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「ゼロのペルソナ-28」(2011/09/27 (火) 21:22:01) の最新版変更点
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太陽 意味……祝福・孤独
トリステインが発表したガリア新王の擁立が人々の口に上ると同時に衝撃的なニュースが流れることになった。
ガリア軍トリステイン侵攻。
ガリア王ジョゼフはおよそ30隻の戦艦と2万以上の歩兵でトリステインに侵攻した。
しかしトリステイン側も全くこれを予期していなかったわけではない。外交上全くガリアと問題のなかったロマリアが強襲されたのだ。
ならばトリステインもその例にならうことは十分ありうることだと枢機卿マザリーニは判断し、ガリアとの国境付近の軍を通常地よりも増員していた。
とはいえこの進軍が唐突であったことには変わりがない。ジョゼフはトリステイン—ゲルマニア—ロマリアの大連合を破壊すべくトリステインを蹂躙しようと攻撃に移ったのであろうか。
たしかにロマリア連合皇国がロマリアという中心となる都市国家を失っているので、軸となるのはトリステインとゲルマニアであり、片方を粉砕すれば大連合を破壊できるかも知れない。
しかし、そうだと考えるにはガリアの侵攻が早すぎた。
大連合の発表以前に、それどころかゲルマニアやロマリアという首魁を失った都市国家群の同盟の打診がやってくるか、来ないかくらいに進軍の準備が行われていたとしか思われない。
現在はガリア軍は国境付近でトリステイン軍と戦闘を行っている。増員したおかげでなんとかガリア軍を抑えられているというわけだ。
とはいえトリステインとガリアには歴然として国力の差があった。
ガリアが突然の侵攻に2万もの兵力を用意できたのに対し、トリステインはガリアとの国境線に用意できた歩兵はわずか4000、戦艦は10隻足らずに過ぎない。
それでもガリア軍を押し止め、ラグドリアン湖近くに拘束できたのはトリステインの兵はロマリアを滅ぼした“悪のガリア軍団”と戦い祖国を守るという明確な目的意識があったのに対し、
ガリアの兵たちに戦いの意味を見出せずに士気が非常に低かったためである。
そして奇妙なのは直接軍を指揮している王ジョゼフであった。5倍以上の歩兵と3倍以上の戦艦を持つならば士気の差があっても力押しで押し切ることは不可能ではない。
それを知りながらジョゼフは何もしない。まるでなにかを待っているかのようであった。
そう、彼は待っていたのだ、彼の敵を。
同じ虚無の担い手として自分に抗するために生まれた虚無の担い手を感じ取った。
「来たな」
そこにさしたる感動もない。
巨大な旗艦に乗り込んでいたジョゼフは看板に出た。その隣に立っているのはエルフのビダーシャルだけだ。
彼にとってわずらわしいだけの家臣は旗艦に乗せていない。ジョゼフとビダーシャルを除けば乗っているのは純粋な船員だけだ。
高く飛んでいる艦からは遠くから来襲するトリステインの増援が見えた。
一刻も早く孤軍奮闘している兵たちに加勢しようとしているのであろう、見える兵は全て騎兵だ。足の遅い歩兵は後からさらに加わるというわけだ。
歩兵に比べ少ない数しかいない騎兵である。
おそらく1000を越えるかどうかあやしいくらいであるが、わずか4000でガリア軍を拘束しているトリステインにこの増援は少ないとはいえない。
なによりあの軍の中に彼の姪と娘がいるとすればガリア軍はもしかすると敗退の危機さえあるかもしれないのだ。
あの二人が呼びかければ、明確に旗色を変えるとまで行かずとも、軍の低い士気はさらに下がってしまうかもしれない。それこそ戦闘が不可能なほどに。
なにしろ新王と主張するシャルロットはもともと王と目された現王の弟の娘なのだ。
血統に問題はなく、そして支持者といえばハルケギニアの各国、それどころか現王の娘すら支持しているのだ。
それに対して現王ジョゼフはというもともと弟との争いのために反乱分子を多く抱え込んでおり、そしてロマリア侵攻によって多くの貴族と民衆からの支持を失ったのだ。
そのような状況では、シャルロット、そしてイザベラに説得されながらも離反することなく兵たちが戦うほうが公算が低い。
だがジョゼフはそれでも構わなかった。もともとこの軍はトリステインを蹂躙するためのものではない。
ジョゼフはローブのポケットに手を突っ込んだ。彼のポケットには奇妙なふくらみが3つあった。
そして彼が手を伸ばすとふくらみは二つになり、代わりに彼の手には丸い水晶のようなものが握られている。透明なボールに炎を閉じ込めような奇妙な輝きを放つそれは火石であった。
傍らに立つビダーシャルが作り上げた火の力を集めて出来た結晶である。
エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ エクスプロージョン
ジョゼフは詠唱を口ずさむ。それは虚無の呪文の一つ“爆 発”だ。
詠唱を最後まで唱えることなく、その力を解き放つ。
虚無の呪文が他の呪文と大きく異なることの一つは他の呪文が詠唱を唱えきらなければ何も発動しないのに対し、虚無の呪文は詠唱が途中まででも全体の長さに対してどれだけ読んだかに比してその力を発揮することである。
ジョゼフの手にある火石にヒビが入った。彼のエクスプロージョンで火石は外郭を傷つけられたのだ。それから再び詠唱を唱える。
ウリュ・ハガラース・ベオークン・イル……
呪文を唱えると彼の手元にあった火石は姿を消した。
数秒後、大爆発が起こる。その爆心はガリア軍の正面に位置するトリステイン軍中央の上空。トリステインの船一隻から兵の一人までこの世から灰も残さず消滅し、ガリア兵も爆発を浴びて半数を失った。
ラグドリアン湖へ向かっていた騎兵に同行したのはルイズ、完二、タバサ、陽介、キュルケ、クマ、それにイザベラだった。
彼らはまさに救援すべき軍が視野に入ったときに小型の太陽を目にすることになった。
突如、空中で生まれた火の玉は爆発的に膨らみトリステインの兵を一掃、残ったのは焼け焦げた大地だけであった。
助けに来たはずの兵たちもわけがわからず呆然とし、生き延びたガリアの兵たちは状況がわからず恐慌状態に陥り逃げ出している。
それはルイズたちも同様で、何が起こったかわからず、誰も声を発することすらできない。助けようとした兵たちはその姿を消してしまったのだ。
完二の肩にかけられた剣がかちゃかちゃと音を立てた。
「エクスプロージョン……じゃねえよな……」
ルイズはみなより早く気を取り戻した。彼女の虚無の担い手としての感性が虚無の魔法が
テレポート
使用されたのを感じ取った。航空艦が一つ“瞬間移動”したことを知る。そしてその行き先も。
そして敵の狙いに気付く。
「みんなトリスタニアに戻るわよ!」
「な、なに言ってるの!?この状況を収集するほうが先でしょ!?」
イザベラはかろうじて混乱から立ち直った。彼女はガリア兵に呼びかけを行うべくついてきたのだった。
確かに現状の混乱しきったガリア軍なら完全にタバサとイザベラの呼びかけでこちらに引き入れることも可能かもしれない。
そうでなくてもこのままでは彼らはいつまでも狂乱しているばかりであろう。
だがルイズは力強く首を振る・
「違うわ」
誰もが混乱しているなか、彼女だけは確信というものを瞳に秘めている。
「トリステイン軍が数倍のガリア軍を止めてたんじゃないわ!ガリア軍が数倍の戦力でトリステイン軍を止めたのよ!」
「な、ナニ言ってんだ、テメエ?」
完二は混乱した様子で言った。
完二だけではない。ルイズ以外は全員混乱している。もちろん一兵卒、トリステインもガリアもわけ隔てなくこの空間にいるもの全員が。
その中で一人状況を理解しているのはルイズただ一人であった。
「あいつはトリスタニアであの爆発を起こす気なのよ」
全員が息を飲んだ。目の前で起こった惨劇が王都で起これば被害はこれの比ではない。
誰かが新たな質問をしてくる前にルイズは言う。
「詳しく説明する余裕なんてないわ。とにかくあいつを止めたいと思うならわたしの近くに来て!」
そういうとルイズは最近、常に身につけている始祖の祈祷書を開いた。
ウリュ・ハガラース・ベオークン・イル。
誰一人、いつも冷静なタバサでさえ理解できていなかったが、完二、タバサ、陽介、キュルケ、クマ、イザベラの全員が聞いたことのない詠唱を唱えるルイズの近くに集まった。
ルイズたちはジョゼフを追ってトリステインへと跳んだ。
テレポート
ジョゼフは虚無呪文“瞬間移動”により旗艦をトリスタニア上空まで運んでいた。
「やれやれさすがにこれだけの質量をテレポートさせるのは骨が折れるな」
甲板の上にも混乱があった。
船員たちは太陽のような炎の塊で人が、いや空間が焼かれるのを目にしたと思ったら、次の瞬間には眼下に広がっていた巨大な湖は消えて都市の上空を飛んでいるのだ。
誰にも状況が理解できないでいた。
ジョゼフとその隣に立つエルフ、ビダーシャルだけがその混乱に加わらない。
「ここで本当に火石を解き放つつもりか?どれだけのお前の同胞が死ぬと思っている?」
「これからおれとお前らやることを考えるなら死者を減らすことになるだろうよ。いうなれば尊い犠牲というやつだな」
ビダーシャルはジョゼフの言葉に覚えた不快感を隠さない。言った本人も自身の言葉に何の感慨も覚えていないようだ。
「だがその前にこの艦が落とされるのではないか?」
ふむとジョゼフは下に広がる都市を見た。
「あの辺境に軍を陽動してやったつもりだが、やはり首都にはそれなりの兵が置かれているようだな。今は混乱しているようだが、しばらくすれば攻撃されるかもな」
あっさりとビダーシャルの言葉の正しさを認める。
ジョゼフの言うようにすでにトリステインは戦時と判断し、首都トリステインには一部戦力が備えられている。
戦艦は2隻だが他にも王家直属の空を駆けることのできる3種の幻獣部隊もある。
トリステインに侵攻したガリアの船だとわかれば攻撃してくるであろうし、いくら巨艦でも混乱した旗艦は落とされるであろう。
だからこそジョゼフは言い放つ。
「ならばこの船などもう不要だ。出ろ、ヴィンダールヴ、ガンダールヴ、ミョズニトニルン」
彼の乗っていた艦はとてつもなく巨大であった。
その巨艦から二つの巨体が現れた一つは甲板を砕きその姿を現し、一つは船底を壊し眼下の都へと落ちていった。
そして落ちていったものの上には人と同程度の大きさの何かが乗っている。
もう一つの影、甲板を砕き姿を現したそれの背にジョゼフは乗った。それは巨大な火竜であった。
火竜は巨大なものでも20メイル弱であるはずなのにそれはその2倍はある。
主が背に乗ると重力に引かれ地面へと加速して行く船から飛び立つために火竜はその羽を開き羽ばたかせた。
哀れなのはその船に同乗した船員たちだった。自分たちが何を運んでいるのか知らなかった。
そしてあまりの急変化により未だにそれを理解することもできない。
火竜が体を起こして甲板を破壊し、そしてなにかもう一つが船底を破壊して、さらに火竜が羽を伸ばしたことで船はその形を完全に失った。
もはやせいぜい船の残骸としていいようのない物にしがみつきながら彼らは地面に打ち付けられた。
魔法を使えるものは何人かは地面に全身でぶつかることを避けたが、混乱の極みから抜け切れなかったものは魔法を使えないものと同じ運命を辿った。
活気に満ちたトリタニアの城下。生き生きとした顔が並ぶなか、シエスタは浮かない顔をしていた。
それというのも最近、気になっているタツミ・カンジという変わった名の男性がどこかへ行ってしまったからだ。
態度は荒々しく言葉遣いは悪いが、その大きな体に優しさが隠されていることを彼女は知っている。
目つきは悪く、見ず知らずの人間なら目を逸らしてしまうような目をしているが、
好きなこと、つまり裁縫をしているときは少年のように輝く瞳。
彼と会うといつもシエスタは思っていた。彼はどこかに帰ってしまうのではないかと。
だから彼が学園から姿を消すといつも思っていた。
自分の知らないまま、どこかへ行ってしまうのではないかと。
はあ、と溜め息をつく。
マルトーが彼女に王都まで買出しを頼んだのは物憂げな彼女を見かねたからだ。
都に買出しすると同時に息抜きに気晴らしでもしてくるといいというマルトーの気遣いだったが、
時間が出来てシエスタは余計、物思いにふけってしまっている。
「はあ、カンジさん帰って来るのかしら……」
シエスタがタメ息をついたとき彼女の背後で爆音が響いた。
通りを振り向くと廃墟が一つ出来ていた。先ほどまで石造りで出来た民家があったのであろうに。
ポカンとしているとその廃墟からなにかが立ち上がった。なにやら鉄っぽい。
呆然と見ているとそれが人の形をかたどっており体の表面はにぶい金属光沢を放っていることに気付く。
言葉を失ったまま見つめていると、それは立ち上がるとまるで人間のように走り始めた。
まるで人間がなかに入っているみたい。あ、でも家より大きいからそれはないか。
彼女は頭の中で奇妙に冷静であっても体はまるで置き去りであった。
シエスタはそれが40、50メイル——その巨体と機敏さならほんの10秒足らずの距離だろうか——まで近づいてもただ見つめていた。
信じられない出来事で思考停止になった彼女の前に突然、人が沸いたように現れた。
「きゃっ!?」
呆然とていたシエスタも思わず声を上げてしまう。
現れた影たちはなにかを言っている。
「ここはどこ?」
そう混乱した困惑した声で言ったトリステイン魔法学院の生徒タバサだ。
いつも眠そうな顔をして落ち着いている彼女の姿には似つかわしくないとシエスタは思った。
「言ったでしょ。トリスタニアに行くって」
そして答えたのも同じトリステイン魔法学院の生徒ルイズだ。
次は金髪の少年が喋り始めた。
「す、すごいクマ。ルイズちゃん、ワープなんて出来るの……」
シエスタはその少年に少しだけ見覚えと声に聞き覚えがあったが誰かまでは思い出せない。
「ワープじゃないわ。テレポートよ」
「これが虚無の魔法……」
タバサ、ルイズと同じくトリステイン魔法学院の生徒のキュルケは、いやはやといった様子だ。
ひたすら驚いているといった様子なのはタバサと同じ青い髪の女性だ。彼女にはシエスタも全く見覚えがなかった。
「きょ、虚無ですって……!?どういうことよ……?」
「そのままの意味よ。わたしは虚無の魔法使い。あなたの父と同じね!」
ルイズは空を強い眼光で睨みつける。その視線の先には赤い点が浮かんでいる。
「おいおい、そりゃどーいうことだよ!?」
ワケがわからないと言いたげなのは人間でありながらタバサの使い魔である陽介だ。
「あーもう!うるさいうるさいうるさい!
とにかくわたしはあの爆発を止めるために詠唱を唱えるからちゃんとわたしを守りなさいよね……」
ルイズは視線を自分の使い魔に投げかける。その視線の先には……
「わかった?カンジ!」
シエスタの待ち人がそこにいた。
「お、おう……オウ!?」
「カンジさん!!」
シエスタはたまらず完二に抱きついた。いきなり背中から何かに抱きつかれて完二は混乱した。
「次はいったいナンだってェんだ……ってシエスタ?」
思わず目を大きく開いてしまう。
「はい、シエスタです」
「な、なんでオマエがここに……いやソリャいいから離れろ……背中に、む、胸が……」
完二は鼻を押さえながら抗議する。
「いやです。最近どこに行ってたんですか?もしかしてわたしを助けにやってきてくれたんですか?」
「イヤじゃなくて離れろ……ブフッ」
完二の鼻から血が噴出した。
当事者二人以外は何してるんだと、困ったものを見る目で見ている。
「まったくあんたらは何してるのよ……」
彼の主はげんなりとする。
陽介は完二とシエスタを無視してその反対側を見た。そこには黒い巨人が佇んでいる。
「で、なんなんだアレは?ボケっと突っ立っててくれてるけど空気読んでくれてんのか?」
「なんで何もしてこないかはわからないけど一つだけ言えるわ」
ルイズは自分の虚無の力が教えてくれるものを仲間に伝えた。
「あれはわたしの敵よ」
詠唱の開始、それは戦いの開始となった。
トリスタニアの遥か上空に40メイル近い巨大な火竜が羽ばたいている。
その背には虚無の担い手ジョゼフが居た。
「ビダーシャル、お前もヴィンダールヴの背に乗ったらどうだ?意外と乗り心地がいいぞ」
ジョゼフは自分より高い位置で浮かんでいるエルフに気楽に声をかけた。
ビダーシャルは指にはめた風石の指輪の力で浮いているのだ。
以前、陽介に敗北したとき逃走に使用したのもこれだった。
「断る。わたしがなぜ望んで火竜の背に乗らなければならないのだ」
吐き捨てるように言った。
「ふむ、ずいぶんと毛嫌いしているのだな」
「当たり前だ。我々エルフがどれだけ火竜に苦労させられたと思う」
「6000年だろう?」
軽口を叩くジョゼフをビダーシャルは睨みつける。
「そう睨むな。だからおれがお前らの災いを除いてやろうというのではないか」
ふん。というようにエルフはジョゼフから視線を外し、彼の足元の街を見る。
あの王都には火竜と同じくエルフを苦しませ続けてきた2体の怪物がいた。
火竜は小型とはいえ人間の住む世界にもいるがそれ以外の2体は人間は知らないだろう。
1体はエルフの精霊魔法でさえ弾いてしまう固い金属で身を固めたゴーレムのような存在。
名はヨルムンガント。
長年の戦いで少なからず数を減らしてきたはずだがそれでもまだ多く存在していると思われる。
もう1体は火竜、ヨルムンガンドより遥かに小さく耐久力もそれ相応だが巨大な槍を持ち鎧のような体を持ちその重量からは想像できないほどの速さで駆ける亜人。
名はヴァリヤーグ。
どちらも人間の手に負えるものではにあとエルフは知っていた。
さて。とジョゼフは呟いた。
「あの王都にはおれの、そしてお前の敵が来ている。あちらも話が終わったらしい。ガンダールヴとミョズニトニルンに手合わせさせてみるか」
ジョゼフはヨルムンガンドをガンダールヴ、ヴァリヤーグをミョズニトニン、ファイヤードラゴンをヴィンダールヴと呼んでいる。
始祖ブリミルが名づけた名を彼は呼ぶ。
幅5メートルほどの街路地に何もせずに立っていたヨルムンガントは休息をやめて動き始めた。
「うぉっと!?突撃してきやがった!」
陽介たちに向けヨルムンガントは地響きのような足音を立てて突撃してくる。
「ペルソナ!」
陽介はスサノオを呼び出した。
反射を持ったエルフとの戦いの反省から放つ魔法は疾風魔法であるガルダインだ。
これならば反射されても疾風無効の陽介には効かない。
しかし……
「なっ、効かねえのかよ!?」
この世界の火竜を一撃のもとに屠った最上級疾風魔法をくらいながら、その鎧を着たゴーレムにダメージらしいダメージはなかった。
疾風に何かしらの耐性を持っているようだ。
「だったら次はクマが……」
「やめとけ!そいつには風も、氷も、雷も効かねえ!」
完二の構えていたデルフリンガーが叫んだ。
「あ?なんでオマエ、んなこと知ってんだ?」
完二の当然といえば当然の疑問。だが彼の愛剣は答えない。敵は目前であり受け答えする余裕がないのだ。
「あいつには普通の魔法きかねえ!娘っこが何もできねえんなら、物理的にデッケエ衝撃を与えな!」
それなら、と完二は敵を見据える。
「任せな!行くぜえ……」
完二はペルソナを呼び出そうと目の前の敵に集中する。
その時、ヨルムガントの脇から長槍が彼に向かって襲い掛かってきた。長さ4メイルもの槍が突き出され先端が完二の肩に突き刺さる。
「うおっ!」
完二は肩を負傷し、尻餅をついた。
槍を持っていたのは全身鎧の何かであった。
その全身鎧——ヴァリヤーグにタバサが攻撃を飛ばした。空気のハンマーが亜人に向けて飛ぶ。
彼女は突然現れた敵の突撃に反応し、その突撃を攻撃でくじくつもりだったが、その敵の速さは彼女の予想より遥かに上だった。
それの速度は速く彼女の詠唱が終わるより早く完二を攻撃した。
結果としてタイミングが遅れたがその代わりタバサの攻撃は完二を攻撃した直後の、いわゆるカウンターの形でヴァリヤーグに飛んだ。
しかしそれは空気のハンマーを脇に跳んで回避をした。それだけの動きだが信じがたい反応速度である。
一瞬の攻防。
だがそうしてヴァリヤーグの攻撃に気をとられた間にヨルムンガントはすでにルイズたち全員を攻撃できる範囲に納めていた。
巨大な鎧の像は右拳を大きく引いた。
キュルケの作った特大の火球が当たるが巨像は全く意に介さない。
暗い瞳が見据えているのは詠唱を紡いでいるルイズだ。
完二は治療しようとするイザベラを振り払う。そして手に持っていた件を投げ捨て、主へと走った。
「カンジさん!」
「何する気でえ!相棒!」
思わず叫んだシエスタとデルフリンガーの声を背後に彼は主の巨像へと向かう。
ヨルムンガントの拳は地面を削るように主の敵たる虚無使いへと向かう。
しかしそれは虚無の使い魔によって遮られる。完二は両腕を交錯して特大の質量の拳を受け止める。
「ウ、ウオオラアアア!!!!」
衝撃を受け、完二の足が地面に二本の線を引く。
5メイルも完二は突き動かされながら膝をつかず、そしてヨルムガンドの拳が停止した。鉄の拳はルイズに触れることはなかった。
ルイズは集中して何も眼中に入っていないのか、自分の使い魔を信用していたのか詠唱を続けている。
主を守った使い魔はダメージに膝を折る。それを見て取ったヨルムンガントが次は左拳を大きく振り上げる。
「二度もやらせっか!吠えろ!スサノオ!」
陽介のペルソナスサノオが自身の周りを回る円形の刃を蹴り出した。
それはヨルムンガンドの空へ突き上げた左手を肩から切断した。切断の衝撃と突如体の一部を失ったためにバランスを失いヨルムンガンドは地面へと倒れる。
巨体が倒れ地面が揺れる。砂埃の中、ヴァリヤーグが槍を構えて突撃の構えを取った。
それに向かってキュルケが火球を放つ。迫った火の玉を鎧姿の亜人は槍を振ってそれを払う。
だが彼女は自身の火の玉でその亜人を倒せると思っていたのではない。
全て彼女の使い魔のために隙を作るためだ。
キュルケの使い魔クマは主の意図を察して、一瞬の隙の中、ヴァリヤーグの懐へ飛び込んだ。
右手に付けた手甲がヴァリヤーグを打ち据える。重厚な鎧に衝撃が響く。
一撃、二撃、そしてクマ自身も回転しながら勢いをつけた三撃目でヴァリヤーグも倒れた。クマも尻餅をついたが。
ヨルムンガントとヴァリヤーグが一時的にダウンしたのを見て陽介は威勢よく言った。
「さーて、みんなでやっちまいますか!!」
全員の答えは当然、はい。しかない。
ルイズと完二主従以外全員の総攻撃だ。煙が立ちこめる。
それが晴れたときにはヨルムンガントとヴァリヤーグは立ち上がらなくなっていた。
ジョゼフの使い魔は負けた。
彼の視界はもう彼の目と現在乗る火竜のものだけになる。
「二体ともやられたか……」
ジョゼフが呟くと、ビダーシャルは信じられないという顔をする。
「人間がヨルムンガントとヴァリヤーグを倒すとは……。いや、しかしお前の姪の使い魔もいるならば……」
ビダーシャルは納得しかけるも、かつての敗北を思い出し苦々しくも思う。
「まあ、あの二体はもともとここで死ぬはずだったからな」
自身の使い魔が敗れながらもその主は全く何も思うところがないようだ。
たんたんとエクスプロージョンで火石にヒビを入れている。
「さあ、どうする?」
誰に向けた言葉であろうか。
ジョゼフの手から火石がすべり落ちる。
何万もの命を燃やす悪意が、何万もの人のいる街へと重力に引かれ落ちていく。
ルイズは詠唱を終え、じっと空を見つめていた。
王都上空、千切れ雲が飛ぶだけの青い空に、不自然なほどの赤い火の玉が生まれた。
まるで小さな太陽が産声を上げたかのようだ。
その様子を見ていた陽介たちはたじろぐ。
先ほどの爆発と同じ規模のものが起こるなら確実に自分たちは王都ごとこの世から消えてしまうだろう。
もちろん、陽介たちが元の世界に戻れるなどという意味ではない。彼らが行くのはあの世と呼ばれるものだろう。
だがそんななかルイズとそして完二が泰然自若としている。完二はクマに傷を治してもらい、使い魔として主の傍に立つ。
文字通り爆発的に大きくなる様子を見せる火石にルイズのディスペルが届く。
全てを焼き尽くす太陽になるはずだった火の玉は急速にしぼみその存在を世界から消した。
トリスタニア上空に飛んでいた火竜の姿はない。
火石が爆発し損ねたのを見届けてからジョゼフはトリステインから姿を、いやガリアからも姿を消した。
彼はシャイターンの門へと向かっている。
そこで彼の使い魔の軍団を手に入れるために。
しかし、これからルイズたちを、世界を待ち受けることが何であれルイズたちは数万の命を救った。
今、空にあるのは破壊の太陽ではなく、世界を照らす太陽だ。
#navi(ゼロのペルソナ)
#navi(ゼロのペルソナ)
太陽 意味……祝福・孤独
トリステインが発表したガリア新王の擁立が人々の口に上ると同時に衝撃的なニュースが流れることになった。
ガリア軍トリステイン侵攻。
ガリア王ジョゼフはおよそ30隻の戦艦と2万以上の歩兵でトリステインに侵攻した。
しかしトリステイン側も全くこれを予期していなかったわけではない。外交上全くガリアと問題のなかったロマリアが強襲されたのだ。
ならばトリステインもその例にならうことは十分ありうることだと枢機卿マザリーニは判断し、ガリアとの国境付近の軍を通常地よりも増員していた。
とはいえこの進軍が唐突であったことには変わりがない。ジョゼフはトリステイン—ゲルマニア—ロマリアの大連合を破壊すべくトリステインを蹂躙しようと攻撃に移ったのであろうか。
たしかにロマリア連合皇国がロマリアという中心となる都市国家を失っているので、軸となるのはトリステインとゲルマニアであり、片方を粉砕すれば大連合を破壊できるかも知れない。
しかし、そうだと考えるにはガリアの侵攻が早すぎた。
大連合の発表以前に、それどころかゲルマニアやロマリアという首魁を失った都市国家群の同盟の打診がやってくるか、来ないかくらいに進軍の準備が行われていたとしか思われない。
現在はガリア軍は国境付近でトリステイン軍と戦闘を行っている。増員したおかげでなんとかガリア軍を抑えられているというわけだ。
とはいえトリステインとガリアには歴然として国力の差があった。
ガリアが突然の侵攻に2万もの兵力を用意できたのに対し、トリステインはガリアとの国境線に用意できた歩兵はわずか4000、戦艦は10隻足らずに過ぎない。
それでもガリア軍を押し止め、ラグドリアン湖近くに拘束できたのはトリステインの兵はロマリアを滅ぼした“悪のガリア軍団”と戦い祖国を守るという明確な目的意識があったのに対し、
ガリアの兵たちに戦いの意味を見出せずに士気が非常に低かったためである。
そして奇妙なのは直接軍を指揮している王ジョゼフであった。5倍以上の歩兵と3倍以上の戦艦を持つならば士気の差があっても力押しで押し切ることは不可能ではない。
それを知りながらジョゼフは何もしない。まるでなにかを待っているかのようであった。
そう、彼は待っていたのだ、彼の敵を。
同じ虚無の担い手として自分に抗するために生まれた虚無の担い手を感じ取った。
「来たな」
そこにさしたる感動もない。
巨大な旗艦に乗り込んでいたジョゼフは看板に出た。その隣に立っているのはエルフのビダーシャルだけだ。
彼にとってわずらわしいだけの家臣は旗艦に乗せていない。ジョゼフとビダーシャルを除けば乗っているのは純粋な船員だけだ。
高く飛んでいる艦からは遠くから来襲するトリステインの増援が見えた。
一刻も早く孤軍奮闘している兵たちに加勢しようとしているのであろう、見える兵は全て騎兵だ。足の遅い歩兵は後からさらに加わるというわけだ。
歩兵に比べ少ない数しかいない騎兵である。
おそらく1000を越えるかどうかあやしいくらいであるが、わずか4000でガリア軍を拘束しているトリステインにこの増援は少ないとはいえない。
なによりあの軍の中に彼の姪と娘がいるとすればガリア軍はもしかすると敗退の危機さえあるかもしれないのだ。
あの二人が呼びかければ、明確に旗色を変えるとまで行かずとも、軍の低い士気はさらに下がってしまうかもしれない。それこそ戦闘が不可能なほどに。
なにしろ新王と主張するシャルロットはもともと王と目された現王の弟の娘なのだ。
血統に問題はなく、そして支持者といえばハルケギニアの各国、それどころか現王の娘すら支持しているのだ。
それに対して現王ジョゼフはというもともと弟との争いのために反乱分子を多く抱え込んでおり、そしてロマリア侵攻によって多くの貴族と民衆からの支持を失ったのだ。
そのような状況では、シャルロット、そしてイザベラに説得されながらも離反することなく兵たちが戦うほうが公算が低い。
だがジョゼフはそれでも構わなかった。もともとこの軍はトリステインを蹂躙するためのものではない。
ジョゼフはローブのポケットに手を突っ込んだ。彼のポケットには奇妙なふくらみが3つあった。
そして彼が手を伸ばすとふくらみは二つになり、代わりに彼の手には丸い水晶のようなものが握られている。透明なボールに炎を閉じ込めような奇妙な輝きを放つそれは火石であった。
傍らに立つビダーシャルが作り上げた火の力を集めて出来た結晶である。
エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ エクスプロージョン
ジョゼフは詠唱を口ずさむ。それは虚無の呪文の一つ“爆 発”だ。
詠唱を最後まで唱えることなく、その力を解き放つ。
虚無の呪文が他の呪文と大きく異なることの一つは他の呪文が詠唱を唱えきらなければ何も発動しないのに対し、虚無の呪文は詠唱が途中まででも全体の長さに対してどれだけ読んだかに比してその力を発揮することである。
ジョゼフの手にある火石にヒビが入った。彼のエクスプロージョンで火石は外郭を傷つけられたのだ。それから再び詠唱を唱える。
ウリュ・ハガラース・ベオークン・イル……
呪文を唱えると彼の手元にあった火石は姿を消した。
数秒後、大爆発が起こる。その爆心はガリア軍の正面に位置するトリステイン軍中央の上空。トリステインの船一隻から兵の一人までこの世から灰も残さず消滅し、ガリア兵も爆発を浴びて半数を失った。
ラグドリアン湖へ向かっていた騎兵に同行したのはルイズ、完二、タバサ、陽介、キュルケ、クマ、それにイザベラだった。
彼らはまさに救援すべき軍が視野に入ったときに小型の太陽を目にすることになった。
突如、空中で生まれた火の玉は爆発的に膨らみトリステインの兵を一掃、残ったのは焼け焦げた大地だけであった。
助けに来たはずの兵たちもわけがわからず呆然とし、生き延びたガリアの兵たちは状況がわからず恐慌状態に陥り逃げ出している。
それはルイズたちも同様で、何が起こったかわからず、誰も声を発することすらできない。助けようとした兵たちはその姿を消してしまったのだ。
完二の肩にかけられた剣がかちゃかちゃと音を立てた。
「エクスプロージョン……じゃねえよな……」
ルイズはみなより早く気を取り戻した。彼女の虚無の担い手としての感性が虚無の魔法が
テレポート
使用されたのを感じ取った。航空艦が一つ“瞬間移動”したことを知る。そしてその行き先も。
そして敵の狙いに気付く。
「みんなトリスタニアに戻るわよ!」
「な、なに言ってるの!?この状況を収集するほうが先でしょ!?」
イザベラはかろうじて混乱から立ち直った。彼女はガリア兵に呼びかけを行うべくついてきたのだった。
確かに現状の混乱しきったガリア軍なら完全にタバサとイザベラの呼びかけでこちらに引き入れることも可能かもしれない。
そうでなくてもこのままでは彼らはいつまでも狂乱しているばかりであろう。
だがルイズは力強く首を振る・
「違うわ」
誰もが混乱しているなか、彼女だけは確信というものを瞳に秘めている。
「トリステイン軍が数倍のガリア軍を止めてたんじゃないわ!ガリア軍が数倍の戦力でトリステイン軍を止めたのよ!」
「な、ナニ言ってんだ、テメエ?」
完二は混乱した様子で言った。
完二だけではない。ルイズ以外は全員混乱している。もちろん一兵卒、トリステインもガリアもわけ隔てなくこの空間にいるもの全員が。
その中で一人状況を理解しているのはルイズただ一人であった。
「あいつはトリスタニアであの爆発を起こす気なのよ」
全員が息を飲んだ。目の前で起こった惨劇が王都で起これば被害はこれの比ではない。
誰かが新たな質問をしてくる前にルイズは言う。
「詳しく説明する余裕なんてないわ。とにかくあいつを止めたいと思うならわたしの近くに来て!」
そういうとルイズは最近、常に身につけている始祖の祈祷書を開いた。
ウリュ・ハガラース・ベオークン・イル。
誰一人、いつも冷静なタバサでさえ理解できていなかったが、完二、タバサ、陽介、キュルケ、クマ、イザベラの全員が聞いたことのない詠唱を唱えるルイズの近くに集まった。
ルイズたちはジョゼフを追ってトリステインへと跳んだ。
テレポート
ジョゼフは虚無呪文“瞬間移動”により旗艦をトリスタニア上空まで運んでいた。
「やれやれさすがにこれだけの質量をテレポートさせるのは骨が折れるな」
甲板の上にも混乱があった。
船員たちは太陽のような炎の塊で人が、いや空間が焼かれるのを目にしたと思ったら、次の瞬間には眼下に広がっていた巨大な湖は消えて都市の上空を飛んでいるのだ。
誰にも状況が理解できないでいた。
ジョゼフとその隣に立つエルフ、ビダーシャルだけがその混乱に加わらない。
「ここで本当に火石を解き放つつもりか?どれだけのお前の同胞が死ぬと思っている?」
「これからおれとお前らやることを考えるなら死者を減らすことになるだろうよ。いうなれば尊い犠牲というやつだな」
ビダーシャルはジョゼフの言葉に覚えた不快感を隠さない。言った本人も自身の言葉に何の感慨も覚えていないようだ。
「だがその前にこの艦が落とされるのではないか?」
ふむとジョゼフは下に広がる都市を見た。
「あの辺境に軍を陽動してやったつもりだが、やはり首都にはそれなりの兵が置かれているようだな。今は混乱しているようだが、しばらくすれば攻撃されるかもな」
あっさりとビダーシャルの言葉の正しさを認める。
ジョゼフの言うようにすでにトリステインは戦時と判断し、首都トリステインには一部戦力が備えられている。
戦艦は2隻だが他にも王家直属の空を駆けることのできる3種の幻獣部隊もある。
トリステインに侵攻したガリアの船だとわかれば攻撃してくるであろうし、いくら巨艦でも混乱した旗艦は落とされるであろう。
だからこそジョゼフは言い放つ。
「ならばこの船などもう不要だ。出ろ、ヴィンダールヴ、ガンダールヴ、ミョズニトニルン」
彼の乗っていた艦はとてつもなく巨大であった。
その巨艦から二つの巨体が現れた一つは甲板を砕きその姿を現し、一つは船底を壊し眼下の都へと落ちていった。
そして落ちていったものの上には人と同程度の大きさの何かが乗っている。
もう一つの影、甲板を砕き姿を現したそれの背にジョゼフは乗った。それは巨大な火竜であった。
火竜は巨大なものでも20メイル弱であるはずなのにそれはその2倍はある。
主が背に乗ると重力に引かれ地面へと加速して行く船から飛び立つために火竜はその羽を開き羽ばたかせた。
哀れなのはその船に同乗した船員たちだった。自分たちが何を運んでいるのか知らなかった。
そしてあまりの急変化により未だにそれを理解することもできない。
火竜が体を起こして甲板を破壊し、そしてなにかもう一つが船底を破壊して、さらに火竜が羽を伸ばしたことで船はその形を完全に失った。
もはやせいぜい船の残骸としていいようのない物にしがみつきながら彼らは地面に打ち付けられた。
魔法を使えるものは何人かは地面に全身でぶつかることを避けたが、混乱の極みから抜け切れなかったものは魔法を使えないものと同じ運命を辿った。
活気に満ちたトリタニアの城下。生き生きとした顔が並ぶなか、シエスタは浮かない顔をしていた。
それというのも最近、気になっているタツミ・カンジという変わった名の男性がどこかへ行ってしまったからだ。
態度は荒々しく言葉遣いは悪いが、その大きな体に優しさが隠されていることを彼女は知っている。
目つきは悪く、見ず知らずの人間なら目を逸らしてしまうような目をしているが、
好きなこと、つまり裁縫をしているときは少年のように輝く瞳。
彼と会うといつもシエスタは思っていた。彼はどこかに帰ってしまうのではないかと。
だから彼が学園から姿を消すといつも思っていた。
自分の知らないまま、どこかへ行ってしまうのではないかと。
はあ、と溜め息をつく。
マルトーが彼女に王都まで買出しを頼んだのは物憂げな彼女を見かねたからだ。
都に買出しすると同時に息抜きに気晴らしでもしてくるといいというマルトーの気遣いだったが、
時間が出来てシエスタは余計、物思いにふけってしまっている。
「はあ、カンジさん帰って来るのかしら……」
シエスタがタメ息をついたとき彼女の背後で爆音が響いた。
通りを振り向くと廃墟が一つ出来ていた。先ほどまで石造りで出来た民家があったのであろうに。
ポカンとしているとその廃墟からなにかが立ち上がった。なにやら鉄っぽい。
呆然と見ているとそれが人の形をかたどっており体の表面はにぶい金属光沢を放っていることに気付く。
言葉を失ったまま見つめていると、それは立ち上がるとまるで人間のように走り始めた。
まるで人間がなかに入っているみたい。あ、でも家より大きいからそれはないか。
彼女は頭の中で奇妙に冷静であっても体はまるで置き去りであった。
シエスタはそれが40、50メイル——その巨体と機敏さならほんの10秒足らずの距離だろうか——まで近づいてもただ見つめていた。
信じられない出来事で思考停止になった彼女の前に突然、人が沸いたように現れた。
「きゃっ!?」
呆然とていたシエスタも思わず声を上げてしまう。
現れた影たちはなにかを言っている。
「ここはどこ?」
そう混乱した困惑した声で言ったトリステイン魔法学院の生徒タバサだ。
いつも眠そうな顔をして落ち着いている彼女の姿には似つかわしくないとシエスタは思った。
「言ったでしょ。トリスタニアに行くって」
そして答えたのも同じトリステイン魔法学院の生徒ルイズだ。
次は金髪の少年が喋り始めた。
「す、すごいクマ。ルイズちゃん、ワープなんて出来るの……」
シエスタはその少年に少しだけ見覚えと声に聞き覚えがあったが誰かまでは思い出せない。
「ワープじゃないわ。テレポートよ」
「これが虚無の魔法……」
タバサ、ルイズと同じくトリステイン魔法学院の生徒のキュルケは、いやはやといった様子だ。
ひたすら驚いているといった様子なのはタバサと同じ青い髪の女性だ。彼女にはシエスタも全く見覚えがなかった。
「きょ、虚無ですって……!?どういうことよ……?」
「そのままの意味よ。わたしは虚無の魔法使い。あなたの父と同じね!」
ルイズは空を強い眼光で睨みつける。その視線の先には赤い点が浮かんでいる。
「おいおい、そりゃどーいうことだよ!?」
ワケがわからないと言いたげなのは人間でありながらタバサの使い魔である陽介だ。
「あーもう!うるさいうるさいうるさい!
とにかくわたしはあの爆発を止めるために詠唱を唱えるからちゃんとわたしを守りなさいよね……」
ルイズは視線を自分の使い魔に投げかける。その視線の先には……
「わかった?カンジ!」
シエスタの待ち人がそこにいた。
「お、おう……オウ!?」
「カンジさん!!」
シエスタはたまらず完二に抱きついた。いきなり背中から何かに抱きつかれて完二は混乱した。
「次はいったいナンだってェんだ……ってシエスタ?」
思わず目を大きく開いてしまう。
「はい、シエスタです」
「な、なんでオマエがここに……いやソリャいいから離れろ……背中に、む、胸が……」
完二は鼻を押さえながら抗議する。
「いやです。最近どこに行ってたんですか?もしかしてわたしを助けにやってきてくれたんですか?」
「イヤじゃなくて離れろ……ブフッ」
完二の鼻から血が噴出した。
当事者二人以外は何してるんだと、困ったものを見る目で見ている。
「まったくあんたらは何してるのよ……」
彼の主はげんなりとする。
陽介は完二とシエスタを無視してその反対側を見た。そこには黒い巨人が佇んでいる。
「で、なんなんだアレは?ボケっと突っ立っててくれてるけど空気読んでくれてんのか?」
「なんで何もしてこないかはわからないけど一つだけ言えるわ」
ルイズは自分の虚無の力が教えてくれるものを仲間に伝えた。
「あれはわたしの敵よ」
詠唱の開始、それは戦いの開始となった。
トリスタニアの遥か上空に40メイル近い巨大な火竜が羽ばたいている。
その背には虚無の担い手ジョゼフが居た。
「ビダーシャル、お前もヴィンダールヴの背に乗ったらどうだ?意外と乗り心地がいいぞ」
ジョゼフは自分より高い位置で浮かんでいるエルフに気楽に声をかけた。
ビダーシャルは指にはめた風石の指輪の力で浮いているのだ。
以前、陽介に敗北したとき逃走に使用したのもこれだった。
「断る。わたしがなぜ望んで火竜の背に乗らなければならないのだ」
吐き捨てるように言った。
「ふむ、ずいぶんと毛嫌いしているのだな」
「当たり前だ。我々エルフがどれだけ火竜に苦労させられたと思う」
「6000年だろう?」
軽口を叩くジョゼフをビダーシャルは睨みつける。
「そう睨むな。だからおれがお前らの災いを除いてやろうというのではないか」
ふん。というようにエルフはジョゼフから視線を外し、彼の足元の街を見る。
あの王都には火竜と同じくエルフを苦しませ続けてきた2体の怪物がいた。
火竜は小型とはいえ人間の住む世界にもいるがそれ以外の2体は人間は知らないだろう。
1体はエルフの精霊魔法でさえ弾いてしまう固い金属で身を固めたゴーレムのような存在。
名はヨルムンガント。
長年の戦いで少なからず数を減らしてきたはずだがそれでもまだ多く存在していると思われる。
もう1体は火竜、ヨルムンガンドより遥かに小さく耐久力もそれ相応だが巨大な槍を持ち鎧のような体を持ちその重量からは想像できないほどの速さで駆ける亜人。
名はヴァリヤーグ。
どちらも人間の手に負えるものではにあとエルフは知っていた。
さて。とジョゼフは呟いた。
「あの王都にはおれの、そしてお前の敵が来ている。あちらも話が終わったらしい。ガンダールヴとミョズニトニルンに手合わせさせてみるか」
ジョゼフはヨルムンガンドをガンダールヴ、ヴァリヤーグをミョズニトニン、ファイヤードラゴンをヴィンダールヴと呼んでいる。
始祖ブリミルが名づけた名を彼は呼ぶ。
幅5メートルほどの街路地に何もせずに立っていたヨルムンガントは休息をやめて動き始めた。
「うぉっと!?突撃してきやがった!」
陽介たちに向けヨルムンガントは地響きのような足音を立てて突撃してくる。
「ペルソナ!」
陽介はスサノオを呼び出した。
反射を持ったエルフとの戦いの反省から放つ魔法は疾風魔法であるガルダインだ。
これならば反射されても疾風無効の陽介には効かない。
しかし……
「なっ、効かねえのかよ!?」
この世界の火竜を一撃のもとに屠った最上級疾風魔法をくらいながら、その鎧を着たゴーレムにダメージらしいダメージはなかった。
疾風に何かしらの耐性を持っているようだ。
「だったら次はクマが……」
「やめとけ!そいつには風も、氷も、雷も効かねえ!」
完二の構えていたデルフリンガーが叫んだ。
「あ?なんでオマエ、んなこと知ってんだ?」
完二の当然といえば当然の疑問。だが彼の愛剣は答えない。敵は目前であり受け答えする余裕がないのだ。
「あいつには普通の魔法きかねえ!娘っこが何もできねえんなら、物理的にデッケエ衝撃を与えな!」
それなら、と完二は敵を見据える。
「任せな!行くぜえ……」
完二はペルソナを呼び出そうと目の前の敵に集中する。
その時、ヨルムガントの脇から長槍が彼に向かって襲い掛かってきた。長さ4メイルもの槍が突き出され先端が完二の肩に突き刺さる。
「うおっ!」
完二は肩を負傷し、尻餅をついた。
槍を持っていたのは全身鎧の何かであった。
その全身鎧——ヴァリヤーグにタバサが攻撃を飛ばした。空気のハンマーが亜人に向けて飛ぶ。
彼女は突然現れた敵の突撃に反応し、その突撃を攻撃でくじくつもりだったが、その敵の速さは彼女の予想より遥かに上だった。
それの速度は速く彼女の詠唱が終わるより早く完二を攻撃した。
結果としてタイミングが遅れたがその代わりタバサの攻撃は完二を攻撃した直後の、いわゆるカウンターの形でヴァリヤーグに飛んだ。
しかしそれは空気のハンマーを脇に跳んで回避をした。それだけの動きだが信じがたい反応速度である。
一瞬の攻防。
だがそうしてヴァリヤーグの攻撃に気をとられた間にヨルムンガントはすでにルイズたち全員を攻撃できる範囲に納めていた。
巨大な鎧の像は右拳を大きく引いた。
キュルケの作った特大の火球が当たるが巨像は全く意に介さない。
暗い瞳が見据えているのは詠唱を紡いでいるルイズだ。
完二は治療しようとするイザベラを振り払う。そして手に持っていた件を投げ捨て、主へと走った。
「カンジさん!」
「何する気でえ!相棒!」
思わず叫んだシエスタとデルフリンガーの声を背後に彼は主の巨像へと向かう。
ヨルムンガントの拳は地面を削るように主の敵たる虚無使いへと向かう。
しかしそれは虚無の使い魔によって遮られる。完二は両腕を交錯して特大の質量の拳を受け止める。
「ウ、ウオオラアアア!!!!」
衝撃を受け、完二の足が地面に二本の線を引く。
5メイルも完二は突き動かされながら膝をつかず、そしてヨルムガンドの拳が停止した。鉄の拳はルイズに触れることはなかった。
ルイズは集中して何も眼中に入っていないのか、自分の使い魔を信用していたのか詠唱を続けている。
主を守った使い魔はダメージに膝を折る。それを見て取ったヨルムンガントが次は左拳を大きく振り上げる。
「二度もやらせっか!吠えろ!スサノオ!」
陽介のペルソナスサノオが自身の周りを回る円形の刃を蹴り出した。
それはヨルムンガンドの空へ突き上げた左手を肩から切断した。切断の衝撃と突如体の一部を失ったためにバランスを失いヨルムンガンドは地面へと倒れる。
巨体が倒れ地面が揺れる。砂埃の中、ヴァリヤーグが槍を構えて突撃の構えを取った。
それに向かってキュルケが火球を放つ。迫った火の玉を鎧姿の亜人は槍を振ってそれを払う。
だが彼女は自身の火の玉でその亜人を倒せると思っていたのではない。
全て彼女の使い魔のために隙を作るためだ。
キュルケの使い魔クマは主の意図を察して、一瞬の隙の中、ヴァリヤーグの懐へ飛び込んだ。
右手に付けた手甲がヴァリヤーグを打ち据える。重厚な鎧に衝撃が響く。
一撃、二撃、そしてクマ自身も回転しながら勢いをつけた三撃目でヴァリヤーグも倒れた。クマも尻餅をついたが。
ヨルムンガントとヴァリヤーグが一時的にダウンしたのを見て陽介は威勢よく言った。
「さーて、みんなでやっちまいますか!!」
全員の答えは当然、はい。しかない。
ルイズと完二主従以外全員の総攻撃だ。煙が立ちこめる。
それが晴れたときにはヨルムンガントとヴァリヤーグは立ち上がらなくなっていた。
ジョゼフの使い魔は負けた。
彼の視界はもう彼の目と現在乗る火竜のものだけになる。
「二体ともやられたか……」
ジョゼフが呟くと、ビダーシャルは信じられないという顔をする。
「人間がヨルムンガントとヴァリヤーグを倒すとは……。いや、しかしお前の姪の使い魔もいるならば……」
ビダーシャルは納得しかけるも、かつての敗北を思い出し苦々しくも思う。
「まあ、あの二体はもともとここで死ぬはずだったからな」
自身の使い魔が敗れながらもその主は全く何も思うところがないようだ。
たんたんとエクスプロージョンで火石にヒビを入れている。
「さあ、どうする?」
誰に向けた言葉であろうか。
ジョゼフの手から火石がすべり落ちる。
何万もの命を燃やす悪意が、何万もの人のいる街へと重力に引かれ落ちていく。
ルイズは詠唱を終え、じっと空を見つめていた。
王都上空、千切れ雲が飛ぶだけの青い空に、不自然なほどの赤い火の玉が生まれた。
まるで小さな太陽が産声を上げたかのようだ。
その様子を見ていた陽介たちはたじろぐ。
先ほどの爆発と同じ規模のものが起こるなら確実に自分たちは王都ごとこの世から消えてしまうだろう。
もちろん、陽介たちが元の世界に戻れるなどという意味ではない。彼らが行くのはあの世と呼ばれるものだろう。
だがそんななかルイズとそして完二が泰然自若としている。完二はクマに傷を治してもらい、使い魔として主の傍に立つ。
文字通り爆発的に大きくなる様子を見せる火石にルイズのディスペルが届く。
全てを焼き尽くす太陽になるはずだった火の玉は急速にしぼみその存在を世界から消した。
トリスタニア上空に飛んでいた火竜の姿はない。
火石が爆発し損ねたのを見届けてからジョゼフはトリステインから姿を、いやガリアからも姿を消した。
彼はシャイターンの門へと向かっている。
そこで彼の使い魔の軍団を手に入れるために。
しかし、これからルイズたちを、世界を待ち受けることが何であれルイズたちは数万の命を救った。
今、空にあるのは破壊の太陽ではなく、世界を照らす太陽だ。
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