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月明かりに照らされながら、不気味に凪ぐ湖。
湖のほとりには、丈高い雑草が生い茂っていたが、よく見ればくたびれたボートが隠れており、
それに連なる様にふるびた小屋が点在していた。
かつてはキャンプ場だったその地は、誰にもその歴史を伝えることなく
今はただ朽ちるままになっていた。それを隠すように周りを木々がグルリと囲み、
道があるべき場所には藪が生い茂り、地元の住民ではないものが見れば
この地を訪れるものがないよう、邪魔をしているように見えるかもしれない。
しかしまさしくそれが目的だった。住民たちは忘れたかったのだ。かつて起きた惨劇を。
それが忘れ難いために、同じことが起きないよう、あらゆる人間が寄り付かないように、
植物が野放図になろうとも手をかけず、ただ自然のままにしておいた。
キャンプファイアーで子どもたちを震え上がらせ、語り継がれる他愛のない都市伝説。
この地がその伝説の場であり、子どもが怖がっても、
大人が恐れることはない伝説とこの地を、地元の人間は恐れ、隠そうとした。
地元の人間は知っていた。理解していた。未だ伝説が徘徊し、人々を襲う。
アメリカ合衆国ニュージャージー州ブレアーズタウンの付近には生ける伝説が、
その湖「クリスタルレイク」と、そのキャンプ場の周辺に、
常に目を光らせていることを、地元の人間全てが知っていた。
そしてそれは事実だった。キャンプ場を囲む、木々の深奥。
誰も足を踏み入れず、誰もそこにあることを知らない場所に、歪な小屋。
小屋といってもキャンプ場にあったコテージとは違い、立派なものではなく
廃材を使って雑に組み立てられた、まさしく廃屋というべき代物。
そこにチラチラと明かりが瞬く。ここに迷い込んだものなら
浮浪者が住み着いていると考えるところだが、その廃屋の中に棲んでいるいるものこそが、
地元の人間が恐れている人物であり、生ける伝説だった。
廃屋の中にはボロボロのベッド、少し離れたところにホコリまみれの机と椅子、
その真向かいに明かりの源である蝋燭が上にのった冷蔵庫が無造作に置かれていた。
そしてその冷蔵庫の中を、大男が覗いていた。2メートル近い背に、ボロボロのコートにも見えなくもない上着と
元の色がわからない黒ずんだセーターを着衣し、使い古された登山用ブーツとズボンを履いた男。
威圧感あるその姿もさることながら、手には大きな鉈が握られ、
さらに男の顔にはアイスホッケーで使われるマスクが、その圧倒的存在感を醸し出していた。
男が覗いている冷蔵庫の中には、人間の頭部が入っていた。
短い金髪の髪、落ち窪んだ眼窩、半ば白骨化したそれはよく見てみれば
辛うじてふくよかな頬肉があり、それがかつて女性のものだったことを想像できなくもないだろう。
男は沈黙し、女性の生首を眺め続けていた。まるで眺め続けていれば相手が話しかけてくると思っているように。
彼を知っている人間がいても、この行為に意味を見出すことはできないだろう。
彼にとってこれは一種の儀式であり、高々数十ドルにも満たない廃材である冷蔵庫は
彼の聖壇であり、掘っ立て小屋である廃屋は聖堂だった。
いつまで見続けていたのだろうか。彼は慈しむように生首を見つめた後、ゆっくりと冷蔵庫の扉を閉めた。
悠然と彼は振り向くと、ベッドの方へと向かう。
ベッドの上には家主の趣味なのか、左目のボタンが取れそうな古ぼけたクマのぬいぐるみが
待っていたかのように置かれていた。彼は枕の近くに人形を置きなおし、ベッドの端に鉈を置くと、
ベッドに体を横たえ、眠りにつこうとした。
彼にとって眠りは必要最低限しか取る必要はなかったが、キャンプ地周辺を誰も訪れないため
暇を持て余して、いつもより長めの休息を取ろうと考えたのかもしれない。
彼は死んだように眠った。
彼は、死の経験者だった。
しかし、その死はあらゆる生物が平等に享受する永遠のものではなかった。
何度も死んだ。顔面に鉈や斧を叩きこまれて死に、湖の底に沈められて死に、
警官隊による一斉射撃により身体をバラバラに吹き飛ばされて死に、
常人なら即死に値するあらゆる怪我を受け続けて、やっと死を迎えた時があった。
総じて穏やかな死とは無縁の生涯だった。だが彼は自分の死以上に、他者を死に追いやった。
同じように顔面を鉈や斧で叩き割り、ピッチフォークで突き刺し、腕力を使って頭を潰し、
拳一つで頭を飛ばし、首をもぎ、ねじり、切断し、へし折り、切り落とし…
自身の生涯と同じように無残な死を、他者に与えた。これからもそれを与えようと、この地に住み続けていた。
彼の母がそうしたように、この地を訪れる人間に死を与るために。
完全に眠りについたとき、その背から一条の光が漏れ出た。
その光がゆっくりと背から頭へ、背から足の先まで広がる。
一層輝きが強まる中、巨体が不自然なほどベッドに沈み、枕やクマの人形、
光の端に触れていただけの鉈までが一緒にベッドへと沈んでいく。
男はそれに気づかぬまま、ただ沈むがままになり、そして光と共に姿を消した。
家主のいなくなった廃屋は未だに蝋燭の明かりがついていたが、
吹き込んできた風により音もなく、火は消えた。
生ける伝説の男『ジェイソン・ボーヒーズ』は地元民の願い通り、地球上から跡形もなく姿を消した。
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月明かりに照らされながら、不気味に凪ぐ湖。
湖のほとりには、丈高い雑草が生い茂っていたが、よく見ればくたびれたボートが隠れており、
それに連なる様にふるびた小屋が点在していた。
かつてはキャンプ場だったその地は、誰にもその歴史を伝えることなく
今はただ朽ちるままになっていた。それを隠すように周りを木々がグルリと囲み、
道があるべき場所には藪が生い茂り、地元の住民ではないものが見れば
この地を訪れるものがないよう、邪魔をしているように見えるかもしれない。
しかしまさしくそれが目的だった。住民たちは忘れたかったのだ。かつて起きた惨劇を。
それが忘れ難いために、同じことが起きないよう、あらゆる人間が寄り付かないように、
植物が野放図になろうとも手をかけず、ただ自然のままにしておいた。
キャンプファイアーで子どもたちを震え上がらせ、語り継がれる他愛のない都市伝説。
この地がその伝説の場であり、子どもが怖がっても、
大人が恐れることはない伝説とこの地を、地元の人間は恐れ、隠そうとした。
地元の人間は知っていた。理解していた。未だ伝説が徘徊し、人々を襲う。
アメリカ合衆国ニュージャージー州ブレアーズタウンの付近には生ける伝説が、
その湖「クリスタルレイク」と、そのキャンプ場の周辺に、
常に目を光らせていることを、地元の人間全てが知っていた。
そしてそれは事実だった。キャンプ場を囲む、木々の深奥。
誰も足を踏み入れず、誰もそこにあることを知らない場所に、歪な小屋。
小屋といってもキャンプ場にあったコテージとは違い、立派なものではなく
廃材を使って雑に組み立てられた、まさしく廃屋というべき代物。
そこにチラチラと明かりが瞬く。ここに迷い込んだものなら
浮浪者が住み着いていると考えるところだが、その廃屋の中に棲んでいるいるものこそが、
地元の人間が恐れている人物であり、生ける伝説だった。
廃屋の中にはボロボロのベッド、少し離れたところにホコリまみれの机と椅子、
その真向かいに明かりの源である蝋燭が上にのった冷蔵庫が無造作に置かれていた。
そしてその冷蔵庫の中を、大男が覗いていた。2メートル近い背に、ボロボロのコートにも見えなくもない上着と
元の色がわからない黒ずんだセーターを着衣し、使い古された登山用ブーツとズボンを履いた男。
威圧感あるその姿もさることながら、手には大きな鉈が握られ、
さらに男の顔にはアイスホッケーで使われるマスクが、その圧倒的存在感を醸し出していた。
男が覗いている冷蔵庫の中には、人間の頭部が入っていた。
短い金髪の髪、落ち窪んだ眼窩、半ば白骨化したそれはよく見てみれば
辛うじてふくよかな頬肉があり、それがかつて女性のものだったことを想像できなくもないだろう。
男は沈黙し、女性の生首を眺め続けていた。まるで眺め続けていれば相手が話しかけてくると思っているように。
彼を知っている人間がいても、この行為に意味を見出すことはできないだろう。
彼にとってこれは一種の儀式であり、高々数十ドルにも満たない廃材である冷蔵庫は
彼の聖壇であり、掘っ立て小屋である廃屋は聖堂だった。
いつまで見続けていたのだろうか。彼は慈しむように生首を見つめた後、ゆっくりと冷蔵庫の扉を閉めた。
悠然と彼は振り向くと、ベッドの方へと向かう。
ベッドの上には家主の趣味なのか、左目のボタンが取れそうな古ぼけたクマのぬいぐるみが
待っていたかのように置かれていた。彼は枕の近くに人形を置きなおし、ベッドの端に鉈を置くと、
ベッドに体を横たえ、眠りにつこうとした。
彼にとって眠りは必要最低限しか取る必要はなかったが、キャンプ地周辺を誰も訪れないため
暇を持て余して、いつもより長めの休息を取ろうと考えたのかもしれない。
彼は死んだように眠った。
彼は、死の経験者だった。
しかし、その死はあらゆる生物が平等に享受する永遠のものではなかった。
何度も死んだ。顔面に鉈や斧を叩きこまれて死に、湖の底に沈められて死に、
警官隊による一斉射撃により身体をバラバラに吹き飛ばされて死に、
常人なら即死に値するあらゆる怪我を受け続けて、やっと死を迎えた時があった。
総じて穏やかな死とは無縁の生涯だった。だが彼は自分の死以上に、他者を死に追いやった。
同じように顔面を鉈や斧で叩き割り、ピッチフォークで突き刺し、腕力を使って頭を潰し、
拳一つで頭を飛ばし、首をもぎ、ねじり、切断し、へし折り、切り落とし…
自身の生涯と同じように無残な死を、他者に与えた。これからもそれを与えようと、この地に住み続けていた。
彼の母がそうしたように、この地を訪れる人間に死を与るために。
完全に眠りについたとき、その背から一条の光が漏れ出た。
その光がゆっくりと背から頭へ、背から足の先まで広がる。
一層輝きが強まる中、巨体が不自然なほどベッドに沈み、枕やクマの人形、
光の端に触れていただけの鉈までが一緒にベッドへと沈んでいく。
男はそれに気づかぬまま、ただ沈むがままになり、そして光と共に姿を消した。
家主のいなくなった廃屋は未だに蝋燭の明かりがついていたが、
吹き込んできた風により音もなく、火は消えた。
生ける伝説の男『ジェイソン・ボーヒーズ』は地元民の願い通り、地球上から跡形もなく姿を消した。
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