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#navi(ルイズと無重力巫女さん)
アルビオン空軍工廠の街ロサイスは、首都ロンディニウムの郊外に位置している。
つい最近まで存在していた王家がこの国を治めていた頃から、王立空軍の工廠であった。
その為街全体が一つの工場となっており、街のアチコチで見える何本もの長い煙突が黒煙を空へと吐き出している。
アルビオンにある建物の中ではかなり大きい部類に入る製鉄所の隣には、木材が山と積まれた空き地が見えた。
製鉄所ほどではないが、赤レンガの大きな建物は空軍の発令所であり、その屋根には誇らしげに『レコン・キスタ』の三色の旗が翻っている。
だが、今のところここロサイスで一番目立っているのは発令所でも製鉄所でも無く、天を仰ぐばかりの大きな巨艦であった。
雨よけのための布が、旅のサーカス団が使うような巨大なテントのように、停泊した艦を覆っている。
アルビオン空軍本国艦隊旗艦『ロイヤル・ソヴリン(王権)号』――だがそれはもう旧名である。
『レキシントン号』――それがこの艦に付けられた新しい名前だ。
赤レンガが眩しい発令所の執務室に、二人の男女がデスク越しに向き合っていた。
「ふぅん…。私が留守にしている間、良くここまでの事が出来たわね。助かったわ」
デスクに負けず劣らず高級そうな回転椅子に腰掛けたシェフィールドが、ポツリと呟く。
彼女の冷たい視線の先にあるのは数枚の書類であり、一見する限り報告書のようである。
主な内容は先の戦の戦後処理などであり、具体的な戦死者数や雇った傭兵達に支払う料金の金額も記されていた。
そしてシェフィールドは、報告書が予想以上にうまく出来上がっている事を、若干嬉しく思った。
「いえいえ!貴方様のお手を煩わせぬようにと、一生懸命書き上げました!」
そんなシェフィールドと顔を合わせてデスクの前に立っている男、クロムウェルは思いっきり頭を下げて叫んだ。
このクロムウェルという男、一見すればただの司教に見えるが、実際は違う。
彼は此度の件で反乱を起こし、王党派を破滅に追いやった貴族派の指導者、オリバー・クロムウェルその人であった。
そして王とその一族が途絶えたこの国の新たな王として君臨する男でもあった。
今彼が座るべき椅子にふんぞり返って座っているシェフィールドは、彼の秘書である。
だが、いまこの光景を外で働いている将兵が見れば驚くに違いない。
この国を新たに治める皇帝が自分の秘書に頭を下げ、その秘書がタメ口で話しているのだから。
しかし、クロムウェルにとって目の前にいる秘書は、所謂『恩人』とも呼べる存在だ。
※
話せば長くなるが、クロムウェルという一人の司教が何故ここまで大きくたのにはちゃんとした理由がある。
始まりは二年前、届け物があってアルビオンから遙々ガリアの首都リュティスに赴いた時であった。
彼はちょっとした気まぐれで、酒場にいた物乞いに老人に一杯の酒を奢った。
安酒だが、物乞いには買えそうもないアルコール飲料を嬉しそうにチビチビと飲む老人はこう言った。
「司教、酒のお礼になにか一つ、願い事を叶えて差し上げよう。言ってごらんなさい」
もはや老い先長くもない老いぼれの口から出た予想外の言葉に、クロムウェルは笑みを浮かべて呟いた。
「そうだなぁ…――あぁ、王だ。アルビオン王家を滅ぼしてオレが新しい王になってみたい!」
「ほぅ…これまた珍しい。このようなご時世に王家を滅ぼして自ら王になりたいと?」
クロムウェルの言葉に、老人は興味津々と言いたげな笑顔を浮かべた。
その時のクロムウェルは酔っていた。酔っていたからこそとんでもない言葉が口から飛び出してしまう。
だが飛び出した言葉はそのまま冗談として空高く舞い上がることなく、老人の耳へと降り立った。
自分に酒を奢ってくれたこの司教の願い事を叶える為の、゛真実゛という名の竜となって…。
翌日――リュテイスの観光にでも行こうと部屋を出て一階のロビーに降りたとき、一人の女が声を掛けてきた。
「もし、そこの司教様?」
声から察するになかなかの美人だと感じたクロムウェルはそちらの方を振り向く。
そこにいたのは案の定美声に負けない程の美貌を持った黒髪の美女がいた。
ローブの上からでも分かる体のラインはちゃんとバランスが取れている。
しかし、体から発せられる雰囲気は冷たく、まるで大蛇に睨まれているようであった。
「…?私に何か御用でも?」
「えぇ御座いますよ。それもかなりお急ぎの御用でしてね…」
そんな美女に声を掛けられる覚えの無いその時のクロムウェルは、キョトンとした表情を浮かべていた。
だがクロムウェルの様子など気にも留めないのか、黒髪美女は喋りながらも彼に右手を差し出し、言った。
「ついてらっしゃいオリバー・クロムウェル。お前にアルビオン王家を滅ぼし、王になれる力を授けてやるわ」
これが、シェフィールドとの出会いであり、今の彼に至る人生の転機でもあった。
あれからもう早二年、念願適ってクロムウェルは自らが願った王になれる事が出来た。
無論その過程には色々と困難があったものの、シェフィールドの手助けで何とかやってこれた。
それらを思えばこの秘書に頭を下げる王の姿というのも、何処か納得できるモノがある。
※
一通り報告書を読み終えたシェフィールドは、手に持っていたそれをデスクの上に置いた。
「とりあえず今後の事だけれども…ちゃんと準備は出来ているのかしら?」
シェフィールドの言葉に、クロムウェルは水飲み鳥の如くへこへことお辞儀をする。
「えぇそれはもう!貴方様の持ってきてくれた計画書の通りに。…部隊の編成もじき終わります!」
アルビオン初代皇帝のコミカルな動きにシェフィールドは鼻で笑いながらも、口を開く。
「へぇ…でもそう簡単にうまくいくのかしらねぇ…。中には怪しんだ奴もいたんじゃない?」
その言葉を聞いた瞬間、クロムウェルは上下に動かしていた頭をピタリと止めた。
前に突進すればシェフィールドの腹に頭突きをぶち込ませる位置で止まった頭が、ゆっくりと上がる。
そして、上がった先にあったクロムウェルの顔には、意味深な笑みがうっすらと浮かんでいた。
「えぇ…確かに若手の将校共が一部異論を唱えましたが―――『コレ』で黙らせてやりましたよ」
そう言ってクロムウェルは、左手の中指にはめている指輪を右手の人差し指で軽く小突いた。
指輪の台座に嵌っている石は、まるで深い深い海の底と同じような色をしている。
それは見続けているだけで心を奪われてしまうような、美しくも危険な雰囲気を纏っていた。
クロムウェルの言っている意味を理解したシェフィールドは、その顔にハッキリとした笑みを浮かべた。
「上出来よクロムウェル。一国の主になったと理解したのかしら」
そう言った瞬間。コンコンという乾いたノックの音が部屋の中に響き渡った。
二人がそこで会話を止め、ノック音の発生源であるドアの方へ顔を向けた時、ドア越しに士官と思われる若い男の声が聞こえてくる。
「閣下!今日の会議に出席する者達が全員発令所に参られました!閣下もどうかご出席を!」
士官の言葉に、クロムウェルは二、三回軽く咳払いをした後、答えた。
「そうかそうか!では参ろうとするかな、我が国が今後行い政策を決める為に!」
低い、威厳に満ちた声は先程の強者に媚びへつらう痩せた司教のものではない。
そう…それはまるで、゛皇帝゛。数万の民と文武百官をその背に連れた皇帝のソレであった。
この国の今後を決める会議が行われようとしている発令所の向かい側には、二階建ての大きな倉庫がある。
倉庫の側面には旧アルビオン王国の紋章が描かれており、ここはかつて国が管理していた倉庫だと一目で分かる。
しかし周りにある建物と比べてみるとその倉庫だけ古びており、今も尚使われているという雰囲気はない。
倉庫の入り口である大きなゲートと各出入り口のドアには赤い鉄製のプレートが貼り付けられている。
雨風に当たってすっかり錆びてしまってはいるが、何とかプレートの書かれた文字は読むことが出来た。
゛立ち入り禁止!倒壊の恐れあり!゛
何年も前にあった爆発事故で閉鎖された倉庫に目を向ける者はこの一帯にはいない。
まだこの国が゛王国゛だった頃は取り壊しの案などが出ていたが、その王国もつい最近滅びた。
今やこの倉庫はそこにあるものの、誰から見向きされる事無くじっと佇んでいる。
もしこのまま何もされなければ、永遠とも言える時間の流れに身を任せてただの廃墟になるだろう。
しかし今日に限ってこの倉庫には久しい客がひとり、訪れていた。
◆
その客は倉庫の二階にいた。
二階は事務室として使われていたのだろうか、一階と比べればかなり狭い部屋である。
机や椅子などは撤去されており、床も所々グズクズに腐っていて抜け落ちている箇所もある。
空気もジメジメとしており、既に役目を果たしていない亀裂だらけの天井から見える晴天と対照的な雰囲気を放っていた。
しかし女は、それを気にすることなくその部屋の窓から顔だけを出して何かを見つめていた。
彼女の視線の先には丁度発令所の執務室が丸見えであり、外いる者達はその事に誰も気づいていない。
当然発令所にいたシェフィートルドとクロムウェルも、その事に気づきはしなかった。
「あれがこの国の新しい指導者か。とんだ役者だな…――いや、人形か」
事の一部始終を見ていた女は、クロムウェルとシェフィールドのやり取りに対し、一言だけ呟いた。
亀裂だらけの天井から入ってくる陽の光に当てられた美しい金髪がキラキラと輝いている。
服装は長袖の白いブラウスに黒い長ズボンと、どうにも男にモテなさそうな服装だが、それで良かった。
彼女は所謂゛逆ナン゛の為にここまで来たのではなく、それどころか゛そこいらの人間゛にも興味は無かった。
「あんなのが皇帝では、この国は一年も経たずに終わりそうだ」
冷たい声でまたも呟き、彼女は自分の足下に置いてある大きなリュックの中へと手を伸ばす。
リュックは長旅などに用いられる軍用の物で、その中には幾つかの荷物や食料が入っていた。
何回か漁ってようやく目当ての物を見つけたのか、リュックの中から一冊のメモ帳を取り出した。
年季の入った牛革のメモ帳のページをペラペラとと捲り、真ん中辺りの所で止める。
そこには色々な事が書かれているが、その文字はハルケギニアで使われている物とは違う。
ここ『ハルケギニア大陸の存在する』世界とは『別の場所にある世界』では俗に「日本語」や「漢字」と呼ばれるものであった。
日本語と漢字で構成されたその内容はハルケギニア大陸各国の状況が事細かく記されている。
習慣、風習、宗教、政治、治安、軍備、経済、物価、伝統、食事、技術、人物…。
ありとあらゆる事が記されたそのメモ帳は、正に情報の宝庫とも言っていい。
そして驚くべき事に、この記録は彼女自身が直接見聞きして、記してきたのである。
「あんな人間が一人ここまで上り詰めたとは到底思えない。…今のところ、あの秘書が臭うな」
女はブツブツと呟きながらもいつの間にか手に持っていたペンで、すらすらとメモ帳に何かを書き始める。
その動きは速く、口が動くのと同時にペンがシュッシュッと音を立てて動き、記録を残していく。
やがて書き始めてから数秒もしない内にペンがメモ帳から離れ、新しい記録がそこに記された。
゛アルビオンの新しい指導者となったオリバー・クロムウェルはただの小心者。
恐らく秘書を自称するシェフィールドが裏で暗躍したのだろうが、彼女単独の事とはとても思えない゛
自分の書いた内容を今一度確認した後、女はメモ帳を閉じて鞄の中へと入れた。
その時であった、窓越しに何人もの男達の声が聞こえたのは。
――…あ…に…女が!……発…所の方を…覗…てるぞ!
―――何…スパイ……知れん!引…捕らえるんだ!
――…いで鐘を鳴らせ!…周りの…に知らせ…いと!
声が途絶えた瞬間、辺りにカーンカーンと甲高い鐘の音が響き渡った。
これは見回りの兵士や歩哨などが持つ緊急事態用の小さな鐘で、周囲にやかましいくらいの音を響かせる。
それと同時に、それが鳴ったという事はそれ相応の緊急事態が起こったと他の兵士や将校に伝える事が出来るのだ。
事実鐘の音を耳にした何十人もの兵士達が、鐘の方へと走ってきていた。
「気づかれたか。まぁ別に良いのだがな」
一方の女はというと、すぐ傍にまで兵士が来ているというのに焦ることも恐れることもなかった。
ただリュックの口を紐で締めるとそれをゆっくりと担ぐと、その場でグルリ!と体を一回転させる。
一流ダンサーを思わせるような華麗な回転の後、何枚もの布が擦れる音が辺りに響いた。
※
「ここで間違いないな?」
上品ではあるもの、戦闘に適した服を着たメイジの士官が、後ろに入る下級士官に再度尋ねる。
「はい、先程二階から発令所を見ていた女がいるのをハッキリとこの目で見ました」
帽子を被り、その手に槍を持った伍長は上官の言葉に頷いた。
二人の周りには武器を持った数人の兵士と杖を持ったメイジがおり、誰もが緊張した表情を浮かべていた。
数分前、この倉庫の近くで緊急事態用の鐘が鳴り響いたのである。
発令所の方から駆けつけた将軍達が何事かと問いただしてみたところ、鐘を鳴らした伍長はこう応えた。
「大変です!あそこの倉庫の二階に発令所を見つめてメモをしていた女がいます!スパイかも知れません!」
ややけ興奮気味に喋る伍長の言葉に、将軍達はすぐさま気持ちを切り替えた。
先程までいざ会議という気持ちが嘘のように変わり、その場にいる兵士達にすぐさま指示を飛ばした。
そして今この倉庫に来ている者達はその指示を受け、まだ二階にいるかもしれない者が居るのか確認しに来ていた。
「良いか?訓練通りだぞ伍長、お前がドアを開ける…その後で私たちメイジ隊が中に突入する」
少し優しげな雰囲気を放つ上官の言葉に伍長は無言で頷き、次いでドアノブをゆっくりと捻った。
とっくの昔に鍵が壊れたドアのノブはすんなりと開き、瞬間伍長は勢いよくドアを開けた。
バタン!と勢いよくドアが壁に叩き付けられる音と共に数人の武装メイジ達が杖を構えて部屋の中に入った。
だがその瞬間、軽装のメイジ達は突然発生した空気の塊によって部屋の外に吹き飛ばされてしまった。
突然のことに、部屋の外で待機していた伍長含め平民出の兵士達は驚いた。
「なっ何だ…!?敵はメイジなのか…!それも風の…」
その場にいた一人の兵士がメイジ達の傍へと駆け寄るが、不幸なことにメイジ達は皆気絶していた。
まさかの事態に兵士達は狼狽え、誰も部屋の中を見ようとはしなかった。
「クソッ!お…おい、誰か銃を持ってないか!?メイジ相手の接近戦には銃が一番だ!」
彼らが思わぬ事態に慌てている中、部屋の中から女の声が聞こえた、
「いや、私はメイジじゃないぞ」
鋭く、ドスの利いた声を耳にした兵士達はすぐさま振り返る。
そこにいたのは――――「人」に限りなく近い姿をした「狐の亜人」であった。
白い導師服の上に青い前掛けを付けており、その前掛けには良くわからない記号の刺繍が施されている。
金髪が眩い頭には狐の耳を隠す為か白い頭巾を被り、その頭巾にこれまた謎の記号が書かれた紙を何枚も貼り付けていた。
顔は美しく均整が取れており、正に美人という言葉を体現したかのような美しさを持っていたが、浮かばせている表情は冷たい。
一見すれば異国の衣装を纏った狐の亜人であるが、兵士達が注目したのは亜人の「尻尾」であった。
太く、柔らかい毛並みを安易に想像できるその尻尾は天井の隙間から漏れる太陽光で、黄金に光っている。
もしあの尻尾だけを切り落としてその系統の好事家に見せれば、泣いて喜ぶに違いない。
しかし、兵士達が注目しているのは尻尾そのものではなく―――尻尾の数であった。
彼女の背後から見える大きな尻尾の数は九本―――そう九本であった。
一本だけでもかなり大きい狐の尻尾が九本、どれも立派な毛並みをしている。
そしてこれは兵士達の気のせいなのかも知れないが、その尻尾一本一本から禍々しい何かが漂っている気がした。
この大陸に様々な亜人はいるが尻尾を生やしている亜人は少ないし、生えていたとしても一本だけだ。
「それに…銃で殺される程、私は若くないんだが…?」
聞かれたわけではないが、狐の亜人は「誰か銃を持ってないか!?」と叫んでいた兵士に顔を向けて言った。
その瞬間、銃を求めていた兵士は「ヒゥッ…!」とか細い悲鳴を上げてバタリと倒れ、そのまま気を失ってしまった。
「む…、情けない奴め…。まぁ仕方ない、チンピラ程度の人間ならこれくらいで倒れて当然か」
狐の亜人は倒れてしまった兵士を見て目を細めたが、すぐに先程の冷たい表情に戻った。
他の兵士達はその亜人に攻撃を加えることも逃げる事も、それどころか喋ることも出来ずその場に立ちすくんでいる。
仮にも彼らは雇われた傭兵達とは違い、正規の士官学校で学び、死よりも辛い訓練を経た兵士である。
チンピラや盗賊はおろか、並みの傭兵にも引けを取らない彼らをチンピラ扱いしたのである、この亜人は。
「まぁ私とてここでは手荒にしたくないから、今日はこの辺りで帰らせて貰うよ」
狐の亜人は何処か見下した感じで言いながらゆっくりと兵士達に向かって歩き始める。
ギシュ…ギシュ…と湿り、半ば腐りかけている床が軋む音に兵士達は体をビクリと震わせた。
皆が皆その顔を蒼白にしており、恐怖を通り越した何かを感じていた。
「なぁに、怖れることはないさ。大抵の人間は私を見たら怖がるしな」
亜人は大袈裟に両手を横に広げ、兵士達との距離をドンドン詰めていく。
「もしそんなに怖れるのなら…笑い飛ばしてここにいない他人に言ってやればいいのさ」
もう兵士達と一メイルほどの距離に来たとき、狐の亜人―――八雲 藍は足を止めてこう言った。
「我ら一同、見事狐に化かされました。―――…ってね」
◆
トリステイン魔法学院―――ルイズ・フランソワーズ・ド・ラ・ヴァリエールの部屋。
この学院内では、かなりの家名を持つ名家のお嬢様が寝泊まりしている部屋。
その部屋に置かれている、それなりに大きい本棚を一人の巫女が漁っていた。
どうやら本を探しているようなのだがお目当ての本が無かったのか、軽く一息つくと首を横に振った。
「ふぅ…無いわね。魔理沙が持ってきた本も探したんだけどね…」
巫女――霊夢は残念そうに言うとクルリと踵を返し、部屋の中を見回した。
本来は彼女を召喚したルイズの物であるこの部屋は、今や空き巣に入られたかのような悲惨な空間となっていた。
クローゼット箪笥、戸棚等々…開けられる場所は全て開放され、ルイズが大切に隠していた秘蔵の茶菓子が入った箱も幾つか発見していた。
つい数分前までは小綺麗だったこの部屋は、博麗霊夢というたった一人の人間が原因で、乱雑した雰囲気を放つ部屋と化してしまった。
最も、これが霊夢ではなく今この部屋のベッドで気を失っている魔理沙だったらもっと悲惨な空間となっていただろう。
「はぁ…これだけ探して無いとすれば。やっぱり気絶してる魔理沙が隠してるのか、もしくは紫が持ってったのかしらね…」
すでに探せる場所を探し終えた霊夢はそう呟き、今日何度目かになる溜め息をついた。
「…まぁ別に必要の無いモノだったけど…どうしてこうそういう時に限って見つからないのよ」
『そりゃお前さんが溜め息ばっかりついてるからじゃないか?』
霊夢のうんざりとした感じの独り言に、テーブルに置かれたデルフが応えた。
それに対して霊夢はキッと鋭い視線をデルフに向ける。
「溜め息をつくと幸せが逃げる…ってやつ?馬鹿馬鹿しいわね、だったら私は今頃不幸のどん底じゃないの」
霊夢の言葉がおかしかったのか、デルフはプルプルと刀身を震わせた。
『なーに言ってんだよレイム、オメーの服装センス自体が不幸さ。生まれついての不幸ってヤツさ』
デルフの遠慮のない一言は、絶賛不機嫌中の霊夢を怒らせるのに十分な起爆剤となった。
「へ~…成る程。じゃあアンタは、ちょっと衝撃を与えただけで壊れるような錆びた刀身になった事が不幸よね?」
霊夢はその顔に笑みを浮かべながらもえげつない事を呟くと懐を漁り始め、お札を手に取ろうとする。
それが何を意味するのか、ここ数日霊夢との会話で理解していたデルフはガタンガタンと刀身揺らしながら叫んだ。
『ワッ!やめろってオイ!…お前剣を殺す気か!?殺人ならぬ殺剣を犯すことになるぞ!えぇオイ!?』
哀れデルフリンガー、このまま霊夢お手製のお札で壊れてしまうのか…と思った瞬間。
「ん…むむむ…うぅん…うぅぅ…ん」
ふとベッドの方から呻き声と共に、今まで気絶していた魔理沙がようやく目を醒ました。
ゴシゴシと目を擦りながら眠たそうな顔で部屋を見回し、次いで大きな欠伸を一発かました。
「ふぁあぁ~…あれ?霊夢とデルフじゃないか…というかここってルイズの部屋だよな?」
半目がやけに可愛い顔でそう言いながらベッドから出ると、箪笥の上にあった帽子を手に取り、被った。
「おはよう魔理沙、アンタルイズに何かちょっかいでも掛けて殴られたんでしょう?」
「ん?…あぁそういえば突然ルイズに殴られたんだっけな…イテテ」
勘の良い霊夢に指摘された魔理沙はルイズに殴られた事を思い出し、その時の痛みが残っている額を撫でた。
「全く、アンタって余計な事さえ言わなきゃ割とマシなんだけどね」
目の前の白黒に呆れた霊夢の言葉に、魔理沙はムッとしつつも言い返す。
「失礼なヤツだぜ。私はタダ自分の好奇心に従ってただけさ!…ま、その結果がコレだけどな」
『格好良さそうな言葉を吐いてるつもりなんだが、イマイチ決まってねぇぞマリサ』
デルフはそう言いながら、プルプルとその刀身を震わせた。
※
それから数十分後…
とりあえず朝の掃除も終え、することが無かった霊夢はお茶を飲むことにした。
ついでいつもなら部屋にいない魔理沙も、折角だと言うことで霊夢のお茶を頂くことになった。
ベッドの上に置かれていたデルフはという、霊夢の手によってロープでグルグルに巻かれて喋ることが出来なくなったうえ、クローゼットの中に入れられた。
霊夢曰く、「四六時中喋られたら。休めるにも休めないのよ」…ということらしい。
※
「ふ~ん。そういやコルベールのヤツ、自分の掘っ立て小屋に色々変な物を置いてたわね」
霊夢は魔理沙の口から出る話を何となく聞きつつ、持参した自分の湯飲みに入れた緑茶を啜る。
先程まで開きっぱなし出会った部屋中の゛戸゛は全て閉じられ、元の綺麗でサッパリとした部屋に戻っている。
デルフが置かれていたテーブルにはこれまた霊夢が持参してきた急須に茶葉の入った袋が置かれていた。
ついでに、先程戸棚を開けた時に見つけたルイズ秘蔵の茶菓子も、ちゃっかりとテーブルの上に置かれていたりしている。
「それでよ、何となく気になった私は動かしてみたいと思ったんだが…ルイズに掴まれて結局何も出来ずじまいさ」
魔理沙は心底残念そうな表情を浮かべつつも霊夢の淹れてくれた緑茶を一口啜り、ルイズが隠していた茶菓子の一つであるクッキーを一枚手に取った。
★
このクッキー、見た目は普通のチョコサンドクッキーではあるが、トリステイン王家の家紋である白百合のプリントがされている。
実はコレ、この学院に入ってきた入学生や無事に進級した生徒、そして卒業生しか貰えない学院からのプレゼントであった。
入学生達には歓迎の挨拶として、進級生達には新しい友達を迎える為に、卒業生達はここを巣立ってもあの時の気持ちを忘れないようにと…
実質的には単なる粗品だが、生徒達にとってこのクッキーはある種の特別な存在であった。
大抵の生徒達はクッキーをすぐに食べようとはせず特別嬉しい事があったり、友達を自分の部屋に迎え入れた時に食べるのである。
クッキーの入った箱には長期保冷用のマジックアイテムがついており、カビる心配もない。
味の方も、学院のコック長であるマルトーが腕によりを掛けて作ったこともあって非常に良い。
サクッとした食感に柔らかいバターの風味と、苦みよりも若干甘みの多いチョコクリームは正に一級の品である。
入学式の後にそれを一度食べたルイズも、受け取ったらすぐに食べる類の物ではないと気づき、戸棚に入れて大事に保管していた。
戸棚から取り出して箱の蓋を開ける時――それは彼女にとってとても…とても大事な日を意味する。
★
いつか来る青春の一ページを飾るであろうクッキーの一枚が…魔理沙の口の中へと入っていく。
サクサク…サクサク…
気持ちの良い音と共に粗食されるクッキーは、魔理沙の表情を緩ませた。
「ん~、なかなかイケるなこのクッキー。緑茶とはあまり相性が良くないが」
何処か多いような一言に、霊夢は表情を変えずに、クッキーを一つポイッと口の中に入れて粗食する。
サク…サク…
口に入れた瞬間、紅魔館や時折人里から妖怪退治のお礼にと貰う祝い物のそれとは違う代物だと霊夢は瞬時に理解する。
それと同時に、確かにこれは緑茶に合わないわね。と心の中で毒づいた。
「むぅ…確かに。これなら紅茶を…いや緑茶だから煎餅でも用意した方が良かったかしら。持ってきてないけど」
しかしあくまで緑茶の好きな霊夢は、紅茶を選ぶよりも緑茶を選んだ。
そんな巫女に、魔理沙は苦笑しつつも二枚目のクッキーは半分に割りつつその片方を口の中に入れる。
「ムグムグ…ゴク。…お前ってホント緑茶好きだよな、偶には紅茶の勉強でもしたらどうなんだ」
「アンタ神社の縁側でするアフタヌーンティーってそんなにステキだと思ってるの」
霊夢の言葉に、魔理沙は自らの脳内で想像してみた。
ある晴れた日の昼下がり、博麗神社の縁側。
白いティーカップの中には程よい熱さの紅茶、そのすぐ横にはサンドイッチやスコーンなどの軽食とお菓子。
そしてティーセットの傍には…神社の巫女である霊夢。
そこまで考えたとき、魔理沙は思わず吹き出してしまった。
「プッ…駄目だな。お前さんの神社にはやっぱりティーカップじゃなくて湯飲みが似合うよ」
急に吹き出した魔理沙に、霊夢は呆れた表情とジト目のダブルコンボを浴びせかけた。
「全く、どんな想像をしてたんだか―――――…あ、そういえば」
喋っている途中、ふと思い出した事があった霊夢は、真剣な表情になると魔理沙の方へ顔を向けた。
「魔理沙、ちよっと聞きたいことがあるんだけど?」
「ん?何だ霊夢。気が変わって紅茶の勉強でもしたくなったのか?」
魔理沙の勘違いに霊夢は何言ってのんよと突っ込みつつ、話を続ける。
「アンタがこの世界…というよりルイズの部屋に来てからここで日本語の本を見たことないかしら」
「本?」
「…本というより日記かしらねぇ。なんかこうボロボロで…汚れてた感じはするけど…見てない?」
霊夢の口からそんな言葉が出てくるとは全く思っていなかった魔理沙は、目を丸くしつつも首を横に振る。
「いや、そんな本なんて見たこと無いが…何だ霊夢、お前ここに来てから読書も趣味のひとつになったのか?」
魔理沙の茶化すような最後の言葉に、霊夢は素直に否定の意を述べる。
「違うわよ。ただちょっと遠出した際に気になったからちょっと部屋に持って帰ってきたんだけど、いつの間にか無くなってて―――」
そこまで言ったとき、ふと背後から聞こえてきたドアの開く音に、霊夢は口を止めて頭だけをそちらへ向けた。
#navi(ルイズと無重力巫女さん)
#navi(ルイズと無重力巫女さん)
アルビオン空軍工廠の街ロサイスは、首都ロンディニウムの郊外に位置している。
つい最近まで存在していた王家がこの国を治めていた頃から、王立空軍の工廠であった。
その為街全体が一つの工場となっており、街のアチコチで見える何本もの長い煙突が黒煙を空へと吐き出している。
アルビオンにある建物の中ではかなり大きい部類に入る製鉄所の隣には、木材が山と積まれた空き地が見えた。
製鉄所ほどではないが、赤レンガの大きな建物は空軍の発令所であり、その屋根には誇らしげに『レコン・キスタ』の三色の旗が翻っている。
だが、今のところここロサイスで一番目立っているのは発令所でも製鉄所でも無く、天を仰ぐばかりの大きな巨艦であった。
雨よけのための布が、旅のサーカス団が使うような巨大なテントのように、停泊した艦を覆っている。
アルビオン空軍本国艦隊旗艦『ロイヤル・ソヴリン(王権)号』――だがそれはもう旧名である。
『レキシントン号』――それがこの艦に付けられた新しい名前だ。
赤レンガが眩しい発令所の執務室に、二人の男女がデスク越しに向き合っていた。
「ふぅん…。私が留守にしている間、良くここまでの事が出来たわね。助かったわ」
デスクに負けず劣らず高級そうな回転椅子に腰掛けたシェフィールドが、ポツリと呟く。
彼女の冷たい視線の先にあるのは数枚の書類であり、一見する限り報告書のようである。
主な内容は先の戦の戦後処理などであり、具体的な戦死者数や雇った傭兵達に支払う料金の金額も記されていた。
そしてシェフィールドは、報告書が予想以上にうまく出来上がっている事を、若干嬉しく思った。
「いえいえ!貴方様のお手を煩わせぬようにと、一生懸命書き上げました!」
そんなシェフィールドと顔を合わせてデスクの前に立っている男、クロムウェルは思いっきり頭を下げて叫んだ。
このクロムウェルという男、一見すればただの司教に見えるが、実際は違う。
彼は此度の件で反乱を起こし、王党派を破滅に追いやった貴族派の指導者、オリバー・クロムウェルその人であった。
そして王とその一族が途絶えたこの国の新たな王として君臨する男でもあった。
今彼が座るべき椅子にふんぞり返って座っているシェフィールドは、彼の秘書である。
だが、いまこの光景を外で働いている将兵が見れば驚くに違いない。
この国を新たに治める皇帝が自分の秘書に頭を下げ、その秘書がタメ口で話しているのだから。
しかし、クロムウェルにとって目の前にいる秘書は、所謂『恩人』とも呼べる存在だ。
※
話せば長くなるが、クロムウェルという一人の司教が何故ここまで大きくたのにはちゃんとした理由がある。
始まりは二年前、届け物があってアルビオンから遙々ガリアの首都リュティスに赴いた時であった。
彼はちょっとした気まぐれで、酒場にいた物乞いに老人に一杯の酒を奢った。
安酒だが、物乞いには買えそうもないアルコール飲料を嬉しそうにチビチビと飲む老人はこう言った。
「司教、酒のお礼になにか一つ、願い事を叶えて差し上げよう。言ってごらんなさい」
もはや老い先長くもない老いぼれの口から出た予想外の言葉に、クロムウェルは笑みを浮かべて呟いた。
「そうだなぁ…――あぁ、王だ。アルビオン王家を滅ぼしてオレが新しい王になってみたい!」
「ほぅ…これまた珍しい。このようなご時世に王家を滅ぼして自ら王になりたいと?」
クロムウェルの言葉に、老人は興味津々と言いたげな笑顔を浮かべた。
その時のクロムウェルは酔っていた。酔っていたからこそとんでもない言葉が口から飛び出してしまう。
だが飛び出した言葉はそのまま冗談として空高く舞い上がることなく、老人の耳へと降り立った。
自分に酒を奢ってくれたこの司教の願い事を叶える為の、゛真実゛という名の竜となって…。
翌日――リュテイスの観光にでも行こうと部屋を出て一階のロビーに降りたとき、一人の女が声を掛けてきた。
「もし、そこの司教様?」
声から察するになかなかの美人だと感じたクロムウェルはそちらの方を振り向く。
そこにいたのは案の定美声に負けない程の美貌を持った黒髪の美女がいた。
ローブの上からでも分かる体のラインはちゃんとバランスが取れている。
しかし、体から発せられる雰囲気は冷たく、まるで大蛇に睨まれているようであった。
「…?私に何か御用でも?」
「えぇ御座いますよ。それもかなりお急ぎの御用でしてね…」
そんな美女に声を掛けられる覚えの無いその時のクロムウェルは、キョトンとした表情を浮かべていた。
だがクロムウェルの様子など気にも留めないのか、黒髪美女は喋りながらも彼に右手を差し出し、言った。
「ついてらっしゃいオリバー・クロムウェル。お前にアルビオン王家を滅ぼし、王になれる力を授けてやるわ」
これが、シェフィールドとの出会いであり、今の彼に至る人生の転機でもあった。
あれからもう早二年、念願適ってクロムウェルは自らが願った王になれる事が出来た。
無論その過程には色々と困難があったものの、シェフィールドの手助けで何とかやってこれた。
それらを思えばこの秘書に頭を下げる王の姿というのも、何処か納得できるモノがある。
※
一通り報告書を読み終えたシェフィールドは、手に持っていたそれをデスクの上に置いた。
「とりあえず今後の事だけれども…ちゃんと準備は出来ているのかしら?」
シェフィールドの言葉に、クロムウェルは水飲み鳥の如くへこへことお辞儀をする。
「えぇそれはもう!貴方様の持ってきてくれた計画書の通りに。…部隊の編成もじき終わります!」
アルビオン初代皇帝のコミカルな動きにシェフィールドは鼻で笑いながらも、口を開く。
「へぇ…でもそう簡単にうまくいくのかしらねぇ…。中には怪しんだ奴もいたんじゃない?」
その言葉を聞いた瞬間、クロムウェルは上下に動かしていた頭をピタリと止めた。
前に突進すればシェフィールドの腹に頭突きをぶち込ませる位置で止まった頭が、ゆっくりと上がる。
そして、上がった先にあったクロムウェルの顔には、意味深な笑みがうっすらと浮かんでいた。
「えぇ…確かに若手の将校共が一部異論を唱えましたが―――『コレ』で黙らせてやりましたよ」
そう言ってクロムウェルは、左手の中指にはめている指輪を右手の人差し指で軽く小突いた。
指輪の台座に嵌っている石は、まるで深い深い海の底と同じような色をしている。
それは見続けているだけで心を奪われてしまうような、美しくも危険な雰囲気を纏っていた。
クロムウェルの言っている意味を理解したシェフィールドは、その顔にハッキリとした笑みを浮かべた。
「上出来よクロムウェル。一国の主になったと理解したのかしら」
そう言った瞬間。コンコンという乾いたノックの音が部屋の中に響き渡った。
二人がそこで会話を止め、ノック音の発生源であるドアの方へ顔を向けた時、ドア越しに士官と思われる若い男の声が聞こえてくる。
「閣下!今日の会議に出席する者達が全員発令所に参られました!閣下もどうかご出席を!」
士官の言葉に、クロムウェルは二、三回軽く咳払いをした後、答えた。
「そうかそうか!では参ろうとするかな、我が国が今後行い政策を決める為に!」
低い、威厳に満ちた声は先程の強者に媚びへつらう痩せた司教のものではない。
そう…それはまるで、゛皇帝゛。数万の民と文武百官をその背に連れた皇帝のソレであった。
この国の今後を決める会議が行われようとしている発令所の向かい側には、二階建ての大きな倉庫がある。
倉庫の側面には旧アルビオン王国の紋章が描かれており、ここはかつて国が管理していた倉庫だと一目で分かる。
しかし周りにある建物と比べてみるとその倉庫だけ古びており、今も尚使われているという雰囲気はない。
倉庫の入り口である大きなゲートと各出入り口のドアには赤い鉄製のプレートが貼り付けられている。
雨風に当たってすっかり錆びてしまってはいるが、何とかプレートの書かれた文字は読むことが出来た。
゛立ち入り禁止!倒壊の恐れあり!゛
何年も前にあった爆発事故で閉鎖された倉庫に目を向ける者はこの一帯にはいない。
まだこの国が゛王国゛だった頃は取り壊しの案などが出ていたが、その王国もつい最近滅びた。
今やこの倉庫はそこにあるものの、誰から見向きされる事無くじっと佇んでいる。
もしこのまま何もされなければ、永遠とも言える時間の流れに身を任せてただの廃墟になるだろう。
しかし今日に限ってこの倉庫には久しい客がひとり、訪れていた。
◆
その客は倉庫の二階にいた。
二階は事務室として使われていたのだろうか、一階と比べればかなり狭い部屋である。
机や椅子などは撤去されており、床も所々グズクズに腐っていて抜け落ちている箇所もある。
空気もジメジメとしており、既に役目を果たしていない亀裂だらけの天井から見える晴天と対照的な雰囲気を放っていた。
しかし女は、それを気にすることなくその部屋の窓から顔だけを出して何かを見つめていた。
彼女の視線の先には丁度発令所の執務室が丸見えであり、外いる者達はその事に誰も気づいていない。
当然発令所にいたシェフィートルドとクロムウェルも、その事に気づきはしなかった。
「あれがこの国の新しい指導者か。とんだ役者だな…――いや、人形か」
事の一部始終を見ていた女は、クロムウェルとシェフィールドのやり取りに対し、一言だけ呟いた。
亀裂だらけの天井から入ってくる陽の光に当てられた美しい金髪がキラキラと輝いている。
服装は長袖の白いブラウスに黒い長ズボンと、どうにも男にモテなさそうな服装だが、それで良かった。
彼女は所謂゛逆ナン゛の為にここまで来たのではなく、それどころか゛そこいらの人間゛にも興味は無かった。
「あんなのが皇帝では、この国は一年も経たずに終わりそうだ」
冷たい声でまたも呟き、彼女は自分の足下に置いてある大きなリュックの中へと手を伸ばす。
リュックは長旅などに用いられる軍用の物で、その中には幾つかの荷物や食料が入っていた。
何回か漁ってようやく目当ての物を見つけたのか、リュックの中から一冊のメモ帳を取り出した。
年季の入った牛革のメモ帳のページをペラペラとと捲り、真ん中辺りの所で止める。
そこには色々な事が書かれているが、その文字はハルケギニアで使われている物とは違う。
ここ『ハルケギニア大陸の存在する』世界とは『別の場所にある世界』では俗に「日本語」や「漢字」と呼ばれるものであった。
日本語と漢字で構成されたその内容はハルケギニア大陸各国の状況が事細かく記されている。
習慣、風習、宗教、政治、治安、軍備、経済、物価、伝統、食事、技術、人物…。
ありとあらゆる事が記されたそのメモ帳は、正に情報の宝庫とも言っていい。
そして驚くべき事に、この記録は彼女自身が直接見聞きして、記してきたのである。
「あんな人間が一人ここまで上り詰めたとは到底思えない。…今のところ、あの秘書が臭うな」
女はブツブツと呟きながらもいつの間にか手に持っていたペンで、すらすらとメモ帳に何かを書き始める。
その動きは速く、口が動くのと同時にペンがシュッシュッと音を立てて動き、記録を残していく。
やがて書き始めてから数秒もしない内にペンがメモ帳から離れ、新しい記録がそこに記された。
゛アルビオンの新しい指導者となったオリバー・クロムウェルはただの小心者。
恐らく秘書を自称するシェフィールドが裏で暗躍したのだろうが、彼女単独の事とはとても思えない゛
自分の書いた内容を今一度確認した後、女はメモ帳を閉じて鞄の中へと入れた。
その時であった、窓越しに何人もの男達の声が聞こえたのは。
――…あ…に…女が!……発…所の方を…覗…てるぞ!
―――何…スパイ……知れん!引…捕らえるんだ!
――…いで鐘を鳴らせ!…周りの…に知らせ…いと!
声が途絶えた瞬間、辺りにカーンカーンと甲高い鐘の音が響き渡った。
これは見回りの兵士や歩哨などが持つ緊急事態用の小さな鐘で、周囲にやかましいくらいの音を響かせる。
それと同時に、それが鳴ったという事はそれ相応の緊急事態が起こったと他の兵士や将校に伝える事が出来るのだ。
事実鐘の音を耳にした何十人もの兵士達が、鐘の方へと走ってきていた。
「気づかれたか。まぁ別に良いのだがな」
一方の女はというと、すぐ傍にまで兵士が来ているというのに焦ることも恐れることもなかった。
ただリュックの口を紐で締めるとそれをゆっくりと担ぐと、その場でグルリ!と体を一回転させる。
一流ダンサーを思わせるような華麗な回転の後、何枚もの布が擦れる音が辺りに響いた。
※
「ここで間違いないな?」
上品ではあるもの、戦闘に適した服を着たメイジの士官が、後ろに入る下級士官に再度尋ねる。
「はい、先程二階から発令所を見ていた女がいるのをハッキリとこの目で見ました」
帽子を被り、その手に槍を持った伍長は上官の言葉に頷いた。
二人の周りには武器を持った数人の兵士と杖を持ったメイジがおり、誰もが緊張した表情を浮かべていた。
数分前、この倉庫の近くで緊急事態用の鐘が鳴り響いたのである。
発令所の方から駆けつけた将軍達が何事かと問いただしてみたところ、鐘を鳴らした伍長はこう応えた。
「大変です!あそこの倉庫の二階に発令所を見つめてメモをしていた女がいます!スパイかも知れません!」
ややけ興奮気味に喋る伍長の言葉に、将軍達はすぐさま気持ちを切り替えた。
先程までいざ会議という気持ちが嘘のように変わり、その場にいる兵士達にすぐさま指示を飛ばした。
そして今この倉庫に来ている者達はその指示を受け、まだ二階にいるかもしれない者が居るのか確認しに来ていた。
「良いか?訓練通りだぞ伍長、お前がドアを開ける…その後で私たちメイジ隊が中に突入する」
少し優しげな雰囲気を放つ上官の言葉に伍長は無言で頷き、次いでドアノブをゆっくりと捻った。
とっくの昔に鍵が壊れたドアのノブはすんなりと開き、瞬間伍長は勢いよくドアを開けた。
バタン!と勢いよくドアが壁に叩き付けられる音と共に数人の武装メイジ達が杖を構えて部屋の中に入った。
だがその瞬間、軽装のメイジ達は突然発生した空気の塊によって部屋の外に吹き飛ばされてしまった。
突然のことに、部屋の外で待機していた伍長含め平民出の兵士達は驚いた。
「なっ何だ…!?敵はメイジなのか…!それも風の…」
その場にいた一人の兵士がメイジ達の傍へと駆け寄るが、不幸なことにメイジ達は皆気絶していた。
まさかの事態に兵士達は狼狽え、誰も部屋の中を見ようとはしなかった。
「クソッ!お…おい、誰か銃を持ってないか!?メイジ相手の接近戦には銃が一番だ!」
彼らが思わぬ事態に慌てている中、部屋の中から女の声が聞こえた、
「いや、私はメイジじゃないぞ」
鋭く、ドスの利いた声を耳にした兵士達はすぐさま振り返る。
そこにいたのは――――「人」に限りなく近い姿をした「狐の亜人」であった。
白い導師服の上に青い前掛けを付けており、その前掛けには良くわからない記号の刺繍が施されている。
金髪が眩い頭には狐の耳を隠す為か白い頭巾を被り、その頭巾にこれまた謎の記号が書かれた紙を何枚も貼り付けていた。
顔は美しく均整が取れており、正に美人という言葉を体現したかのような美しさを持っていたが、浮かばせている表情は冷たい。
一見すれば異国の衣装を纏った狐の亜人であるが、兵士達が注目したのは亜人の「尻尾」であった。
太く、柔らかい毛並みを安易に想像できるその尻尾は天井の隙間から漏れる太陽光で、黄金に光っている。
もしあの尻尾だけを切り落としてその系統の好事家に見せれば、泣いて喜ぶに違いない。
しかし、兵士達が注目しているのは尻尾そのものではなく―――尻尾の数であった。
彼女の背後から見える大きな尻尾の数は九本―――そう九本であった。
一本だけでもかなり大きい狐の尻尾が九本、どれも立派な毛並みをしている。
そしてこれは兵士達の気のせいなのかも知れないが、その尻尾一本一本から禍々しい何かが漂っている気がした。
この大陸に様々な亜人はいるが尻尾を生やしている亜人は少ないし、生えていたとしても一本だけだ。
「それに…銃で殺される程、私は若くないんだが…?」
聞かれたわけではないが、狐の亜人は「誰か銃を持ってないか!?」と叫んでいた兵士に顔を向けて言った。
その瞬間、銃を求めていた兵士は「ヒゥッ…!」とか細い悲鳴を上げてバタリと倒れ、そのまま気を失ってしまった。
「む…、情けない奴め…。まぁ仕方ない、チンピラ程度の人間ならこれくらいで倒れて当然か」
狐の亜人は倒れてしまった兵士を見て目を細めたが、すぐに先程の冷たい表情に戻った。
他の兵士達はその亜人に攻撃を加えることも逃げる事も、それどころか喋ることも出来ずその場に立ちすくんでいる。
仮にも彼らは雇われた傭兵達とは違い、正規の士官学校で学び、死よりも辛い訓練を経た兵士である。
チンピラや盗賊はおろか、並みの傭兵にも引けを取らない彼らをチンピラ扱いしたのである、この亜人は。
「まぁ私とてここでは手荒にしたくないから、今日はこの辺りで帰らせて貰うよ」
狐の亜人は何処か見下した感じで言いながらゆっくりと兵士達に向かって歩き始める。
ギシュ…ギシュ…と湿り、半ば腐りかけている床が軋む音に兵士達は体をビクリと震わせた。
皆が皆その顔を蒼白にしており、恐怖を通り越した何かを感じていた。
「なぁに、怖れることはないさ。大抵の人間は私を見たら怖がるしな」
亜人は大袈裟に両手を横に広げ、兵士達との距離をドンドン詰めていく。
「もしそんなに怖れるのなら…笑い飛ばしてここにいない他人に言ってやればいいのさ」
もう兵士達と一メイルほどの距離に来たとき、狐の亜人―――八雲 藍は足を止めてこう言った。
「我ら一同、見事狐に化かされました。―――…ってね」
◆
トリステイン魔法学院―――ルイズ・フランソワーズ・ド・ラ・ヴァリエールの部屋。
この学院内では、かなりの家名を持つ名家のお嬢様が寝泊まりしている部屋。
その部屋に置かれている、それなりに大きい本棚を一人の巫女が漁っていた。
どうやら本を探しているようなのだがお目当ての本が無かったのか、軽く一息つくと首を横に振った。
「ふぅ…無いわね。魔理沙が持ってきた本も探したんだけどね…」
巫女――霊夢は残念そうに言うとクルリと踵を返し、部屋の中を見回した。
本来は彼女を召喚したルイズの物であるこの部屋は、今や空き巣に入られたかのような悲惨な空間となっていた。
クローゼット箪笥、戸棚等々…開けられる場所は全て開放され、ルイズが大切に隠していた秘蔵の茶菓子が入った箱も幾つか発見していた。
つい数分前までは小綺麗だったこの部屋は、博麗霊夢というたった一人の人間が原因で、乱雑した雰囲気を放つ部屋と化してしまった。
最も、これが霊夢ではなく今この部屋のベッドで気を失っている魔理沙だったらもっと悲惨な空間となっていただろう。
「はぁ…これだけ探して無いとすれば。やっぱり気絶してる魔理沙が隠してるのか、もしくは紫が持ってったのかしらね…」
すでに探せる場所を探し終えた霊夢はそう呟き、今日何度目かになる溜め息をついた。
「…まぁ別に必要の無いモノだったけど…どうしてこうそういう時に限って見つからないのよ」
『そりゃお前さんが溜め息ばっかりついてるからじゃないか?』
霊夢のうんざりとした感じの独り言に、テーブルに置かれたデルフが応えた。
それに対して霊夢はキッと鋭い視線をデルフに向ける。
「溜め息をつくと幸せが逃げる…ってやつ?馬鹿馬鹿しいわね、だったら私は今頃不幸のどん底じゃないの」
霊夢の言葉がおかしかったのか、デルフはプルプルと刀身を震わせた。
『なーに言ってんだよレイム、オメーの服装センス自体が不幸さ。生まれついての不幸ってヤツさ』
デルフの遠慮のない一言は、絶賛不機嫌中の霊夢を怒らせるのに十分な起爆剤となった。
「へ~…成る程。じゃあアンタは、ちょっと衝撃を与えただけで壊れるような錆びた刀身になった事が不幸よね?」
霊夢はその顔に笑みを浮かべながらもえげつない事を呟くと懐を漁り始め、お札を手に取ろうとする。
それが何を意味するのか、ここ数日霊夢との会話で理解していたデルフはガタンガタンと刀身揺らしながら叫んだ。
『ワッ!やめろってオイ!…お前剣を殺す気か!?殺人ならぬ殺剣を犯すことになるぞ!えぇオイ!?』
哀れデルフリンガー、このまま霊夢お手製のお札で壊れてしまうのか…と思った瞬間。
「ん…むむむ…うぅん…うぅぅ…ん」
ふとベッドの方から呻き声と共に、今まで気絶していた魔理沙がようやく目を醒ました。
ゴシゴシと目を擦りながら眠たそうな顔で部屋を見回し、次いで大きな欠伸を一発かました。
「ふぁあぁ~…あれ?霊夢とデルフじゃないか…というかここってルイズの部屋だよな?」
半目がやけに可愛い顔でそう言いながらベッドから出ると、箪笥の上にあった帽子を手に取り、被った。
「おはよう魔理沙、アンタルイズに何かちょっかいでも掛けて殴られたんでしょう?」
「ん?…あぁそういえば突然ルイズに殴られたんだっけな…イテテ」
勘の良い霊夢に指摘された魔理沙はルイズに殴られた事を思い出し、その時の痛みが残っている額を撫でた。
「全く、アンタって余計な事さえ言わなきゃ割とマシなんだけどね」
目の前の白黒に呆れた霊夢の言葉に、魔理沙はムッとしつつも言い返す。
「失礼なヤツだぜ。私はタダ自分の好奇心に従ってただけさ!…ま、その結果がコレだけどな」
『格好良さそうな言葉を吐いてるつもりなんだが、イマイチ決まってねぇぞマリサ』
デルフはそう言いながら、プルプルとその刀身を震わせた。
※
それから数十分後…
とりあえず朝の掃除も終え、することが無かった霊夢はお茶を飲むことにした。
ついでいつもなら部屋にいない魔理沙も、折角だと言うことで霊夢のお茶を頂くことになった。
ベッドの上に置かれていたデルフはという、霊夢の手によってロープでグルグルに巻かれて喋ることが出来なくなったうえ、クローゼットの中に入れられた。
霊夢曰く、「四六時中喋られたら。休めるにも休めないのよ」…ということらしい。
※
「ふ~ん。そういやコルベールのヤツ、自分の掘っ立て小屋に色々変な物を置いてたわね」
霊夢は魔理沙の口から出る話を何となく聞きつつ、持参した自分の湯飲みに入れた緑茶を啜る。
先程まで開きっぱなし出会った部屋中の゛戸゛は全て閉じられ、元の綺麗でサッパリとした部屋に戻っている。
デルフが置かれていたテーブルにはこれまた霊夢が持参してきた急須に茶葉の入った袋が置かれていた。
ついでに、先程戸棚を開けた時に見つけたルイズ秘蔵の茶菓子も、ちゃっかりとテーブルの上に置かれていたりしている。
「それでよ、何となく気になった私は動かしてみたいと思ったんだが…ルイズに掴まれて結局何も出来ずじまいさ」
魔理沙は心底残念そうな表情を浮かべつつも霊夢の淹れてくれた緑茶を一口啜り、ルイズが隠していた茶菓子の一つであるクッキーを一枚手に取った。
★
このクッキー、見た目は普通のチョコサンドクッキーではあるが、トリステイン王家の家紋である白百合のプリントがされている。
実はコレ、この学院に入ってきた入学生や無事に進級した生徒、そして卒業生しか貰えない学院からのプレゼントであった。
入学生達には歓迎の挨拶として、進級生達には新しい友達を迎える為に、卒業生達はここを巣立ってもあの時の気持ちを忘れないようにと…
実質的には単なる粗品だが、生徒達にとってこのクッキーはある種の特別な存在であった。
大抵の生徒達はクッキーをすぐに食べようとはせず特別嬉しい事があったり、友達を自分の部屋に迎え入れた時に食べるのである。
クッキーの入った箱には長期保冷用のマジックアイテムがついており、カビる心配もない。
味の方も、学院のコック長であるマルトーが腕によりを掛けて作ったこともあって非常に良い。
サクッとした食感に柔らかいバターの風味と、苦みよりも若干甘みの多いチョコクリームは正に一級の品である。
入学式の後にそれを一度食べたルイズも、受け取ったらすぐに食べる類の物ではないと気づき、今年は戸棚に入れて大事に保管していた。
戸棚から取り出して箱の蓋を開ける時――それは彼女にとってとても…とても大事な日を意味する。
★
いつか来る青春の一ページを飾るであろうクッキーの一枚が…魔理沙の口の中へと入っていく。
サクサク…サクサク…
気持ちの良い音と共に粗食されるクッキーは、魔理沙の表情を緩ませた。
「ん~、なかなかイケるなこのクッキー。緑茶とはあまり相性が良くないが」
何処か多いような一言に、霊夢は表情を変えずに、クッキーを一つポイッと口の中に入れて粗食する。
サク…サク…
口に入れた瞬間、紅魔館や時折人里から妖怪退治のお礼にと貰う祝い物のそれとは違う代物だと霊夢は瞬時に理解する。
それと同時に、確かにこれは緑茶に合わないわね。と心の中で毒づいた。
「むぅ…確かに。これなら紅茶を…いや緑茶だから煎餅でも用意した方が良かったかしら。持ってきてないけど」
しかしあくまで緑茶の好きな霊夢は、紅茶を選ぶよりも緑茶を選んだ。
そんな巫女に、魔理沙は苦笑しつつも二枚目のクッキーは半分に割りつつその片方を口の中に入れる。
「ムグムグ…ゴク。…お前ってホント緑茶好きだよな、偶には紅茶の勉強でもしたらどうなんだ」
「アンタ神社の縁側でするアフタヌーンティーってそんなにステキだと思ってるの」
霊夢の言葉に、魔理沙は自らの脳内で想像してみた。
ある晴れた日の昼下がり、博麗神社の縁側。
白いティーカップの中には程よい熱さの紅茶、そのすぐ横にはサンドイッチやスコーンなどの軽食とお菓子。
そしてティーセットの傍には…神社の巫女である霊夢。
そこまで考えたとき、魔理沙は思わず吹き出してしまった。
「プッ…駄目だな。お前さんの神社にはやっぱりティーカップじゃなくて湯飲みが似合うよ」
急に吹き出した魔理沙に、霊夢は呆れた表情とジト目のダブルコンボを浴びせかけた。
「全く、どんな想像をしてたんだか―――――…あ、そういえば」
喋っている途中、ふと思い出した事があった霊夢は、真剣な表情になると魔理沙の方へ顔を向けた。
「魔理沙、ちよっと聞きたいことがあるんだけど?」
「ん?何だ霊夢。気が変わって紅茶の勉強でもしたくなったのか?」
魔理沙の勘違いに霊夢は何言ってのんよと突っ込みつつ、話を続ける。
「アンタがこの世界…というよりルイズの部屋に来てからここで日本語の本を見たことないかしら」
「本?」
「…本というより日記かしらねぇ。なんかこうボロボロで…汚れてた感じはするけど…見てない?」
霊夢の口からそんな言葉が出てくるとは全く思っていなかった魔理沙は、目を丸くしつつも首を横に振る。
「いや、そんな本なんて見たこと無いが…何だ霊夢、お前ここに来てから読書も趣味のひとつになったのか?」
魔理沙の茶化すような最後の言葉に、霊夢は素直に否定の意を述べる。
「違うわよ。ただちょっと遠出した際に気になったからちょっと部屋に持って帰ってきたんだけど、いつの間にか無くなってて―――」
そこまで言ったとき、ふと背後から聞こえてきたドアの開く音に、霊夢は口を止めて頭だけをそちらへ向けた。
#navi(ルイズと無重力巫女さん)
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