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「ゼロの黒魔道士-68」(2010/02/16 (火) 00:52:09) の最新版変更点
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#navi(ゼロの黒魔道士)
『落ちている』って表現すれば良いのか、
『飛んでる』って言えば良いのか、迷ってしまう。
一番丁度良さそうなのは……『漂っている』かなぁ……?
『霧』よりも濃い、真っ白な世界。
全てがミルクのボウルに落ちてしまったような感じ。
ボクはその中を、漂っていた……
ポツンと、一人ぼっち。
見上げても、見渡しても……一面の白。
衣擦れの音すらしない、静かの海。
……ううん、違う。……なんだろう、少しだけ、音が……
波?……水の音じゃない……もっと、キラキラした……
光の……ざわめき……?
「……――ビ!ビビ!」
押しては返すざわざわという音が、だんだんと大きくなっていって、
ボクを呼ぶ声になっていく。
「……ルイズ……おねえちゃ……ん?」
「――ビビ!?大丈夫!?頭打ってない!?」
開けた視界いっぱいに、ルイズおねえちゃんの心配そうな顔が映る。
もしかしてボク……気を失っていた?
「う、うん……大丈夫……だよね?うん、大丈夫……」
右手、左手、両足と順番に動かしてみる。
何の問題も無し。大丈夫そうだ。
「落ちる途中で、手が離れちゃったから心配したのよ?
……あ、デルフもこんなところに落ちてるし……」
「ゴメンね……デルフも……」
「あー、うん、気にすんな。俺っちもボーっとしちまってたしな……
で?ここが『悪魔の門』の中ってか?」
カタカタと、手の中で笑うデルフに促されるように、ググッと体を反らすようにしてあたりを見回した。
……『不思議』っていうのが一番しっくりくると思う。
まず、空は真っ黒な雲の切れ間から、わずかな光が逃げ出すように溢れ出てきている。
暗くて、明るい。
昼なのか、夜なのかも分からない。
それだけで時間が止まっているような気分になる。
その雲も、逆巻いて空に昇っている。
まるで、空に吸い込まれていくような感じ。
切れ端が光にぶつかるたびに、弦楽器をゆっくり弾いたような音がする。
綺麗だけど、どことなく物悲しい。
もっと近くの景色、ボク達が今いる場所も、なんか『不思議』だった。
しっかりとした石畳の道、足下だけを見ればそう見える。
だけど、ちょっと目を遠くにやると、その印象が文字通りにガラリと崩れ落ちている。
宙に浮いた石畳の道。
細い細い、一本道。
道の先の方が、ぐにゃってねじり曲がっていて、その下にまた道が見える。
どうも、橋みたいだ。それが、何本も何本も下へ下へと伸びていっている。
全く違うデザインの、古さも目的も違うっていう風に見える、いくつもの橋。
だけど、みんな目的地は一緒みたいで、ボク達のいる場所から、
光と闇の真ん中、雲が逆巻いた中心へと向かっている。
バブイル?うーん、大きな建物が集まっているのは同じだけど、ちょっと違うかもしれない。
お城って感じもするけれども、なんていうか……そう、不安定なんだ。人が住めそうな場所じゃない。
卵を、縦にまっすぐ置いて、そこの回りに塀や屋根や家を、これでもかってぐらいにまぶすと、こうなりそうだ。
それが、やっぱり家や窓や屋根を彫り込んだ崖の台座に、あぶなっかしく乗っている。
色は、全体的にくすんでいて、古くなった絵や錆ついた彫刻みたい。
「なんていうか……ボロっちいんだか、頑丈なんだか訳分からない建物ね」
「んー……なんつーかこー……妙な『懐かしさ』があんなぁ……?」
「デルフ、あんたも?――妙よね。見たことも無いのに……」
多分、2人の持った感想の理由はとっても単純だと思う。
ボクは……この場所を知っている。
少なくとも、この場所に近い所を知っている。
ちょっとずつ違う風に見えるのは、ガイアとハルケギニアの差なのかなぁって、そう思うんだ。
「ルイズおねえちゃん……デルフ……多分、ここ……」
ここは、きっと……
人が生まれてから死ぬまでの、『記憶』。
それは、ボク達が普段感じることのできるごくごく一部のものらしい。、
まるで『命』が、親から子へと受け継がれるみたいに、
『記憶』もだんだんと未来へと繋がっていく。
そうして、役目を終えた『記憶』は、やがて生まれた場所へと戻っていく。
ここは、そんな場所。
ここは……
ゼロの黒魔道士
~第六十八幕~ 記憶の還る場所 忘却の夢迷宮
「『記憶の場所』?それがここの名前なの?」
「うん……ガイアのより、ずっと入り組んでいるみたいだけど……雰囲気とか、そのまんまだし……」
塀の中、建物の奥はそのものだった。
白と黒だけで色分けされた石造りの壁と床は、ボロボロに崩れかかっている。
ちぐはぐに動きながら、軋んで時を刻む歯車達もそっくりだ。
ここは、ありとあらゆる『記憶』が、集まってできる場所。
それはもう、数えきれないほどの『記憶』が積み重なる場所。
全部の『記憶』は根っこの部分では繋がっているから、
進めば進むほど、なんだか懐かしいような、不思議な気分になる。
「ふーん……なんか、見たことも無いのに懐かしいのはそのせいかしらね?」
「俺っちは覚えがあるのがちらほら……それがいつだったかは思い出せねぇけどな」
アーチ状の橋を越えたら、黒い扉に繋がる螺旋階段。
それをくぐれば砂嵐の街に虹色の海の港町。
その先は燃えてしまった教会……
全然脈絡も無い風景が、ゴチャゴチャの迷路みたいにつながっている。
建物の外なのか、中なのかさっぱり分からない。
全然整理できてない、誰かの頭を歩いているみたいな感じだ。
「んー……やっぱり、ハルケギニアの記憶、なのかなぁ?」
細かい場所まで覚えているわけじゃないけど、
ガイアの『記憶の場所』とはまた違うみたいだ。
そこに生きている人の『記憶』が積み重なる場所なんだから、当然なのかもしれないけど……
「ビビのいたところだと、どういう風だったの?」
「大体、同じかなぁ……違うところっていったら……」
すぐ傍で、レンガ造りの壁がカランっと崩れる。
ガチャンって、金属が地面に叩きつけられたような音。
それと一緒に、風を巻き起こすような翼の音。
「そうそう、こういう風にモンスターが……え!?」
鉄の大きな鎧が、目の前にいた。
その横の真っ黄色の目玉お化けと目が合う。
これって……ガイアのモンスター!?
「っ!?」
「うわぁああああ!!」
「きやあぁあああ!!」
・
・
・
「はぁ、はぁ……」
「いきなり出ないで欲しいわよね……ぜぇ……」
「てつきょじんに、アーリマン……」
走って、逃げた。
逃げれば逃げた先にも、沢山モンスターが出てきて……
本当に、「いきなり出ないで欲しい」だ……
てつきょじんも、アーリマンも、ガイアの『記憶の場所』に出てきたモンスターだ。
手ごわいから、あんまり会いたくない。
特に、急いでるときとか……うん、絶対会いたくない。
「でっけぇ亀とか牛みてぇなのも相棒のとこのヤツか?」
「……アダマンタイマイにベヒーモスのこと?うん……」
ベヒーモスが牛みたいっていうのが当たっているかどうかはともかく……
アダマンタイマイもベヒーモスも確かにガイアにいたモンスターだ。
「あとあの緑の!間抜けな顔して針飛ばしてくる奴とか、包丁持ってずりずり近寄ってくるのとか!」
「……サボテンダーに、トンベリ……だよねぇ……うーん」
その2種類も、間違いなくガイアのモンスター……なんだけど……
『記憶の場所』にはいなかったような……?
「……出てくるはずのないモンスターが、出てきている……?」
最初、てつきょじんやアーリマンが出てきたときは、
この場所がガイアの『記憶の場所』と繋がってるってことかなと思ったんだけど、
どうも、違うみたいだ……
「ビビー?さっさと行くわよー?」
「あ……うん!」
「じゃぁ、どこに繋がってるの?」って考えるのは後にすることにした。
この先に、フォルサテがいる。その場所に、繋がっている。
それさえ分かっていれば充分、だよね?
「まったく、どこで何が出るのか分かったもん――じゃっ!?」
瓦礫でできた壁の隙間を越えた、その瞬間だったんだ。
「え!?」
「な、何これ!?」
色のない、枠だけのステンドグラスの影が、青一色に塗られる。
上も右も左も前も後ろも、みんな落ちてきそうなぐらいの青空の色。
白と黒だけで表現されていた世界に、絵具箱をひっくり返したみたいな鮮やかな色。
まるで、空に浮いているような……いや、『まるで』、じゃない。
空に浮いていたんだ。
さっきまで、石畳の上を歩いていたのに、空そのものの中に、ボク達はいた。
「な、何よこれ!?幻か何か?」
「……」
見覚えがある、青い空だった。
そして、気がつくんだ。
……これが、あのときに見た青空なんだって……
悲しいぐらいに青かった、あの空なんだって……
パタパタパタって、軽いプロペラの音が飛んでくる。
景色がそれに合わせるように、ゆっくりと流れていく。
ボク達も、景色と一緒に……その『飛空挺』に乗り込んだ。
「ビビが――沢山っ!?」
カーゴシップ……ダリから、リンドブルムへ向かうときに使った、船……
ボクと同じ姿の、ボクと同じ、黒魔道士兵達が、操縦していた船……
黒魔道士兵が操って……新しくできた黒魔道士兵を運ぶために使っていた船……
みんな、兵器として、兵器らしく作られていたから……
話しかけても応えてくれなかったっけ……
そんなことを考えていると……
『アイツ』が……やってきた……
「あ……」
≪あ……あ……≫
幻の中の『ボク』と、声が重なった。
黒い羽を持つ、ボクとよく似た姿の背の高いヤツが、船首に降り立つ。
幻の中のボクは、そいつを見ているだけしかできない。
≪ビビ!だいじょうぶっ!?≫
懐かしい声が聞こえる。
ダガーおねえちゃんの声だ。
幻の中のボクにかけられた、優しい声。
でも、幻の中のボクも……今のボクも、黒い羽から目を離すことが、できなくなっていた。
≪どんなヤツが2号を倒したかと思えば、貴様のような小僧とはな!
この黒のワルツ3号の敵ではないわ!!カカカカカ!
姫よ、じゃまなやつらを始末するまでそこで待っていろ!!≫
カカカカという、笑い声が、耳にこだまする。
黒のワルツ3号……ボクと、同じ……
いや、ボクよりも、より『兵器らしく』造られた黒魔道士……
幻の中のボクが立ちすくむ。
ダガーおねえちゃんを守る勇気が、足りないから?
黒のワルツ3号が、怖かったから?
……理由は、今でもよく分からない。
分からないままに、そんなボクをかばうように……
船を操っていた黒魔道士のみんなが、ボクと3号の間に立ったんだ……
何も、言わず、ゆっくりと……
≪まさか、かばうつもりか?
……気に入らん。何も考えらないただの作り物が一人前に小僧を守ろうというのか?
ええい、そこをどけ!この黒のワルツに逆らうつもりか!
おのれ! 黒魔道士兵ふぜいがっ!≫
黒のワルツ3号の、左手が光る。
『サンダラ』の呪文が、瞬時に唱えられ、甲板の上で弾け飛ぶ。
嵐。
衝撃。
めくれ上がる甲板。
轟音。
焦げる匂い。
激しい向かい風。
震える体。
動かない足。
覚えている。
ボクは、この景色を覚えている。
何も考えられなかった、ボク。
何も言わず、ただただ吹き飛ばされる、黒魔道士さん達……
落ちる。
悲しいぐらいの青空の中、みんな、落ちていく。
タルの中の黒魔道士達も、みんな、みんな……
一言も、しゃべってもくれなかったけど、
あの人達だって、本当は、兵器になんかなりたくなかったはずなのに。
あの人達だって、本当は、戦いたくなんかなかったはずなのに。
あの人達だって、本当は、もっと生きていたかったはずなのに。
もっと色々見たかったはずなのに。
もっと色々聞きたかったはずなのに。
もっと色々歩きたかったはずなのに。
もっと色々知りたかったはずなのに。
もっと、もっと、もっと、もっと。
ボクが、何もできなかったばっかりにあの人達は落ちていく。
悲しいぐらいの青空の下へ、下へ、落ちていく。
ボクを、守るために?
同じ、黒魔道士の、ボクを?
同じ、『作り物』なのに
同じなのに
同じ……なのにっ……
「あ……あぁ……う……」
≪ぅぅうわぁあっ!!≫
幻の中の自分と、ボクが同時に叫んだところで、青空が急に消えた。
元通りの、白と黒の世界。
一瞬の、夢。
……夢って、『記憶』が見せる幻って本当なんだなぁ……
「……」
「ビビ……」
声が、出せるようになるのに、ちょっと時間がかかってしまった。
……『息がつまる』ってこういうのを言うんだなぁ……
「何度、あのとき、助けられなかったんだろうって思ったのかなぁ……」
心の中を、一気に吐き出したいのに、言葉が出ていかない。
漏れるような息しか、出せない。
「ボク……何であんなに勇気が無かったんだろう……何で……何で……」
「……」
ルイズおねえちゃんの、手があったかい。
その暖かさが、『生きている』ってことなら……
あの人達は、こういう暖かさを、もっと、感じたかったのかなぁって……
苦しい。
胸が、苦しい。心が、苦しい。
「ビビ……えっと、その――っ!?」
ルイズおねえちゃんの、慰めの声は、
今度は薄紅色の景色でかき消されたんだ。
瓦礫の壁が、白いお屋敷の壁に変わって、
灰色だった空が、紅い月の夜空に染まっていく。
ボクにも、どことなく見覚えのある光景……
ここって……ルイズおねえちゃんの……お家?
≪ルイズ、ルイズ、どこへ行ったの?ルイズ!まだお説教は終わっていませんよ!≫
遠くから、声が聞こえる。
ちょっと若いけど、ルイズおねえちゃんのお母さんの声、かな……?
≪ルイズお嬢様は難儀だねえ≫
≪まったくだ。上の二人のお嬢様はあんなに魔法がおできになるっていうのに……≫
渡り廊下の向こうで、お屋敷で働いている人達がしゃべっている。
ルイズおねえちゃんの悪口みたいだ。
……その声に、反応するように、植え込みの影から、
ボクよりも小さな女の子が、走り出した。
景色が、女の子に合わせて走り出す。
ピンクや黄色や赤に咲き乱れた花壇の中を、
真っ白な砂利でしかれた道の上を、
ボクが動いて無いのに、景色が動く。
景色は、お池の真ん中で止まった。
お庭にある、大きなお池。
そこに浮かんだ、小さなボート。
……その上で、女の子は泣いていた。
いつかボクが見た、夢の中のように、
女の子は泣いていた。
悔しそうに、苦しそうに、
女の子はただただ泣いていた。
そこに、ふわりと、影が落ちる。
それと同時に、ボクの肩に置かれたルイズおねえちゃんの手が、
強張るように細かく震えた。
≪泣いているのかい?ルイズ≫
ボートに降り立った、影がしゃべる。
若くて、すっきりとした顔立ち。
……なんか、見覚えがある気がするけど、誰だったかが思い出せない。
≪子爵さま、いらしてらしたの?≫
さっきまで泣いてた女の子……昔の、ルイズおねえちゃん、だよね……?
女の子が、嬉しそうな声をあげる。
流しっぱなしにしていた涙をぬぐって、
不安定なボートの上、立ち上がろうとして、少し、よろける。
≪今日はきみのお父上に呼ばれたのさ。あのお話のことでね≫
≪まあ!≫
≪ルイズ。僕の小さなルイズ。君は僕のことが嫌いかい?≫
≪いえ、そんなことはありませんわ。でも……。わたし、まだ小さいし、よく分かりませんわ≫
池の表面に、風が通った足跡が、さざなみのように広がっていく。
赤い月が照らす、優しい優しい景色。
男の人が、小さいルイズおねえちゃんに手を差し伸べる。
優しく、グッと乗り出すように。
≪ミ・レィディ。手を貸してあげよう。ほら、つかまって……
拒むのか!?この俺を、拒むと言うのか!あぁ、そうか!!≫
≪きゃぁっ!≫
景色が、急に入れ替わる。
お庭じゃなくて、白い壁と、ステンドグラスの光がこぼれる、教会の中。
差し伸べられた手は、ルイズおねえちゃんを突き飛ばした。
ルイズおねえちゃんは、もう小さくなくて、真っ白なウェディングドレスを着ていて……
≪クハハハハハハハハハ――ならば、目的の1つは諦めよう!≫
手を伸ばした男は、目が暗く濁って、髭が生えて……
ワルド……ルイズおねえちゃんを、裏切った、ワルドに変わっていた……
≪目的、ですって!?≫
祭壇の横、ルイズおねえちゃんが倒れながら、聞く。
ワルドに、聞く。
ルイズおねえちゃんを、裏切った、ワルドに……
≪あぁ、そうさ。この旅には3つの目的があった。1つは、ルイズ、君の力。1つは件の手紙――≫
ワルドの目が、より鋭く、より暗くなる。
≪ワルド子爵、貴様――≫
間に立っていた、ウェールズ王子が、マントの中に手を入れる隙も無く……
カラーンって、軽い音が、教会の床に転がった。
真っ白な床が、鮮やかなまでの赤に染まっていく。
≪――そしてもう1つは、貴君の首だよ、ウェールズ殿下≫
≪い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?!?≫
『記憶』の中のルイズおねえちゃんの悲鳴が、震えるように幻を包んで、
景色がまた元通りになる。
白と黒の、瓦礫の山。
あの日のアルビオンでも、ずっとずっと昔のルイズおねえちゃんのお家でもなく、今に戻る。
肩の上の、ルイズおねえちゃんの手が、小刻みに震えている。
……ボクは、かける言葉が見つからなかった。
ルイズおねえちゃんが、ボクにかける言葉が無かったみたいに。
アルビオンから脱出するときに、ボクがルイズおねえちゃんに何も言えなかったみたいに。
……でも、ルイズおねえちゃんは、本当に強いと思う。
「――なーんで、あんな男に憧れちゃったのかしらね……」
「ルイズおねえちゃん……」
そう言いながら、ルイズおねえちゃんが、ボクの肩から手を離す。
もう、その手は、震えてなんかいなかった。
「――結局、私の見ていた世界は狭かったのよね。
目の前の大きな背中に憧れるばっかりで、その先が見えていなかったのよね」
ちょっとだけ、意味が分からない。
でも、ルイズおねえちゃんは、ボクの少し前をゆっくりと歩きながら、
頷きながら笑っていた。
「? どういうこと……?」
「ん?んー……ビビの背中が、ちょうどいいってことよ!」
「わっ!?」
ぽんっと背中を叩かれる。
それがあんまり急だから、こけてしまいそうになった。
「――なるほどなぁ……入って来た奴らの記憶を映すから、『記憶の場所』ってわけだ……」
「う、うん……」
帽子を直しながら、デルフのつぶやきに答えた。
みんなの『記憶』が還る場所、だから、『記憶の場所』。
それは、当然、ボク達の記憶も含まれている。
……ガイアのときは、こんなにはっきり見たり感じたりできなかったけど……
ハルケギニアの『記憶の場所』は、やっぱりガイアのとは違うのかなぁ?
「いや、やっと合点が行ったわ……調子悪ぃわけだな……」
デルフが、ポツリと言葉をこぼした。
「え?」
「いや、こっちのこと――さっさと行こ……お出ましかよ」
数歩も進まないうちに、また白と黒の世界に、色がにじみ出した。
今度の色は、淡いクリーム色。
「――またっ!?」
「これは……」
「俺の――『記憶』ってヤツよ」
……デルフの記憶は、淡いクリーム色の砂埃の中から、始まった。
#navi(ゼロの黒魔道士)
#navi(ゼロの黒魔道士)
『落ちている』って表現すれば良いのか、
『飛んでる』って言えば良いのか、迷ってしまう。
一番丁度良さそうなのは……『漂っている』かなぁ……?
『霧』よりも濃い、真っ白な世界。
全てがミルクのボウルに落ちてしまったような感じ。
ボクはその中を、漂っていた……
ポツンと、一人ぼっち。
見上げても、見渡しても……一面の白。
衣擦れの音すらしない、静かの海。
……ううん、違う。……なんだろう、少しだけ、音が……
波?……水の音じゃない……もっと、キラキラした……
光の……ざわめき……?
「……――ビ!ビビ!」
押しては返すざわざわという音が、だんだんと大きくなっていって、
ボクを呼ぶ声になっていく。
「……ルイズ……おねえちゃ……ん?」
「――ビビ!?大丈夫!?頭打ってない!?」
開けた視界いっぱいに、ルイズおねえちゃんの心配そうな顔が映る。
もしかしてボク……気を失っていた?
「う、うん……大丈夫……だよね?うん、大丈夫……」
右手、左手、両足と順番に動かしてみる。
何の問題も無し。大丈夫そうだ。
「落ちる途中で、手が離れちゃったから心配したのよ?
……あ、デルフもこんなところに落ちてるし……」
「ゴメンね……デルフも……」
「あー、うん、気にすんな。俺っちもボーっとしちまってたしな……
で?ここが『悪魔の門』の中ってか?」
カタカタと、手の中で笑うデルフに促されるように、ググッと体を反らすようにしてあたりを見回した。
……『不思議』っていうのが一番しっくりくると思う。
まず、空は真っ黒な雲の切れ間から、わずかな光が逃げ出すように溢れ出てきている。
暗くて、明るい。
昼なのか、夜なのかも分からない。
それだけで時間が止まっているような気分になる。
その雲も、逆巻いて空に昇っている。
まるで、空に吸い込まれていくような感じ。
切れ端が光にぶつかるたびに、弦楽器をゆっくり弾いたような音がする。
綺麗だけど、どことなく物悲しい。
もっと近くの景色、ボク達が今いる場所も、なんか『不思議』だった。
しっかりとした石畳の道、足下だけを見ればそう見える。
だけど、ちょっと目を遠くにやると、その印象が文字通りにガラリと崩れ落ちている。
宙に浮いた石畳の道。
細い細い、一本道。
道の先の方が、ぐにゃってねじり曲がっていて、その下にまた道が見える。
どうも、橋みたいだ。それが、何本も何本も下へ下へと伸びていっている。
全く違うデザインの、古さも目的も違うっていう風に見える、いくつもの橋。
だけど、みんな目的地は一緒みたいで、ボク達のいる場所から、
光と闇の真ん中、雲が逆巻いた中心へと向かっている。
バブイル?うーん、大きな建物が集まっているのは同じだけど、ちょっと違うかもしれない。
お城って感じもするけれども、なんていうか……そう、不安定なんだ。人が住めそうな場所じゃない。
卵を、縦にまっすぐ置いて、そこの回りに塀や屋根や家を、これでもかってぐらいにまぶすと、こうなりそうだ。
それが、やっぱり家や窓や屋根を彫り込んだ崖の台座に、あぶなっかしく乗っている。
色は、全体的にくすんでいて、古くなった絵や錆ついた彫刻みたい。
「なんていうか……ボロっちいんだか、頑丈なんだか訳分からない建物ね」
「んー……なんつーかこー……妙な『懐かしさ』があんなぁ……?」
「デルフ、あんたも?――妙よね。見たことも無いのに……」
多分、2人の持った感想の理由はとっても単純だと思う。
ボクは……この場所を知っている。
少なくとも、この場所に近い所を知っている。
ちょっとずつ違う風に見えるのは、ガイアとハルケギニアの差なのかなぁって、そう思うんだ。
「ルイズおねえちゃん……デルフ……多分、ここ……」
ここは、きっと……
人が生まれてから死ぬまでの、『記憶』。
それは、ボク達が普段感じることのできるごくごく一部のものらしい。、
まるで『命』が、親から子へと受け継がれるみたいに、
『記憶』もだんだんと未来へと繋がっていく。
そうして、役目を終えた『記憶』は、やがて生まれた場所へと戻っていく。
ここは、そんな場所。
ここは……
ゼロの黒魔道士
~第六十八幕~ 記憶の還る場所 忘却の夢迷宮
「『記憶の場所』?それがここの名前なの?」
「うん……ガイアのより、ずっと入り組んでいるみたいだけど……雰囲気とか、そのまんまだし……」
塀の中、建物の奥はそのものだった。
白と黒だけで色分けされた石造りの壁と床は、ボロボロに崩れかかっている。
ちぐはぐに動きながら、軋んで時を刻む歯車達もそっくりだ。
ここは、ありとあらゆる『記憶』が、集まってできる場所。
それはもう、数えきれないほどの『記憶』が積み重なる場所。
全部の『記憶』は根っこの部分では繋がっているから、
進めば進むほど、なんだか懐かしいような、不思議な気分になる。
「ふーん……なんか、見たことも無いのに懐かしいのはそのせいかしらね?」
「俺っちは覚えがあるのがちらほら……それがいつだったかは思い出せねぇけどな」
アーチ状の橋を越えたら、黒い扉に繋がる螺旋階段。
それをくぐれば砂嵐の街に虹色の海の港町。
その先は燃えてしまった教会……
全然脈絡も無い風景が、ゴチャゴチャの迷路みたいにつながっている。
建物の外なのか、中なのかさっぱり分からない。
全然整理できてない、誰かの頭を歩いているみたいな感じだ。
「んー……やっぱり、ハルケギニアの記憶、なのかなぁ?」
細かい場所まで覚えているわけじゃないけど、
ガイアの『記憶の場所』とはまた違うみたいだ。
そこに生きている人の『記憶』が積み重なる場所なんだから、当然なのかもしれないけど……
「ビビのいたところだと、どういう風だったの?」
「大体、同じかなぁ……違うところっていったら……」
すぐ傍で、レンガ造りの壁がカランっと崩れる。
ガチャンって、金属が地面に叩きつけられたような音。
それと一緒に、風を巻き起こすような翼の音。
「そうそう、こういう風にモンスターが……え!?」
鉄の大きな鎧が、目の前にいた。
その横の真っ黄色の目玉お化けと目が合う。
これって……ガイアのモンスター!?
「っ!?」
「うわぁああああ!!」
「きやあぁあああ!!」
・
・
・
「はぁ、はぁ……」
「いきなり出ないで欲しいわよね……ぜぇ……」
「てつきょじんに、アーリマン……」
走って、逃げた。
逃げれば逃げた先にも、沢山モンスターが出てきて……
本当に、「いきなり出ないで欲しい」だ……
てつきょじんも、アーリマンも、ガイアの『記憶の場所』に出てきたモンスターだ。
手ごわいから、あんまり会いたくない。
特に、急いでるときとか……うん、絶対会いたくない。
「でっけぇ亀とか牛みてぇなのも相棒のとこのヤツか?」
「……アダマンタイマイにベヒーモスのこと?うん……」
ベヒーモスが牛みたいっていうのが当たっているかどうかはともかく……
アダマンタイマイもベヒーモスも確かにガイアにいたモンスターだ。
「あとあの緑の!間抜けな顔して針飛ばしてくる奴とか、包丁持ってずりずり近寄ってくるのとか!」
「……サボテンダーに、トンベリ……だよねぇ……うーん」
その2種類も、間違いなくガイアのモンスター……なんだけど……
『記憶の場所』にはいなかったような……?
「……出てくるはずのないモンスターが、出てきている……?」
最初、てつきょじんやアーリマンが出てきたときは、
この場所がガイアの『記憶の場所』と繋がってるってことかなと思ったんだけど、
どうも、違うみたいだ……
「ビビー?さっさと行くわよー?」
「あ……うん!」
「じゃぁ、どこに繋がってるの?」って考えるのは後にすることにした。
この先に、フォルサテがいる。その場所に、繋がっている。
それさえ分かっていれば充分、だよね?
「まったく、どこで何が出るのか分かったもん――じゃっ!?」
瓦礫でできた壁の隙間を越えた、その瞬間だったんだ。
「え!?」
「な、何これ!?」
色のない、枠だけのステンドグラスの影が、青一色に塗られる。
上も右も左も前も後ろも、みんな落ちてきそうなぐらいの青空の色。
白と黒だけで表現されていた世界に、絵具箱をひっくり返したみたいな鮮やかな色。
まるで、空に浮いているような……いや、『まるで』、じゃない。
空に浮いていたんだ。
さっきまで、石畳の上を歩いていたのに、空そのものの中に、ボク達はいた。
「な、何よこれ!?幻か何か?」
「……」
見覚えがある、青い空だった。
そして、気がつくんだ。
……これが、あのときに見た青空なんだって……
悲しいぐらいに青かった、あの空なんだって……
パタパタパタって、軽いプロペラの音が飛んでくる。
景色がそれに合わせるように、ゆっくりと流れていく。
ボク達も、景色と一緒に……その『飛空挺』に乗り込んだ。
「ビビが――沢山っ!?」
カーゴシップ……ダリから、リンドブルムへ向かうときに使った、船……
ボクと同じ姿の、ボクと同じ、黒魔道士兵達が、操縦していた船……
黒魔道士兵が操って……新しくできた黒魔道士兵を運ぶために使っていた船……
みんな、兵器として、兵器らしく作られていたから……
話しかけても応えてくれなかったっけ……
そんなことを考えていると……
『アイツ』が……やってきた……
「あ……」
≪あ……あ……≫
幻の中の『ボク』と、声が重なった。
黒い羽を持つ、ボクとよく似た姿の背の高いヤツが、船首に降り立つ。
幻の中のボクは、そいつを見ているだけしかできない。
≪ビビ!だいじょうぶっ!?≫
懐かしい声が聞こえる。
ダガーおねえちゃんの声だ。
幻の中のボクにかけられた、優しい声。
でも、幻の中のボクも……今のボクも、黒い羽から目を離すことが、できなくなっていた。
≪どんなヤツが2号を倒したかと思えば、貴様のような小僧とはな!
この黒のワルツ3号の敵ではないわ!!カカカカカ!
姫よ、じゃまなやつらを始末するまでそこで待っていろ!!≫
カカカカという、笑い声が、耳にこだまする。
黒のワルツ3号……ボクと、同じ……
いや、ボクよりも、より『兵器らしく』造られた黒魔道士……
幻の中のボクが立ちすくむ。
ダガーおねえちゃんを守る勇気が、足りないから?
黒のワルツ3号が、怖かったから?
……理由は、今でもよく分からない。
分からないままに、そんなボクをかばうように……
船を操っていた黒魔道士のみんなが、ボクと3号の間に立ったんだ……
何も、言わず、ゆっくりと……
≪まさか、かばうつもりか?
……気に入らん。何も考えられないただの作り物が一人前に小僧を守ろうというのか?
ええい、そこをどけ!この黒のワルツに逆らうつもりか!
おのれ! 黒魔道士兵ふぜいがっ!≫
黒のワルツ3号の、左手が光る。
『サンダラ』の呪文が、瞬時に唱えられ、甲板の上で弾け飛ぶ。
嵐。
衝撃。
めくれ上がる甲板。
轟音。
焦げる匂い。
激しい向かい風。
震える体。
動かない足。
覚えている。
ボクは、この景色を覚えている。
何も考えられなかった、ボク。
何も言わず、ただただ吹き飛ばされる、黒魔道士さん達……
落ちる。
悲しいぐらいの青空の中、みんな、落ちていく。
タルの中の黒魔道士達も、みんな、みんな……
一言も、しゃべってもくれなかったけど、
あの人達だって、本当は、兵器になんかなりたくなかったはずなのに。
あの人達だって、本当は、戦いたくなんかなかったはずなのに。
あの人達だって、本当は、もっと生きていたかったはずなのに。
もっと色々見たかったはずなのに。
もっと色々聞きたかったはずなのに。
もっと色々歩きたかったはずなのに。
もっと色々知りたかったはずなのに。
もっと、もっと、もっと、もっと。
ボクが、何もできなかったばっかりにあの人達は落ちていく。
悲しいぐらいの青空の下へ、下へ、落ちていく。
ボクを、守るために?
同じ、黒魔道士の、ボクを?
同じ、『作り物』なのに
同じなのに
同じ……なのにっ……
「あ……あぁ……う……」
≪ぅぅうわぁあっ!!≫
幻の中の自分と、ボクが同時に叫んだところで、青空が急に消えた。
元通りの、白と黒の世界。
一瞬の、夢。
……夢って、『記憶』が見せる幻って本当なんだなぁ……
「……」
「ビビ……」
声が、出せるようになるのに、ちょっと時間がかかってしまった。
……『息がつまる』ってこういうのを言うんだなぁ……
「何度、あのとき、助けられなかったんだろうって思ったのかなぁ……」
心の中を、一気に吐き出したいのに、言葉が出ていかない。
漏れるような息しか、出せない。
「ボク……何であんなに勇気が無かったんだろう……何で……何で……」
「……」
ルイズおねえちゃんの、手があったかい。
その暖かさが、『生きている』ってことなら……
あの人達は、こういう暖かさを、もっと、感じたかったのかなぁって……
苦しい。
胸が、苦しい。心が、苦しい。
「ビビ……えっと、その――っ!?」
ルイズおねえちゃんの、慰めの声は、
今度は薄紅色の景色でかき消されたんだ。
瓦礫の壁が、白いお屋敷の壁に変わって、
灰色だった空が、紅い月の夜空に染まっていく。
ボクにも、どことなく見覚えのある光景……
ここって……ルイズおねえちゃんの……お家?
≪ルイズ、ルイズ、どこへ行ったの?ルイズ!まだお説教は終わっていませんよ!≫
遠くから、声が聞こえる。
ちょっと若いけど、ルイズおねえちゃんのお母さんの声、かな……?
≪ルイズお嬢様は難儀だねえ≫
≪まったくだ。上の二人のお嬢様はあんなに魔法がおできになるっていうのに……≫
渡り廊下の向こうで、お屋敷で働いている人達がしゃべっている。
ルイズおねえちゃんの悪口みたいだ。
……その声に、反応するように、植え込みの影から、
ボクよりも小さな女の子が、走り出した。
景色が、女の子に合わせて走り出す。
ピンクや黄色や赤に咲き乱れた花壇の中を、
真っ白な砂利でしかれた道の上を、
ボクが動いて無いのに、景色が動く。
景色は、お池の真ん中で止まった。
お庭にある、大きなお池。
そこに浮かんだ、小さなボート。
……その上で、女の子は泣いていた。
いつかボクが見た、夢の中のように、
女の子は泣いていた。
悔しそうに、苦しそうに、
女の子はただただ泣いていた。
そこに、ふわりと、影が落ちる。
それと同時に、ボクの肩に置かれたルイズおねえちゃんの手が、
強張るように細かく震えた。
≪泣いているのかい?ルイズ≫
ボートに降り立った、影がしゃべる。
若くて、すっきりとした顔立ち。
……なんか、見覚えがある気がするけど、誰だったかが思い出せない。
≪子爵さま、いらしてらしたの?≫
さっきまで泣いてた女の子……昔の、ルイズおねえちゃん、だよね……?
女の子が、嬉しそうな声をあげる。
流しっぱなしにしていた涙をぬぐって、
不安定なボートの上、立ち上がろうとして、少し、よろける。
≪今日はきみのお父上に呼ばれたのさ。あのお話のことでね≫
≪まあ!≫
≪ルイズ。僕の小さなルイズ。君は僕のことが嫌いかい?≫
≪いえ、そんなことはありませんわ。でも……。わたし、まだ小さいし、よく分かりませんわ≫
池の表面に、風が通った足跡が、さざなみのように広がっていく。
赤い月が照らす、優しい優しい景色。
男の人が、小さいルイズおねえちゃんに手を差し伸べる。
優しく、グッと乗り出すように。
≪ミ・レィディ。手を貸してあげよう。ほら、つかまって……
拒むのか!?この俺を、拒むと言うのか!あぁ、そうか!!≫
≪きゃぁっ!≫
景色が、急に入れ替わる。
お庭じゃなくて、白い壁と、ステンドグラスの光がこぼれる、教会の中。
差し伸べられた手は、ルイズおねえちゃんを突き飛ばした。
ルイズおねえちゃんは、もう小さくなくて、真っ白なウェディングドレスを着ていて……
≪クハハハハハハハハハ――ならば、目的の1つは諦めよう!≫
手を伸ばした男は、目が暗く濁って、髭が生えて……
ワルド……ルイズおねえちゃんを、裏切った、ワルドに変わっていた……
≪目的、ですって!?≫
祭壇の横、ルイズおねえちゃんが倒れながら、聞く。
ワルドに、聞く。
ルイズおねえちゃんを、裏切った、ワルドに……
≪あぁ、そうさ。この旅には3つの目的があった。1つは、ルイズ、君の力。1つは件の手紙――≫
ワルドの目が、より鋭く、より暗くなる。
≪ワルド子爵、貴様――≫
間に立っていた、ウェールズ王子が、マントの中に手を入れる隙も無く……
カラーンって、軽い音が、教会の床に転がった。
真っ白な床が、鮮やかなまでの赤に染まっていく。
≪――そしてもう1つは、貴君の首だよ、ウェールズ殿下≫
≪い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?!?≫
『記憶』の中のルイズおねえちゃんの悲鳴が、震えるように幻を包んで、
景色がまた元通りになる。
白と黒の、瓦礫の山。
あの日のアルビオンでも、ずっとずっと昔のルイズおねえちゃんのお家でもなく、今に戻る。
肩の上の、ルイズおねえちゃんの手が、小刻みに震えている。
……ボクは、かける言葉が見つからなかった。
ルイズおねえちゃんが、ボクにかける言葉が無かったみたいに。
アルビオンから脱出するときに、ボクがルイズおねえちゃんに何も言えなかったみたいに。
……でも、ルイズおねえちゃんは、本当に強いと思う。
「――なーんで、あんな男に憧れちゃったのかしらね……」
「ルイズおねえちゃん……」
そう言いながら、ルイズおねえちゃんが、ボクの肩から手を離す。
もう、その手は、震えてなんかいなかった。
「――結局、私の見ていた世界は狭かったのよね。
目の前の大きな背中に憧れるばっかりで、その先が見えていなかったのよね」
ちょっとだけ、意味が分からない。
でも、ルイズおねえちゃんは、ボクの少し前をゆっくりと歩きながら、
頷きながら笑っていた。
「? どういうこと……?」
「ん?んー……ビビの背中が、ちょうどいいってことよ!」
「わっ!?」
ぽんっと背中を叩かれる。
それがあんまり急だから、こけてしまいそうになった。
「――なるほどなぁ……入って来た奴らの記憶を映すから、『記憶の場所』ってわけだ……」
「う、うん……」
帽子を直しながら、デルフのつぶやきに答えた。
みんなの『記憶』が還る場所、だから、『記憶の場所』。
それは、当然、ボク達の記憶も含まれている。
……ガイアのときは、こんなにはっきり見たり感じたりできなかったけど……
ハルケギニアの『記憶の場所』は、やっぱりガイアのとは違うのかなぁ?
「いや、やっと合点が行ったわ……調子悪ぃわけだな……」
デルフが、ポツリと言葉をこぼした。
「え?」
「いや、こっちのこと――さっさと行こ……お出ましかよ」
数歩も進まないうちに、また白と黒の世界に、色がにじみ出した。
今度の色は、淡いクリーム色。
「――またっ!?」
「これは……」
「俺の――『記憶』ってヤツよ」
……デルフの記憶は、淡いクリーム色の砂埃の中から、始まった。
#navi(ゼロの黒魔道士)
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