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#navi(ゼロのロリカード)
少女の背丈よりも遥かに大きい88mm砲、それをさながら棒っきれを振り回すが如く。
空を疾駆し、撃ち放ち、撃墜していく、高機動空中砲台アーカード。
時に寄ってくる竜騎兵を、88mmで豪快に殴り飛ばしながら。
ガンダールヴの効果も相まって、100%中の100%といった精度で目標を射抜き粉砕していく。
ウォルターとヨルムンガントに対して使い過ぎた所為もあってか。
いつしか砲弾も切れて役立たずとなった鉄塊を、ワインドアップで手近な艦へと投げ付ける。
砲身から88mm砲は突き刺さり、叩き込まれた敵艦は一気に傾く。
無手となったアーカードはジャッカルとカスール銃へと持ち替え、傾いた艦へと追い討ちを掛けた。
後はいつかのタルブと同じ。贄に対して暴虐の限りを尽くした餐。
時折思い出したかのように竜騎兵を撃ち落としながら、敵戦力を削ぎ落としていく。
転々と艦を乗り換えていく、少女の形をした禍々しき『悪魔』。
天災と言っても差し支えないほどの黒禍は、何者であっても止めることなど出来ない。
狂喜に笑いながら、例外なく眼前の敵を討ち滅ぼしていく――――――。
ウォルターは天高く糸を伸ばす。
加速度を持った鋼線は、易々と敵艦の装甲を裂き破る。
艦に引っ掛けたのを手応えから感じると、次に拳を握って思い切り糸を引き込んだ。
ウォルターの体は勢いよく宙に浮くと、そのまま糸に導かれるように艦へと乗り込む。
アーカードの砲撃に巻き込まれないよう、敵艦を注意して選びながら沈めていく。
敵兵の抵抗を歯牙に掛けず、ただひたすら死へと誘い続ける『死神』。
その姿を見れば最後。敵であると認識した時には既に遅い。
詠唱する暇も、武器を抜く暇すらも与えられず、一瞬にして細切れの肉塊と化す。
化物な上に、ガンダールヴの効果まで上乗せされたアーカードの強さには及ぶべくもない。
だがそれでも戦果に於いては負けていない。糸の斬撃は大人数を相手にしても一瞬で屠っていく。
戦場に舞う、悪魔と死神。僅か二人の戦力は、ガリアのそれを上回る――――――。
◇
アーカードによって開戦の号砲が鳴らされ、オストラント号は空を駆ける。
いくらオストラント号が速いと言っても、元々の艦隊差。ひいては兵の物量差がある。
艦を、騎兵を、砲を切り抜け・・・・・・ジョゼフらの乗ったフリゲート艦まで近付くのは容易ではない。
アーカードの精密な支援砲撃もいつしか終わる。
砲弾切れは当然、その後はルイズがオストラント号の進行を支援する。
大小を撃ち分けるエクスプロージョンによって、敵艦や竜騎兵を吹き飛ばしていく。
それでも漏れた敵は、キュルケや他のメイジたちがフォローしてくれた。
ここに来て、ルイズは『無想』の境地を体現していた。
案外自分は実戦向きなのかも知れないと、心のどこかで思う。
感情が魔力となり、魔力のうねりが体中を駆け巡り、巡った力は安定して魔法となって放たれる。
頭は冷静に状況を把握し、的確に優先目標を判断。
詠唱が流れるように紡がれ、爆発は敵を殺傷することなく無力化し、船の針路を開いていく。
――――――そして、オストラント号はエンジンを点火すると一気に突き進む。
遂にはジョゼフ達の乗ったフリゲート艦を、その眼で捉える距離までに至った。
だがそこは同時に、敵陣の真っ只中でもある。オストラント号は味方艦隊から離れて孤立した状態。
より苛烈になる状況でいつまでも戦えるわけもない。
瞬間、タバサを乗せたシルフィードが飛んだ。
ルイズを拾うと、すぐさま急降下しながら加速する。
ルイズとタバサを送り出したオストラント号は、一転して離脱態勢に入った。
速度を上げたシルフィードは、上昇と旋回を繰り返しながらフリゲート艦へと近付く。
いよいよ以てジョゼフとビダーシャルを、その視界で見定める距離まで迫った。
「来たか・・・・・・」
ルイズとタバサにその声は届いていない。
しかし杖を構えたジョゼフのその言葉は、確かに聞こえた。
「ッッ!!?」
敵を炯々と見据えていたタバサの目が見開かれる。ジョゼフが杖を振っていた。
瞬く間に、目が眩まんばかりの光が目の前で膨れ上がる。
だが同時にルイズも、エクスプロージョンを放っていた。
二つの光の球は互いが互いを浸食し、相殺される。
「大丈夫、行って!!」
「シルフィード!!」
ルイズの言葉に反応し、タバサは使い魔の名前を叫ぶ。
それに呼応して、シルフィードはさらに一段速度を上げた。
二発目のエクスプロージョンをルイズは警戒していたが、それが放たれることはなかった。
――――――放つ必要が、なかったのだ。
シルフィードが甲板方向に突っ込んだその瞬間、最高速度であったその身は一気に減速した。
その手前の虚空で、空間に張られた壁のようなものに阻まれたのだった。
ルイズとタバサは慣性によって、二人揃って中空へと勢いよく放り出される。
シルフィードもそのまま弾かれた。
タバサは咄嗟にフライを唱える。
重力のくびきから解放されて空を飛ぶタバサは、すぐにルイズの姿を探した。
飛行の魔法が使えないルイズは、うつぶせに体を広げてマントをはためかせていた。
そのおかげか墜落による加速が抑えられ、呆気なく見つけて追いつくことが出来た。
タバサはルイズの手を取りそのまま飛行する。
落下速度を抑えながら飛行していると、シルフィードがすぐにやってきて、二人は再度その背に乗った。
「あ゛~~~、集中切れたわ・・・・・・」
ルイズが呻く。
「カウンターなのね!あれじゃ近付けないのね!!」
シルフィードが叫ぶ。
「・・・・・・」
タバサは黙ったまま、ひたすらに高速で思考を回転させる。
非常にまずい状況と言わざるをえない。
シルフィードに言われずとも、タバサもルイズもカウンターを実際に目にしたことがある。
大気に張るように展開する見えない壁が、カウンターによるものだということはすぐにわかった。
先住の『反射』と虚無の『爆発』。その二つの併せ技は、凶悪極まりなかった。
ルイズがカウンターに対してディスペルを使おうとすれば、ジョゼフがその隙にエクスプロージョンを放つ。
しかしジョゼフのエクスプロージョンを相殺してしまうと、今度はディスペルが唱えられずカウンターが邪魔をする。
両方を同時に対処出来ない以上、フリゲート艦に乗り込むことが出来ない。
先住を無効化出来るのは虚無だけであり、虚無を相殺出来るのも虚無だけ。
――――――ここは諦めて、アーカードを待つべきか。
ここで無理しても、勝ち目は薄い。
結局全てをアーカードに任せてしまうのかと思うと、悔しい気持ちになる。
或いは、エクスプロージョンでフリゲート艦を丸ごと包んで墜落させる。
とはいえ当然ジョゼフも対抗してくるだろうから、実際にどうなるかは未知数。
それに仮に成功したとしても、地上でジョゼフと戦うということは・・・・・・――――――。
「シルフィード、お願い。もう一度飛んで」
ルイズのその言葉に、タバサはルイズを見やった。
するとルイズは微笑んで、頼もしく告げる。
「私の剣に解除をかけるわ。その上でエクスプロージョンで相殺しながら、反射を切り裂いてみせる。
それでとりあえずは突破出来る筈よ。だからタバサは私の空けた反射の穴を、正確に通ってきて欲しいの」
ルイズの提案、フリゲート艦に乗り込む為の唯一とも言える突破口。しかし――――――。
「・・・・・・危険」
「百も承知よ」
「反射を突破してもエルフがいる」
「あなたが来るまで、何とか踏みとどまるわ」
タバサは考える。そしてすぐさま言い切った。
「ここは退く」
「どうして!?」
ジョゼフとルイズは互いに相殺し合い、次に詠唱するまで間が出来る。
だが、エルフは反射と同時に別の先住魔法を行使可能で、虚無の担い手を相手にして容赦するとは思えない。
そしてジョゼフにも『加速』がある。恐らくは一度使えば一定時間は効果が続く"かけ捨て"のタイプ。
突破して着地した瞬間に、ビダーシャルとジョゼフの二人から同時に強襲を受ける可能性も考えられる。
ルイズ一人を、そんな危険に晒すわけにはいかなかった。
またルイズのエクスプロージョンによって、艦を墜落させた後に戦った場合は勝ち目が薄過ぎる。
諸々鑑みて状況を考えれば、ここは口惜しいが退却の一手を選ぶしかない。
「・・・・・・確かに、危険かも知れないけど」
食い下がろうとするルイズにタバサは危険を諭す。
ルイズは苦虫を噛み潰したような顔になり、渋々納得する。
ルイズ自身、己のことだから強硬したくなるが、逆の立場だったらタバサを止めるだろう。
「ちょっと二人とも!!すっごいヤバいのね!!!」
飛行を続け、もう一度フリゲート艦を特攻圏内に捉えた時、シルフィードが叫んだ。
ルイズとタバサの目に映ったのは、フリゲート艦の周囲に展開した相当数の竜騎兵。
竜騎兵達は、すぐにシルフィードの存在に気付き、隊伍を組んで近付いてくる。
否・・・・・・それだけではなく、旗艦から出撃した竜騎兵が、続々とシルフィード達を囲い始めていた。
「・・・・・・再挑戦はおろか、退却も難しくなったわね」
認めたくない現実、眼前に広がる光景。ルイズの言葉には大きな溜息と焦燥が感じられた。
先行してくる風竜に乗ったメイジの放つ魔法が、シルフィードと背に乗った二人を襲う。
ルイズは即座にエクスプロージョンで応戦する。
シルフィードは高速で飛びながら、ルイズが敵竜騎兵の追撃に対応する。
しかし絶対的に敵の数が圧倒的に多く、いつまでもルイズの魔法で保てるものではない。
タバサは冷静に・・・・・・展開している竜騎兵の穴を探す。
そして見つける。僅かに一角、逃れられそうな間隙を。
「シルフィード!!」
タバサはシルフィードを誘導し、シルフィードはとにかく必死に全速力で飛ぶ。
続く追撃をルイズはいなし続け、見えていたフリゲート艦はどんどん離れていった。
「くっ・・・・・・」
ルイズに冷や汗が流れる。
敵の数が多すぎる。成体の風竜はシルフィードよりも速い。
迎撃しつつも、追撃はどんどん厳しくなっていった。
(一発大きいのを放って・・・・・・)
自分達ごと巨大なエクスプロージョンで包み、その間に離脱する隙を作る。
タルブの時のように、任意に標的を指定すればそれも不可能ではない。
だがそれだけの規模の爆発を放つ為には、相応の詠唱する時間が必要だった。
とはいえ、このままではジリ貧なのは目に見えている。
「タバサ――――――」
ルイズがタバサに詠唱の為の時間稼ぎを頼もうとした瞬間、浮遊感を味わう。
シルフィードがいきなり急降下していたのだった。
そして陽光を遮った影につられて真上を見ると、一体の火竜騎兵が視界に入った。
完全な奇襲だった。いや・・・・・・敵竜騎兵隊によって、誘導されていたのかも知れない。
シルフィードがとった回避行動も既に遅し。
タバサはかつて巨大な火竜のブレス攻撃をも防いだジャベリンを唱え始める。
しかしルイズの爆発も、タバサの氷槍も、詠唱は到底間に合わない・・・・・・。
火竜が大きく開けた口腔から、赤色が見える。
ブレス攻撃。炎の息は自分達を難なく燃やし尽くすだろう。
そう、頭のどこかで思いながら・・・・・・死を覚悟するでもなく。
耐え凌ぎ、生き抜いてやろうと体を強張らせた瞬間・・・・・・眼前は熱によって包まれた――――――。
◇
互いに振りかぶった拳が衝突する。
骨の軋んだ音が、腕の先端から体に伝わりジャックは顔を歪める。
次の瞬間には、衝撃に逆らわずに飛び退いていた。
「ッ・・・・・・ふゥ、なるほどねえ。ガチンコじゃ分が悪いかね」
たった一撃、だがその一撃のみで相手の力量の一端が垣間見れた。されど底はまだまだ見えない。
関節各部に仕込んだ先住の効果によって、ジャックの身体能力は人の域を超えている。
右上半身に『硬化』をかけ、拳を鋼鉄に変え、渾身のストレートを放ったにも拘わらず打ち負けた。
もしも僅かにでもタイミングがズレて生身のままに打ち合っていれば、腕など粉々に吹き飛んでいたことだろう。
(勢い込んで相手しようとしたものの・・・・・・コイツァ骨が折れるってレベルじゃねえな)
ジャックが杖を構えると同時に、大尉は腰のものを引き抜く。
銃身が不必要と思える程に長いメーターマウザーを両手に持ち、そのまま連続して引き鉄を引いた。
ジャックは弾丸の掃射を一身に浴びる。普通であれば、それで蜂の巣になって終わり。
しかし驚くべきことに、ジャックは詠唱をしていた。
大尉はゆったりと首を傾け、抑揚のない瞳でジャックを見つめる。
この程度の銃撃にも対処出来ないようでは、相手にするまでもないと撃った。
そしてジャックは・・・・・・撃つ前に止めるでもなく。銃弾を躱すでもなく。魔法で防御するでもなく。
ただ受け止めたのだった。己の拳を受けて破壊されぬ肉体といい、闘うに値する強者。
常に微動だにしない大尉の心が震える。望むべく、強き人間との闘争。
「生憎と全身に硬化を掛ければ、これくらいはなんてこたあねえ」
弾丸は切れるほどに撃ち尽くされ、その間に長めの詠唱を終えたジャックはニヤリと唇の端を上げる。
「次はこっちの番だ」
卓抜した土メイジであるジャックが作り出した、恐るべき数の鉄の矢が一挙に大尉へと放たれた。
大尉はマウザーを放り投げると、ヴィットーリオの壁になる。
そのまま豪快に腕を振り回し、迫り来る矢を叩き落としていく。
無数の矢がひしゃげて地面に落ちる中、ジャックは右斜め前方向へ跳んでいた。
同時に手に持ったナイフを全力で投擲する。
――――――狙いはヴィットーリオ。
目下の障害として大尉を倒すのはかなりきつく、生け捕りは尚のこと困難。
故にさっさとヴィットーリオを殺す。大尉を無視して、本来の標的を狙う。
戦車砲が如き速度と精度で投げ込まれたナイフは、ヴィットーリオの眼前数サントというところで止まった。
次いで舞い上がった土片が、鉄の矢と共に落下する。
大尉はジャックの意図をしっかりと見抜き、とてつもない加速を持ったナイフにも反応していた。
瞬間的に地面を蹴り上げた風圧と土砂で、矢の勢いを完全に殺す。
同時に左手を出して、主人であるヴィットーリオに迫ったナイフを掴んでいた。
「ヒュウ~♪さすが」
その見事な手際に、ジャックは思わず口笛を鳴らす。止められたことによる驚愕や焦燥は無かった。
ヴィットーリオはただただ呆然とし、大尉はそのままナイフを握り潰した。
――――――と、大尉は握ったことで傷ついた己の左手を見つめる。
「・・・・・・執事さんが言ってた通り、やはり銀が効くんだな」
ジャックがほくそ笑むように言った。
ジャックは錬金で作った鉄の矢とは別に、予め作っていた銀のナイフを投擲していた。
ヴィットーリオに当たれば任務はそれで達成されて御の字。
仮に止められても、狼男である大尉にダメージが通る。
「体を張って止めたりしてくれれば、こっちとしても楽だったんだがなあ」
偽らざる本音であった。正直ここまで強いとは思っていなかった。常備していた銀武器は、投げた一本のみ。
心臓にでも当たってくれていれば、それで決着はついた。
普通の攻撃では、大尉を殺すことはおろか傷一つつけることも出来ない。
ダミアン兄さんにも、ドゥドゥーとジャネットにも、目の前の化物は倒せない。
土メイジたる自分が大尉を相手に一番効率良く立ち回れ、最も勝てる可能性が高い。
だからこそ、一番面倒なロマリアの担当は自分だった。
(しっかし、銀を錬金するのはちと面倒だな・・・・・・)
ジャックはナイフを投擲していた間に、完成させていた呪文を開放する。
すると周囲の土が盛り上がり、十数体に及ぶゴーレムが作り出された。
新たに銀を作る為の詠唱を稼ぐ為に、単純に物量で押す。
主人であるヴィットーリオを守らねばならぬ以上、それで時間を稼げる。
単に魔法で目くらましをするよりも確実。その間にジャックは細かい銀粒を錬金で作り始めた。
避ける隙間もないほどの銀をおみまいする。効率的に銀を生成し、尚且つ相手に効果的な攻め。
一体一体が、先住によって強化されたジャック並の動きでゴーレム達は襲い掛かる。
半分は大尉を足止めるように、そしてもう半分はヴィットーリオを狙うように動く。
大尉の蹴りの一薙ぎで、一瞬にして最前衛のゴーレムが三体ほど吹き飛ぶ。
大尉に焦りの色はまるで見られず、工程の決められた作業のように、淡々と迎え討ち破壊し尽くす。
護衛する以上その場を離れられないものの、迫り来るゴーレムを歯牙にかけない強さ。
最後の一体を粉々にした瞬間を待ち構えていたように、ジャックは振りかぶって手の中の物を投げた。
細かい銀の散弾は、ショットガン顔負けの速度で放たれる。回避する隙間のない面攻撃。
大尉は鉄の矢を弾いた時のように、またも地面を蹴り上げた。
散弾は呆気なく土片に阻まれ、その役目を終える。
(それは一度見たし、読んでいた・・・・・・)
心の中でジャックは勝ちを確信する。予想していた内の対応の一つ。
中空を舞う散弾と土と埃。それに紛れ、身を隠すようにジャックは飛び込んでいた。
次いでジャックの右の手刀が、大尉の体に突き込まれる。
パワーも、スピードも、反応も、全てが常軌を逸した怪物。
なれば、見えぬところから攻撃すればいい。銀の散弾に意を向けさせ、その間隙を狙う。
大尉の眼から逃れ、意識の外から突き出した、その手を銀に変えた手刀。
それで心臓を貫いて終わり――――――。
「ぬッ・・・・・・」
その時、ジャックの顔が苦悶に歪む。貫いた手応えを感じない。
視界が晴れて見えたのは、大尉に掴まれて・・・・・・無残に折れる己の右手首。
そして結果は――――――僅かに胸の薄皮のみを裂いただけ。
(この状況でも反応したってのかよッ!!?)
ジャックを掴んだまま、大尉は左膝蹴りを打ち込んだ。
咄嗟にジャックは折れた右手首を無視して肘を折り曲げ、右膝も同時に曲げる。
全身に硬化を掛け、左足で大地を踏みしめ、大尉の蹴り足を挟むようにそれをガードした。
しかし大尉が繰り出した蹴りは、尋常ならざる威力で以てジャックの防御を突き抜ける。
躯の芯まで響き通る衝撃に、ジャックの肺から息が漏れる。
ジャックの気負いは空しく、蹴り飛ばされた衝撃で十数メイルほどバウンドしてからようやく止まった。
「ックソ・・・・・・」
天を仰ぐように倒れたまま、ジャックは誰にともなく毒づく。
(だめだ・・・・・・強過ぎる・・・・・・)
ジョゼフの戯れの提案で、ウォルターと勝負をした時のことを思い出す。
ウォルターに勝てば、ジョゼフは好きなだけ褒美をやると言った。
意気込んでいたドゥドゥーを差し置いて、自分が最初に挑んだ。
結果は負け。ジョゼフの遊びに付き合わされただけなのだと、残った三人は戦わなかった。
(あぁ・・・・・・あの執事さんより、コイツは強ぇんじゃねえのか)
付け入る隙というものがまるで存在しない。ヴィットーリオを守りつつも驚愕の強さ。
ウォルター相手であれば、腕の一本や二本を惜しまなければ、その代わりに命を獲るくらいの気概はある。
それほど己の強さに自負はあったが・・・・・・その自分が、遥か及ばぬ高みにいる"存在"。
吸血鬼、竜、エルフ・・・・・・ハルケギニアのどんな化物よりも、恐るべき化物の"人狼"
安易に勝てるなどと、微塵にでも思ったことすらおこがましい。
「銀があれば倒せる」などと、任務前に軽く言ったあの若い執事を恨みたくなる。
舌打ちをし、意識を何とか繋ぎ止めながら顔を上げたジャックが見たものは、さらに驚くべきものだった。
大尉の顔半分が動物の毛に覆われ、瞳の色は兇暴さを色濃く見せている
口を大きく開け、牙を剥き出しにし、威嚇するように見据えている。
まずいと思って詠唱を始める。その間に大尉の体は膨れ上がり、巨大な狼の姿へと変貌していた。
狼はジャックを睨み据える。それは獲物を狙う肉食獣のそれ。
ジャックが一瞬早く魔法によって、壁を作り出した。
縦に高く、横に広く、奥に厚く。分厚く巨大な土壁はそのまま鋼板と変わる。
四足獣の突進。
恐らくはそれが大尉とやらの全力。
何者も触れられぬ霧と化して加速し、衝突の瞬間に実体化する。
その運動エネルギーたるやどれほどのものか。
あの大きな顎に噛み砕かれぬものなど存在し得ないのではないか。
鋼壁は容易く打ち破られ、余波だけでジャックの巨体は軽々と吹き飛ぶ。
巨狼はそのままジャックまで追い縋り、空を仰いでいるジャックの体の真上で人型へと戻る。
同時に大尉はジャックを地面に固定でもするのかと思うほどの勢いで、鎖骨を踏み蹴り抜いた。
そして地面にめり込んで動かなくなったジャックの肉体から、飛び退いて踵を返す。
・・・・・・もはや、ジャックという人間に指一本動かすだけの余力すら無い。
攻撃の手応えから、もはやトドメを刺すまでもなく死ぬことがわかる。
強い人間ではあったが、自分を打ち倒してくれるほどではなかった。
大尉は想い続ける。己を打ち倒してくれる人間を待ち望む。
それが化物である自分の本懐。戦争犬としての在り方。理想的な最後。
("本物の化物"か・・・・・・)
奇跡的に残った意識で、ジャックは己のすべきことを導き出していた。
もはや勝ちの目はない。否、最初から可能性などゼロだったのだろう。
このままでは時を経ずして死ぬ。ジャネットがいれば治せるだろうものの、生憎と今は孤立無援。
だが・・・・・・生憎と無駄死には御免だった。
(ダミアン兄さんの夢の為にも・・・・・・)
もしここで自分が任務を成功させれば、それで報酬は貰える。
仮に他の三人が失敗しても、生きてさえいてくれれば、それで己が果たした分の報酬は貰える。
「あぁそうだ・・・・・・簡単なことだ。命と引き換えにすればいい」
ジャックはかすれた声で呟く。そして詠唱をする。
大尉が来る前にヴィットーリオを殺しておくべきだった。
それだったら今この場にあって、こんなにも気張らずに済んだ。もっと楽に済んだ。後悔しても遅い。
だが・・・・・・まだ終わっちゃいない。まだ・・・・・・間に合う、間に合わせる。
大尉はもはや振り向くことすらしない。
魔法を放つ余力など、残っていないと思っているのだろう。
(あぁ、最後の意地くらいは・・・・・・見せてやるさ)
精神が肉体を凌駕する。
致死のダメージを負って尚、ジャックは呪文を唱え続けた。
そしてジャックの決死の呪文は完成する。
錬金によってジャックの周囲の土が大量の火薬へと変えられた。
爆発すれば少なく見積もっても、大聖堂一帯は軽く吹き飛ぶであろうほどのもの。
あわよくば・・・・・・余った銀散弾が、爆発の勢いで以て大尉を貫き殺してくれるだろう。
大尉が嗅覚で火薬の匂いを感じ取って、ようやく視線を向ける。
人間の底力。既に死んでいる筈の躯に鞭を打ち、美事に果たしたジャックの魔法。
もう、遅い。大尉が己を殺すよりも早く次の魔法は唱えられる。
ジャックの笑みがこぼれ、発火の魔法が発動する。
瞬間、辺り一面の空間は光熱と音の衝撃に包まれた――――――。
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