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「赤目の使い魔-07」(2009/12/03 (木) 19:24:58) の最新版変更点
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#navi(赤目の使い魔)
騒動が一しきり治まると、教室は戦場から更に魔境へと変化を遂げていた。
あちこちで火種が燻る中、高価そうな教具や綺麗な窓ガラスは殆どが大破し、そうでない物も大概は大きな傷が入っている。もう使い物にはならないだろう。
一部では酸で溶かされたような跡も有り、クリストファーは思わず身震いした。
あの後、息を吹き返したシュヴルーズにより、ルイズとクリストファーの二人は教室の魔法抜きでの後片付けを言い渡された。尤も彼女が魔法を使った所で、更地と言う意味でしか綺麗にする事ができないのだが。
仕事は多い。瓦礫の山を片付け、煤にまみれた壁を磨き、新たな窓ガラスや教具を運ぶ。
八割がた瓦礫を片した所で、クリストファーは早くも辟易とした。
重労働がきつい訳ではない。体力はあるので、面倒とは言えこれ位の雑務は実際屁でもない。
それよりも、懸念することが一つ。
「……………」
「……………」
空気が、重い。
爆発後の一言以降、ルイズは一言も発していない。今も、背を向けたまま箒で床を掃いている。
原因は、さっきの出来事と見てまず間違いないだろう。
魔法を使えるという事が、貴族の必須条件であるとシエスタから聞いていた。貴族貴族と声高に叫んでいた主人が失敗ばかりの底辺魔法使いならば、それ程情けない事は無い。
対するクリストファーも、何も言葉にしてはいない。
何を言っても墓穴になりそうだと言うのも有ったが、本来彼はそんな事に構わず墓穴どころか地雷もバスバス踏みつける様な性格の持ち主だ。
それを押し留めたのは、あのシエスタの言葉。
『どうか、彼女を悲しませないであげて下さい』
――あんな風に頼まれちゃなぁ
彼は一人苦笑しながら、まだまだ終わりが見えない仕事に手を動かした。
「………のよ」
「え?」
そんな彼の耳に、消え入りそうな声が届く。
教室に二人しかいない以上、音源はルイズに間違いないのだが、それにしては声に覇気が無い。
視線を向けても見えるのは小さな背中だけで、表情は窺い知れない。
そこに、今度は聞こえるような音量で言葉が投げかけられた。
「なんで、何も言わないのよ」
極限まで感情を押し殺そうとした言葉。
しかし、抑えきれない思いが彼女の声を震わせる。
「今朝みたいに、あいつ等みたいに、笑えば良いじゃない。馬鹿にすれば良いじゃない! 中途半端に同情なんかするんじゃないわよ! そんなの、貶されたほうがまだマシよ!」
堰を切った様に激情の言葉が吐き出される。
笑われれば、軽口を叩かれれば、言い返すと言う行為で矜持を保つことが出来た。
しかし、何も言われなければ言葉を返すことも出来ない。ただただ鬱屈した思いだけが彼女の中に積み重なり、脆い矜持を押しつぶす。
それが彼女には情けなくて、悲しくて、耐えられなかった。
自分勝手な言い分だと言うのは分かっている。ただ、どうしても自分の感情を他人にぶつけずには居られなかった。
場を、沈黙が支配する。
クリストファーは押し黙った彼女を暫く見詰めて、
声を上げて、笑った。
ルイズは、身を強張らせる。
先程はヤケになってあんな事を口走ってしまったが、もしこの男にも馬鹿にされてしまったら。
今度こそ、自分を保てなくなるかもしれない。
使い魔と主人と言う、彼女の最後の心の砦が壊されてしまうかもしれない。
ルイズは、目を瞑って言葉の続きを待った。
しかし、彼の口から紡がれたのは彼女にとって予想もして居なかった言葉だった。
「心配しなくても、僕は君が『ゼロ』だなんて思ってないよ」
あまりに予想外の内容に、ルイズは一瞬唖然とし、直ぐに反論の言葉を吐き出した。
「う、嘘よ! さっきの爆発を見たでしょ! どんな魔法を使ってもあんな有様なのに、それが『ゼロ』以外の何だってのよ!」
「じゃあさ、君以外のメイジも失敗したらあんな感じになるのかい?」
それは、とルイズは言葉を詰まらせる。
そもそも、普通のメイジに失敗魔法なんて言うものはない。魔法に失敗した時は、只何も起きないだけである。ルイズも、それは百も承知だ。
しかし――それなら、あの爆発は失敗以外の何だと言うのか。
「やっぱりね。まぁ、皆の反応から大体予想はついてたけどさ」
ルイズの反応を見て、クリストファーは満足そうに言葉の続きを紡ぐ。
彼女は、そんな彼を苛立たしげに睨みつけた。
「……だったら何なのよ」
ルイズの言葉を聞いて、クリストファーはニヤリと口を歪める
「いや何、単純な結論だよ。何をやっても爆発が起きるって事は、つまり――」
一拍置いて、彼は言葉の続きを吐き出した。
「――その爆発が、君の魔法って事だろ?」
その言葉を聞いた瞬間、ルイズの心は爆発した。
「ふざけないでよ! 散々言葉並べといて、結局はそれ!? 練金どころか、フライもレビテーションも出来やしない、只馬鹿みたいに爆発するだけ! そんなの『ゼロ』以外の何者でもないじゃない!」
「だーかーらー、その考えが間違ってるんだって」
いつの間にか、クリストファーはルイズの目の前に立っていた。どんなに怒鳴りつけても動じない彼の姿に、ルイズは少し気圧される。
「考えてもみなよ。火種どころか火薬も無しに、只杖振るだけでドカーン。教室だってこの有様だ。これが『ゼロ』なんてのは、全くナンセンスじゃないか」
両手を広げ、教室の惨状を仰ぐように一回転しながら、クリストファーは言葉を紡ぐ。
再びルイズの顔に相対したところで――彼の表情が、真剣味を帯びた物と変わる。
「君だって……薄々分かってるんだろう?」
「な、何がよ」
彼の赤眼に見竦められ、ルイズの声が上擦る。
クリストファーは真剣な表情のままルイズを見詰め、静かに言葉を紡ぎだした。
「君は『無能』なんかじゃない――只、『異常』なだけだ」
ルイズの心が、大きく揺れ動く。
怒りでも、悲しみでもない揺らぎが、彼女の精神を鷲掴みにする。
赤眼に移った自分が、酷く歪んで見えた。
「君は『不自然』なんだよ。それは揺るがない事実だ。それを認めない限り、君は今の場所から前にも後ろにも動けない。逃げる事は絶対に出来ないよ。だって、好き嫌いどっちでも、自分とは永遠に付き合わなきゃならない訳だしね」
何処か自嘲気味に語られた言葉。事実、経験則なのだろう。
彼の赤目と牙が、ルイズにそう確信させた。
「『普通』って感覚は、捨てるんだよ。それは有っても、ただ君を苦しめるだけだ。それを僕は良く知っている」
宥める訳でも脅しつける訳でも無く、クリストファーは淡々と語る。
もう、まともに彼の顔を見ることは出来ない。
目にしたら最後、『異常』へと引き摺り込まれてしまう気がしたから。
「……やめてよ……」
再び、彼女の声が震える。
其処には、先程のような怒気は無い。
其処に有るのは――純粋な恐怖。
「そんなの……そんなの、絶対に嫌! わ、私は、お母様みたいに強くなくても良い、姉さまみたいに優秀じゃなくても良い、ただ、ただ普通のメイジになりたいだけなのに。何で、何で……!」
唇を紫色に鬱血する位に噛み締め――ルイズは感情の全てを吐き出した。
「あんたみたいな化け物と、一緒にしないで!」
そのまま箒を床に叩き付けると、教室の外へと走っていった。
クリストファーはそんな彼女を止める訳でも無く、ただ静かに見送った。
段々小さくなる足音を聞きながら、彼は教室を見回す。
「もしかして、残り全部僕がやんなきゃいけないのかな……?」
冷や汗混じりに紡がれたその言葉は、誰にも聞かれること無く虚構へと溶けていった。
#navi(赤目の使い魔)
#navi(赤目の使い魔)
騒動が一しきり治まると、教室は戦場から更に魔境へと変化を遂げていた。
あちこちで火種が燻る中、高価そうな教具や綺麗な窓ガラスは殆どが大破し、そうでない物も大概は大きな傷が入っている。もう使い物にはならないだろう。
一部では酸で溶かされたような跡も有り、クリストファーは思わず身震いした。
あの後、息を吹き返したシュヴルーズにより、ルイズとクリストファーの二人は教室の魔法抜きでの後片付けを言い渡された。尤も彼女が魔法を使った所で、更地と言う意味でしか綺麗にする事ができないのだが。
仕事は多い。瓦礫の山を片付け、煤にまみれた壁を磨き、新たな窓ガラスや教具を運ぶ。
八割がた瓦礫を片した所で、クリストファーは早くも辟易とした。
重労働がきつい訳ではない。体力はあるので、面倒とは言えこれ位の雑務は実際屁でもない。
それよりも、懸念することが一つ。
「……………」
「……………」
空気が、重い。
爆発後の一言以降、ルイズは一言も発していない。今も、背を向けたまま箒で床を掃いている。
原因は、さっきの出来事と見てまず間違いないだろう。
魔法を使えるという事が、貴族の必須条件であるとシエスタから聞いていた。貴族貴族と声高に叫んでいた主人が失敗ばかりの底辺魔法使いならば、それ程情けない事は無い。
対するクリストファーも、何も言葉にしてはいない。
何を言っても墓穴になりそうだと言うのも有ったが、本来彼はそんな事に構わず墓穴どころか地雷もバスバス踏みつける様な性格の持ち主だ。
それを押し留めたのは、あのシエスタの言葉。
『どうか、彼女を悲しませないであげて下さい』
――あんな風に頼まれちゃなぁ
彼は一人苦笑しながら、まだまだ終わりが見えない仕事に手を動かした。
「………のよ」
「え?」
そんな彼の耳に、消え入りそうな声が届く。
教室に二人しかいない以上、音源はルイズに間違いないのだが、それにしては声に覇気が無い。
視線を向けても見えるのは小さな背中だけで、表情は窺い知れない。
そこに、今度は聞こえるような音量で言葉が投げかけられた。
「なんで、何も言わないのよ」
極限まで感情を押し殺そうとした言葉。
しかし、抑えきれない思いが彼女の声を震わせる。
「今朝みたいに、あいつ等みたいに、笑えば良いじゃない。馬鹿にすれば良いじゃない! 中途半端に同情なんかするんじゃないわよ! そんなの、貶されたほうがまだマシよ!」
堰を切った様に激情の言葉が吐き出される。
笑われれば、軽口を叩かれれば、言い返すと言う行為で矜持を保つことが出来た。
しかし、何も言われなければ言葉を返すことも出来ない。ただただ鬱屈した思いだけが彼女の中に積み重なり、脆い矜持を押しつぶす。
それが彼女には情けなくて、悲しくて、耐えられなかった。
自分勝手な言い分だと言うのは分かっている。ただ、どうしても自分の感情を他人にぶつけずには居られなかった。
場を、沈黙が支配する。
クリストファーは押し黙った彼女を暫く見詰めて、
声を上げて、笑った。
ルイズは、身を強張らせる。
先程はヤケになってあんな事を口走ってしまったが、もしこの男にも馬鹿にされてしまったら。
今度こそ、自分を保てなくなるかもしれない。
使い魔と主人と言う、彼女の最後の心の砦が壊されてしまうかもしれない。
ルイズは、目を瞑って言葉の続きを待った。
しかし、彼の口から紡がれたのは彼女にとって予想もして居なかった言葉だった。
「心配しなくても、僕は君が『ゼロ』だなんて思ってないよ」
あまりに予想外の内容に、ルイズは一瞬唖然とし、直ぐに反論の言葉を吐き出した。
「う、嘘よ! さっきの爆発を見たでしょ! どんな魔法を使ってもあんな有様なのに、それが『ゼロ』以外の何だってのよ!」
「じゃあさ、君以外のメイジも失敗したらあんな感じになるのかい?」
それは、とルイズは言葉を詰まらせる。
そもそも、普通のメイジに失敗魔法なんて言うものはない。魔法に失敗した時は、只何も起きないだけである。ルイズも、それは百も承知だ。
しかし――それなら、あの爆発は失敗以外の何だと言うのか。
「やっぱりね。まぁ、皆の反応から大体予想はついてたけどさ」
ルイズの反応を見て、クリストファーは満足そうに言葉の続きを紡ぐ。
彼女は、そんな彼を苛立たしげに睨みつけた。
「……だったら何なのよ」
ルイズの言葉を聞いて、クリストファーはニヤリと口を歪める
「いや何、単純な結論だよ。何をやっても爆発が起きるって事は、つまり――」
一拍置いて、彼は言葉の続きを吐き出した。
「――その爆発が、君の魔法って事だろ?」
その言葉を聞いた瞬間、ルイズの心は爆発した。
「ふざけないでよ! 散々言葉並べといて、結局はそれ!? 練金どころか、フライもレビテーションも出来やしない、只馬鹿みたいに爆発するだけ! そんなの『ゼロ』以外の何者でもないじゃない!」
「だーかーらー、その考えが間違ってるんだって」
いつの間にか、クリストファーはルイズの目の前に立っていた。どんなに怒鳴りつけても動じない彼の姿に、ルイズは少し気圧される。
「考えてもみなよ。火種どころか火薬も無しに、只杖振るだけでドカーン。教室だってこの有様だ。これが『ゼロ』なんてのは、全くナンセンスじゃないか」
両手を広げ、教室の惨状を仰ぐように一回転しながら、クリストファーは言葉を紡ぐ。
再びルイズの顔に相対したところで――彼の表情が、真剣味を帯びた物と変わる。
「君だって……薄々分かってるんだろう?」
「な、何がよ」
彼の赤眼に見竦められ、ルイズの声が上擦る。
クリストファーは真剣な表情のままルイズを見詰め、静かに言葉を紡ぎだした。
「君は『無能』なんかじゃない――只、『異常』なだけだ」
ルイズの心が、大きく揺れ動く。
怒りでも、悲しみでもない揺らぎが、彼女の精神を鷲掴みにする。
赤眼に移った自分が、酷く歪んで見えた。
「君は『不自然』なんだよ。それは揺るがない事実だ。それを認めない限り、君は今の場所から前にも後ろにも動けない。逃げる事は絶対に出来ないよ。だって、好き嫌いどっちでも、自分とは永遠に付き合わなきゃならない訳だしね」
何処か自嘲気味に語られた言葉。事実、経験則なのだろう。
彼の赤目と牙が、ルイズにそう確信させた。
「『普通』って感覚は、捨てるんだよ。それは有っても、ただ君を苦しめるだけだ。それを僕は良く知っている」
宥める訳でも脅しつける訳でも無く、クリストファーは淡々と語る。
もう、まともに彼の顔を見ることは出来ない。
目にしたら最後、『異常』へと引き摺り込まれてしまう気がしたから。
「……やめてよ……」
再び、彼女の声が震える。
其処には、先程のような怒気は無い。
其処に有るのは――純粋な恐怖。
「そんなの……そんなの、絶対に嫌! わ、私は、お母様みたいに強くなくても良い、姉さまみたいに優秀じゃなくても良い、ただ、ただ普通のメイジになりたいだけなのに。何で、何で……!」
唇を紫色に鬱血する位に噛み締め――ルイズは感情の全てを吐き出した。
「あんたみたいな化け物と、一緒にしないで!」
そのまま箒を床に叩き付けると、教室の外へと走っていった。
クリストファーはそんな彼女を止める訳でも無く、ただ静かに見送った。
段々小さくなる足音を聞きながら、彼は教室を見回す。
「もしかして、残り全部僕がやんなきゃいけないのかな……?」
冷や汗混じりに紡がれたその言葉は、誰にも聞かれること無く虚構へと溶けていった。
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