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「ラスボスだった使い魔-52b」(2011/06/22 (水) 21:32:16) の最新版変更点
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#navi(ラスボスだった使い魔)
「ふう、……さすが魔法。強力だな」
意識を失って倒れ込みそうになったギーシュを支え、ニコラは小さく息を吐く。
仕掛けは単純だ。
前々から用意していた魔法の睡眠薬。
それを入れた酒を、ギーシュに飲ませただけ。
本来ならギーシュが無謀な突撃でもしようとした時に飲ませるつもりだったが、意外なところで使うことになった。
ちなみに『酒をサウスゴータから失敬した』というのは本当である。
「さてと」
ニコラは眠るギーシュを抱え、いまだ激戦を続ける周囲に気を配りながらも『下』に向かって怒鳴り声を上げる。
「おい、モグラ!! いるんだろ!!!」
ダンダン、とギーシュの見よう見まねで強く地面を踏む。
すると目の前の地面がズズズズと盛り上がり、土を掻き分けて一匹のジャイアントモールが姿を現した。
ギーシュの使い魔、ヴェルダンデである。
主人であるギーシュはこの決戦におもむく前に『ヴェルダンデとは別れた』と言っていたのだが、ニコラはこの主人思いの使い魔がそう簡単にギーシュのそばを離れるとは思えず、こうして呼んでみたのだった。
「よし。……お前さんがいなかったら馬にでも縛り付けて逃がすつもりだったが、いるとなりゃ話は早い」
傷だらけで眠るギーシュをヴェルダンデに渡す。
この傷で放っておいて生き残れるかどうかは微妙なところだが、少なくともこの場にいるよりは生存確率は高いだろう。
「モグ……」
「ん?」
ニコラがまた戦場に戻ろうとしたところで、ヴェルダンデがギーシュを抱えたままこっちを見ていることに気付いた。
……まあ、このモグラが言わんとすることは、何となく分かる。
分かるのだが。
「……いいんだよ俺は。こんな状況で俺だけが逃げ出したって、どうにもなりゃしないんだ」
「…………モグモグ」
「いいから行けって。……ったく」
ヴェルダンデが掘って来た穴の中に、一人と一匹を押し込むようにして脱出を促すニコラ。
ヴェルダンデもまた観念したのか、ニコラの方をチラチラと見ながらも穴の中へ戻っていく。
そんな主従を見送りながら、
「―――生きなよ、坊ちゃん」
ニコラは苦笑混じりに一人呟いた。
「アンタはまだ若い。……本当なら、こんな戦場なんかに出ていい年じゃあないんだ」
そう言えば。
『家族』なんてものを持っていたら、自分はちょうどあの中隊長くらいの年齢の息子がいてもおかしくない年だったか。
傭兵なんていうロクでもない稼業をしていることと、一人の方が気楽だったこともあって、妻も子供も持とうとしたことはないが……案外、そういうのも悪くはなかったかも知れない。
「…………。ま、今となっちゃ全部が遅いが」
ギーシュとヴェルダンデが穴の中に消えたのを見届けて、ニコラはまた改めて戦場に向かう。
自分たちのいた場所はささやかな安全地帯になってはいたが、それもそう長く続かず、怪物たちはもうそこまで迫っていた。
「……………」
『グゥゥゥウウウウ……!!』
その中の一匹。
『骨』のアインストが、今まさに自分に襲い掛かろうとしている。
「……っ」
ニコラは流れるような動作で自分の火縄銃に弾と火薬を込め、火打ち石を使って火縄に火を付ける。
しかしこっちが狙いを付けるよりも早く、『骨』のアインストは胸の光球の周りに生えているトゲを撃ち出して来た。
「ぐっ!」
銃弾を十数発ほどまとめて撃ったような攻撃を辛うじて避けつつ、ニコラは火縄銃の引き金を引く。
しかし。
『ゥゥウ……!』
「防いだ!?」
『骨』のアインストは両腕を使い、弱点である胸の赤い光球を防御した。
驚くニコラだが、同時に妙な納得もしていた。
弱点を防御する。
当然の行為だ。
それに『攻撃の気配を感じて警戒する』なんて、幻獣や亜人、ただの動物……それどころか虫だってやっている。
改めて考えてみれば、驚くことでも何でもない。
―――その『考える』という行為が、ニコラに隙を生じさせた。
『…………オォッ!!』
「!」
こちらに飛びかかって来る『骨』のアインスト。
自分の迂闊さに内心で舌打ちしながらも、ニコラは後ろに飛びすさって迫り来る爪を避けようとする。
「ぐっ!!」
鉄の胸当てと、その下に着込んだ厚皮、更にその下の胸部に少々深い傷を負うという犠牲を払いながらも、後ろに飛びすさって何とか横薙ぎに振るわれた爪を回避した。
(いつまた攻撃が来るか……!)
ニコラはそこから反撃に転じようとするが、生憎と銃は撃ったばかりで、弾込めや火縄の準備をしている余裕はない。
『骨』はもう既に二度目の攻撃態勢に入っている。
グズグズしていたら、こちらがやられる。
ニコラは腰の短刀に手を伸ばし、踏み込みながら、
「らぁぁあああっ!!」
『…………グォオオ……!』
ドスッ
結果。
その攻撃は命中した。
腹部を完全に貫通している。
素人が見ても、どちらに軍配が上がったかは理解出来るだろう。
そして。
「ご…………、っぶ」
口から勝手に溢れ出てくる大量の血。
ガハッ、という自分の咳き込みで『骨』の白い身体が赤く染まることと、腹から走る激痛とを認識して、ニコラは自分が致命傷を負ったのだと自覚した。
「……ぁ……、ぁ」
『骨』の黄色い爪は、いまだに自分の腹に突き刺さったままだ。
おそらくあと数秒もしないうちにこの爪は引き抜かれ、この『骨』はまた別の獲物を求めて去って行くのだろう。
それで終わり。
それが、終わり。
(って、おい……)
その時ニコラの胸に去来したのは、死への恐怖でも嘆きでもなく、怒りだった。
必要性があるんだか無いんだか、よく分からない戦争。
それでも勝ってたはずなのに、いきなり味方に裏切られて敗走して。
敵の足止めのために捨て石扱いの戦場に回され。
あげくの果てには、こんなワケの分からない骨野郎に殺されるなんて。
前々から自分でもロクな死に方はしないだろうなと思ってはいたが、ロクでもないにしても限度ってもんがあるだろう。
だから。
いい加減に。
「…………、……っっ!」
堪忍袋の緒が切れたニコラは、八つ当たりにも近い憤怒でもって、抜きかけていた腰の短刀を鞘から完全に抜き出す。
その動きのせいで腹の肉やら中身やらが掻き回され、尋常ではない痛みを味わうハメになったが、限界まで歯を食いしばって無理矢理に耐えた。
今にも引き抜かれそうな『骨』の爪。
そうされたら、『支え』と『腹の穴を塞いでいたモノ』が無くなることで、自分はすぐにヴァルハラ行きだ。
いや、ヴァルハラに行くのは『聖戦』で死んだときだけだったか?
まあいい。
そんなことよりも。
今はただ、素直な気持ちを。
この目の前の相手にぶつけよう。
「…………っざけんなよ、このっ……、……クソバケモンがぁあああ!!!!」
血を吐きながら叫び、手に持った短刀を振り下ろす。
ニコラの放ったその一撃は、彼自身を突き刺している『骨』のアインストのコア―――赤い光球を砕かんばかりの勢いで突き刺さった。
『ォ…………!!!』
「――――っ」
呻き声を上げ、すぐに全身を灰化させて消えるアインスト。
……当然、ニコラの『支え』と『腹の穴を塞いでいたモノ』もまた、その瞬間に消えることになる。
「――――ぁぁ、ちく……しょぅ」
仰向けに倒れこむニコラ。
確認していない、確認する余力も無いが、腹にポッカリと開いているはずの穴からは血がドクドクと流れていっているはずだ。
その感触がある。
いや、流れているのは血だけじゃない。
自分の中の熱と言うか、色んなモノも血と一緒に流れて消えていく感じがする。
「……………」
遠くには、戦場の音。
炎のくすぶり、魔法によって上がる火柱、大きな風のうねり、断続的な銃弾、大砲、武器と武器とのぶつかり合い、人とも獣ともつかない叫び、破砕、巨大なゴーレムから小柄な人間まで多種多様な足音。
すぐそばで行われていて、さっきまで自分もそこにいたのに、今はそれが随分と遠くに聞こえた。
「…………、…………ぅ」
霞みつつある視界で、ぼんやりと空を見る。
青い。
雲一つない。
あっちこっちで煙が上がっているせいで少し汚れて見えるが、いい天気だ。
「…………ぁん?」
そんな空の中。
どこかから光が飛んで来た。
光は次第にこっちに―――この戦場に近付いてきて、その輪郭をハッキリさせていく。
(何だろうなぁ、ありゃあ………………)
巨大で人のカタチをした、金色の輪のようなものが背中にある、空よりも蒼い何か。
それが、ニコラの生涯において最後に見た光景だった。
「うーん……」
トリスタニアの西端にあるアカデミー。
その中にある自分の研究室で、エレオノールは魔法学院への出向中に溜まっていた仕事を消化していた。
戻って来てから数日で事務系の仕事は完全に終わらせたが、メインの仕事は今まさに取り掛かっている最中だ。
いや、取り掛かってはいるのだが、難航している。
「……よく分からないとしか言えないわね……」
ぐりぐりと人差し指でこめかみを押しながら、頭を悩ませる。
『赤い鉱石』と『青い鉱石』の分析という、魔法学院に出向する前からの仕事。
これがどうにも進まない。
いや、ある程度は分かっているのだ。
ハルケギニア中のあっちこっちに現れていること。
ハルケギニアにある―――自分の知っているあらゆる物質にも似ていないということ。
とにかく硬いこと。
『錬金』の魔法すら受けつけないということ。
『青い鉱石』よりも『赤い鉱石』の方が硬度が高いということ。
何らかの『力』を内包しているということ。
更に、信じられないことだが……この『赤い鉱石』と『青い鉱石』は、限りなく鉱物に近い存在でありながら『生きて』いるらしい、ということだ。
「はあ~……」
エレオノールがこの『石が生きている』という結論に行き着くまでには、それなりの手間と時間を要した。
それこそコモンマジックや『土』系統だけではなく、あらゆる系統の魔法を試して。
彼女の専攻は土魔法で、アカデミーでの研究テーマは『聖像の作成』となっているが、だからと言って聖像の材質や加工技術の研究のみに特化している訳ではなく、また決して『土』系統だけしか使えないという訳ではない。
むしろ聖像を作るためには『土』だけでは駄目なのだ。
例えば石や金属の加工のために『火』を扱ったり、熱したそれを急激に冷やすために『風』や『水』を使ったり、あるいは聖像の素材を作る過程で魔法薬の知識などが必要になる時もある。
こうした魔法技術や知識の積み重ねが、エレオノールを主席研究員たらしめていた。
だが。
「……この石がどうして最近になっていきなり現れたのかとか、どうやって生きてるのか、とかが分からないのよね」
思わず独り言を呟く。
一人で研究に没頭していると、よくあることだ。
「……………」
ハルケギニアの中で似た性質のものを強いて挙げるとするなら、ガーゴイルの動力にも使われている『土石』が近いかも知れない。
だが、似ているだけで同一では決してない。
何せ中身の『力』の取り出し方がサッパリ分からないし、精霊の力が込められているにしては出現場所に節操がなさすぎる。
よって、結局『肝心な部分は分からない』としか言えなかった。
おそらく他の研究者が調べても、同じ結論に行き着くだろう。
何せ、この自分が調べても詳細が不明なのだから。
―――こういう根拠のない自信は、エレオノールならではである。
「あ」
と、ここで彼女はひらめいた。
現状を打開するための画期的なアイディア。
それは、
「ユーゼスに手伝わせましょう!」
パン、と手を打って、その『画期的なアイディア』を口に出す。
「そうよね、どうせアイツも暇だろうし、私とは違う視点で何かに気付くかも知れないし、二人で……そう、二人で一緒にやれば色々と進展するかも知れないし」
別に彼に会う口実が欲しいわけでも何でもないが、研究のため、アカデミーの仕事のためなら仕方がない。
そう、これは自分の仕事を仕上げるための、やむを得ない措置なのだ。
なので、エレオノールは早速ユーゼスにその旨を伝えるべく紙とペンを取る。
「もう、しょうがないわね。ホントなら私一人でやるべきなんだけど……」
とか何とか言いつつ、エレオノールの顔には笑顔が浮かんでいた。
そうして『手早く研究が少しはかどらないから来て手助けしなさい』、『息抜きも兼ねて一緒にトリスタニアに行くから準備しておきなさい』、『来る日の日時』、『遅れたらお仕置き』と、必要な要件をスラスラと書いていく。
最後にその手紙に厳重に封をして『ユーゼス・ゴッツォへ』とあて先を書いた上で、アカデミーに勤めている小姓にラ・ヴァリエールへそれを届けるように命じ、ついでに研究の途中経過をレポートにまとめたものをアカデミーの上層部に運ばせる。
「ふう……」
さて。
研究進展の見通しはついたので、取りあえず仮眠でもとろう。
こういう研究職は自分の性に合っているとは思うのだが、長く続けていると昼夜の感覚が狂ってきたり、体内時計がズレてくるのが玉にキズだ。
「ま、こんなことに文句を言っても仕方がないんだけど」
手早く寝巻きに着替え、眼鏡を外し、研究室の一角に用意してあるやや小さめのベッドに横になる。
エレオノールはそのまま目を閉じて、実にスムーズに眠りへと落ちていった。
<―――よし、ここだな>
(あら?)
眠っている最中、エレオノールは奇妙な感覚に捕らわれていた。
眠っているはずなのに、意識がある。
(……夢かしら?)
だが、夢にしては色々と変だ。
起きている最中のように意識がハッキリしすぎているし、夢だったら何らかの光景が見えるはずなのに、周りは真っ暗で何も見えない。
(金縛り……とも違うわよね)
身体が動かなくて苦しい、ということもない。
むしろ何だか『レビテーション』でも使っている……いや誰かに使われている最中のように自分の身体がフワフワしているみたいな、いや、自分の身体の感覚があやふやと言うか、何と言うか。
とにかく奇妙だ。
何なんだろう。
そんな風にエレオノールが困惑していると、どこからともなく声が聞こえてきた。
<……接触には成功したようだな>
(え?)
いや、『聞こえる』という表現は適切ではない。
この声は、頭の中に直接響いてくる。
<あの世界で最もユーゼス・ゴッツォと強い繋がりを持つ者……。……お前は知らなければならない。かつてユーゼス・ゴッツォが犯した罪を……>
(な、何? 誰なのよ、あなた!?)
意識だけで呼びかける。
身体の感覚がよく分からない状態になっている以上、こうするしか方法がなかった。
すると、『声の主』はエレオノールのその問いに答える。
<並行世界の番人、虚空の使者、世界の歪みを修正する者、銃神の担い手……>
(?)
何だろう、それは。
呼び名が複数あるということだろうか。
<だが、この場において俺が誰かなどということは大した問題ではない>
(何よ、それ!?)
さっぱり分からない。
大体、ユーゼスが犯した罪がどうとか言っていたが、
(話をするんだったら声だけじゃなく、せめて自分の姿くらいは見せなさいよ!!)
<……そうしたいのは山々だが、それが出来ない理由がいくつかあってな>
(は?)
<まず、俺がお前の前に姿を現すか……もしくは直接的なリンクを行えば、確実にユーゼス・ゴッツォに気付かれるからだ>
(…………???)
どういう意味だろう。
いくらユーゼスが伝説のガンダールヴとは言え、こんなワケの分からない声だけの奴に気付けるとも思えないのだが。
<……『あの男』の影響の強い俺がユーゼス・ゴッツォの存在を感知することが出来るように、奴もまた俺の存在を感知することが出来るはずなんだ。例え、それが僅かな残滓であろうと……>
(感知?)
それはいくら何でも、ユーゼスを過大評価しすぎだ。
……そう言えば、ルイズは以前に“ユーゼスは『サモン・サーヴァント』で開かれるゲートを感じられる”と言っていた。
でも、それがこんな声だけのヤツを感知することに繋がるとも思えない。
<それに、因子が足りないあの世界とは逆に、お前のいるその世界は因子が揃い過ぎている……>
(……………)
頼むから、分かるような言葉で言って欲しい。
<『ユーゼス・ゴッツォ』が確実に存在しているという時点で『俺』がその世界に干渉出来る因子は揃っているが、直接的な干渉を行えば他の因子たち……シュウ・シラカワ、そして『監視者』と『闇黒の叡智』に気付かれる可能性がある>
(え?)
『カンシシャ』と『アンコクノエイチ』というのは意味不明だが、そこでどうしてシュウの名前が出て来るのだろう。
<……いずれも世界を変容させて余りあるほどの存在だ。お前のいる世界はもはや飽和状態と言っていい>
(飽和状態って……)
ハルケギニアはそんなに危険な状態なんだろうか。
まあ、確かに戦争はしょっちゅう起こってるけど。
<そのような状態で俺がまた直接的な干渉を行えば、その世界はより混沌とした状態になってしまうんだ>
(……………)
どうやら『姿を見せない理由』の説明は終わったようだが、その内容はエレオノールには理解不能だった。
いや、むしろいきなり専門用語を並べ立てられて、理解しろと言う方に無理がある。
その辺の不満をぶつけるため、エレオノールはまた意識で『声の主』に呼びかけた。
(あのねえ、人に何かを説明するんだったら、分かるように言いなさい!! 簡単な言葉で、最初から最後まで!!)
<……その通りだな>
(ああ、もうっ)
何だか、調子が狂う。
だが、それと同時にこの会話には妙な既知感があった。
こっちが懸命に訴えているというのに、いたって平然としたペースで対応するところとか。
一歩か二歩くらい引いた視点で物事を捉えているところとか。
言葉によるコミュニケーションを最低限で済ませようとするところとか。
世間一般の常識とズレているところとか。
(……?)
そんな人間と、つい最近まで毎日のように会話をしていた気がするのだが……。
<では、お前にはこれからユーゼス・ゴッツォの過去の所業を見てもらおう>
(えっ)
エレオノールが既知感の正体について考えていると、『声の主』はいきなりワケの分からないことを言い出した。
(見てもらう?)
<そうだ>
どういうことだろう。
ユーゼスが昔に何をやっていたのか知らないが、それを『聞かせる』のではなく『見せる』とは一体何のことなのか。
(あ)
そう考えて思い出す。
いや、思い至るといった方が正確か。
コイツの喋り方は誰かに似ていると思ったが、他でもないユーゼスに似ているのだ。
けれど、それとこれとが直接的に結びつくというわけでも―――
<行くぞ>
(ちょ、ちょっと……)
考える時間も、詳しい話を聞くゆとりも与えず、『声の主』は開始を宣言する。
そして、エレオノールの意識に未知の光景が流れ込んできた。
「あなたのお話はイングラム少佐から聞いていました」
「シュウ・シラカワ……。我々が送り込んだブラックホールエンジンの仕掛けを見抜いた男か」
「ええ、そうです。アレのおかげで私はグランゾンの縮退炉を完成させることが出来ました。その点に関しては感謝しています」
(え? な、何、これ?)
そこは真っ暗な空間だった。
と言っても、先程までいた『何もない空間』ではなく、周りのあちこちには星のきらめきが見える。
……自分の身体の感覚は相変わらずあやふやなままだが、あの『声だけ』のヤツがただ話しかけてくるだけの状態よりはかなりマシと言えるだろう。
だが……。
「あの男には我々地球人を……そして私を利用しようとした罪をあがなってもらわねばなりません」
「…………。私を倒すつもりか?」
「あなたを生かしておく意味はありませんからね」
「フッ……。確かに、お前のグランゾンが真の力を発揮すれば私を倒すことが可能かも知れぬ。……だが、その時はこの宇宙が消滅することになるぞ……?」
(ミスタ・シラカワ?)
どういう仕組みか知らないが、蒼い巨人に乗っているシュウや、その周りにいる様々な鉄の巨人たち、更にそれに対峙している―――何と言うか、形容しにくいカタチの巨大なモノに乗っている仮面の男の会話が、エレオノールの意識に流れ込んできた。
いや、それはどうでもいい。
……実の所どうでもよくないが、おそらくはこれがあの『声の主』の言っていた『ユーゼスの過去を見てもらう』ということなのだろう。
(でも、どうしてミスタ・シラカワがそれに出て来るの……?)
ユーゼスとシュウは以前からの知り合いだったようだが、それに関係があるのだろうか。
そして、この仮面の男。
……この男に関しては、何か筆舌しがたいほどの物凄い違和感を感じる。
どうしてだろう。
自分はこんな男なんて知らないはずなのに。
「お前か……我々を何かと嗅ぎ回っていた男は」
「そうだ。火星にあったメガノイド計画のデータがハッキングされてから、僕はずっとお前たちを追い続けていた」
「メガノイド計画……。そうか、お前が波嵐創造の……。
……我が帝国監察軍が地球圏を制圧したあかつきには、私がお前の父親の遺志を継ぎ、地球人をメガノイド化するも良かろう」
「!! エンジェル・ハイロゥのサイキッカーに脳髄の摘出手術をしたようにか……!? そんなことをこの僕が許すと思っているのか!」
<待て>
(きゃっ!)
先程までの『声の主』がいきなり割り込んできたことに驚くエレオノール。
(い、いたの?)
<当然だ>
『当然だ』とか言われても、何が当然なのかサッパリだ。
そんなエレオノールの困惑をよそに、『声の主』は相変わらず勝手に話を進める。
<……これは『俺のいた世界』の過去のことであって、『お前の知るユーゼス・ゴッツォ』本人ではない>
(どういうこと?)
<お前に見せたいものはこれではないんだ>
シュン、と。
まるで本を数十ページほど飛ばしたかのように、目に映る光景が切り替わった。
「ここはアースクレイドルの人工冬眠施設……もっとも、誰もその中で眠ってはいないけどね」
「どういう意味だ!?」
「全ての人工冬眠者はメイガスによって処理されたのさ」
「何だって!?」
「旧人類の生き残りなど、僕らが管理する世界には不要な存在だったからねえ、フハハハハ!!」
「て、てめえら……!!」
今度はまた趣きが変わって、何かの建物の中。
真っ白な床に、丸い天井……だが、まるで墓場みたいな印象を受ける。
そして、今度もまた様々なカタチをした鉄の巨人たちがいた。
(……これが『私に見せたいもの』?)
おそらくはまた自分の近くに(『近く』という表現で正しいのかは分からないが)いるのだろう、『声の主』に呼びかける。
すると『声の主』は神妙そうな声色で唸った。
<……む、これは……>
「あなたたちは人間を何だと思ってるんですか!?」
「ぜい弱なタンパク質のカタマリだろ? そして、僕たちマシンナリーチルドレンの足下にも及ばない……取るに足らない存在……」
「そう。愚かな争いを繰り返し、地球を汚染するだけの存在でもある」
「お前たちでは地球を存続させることは出来ない……メイガスはそう判断したんだよ」
「だから、僕たちはお前たちをこの星から消去するんだ」
<……また失敗か>
何だか溜息まで聞こえてきそうな感じだ。
案外、この『声の主』は人間臭いヤツなのかも知れない。
とは言え、こう失敗が続いてもらっても困る。
「黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって! お前ら、何様のつもりだ!?」
「だから、言っただろう? 僕たちアンセスターは地球の管理者……そして、真の後継者さ」
暗転する。
場面が変わるという意味ではなく、本当に『暗転』した。
……要するに、最初の真っ暗な空間に戻ったのだが。
それでこれからどうなるのよ、とエレオノールが困惑していると、『声の主』が申し訳なさそうに語りかけてきた。
<……すまない。どうやらこの方法でお前にユーゼスの過去を伝えることは、極めて困難なようだ>
(はあ)
<おそらくあのシステムを持ち、『ユーゼス・ゴッツォ』としての存在を確立している者ならば、無数に存在する並行世界から任意のものを選んで他者の意識に投射することも可能なのだろうが……。いや、ユーゼス・ゴッツォ自身が行おうとしても無意識的にフィルターがかかって、奴の言動などがぼやかされる可能性もあるか>
(?)
<……アストラナガンのティプラー・シリンダーを使い、それをディス・レヴで後押しすればと考えたのだが、見通しが甘かったとしか言いようがないな>
(そ、そう……)
<それに、俺のいた世界やユーゼス・ゴッツォが元々存在していた世界は次元交錯線がかなり不安定だったからな。色々と込み入っているんだ>
(…………ふーん)
適当に相槌こそ打っているが、正直この『声の主』が何を言っているのかエレオノールには全然分からなかった。
いや、それ以前の問題として、分からないことが多過ぎる。
自分が今置かれている状況も。
あの見せられた『光景』が一体何なのかも。
そして、物凄い違和感を覚えた『仮面の男』のことも。
全然、分からない。
<こうなったら仕方がない>
すると、『声の主』は意を決したように告げる。
<『俺』という存在の中にある『あの男』との因果律……、そして『あの男』とユーゼスの因果律を辿り、お前に『最初の世界』を見せる>
(え?)
<……ユーゼスと『あの男』がその場にいた事象しか追うことが出来ないのが欠点だが、得るべき情報としてはそれでも十分なはずだ>
(……………)
だから。
自分にもすんなり飲み込めるような言葉を使って、喋って欲しいってのに。
<あるいは俺の中にある『あの男』の記憶をサルベージして、お前の脳に投射するという手もあるが……それでは下手をすると脳の情報処理が追い付かなくなって、何らかの障害が出る危険性があるからな>
(は? 脳?)
<ああ>
(ちょ、ちょっと待って。よく分からないけど、今からその……あなたがやろうとしてることって、私には何の影響もないんでしょうね!?)
いきなり脳がどうこう言われて、不安になるエレオノール。
ハルケギニアでは、脳に関する研究も行われている。
魔法の源である魔力―――ユーゼスは自身のレポートにおいて精神力を『エネルギー源』、魔力を『出力値』と位置づけていたが―――は脳に由来していることが分かっているし、禁忌とされているが高度な水魔法を使った脳移植すら、理論上は可能だ。
いや、それでなくても脳が大事な器官だということくらい、誰でも知っている。
そんな大事な器官に障害が出るかもなどと言われて、黙っていられるか。
<大丈夫だ。今から行う方法ならば、後遺症が残る確率はきわめて低い。せいぜい10日ほど昏睡状態におちいる程度だ>
―――などと考えていたら、別な方向で障害がありそうだった。
(全然大丈夫じゃないわよ、それ!!)
<そうか?>
(そうよ!!!)
……何だか、本当にユーゼスと話しているような気分になってきた。
だが、この『声の主』はユーゼスではない。
どこがどう違うとハッキリとは言えないが、とにかくユーゼスとは違う。
それだけは分かる。
<ふむ……。では少しずつ小出しにするしかないな>
(小出しって何よ?)
<100の情報を一度に100送るのではなく、3か4ずつお前に送るということだ。回数はかかるが、これならば普通の人間の睡眠時間以下で済む>
(まあ、それなら……)
何だか眠るたびにコイツと話をしなくちゃいけなくなりそうだが、どうも雰囲気からして自分に拒否権はなさそうだし。
ここはこれで妥協するべきか。
<お前に憑依して『あの男』の記憶を追体験させるなどの手も考えたが、お前はユーゼス・ゴッツォによって『精神干渉を受けつけない』ように因果律を操作されている。……そうでなければ、俺もここまで回りくどい手を使う必要はなかった>
(ユーゼスが……?)
言っている内容は相変わらず理解出来ないが、どうやらユーゼスは自分に何かをしたらしい。
でもユーゼスに変なことなんてされたかしら、とエレオノールが記憶を辿っていると、
<……どうやらユーゼス・ゴッツォは、随分とお前のことを大事に扱っているようだな>
(んなっ!?)
それこそ変なことを、『声の主』から告げられた。
(ちょ、ちょっと、いきなりおかしなことを言わないでよ!!)
<何がおかしいんだ?>
(~~~~っ)
ヤキモキすると同時に、エレオノールは今の身体の感覚があやふやな状態に少しだけ感謝する。
…………もしもちゃんとした状態でそんなことを言われていたら、自分の顔が赤くなったり、心臓の鼓動が強く速くなっていることを嫌でも自覚しなければならないだろうから。
<ああ、それと>
(……今度は何?)
<ここに関する記憶は、お前が通常空間に復帰―――要するに目が覚めると同時に封印させてもらう。もちろん、俺がこうして干渉を行うたびに封印を解いて思い出してもらうがな>
(え? どうしてよ?)
<……お前は隠し事が得意なタイプには見えん。リュウセイや豹馬のように態度に出る可能性が高い>
(失礼ね! そいつらが誰かは知らないけど、私だって隠し事くらいは―――)
<そうやってすぐに感情的になるのが良い証拠だな>
(ぐっ……)
悔しいが、反論出来ない。
ちょっと自分のこれまでを振り返ってみれば、隠し事をするのが苦手というのは本当だし。
ユーゼスにも普段から『お前は感情的になりやすい』とか言われてるし。
って言うか、この『声の主』は歯に布を着せないでズバズバ物事を言うところなんかもユーゼスに似ている。
一体コイツはユーゼスの何なのかしら……とエレオノールが考えていると、『声の主』は今度こそと言わんばかりに周囲の空間を変化させ始めた。
<では始めよう。始まりの世界……二人の男の物語の、発端から終焉までを……>
#navi(ラスボスだった使い魔)
#navi(ラスボスだった使い魔)
「ふう、……さすが魔法。強力だな」
意識を失って倒れ込みそうになったギーシュを支え、ニコラは小さく息を吐く。
仕掛けは単純だ。
前々から用意していた魔法の睡眠薬。
それを入れた酒を、ギーシュに飲ませただけ。
本来ならギーシュが無謀な突撃でもしようとした時に飲ませるつもりだったが、意外なところで使うことになった。
ちなみに『酒をサウスゴータから失敬した』というのは本当である。
「さてと」
ニコラは眠るギーシュを抱え、いまだ激戦を続ける周囲に気を配りながらも『下』に向かって怒鳴り声を上げる。
「おい、モグラ!! いるんだろ!!!」
ダンダン、とギーシュの見よう見まねで強く地面を踏む。
すると目の前の地面がズズズズと盛り上がり、土を掻き分けて一匹のジャイアントモールが姿を現した。
ギーシュの使い魔、ヴェルダンデである。
主人であるギーシュはこの決戦におもむく前に『ヴェルダンデとは別れた』と言っていたのだが、ニコラはこの主人思いの使い魔がそう簡単にギーシュのそばを離れるとは思えず、こうして呼んでみたのだった。
「よし。……お前さんがいなかったら馬にでも縛り付けて逃がすつもりだったが、いるとなりゃ話は早い」
傷だらけで眠るギーシュをヴェルダンデに渡す。
この傷で放っておいて生き残れるかどうかは微妙なところだが、少なくともこの場にいるよりは生存確率は高いだろう。
「モグ……」
「ん?」
ニコラがまた戦場に戻ろうとしたところで、ヴェルダンデがギーシュを抱えたままこっちを見ていることに気付いた。
……まあ、このモグラが言わんとすることは、何となく分かる。
分かるのだが。
「……いいんだよ俺は。こんな状況で俺だけが逃げ出したって、どうにもなりゃしないんだ」
「…………モグモグ」
「いいから行けって。……ったく」
ヴェルダンデが掘って来た穴の中に、一人と一匹を押し込むようにして脱出を促すニコラ。
ヴェルダンデもまた観念したのか、ニコラの方をチラチラと見ながらも穴の中へ戻っていく。
そんな主従を見送りながら、
「―――生きなよ、坊ちゃん」
ニコラは苦笑混じりに一人呟いた。
「アンタはまだ若い。……本当なら、こんな戦場なんかに出ていい年じゃあないんだ」
そう言えば。
『家族』なんてものを持っていたら、自分はちょうどあの中隊長くらいの年齢の息子がいてもおかしくない年だったか。
傭兵なんていうロクでもない稼業をしていることと、一人の方が気楽だったこともあって、妻も子供も持とうとしたことはないが……案外、そういうのも悪くはなかったかも知れない。
「…………。ま、今となっちゃ全部が遅いが」
ギーシュとヴェルダンデが穴の中に消えたのを見届けて、ニコラはまた改めて戦場に向かう。
自分たちのいた場所はささやかな安全地帯になってはいたが、それもそう長く続かず、怪物たちはもうそこまで迫っていた。
「……………」
『グゥゥゥウウウウ……!!』
その中の一匹。
『骨』のアインストが、今まさに自分に襲い掛かろうとしている。
「……っ」
ニコラは流れるような動作で自分の火縄銃に弾と火薬を込め、火打ち石を使って火縄に火を付ける。
しかしこっちが狙いを付けるよりも早く、『骨』のアインストは胸の光球の周りに生えているトゲを撃ち出して来た。
「ぐっ!」
銃弾を十数発ほどまとめて撃ったような攻撃を辛うじて避けつつ、ニコラは火縄銃の引き金を引く。
しかし。
『ゥゥウ……!』
「防いだ!?」
『骨』のアインストは両腕を使い、弱点である胸の赤い光球を防御した。
驚くニコラだが、同時に妙な納得もしていた。
弱点を防御する。
当然の行為だ。
それに『攻撃の気配を感じて警戒する』なんて、幻獣や亜人、ただの動物……それどころか虫だってやっている。
改めて考えてみれば、驚くことでも何でもない。
―――その『考える』という行為が、ニコラに隙を生じさせた。
『…………オォッ!!』
「!」
こちらに飛びかかって来る『骨』のアインスト。
自分の迂闊さに内心で舌打ちしながらも、ニコラは後ろに飛びすさって迫り来る爪を避けようとする。
「ぐっ!!」
鉄の胸当てと、その下に着込んだ厚皮、更にその下の胸部に少々深い傷を負うという犠牲を払いながらも、後ろに飛びすさって何とか横薙ぎに振るわれた爪を回避した。
(いつまた攻撃が来るか……!)
ニコラはそこから反撃に転じようとするが、生憎と銃は撃ったばかりで、弾込めや火縄の準備をしている余裕はない。
『骨』はもう既に二度目の攻撃態勢に入っている。
グズグズしていたら、こちらがやられる。
ニコラは腰の短刀に手を伸ばし、踏み込みながら、
「らぁぁあああっ!!」
『…………グォオオ……!』
ドスッ
結果。
その攻撃は命中した。
腹部を完全に貫通している。
素人が見ても、どちらに軍配が上がったかは理解出来るだろう。
そして。
「ご…………、っぶ」
口から勝手に溢れ出てくる大量の血。
ガハッ、という自分の咳き込みで『骨』の白い身体が赤く染まることと、腹から走る激痛とを認識して、ニコラは自分が致命傷を負ったのだと自覚した。
「……ぁ……、ぁ」
『骨』の黄色い爪は、いまだに自分の腹に突き刺さったままだ。
おそらくあと数秒もしないうちにこの爪は引き抜かれ、この『骨』はまた別の獲物を求めて去って行くのだろう。
それで終わり。
それが、終わり。
(って、おい……)
その時ニコラの胸に去来したのは、死への恐怖でも嘆きでもなく、怒りだった。
必要性があるんだか無いんだか、よく分からない戦争。
それでも勝ってたはずなのに、いきなり味方に裏切られて敗走して。
敵の足止めのために捨て石扱いの戦場に回され。
あげくの果てには、こんなワケの分からない骨野郎に殺されるなんて。
前々から自分でもロクな死に方はしないだろうなと思ってはいたが、ロクでもないにしても限度ってもんがあるだろう。
だから。
いい加減に。
「…………、……っっ!」
堪忍袋の緒が切れたニコラは、八つ当たりにも近い憤怒でもって、抜きかけていた腰の短刀を鞘から完全に抜き出す。
その動きのせいで腹の肉やら中身やらが掻き回され、尋常ではない痛みを味わうハメになったが、限界まで歯を食いしばって無理矢理に耐えた。
今にも引き抜かれそうな『骨』の爪。
そうされたら、『支え』と『腹の穴を塞いでいたモノ』が無くなることで、自分はすぐにヴァルハラ行きだ。
いや、ヴァルハラに行くのは『聖戦』で死んだときだけだったか?
まあいい。
そんなことよりも。
今はただ、素直な気持ちを。
この目の前の相手にぶつけよう。
「…………っざけんなよ、このっ……、……クソバケモンがぁあああ!!!!」
血を吐きながら叫び、手に持った短刀を振り下ろす。
ニコラの放ったその一撃は、彼自身を突き刺している『骨』のアインストのコア―――赤い光球を砕かんばかりの勢いで突き刺さった。
『ォ…………!!!』
「――――っ」
呻き声を上げ、すぐに全身を灰化させて消えるアインスト。
……当然、ニコラの『支え』と『腹の穴を塞いでいたモノ』もまた、その瞬間に消えることになる。
「――――ぁぁ、ちく……しょぅ」
仰向けに倒れこむニコラ。
確認していない、確認する余力も無いが、腹にポッカリと開いているはずの穴からは血がドクドクと流れていっているはずだ。
その感触がある。
いや、流れているのは血だけじゃない。
自分の中の熱と言うか、色んなモノも血と一緒に流れて消えていく感じがする。
「……………」
遠くには、戦場の音。
炎のくすぶり、魔法によって上がる火柱、大きな風のうねり、断続的な銃弾、大砲、武器と武器とのぶつかり合い、人とも獣ともつかない叫び、破砕、巨大なゴーレムから小柄な人間まで多種多様な足音。
すぐそばで行われていて、さっきまで自分もそこにいたのに、今はそれが随分と遠くに聞こえた。
「…………、…………ぅ」
霞みつつある視界で、ぼんやりと空を見る。
青い。
雲一つない。
あっちこっちで煙が上がっているせいで少し汚れて見えるが、いい天気だ。
「…………ぁん?」
そんな空の中。
どこかから光が飛んで来た。
光は次第にこっちに―――この戦場に近付いてきて、その輪郭をハッキリさせていく。
(何だろうなぁ、ありゃあ………………)
巨大で人のカタチをした、金色の輪のようなものが背中にある、空よりも蒼い何か。
それが、ニコラの生涯において最後に見た光景だった。
「うーん……」
トリスタニアの西端にあるアカデミー。
その中にある自分の研究室で、エレオノールは魔法学院への出向中に溜まっていた仕事を消化していた。
戻って来てから数日で事務系の仕事は完全に終わらせたが、メインの仕事は今まさに取り掛かっている最中だ。
いや、取り掛かってはいるのだが、難航している。
「……よく分からないとしか言えないわね……」
ぐりぐりと人差し指でこめかみを押しながら、頭を悩ませる。
『赤い鉱石』と『青い鉱石』の分析という、魔法学院に出向する前からの仕事。
これがどうにも進まない。
いや、ある程度は分かっているのだ。
ハルケギニア中のあっちこっちに現れていること。
ハルケギニアにある―――自分の知っているあらゆる物質にも似ていないということ。
とにかく硬いこと。
『錬金』の魔法すら受けつけないということ。
『青い鉱石』よりも『赤い鉱石』の方が硬度が高いということ。
何らかの『力』を内包しているということ。
更に、信じられないことだが……この『赤い鉱石』と『青い鉱石』は、限りなく鉱物に近い存在でありながら『生きて』いるらしい、ということだ。
「はあ~……」
エレオノールがこの『石が生きている』という結論に行き着くまでには、それなりの手間と時間を要した。
それこそコモンマジックや『土』系統だけではなく、あらゆる系統の魔法を試して。
彼女の専攻は土魔法で、アカデミーでの研究テーマは『聖像の作成』となっているが、だからと言って聖像の材質や加工技術の研究のみに特化している訳ではなく、また決して『土』系統だけしか使えないという訳ではない。
むしろ聖像を作るためには『土』だけでは駄目なのだ。
例えば石や金属の加工のために『火』を扱ったり、熱したそれを急激に冷やすために『風』や『水』を使ったり、あるいは聖像の素材を作る過程で魔法薬の知識などが必要になる時もある。
こうした魔法技術や知識の積み重ねが、エレオノールを主席研究員たらしめていた。
だが。
「……この石がどうして最近になっていきなり現れたのかとか、どうやって生きてるのか、とかが分からないのよね」
思わず独り言を呟く。
一人で研究に没頭していると、よくあることだ。
「……………」
ハルケギニアの中で似た性質のものを強いて挙げるとするなら、ガーゴイルの動力にも使われている『土石』が近いかも知れない。
だが、似ているだけで同一では決してない。
何せ中身の『力』の取り出し方がサッパリ分からないし、精霊の力が込められているにしては出現場所に節操がなさすぎる。
よって、結局『肝心な部分は分からない』としか言えなかった。
おそらく他の研究者が調べても、同じ結論に行き着くだろう。
何せ、この自分が調べても詳細が不明なのだから。
―――こういう根拠のない自信は、エレオノールならではである。
「あ」
と、ここで彼女はひらめいた。
現状を打開するための画期的なアイディア。
それは、
「ユーゼスに手伝わせましょう!」
パン、と手を打って、その『画期的なアイディア』を口に出す。
「そうよね、どうせアイツも暇だろうし、私とは違う視点で何かに気付くかも知れないし、二人で……そう、二人で一緒にやれば色々と進展するかも知れないし」
別に彼に会う口実が欲しいわけでも何でもないが、研究のため、アカデミーの仕事のためなら仕方がない。
そう、これは自分の仕事を仕上げるための、やむを得ない措置なのだ。
なので、エレオノールは早速ユーゼスにその旨を伝えるべく紙とペンを取る。
「もう、しょうがないわね。ホントなら私一人でやるべきなんだけど……」
とか何とか言いつつ、エレオノールの顔には笑顔が浮かんでいた。
そうして『手早く研究が少しはかどらないから来て手助けしなさい』、『息抜きも兼ねて一緒にトリスタニアに行くから準備しておきなさい』、『来る日の日時』、『遅れたらお仕置き』と、必要な要件をスラスラと書いていく。
最後にその手紙に厳重に封をして『ユーゼス・ゴッツォへ』とあて先を書いた上で、アカデミーに勤めている小姓にラ・ヴァリエールへそれを届けるように命じ、ついでに研究の途中経過をレポートにまとめたものをアカデミーの上層部に運ばせる。
「ふう……」
さて。
研究進展の見通しはついたので、取りあえず仮眠でもとろう。
こういう研究職は自分の性に合っているとは思うのだが、長く続けていると昼夜の感覚が狂ってきたり、体内時計がズレてくるのが玉にキズだ。
「ま、こんなことに文句を言っても仕方がないんだけど」
手早く寝巻きに着替え、眼鏡を外し、研究室の一角に用意してあるやや小さめのベッドに横になる。
エレオノールはそのまま目を閉じて、実にスムーズに眠りへと落ちていった。
<―――よし、ここだな>
(あら?)
眠っている最中、エレオノールは奇妙な感覚に捕らわれていた。
眠っているはずなのに、意識がある。
(……夢かしら?)
だが、夢にしては色々と変だ。
起きている最中のように意識がハッキリしすぎているし、夢だったら何らかの光景が見えるはずなのに、周りは真っ暗で何も見えない。
(金縛り……とも違うわよね)
身体が動かなくて苦しい、ということもない。
むしろ何だか『レビテーション』でも使っている……いや誰かに使われている最中のように自分の身体がフワフワしているみたいな、いや、自分の身体の感覚があやふやと言うか、何と言うか。
とにかく奇妙だ。
何なんだろう。
そんな風にエレオノールが困惑していると、どこからともなく声が聞こえてきた。
<……接触には成功したようだな>
(え?)
いや、『聞こえる』という表現は適切ではない。
この声は、頭の中に直接響いてくる。
<あの世界でユーゼス・ゴッツォと最も強い繋がりを持つ者……。……お前は知らなければならない。かつてユーゼス・ゴッツォが犯した罪を……>
(な、何? 誰なのよ、あなた!?)
意識だけで呼びかける。
身体の感覚がよく分からない状態になっている以上、こうするしか方法がなかった。
すると、『声の主』はエレオノールのその問いに答える。
<並行世界の番人、虚空の使者、世界の歪みを修正する者、銃神の担い手……>
(?)
何だろう、それは。
呼び名が複数あるということだろうか。
<だが、この場において俺が誰かなどということは大した問題ではない>
(何よ、それ!?)
さっぱり分からない。
大体、ユーゼスが犯した罪がどうとか言っていたが、
(話をするんだったら声だけじゃなく、せめて自分の姿くらいは見せなさいよ!!)
<……そうしたいのは山々だが、それが出来ない理由がいくつかあってな>
(は?)
<まず、俺がお前の前に姿を現すか……もしくは直接的なリンクを行えば、確実にユーゼス・ゴッツォに気付かれるからだ>
(…………???)
どういう意味だろう。
いくらユーゼスが伝説のガンダールヴとは言え、こんなワケの分からない声だけの奴に気付けるとも思えないのだが。
<……『あの男』の影響の強い俺がユーゼス・ゴッツォの存在を感知することが出来るように、奴もまた俺の存在を感知することが出来るはずなんだ。例え、それが僅かな残滓であろうと……>
(感知?)
それはいくら何でも、ユーゼスを過大評価しすぎだ。
……そう言えば、ルイズは以前に“ユーゼスは『サモン・サーヴァント』で開かれるゲートを感じられる”と言っていた。
でも、それがこんな声だけのヤツを感知することに繋がるとも思えない。
<それに、因子が足りないあの世界とは逆に、お前のいるその世界は因子が揃い過ぎている……>
(……………)
頼むから、分かるような言葉で言って欲しい。
<『ユーゼス・ゴッツォ』が確実に存在しているという時点で『俺』がその世界に干渉出来る因子は揃っているが、直接的な干渉を行えば他の因子たち……シュウ・シラカワ、そして『監視者』と『闇黒の叡智』に気付かれる可能性がある>
(え?)
『カンシシャ』と『アンコクノエイチ』というのは意味不明だが、そこでどうしてシュウの名前が出て来るのだろう。
<……いずれも世界を変容させて余りあるほどの存在だ。お前のいる世界はもはや飽和状態と言っていい>
(飽和状態って……)
ハルケギニアはそんなに危険な状態なんだろうか。
まあ、確かに戦争はしょっちゅう起こってるけど。
<そのような状態で俺がまた直接的な干渉を行えば、その世界はより混沌とした状態になってしまうんだ>
(……………)
どうやら『姿を見せない理由』の説明は終わったようだが、その内容はエレオノールには理解不能だった。
いや、むしろいきなり専門用語を並べ立てられて、理解しろと言う方に無理がある。
その辺の不満をぶつけるため、エレオノールはまた意識で『声の主』に呼びかけた。
(あのねえ、人に何かを説明するんだったら、分かるように言いなさい!! 簡単な言葉で、最初から最後まで!!)
<……その通りだな>
(ああ、もうっ)
何だか、調子が狂う。
だが、それと同時にこの会話には妙な既知感があった。
こっちが懸命に訴えているというのに、いたって平然としたペースで対応するところとか。
一歩か二歩くらい引いた視点で物事を捉えているところとか。
言葉によるコミュニケーションを最低限で済ませようとするところとか。
世間一般の常識とズレているところとか。
(……?)
そんな人間と、つい最近まで毎日のように会話をしていた気がするのだが……。
<では、お前にはこれからユーゼス・ゴッツォの過去の所業を見てもらおう>
(えっ)
エレオノールが既知感の正体について考えていると、『声の主』はいきなりワケの分からないことを言い出した。
(見てもらう?)
<そうだ>
どういうことだろう。
ユーゼスが昔に何をやっていたのか知らないが、それを『聞かせる』のではなく『見せる』とは一体何のことなのか。
(あ)
そう考えて思い出す。
いや、思い至るといった方が正確か。
コイツの喋り方は誰かに似ていると思ったが、他でもないユーゼスに似ているのだ。
けれど、それとこれとが直接的に結びつくというわけでも―――
<行くぞ>
(ちょ、ちょっと……)
考える時間も、詳しい話を聞くゆとりも与えず、『声の主』は開始を宣言する。
そして、エレオノールの意識に未知の光景が流れ込んできた。
「あなたのお話はイングラム少佐から聞いていました」
「シュウ・シラカワ……。我々が送り込んだブラックホールエンジンの仕掛けを見抜いた男か」
「ええ、そうです。アレのおかげで私はグランゾンの縮退炉を完成させることが出来ました。その点に関しては感謝しています」
(え? な、何、これ?)
そこは真っ暗な空間だった。
と言っても、先程までいた『何もない空間』ではなく、周りのあちこちには星のきらめきが見える。
……自分の身体の感覚は相変わらずあやふやなままだが、あの『声だけ』のヤツがただ話しかけてくるだけの状態よりはかなりマシと言えるだろう。
だが……。
「あの男には我々地球人を……そして私を利用しようとした罪をあがなってもらわねばなりません」
「…………。私を倒すつもりか?」
「あなたを生かしておく意味はありませんからね」
「フッ……。確かに、お前のグランゾンが真の力を発揮すれば私を倒すことが可能かも知れぬ。……だが、その時はこの宇宙が消滅することになるぞ……?」
(ミスタ・シラカワ?)
どういう仕組みか知らないが、蒼い巨人に乗っているシュウや、その周りにいる様々な鉄の巨人たち、更にそれに対峙している―――何と言うか、形容しにくいカタチの巨大なモノに乗っている仮面の男の会話が、エレオノールの意識に流れ込んできた。
いや、それはどうでもいい。
……実の所どうでもよくないが、おそらくはこれがあの『声の主』の言っていた『ユーゼスの過去を見てもらう』ということなのだろう。
(でも、どうしてミスタ・シラカワがそれに出て来るの……?)
ユーゼスとシュウは以前からの知り合いだったようだが、それに関係があるのだろうか。
そして、この仮面の男。
……この男に関しては、何か筆舌しがたいほどの物凄い違和感を感じる。
どうしてだろう。
自分はこんな男なんて知らないはずなのに。
「お前か……我々を何かと嗅ぎ回っていた男は」
「そうだ。火星にあったメガノイド計画のデータがハッキングされてから、僕はずっとお前たちを追い続けていた」
「メガノイド計画……。そうか、お前が波嵐創造の……。
……我が帝国監察軍が地球圏を制圧したあかつきには、私がお前の父親の遺志を継ぎ、地球人をメガノイド化するも良かろう」
「!! エンジェル・ハイロゥのサイキッカーに脳髄の摘出手術をしたようにか……!? そんなことをこの僕が許すと思っているのか!」
<待て>
(きゃっ!)
先程までの『声の主』がいきなり割り込んできたことに驚くエレオノール。
(い、いたの?)
<当然だ>
『当然だ』とか言われても、何が当然なのかサッパリだ。
そんなエレオノールの困惑をよそに、『声の主』は相変わらず勝手に話を進める。
<……これは『俺のいた世界』の過去のことであって、『お前の知るユーゼス・ゴッツォ』本人ではない>
(どういうこと?)
<お前に見せたいものはこれではないんだ>
シュン、と。
まるで本を数十ページほど飛ばしたかのように、目に映る光景が切り替わった。
「ここはアースクレイドルの人工冬眠施設……もっとも、誰もその中で眠ってはいないけどね」
「どういう意味だ!?」
「全ての人工冬眠者はメイガスによって処理されたのさ」
「何だって!?」
「旧人類の生き残りなど、僕らが管理する世界には不要な存在だったからねえ、フハハハハ!!」
「て、てめえら……!!」
今度はまた趣きが変わって、何かの建物の中。
真っ白な床に、丸い天井……だが、まるで墓場みたいな印象を受ける。
そして、今度もまた様々なカタチをした鉄の巨人たちがいた。
(……これが『私に見せたいもの』?)
おそらくはまた自分の近くに(『近く』という表現で正しいのかは分からないが)いるのだろう、『声の主』に呼びかける。
すると『声の主』は神妙そうな声色で唸った。
<……む、これは……>
「あなたたちは人間を何だと思ってるんですか!?」
「ぜい弱なタンパク質のカタマリだろ? そして、僕たちマシンナリーチルドレンの足下にも及ばない……取るに足らない存在……」
「そう。愚かな争いを繰り返し、地球を汚染するだけの存在でもある」
「お前たちでは地球を存続させることは出来ない……メイガスはそう判断したんだよ」
「だから、僕たちはお前たちをこの星から消去するんだ」
<……また失敗か>
何だか溜息まで聞こえてきそうな感じだ。
案外、この『声の主』は人間臭いヤツなのかも知れない。
とは言え、こう失敗が続いてもらっても困る。
「黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって! お前ら、何様のつもりだ!?」
「だから、言っただろう? 僕たちアンセスターは地球の管理者……そして、真の後継者さ」
暗転する。
場面が変わるという意味ではなく、本当に『暗転』した。
……要するに、最初の真っ暗な空間に戻ったのだが。
それでこれからどうなるのよ、とエレオノールが困惑していると、『声の主』が申し訳なさそうに語りかけてきた。
<……すまない。どうやらこの方法でお前にユーゼスの過去を伝えることは、極めて困難なようだ>
(はあ)
<おそらくあのシステムを持ち、『ユーゼス・ゴッツォ』としての存在を確立している者ならば、無数に存在する並行世界から任意のものを選んで他者の意識に投射することも可能なのだろうが……。いや、ユーゼス・ゴッツォ自身が行おうとしても無意識的にフィルターがかかって、奴の言動などがぼやかされる可能性もあるか>
(?)
<……アストラナガンのティプラー・シリンダーを使い、それをディス・レヴで後押しすればと考えたのだが、見通しが甘かったとしか言いようがないな>
(そ、そう……)
<それに、俺のいた世界やユーゼス・ゴッツォが元々存在していた世界は次元交錯線がかなり不安定だったからな。色々と込み入っているんだ>
(…………ふーん)
適当に相槌こそ打っているが、正直この『声の主』が何を言っているのかエレオノールには全然分からなかった。
いや、それ以前の問題として、分からないことが多過ぎる。
自分が今置かれている状況も。
あの見せられた『光景』が一体何なのかも。
そして、物凄い違和感を覚えた『仮面の男』のことも。
全然、分からない。
<こうなったら仕方がない>
すると、『声の主』は意を決したように告げる。
<『俺』という存在の中にある『あの男』との因果律……、そして『あの男』とユーゼスの因果律を辿り、お前に『最初の世界』を見せる>
(え?)
<……ユーゼスと『あの男』がその場にいた事象しか追うことが出来ないのが欠点だが、得るべき情報としてはそれでも十分なはずだ>
(……………)
だから。
自分にもすんなり飲み込めるような言葉を使って、喋って欲しいってのに。
<あるいは俺の中にある『あの男』の記憶をサルベージして、お前の脳に投射するという手もあるが……それでは下手をすると脳の情報処理が追い付かなくなって、何らかの障害が出る危険性があるからな>
(は? 脳?)
<ああ>
(ちょ、ちょっと待って。よく分からないけど、今からその……あなたがやろうとしてることって、私には何の影響もないんでしょうね!?)
いきなり脳がどうこう言われて、不安になるエレオノール。
ハルケギニアでは、脳に関する研究も行われている。
魔法の源である魔力―――ユーゼスは自身のレポートにおいて精神力を『エネルギー源』、魔力を『出力値』と位置づけていたが―――は脳に由来していることが分かっているし、禁忌とされているが高度な水魔法を使った脳移植すら、理論上は可能だ。
いや、それでなくても脳が大事な器官だということくらい、誰でも知っている。
そんな大事な器官に障害が出るかもなどと言われて、黙っていられるか。
<大丈夫だ。今から行う方法ならば、後遺症が残る確率はきわめて低い。せいぜい10日ほど昏睡状態におちいる程度だ>
―――などと考えていたら、別な方向で障害がありそうだった。
(全然大丈夫じゃないわよ、それ!!)
<そうか?>
(そうよ!!!)
……何だか、本当にユーゼスと話しているような気分になってきた。
だが、この『声の主』はユーゼスではない。
どこがどう違うとハッキリとは言えないが、とにかくユーゼスとは違う。
それだけは分かる。
<ふむ……。では少しずつ小出しにするしかないな>
(小出しって何よ?)
<100の情報を一度に100送るのではなく、3か4ずつお前に送るということだ。回数はかかるが、これならば普通の人間の睡眠時間以下で済む>
(まあ、それなら……)
何だか眠るたびにコイツと話をしなくちゃいけなくなりそうだが、どうも雰囲気からして自分に拒否権はなさそうだし。
ここはこれで妥協するべきか。
<お前に憑依して『あの男』の記憶を追体験させるなどの手も考えたが、お前はユーゼス・ゴッツォによって『精神干渉を受けつけない』ように因果律を操作されている。……そうでなければ、俺もここまで回りくどい手を使う必要はなかった>
(ユーゼスが……?)
言っている内容は相変わらず理解出来ないが、どうやらユーゼスは自分に何かをしたらしい。
でもユーゼスに変なことなんてされたかしら、とエレオノールが記憶を辿っていると、
<……どうやらユーゼス・ゴッツォは、随分とお前のことを大事に扱っているようだな>
(んなっ!?)
それこそ変なことを、『声の主』から告げられた。
(ちょ、ちょっと、いきなりおかしなことを言わないでよ!!)
<何がおかしいんだ?>
(~~~~っ)
ヤキモキすると同時に、エレオノールは今の身体の感覚があやふやな状態に少しだけ感謝する。
…………もしもちゃんとした状態でそんなことを言われていたら、自分の顔が赤くなったり、心臓の鼓動が強く速くなっていることを嫌でも自覚しなければならないだろうから。
<ああ、それと>
(……今度は何?)
<ここに関する記憶は、お前が通常空間に復帰―――要するに目が覚めると同時に封印させてもらう。もちろん、俺がこうして干渉を行うたびに封印を解いて思い出してもらうがな>
(え? どうしてよ?)
<……お前は隠し事が得意なタイプには見えん。リュウセイや豹馬のように態度に出る可能性が高い>
(失礼ね! そいつらが誰かは知らないけど、私だって隠し事くらいは―――)
<そうやってすぐに感情的になるのが良い証拠だな>
(ぐっ……)
悔しいが、反論出来ない。
ちょっと自分のこれまでを振り返ってみれば、隠し事をするのが苦手というのは本当だし。
ユーゼスにも普段から『お前は感情的になりやすい』とか言われてるし。
って言うか、この『声の主』は歯に布を着せないでズバズバ物事を言うところなんかもユーゼスに似ている。
一体コイツはユーゼスの何なのかしら……とエレオノールが考えていると、『声の主』は今度こそと言わんばかりに周囲の空間を変化させ始めた。
<では始めよう。始まりの世界……二人の男の物語の、発端から終焉までを……>
#navi(ラスボスだった使い魔)
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