦士というのはどうすれば良いのかな?」
「それはお前次第だ。戦場では生きるか死ぬか、それだけしかない。お前が生きるために戦わなければ、死ぬだけだ」
スパーダが口にした厳しい言葉に、ギーシュはぞくりと震え上がる。
「……と、ところで僕らがこれから付くことになるという宮廷のメイジはどこにいるんだい?」
「そういえば、姿が見えないわね」
ギーシュに尋ねられたルイズはきょろきょろと辺りを見回すが、この早朝では他の生徒達も起きていないため、自分達以外の人間の姿が見えない。
この任務はその手練れのメイジが承り、ルイズ達はそのメイジの助手という扱いでアルビオンへ向かうのだ。
「しかし、一体どんなメイジが来るのだろうね。
手練れのメイジ、と姫殿下が仰っていたのだから魔法衛士隊のメイジかもしれないなぁ。
そういえば、昨日の式典の時にグリフォン隊のメイジがいたけど、もしかして……」
スパーダは式典には顔を見せていなかったのでそのメイジとやらのことは知らないが、魔法衛士隊に関しては学院の図書館で
ハルケギニアの歴史や地理などを勉強していた時にその存在を知っている。
何でも、魔法衛士隊はグリフォン、ヒポグリフ、マンティコアという三種の幻獣を乗りこなすメイジの隊によって構成された
トリステイン王国のエリート部隊であるらしい。
「ところで、僕の使い魔を連れていきたいんだが、いいかな?」
ギーシュの予想を聞いていたルイズは、突然昨夜のように落ち着き無くそわそわしていが、ギーシュに聞かれて我に返っていた。
昨夜から様子がおかしいと思いつつも、スパーダは気にせずその場に立ち続ける。
「別に良いけど、どこにいるのよ?」
ルイズに問われたギーシュは得意げににやりと笑うと足元を地面で軽く叩く。
すると、モコモコと地面が盛り上がり、茶色の大きな生き物が顔を出した。
それは小さい熊ほどもある巨大なモグラ、ジャイアントモールというやつだ。スパーダも図書館の書物で見たことがある。
「ヴェルダンデ!ああ、僕の可愛いヴェルダンデ!! 君はいつ見ても可愛いね!
なあ、ルイズ。僕のヴェルダンデを連れて行ってもいいだろう?」
ギーシュは自分の使い魔に抱きつき、愛撫しながらルイズに確認を取る。
「あのね、ギーシュ。行き先はアルビオンよ。港町のラ・ロシェールからどうやって連れていくつもり?」
アルビオンは空に浮かぶ大陸。モグラはそれ以上を進むことはできない。
「そんな……お別れなんて辛い。辛すぎるよ、ヴェルダンデ……!」
ルイズが呆れたように答えると、ギーシュは泣きそうな顔でヴェルダンデに頬をすり寄せて落胆しだす。
すると、ヴェルダンデが鼻をひくつかせるとルイズの方へ近寄ってくる。
「な、何よ、このモグラ……。ちょ、ちょっと!」
ヴェルダンデはいきなりルイズを押し倒し、鼻で体をまさぐり始めたのだ。
ルイズが暴れる中、ヴェルダンデはルイズの右手の薬指に光るルビーを見つけると、そこに鼻をすり寄せた。
「この!無礼なモグラね! 姫様に頂いた指輪に鼻をくっつけないで!」
「なるほど、指輪か。ヴェルダンデは宝石が好きだからなぁ」
「呑気なこと言ってないで助けなさい! スパーダも! ボッとしてないで助けてよ!」
しかし、スパーダはちらりと僅かに一瞥しただけで姿勢を崩さない。
単に動物がじゃれているような物であるため、放っておけば自然に解放されるだろう。
「ごめん、ごめん。分かったよ」
ギーシュがヴェルダンデを宥めようとルイズに近づこうとする。
「うわっ! ああっ! ヴェルダンデ!」
ギーシュが悲鳴を上げだす。
突如一陣の風が舞い上がり、ルイズに抱きつくモグラを吹き飛ばしたのだ。
(来たか)
強い魔力を感じ、腕を組んだままスパーダは空を見上げた。
「だっ……誰だ! 僕のヴェルダンデになんて事をするんだ!」
ギーシュが激昂してわめき、薔薇の造花を掲げようとするが、その杖も風によって吹き飛ばされる。
すると、朝もやの空から一頭の獣らしきものが一行の前にゆっくりと降下してきた。
それは獅子の下半身に大鷲の頭と上半身、そして翼を備えた幻獣――グリフォンだった。
人間界では空想の動物とされている存在だが、この異世界では実在する幻獣。
(グリフォン……か)
だが、スパーダはこの幻獣の名と姿に違和感を感じた。
かつて自分が仕えていた魔界の王の腹心の片割れである上級悪魔と同じ名だが、姿はまるで違うのだ。
スパーダの記憶では、この名から連想される姿はただ一つしかなかった。
巨大な翼を備えたロック鳥のごとき威圧感に溢れた体に無数の鷹の頭を持った、紅蓮の稲妻と猛々しい疾風の力を自在に操る〝魔天将〟の姿を。
「待ちたまえ。僕は敵じゃない」
グリフォンに跨っていた若い男は地面に降りるとつばの広い羽のついた帽子をとり、一礼してきた。
歳は20代半ばを過ぎたばかりか。整った口髭が特徴的な若い男だった。
髭のせいもあるが、歳に比べてやや老けている気がしなくもない。
「この度は姫殿下より密命を承っている。魔法衛士隊、グリフォン隊隊長――ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドだ」
文句を言おうと口を開きかけたギーシュは相手が悪いと知ってうな垂れた。
魔法衛士隊は、全貴族の憧れである。ギーシュも例外でない。
「しかし、すまないね。婚約者がモグラに襲われているのを見て見ぬ振りはできなくてな」
この男がアンリエッタの指名したというメイジか。
なるほど。確かにグリフォン隊とやらのエリート、しかも隊長を選ぶとは良い選択だろう。
メイジとしての魔力も少々、奇妙ではあるがスクウェアクラスとしては申し分ない。
ワルドという男は起き上がろうとしているルイズの元へ駆け寄ると、その華奢な体を抱えあげた。
「ワルド様……!」
「久しぶりだな、ルイズ! 僕のルイズ!」
人懐こい笑顔を浮かべるワルドに抱えられているルイズは、頬を染めて嬉しそうにしていた。
「相変わらず軽いな君は! まるで羽のようだ!」
「……お恥ずかしいですわ」
「彼らを紹介してくれたまえ」
ちらりとギーシュとスパーダを見やるワルドはルイズを地面に下ろし、帽子を目深にかぶって言う。
「あ、あの……同級生のギーシュ・ド・グラモンと使い魔の、スパーダです」
ルイズは交互に指差すと、ギーシュは慌てて深々と頭を下げる。
スパーダは腕を組んだままちらりとワルドを一瞥し、すぐにまた目を瞑っていた。
「ほう。話は聞いているが、君は異国の貴族だそうだね。
いや、まさか人が使い魔になるとは思わなかったが……それにしても貴族が呼び出されるとは」
ワルドは驚嘆した様子を見せつつも、気さくな感じでスパーダへと近づき、手を差し出す。
「僕の婚約者がお世話になっているよ。ミスタ・スパーダ」
「それはお互い様だ」
無表情ながら腕を解いてワルドの方を向くと、その手を取って握手を交わす。
「失礼だが、ルーンを見せてはもらえないかね? 本当に彼女の使い魔なのか、知っておきたい」
別に隠す必要もないため、スパーダは手袋を外して左手の甲を見せ付ける。
そこには紛れも無く、使い魔の証であるルーンが刻まれていた。
ワルドはルーンをじっと何かを確かめるかのように見つめていたが、何かに納得したかのように僅かに唸り、下がっていた。
「……さて、本来なら君達に直接任されるはずだった密命が僕に任された。任務の詳細は道すがら話すことにしようか」
ワルドは自らのグリフォンへひらりと跨ると、ルイズを手招きする。
「おいで、ルイズ」
ルイズは躊躇うようにもじもじしていたが、ワルドに抱きかかえられ、グリフォンに跨った。
スパーダとギーシュも自らの馬へと跨り、手綱を握る。
「では諸君!出撃だ!」
ルイズ達が出発する直前、寮塔の一室にて。
珍しく朝早く起床していたタバサは手早く寝巻きから制服へと着替えて準備をしていた。
何故、早朝からこんな準備をしているのかというと理由は一つだけしかない。
窓の外から馬の嘶く声が響いてきて、タバサは窓の傍へと近づいて外を見やる。
正門の前につい先ほどまで姿があった男の姿がなくなっている。彼が用意したであろう馬も一緒に。
タバサは己の使い魔であるシルフィードを呼ぶべく指笛を吹こうとした。
「タバサぁ!」
突然、部屋へ飛び込んできたのは親友であるキュルケであった。
寝巻き姿のままの彼女はタバサの元へ駆け寄るなり、その小さな肩を掴んで振り向かせる。
「お願い! あなたの力が必要なの! 今、外でルイズやダーリン達が――
「分かった」
どうやらキュルケの目的も、自分と同じようだ。話は聞くまでも無く、タバサは即座に頷く。
改めて指笛を吹き、シルフィードを呼び寄せた。
魔法学院から港町ラ・ロシェールまでは馬を走らせて二日の距離だという。
その港町を経由し、フネに乗って空の上にあるアルビオンへと向かうのだ。
ウェールズ皇太子はアルビオンのニューカッスルという城付近に陣を構えているらしく、そこへ行けば彼に会えるはずとのことだ。
なるべくノンストップで中継地点であるラ・ロシェールまで向かうためにワルドが駆るグリフォンは疲れを見せずに走り続けており、
馬に乗っているスパーダとギーシュは道中の駅で何度か馬を乗り換える予定であったが、それはしなかった。
乗っている馬の体力が削られ、走りが遅くなってきたと感じるとスパーダが今回のために時空神像で大量に作っておいた
バイタルスターで馬の体力を回復させているため、予想以上に早いペースで進めていたのだ。
「待ってくれよぉ!」
スパーダの馬はワルドのグリフォンより少し後ろを走っているのだが、ギーシュの馬はそれよりもかなり後方を遅れて走っていた。
彼が乗る馬はスパーダが乗る馬より体力が無いらしく、体力を回復させても割と早い段階で遅れてしまうのだ。
これまでに二回も遅れているため、スパーダはその都度バイタルスターを道に落としているのだが、さすがに遅れすぎだ。
しかも今度はギーシュ自身が、馬よりも先にへばってしまって半ば倒れこむような形となっている。
「ねえ、ちょっと飛ばしすぎじゃないかしら? ギーシュがへばっちゃっているわ」
ワルドの前へ跨っているルイズが後ろのギーシュを見やり、そう言った。ワルドの頼みもあり、雑談を交わすうちに口調はいつものものに戻っていた。
「ラ・ロシェールの港町まで止まらずに行きたいんだ。へばったなら置いていけば良い。行き先は分かっている」
「そうだけど……」
「それに、ミスタ・スパーダが秘薬を落としていってくれてるみたいだからすぐに追いつけるよ」
スパーダの方を見やると、彼は懐からバイタルスターとかいう星の形をした結晶状の秘薬を数個取り出し、通ってきた道へと落としている。
「しかし、彼は不思議だね。異国の貴族とはいえ、あのような秘薬を持っているなんて」
ワルドは感嘆した様子でスパーダを見ていた。
本当に、スパーダはとても不思議だ。あんな秘薬の存在なんて自分は見たことも聞いたこともないのに、スパーダはまるで自分自身が考案して
作り出したかのように詳細を知っている。
それだけではなくスパーダが宝物庫より持ち出して学院の自分の部屋の前に置いたマジックアイテム、時空神像だったか? あれもそうだし、
学院長に許可を貰って部屋に持ち帰ってきたという破壊の箱も、スパーダが召喚される前にいた場所で作られたものなのだろうか。
あまり詳細を語ろうとはしないが、彼がいた所には不思議な品々がたくさんあるということは分かった。
(一体、どんな所なのかしらね)
スパーダがかつて領主として治めていたというフォルトゥナという土地、そしてそこを離れてから彼が足を運んだ場所。
そこが一体、どのような場所なのかルイズはこれまでに色々と想像してみたことがあるし、スパーダにも直接聞いてみたことも
何度かあったが、本人は「大した所ではない」とだけ返して語ってくれなかった。
……自分は彼のことをフォルトゥナという土地の領主であったこと以外、ほとんど知らないような気がする。
思えば、彼とは積極的に話す機会が以外にもあまり無いのだ。
学院では多くの男子生徒達に剣を教えているし、それ以外では図書館で入り浸りであることが多い。
さらにコルベール先生やロングビルらとよく大人達の話をしたりしているようなのだ。と、言ってもロングビルは三日も前に帰郷したらしいので
ここの所はコルベール先生がスパーダから彼が作った秘薬などについて色々と聞いていたりするのだが。
少しは自分にも構って欲しい。
「――イズ。ルイズ」
ワルドの自分を呼ぶ声でルイズは我に返り、ハッとして彼の顔を見た。
「どうしたんだい? ぼうっとミスタ・スパーダのことを見たりして」
「いえ、別に何でもないわ。わたしも、彼のことは召喚してから色々と不思議に感じていたから」
「それとも、彼が気になるのかい?」
ははは、とワルドは笑いながら言うとルイズは顔を赤らめて反論する。
「ち、違うわ。彼はただの使い魔……パートナー、それだけよ」
「そうか。なら良かった。婚約者に恋人がいるなんて聞いたら、ショックで死んでしまうよ」
「お、親同士が決めたことじゃない」
「おや? 僕のルイズ! 君は僕のことが嫌いになったのかい?」
昔と同じ、おどけた口調でワルドが言うとルイズは頬を膨らませる。
「もう小さくないもの。失礼ね」
「僕にとっては未だ小さな女の子だよ」
ルイズが照れたように言う。
「良かった。じゃあ、好きなんだね」
ワルドが軽やかに笑って、手綱を握った手でルイズの肩を抱いた。
ルイズはなおも戸惑ったような顔をする。そんなルイズにワルドは落ち着いて言った。
「旅は良い機会だ。一緒に旅を続ければ、またあの懐かしい気持ちになるさ」
ルイズは思う。自分は彼を、ワルドのことが好きなのだろうか。
もちろん、嫌いではないのは確かだ。彼は幼い頃から、ルイズにとっては憧れの象徴であった。
しかしそれは記憶が擦り切れるくらい昔の話である。
ワルドの両親が亡くなり、彼が魔法衛士隊に入隊してから今まで、もう十年も会っていなかった。
なのにいきなり婚約者だの結婚だのといわれてもどうすればいいのだろう。
離れた時間がありすぎて、好きなのかどうか、よく分からない。
ふと、ルイズは後ろの方を走っているスパーダの方をちらりと見やった。
全く疲れた様子も見せず無表情のまま手綱を握って馬を走らせており、今もまた疲れてきた馬に取り出したバイタルスターを当てている。
彼が乗る馬は威勢の良い嘶きを発し、元の力のある走りへと戻っていた。
「そうそう。ルイズ、君にこれを預けておくよ」
ワルドが思い出したかのように懐から取り出したのは、一通の手紙だった。
その手紙には蝋封がなされ、花押が押され、そしてアンリエッタのサインが刻まれていた。
「……これは?」
ルイズは渡された手紙をしげしげと見つめる。
「ウェールズ皇太子への、アンリエッタ姫殿下からの手紙だ。これを彼に渡せば、件の手紙を渡してくれるそうだ。
僕が渡すより、姫殿下の友人である君が渡した方が良いだろう。大事に持っていてくれ」
一行はその日の夕刻、出発から予想以上に早くラ・ロシェールの入り口へと到着していた。
夕日に浮かぶ険しい岩山の中を縫うようにして進むと、峡谷に挟まれるようにして街が見えた。街道沿いに岩をうがって作られた建物が並んでいる。
ギーシュはスパーダが道中に落としてくれたバイタルスターを使いつつ、何とかスパーダ達を見失わずに付いてくることができた。
「ふぅ……やっと着いたな。痛たた……」
ギーシュはもはや体力の限界であったが、これで一息がつけるという安心感で穏やかな表情となっていた。
だが、長時間の走行のためか腰を押さえてかなり辛そうにしている。
「ス、スパーダ君。例の秘薬を……恵んでくれぇ」
「……またか」
呆れたようにスパーダは懐から魔力が並の純度のバイタルスターを取り出し、ギーシュに投げ渡す。
それを掴み損ない、落としかけてあわあわと手の上で躍らせるギーシュであったが、何とかしっかりと掴んだ。
ギーシュの体を、緑色の光が包み込む。
今まで疲労困憊がはっきりと見えていてた表情に、気力が蘇る。
「いやあ、本当にすごいね。君のその秘薬は。スッキリしたよ」
体力がそれなりに回復したためか、ギーシュもある程度は饒舌となっていた。
しかし、スパーダは突如馬から降りだし、背中のリベリオンへと手をかけていた。
ギーシュも馬を止めて、佇んでいる彼に話しかける。
「どうしたんだい、一体? 早く子爵達の元へ行かないと」
「――Freeze.(止まれ)」
「へ?」
スパーダの言葉にギーシュが呆けた、その時だった。
不意に二人目掛けて崖の上から松明が何本も投げ込まれてきたのだ。
「な、何だ! ――うわあぁ!」
ギーシュが怒鳴ると同時に、いきなり飛んできた松明の炎に馬達が驚いて前足を高々と上げ、ギーシュは馬から放り出されてしまった。
さらにそれを狙ってか、何本もの矢が飛来する。
スパーダは馬から身を翻しつつリベリオンを抜くと同時に、それを袈裟に振り上げた。
リベリオンの刀身から突風のような剣圧が放たれ、飛来する矢は全てそれに阻まれてしまう。
「き、奇襲だ!」
ギーシュが尻餅をついて腰を抜かすが、さらに無数の矢は二人目掛けて殺到してくる。
スパーダは今度はリベリオンを片手で振り上げつつ風車のように高速で回転させて矢を全て弾き返していく。
「大丈夫か!」
グリフォンに跨るワルドが杖を掲げ、小型の竜巻を発生させると矢を全て明後日の方へと弾いていた。
「は、はいぃ!」
「ファイヤー・ボール!」
ギーシュが腰を抜かしたまま答える中、ルイズがグリフォンの上で杖を振るい、崖の上に爆発を起こしていた。
男達の悲鳴が上がり、何人かがその爆風に吹き飛ばされているのが見える。
だが、それでも吹き飛ばされなかった者達は今度はグリフォン目掛けて矢を射掛けてくる。
しかし、ワルドの風の魔法で阻まれているのか、逸らされてしまっていた。
スパーダがリベリオンに魔力を込めようと身構えたその時、バサバサと重みのある羽音が聞こえてきた。ワルドのグリフォンのものではない。
その音に、スパーダは聞き覚えがあった。
(また来たか)
崖の上からまた男達の悲鳴が聞こえてくる。男達は空に向けて矢を放ち始めるが、それは上空を飛んでいる竜らしき影には当たらない。
どうやらワルドの時と同じく矢は風の魔法で逸らされているらしい。
最終的にその竜から放たれた竜巻と火球によって、男達は次々と吹き飛ばされ、崖の上から転げ落ちてきていた。
「風の呪文じゃないか」
ワルドが呟くと、夕日をバックにスパーダには見慣れた存在が姿を見せる。
「シルフィード!?」
ルイズが驚いた声をあげる。確かにそれはタバサの使い魔、シルフィードであった。
地面に降りてくると、その主人であるタバサと……もう一人はどうやらキュルケのようだ。
スパーダはリベリオンを背に戻し、二人の方へと歩み寄る。
「お待たせ」
「お待たせ、じゃないわよ! 何しにきたのよ!」
ルイズがグリフォンから飛び降りると、キュルケに怒鳴りかけてくる。
「何よ。せっかく助けてあげたのに。朝方、あなた達が馬に乗って出かけようとしてるんだから、着いてきたのよ。
感謝しなさいよね。あなた達を襲った連中を片付けてあげたんだから」
キュルケが腕を組んでつまらなそうに答えるとルイズも不満そうに顔を歪めていた。
「ルイズ。君の学友かな?」
ワルドもグリフォンから降りると、ルイズに歩み寄って尋ねてくるが頬を膨らませてルイズは首を横に振っていた。
「学友!? 冗談じゃないわ! こいつはただの同級生よ!」
「初めまして。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーと申しますわ。
二つ名は〝微熱〟のキュルケ。以後お見知り置きを」
恭しくワルドに一礼するキュルケは、ネヴァンのようなしなを作ってワルドににじり寄ろうとする。
「お髭が素敵よ。あなた、情熱はご存知かしら?」
「ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドだ。……助けは嬉しいが、これ以上は近づかないで頂きたい。婚約者が誤解されると困る」
だが、ワルドはまるで興味がなさそうに冷たい態度でキュルケを押しやると、ルイズの肩に手を置いた。
「なぁに。あんたの婚約者だったの」
ワルドの態度に一瞬、呆然としていたキュルケであったがすぐにつまらなそうに言葉を吐いた。
そして、視線を流すようにタバサの近くで腕を組んだままのスパーダへと向けてくる。
「もうっ、ダーリンったらあたしを置いていくなんてひどいわねぇ」
悩ましげにスパーダを見つめながらそう言うキュルケであったが、スパーダは表情一つ変えずにちらりと一瞥する。
「何故、こんな所まで来た? ……ただの興味本位とは思えんが」
今更、聞くまでもないことかもしれないが一応は聞いておくことにする。
「もちろん、ダーリンが心配だったに決まってるじゃない!」
それは本心ではない。どうせ、先ほどの言葉からして単なる興味本位なのだろう。
「手伝う」
タバサはそれだけしか答えなかったが、その真意はスパーダには分かっている。
スパーダがどこかで悪魔絡みの厄介事に首を突っ込むのかを待ち、それにまた自分も着いてくるつもりなのだ。
そうでなくとも、今回の任務そのものが厄介事なので悪魔絡みの仕事がなくても彼女にとっては得になるのだろう。
呆れたように息をつくスパーダはタバサの頭に手を置く。
「子爵、あいつらはただの物取りだと言っておりますが」
崖から転げ落ちて呻いている男達に尋問をしていたギーシュが戻ってきて、ワルドに報告をしてくる。
本当にそうなのだろうか。スパーダは訝しげに倒れ伏す男達を見つめる。
あれが本当に野盗であるならば、その標的は力のない平民の旅人を襲うはずだ。ましてや、この野盗達も平民である以上、ワルドのような腕利きのメイジが
存在する一団を襲うというのはあまりにも無謀だ。
如何に追い剥ぎと言えど、そんなリスクを犯してまで襲ってきはしない。
……それに、こいつらの奇襲はまるで自分達がここを通ることが分かっていたようなものだ。
(アルビオンの手先、か?)
もしそうだとしても、何故自分達がアルビオンへの使者だと分かっていたのだ?
「そうか。ならば捨て置こう。今日はラ・ロシェールに一泊して朝一番の便でアルビオンに渡ろう」
ワルドは一行にそう告げるとグリフォンに跨り、ルイズを抱きかかえていた。
馬を失ったスパーダとギーシュは、タバサのシルフィードに乗せてもらい、ワルドの後を追う。
「どうしたんだい、スパーダ君。君がそんな顔をするなんて珍しい」
「そういう顔をするダーリンも素敵ねぇ」
「気にするな」
#navi(The Legendary Dark Zero)
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#navi(The Legendary Dark Zero)
翌日、朝もやの中、学院の正門前でルイズ達は馬に鞍をつけて出発の準備をしていた。
……いや、準備をしているのはギーシュとルイズだけであり、スパーダは腕を組んだまま静かに佇んでいる。
と、いうのも二人よりも恐ろしく早く起きていたスパーダは馬の準備だけでなく、時空神像で必要な道具を作ったりしていたのだ。
バイタルスターはもちろん、スメルオブフィアー、アンタッチャブルなどといったものが主である。
愛用のリベリオンや閻魔刀はもちろん持って行くし、篭手のデルフは魔力体化させてしまってある。
「ああ、ついに初めての実戦になるのかぁ。何だか不安になってきた……」
「今更何言ってるのよ。あんた、あれだけスパーダに剣術を叩き込まれたんでしょう? だったら、その成果を存分に発揮させなさいよ」
緊張した様子のギーシュをルイズが叱咤する。
ギーシュとしてもせっかくこれまで付きっきりで剣を教えてくれたスパーダに申し訳が立たないと思いつつも、
やはり実戦となってしまうとプレッシャーが襲い掛かる。
「な、なぁ……スパーダ君。こういう時、本物の戦士というのはどうすれば良いのかな?」
「戦場では生きるか死ぬか、それだけしかない。お前が生きるために戦わねば死ぬだけだ」
スパーダが口にした厳しい言葉に、ギーシュはぞくりと震え上がる。
「……と、ところで僕らがこれから付くことになるという宮廷のメイジはどこにいるんだい?」
「そういえば、姿が見えないわね」
ギーシュに尋ねられたルイズはきょろきょろと辺りを見回すが、この早朝では他の生徒達も起きていないため、自分達以外の人間の姿が見えない。
この任務はその手練れのメイジが承り、ルイズ達はそのメイジの補佐という扱いでアルビオンへ向かうのだ。
「しかし、一体どんなメイジが来るのだろうね。手練れのメイジ、と姫殿下が仰っていたのだから魔法衛士隊のメイジかもしれないなぁ。
そういえば、昨日の式典の時にグリフォン隊のメイジがいたけど、もしかして……」
スパーダは式典には顔を見せていなかったのでそのメイジとやらのことは知らないが、魔法衛士隊に関しては学院の図書館でハルケギニアの歴史や地理などを勉強していた時にその存在を知っている。
何でも、魔法衛士隊はグリフォン、ヒポグリフ、マンティコアという三種の幻獣を乗りこなすメイジの隊によって構成されたトリステイン王国のエリート部隊であるらしい。
「ところで、僕の使い魔を連れていきたいんだが、いいかな?」
ギーシュの予想を聞いていたルイズは、突然昨夜のように落ち着き無くそわそわしていが、ギーシュに聞かれて我に返っていた。
昨夜から様子がおかしいと思いつつも、スパーダは気にせずその場に立ち続ける。
「別に良いけど、どこにいるのよ?」
ルイズに問われたギーシュは得意げににやりと笑うと足元を地面で軽く叩く。
すると、モコモコと地面が盛り上がり、茶色の大きな生き物が顔を出した。
それは小さい熊ほどもある巨大なモグラ、ジャイアントモールというやつだ。スパーダも図書館の書物で見たことがある。
「ヴェルダンデ!ああ、僕の可愛いヴェルダンデ!! 君はいつ見ても可愛いね!
なあ、ルイズ。僕のヴェルダンデを連れて行ってもいいだろう?」
ギーシュは自分の使い魔に抱きつき、愛撫しながらルイズに確認を取る。
「あのね、ギーシュ。行き先はアルビオンよ。港町のラ・ロシェールからどうやって連れていくつもり?」
アルビオンは空に浮かぶ大陸。モグラはそれ以上を進むことはできない。
「そんな……お別れなんて辛い。辛すぎるよ、ヴェルダンデ……!」
ルイズが呆れたように答えると、ギーシュは泣きそうな顔でヴェルダンデに頬をすり寄せて落胆しだす。
すると、ヴェルダンデが鼻をひくつかせるとルイズの方へ近寄ってくる。
「な、何よ、このモグラ……。ちょ、ちょっと!」
ヴェルダンデはいきなりルイズを押し倒し、鼻で体をまさぐり始めたのだ。
ルイズが暴れる中、ヴェルダンデはルイズの右手の薬指に光るルビーを見つけると、そこに鼻をすり寄せた。
「この!無礼なモグラね! 姫様に頂いた指輪に鼻をくっつけないで!」
「なるほど、指輪か。ヴェルダンデは宝石が好きだからなぁ」
「呑気なこと言ってないで助けなさい! スパーダも! ボッとしてないで助けてよ!」
しかし、スパーダはちらりと僅かに一瞥しただけで姿勢を崩さない。
単に動物がじゃれているような物であるため、放っておけば自然に解放されるだろう。
「ごめん、ごめん。分かったよ」
ギーシュがヴェルダンデを宥めようとルイズに近づこうとする。
「うわっ! ああっ! ヴェルダンデ!」
ギーシュが悲鳴を上げだす。
突如一陣の風が舞い上がり、ルイズに抱きつくモグラを吹き飛ばしたのだ。
(来たか)
強い魔力を感じ、腕を組んだままスパーダは空を見上げた。
「だっ……誰だ! 僕のヴェルダンデになんて事をするんだ!」
ギーシュが激昂してわめき、薔薇の造花を掲げようとするが、その杖も風によって吹き飛ばされる。
すると、朝もやの空から一頭の獣らしきものが一行の前にゆっくりと降下してきた。
それは獅子の下半身に大鷲の頭と上半身、そして翼を備えた幻獣――グリフォンだった。
人間界では空想の動物とされている存在だが、この異世界では実在する幻獣。
(グリフォン……か)
だが、スパーダはこの幻獣の名と姿に違和感を感じた。
かつて自分が仕えていた魔界の王の腹心の片割れである上級悪魔と同じ名だが、姿はまるで違うのだ。
スパーダの記憶では、この名から連想される姿はただ一つしかなかった。
巨大な翼を備えたロック鳥のごとき威圧感に溢れた体に無数の鷹の頭を持った、紅蓮の稲妻と猛々しい疾風の力を自在に操る〝魔天将〟の姿を。
「待ちたまえ。僕は敵じゃない」
グリフォンに跨っていた若い男は地面に降りるとつばの広い羽のついた帽子をとり、一礼してきた。
歳は20代半ばを過ぎたばかりか。整った口髭が特徴的な若い男だった。
髭のせいもあるが、歳に比べてやや老けている気がしなくもない。
「この度は姫殿下より密命を承っている。魔法衛士隊、グリフォン隊隊長――ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドだ」
文句を言おうと口を開きかけたギーシュは相手が悪いと知ってうな垂れた。
魔法衛士隊は、全貴族の憧れである。ギーシュも例外でない。
「しかし、すまないね。婚約者がモグラに襲われているのを見て見ぬ振りはできなくてな」
この男がアンリエッタの指名したというメイジか。
なるほど。確かにグリフォン隊とやらのエリート、しかも隊長を選ぶとは良い選択だろう。
メイジとしての魔力も少々、奇妙ではあるがスクウェアクラスとしては申し分ない。
ワルドという男は起き上がろうとしているルイズの元へ駆け寄ると、その華奢な体を抱えあげた。
「ワルド様……!」
「久しぶりだな、ルイズ! 僕のルイズ!」
人懐こい笑顔を浮かべるワルドに抱えられているルイズは、頬を染めて嬉しそうにしていた。
「相変わらず軽いな君は! まるで羽のようだ!」
「……お恥ずかしいですわ」
「彼らを紹介してくれたまえ」
ちらりとギーシュとスパーダを見やるワルドはルイズを地面に下ろし、帽子を目深にかぶって言う。
「あ、あの……同級生のギーシュ・ド・グラモンと使い魔の、スパーダです」
ルイズは交互に指差すと、ギーシュは慌てて深々と頭を下げる。
スパーダは腕を組んだままちらりとワルドを一瞥し、すぐにまた目を瞑っていた。
「ほう。話は聞いているが、君は異国の貴族だそうだね。
いや、まさか人が使い魔になるとは思わなかったが……それにしても貴族が呼び出されるとは」
ワルドは驚嘆した様子を見せつつも、気さくな感じでスパーダへと近づき、手を差し出す。
「僕の婚約者がお世話になっているよ。ミスタ・スパーダ」
「お互い様だ」
無表情ながら腕を解いてワルドの方を向くとその手を取って握手を交わす。
「失礼だが、ルーンを見せてはもらえないかね? 本当に彼女の使い魔なのか、知っておきたい」
別に隠す必要もないため、スパーダは手袋を外して左手の甲を見せ付ける。
そこには紛れも無く、使い魔の証であるルーンが刻まれていた。
ワルドはルーンをじっと何かを確かめるかのように見つめていたが、何かに納得したかのように僅かに唸り、下がっていた。
「……さて、本来なら君達に直接任されるはずだった密命が僕に任された。任務の詳細は道すがら話すことにしようか」
ワルドは自らのグリフォンへひらりと跨ると、ルイズを手招きする。
「おいで、ルイズ」
ルイズは躊躇うようにもじもじしていたが、ワルドに抱きかかえられ、グリフォンに跨った。
スパーダとギーシュも自らの馬へと跨り、手綱を握る。
「では諸君!出撃だ!」
ルイズ達が出発する直前、寮塔の一室にて。
珍しく朝早く起床していたタバサは手早く寝巻きから制服へと着替えて準備をしていた。
何故、早朝からこんな準備をしているのかというと理由は一つだけしかない。
窓の外から馬の嘶く声が響いてきて、タバサは窓の傍へと近づいて外を見やる。
正門の前につい先ほどまで姿があった男の姿がなくなっている。彼が用意したであろう馬も一緒に。
タバサは己の使い魔であるシルフィードを呼ぶべく指笛を吹こうとした。
「タバサぁ!」
突然、部屋へ飛び込んできたのは親友であるキュルケであった。
寝巻き姿のままの彼女はタバサの元へ駆け寄るなり、その小さな肩を掴んで振り向かせる。
「お願い! あなたの力が必要なの! 今、外でルイズやダーリン達が――」
「分かった」
どうやらキュルケの目的も、自分と同じようだ。話は聞くまでも無く、タバサは即座に頷く。
改めて指笛を吹き、シルフィードを呼び寄せた。
魔法学院から港町ラ・ロシェールまでは馬を走らせて二日の距離だという。
その港町を経由し、フネに乗って空の上にあるアルビオンへと向かうのだ。
ウェールズ皇太子はアルビオンのニューカッスルという城付近に陣を構えているらしく、そこへ行けば彼に会えるはずとのことだ。
なるべくノンストップで中継地点であるラ・ロシェールまで向かうためにワルドが駆るグリフォンは疲れを見せずに走り続けており、
馬に乗っているスパーダとギーシュは道中の駅で何度か馬を乗り換える予定であったが、それはしなかった。
乗っている馬の体力が削られ、走りが遅くなってきたと感じるとスパーダが今回のために時空神像で大量に作っておいた
バイタルスターで馬の体力を回復させているため、予想以上に早いペースで進めていたのだ。
「待ってくれよぉ!」
スパーダの馬はワルドのグリフォンより少し後ろを走っているのだが、ギーシュの馬はそれよりもかなり後方を遅れて走っていた。
彼が乗る馬はスパーダが乗る馬より体力が無いらしく、体力を回復させても割と早い段階で遅れてしまうのだ。
これまでに二回も遅れているため、スパーダはその都度バイタルスターを道に落としているのだが、さすがに遅れすぎだ。
しかも今度はギーシュ自身が、馬よりも先にへばってしまって半ば倒れこむような形となっている。
「ねえ、ちょっと飛ばしすぎじゃないかしら? ギーシュがへばっちゃっているわ」
ワルドの前へ跨っているルイズが後ろのギーシュを見やり、そう言った。ワルドの頼みもあり、雑談を交わすうちに口調はいつものものに戻っていた。
「ラ・ロシェールの港町まで止まらずに行きたいんだ。へばったなら置いていけば良い。行き先は分かっている」
「そうだけど……」
「それに、ミスタ・スパーダが秘薬を落としていってくれてるみたいだからすぐに追いつけるよ」
スパーダの方を見やると、彼は懐からバイタルスターとかいう星の形をした結晶状の秘薬を数個取り出し、通ってきた道へと落としている。
「しかし、彼は不思議だね。異国の貴族とはいえ、あのような秘薬を持っているなんて」
ワルドは感嘆した様子でスパーダを見ていた。
本当に、スパーダはとても不思議だ。あんな秘薬の存在なんて自分は見たことも聞いたこともないのに、スパーダはまるで自分自身が考案して
作り出したかのように詳細を知っている。
それだけではなくスパーダが宝物庫より持ち出して学院の自分の部屋の前に置いたマジックアイテム、時空神像だったか? あれもそうだし、
学院長に許可を貰って部屋に持ち帰ってきたという破壊の箱も、スパーダが召喚される前にいた場所で作られたものなのだろうか。
あまり詳細を語ろうとはしないが、彼がいた所には不思議な品々がたくさんあるということは分かった。
(一体、どんな所なのかしらね)
スパーダがかつて領主として治めていたというフォルトゥナという土地、そしてそこを離れてから彼が足を運んだ場所。
そこが一体、どのような場所なのかルイズはこれまでに色々と想像してみたことがあるし、スパーダにも直接聞いてみたことも
何度かあったが、本人は「大した所ではない」とだけ返して語ってくれなかった。
……自分は彼のことをフォルトゥナという土地の領主であったこと以外、ほとんど知らないような気がする。
思えば、彼とは積極的に話す機会が以外にもあまり無いのだ。
学院では多くの男子生徒達に剣を教えているし、それ以外では図書館で入り浸りであることが多い。
さらにコルベール先生やロングビルらとよく大人達の話をしたりしているようなのだ。
と、言ってもロングビルは三日も前に帰郷したらしいので、ここの所はコルベール先生がスパーダから彼が作った秘薬などについて色々と聞いていたりするのだが。
少しは自分にも構って欲しい。
「――イズ。ルイズ」
ワルドの自分を呼ぶ声でルイズは我に返り、ハッとして彼の顔を見た。
「どうしたんだい? ぼうっとミスタ・スパーダのことを見たりして」
「いえ、別に何でもないわ。わたしも、彼のことは召喚してから色々と不思議に感じていたから」
「それとも、彼が気になるのかい?」
ははは、とワルドは笑いながら言うとルイズは顔を赤らめて反論する。
「ち、違うわ。彼はただの使い魔……パートナー、それだけよ」
「そうか。なら良かった。婚約者に恋人がいるなんて聞いたら、ショックで死んでしまうよ」
「お、親同士が決めたことじゃない」
「おや? 僕のルイズ! 君は僕のことが嫌いになったのかい?」
昔と同じ、おどけた口調でワルドが言うとルイズは頬を膨らませる。
「もう小さくないもの。失礼ね」
「僕にとっては未だ小さな女の子だよ」
ルイズが照れたように言う。
「良かった。じゃあ、好きなんだね」
ワルドが軽やかに笑って、手綱を握った手でルイズの肩を抱いた。
ルイズはなおも戸惑ったような顔をする。そんなルイズにワルドは落ち着いて言った。
「旅は良い機会だ。一緒に旅を続ければ、またあの懐かしい気持ちになるさ」
ルイズは思う。自分は彼を、ワルドのことが好きなのだろうか。
もちろん、嫌いではないのは確かだ。彼は幼い頃から、ルイズにとっては憧れの象徴であった。
しかしそれは記憶が擦り切れるくらい昔の話である。
ワルドの両親が亡くなり、彼が魔法衛士隊に入隊してから今まで、もう十年も会っていなかった。
なのにいきなり婚約者だの結婚だのといわれてもどうすればいいのだろう。
離れた時間がありすぎて、好きなのかどうか、よく分からない。
ふと、ルイズは後ろの方を走っているスパーダの方をちらりと見やった。
全く疲れた様子も見せず無表情のまま手綱を握って馬を走らせており、今もまた疲れてきた馬に取り出したバイタルスターを当てている。
彼が乗る馬は威勢の良い嘶きを発し、元の力のある走りへと戻っていた。
「そうそう。ルイズ、君にこれを預けておくよ」
ワルドが思い出したかのように懐から取り出したのは、一通の手紙だった。
その手紙には蝋封がなされ、花押が押され、そしてアンリエッタのサインが刻まれていた。
「……これは?」
ルイズは渡された手紙をしげしげと見つめる。
「ウェールズ皇太子への、アンリエッタ姫殿下からの手紙だ。これを彼に渡せば、件の手紙を渡してくれるそうだ。
僕が渡すより、姫殿下の友人である君が渡した方が良いだろう。大事に持っていてくれ」
一行はその日の夕刻、出発から予想以上に早くラ・ロシェールの入り口へと到着していた。
夕日に浮かぶ険しい岩山の中を縫うようにして進むと、峡谷に挟まれるようにして街が見えた。街道沿いに岩をうがって作られた建物が並んでいる。
ギーシュはスパーダが道中に落としてくれたバイタルスターを使いつつ、何とかスパーダ達を見失わずに付いてくることができた。
「ふぅ……やっと着いたな。痛たた……」
ギーシュはもはや体力の限界であったが、これで一息がつけるという安心感で穏やかな表情となっていた。
だが、長時間の走行のためか腰を押さえてかなり辛そうにしている。
「ス、スパーダ君。例の秘薬を……恵んでくれぇ」
「……またか」
呆れたようにスパーダは懐から魔力が並の純度のバイタルスターを取り出し、ギーシュに投げ渡す。
それを掴み損ない、落としかけてあわあわと手の上で躍らせるギーシュであったが、何とかしっかりと掴んだ。
ギーシュの体を、緑色の光が包み込む。
今まで疲労困憊がはっきりと見えていてた表情に、気力が蘇る。
「いやあ、本当にすごいね。君のその秘薬は。スッキリしたよ」
体力がそれなりに回復したためか、ギーシュもある程度は饒舌となっていた。
しかし、スパーダは突如馬から降りだし、背中のリベリオンへと手をかけていた。
ギーシュも馬を止めて、佇んでいる彼に話しかける。
「どうしたんだい、一体? 早く子爵達の元へ行かないと」
「Freeze.(止まれ)」
「へ?」
スパーダの言葉にギーシュが呆けた、その時だった。
不意に二人目掛けて崖の上から松明が何本も投げ込まれてきたのだ。
「な、何だ! ――うわあぁ!」
ギーシュが怒鳴ると同時に、いきなり飛んできた松明の炎に馬達が驚いて前足を高々と上げ、ギーシュは馬から放り出されてしまった。
さらにそれを狙ってか、何本もの矢が飛来する。
スパーダは馬から身を翻しつつリベリオンを抜くと同時に、それを袈裟に振り上げた。
リベリオンの刀身から突風のような剣圧が放たれ、飛来する矢は全てそれに阻まれてしまう。
「き、奇襲だ!」
ギーシュが尻餅をついて腰を抜かすが、さらに無数の矢は二人目掛けて殺到してくる。
スパーダは今度はリベリオンを片手で振り上げつつ風車のように高速で回転させて矢を全て弾き返していく。
「大丈夫か!」
グリフォンに跨るワルドが杖を掲げ、小型の竜巻を発生させると矢を全て明後日の方へと弾いていた。
「は、はいぃ!」
「ファイヤー・ボール!」
ギーシュが腰を抜かしたまま答える中、ルイズがグリフォンの上で杖を振るい、崖の上に爆発を起こしていた。
男達の悲鳴が上がり、何人かがその爆風に吹き飛ばされているのが見える。
だが、それでも吹き飛ばされなかった者達は今度はグリフォン目掛けて矢を射掛けてくる。
しかし、ワルドの風の魔法で阻まれているのか、逸らされてしまっていた。
スパーダがリベリオンに魔力を込めようと身構えたその時、バサバサと重みのある羽音が聞こえてきた。ワルドのグリフォンのものではない。
その音に、スパーダは聞き覚えがあった。
(また来たか)
崖の上からまた男達の悲鳴が聞こえてくる。男達は空に向けて矢を放ち始めるが、それは上空を飛んでいる竜らしき影には当たらない。
どうやらワルドの時と同じく矢は風の魔法で逸らされているらしい。
最終的にその竜から放たれた竜巻と火球によって、男達は次々と吹き飛ばされ、崖の上から転げ落ちてきていた。
「風の呪文じゃないか」
ワルドが呟くと、夕日をバックにスパーダには見慣れた存在が姿を見せる。
「シルフィード!?」
ルイズが驚いた声をあげる。確かにそれはタバサの使い魔、シルフィードであった。
地面に降りてくると、その主人であるタバサと……もう一人はどうやらキュルケのようだ。
スパーダはリベリオンを背に戻し、二人の方へと歩み寄る。
「お待たせ」
「お待たせ、じゃないわよ! 何しにきたのよ!」
ルイズがグリフォンから飛び降りると、キュルケに怒鳴りかけてくる。
「何よ。せっかく助けてあげたのに。朝方、あなた達が馬に乗って出かけようとしてるんだから、着いてきたのよ。
感謝しなさいよね。あなた達を襲った連中を片付けてあげたんだから」
キュルケが腕を組んでつまらなそうに答えるとルイズも不満そうに顔を歪めていた。
「ルイズ。君の学友かな?」
ワルドもグリフォンから降りると、ルイズに歩み寄って尋ねてくるが頬を膨らませてルイズは首を横に振っていた。
「学友!? 冗談じゃないわ! こいつはただの同級生よ!」
「初めまして。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーと申しますわ。二つ名は〝微熱〟のキュルケ。以後お見知り置きを」
恭しくワルドに一礼するキュルケは、ネヴァンのようなしなを作ってワルドににじり寄ろうとする。
「お髭が素敵よ。あなた、情熱はご存知かしら?」
「ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドだ。……助けは嬉しいが、これ以上は近づかないで頂きたい。婚約者が誤解されると困る」
だが、ワルドはまるで興味がなさそうに冷たい態度でキュルケを押しやると、ルイズの肩に手を置いた。
「なぁに。あんたの婚約者だったの」
ワルドの態度に一瞬、呆然としていたキュルケであったがすぐにつまらなそうに言葉を吐いた。
そして、視線を流すようにタバサの近くで腕を組んだままのスパーダへと向けてくる。
「もうっ、ダーリンったらあたしを置いていくなんてひどいわねぇ」
悩ましげにスパーダを見つめながらそう言うキュルケであったが、スパーダは表情一つ変えずにちらりと一瞥する。
「何故、こんな所まで来た?」
聞くまでもないことかもしれないが一応は聞いておくことにする。
「もちろん、ダーリンが心配だったに決まってるじゃない!」
それは本心ではない。どうせ、先ほどの言葉からして単なる興味本位なのだろう。
「手伝う」
タバサはそれだけしか答えなかったが、その真意はスパーダには分かっている。
スパーダがどこかで悪魔絡みの厄介事に首を突っ込むのかを待ち、それにまた自分も着いてくるつもりなのだ。
そうでなくとも、今回の任務そのものが厄介事なので悪魔絡みの仕事がなくても彼女にとっては得になるのだろう。
呆れたように息をつくスパーダはタバサの頭に手を置く。
「子爵、あいつらはただの物取りだと言っておりますが」
崖から転げ落ちて呻いている男達に尋問をしていたギーシュが戻ってきて、ワルドに報告をしてくる。
本当にそうなのだろうか。スパーダは訝しげに倒れ伏す男達を見つめる。
あれが本当に野盗であるならば、その標的は力のない平民の旅人を襲うはずだ。ましてや、この野盗達も平民である以上、ワルドのような腕利きのメイジが存在する一団を襲うというのはあまりにも無謀だ。
如何に追い剥ぎと言えど、そんなリスクを犯してまで襲ってきはしない。
……それに、こいつらの奇襲はまるで自分達がここを通ることが分かっていたようなものだ。
(アルビオンの手先、か?)
もしそうだとしても、何故自分達がアルビオンへの使者だと分かっていたのだ?
「そうか。ならば捨て置こう。今日はラ・ロシェールに一泊して朝一番の便でアルビオンに渡ろう」
ワルドは一行にそう告げるとグリフォンに跨り、ルイズを抱きかかえていた。
馬を失ったスパーダとギーシュは、タバサのシルフィードに乗せてもらい、ワルドの後を追う。
「どうしたんだい、スパーダ君。君がそんな顔をするなんて珍しい」
「そういう顔をするダーリンも素敵ねぇ」
「気にするな」
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