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#navi(オレンジ色の使い魔)
オレンジ色の使い魔 第5話
自室謹慎とはなんとも退屈なものだ。
ハミイーが戻ってくるまでは会話の相手さえいない。
ルイズは学科の予習でもしてみようかと思ったが、すでにかなり先まで進めてしまっていることを思い出した。
ベッドに寝転び、どうやって時間を潰すかしばらく考えて見た。
ハミイーから聞いたことについて整理してみるのはどうだろう。
いろいろと驚嘆すべき話を聞かせてくれたが、検証する方法はあるだろうか。
まず地動説が事実だと言う話から。
夜空の恒星がみんな太陽だと言う話も、ハミイーの故郷が他所の太陽を巡る惑星だと言う話も地動説に比べれば
小さいことに思える。
地動説が事実かどうかは、世界認識の根幹に関わること。
大地から太陽までの距離は……何千年も前から多くの学者や神官たちが測定を繰り返している。と、以前に
エレオノール姉さまに聞いた。
学院の授業には出てこない豆知識。
どうやって測るのかは姉さまも専門外で知らないらしい。
今の暦を作るのに使われている数値はロマリア天文所のなんとかと言う神官が求めた値で、確か1億リーグを超える
とてつもない距離だったはず。
それを半径とする巨大な円の上をこの大地がたった一年で巡っているのなら、この大地は最速の風竜の何百倍も速く
動いていることになる。
だのに、私たちは吹き飛ばされることなく大地の上に立っていられる。
これが地動説の難点のひとつで、他にもいろいろと問題があるらしい。
もっと詳しく聞いておけばよかった。
とにかく、多くの問題を抱えているというのに、地動説を用いて作った暦は天動説で作った暦よりもずっと正確に
出来ている。
天動説では一年の長ささえ正確に求めることができない。
うん、たしかそうだったはず。
天動説にも地動説にも欠陥があると言うことで、それを追求し神の御業を学ぶことはブリミル教徒として正しい
行いのひとつ。
だから、ハルケギニア最大の天文所がロマリアにある。
それら天文所の聖職者たちが学者たちと何千年も議論を続けてきたというのに、未だに天動説では正確な暦が
作れないし、地動説は根本的な難点を解消できていない。
現状では、天文学の専門家でもどちらが正しいのか判断を保留している。と教えてくれたのはやはりエレオノール姉さま。
「うー……受け売り知識を使って、たった二日で証明が出来たら、魔法実技が落ちこぼれでもアカデミーに就職できそうね」
クジン人はどうやって検証したのだろう。
ハミイーに聞けば教えてくれるかもしれないが、いずれ決闘で打ち負かさないといけない相手に聞くのは、悔しい。
「……なんで私、ハミイーなら知ってるなんて思ったんだろ?」
ハミイーの言ってることは作り話で、この大地のどこかに猫の国がある方が自然だって考えたのは昨日のことなのに。
決闘の作戦を考えるために、爆風に身を晒して煤まみれになって協力してくれたから?
ハミイーが言うように、自分は子供だ。
子供だから、あの大きな動くヌイグルミに懐いてしまっているのだろうか。
考えても答えは出そうにない。
切り替えて見ることにした。
ハミイーが語った驚嘆すべき話を自分が知るハルケギニアの学問で検証することは難しいけれども、ハミイーの話それ
自体に矛盾が無いか追求することなら自分にも出来そう。
太陽から太陽への航海には昔は何十年も掛かっていたと言っていた。本当ならそれだけの期間、船の中で暮らしていた
クジン人が居たことになる。
どんなに大きな船でも、何十年分もの食料を積み込むなんて出来るわけがない。
もし出来たとしても、航海を始めてすぐに腐ってしまう。
クジンは職人の技術が発達している国だと言うから、水魔法に相当する保存方法がありそう。
それでも、何十年もの保存は無理なはず。
ハミイーの話が本当なら、何十年もの航海をどうやって実現していたのか矛盾の無い説明があるはず。
ノックの音にルイズは跳ね起きた。
速記をまとめ終わり、オスマンに提出すると手があいてしまった。
マチルダは状況を考えて見ることにした。
まず、オスマンは何を知っているのか。
あの脅迫めいた言葉は何を意図しているのか。
順を追って考えてみよう。
まず、あの言葉は単なる偶然であり、マチルダの正体について何も知らない場合。この場合は対応を要さないが、
楽観的に過ぎる上に意味がない。
では、オスマンがミス・ロングビルの正体がマチルダ・オブ・サウスゴータであると知っている場合、さらに
マチルダが盗賊「土くれのフーケ」であると知っている場合にはどうか。
どちらの場合であっても、あの言葉は脅迫ないし警告だ。
脅迫の場合、要求が伴う。
これまでのことからして、ありそうなのは痴漢行為やもっとおぞましい行為を受け入れるようにとの要求か。
単なる好色な老人と見くびるのは危険だろう。
それらよりももっと恐ろしい要求があるかもしれない。
警告であるなら、自分のいかなる行為を制止するためのものか?
そして、自分の身に何が起きるかよりももっと恐ろしい可能性がある。
ウェストウッドの子供たち、わけてもティファニアについて知られている可能性だ。
マチルダは身震いし、小さく頭を振った。
このままでは思考の迷路に陥ってしまう。
自分の行動の選択肢を考えよう。まず二つ。
逃げ出すか、秘書として留まるか。
留まる場合、秘書の仕事に専念することは出来ない。秘書の給料だけでウェストウッドの子供たちを養えるものなら、
誰が好き好んで危ない橋を渡るものか。
では秘書として留まりつつ「土くれのフーケ」としての仕事を続けて大丈夫だろうか?
それはオスマンがどこまで知っているのか、そして自分をどうするつもりなのかによる。あまりにも不確定要素が
大きい。
リスクがどの程度あるのか見当もつかない。
では逃げて、別の拠点に腰を据えて盗賊稼業を続けるか?
こちらのリスクはある程度は絞り込める。酒場娘と盗賊を兼業していたころとあまり変わりはない。
やはり逃げよう。
新しい拠点に落ち着くまではウェストウッドへの送金を行えなくなる。ひと稼ぎしてまとまった金を送ったら、
ただちに逃げるとしよう。
どこへ逃げる?
もちろん、安全な送金手段を確保できる場所でなくてはならない。トリステイン国内では「ミス・ロングビル」
が手配される危険性がある。
したがってトリステイン国外、それも余所者が目立ちにくい大都市だ。
ヴインドボナかリュティスのどちらかだろう。リュクサンブールも各国との往来が激しい都市だが、クルデンホルフは
トリステインと繋がりが強い国だ。
到着して目にするのが「ミス・ロングビル」の手配書と言うのではキツイ。
やはり二大国の首都のどちらかだ。
人口流入が激しいヴインドボナは余所者が目立ちにくい利点があり、ガリア王がマジックアイテムを買い集めて
いると評判のリュティスなら盗品転売の利益は大きいはずだ。
リスク回避から言えばヴインドボナか。
そこまで考えて、マチルダは重大な問題に気づいた。全身に冷や汗がどっと湧き出す。
もしオスマンがウェストウッドの子供たちのことまで知っていたら、私が逃げ出した後であの子たちはどうなる?
オスマンが何をどこまで知っているのか確認するか、あるいはオスマンとあの大猫を亡き者にするまでは逃げる
わけにはゆかない。
そのことに今まで気づかず逃げるつもりになるとは、「土くれのフーケ」ともあろうものがオスマンの言葉に
脅えていたようだ。
しっかりしなくては。
もうひとつ、オスマンとあの大猫を殺してから逃げると言う選択肢もあるが、それが可能ならこんなに混乱し悩んだり
はしない。
当面は、ブースター・スパイスなる長命不老の秘薬の情報を欲しがっているフリをしよう。
オスマンがミス・ロングビル=土くれのフーケと知っているにせよ、疑っているだけにせよ、逃げ出すよりは
ブースター・スパイスについて知りたがる方が自然に見えるはずだ。
実際、もし手に入れることが出来れば、あとは協力してくれる水のスクウェアメイジを見つければ大儲けも夢ではない。
盗賊稼業から足を洗うことさえ出来るだろう。
さきほど取り繕うつもりで問いを発したことは間違いではなかった。
とにかく、しばらくは様子をうかがうとしよう。
勢い良くドアを開けると、使用人のシエスタがトレーを手にして立っていた。拍子抜けしたルイズは、自分が
オレンジ色の巨体を期待していたことに気づいて顔をしかめた。
どうやら本当に、あの生きたヌイグルミに懐いてしまっているらしい。
「あ、あの、ミス・ヴァリエール?」
シエスタの不安げな様子に気づいて表情を取り繕う。
「えーっと、シエスタだったわね。あなたには処分は無いから安心なさい」
「お礼とお詫びを申し上げます。私などのために、ミス・ヴァリエールが謹慎処分など……」
「勘違いしないように。私はギーシュをたしなめただけで、あなたを助けたわけじゃないのよ」
「は、はい。お許しください」
「怒ってるわけじゃないから。用件はそれだけ?謹慎中だから、あまり人とお話するわけには行かないのよ」
「パイがお好きとお聞きしましたので、急いで焼いてまいりました」
ルイズは表情を輝かせ、急いでシエスタを部屋に招き入れると念のために廊下を見渡した。謹慎中の身で
お菓子の差し入れを受けるなど、寮監にでも知れたら困ったことになる。
午後の授業中とあって寮塔は静かで、どうやら誰にも見られずに済んだようだ。ドアに施錠する。
配膳を始めたシエスタの表情は依然として固いまま。
この使用人はこれまでにも何度かシーツの交換などにこの部屋に来たことがあるが、こんなに固い表情はして
いなかったはずだ。
自分とギーシュの決闘や処分についてまだ気にしているのだろう。
こういう場合、何を命じればよいのだろうか?
ルイズはあれこれと考えて見たが、シエスタが先に口を開いた。
「あれは……クジン人は危険な生き物です」
「!?何を知ってるの、シエスタ」
「私も曽祖父が遺した言葉を聞いているだけです……クジン人は、人間を殺します」
シエスタはパイを切り分けながら答えた。断面から蛙苺の真っ赤なソースが溢れ、ルイズは大好物を目にしながら
眉をしかめた。
「おやつの時にそういう話するのはどうかしら。第一、無意味よ」
「申し訳ありません。ですが……」
「ハミイーは私が公爵の娘だと言う事も、公爵と言う概念も理解してるわ。この国で公爵を敵に回す意味も理解してる。
私に危害を加えることなどありえないわよ」
ルイズはさらりと答えた。
なにしろ、当然のことなのだから。
同時に、さきほどから気にかかっていたことについて、少し考え直した。
そういえばハミイーも言っていた、クジンは人間の国と何度も戦争をしていると。
やはり猫の国クジンはこの大地のどこかにあって、シエスタの曽祖父はクジンと敵対する国からやってきた人なのだ。
他所の太陽を巡る惑星から人や物がやってきたなどと言う話は聞いたこともないが、遥か東方を意味する
ロバ・アル・カリイエ由来の物や人の話は時折は聞くし、そう称するものを目にしたこともある。
ここに居るシエスタの黒髪と黒い瞳も、そのひとつかもしれない。
「どうぞ」
小皿に切り分けられた蛙苺のパイを受け取る。
「ありがと。……ん、美味しい!」
満面の笑みを向けると、シエスタの顔が明るくなった。
「シエスタの曽祖父はロバ・アル・カリイエからいらしたの?珍しい髪の色ね」
「はい、曽祖父はノウンスペースと言っていたそうですけれど。この髪と瞳の色は曽祖父から受け継いだものです。
おかわりを召されますか?」
「お願い。……ロバ・アル・カリイエについて聞いても良いかしら?」
ルイズは少し考えてから尋ねた。
クジンはロバ・アル・カリイエの人間の国と接するどこかにあるのだろう。シエスタの曽祖父が遺した言葉とやらを
聞いておけば、ハミイーの話と整合あるいは追及できるはず。
ロバ・アル・カリイエの人は自分たちの住む地域をノウンスペース……「既知の領域」なる即物的な名前で呼んで
いるらしいことがわかった。
これだけでもかなりの収穫。
でも、あちらではハルケギニアをなんと呼んでいるのだろう?
西方?
アンノウンスペース?
「曽祖父は変わった人だったそうです。遺されている言葉も語られたそのままじゃなくて、良く判らない部分や、
本当とは思えないところを祖父や父が解釈したものです」
「それで構わないわよ。ありがと」
新しい小皿を受け取り、話の続きを待つ。
「……えーと……まず、ロバ・アル・カリイエにはいくつも国があります」
「ハルケギニアにもいくつも国があるものね」
「曽祖父が生まれた国はプラトーと言って、『あれを見ろ』山と言う大きな山の頂にある平原なんだそうです」
「そんな名前をつけるなんて、何か見た目に変わったところがある山なのかしら?」
「なんでも、山頂の面積はトリステインの倍くらいあるそうです」
ルイズはパイを取り落としそうになった。
「あはは、そんな山を見たら私だって叫ぶかもしれないわね、『あれを見ろ!』って」
何か心にひっかかるものがあったが、ルイズは続きを聞くことにした。
「プラトーは医術がすごく発達していて、手足を失うような大怪我でも必ず治せて、病気で死ぬ人も滅多に居ないんだ
そうで……」
「それほんと?!」
シエスタが身をすくめたのを見て、ルイズは自分が椅子から立ち上がって大声を出していたことに気づいた。
視線を落とす。大丈夫、パイは小皿の上に無事に着地している。
「は、はい……。昔は貴族が優先されていたそうですが、曽祖父の居たころは平民も高度な医術の恩恵を受けられて、
他の国からも治療を受けに来る人が多く居たとか。でも、サハラの向こうじゃ私たちにはどうにも出来ませんよね」
ルイズは腰を下ろした。
「あの……」
「ちょっと考えさせて」
少しの間、ルイズは上の空だった。体が弱いちい姉さまを、サハラを越える旅に連れ出せるはずがない。でも、
ロバ・アル・カリイエから医師を招くことはできないだろうか?
シエスタの曽祖父がやってきた例があるのだし、方法はあるはず。
「もう大丈夫。話の続きをきかせて」
「はい。ウィ・メイド・イットと言う国は夏と冬には強風が吹き荒れるせいで、街はみんな地下にあるんだそうです。
クジンとの最初の戦争で人間が勝利できたのは、ウィ・メイド・イットの人たちが外から来た行商人から優れた船を
買ったからだとか」
「つまり、ロバ・アル・カリイエよりさらに遠くにも国があるのね。でも、ウィ・メイド・イットって変わった名前の国ね」
「地下の街を作り上げたことを記念して名づけたそうです」
ルイズは想像してみた。
強風が吹き荒れると言うからには話に聞く砂漠のような国で、きっとサハラの東の端に面しているのだろう。
その街を作り上げるまではさぞ暮らしにくかったに違いない。
「ウンダーランドと言う国は何度かクジン人に占領されて、一度は他の国が結成した連合軍が大きな船を飛び込ませて、
住人ごとクジンの占領軍を吹き飛ばしたそうです。でも、今でも近くのティアマットと言う島にクジン人が住んでいるとか」
「……火の秘薬を満載した船を突入させたのね……」
想像して身震いした。
ロバ・アル・カリイエの国々は、戦争に勝つためには手段を選ばないらしい。
「曽祖父の言葉では、ラムシップと言う船をものすごい速さで飛び込ませて、何百リーグもある大きな穴を開けたそう
ですけど、実際にはミス・ヴァリエールがおっしゃるとおりだと思います」
「何百リーグは大げさだと思うけど、シエスタの曽祖父の言葉も正しいと思うわよ。ラムシップって言うのは、
たぶん敵の船にぶつけて沈めるための角が付いてる軍船だと思うわ。その角の名前がラムだからラムシップ。
港に突入する前に沈められないように、丈夫なラムシップに帆をいっぱいに張って、すごい速さで飛び込ませたのね」
「何十年も意味がわからずに伝えられてきた言葉の意味を教えていただけるなんて、ミス・ヴァリエールとお話できて
私は幸せです」
ルイズが以前に読んだ年鑑の記述を元に推測してみせると、シエスタは感心した様子だった。
ルイズはパイを食べ終わるまでロバ・アル・カリイエの話を聞き、続きは夕食時に聞くことにして下がらせた。
筆記用具を取り出し、聞いた話を整理してゆく。
催眠術を使う奇妙な生き物が住むダウンと言う国は砂漠が広がっているが、気候そのものは穏やかだという。
ホームと言う国では、一時は住民全員が鎧をまとって暮らしていたらしい。
東西ふたつに分かたれた国であるジンクス国には、筋骨隆々の人々と巨獣バンダースナッチが暮らしている。
馬車を一呑みする巨大な鳥、ロック鳥が住む国マーグレイヴ。
シルヴァレイズのヒマワリは花があるべきところに鏡があって、その群落に日中に近づいた者は光を浴びせられて
焼き払われてしまうと言う。
ウンダーランドで建造された条約締結装置と言う機械のおかげで人が住めるようになったと言う、キャニヨン。
そして、チキューに住む人々は平地人と呼ばれる。
ハミイーはチキューに赴任していたことがあるらしいが、その国は平原にあるらしいと判った。
「ふう。これをシエスタに読み聞かせれば、確認できるわね。ハミイーには、とりあえず伏せておきましょう」
紙束を仕舞い込み、ルイズはもう一度ベッドに寝転んだ。
シエスタから話を聞いたことを伏せたままで、ハミイーに「人類の領地の惑星」について聞いてみよう。
たぶん、ロバ・アル・カリイエの国々を別の惑星と称して説明するだろう。
だが、シエスタに説明を聞いたときから何かひっかかるものがある。
それが何なのか、ルイズには判らなかった。
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