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#navi(ルーン・ゼロ・ファクトリー)
少し古めかしいながらも、きっちりと掃除され、整備された木造の廊下。
壁にとりつけられた窓からは陽が差込み、広く長い廊下を照らしている。
そして、その廊下の上を1人と一匹が歩いていた。
1人は女性、それもまだ少女といえる年齢の女性だ。
腰まで届くピンクがかったブロンドの髪、ぬけるように白い肌、綺麗な鳶色の目が印象的な少女。顔立ちも非常に整っており、多少しきつめながら、見目麗しい美貌からは上級貴族としての気品も感じられる。普通なら多くの人間が振り返るだろう。
文句なしの美少女といえる少女だった。
もう一匹は、羊にも似た幻獣。
小柄な少女よりもさらに小さく、1メイルにも満たない。
その顔もかわいらしく、動物好きな人間で魅了されないものは居ないだろう。
身に着けた赤いベルトや、どんぐり型の帽子、首に巻かれた青いスカーフも、それの魅力を引き出している。
何より目を引かれるのがその体毛。金色に輝くふわふわの毛は、見ているだけでその柔らかさが想像できる。おそらくは高級綿でもその柔らかさを再現することは難しいだろう。
2足歩行でトコトコと歩くその姿も、十分に魅惑的な生物だった。
「ねえ、ルイズ」
羊型の幻獣ことマイスが隣を歩く少女に声をかける。
「何よ?」
少女ことルイズはそれに答えた。
「そういえば詳しく聞いてなかったよね? その、僕が召喚されたときのこと」
「ああ・・・ そういえばそうだったわね」
彼、マイスには記憶がない。召喚された際に負っていた怪我のせいで記憶喪失になっていた。
現在、その手がかりとなりうる彼のものと思わしきリュックを回収しにいくところだった。
おそらくは、現在それが唯一とれる方法だったが、他に手がかりがあるなら聞いておきたい。召喚されたときの話など何にもならないかもしれないが、それでも一応聞いておきたかった。
そうして、ルイズは彼が召喚されたときのことを思い出しつつ語り始めた。
さっきも言ったけど、このトリステイン魔法学校では2年生に進級する際、使い魔を召喚するの。
で、最後にわたしがあんたを召喚したんだけど・・・
正直、ひどい状態だったわ。
毛のせいでよく見えてなかったけど、体には切り傷や擦り傷が山ほどできてて、打撲のあともいくつかあったそうよ。それと、どうも水を大量に飲んでたらしいわ。
『まるで洪水にでも飲み込まれたようだ』って。手当てした先生は言ってたわね。
まあ、とりあえず。そんな状態で召喚されたものだから大騒ぎになったわ。
生徒のうちで治癒の使える人が総出で魔法をかけて、他の人が急いでより高度な治癒の魔法を使える先生を呼びにいって・・・
それから、さっき話したミスタ・コルベールがあんたのそばに落ちてたリュックを見つけたのよ。
拾い上げたリュックをしばらく見てたんだけど、急に顔色を変えて
『ミス・ヴァリエール。すみませんが、これはしばらく預かっておきます』って。
もう有無も言わせずよ! せめて中身を教えてくださいっていっても取り合ってくれないし。まったくあのハゲときたら・・・
ルイズが愚痴を言い始めるころには、マイスはじっと考え込んでいた。
自分の怪我のこと、洪水にあったようなと称された姿、持っていたという自分のものらしきリュック。
それでも心当たりがない。思い出すこともかなわない。
もとより期待していたわけではないが、それでも残念なものは残念だ。
しかし、ふと気になることが頭に浮かんだ。
「・・・コルベールさんは、何でリュックを持っていったのかな?」
「知らないわよ、そんなの」
むすっとしながらルイズが言い返す。相当腹に据えかねているのだろう。
「もともとあの人って、自分の部屋で変な実験してるって話ばっかり聞くし。そんな人じゃ変なものに興味持ってもおかしくないでしょ」
「変なものって・・・ 例えば?」
「わたしが知るわけないでしょ」
あっさりと言い切られ、マイスは軽くへこんだ。
いろいろと気になるはあるが、今は考えても仕方がなさそうだった。
「結局、見るまではわからない、かぁ」
ため息をつきつつ、マイスはそうつぶやいた。
「それにしても・・・」
マイスは自分の体に巻かれた包帯を見つめる。
「・・・そんな怪我でよく生きてたな。僕」
話によれば、まるで洪水に飲まれたような状態だったとのこと。
全身傷だらけの状態で、大量の水を飲み、ヘタすれば命に関わる大怪我で・・・
それでも、今こうして普通に歩いている。
起きたばかりのころは痛みもあったが、今はそれほど気にならないくらいになっていた。
「全くよ。ここが魔法学院じゃなければ危なかったでしょうね。
ここにはトリステイン中から優秀なメイジを集めたって話だし、治療設備も整ってるから・・・
私が召喚してなかったら、ほんとに死んでたかもしれないわね。」
ルイズのその言葉に、マイスは思わず苦笑した。
「うん、手当てしてくれたことには本当に感謝してるよ。
ルイズだって、僕の看病をしてくれてたみたいだし。『治癒』だっけ?
それもルイズがかけてくれたの? それとも・・・」
そこまで話した時、マイスはルイズの様子がおかしいことに気がついた。
一見何の変わりもないようにも見えるが、顔つきが少しこわばっている。
こぶしもぎゅっと握られ、どこか変に力んでいる。
雰囲気もどこか違和感を覚える。急に距離をとられたように感じだった。
「ルイズ?」
「・・・いたわ。あれがコルベール先生よ」
奇妙に思ったマイスが声をかけようとした瞬間、ルイズはそう言い放ち、突然走り始めた。
その先には中年の、先生と思わしき男性が歩いている。
「え・・・ ちょ、ちょっと待ってよルイズ!!」
突然走り出したルイズを追いかけるべく、マイスも急いで走り出した。
「ミスタ・コルベール!」
突然呼びかけられ、彼、コルベールは声のした方を振り返った。
その方向から桃色がかったブロンドの髪の少女が走ってくるのを見て、少し眉をひそめる。
「・・・ミス・ヴァリエール、そのように廊下を走るものではありませんよ」
「それよりも! ミスタ・コルベール! 例のリュックのことなんですけど・・・」
ルイズの言葉に、コルベールは首をふった。
「ミス・ヴァリエール。前にも言ったがあのリュックは・・・」
コルベールが話しかけようとしたとき、ルイズの後ろからもうひとつ足音がしているのに彼は気がついた。
「待ってよルイズ! そんな急に走り出すなんて・・・」
そしてまた突然、そんな声がした。
声がした方向を見るが誰も居ない。いぶかしんだ瞬間、少女に大声で呼びかけられる。
「ですから! そのわたしの使い魔が目を覚ましたので、約束通りリュックを返してもらいに来たんです!!」
ルイズの言葉にはっとなり、コルベールはルイズの方を振り向いた。
「なんですと! あの子が目を覚ましたと! で、ではその子は・・・」
その時になって、ようやく彼は自分の足元にやってきた生き物に気がついた。
小さい体と腰に巻かれたベルト。帽子に青いスカーフ。何より特徴的な金色の毛。
ああ、そうだ。この子は確かにミス・ヴァリエールの呼び出した・・・
「あの、はじめまして。マイスといいます。
ルイズの使い魔をすることになったので、その・・・よろしくお願いします。」
そういってその生き物はペコリと頭を下げた。
『ぴしっ』と音をたてんばかりにコルベールは固まった。
固まってしまったコルベールに向かってルイズはふふんと胸をはった。
「驚かれました?ミスタ。 この子、人の言葉を話すことが・・・」
「ミ、ミス・ヴァリエール! この子は・・・この子は言葉を話せるのですか?!」
ルイズの言葉を最後まで言わせず、コルベールはルイズへと問いかける。
「え・・・ええ、この子マイスっていうんですけど、普通に人の言葉をしゃべれるみたいです」
突然、すごい剣幕でたずねられ、一瞬ひるんだルイズだったが、驚きつつも返事をした。
そしてその言葉を受けて、コルベールは何かを考え込むようなそぶりを見せる。
「・・・まさか、こんなことが・・・ これはやはり・・・ いや、むしろ・・・」
急に考え込んでしまったコルベールを尻目に、マイスとルイズは思わず顔を見合わせた。
驚かれることはある程度予想していたつもりだったが、それにしては何か変だ。
「・・・急にどうしたんだろう」
「・・・さあ・・・?」
マイスの言葉に、訳がわからないとばかりにルイズは首をすくめた。
しばらく考え込んでいた様子のコルベールだが、すっと顔を上げると、今までになく真剣な顔でマイスとルイズのほうを向いた。
「・・・ミス・ヴァリエール、それと・・・マイスくん、だったかな。
申し訳ないが、今すぐ、ついて来て欲しいところがある」
「え?」
急にそういわれ、二人は疑問を浮かべる。
「あの、どうしてでしょうか? それに突然ついて来て欲しいだなんて、一体どこへ?」
ルイズの言葉に、コルベールは静かに答えた。
「・・・学院長。オールド・オスマンのところだ」
予想外の回答に、ルイズとマイスは、再び顔を見合わせた。
コルベールに連れられ、ルイズとマイスは学園長室への廊下を歩いていた。
途中、何人かの生徒や教師と思わしき人とすれ違ったが、コルベールがやけにせかすため声をかけられることはなかった。
「・・・ルイズ」
学園長室に向かう前に、コルベールから他の人に声を聞かれないように、と釘を刺されたため、人が居なくなったのを見計らいつつ、マイスは隣を歩くルイズに小声で声をかけた。
「・・・何?」
緊張のためか、少し上ずった声でルイズが聞き返す。
「・・・学院長・・・ オスマンさんっていうのは?」
「・・・学院長、オールド・オスマン。 このトリステイン魔法学院の最高責任者よ。年齢100歳とも300歳とも言われていて、トリステインの中でも相当に高名なメイジよ。」
「な・・・なんでそんな人から呼び出しが・・・?」
「わたしにもわからないわよ・・・」
そういってルイズは首を振った。
できるだけ顔には出さないようにはしているが、やはり緊張は隠しきれないようで、額には冷や汗が浮いている。心なしか歩き方もどこか心もとない。
そんなルイズの様子を見て、マイスも次第に不安が募っていく。
確かに人の言葉を話す未確認の幻獣となれば相当貴重な存在だろうが、そんな重要人物に呼び出されるほどのこととも思えない。
一体どのような理由で呼び出されたのか、一体どうなるのか。
疑念と不安にかられながらも、1人と一匹はコルベールの後ろについていった。
しばらくの間廊下の上を歩き続け、長い螺旋階段を上りきり、立派なつくりの扉の前に立つ2人と一匹。
おもむろにコルベールが扉へと近づき、扉を叩いた。
「オールド・オスマン。 ミス・ヴァリエールとその使い魔を連れてきました」
この先に、自分たちを呼び出した学院長がいる。
緊張が最高潮に達し、ルイズが思わず息を呑む。マイスも不安を押し殺しつつ、ぐっと表情を引き締める。
そして、コルベールが扉を開け放ち・・・
「ごめん。やめて。痛い。もうしない。ほんとに」
白髪の老人が頭を抱えて蹲っていた。その体を若い女性がおもいきり踏みつけていた。
しかも相当容赦がない。必死に謝り続ける老人をガスガスと蹴りつけている。
バタン
コルベールが扉を閉めた。
なんともいえない静寂が辺りに満ちた。
コルベールはしばらくこめかみの辺りを押さえていたが、おっほんと咳をしてからもう一度扉を開けた。
「うむ。きたかねミスタ・・・ なんだったかの?」
何事もなかったかのように机の上に座る老人の前に、コルベールは無言でつかつかと歩み寄った。
「コルベールです。オールド・オスマン。 それより・・・またミス・ロングビルにセクハラをしていましたね?」
コルベールの言葉に、突然老人は口を半開きにしたままボケっとあさっての方向を見つめ始めた。
「都合が悪くなったとたんボケたふりをするのはやめていただきたい! オールド・オスマン!!」
激昂するコルベールに対して老人の方は涼しい顔だ。
「まあまあ、そうかっかしなさんなミスタ。ほれ、そんなに神経質だと髪に悪いぞ?」
「髪のことは関係ないでしょうがっ!! このエロジジイ!!!」
「・・・・・・私達、もう帰ってもいいでしょうか?」
老人につかみかからんばかりの勢いのコルベールを尻目に、ルイズは冷ややかな声で告げた。マイスもなんともいえない表情で二人を見つめている。
「いや、ごめん。帰らないで。本当に重要な用件だから。」
冷たい視線に気がついたのか、学院の最高責任者、かつ高名なメイジのはずの老人は学生と幻獣にむかい、慌てて必死に頼み込んだ。
なんかもう、台無しだった。色々と。
「さて、ミス・ヴァリエール。今回呼び出したのは他でもない、君のその使い魔のことじゃ」
先ほど老人を蹴り倒していた女性に退室を促し、女性が出て行ったのを確認してから老人、オスマンは口を開いた。
真剣な表情でこちらを見据えるその姿は、みるからに老練なメイジといった感じで、手にもった杖と合わさり、貫禄に満ちていた。
「・・・それで、わたしの使い魔になんの問題があるのでしょうか?」
もっとも、先ほどの醜態のせいでその貫禄も全く意味を成さない。
先ほどの緊張もどこへやら、といった感じで、より冷たさを増した視線を向けつつ、
憮然とした表情でルイズが言い放った。
「う・・・うむ、そのことなのじゃが・・・ あー、確かマイス君、じゃったかな?」
ルイズの表情に気まずさを感じたのか、半ば無理やりにマイスに話題を振ってきた。
「えっと・・・そうです・・・一応」
マイスの返事にふむ、とオスマンは息を吐いた。
「話は聞いたが、本当に人の言葉が話せるのじゃな」
「はい。契約の前からこうして話すことができましたわ」
ルイズの言葉に、オスマンは大きくうなずくと、机の下から何かを取り出した。
「では、単刀直入に聞こう。 ・・・このリュックは、君のもので間違いないかね?」
そう話すオスマンの手には、古ぼけたリュックが握られている。
「ああっ!! そ、それです! わたしそのリュックを返してもらいに・・・」
思わず身を乗り出したルイズを手で制し、オスマンは首を振った。
「すまんが、ミス・ヴァリエール。これをそう簡単に渡すわけにはいかんのじゃ」
「そんな!」
怒りと失望の声を上げるルイズに向かって、オスマンは続ける。
「・・・訳を話すより、見てもらった方が早そうじゃの。
問題なのはこの中身なんじゃ。」
そういってオスマンはリュックから何かを取り出し、机の上に置いた。
いぶかしげに机に置かれたものを見た瞬間、ルイズの表情が変わった。
それは剣だった
別にただの剣ならどうということはない。むしろ、メイジ重視のハルケギニアにおいて、剣は魔法の使えない平民の扱う、取るに足らない代物として軽視される傾向がある。
しかし、その剣は普通のものとは一線を越えていた。
均整の取れた、おそらく片手で扱うサイズの剣。
何より目を引くのが、美しく研ぎ澄まされた薄緑の刀身。
まるで宝石のように光り輝いているが、それは明らかに、ただ光を反射しただけの代物ではない。
剣自身が、薄く光を放っているのだ。
オスマンが手に取り軽く振ったところ、剣の軌跡がまるで星のように煌いた。
「・・・何・・・これ・・・」
信じられないといった表情でルイズが呟く。
剣を見る機会などほとんどない、剣の良し悪しなどわかるはずもないルイズでさえ、その剣が尋常ならざる代物だと理解していた。
「・・・これだけではないんだ。ミス・ヴァリエール」
重々しくコルベールはいい、オスマンからリュックを受け取ってから、さらに中身を取り出す。
一体、こんな小さいリュックのどこにこれだけのものが入っていたのか、次々と出てくる品々。
まず目に映るのが剣以外の数々の武器。
見た目からしてただならぬ気配を持つ三又の槍。
先ほどの剣ほどではないにせよ、凄まじく研ぎ澄まされた、二つ一組と思わしき剣。
一体どうやって入っていたのか、そもそも人間が扱えるのかもわからない巨大な槌。
その他にも、リュックからは続々と武器が出てくる。
そして、どれもこれも、一般に出回っている武器とは格が違う。
入っていたのは武器だけではない。
次に出てきたのは何故か鎌や鍬、如雨露や伐採用と思わしき斧に、作業用のハンマー。
いわば農具一式であった。
しかし、この農具も普通の代物ではないことは簡単に予想できた。
あきらかに通常の農具と違う。どれもこれも異様な雰囲気を漂わせている。
ひょっとしたら、農具を模したマジックアイテムかもしれない。
その他にも、全く見たことのない植物の種の入った袋。
そして貴金属や宝石を使用した数々のアクセサリー。
などなど・・・
全ての物を取り出したときには、オスマンの広い机はリュックの中身で埋もれてしまっていた。
もはや言葉もないといった様子で呆然とその品々を見ていたルイズに向かい、オスマンが口を開いた。
「・・・わかったかの? ミス・ヴァリエール。
これだけのものを入れていたこのリュックにも驚きじゃが・・・ それ以上にこの中身は想像を超えておる。そうそう簡単には公にはできん」
そして、オスマンは品物をじっと見つめ続けるマイスへと向き直った。
「さて、マイス君。 すまんが教えて欲しい。 君はこれらの物をどうやって手に入れたのか? そして、これを作った人物に心当たりはあるのか?」
オスマンの問いかけにマイスは答えない。
目の前に積み上げられたものを見つめ、じっと考え込むが、がっくりとうなだれ、首を振った。
「・・・すみません。僕には答えることができません」
「・・・それは話せぬ事情があると?」
オスマンの言葉にマイスは辛そうに言葉を返す。
「・・・違います。 僕には・・・その・・・ 記憶がないんです」
マイスの予想外の言葉にオスマンとコルベールが目をむいた。
「記憶が・・・ないじゃと?」
「そ、それは本当なのですか!?」
驚く二人に、マイスの代わりにルイズが声を上げる。
「残念ながら・・・ 本当のことですわ。」
そして、ルイズは、マイスが起きた時のことを話し始めた。
マイスは召喚されたときの大怪我のせいで記憶喪失になっていること。
『マイス』という名前だけ思い出せたこと。
召喚されたときに持っていたリュックに記憶の手がかりがあるのではと考え、リュックを探していたこと。
ルイズが詳細を語り終えた後、オスマンは椅子に座り、大きく息を吐いた。
「・・・まさか記憶喪失とはのう・・・」
「・・・すみません。お役に立てなくて」
申し訳なさそうにするマイスにオスマンは手を振った。
「仕方あるまい。 本当に記憶がない以上、どうしようもなかろう。
このリュックも、記憶にはつながらなかったようじゃし・・・
少しづつ思い出していくしかないの」
そこまで言ってから、オスマンは再びマイスに顔を向けた。
「ところで、君はこれからどうするつもりかの?」
「とりあえず、ルイズの使い魔をすることになりました。
助けてもらった恩もありますし、記憶もいく当てもない以上、それが一番いいような気がしますから」
マイスの言葉にルイズは少しほっとしたようだった。
「うむ。わかった。 それが一番よいじゃろうて」
負う業にうなづきつつも、、オスマンは急に真剣な顔になり、マイスとルイズを見る。
「・・・じゃが、君が使い魔となるに当たって、ひとつ約束してもらいたいことがある」
急な言葉にマイスとルイズは首をかしげる。その様子に構わず、オスマンは続ける。
「マイス君。 君が言葉を話せるということを、誰にも知られないでもらいたい」
「んな!?」
「・・・え?」
あまりに予想外の言葉に驚愕の声を上げるルイズ。マイスも怪訝な表情を浮かべた。
「ど、どどどどうしてですか!! オールド・オスマン!!!」
慌てた様子でルイズはオスマンに詰め寄った。
マイスが人の言葉をしゃべれるというのは、最大の長所である。
自分の召喚した使い魔が人語を理解できるというのは、ルイズにとって皆を見返してやれる最大の要因だった。
それゆえに、オスマンの言葉は到底納得できるものではなかった。
「ミス・ヴァリエール。納得いかないだろうが、これはそう簡単な問題ではないんだよ」
コルベールが半ば泣きそうになっているルイズの横に立ち、彼女を諌める。
オスマンは困惑するマイスに向かい、ゆっくりと話し始めた。
「・・・身内の恥をさらすようで忍びないが、この国の高官連中には盆暗が多い。
このような代物を下手に知らせれば、碌な騒ぎを引き起こしかねん。これを調べ、出所を調べあげ、戦なんぞ引き起こすことも考えられる」
オスマンの言葉に、ルイズも事の重大さを理解したのか、顔に緊張の色が浮かぶ。
「さらに問題なのは君自身じゃ、マイス君。
君が言葉を話せると知れれば、これらの代物が仮に明らかになった時、アカデミー・・・
この国の魔法の実験などをしとる連中じゃな。 やつらは君から手がかりを得ようとするじゃろう。 なにせ言葉を話せるんじゃ、そこから情報を得る方が手っ取り早い。
・・・最悪、アカデミーへ連行、拷問などということもありえる」
その言葉を聞き、マイスとルイズは青くなった。
「無論、これは本当に最悪の場合じゃ。 じゃが、可能性も完全には否定できん。
だからこそ、君が言葉を話せることはできるだけふせておいた方が良い」
そこまで語り終えた後、オスマンは再び椅子にもたれかかった。
マイスとルイズはしばらく言葉がなかった。
てがかりになると思っていたリュックが、とんでもない事態を引き起こしていたことを知らされ、正直頭が付いていけなかった。
しかし、事態の深刻さを考えれば従わざるを得ない。
下手すれば命の危機ともいえるこの状況に、マイスは考えた末に首を縦に振る。
「・・・わかりました。 なるべく他の人に知られないようにします」
「・・・うむ。すまんの。 ・・・ミス・ヴァリール。君もかまわんな?」
オスマンの言葉に、渋い顔をしていたルイズもがっくりと肩を落とした。
「・・・わかりましたわ、オールド・オスマン」
「・・・君にはつらいかもしれんがどうか我慢をしてくれ。 ・・・すまんの」
がっかりとするルイズにマイスも声をかける。
「ごめん、ルイズ。こんなことになってしまって」
「しかたないわ・・・ わたしだってせっかく召喚した使い魔を没収されるなんて冗談じゃないもの・・・」
口ではそういいつつも、ルイズの表情は冴えない。
やはり相当がっかりしている様子だった。
「では二人とも。くれぐれも今回のことは心にとどめておいて欲しい。
マイス君の記憶については、私の方からも何かないか調べておこう。
何か思い出したことがあれば、こちらにも知らせて欲しい。
話は以上じゃ」
こうして、オスマンからの話は終わった。
そしてマイスは、しゃべってはならないという制限と、記憶喪失やリュックの不安をかかえながらも、ルイズの使い魔としてトリステイン魔法学院での生活をすることになったのだった。
「うーん・・・」
オスマンが話を終えた直後、ルイズは急に何かを考え始めた。
「どうかしたのかね? ミス・ヴァリエール?」
そのルイズの様子に、コルベールが声をかける。
「いえ、何かとても重要なことを忘れてるような気がして」
「あ、ルイズも?」
ルイズの言葉に、マイスも同意する。
「あら、あんたも?」
「うん、何か、とても大事なことを忘れてるような・・・」
そう語りつつ、ルイズとマイスは考え続ける。
突然、ルイズとマイスは、はっと何かに気がついたような顔をした。
同時に顔がサーッと青ざめた。
そして、同時にお互いにばっと振り向き、思わず大声で叫んでいた。
『シエスタ!!!!』
結局、すでにマイスのことを知ってしまっていたシエスタを探し出すべく、ルイズとマイスは、コルベールとオスマンを巻き添えにしつつ、学園中を探すハメになった。
不幸中の幸いというべきか、シエスタは先ほどの仕事の遅れを取り戻すべく大急ぎで仕事をしており、他の人と話す暇がなかったので、マイスのことが周囲に知られることはなかった。
しかし、そのために学園中を探し回ったルイズとマイスは、肉体的にも精神的にも、どっと疲れる事になったのだった。
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