「疾走する魔術師のパラベラム-03」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「疾走する魔術師のパラベラム-03」(2010/06/02 (水) 00:12:38) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
#navi(疾走する魔術師のパラベラム)
第三章 ゼロの牙
0
魔法/[Magic]――メイジが扱う技術。四つの系統があり、それぞれの得意分野が異なる。杖が無いと使えない。火、風、水、土の四系統から成り立つ。
P.V.F/[P.V.F]――《パラベラム》が精神から生み出す銃器。現時点ではエゴ・アームズとイド・アームズの二種類が確認されている。
1
翌朝、ルイズは目を覚ました。朝の気持ちのいい風が、昨日から開けたままだった窓から部屋に入り、カーテンを揺らしている。まだ強くはないキラキラとした雰囲気を感じさせる日差しが眩しい。
冷たく清潔な空気に満たされた部屋でルイズは目を覚ますことができた。
今はもう苦しみは無く、左手に感じた熱さも無い。
体を起こして、ゆっくりと深呼吸。吸って、吐いて。首をぐるりと半回転。コキコキと音が出る。変な体勢で一晩過ごしたために、体が硬い。立ち上がって、ため息を一つ。
体のどこにも問題は無い。脳も、いつも通り働いてくれている。
ルイズには《パラベラム》の素質があったようだ。
左手には、複雑な模様のルーンが刻まれている。
――『使い魔とメイジは一心同体』、文字通りそうなったわけだ。私は。
口元には自然と笑みが浮かんでいた。
もうルイズは無力ではない。確かな力を手に入れた。
何かが変わった。
漠然とした何かがルイズの胸にある。それは、確信、予感、前兆。どう表してもいいだろう。とにかくそんな何かがルイズにはあった。
もしかしたら、それは自信かもしれない。
右手を水平に伸ばす。ルーンの力か、やり方は頭に自然に浮かんでくる。
使い魔である錠剤を飲むことで手に入れた力、《P.V.F》。
意識を落ち着けて、武器をイメージ。
――うまく・・・・・・いって。
意識を集中し、ルイズは自身の《P.V.F》を展開――できなかった。
「ヴァリエール? あんた、いつまで寝てるのよ。急がないと朝食に間に合わないわよ」
部屋の扉をドンドンと強めにノックする音とともに、隣人であるキュルケの声がルイズの耳に伝わる。
集中力を乱されたルイズは、思わず手を下ろしため息をついた。
「わかっているわよ、ツェルプストー」
確かにそろそろ部屋を出なければ、朝食には間に合わない。
あまり食欲は沸かないが、学生であるルイズには当然、授業が午前からある。空腹で授業を受けるのは避けたい。
メイジの象徴でもある杖とマントを身に着け、ドアを開く。ルイズには魔法が使えないために部屋の鍵も『ロック』の魔法ではなく、平民と変わらない鍵をつかっていた。
ドアを開ければそこには当然、キュルケがいた。
キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。
ルイズの宿敵にして、隣人。
背はルイズよりも高く、スタイルも抜群。
顔立ちも整っており、男ならば是非隣にいて欲しいだろう。腰は無駄なくくびれており、胸は重力に逆らって大きく張り出している。褐色の肌はそれらを引き立て、豊かな赤毛とのコントラストは見事の一言に尽きる。
ルイズとはまるで対照的な女生徒。
ルイズは思わず視線を落とし、何にも遮られること無く見える自分の足を見てへこんだ。もちろん、精神的な意味で。泣きそうになった。
「――山脈のサラマンダーよ? 好事家に見せたら値段なんか・・・・・・って聞いてるの?」
キュルケの言葉に我に帰る。いつの間にかキュルケの隣には、大きな蜥蜴がいた。
サラマンダー。尻尾の先に炎を揺らめかせ、細かな鱗からは確かな熱気を感じる。赤く大きな体は、キュルケの髪の色と相まってお似合いだ。
はて? どこかで見た覚えがある。どこだったか?
「ツェルプストー、そのサラマンダーは?」
「・・・・・・やっぱり、私の話を聞いて無かったのね。せっかくフレイムを紹介してあげたのに」
「フレイム?」
「この子の名前よ。本当に話を聞いてなかったのね・・・・・・」
キュルケによしよしと撫でられ、フレイムは嬉しそうな鳴き声を上げる。
その様子を見て思い出した。このサラマンダーは昨日、キュルケが召喚したサラマンダーだ。
どうやらさっきしていた話というのは、要するに使い魔自慢だったらしい。
「素敵でしょう、私の属性にピッタリ」
「あんた、『火』属性だもんね」
キュルケは火のトライアングルメイジ。まだこの年齢でトライアングルというのは優れている証拠だ。使い魔がサラマンダーだというのも納得がいく。
「ええ、この『微熱』のキュルケに相応しいわ。ところであなたの使い魔は? なんでも植物を召喚したとか聞いたけれど?」
「植物じゃないわ」
「へぇ? じゃあ何を召喚したのよ?」
反射的に言い返してから、ルイズは自分のミスに気がついた。
――しまった。つい口を滑らせた。
あの錠剤もパラベラムの力も異端の力である。下手を打てば、先住魔法や異教扱いされ処刑されかねない。
どうやって誤魔化そうか。
「・・・・・・マジックアイテムよ。使ったメイジの才能を引き出す、ね」
「へぇ、『ゼロ』」にはピッタリじゃない。使い魔って、やっぱりメイジに合わせたものが召喚されるのね」
結局、嘘は付かずにある程度暈して喋った。
才能を引き出すというのは嘘ではない。メイジに限ったことではないが。錠剤を飲んでパラベラムになれるかどうかは、単純にパラベラムの素質があるかどうかっだ。才能に貴賎は無い。貴賎があるのならば、有力貴族の娘であるルイズに無いはずが無い。
「で? どうだったの?」
「何がよ?」
「『ゼロ』のルイズの才能よ。使ったんでしょ?」
そういってキュルケはルイズの左手を指す。そこには使い魔と一心同体となった証であるルーンが刻まれている。
ルイズは内心舌打ちしそうになる。キュルケに急かされて、自分の左手のルーンのことを忘れていた。
「・・・・・・まぁね」あとで手袋を嵌めよう。確か薄手のやつがあった筈だ。
「で、系統は?」
「・・・・・・ツェルプストーの人間に話す気は無いわ」
ルイズがそう言った途端、キュルケはあからさまに白けた顔した。やれやれといった様子で首を振る。その仕草がまるで小馬鹿にされているみたいで腹が立つ。
「呆れた。系統くらいは教えてくれてもいいじゃないの。どうせすぐにわかるんだし」
「・・・・・・はやく食堂に行きましょう。朝食に遅れると言ったのはあんたよ」
そう言うとルイズはキュルケとフレイムを避けて、食堂へ向けて歩き出す。キュルケはそんなルイズを見て、わざと聞こえるようにため息をついた。
そんな主人の様子を見て、フレイムが心配そうにキュルケを見上げる。キュルケはそんなフレイムをゆっくりと撫でてやる。
「・・・・・・土よ」
ルイズの姿がキュルケの視界から消えようかという頃に、ルイズの呟きがキュルケの耳に届いた。
それは先程のキュルケの問いに対する答え。呟いたルイズの耳は僅かに赤く染まっていた。
「まったく・・・・・・素直じゃないんだから」
ルイズの後ろ姿を追いかけながら、キュルケは苦笑交じりに呟いた。その呟きを聞いたのは傍らにいたフレイムだけであり、それを聞いたフレイムは楽しそうに喉を鳴らして返事をした。
2
食堂で豪勢な食事を、特に味わいもせずに淡々と口に運びながらルイズは今朝の出来事について考えていた。
ルイズは使い魔の力で、《パラベラム》となった。それは確かだ。
左手の甲に刻まれたルーンは確かにルイズに刻まれたものであり、ルイズが今こうやって思案に耽ることができるのもパラベラムの素質があったからだ。
邪魔が入ったせいで、自分の能力である《P.V.F》がどんなものなのかはまだ確認できていないが。ハルケギニアにおいて異端であるこの力を、知られればその日のうちにルイズはお尋ね者になるだろう。
パラベラムの力があれば、メイジや賞金稼ぎの追っ手を逃れるのはそう難しくはないだろうが、そもそも追われずに済むのが望ましい。
それにいざ、アカデミーなり、賞金稼ぎなりの追走から身を守るとなった場合、一人では無理がある。精神力を使うのは魔法と同じなので、しつこく追い回されることになれば先にスタミナが切れるのはこちらの方だ。
不利なのはこちら。味方はおらず、敵は世界。勝ち目などはなからあるわけがない。
今朝、キュルケに尋ねられた時は『マジック・アイテム』と誤魔化した。とりあえずはそれでいいだろう。
問題は《P.V.F》だ。
精神力は必要だが、杖は必要ない。ハルケギニアにおいてはまだまだ信頼性と攻撃力、その他諸々の弱点から軽視されている銃としての形を取る能力。ほかにもありとあらゆる事がこの世界では異質だ。
どうやって誤魔化すか。
この問題はパラベラムとなったルイズが一生頭を悩ませるものとなりそうだ。
――とりあえずは『才能を開花させるマジック・アイテム』とでもしようか?
そんなことを考えながらの朝食を済ませ、教室へと向かう。途中、手袋を取りに一度部屋に戻る。
部屋で今朝の続きをしようかとも思ったが、もうすぐ授業が始まってしまう。ルイズは渋々教室へ向かった。
今日の一時間目の授業は、ミス・シュヴルーズの『土』。内容は一年生の復習。退屈極まりない。
ルイズは魔法が使えない分、座学を含むあらゆる分野の努力を積み重ねている。事実、ルイズの座学の成績は学年でもトップクラスだ。
そんなルイズにとって、この授業は退屈で苦痛だった。
ルイズが教室に入ると、それまで雑談に興じていた同級生たちの視線がルイズに集まる。その瞳に浮かぶのは決して好意的な感情ではない。蔑み、嘲りといった『ゼロ』に向けられるものだ。
ルイズはそんな視線に注意を払うことなく、席についた。
「ズが召喚に成功し――って珍しい何かって聞いたぞ」「あな――らないの? なんで――つの種とか」「種? 種って――だ物とかの中に入っ――ロのルイ――」「でも――ベール先生が珍し――」「無い無――ってゼロだぞ? どう――ら拾って来――」
途切れ途切れではあるが、耳に会話が入ってくる。
内容は嘲笑の類。いつもと変わらないルイズの心を傷つける言葉。憎悪や悪意が込められたのはほんの僅かで、ほとんどは学院で過ごす中での退屈凌ぎ。今日は使い魔について、だ。
彼らのそんな話を聞いてしまっても、ルイズは特に行動は起こさない。
話題の中心となる『使い魔』は決して無能などではない。『ゼロ』ではない。
――私はもう『ゼロ』じゃない。
ルイズが自分の力に考えを巡らせようとしたところで、鐘の音が鳴り教室に中年の女性が入ってきた。紫を基調とした服に身を包み、頭には帽子を載せたこの女性がシュヴールズである。
「はいはい、お喋りの時間はもう終わりですよ。席についてください」
話す内容は平民などと大して変わりはしない生徒たちも、シュヴールズに従いすぐに口を閉じて席につく。
その様子に満足したのか、シュヴールズはうんうんと頷くような仕草をしながら教壇につく。
「皆さん。春の使い魔召喚は大成功のようですわね。 このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔達を見るのがとても楽しみなのですよ」
シュヴールズの言葉を聞き、何人かがクスクスと忍び笑いを漏らす。
「ゼロのルイズ! 植木鉢はどうしたんだ? せっかく召喚できたんだ、傍においてやれよ!」
一人のお調子者の発言で、今まで抑えるようだった笑いが大きくなり質が変わる。太り気味の風のメイジ、マリコルヌ。
思わずカチンと来た。
「風邪っぴきは黙ってなさい。せいぜい食べ物を離さないようにしなさい。焼き鳥にされたんじゃ使い魔が可哀相だわ」
今度はルイズの発言を聞き、何人かが笑い声を漏らした。思わぬ反撃を受けたマリコルヌは顔を上気させてどなりつける。
「風邪っぴきだと!? 僕は『風上』のマリコルヌだ! ミス・シュヴールズ、ゼロのルイズが僕を侮辱しました!」
顔を真っ赤にしたマリコルヌが椅子から立ち上がり、ルイズを睨み付ける。ルイズはその視線を真正面から受け止める。
「ミス・ヴァリエール。ミスタ・グランドプレ」
お互いの手が今にも杖に伸びようかという雰囲気の中で、緊張を破ったのは教師であるシュヴールズであった。
「みっともない口論はおやめなさい。学友を侮辱するものではありませんよ」
シュヴールズの言葉で、頭に上っていた血が冷えたルイズは素直に席についた。ここで教師に逆らっても何の得もない。
マリコルヌの方は一瞬怯んだが、口を閉じることはない。
「ミセス・シュヴルーズ! 僕の風邪っぴきはただの中傷ですが、ルイズのゼロは事実です!」
その言葉を火種に、また嘲笑がルイズに向けられる。
自分の注意の効果が薄かったことを理解したシュヴールズは、ため息をつきながら杖を取り出した。小声でルーンを唱えながら、小ぶりの杖を振る。するとマリコルヌとルイズの事を笑っていた生徒たちの口に赤土が詰められた。
「あなた達はその格好で授業を受けなさい」
口の中を粘土で満たされた生徒たちを見回し、静かになったのを確認すると気を取り直すように咳払いをしたシュヴールズは中断されていた授業を再開する。
3
「さて、私の二つ名は『赤土』。赤土のシュヴールズです。『土』系統の魔法をこれから一年、皆さんに講義します。魔法の四大系統はご存知ですね? ・・・・・・ミス・タバサ?」
教室の隅で静かに本を読んでいた青い髪をした眼鏡の生徒は、本から僅かに顔を上げて教師の問いかけに短い答えを返す。
「『水』『風』『火』『土』の四つ」
それだけを素っ気無く答えると、また本に視線を戻してしまった。
シュヴールズはそんな態度に僅かに眉を顰めたが、特に何も言わずに授業を続ける。
「そのとおり。今は失われた『虚無』を加えて全部で五つの系統。今は使うものがいなくなった虚無を除いて、四大系統と呼ばれているのは皆さんもご存知ですね。私はこの中でも『土』の系と――」
――やっぱり退屈だわ。
メイジなら誰でもが知っている常識の復習に、土贔屓の授業。自分の系統に誇りを持つのは当然だが、そんな授業は退屈だ。
系統魔法は適正があり、人によっては特定の系統の魔法を全く使えない、というメイジも珍しくない。現に土を苦手をする何人かは既に集中力が切れている。
ルイズも自分の知っている知識をなぞる授業に意識を向けることをやめて、《パラベラム》について考えを巡らせることにした。
使い魔の錠剤に関しては『マジック・アイテム』で構わないだろう。
本来、召喚の儀式では生物以外は呼び出されることは無いが、ルイズは『ゼロ』だ。
多少のイレギュラーは不本意だが、これで誤魔化す事ができるだろう。
何かを作り出す、という点では土系統に似ているから――
「――リエール!」
「は、はい!」
「ミス・ヴァリエール、授業に集中しなさい。授業を聞く必要が無いというのでしたら、あなたにやってもらいましょう」
ルイズは舌打ちをしそうになるのを堪えた。たまたま考え事をしているのをシュヴールズに見咎められたらしい。
シュヴールズの前にはピカピカと光を反射する鉱石が置いてある。金色に光るそれは一見すると黄金のようにも見えるが、黄金はスクエアクラスでも錬金するのは一苦労のだから、おそらくあれは黄鉄鉱や真鍮の類だろう。
どうやら錬金をやってみせたようだ。
「この石を何でも好きなものに錬金してみてください」
シュヴールズは石ころを取り出し、静かに机の上に置いた。
――ちょうどいいわ。試したいこともあるしね。
「わかりました」
「先生、やめておいた方が・・・・・・」
ルイズが机に向かおうとするのをたまたま近くに座っていたモンモランシーと呼ばれる少女が止める。
「どうしてですか?」
「危険です」
不思議そうな表情を浮かべるシュヴールズと違い、モンモンランシーの顔には焦りと恐怖の色が浮かんでいる。
「危険? どうしてですか?」
「先生は、ルイズを教えるのは初めてでしたよね?」
「ええ。でも彼女が努力家ということも聞いてます」
どうやらシュヴールズはルイズの魔法が爆発するという事を知らないらしい。誰も彼女に教えなかったのか、それとも誰もが知っていると思っていたのか。どちらにしてもいつものルイズならば爆風に巻き込まれて医務室行きだっただろう。
「さ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。失敗を恐れていては、何も始まりませんよ?」
「ルイズ、やめて」モンモランシーが蒼白になった顔で止めようとするが、ルイズは取り合わない。
リラックスした様子で机まで歩み寄って杖を取り出た。
ルイズがシュヴールズの隣に立つと、シュヴールズが微笑みかける。
「いいですか、ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を強く、心に思い浮かべるのです」
「ええ、わかりました」
だが、ルイズには何かを錬金するつもりなんてさらさら無い。
ルイズが魔法を使うのは、もう避けられないと悟ったほかの生徒たちが我先にと机の影に隠れる。ただ一人、机に隠れなかった生徒がいたが、ルイズが彼女に気づくことは無かった。
杖を軽く握り、ルーンを唱え振る。
ルイズの詠唱をする声を聞いた生徒の間に緊張が走る。
石ころが一瞬閃光に包まれ、爆音を教室に響かせる。
そして爆風に煽られたルイズとシュヴールズは、仲良く後ろに倒れこんだ。
予想外の出来事にシュヴールズは目を丸くして驚き、机の影で怯えていた生徒たちは不思議に思う。
「・・・・・・いつものより、小さくないか?」
普段ならばシュヴールズもルイズも纏めて、教室の壁に叩きつけるほどのできる爆風を起こすルイズの失敗魔法の規模が明らかに小さい。
「これが・・・・・・あなたの、その・・・・・・『失敗』ですか?」
「ええ、これが私の魔法です。ミス・シュヴールズ」
これ以上、何も起きない事を確認して恐る恐るといった様子で机から頭を出す生徒たちが見たのは、綺麗に机の上にできた丸い焦げ跡だけだった。
爆風により机上に置いてあった私物などが吹き飛び、嵐が通ったあとのようにはなっていたがいつもよりも明らかに被害は少ない。
いつもなら爆発によっていくつかの机がダメになるのだ。
生徒たちは不思議に思いながらも、今回の爆発の規模が小さかったことに安堵の表情を浮かべる。
――上手くいった。
ルイズは心の中で微笑みを浮かべる。
この錬金の魔法でルイズが望んだことは『爆発の制御』。
《パラベラム》となった今、ルイズが魔法に拘る理由は随分と少なくなった。
もちろん、今でも魔法には憧れを抱いているし、使いたいとも思っている。しかし、ルイズにはもう焦る必要は無い。
魔法が貴族を支えている最大の理由たる『力』、それをルイズは手に入れた。
ならば次に必要なのは自身という戦力の把握。その上でルイズの『爆発』は大きなウエイトを占める。
威力。命中精度。射程距離。連射性能。消費する精神力。この『爆発』はどれだけの戦力を秘めているのか。
今までは成功させることに必死で、バカスカと闇雲に撃つだけだったが、この『爆発』は戦力として見るならば中々のものだ。
詠唱は短く、威力は莫大。精神力の消耗も桁違いに少ない。込めた魔力によって爆発の規模もある程度操作できることもこれでわかった。
どんな詠唱でも爆発が起きるために、攪乱などの効果も期待できる。
何よりもこの『爆発』は『相手が知らない攻撃手段』である。対処は難しく、回避も反撃も容易ではない。
確かめることはまだ山積みだが、少なくてもこの『失敗魔法』は使える。
「・・・・・・授業は中止です。教室がこの状況では仕方がありません。ミス・ヴァリエール」
しばらく顔を顰めて頭を抱えていたシュヴールズだったが、ようやく現状を把握したらしい。
シュヴールズは、肝心な事を教えてくれなかった同僚たちを恨みでもしているのか、苛立った表情で服のしわを伸ばしながらこの状況を何とか収めようとする。
「なんでしょう、ミス・シュヴールズ」
「あなたに責任の全てがあるわけではありませんが、あなたの魔法が原因なのは確かです。よってこの部屋の後片付けを命じます」
ルイズは若干、嫌そうな顔を浮かべたが教師の言うことだ。従うしかない。それにルイズにはこうなることがわかっていたが、やめようとはしなかったので非が無いわけではない。
「しかし、ミス・モンモランシの忠告を聞かなかった私にも非はあります。あとでメイドを一人、手配しておきます。昼までに終わらないようであれば、残りはメイドに任せなさい」
――一人なら《P.V.F》を展開できたのに。
そんな事を思いながら、ルイズは表面上は素直に頷いて見せた。
だが、この教室を一人で片付けるのは骨が折れそうだ。素直に喜ぶべきかもしれない。
教室を出て行く同級生を眺めながらルイズは、自分の力の有り方に考えを巡らせていた。
#navi(疾走する魔術師のパラベラム)
-[[トップページへ戻る>トップページ]]
#navi(疾走する魔術師のパラベラム)
第三章 ゼロの牙
0
魔法/[Magic]――メイジが扱う技術。四つの系統があり、それぞれの得意分野が異なる。杖が無いと使えない。火、風、水、土の四系統から成り立つ。
P.V.F/[P.V.F]――《パラベラム》が精神から生み出す銃器。現時点ではエゴ・アームズとイド・アームズの二種類が確認されている。
1
翌朝、ルイズは目を覚ました。朝の気持ちのいい風が、昨日から開けたままだった窓から部屋に入り、カーテンを揺らしている。まだ強くはないが、キラキラとした雰囲気を感じさせる日差しが眩しい。
冷たく清潔な空気に満たされた部屋の中で、ルイズは目を覚ますことができた。
今はもう苦しみは無く、左手に感じた熱さも無い。
体を起こして、ゆっくりと深呼吸。吸って、吐いて。首をぐるりと半回転。コキコキと音が出る。変な体勢で一晩過ごしたために、体が硬い。立ち上がって、ため息を一つ。
体のどこにも問題は無い。脳も、いつも通り働いてくれている。
ルイズには《パラベラム》の素質があったようだ。
左手には、複雑な模様のルーンが刻まれている。
――『使い魔とメイジは一心同体』、文字通りそうなったわけだ。私は。
口元には自然と笑みが浮かんでいた。
もうルイズは無力ではない。確かな力を手に入れた。
何かが変わった。
漠然とした何かがルイズの胸にある。それは、確信、予感、前兆。どう表してもいいだろう。とにかくそんな何かがルイズにはあった。
もしかしたら、それは自信かもしれない。
右手を水平に伸ばす。ルーンの力か、やり方は頭に自然に浮かんでくる。
使い魔である錠剤を飲むことで手に入れた力、《P.V.F》。
意識を落ち着けて、武器をイメージ。
――うまく・・・・・・いって。
意識を集中し、ルイズは自身の《P.V.F》を展開――できなかった。
「ヴァリエール? あんた、いつまで寝てるのよ。急がないと朝食に間に合わないわよー」
部屋の扉をドンドンと強めにノックする音とともに、隣人であるキュルケの声がルイズの耳に伝わる。
集中力を乱されたルイズは、思わず手を下ろしため息をついた。
「わかっているわよ、ツェルプストー」
確かにそろそろ部屋を出なければ、朝食には間に合わない。
あまり食欲は沸かないが、学生であるルイズには当然、授業が午前からある。空腹で授業を受けるのは避けたい。
メイジの象徴でもある杖とマントを身に着け、ドアを開く。ルイズには魔法が使えないために部屋の鍵も『ロック』の魔法ではなく、平民と変わらない鍵をつかっていた。
ドアを開ければそこには当然、キュルケがいた。
キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。ルイズの宿敵にして、隣人。
背はルイズよりも高く、スタイルも抜群。顔立ちも整っており、男ならば是非隣にいて欲しいだろう。腰は無駄なくくびれており、胸は重力に逆らって大きく張り出している。褐色の肌はそれらを引き立て、豊かな赤毛とのコントラストは見事の一言に尽きる。
ルイズとはまるで対照的な女生徒。
ルイズは思わず視線を落とし、何にも遮られること無く見える自分の足を見てへこんだ。もちろん、精神的な意味で。泣きそうになった。
「――山脈のサラマンダーよ? 好事家に見せたら値段なんか・・・・・・って聞いてるの?」
キュルケの言葉に我に帰る。いつの間にかキュルケの隣には、大きな蜥蜴がいた。
サラマンダー。尻尾の先に炎を揺らめかせ、細かく硬そうな鱗からは確かな熱気を感じる。赤く大きな体は、キュルケの髪の色と相まってお似合いだ。
はて? どこかで見た覚えがある。どこだったか?
「ツェルプストー、そのサラマンダーは?」
「・・・・・・やっぱり、私の話を聞いて無かったのね。せっかくフレイムを紹介してあげたのに」
「フレイム?」
「この子の名前よ。本当に話を聞いてなかったのね・・・・・・」
キュルケによしよしと撫でられ、フレイムは嬉しそうな鳴き声を上げる。
その様子を見て思い出した。このサラマンダーは昨日、キュルケが召喚したサラマンダーだ。
どうやらさっきしていた話というのは、要するに使い魔自慢だったらしい。
「素敵でしょう、私の属性にピッタリ」
「あんた、『火』属性だもんね」
キュルケは火のトライアングルメイジ。まだこの年齢でトライアングルというのは優れている証拠だ。使い魔がサラマンダーだというのも納得がいく。
「ええ、この『微熱』のキュルケに相応しいわ。ところであなたの使い魔は? なんでも植物を召喚したとか聞いたけれど?」
「植物じゃないわ」
「へぇ? じゃあ何を召喚したのよ?」
反射的に言い返してから、ルイズは自分のミスに気がつく。
――しまった。つい口を滑らせた。
あの錠剤もパラベラムの力も異端の力である。下手を打てば、先住魔法や異教扱いされ処刑されかねない。
どうやって誤魔化そうか。
「・・・・・・マジックアイテムよ。使ったメイジの才能を引き出す、ね」
「へぇ、『ゼロ』」にはピッタリじゃない。使い魔って、やっぱりメイジに合わせたものが召喚されるのね」
結局、嘘は付かずにある程度暈して喋った。
才能を引き出すというのは嘘ではない。メイジに限ったことではないが。錠剤を飲んでパラベラムになれるかどうかは、単純にパラベラムの素質があるかどうかっだ。才能に貴賎は無い。貴賎があるのならば、有力貴族の娘であるルイズに無いはずが無い。
「で? どうだったの?」
「何がよ?」
「『ゼロ』のルイズの才能よ。使ったんでしょ?」
そういってキュルケはルイズの左手を指す。そこには使い魔と一心同体となった証であるルーンが刻まれている。
ルイズは舌打ちしそうになるのをグッと堪えた。キュルケに急かされて、自分の左手のルーンのことを忘れていた。
「・・・・・・まぁね」あとで手袋を嵌めよう。確か薄手のやつがあった筈だ。
「で、系統は?」
「・・・・・・ツェルプストーの人間に話す気は無いわ」
ルイズがそう言った途端、キュルケはあからさまに白けた顔した。やれやれといった様子で首を振る。その仕草がまるで小馬鹿にされているみたいで腹が立つ。
「呆れた。系統くらいは教えてくれてもいいじゃないの。どうせすぐにわかるんだし」
「・・・・・・はやく食堂に行きましょう。朝食に遅れると言ったのはあんたよ」
そう言うとルイズはキュルケとフレイムを避けて、食堂へ向けて歩き出す。キュルケはそんなルイズを見て、わざと聞こえるようにため息をついた。
そんな主人の様子を見て、フレイムが心配そうにキュルケを見上げる。キュルケはそんなフレイムをゆっくりと撫でてやる。
「・・・・・・土よ」
ルイズの姿がキュルケの視界から消えようかという頃に、ルイズの呟きがキュルケの耳に届いた。
それは先程のキュルケの問いに対する答え。呟いたルイズの耳は僅かに赤く染まっていた。
「まったく・・・・・・素直じゃないんだから」
ルイズの後ろ姿を追いかけながら、キュルケは苦笑交じりに呟いた。その呟きを聞いたのは傍らにいたフレイムだけであり、それを聞いたフレイムは楽しそうに喉を鳴らして返事をした。
2
食堂で豪勢な食事を、特に味わいもせずに淡々と口に運びながらルイズは今朝の出来事について考えていた。
ルイズは使い魔の力で、《パラベラム》となった。それは確かだ。
左手の甲に刻まれたルーンは確かにルイズに刻まれたものであり、ルイズが今こうやって思案に耽ることができるのもパラベラムの素質があったからだ。
邪魔が入ったせいで、自分の能力である《P.V.F》がどんなものなのかはまだ確認できていないが。ハルケギニアにおいて異端であるこの力を、知られればその日のうちにルイズはお尋ね者になるだろう。
パラベラムの力があれば、メイジや賞金稼ぎの追っ手を逃れるのはそう難しくはないだろうが、そもそも追われずに済むのが望ましい。
それにいざ、アカデミーなり、賞金稼ぎなりの追走から身を守るとなった場合、一人では無理がある。精神力を使うのは魔法と同じなので、しつこく追い回されることになれば先にスタミナが切れるのはこちらの方だ。
不利なのはこちら。味方はおらず、敵は世界。勝ち目などはなからあるわけがない。
今朝、キュルケに尋ねられた時は『マジック・アイテム』と誤魔化した。とりあえずはそれでいいだろう。
問題は《P.V.F》だ。
精神力は必要だが、杖は必要ない。ハルケギニアにおいてはまだまだ信頼性と攻撃力、その他諸々の弱点から軽視されている銃としての形を取る能力。ほかにもありとあらゆる事がこの世界では異質だ。
どうやって誤魔化すか。
この問題はパラベラムとなったルイズが一生頭を悩ませるものとなりそうだ。
――とりあえずは『才能を開花させるマジック・アイテム』とでもしようか?
そんなことを考えながらの朝食を済ませ、教室へと向かう。途中、手袋を取りに一度部屋に戻る。
部屋で今朝の続きをしようかとも思ったが、もうすぐ授業が始まってしまう。ルイズは渋々教室へ向かった。
今日の一時間目の授業は、ミス・シュヴルーズの『土』。内容は一年生の復習。退屈極まりない。
ルイズは魔法が使えない分、座学を含むあらゆる分野の努力を積み重ねている。事実、ルイズの座学の成績は学年でもトップクラスだ。
そんなルイズにとって、この授業は退屈で苦痛だった。
ルイズが教室に入ると、それまで雑談に興じていた同級生たちの視線がルイズに集まる。その瞳に浮かぶのは決して好意的な感情ではない。蔑み、嘲りといった『ゼロ』に向けられるものだ。
ルイズはそんな視線に注意を払うことなく、席についた。
「ズが召喚に成功し――って珍しい何かって聞いたぞ」「あな――らないの? なんで――つの種とか」「種? 種って――だ物とかの中に入っ――ロのルイ――」「でも――ベール先生が珍し――」「無い無――ってゼロだぞ? どう――ら拾って来――」
途切れ途切れではあるが、耳に会話が入ってくる。
内容は嘲笑の類。いつもと変わらないルイズの心を傷つける言葉。憎悪や悪意が込められたのはほんの僅かで、ほとんどは学院で過ごす中での退屈凌ぎ。今日は使い魔について、だ。
彼らのそんな話を聞いてしまっても、ルイズは特に行動は起こさない。
話題の中心となる『使い魔』は決して無能などではない。『ゼロ』ではない。
――私はもう『ゼロ』じゃない。
ルイズが自分の力に考えを巡らせようとしたところで、鐘の音が鳴り教室に中年の女性が入ってきた。紫を基調とした服に身を包み、頭には帽子を載せたこの女性がシュヴールズである。
「はいはい、お喋りの時間はもう終わりですよ。席についてください」
話す内容は平民などと大して変わりはしない生徒たちも、シュヴールズに従いすぐに口を閉じて席につく。
その様子に満足したのか、シュヴールズはうんうんと頷くような仕草をしながら教壇につく。
「皆さん。春の使い魔召喚は大成功のようですわね。 このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔達を見るのがとても楽しみなのですよ」
シュヴールズの言葉を聞き、何人かがクスクスと忍び笑いを漏らす。
「ゼロのルイズ! 植木鉢はどうしたんだ? せっかく召喚できたんだ、傍においてやれよ!」
一人のお調子者の発言で、今まで抑えるようだった笑いが大きくなり質が変わる。太り気味の風のメイジ、マリコルヌ。
思わずカチンと来た。
「風邪っぴきは黙ってなさいよ。せいぜい食べ物を離さないようにしなさいとね。焼き鳥にされたんじゃあ使い魔が可哀相だわ」
今度はルイズの発言を聞き、何人かが笑い声を漏らした。思わぬ反撃を受けたマリコルヌは顔を上気させてどなりつける。
「風邪っぴきだと!? 僕は『風上』のマリコルヌだ! ミス・シュヴールズ、ゼロのルイズが僕を侮辱しました!」
顔を真っ赤にしたマリコルヌが椅子から立ち上がり、ルイズを睨み付ける。ルイズはその視線を真正面から受け止める。
「ミス・ヴァリエール。ミスタ・グランドプレ」
お互いの手が今にも杖に伸びようかという雰囲気の中で、緊張を破ったのは教師であるシュヴールズであった。
「みっともない口論はおやめなさい。学友を侮辱するものではありませんよ」
シュヴールズの言葉で、頭に上っていた血が冷えたルイズは素直に席についた。ここで教師に逆らっても何の得もない。
マリコルヌの方は一瞬怯んだが、口を閉じることはなかった。
「ミセス・シュヴルーズ! 僕の風邪っぴきはただの中傷ですが、ルイズのゼロは事実です!」
その言葉を火種に、また嘲笑がルイズに向けられる。
自分の注意の効果が薄かったことを理解したシュヴールズは、ため息をつきながら杖を取り出した。小声でルーンを唱えながら、小ぶりの杖を振る。するとマリコルヌとルイズの事を笑っていた生徒たちの口に赤土が詰められた。
「あなた達はその格好で授業を受けなさい」
口の中を粘土で満たされた生徒たちを見回し、静かになったのを確認すると気を取り直すように咳払いをしたシュヴールズは中断されていた授業を再開する。
3
「さて、私の二つ名は『赤土』。赤土のシュヴールズです。『土』系統の魔法をこれから一年、皆さんに講義します。魔法の四大系統はご存知ですね? ・・・・・・ミス・タバサ?」
教室の隅で静かに本を読んでいた青い髪をした眼鏡の生徒は、本から僅かに顔を上げて教師の問いかけに短い答えを返す。
「『水』『風』『火』『土』の四つ」
それだけを素っ気無く答えると、また本に視線を戻してしまった。
シュヴールズはそんな態度に僅かに眉を顰めたが、特に何も言わずに授業を続ける。
「そのとおり。今は失われた『虚無』を加えて全部で五つの系統。今は使うものがいなくなった虚無を除いて、四大系統と呼ばれているのは皆さんもご存知ですね。私はこの中でも『土』の系統の――」
――やっぱり退屈だわ。
メイジなら誰でもが知っている常識の復習に、土贔屓の授業。自分の系統に誇りを持つのは当然だが、そんな授業は退屈だ。
系統魔法は適正があり、人によっては特定の系統の魔法を全く使えない、というメイジも珍しくない。現に土を苦手をする何人かは既に集中力が切れている。
ルイズも自分の知っている知識をなぞる授業に意識を向けることをやめて、《パラベラム》について考えを巡らせることにした。
使い魔の錠剤に関しては『マジック・アイテム』で構わないだろう。本来、召喚の儀式では生物以外は呼び出されることは無いが、ルイズは『ゼロ』だ。多少のイレギュラーは不本意だが、これで誤魔化す事ができるだろう。
何かを作り出す、という点では土系統に似ているから――
「――リエール!」
「は、はい!」
「ミス・ヴァリエール、授業に集中しなさい。授業を聞く必要が無いというのでしたら、あなたにやってもらいましょう」
ルイズは授業をほとんど聞いていなかった。どうやら考え事をしているのをシュヴールズに見咎められたらしい。ついてない。
シュヴールズの前にはピカピカと光を反射する鉱石が置いてある。金色に光るそれは一見すると黄金のようにも見えるが、黄金はスクエアクラスでも錬金するのは一苦労のはずだから、おそらくあれは黄鉄鉱や真鍮の類だろう。
どうやら土系統の基本的な魔法『錬金』をやってみせたようだ。
「この石を何でも好きなものに錬金してみてください」
シュヴールズは石ころを取り出し、静かに机の上に置いた。
――ちょうどいいわ。試したいこともあるしね。
「わかりました」
「先生、やめておいた方が・・・・・・」
ルイズが机に向かおうとするのを、たまたま近くに座っていたモンモランシーと呼ばれる少女が止める。
「どうしてですか?」
「危険です」
不思議そうな表情を浮かべるシュヴールズと違い、モンモンランシーの顔には焦りと恐怖の色が浮かんでいる。
「危険? どうしてですか?」
「先生は、ルイズを教えるのは初めてでしたよね?」
「ええ。でも彼女が努力家ということも聞いてます」
どうやらシュヴールズはルイズの魔法が爆発するという事を知らないらしい。誰も彼女に教えなかったのか、それとも誰もが知っていると思っていたのか。どちらにしてもいつものルイズならば爆風に巻き込まれて医務室行きだっただろう。
「さ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。失敗を恐れていては、何も始まりませんよ?」
「ルイズ、やめて」モンモランシーが蒼白になった顔で止めようとするが、ルイズは取り合わない。
リラックスした様子で机まで歩み寄って杖を取り出た。
ルイズがシュヴールズの隣に立つと、シュヴールズが微笑みかける。
「いいですか、ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を強く、心に思い浮かべるのです」
「ええ、わかりました」
だが、ルイズには何かを錬金するつもりなんてさらさら無い。
ルイズが魔法を使うのは、もう避けられないと悟ったほかの生徒たちが我先にと机の影に隠れる。ただ一人、机に隠れなかった生徒がいたが、ルイズが彼女に気づくことは無かった。
杖を軽く握り、ルーンを唱え振る。
ルイズの詠唱をする声を聞いた生徒の間に緊張が走る。
石ころが一瞬閃光に包まれ、爆音を教室に響かせる。
そして爆風に煽られたルイズとシュヴールズは、仲良く後ろに倒れこんだ。
予想外の出来事にシュヴールズは目を丸くして驚き、机の影で怯えていた生徒たちは不思議に思う。
「・・・・・・いつものより、小さくないか?」
普段ならばシュヴールズもルイズも纏めて、教室の壁に叩きつけるほどのできる爆風を起こすルイズの失敗魔法の規模が明らかに小さい。
「これが・・・・・・あなたの、その・・・・・・『魔法』ですか?」
「ええ、これが私の魔法です。ミス・シュヴールズ」
これ以上、何も起きない事を確認して恐る恐るといった様子で机から頭を出す生徒たちが見たのは、綺麗に机の上にできた丸い焦げ跡だけだった。
爆風により机上に置いてあった私物などが吹き飛び、嵐が通ったあとのようにはなっていたがいつもよりも明らかに被害は少ない。
いつもなら爆発によっていくつかの机がダメになるのだ。
生徒たちは不思議に思いながらも、今回の爆発の規模が小さかったことに安堵の表情を浮かべる。
――上手くいった。
ルイズは心の中で微笑みを浮かべる。
この錬金の魔法でルイズが望んだことは『爆発の制御』。
《パラベラム》となった今、ルイズが魔法に拘る理由は随分と少なくなった。
もちろん、今でも魔法には憧れを抱いているし、使いたいとも思っている。しかし、ルイズにはもう焦る必要は無い。
魔法が貴族を支えている最大の理由たる『力』、それをルイズは手に入れた。ならば次に必要なのは自身という戦力の把握。その上でルイズの『爆発』は大きなウエイトを占める。
威力。命中精度。射程距離。連射性能。消費する精神力。この『爆発』はどれだけの戦力を秘めているのか。
今までは成功させることに必死で、バカスカと闇雲に撃つだけだったが、この『爆発』は戦力として見るならば中々のものだ。詠唱は短く、威力は莫大。精神力の消耗も桁違いに少ない。込めた魔力によって爆発の規模もある程度操作できることもこれでわかった。どんな詠唱でも爆発が起きるために、攪乱などの効果も期待できる。
何よりもこの『爆発』は『相手が知らない攻撃手段』である。対処は難しく、回避も反撃も容易ではない。
確かめることはまだ山積みだが、少なくてもこの『失敗魔法』は使える。
「・・・・・・授業は中止です。教室がこの状況では仕方がありません。ミス・ヴァリエール」
しばらく顔を顰めて頭を抱えていたシュヴールズだったが、ようやく現状を把握したらしい。
シュヴールズは、肝心な事を教えてくれなかった同僚たちを恨みでもしているのか、苛立った表情で服のしわを伸ばしながらこの状況を何とか収めようとする。
「なんでしょう、ミス・シュヴールズ」
「あなたに責任の全てがあるわけではありませんが、あなたの魔法が原因なのは確かです。よってこの部屋の後片付けを命じます」
ルイズは若干、嫌そうな顔を浮かべたが教師の言うことだ。従うしかない。それにルイズにはこうなることがわかっていたが、やめようとはしなかったので非が無いわけではない。
「しかし、ミス・モンモランシの忠告を聞かなかった私にも非はあります。あとでメイドを一人、手配しておきます。昼までに終わらないようであれば、残りはメイドに任せなさい」
――一人なら《P.V.F》を展開できたのに。
そんな事を思いながら、ルイズは表面上は素直に頷いて見せた。
だが、この教室を一人で片付けるのは骨が折れそうだ。素直に喜ぶべきかもしれない。
教室を出て行く同級生を眺めながらルイズは、自分の力の有り方に考えを巡らせていた。
#navi(疾走する魔術師のパラベラム)
-[[トップページへ戻る>トップページ]]
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: