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#navi(使い魔はじめました)
使い魔はじめました――第二十二話――
「その剣は魔法を吸収するようだね、傭兵との戦いで見せてもらったよ」
杖を構えた三人のワルドが、呪文を唱える。
レイピアの形をした杖が、風の刃をまとう。ブレイドの呪文だ。
「だが、恐らくこの手の魔法は吸収できないのではないかね?」
ワルドがしたり顔でサララを見下ろす。
「……その通りだよ」
「こらー、馬鹿剣! 何バラしてるんだよ!」
思わず答えてしまったデルフリンガーに対し、チョコが憤る。
けれど、ルイズは少しほっとしていた。直接の斬り合いなら、まだまともに戦える。
サララは魔法が使えない。そのせいか、敵の魔法を上手く防ぐことができないのだ。
だから、遠距離からの攻撃魔法を使わない、という彼の宣言は正直ありがたかった。
思わず口元に笑みが浮かんでしまう。
「何を笑っているのかね!」
たん、と地面を蹴ってワルドの遍在が飛びかかってくる。
思ったよりも素早い動きだ。おそらく風の魔法を使ったのだろう。
一瞬うろたえながらも片方を避け、もう片方をデルフリンガーで受け止める。
「使い魔くん!」
「やらせはしないよ!」
彼女の劣勢を見てとったウェールズが手助けをしようとするが、
サララと戦っていないワルドが雷を発生させて、それを阻止した。
「きゃあ!」
「わわっ!」
「くっ!」
咄嗟に風の壁を作り出して直撃を防ぐ。
これが『雷の雲(ライトニング・クラウド)』であれば、
全員たちまち黒焦げになっていただろうが、奇襲が失敗した心の動揺と、
精神を遍在に裂いているせいで高ランクの呪文は使えなくなっている。
しかし、それもサララさえ倒してしまえばどうとでもなると、
ワルドはニヤリと笑った。
口が耳まで裂けているような錯覚に、ルイズは息を飲んだ。 一対多の戦いには慣れているサララだが、相手はモンスターではなく、
戦いに特化した騎士だ。やはり、商人であるサララにはいささか分が悪い。
なら、商人流の戦い方をするだけ、と猛攻を凌ぎながら袋に手を突っ込む。
その隙を見逃すワルドではない。それを阻止しようと腕を伸ばした途端だった。
勢いよく袋の中から手が引き出される。その指先には、白い布切れ。
しゅるり、と慣性のままに袋から飛び出してきたのは一巻きの包帯だ。
それが、まるで生きているかのように一体のワルドの動きを封じる。
「くそっ、何だこれはっ!」
魔法で切り裂くのが困難な程ぴっちりと体に巻き付いた包帯を解くため、
身を捩っていた彼の懐。何時の間にか、サララが入り込んでいた。
「なっ、速っ……」
ざしゅり、ざしゅり、とうろたえるワルドが三等分され、消滅していく。
本体ではなく遍在だったようだ。ふう、と一息吐く。
サララが使ったのは、『ミイラの包帯』と言われるアイテムだ。
ミイラの怨念とか色々なものが籠った包帯は、使用者の敵に絡みついて動きを留める。
魔法で出来た遍在にも効果があってよかった、とぶっつけ本番での使用が
上手くいったことに、安堵しつつ汗を拭う。
「ちっ、一体倒した程度で!」
その背後から、ワルドの遍在がもう一体、斬りかかる。
宙に跳び上がり、斬りかかりながら、ワルドの思考の片隅に疑問が湧いていた。
三等分された、遍在。素早さに自身がある彼にすら、おそらくあのようなことは出来ない。
であるにも関わらず、何故目の前の小娘にはそれが出来たのだろうか、と。
それを考えた瞬間、警鐘が鳴り響く。
ぶん、と何の小細工もなしに、振られた剣。
いかなる型もない、剣使いとしては全く素人の太刀筋だ。
リーチなら彼の方が上だ。恐るるに足りない。そのはずだった。
一度目の斬撃、ワルドの杖の先が斬り飛ばされた。
何時の間に、とうろたえても、動きは止まらない。
ワルドの体が射程距離に入った途端の、二の太刀。
「がはっ……馬鹿な、そんな……っ?!」
己の体験が信じられない、と茫然と目を見開いて、二体目の遍在も消えた。
それを見届けて、サララはほっ、と息を吐く。
緊張の余り汗が酷い。ワンピースの襟元を掴んでパタパタと動かす。
その下にちらりと、一枚のシャツが覗く。
これも、サララの持つアイテムの一つであり、特に入手場所が限られるお宝だ。
どういう理論かは全く解らないが、そのシャツは着た者にある力を与える。
どんな武具の使い手であっても、どんなど素人であっても、
達人のごとく、瞬時に敵に連撃を叩きこめる、力をだ。
このシャツに難点を挙げるならば、普通の服の下に着ることはできても、
鎧の類と共に身につけると、その効果を発揮しないことだろう。
加えて、その絵柄が人を選ぶ。何しろ、にっこりと笑った蛙の顔だ。
ルイズのように蛙が苦手な者なら、まず絵柄を見た途端悲鳴を上げるだろう。
「きゃああああああ!! 蛙ぅううううううう!!」
そう、丁度このように。
突如聞こえてきた悲鳴に、サララは慌ててルイズを見やった。
二体倒して油断していた自分に舌打ちする。
ルイズが襲われたのか、と振り向いたサララが見たものは、予想だにしないものだった。
「サササ、サララ、サララ、たたた、大変、大変なのっ!!」
涙目になったルイズと、ぽかん、とした表情の皇太子と驚いた顔のチョコ。
どうしたんですか、と聞くとルイズは涙ながらにびしり、と地面を指差した。
「わ、ワルドがっ、蛙になっちゃったのよぉおおおおお!!」
は? と首を傾げて、指差した先を見る。
「……げこ!?」
成程、確かに蛙が居た。蛙本人――いや、この場合は本蛙と呼ぶべきだろうか。
本蛙も、うろたえているようだ。
「さ、サララが遍在をやっつけたと思った途端、急に、急に、蛙に。
うーん、蛙……ワルド様が、蛙……」
倒れそうになったルイズを皇太子が慌てて支える。
「使い魔君、一体どうしたことだか、分かるかい?」
解りません、とサララも眉を潜める。
「そうか……君にも解らないのか……」
眉の動きは見えていなかったようだが、サララが困惑しているのは判ったらしい。
「……!? サララ、何か来るよ!」
ぴん、とチョコの髭が張る。その言葉に呼応したかのように、
教会の中に突如緑色の光が溢れた。
「く、何だこの光は!」
「きゃあ!」
「げこ?!」
目を焼かれないように顔を手で覆う。光が収まってから、数度瞬きをする。
人影が増えている、とルイズは察して、うっすらと目を開ける。
「んー、実験は成功のようでーす」
そうして、自分が見ているものが幻だと信じたかった。
青黒い肌。尖った口元。黄色い目。紫の服をまとったその小柄な人影は、
どう見ても人間の姿ではなかったからだ。
「おお、流石はエンペル様! 魔法陣による任意の空間への移動とは!」
その男に比べれば、その傍らに立つ姿には何処か安堵すら覚える。
何処にでも居そうな、極々平凡な司教の姿にしか見えない。
しかし、その姿を見たウェールズが、怒号を上げた。
「貴様、クロムウェル! 悪魔に魂を売ったとは真であったか!」
「クロムウェルですって!」
ルイズがその名にハッとして男を睨む。
クロムウェル。ウェールズ達王軍と敵対する貴族派、レコンキスタの首魁であった。
「や、ややや?! 何故ウェールズが生きているのだ! ええい、ワルドめ失敗したか!」
「げこ、げこげこ、げこっ!」
クロムウェルの足元で蛙が鳴く。
「む。おおう、どうやら人間共を蛙にする術に、こいつもかかってしまっていたようでーす」
エンペル、と呼ばれた悪魔は肩をすくめながらも、その表情は余裕綽々だ。
ニヤニヤと笑いながら、指先に光る青い指輪を見つめる。
「ふっふっふ。自分の才能が恐ろしいでーす! ダンジョンの中にあった古いテレポーターで、
異なる世界との扉を開き、さらにそこでこんな素晴らしいものを手に入れるなんて」
愉悦を堪え切れず、自分の世界に入ってしまったらしい。悪魔はケタケタ声を上げる。
「水の精霊から奪った、この指輪のおかげで、人間共をテキトーに操って、
テキトーに戦争させて、そうしてこの世界を手に入れるメドが付きました!
ここの人間共の力を使えば、きっとあちらを魔族が征服する手助けになるでーす!」
「……つまり、その指輪を奪えば、この戦争は終わるってこと?」
チョコが尋ねると、エンペルが頷く。
魔族であるため、チョコの言葉を理解しているのだ。
「む、まあ、その通りでーす。でもー、あっちに住む、あの鬱陶しい
ピンクの魔女さえいなければ、こっちではやりたい放題でー……」
そこまでペラペラと喋っていた悪魔は、その視界にサララを捉える。
ひゅう、と開いたままになった礼拝堂の扉から、生温い風が吹いた。
「げ、げげーっ! よくもこのエンペル様の秘密作戦を聞きましたね!
というか、何故ここに居るのですかピンクの魔女!」
答える義理はありませんよ、と地面を蹴り、一気に懐へ飛び込む。
倒すつもりはあっても、殺すつもりはない。
デルフリンガーの刃で斬るのではなく、その重さでもって殴りかかる。
ごづん、と鈍い音を立てて、その横面を張り飛ばした。
「ぎゃあああああ!」
勢い良く吹き飛ばされ礼拝堂の壁にぶつかる。
小走りにサララはそこへ駆け寄る。
目を回している悪魔の指から、その指輪を抜き取った。
手にすると、ぽぅ、と額のルーンが強い光を発する。
自然と、サララの脳裏にそれの使い方が浮かんでくる。
それは、人間の体内の水を操る力が秘められた指輪だった。
怪我や病、それに呪いの類を浄化することが出来ると共に、
人の心を操ることも出来る、凄まじい力を持っているようだ。
これはその内、持ち主だという水の精霊に返しに行かねばならないだろう。
もっとも、幾度か使用してから、になるが。
サララは指輪を己の指にはめ、糸の切れた人形のように茫然としているクロムウェルと、
同じくぴくぴくと動いている蛙、ワルドに指輪の魔力を向けた。
今のサララの眼にははっきりと、二人が悪魔に魅了された状態である、と示す、
小さな雲のようなものが映っていたからだ。 ぽふん、と軽い発破音がし、煙が立ち上がる。
煙の中からは、ワルドが元の姿を現していた。
「はっ、僕は一体」
「わ、私はここで、一体、何を」
その隣で、クロムウェルもきょろきょろと辺りを見回している。
そして、二人はウェールズとルイズを見つけた。
さぁっと顔が青ざめ、がくがくと震え始めた。
「すいませんでしたぁああああ!」
次の瞬間には、ずざり、と並んで地面に頭を擦りつけていた。
「あ、悪魔に魅入られていたとはいえ、何と恐ろしいことをっ!」
「すまないルイズ、僕はどうにかしていたんだ! 君を殺そうとするなんて!」
口々に詫びの言葉を述べる二人。
どうやら操られていた間の記憶が残っているようだった。
「えーあー」
「えーっと」
突然の展開に、ウェールズとルイズは頭が付いていかない。
「うーん……は! 指輪を奪われてるでーす!」
その後ろで、頭を押さえながらふらふらとエンペルが身を起こし、
目の前に立つサララが指輪を手にしていることに気づいて、金切り声を上げた。
「ええい、魔女娘が居るなんて、この世界はとんでもないでーす!
指輪が奪われたから、洗脳も解けてしまってるでーす!」
むきぃ、とじだんだを踏みながら奇声を上げる。
「骨折り損のくたびれ儲けでーす! ええい、こうなれば戦略的撤退をして、
次回の対策を練るに限るでーす! 覚えてなさい魔女娘ーっ!」
ひゅいん、と奇妙な音を残して、悪魔の姿はかき消えた。
「……ウェールズ様」
「何かね」
「目の前で謝ってるのが、レコンキスタのトップですよね」
「そうだね」
「この蛙みたいに這い蹲ってるのが、レコンキスタのトップですよね」
「そうだね」
「洗脳解ける、ってあの悪魔言ってましたね」
「そうだね」
「……戦争、終わるんですかね」
「……戦争、終わるんだろうなあ」
呆けているルイズとウェールズを見ながら、サララとチョコは首を傾げる。
何でこの二人は、ぼんやりしているんだろう。
悪い奴をやっつけて、戦争が終わるんなら、喜ばしいことじゃないか、と
トンデモ展開に慣れきった二人は、彼らの困惑が理解できないままだった。
礼拝堂の外から、バタバタと慌ただしい人の声が聞こえてくる。
恐らく、洗脳が溶けたレコンキスタが白旗を上げたのだろう。
「僕の今までの苦労とか、悲壮な覚悟とか、なんだったんだろうね」
ウェールズが、ぽつり、と呟いた。その口元は、ひくひくと歪んでいる。
「し、心中お察しします」
どうにかルイズが言葉をかける。
「……相棒達って、ホントーに平和な所から来たんだな」
首を傾げたままのサララとチョコに、デルフリンガーが呆れて声をかける。
「こんな方法で戦争を終わらせた奴なんざ、間違いなく前代未聞だぜ」
そう言われても、とサララは困る。
とりあえず、次に会った時にはエンペルに対してそれなりの対応をせねばなあと、
どうでもいいことを考えて、サララは意識をそらした。
具体的に言うと、今度お店に来た時は、少しオマケしてあげよう、と。
斬った張ったでどんぱちするけれど、常連客であるのは、間違いないのだから。
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