「藍色の怪物」(2009/10/10 (土) 23:03:16) の最新版変更点
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キュルケは、ゲルマニアの人である。
彼女はゲルマニア貴族の中でも評判の美女だが、身持ちがかたく、どちらかというと無口で陰気な人柄であった。
しかし、彼女も十代の頃は炎のように燃え上がりやすく、恋多き奔放な乙女だったそうだ。
それがどうしてこのようになってしまったのか、人に尋ねられても彼女は決して語ろうとはしなかった。
ある春のこと。トリステインのモット二世という若い貴族が、たまたま彼女と話す機会を得た。
「良い季節になりましたね」
挨拶がてら時候を話題にすると、キュルケは不機嫌な顔になった。
「私は春が嫌いよ」
「それは、またどうして」
冬や夏が嫌いというのはよく聞くけれど、春が嫌いだと言う人は珍しい。
キュルケは遠くを見るような目をしていたが、ぽつりぽつりと、学生時代のことを語り始めた。
その当時、彼女はトリステイン魔法学院へ留学生としており、多くの男子生徒を恋路に明け暮れていた。
二年生への進級試験として、毎年この時期には使い魔を召喚する儀式が行われる。
この時キュルケは立派なサラマンダーを召喚して、風竜を召喚した親友と共に大いに注目を浴びた。
でも、もっとも注目を浴びたのは、ルイズという女子生徒が召喚した使い魔だった。
彼女が召喚したのは、見たこともないおかしな服装をした平民の女だったのである。
その女は遥か遠い国からやってきたものらしく、初めは戸惑っていたようだが、すぐに、はいはいとルイズに従った。
「夫に先立たれて子供もなく、親類の家に厄介になろうと思っておりましたところ、あなたに召喚にされました。これも何かのご縁でございましょう。どうぞ、使い魔にしてくださいませ」
女はこんなようなことを語っていたそうだ。
人間の使い魔なんて……と、ルイズは不満そうだったが、担任の教師に促されたことと、相手の従順さも手伝って、結局この女を使い魔にした。
その夜。キュルケは何となくルイズとその使い魔の様子が気になり、隣部屋であったことを幸いに、そっと聞き耳をたててみたが、別に変わった様子はない。
なんだつまらないと思って、その夜は約束していた相手もいなかったので、早々にベッドに入ってしまった。
ところが、その夜はどうにも寝つきが悪く、寝ているのか起きているのか、よくわからない状態が長く続いた。
そんな中、ふと耳をすませてみると隣の部屋から、何か声が聞こえる。
「痛い……痛い……」
ルイズの声で、そんなことを言っているようだった。
キュルケは朦朧とした気分であったので、最初は変な夢を見るわねえ――ぐらいにしか思わなかった。
だが次第に意識がはっきりしてくるに従い、得体の知れない胸騒ぎがしてきたので、使い魔を従えて、そっとルイズの部屋までいってみることにした。
ドアの前まで近づいたところ、サラマンダーが異常に興奮し始めた。
これに嫌なものを感じたキュルケは、いつでも炎を飛ばせるように杖を振るって呪文を唱え、蹴破るようにして部屋へ踏み入った。
部屋には、ぎょろりとした丸い目玉の、藍色の怪物がいた。
キュルケが攻撃魔法を放つ前に、怪物は乱杭歯をむき出して一声叫ぶと、窓を突き破り外へ逃げ出していった。
学院中は大変な騒ぎとなり、生徒も教師もほとんど総員のような形で怪物の行方を追ったが、結局怪物はそのまま姿を消してしまった。
使い魔の女は、どこにも姿が見えなかった。
しかし、ルイズの部屋には、女が着ていた衣服と、その女の皮が残されていたという。
「それで、そのルイズという女子生徒はどうなったのですか?」
モットが聞いたが、キュルケは詳細を語ることはなかった。
ただ、
「あの子は、髪の毛と頭の一部しか残ってなかった」
このように、いつも以上に陰鬱な表情で語ったという。
※トリステイン王立図書館蔵、『古今怪異録集』より――
キュルケは、ゲルマニアの人である。
彼女はゲルマニア貴族の中でも評判の美女だが、身持ちがかたく、どちらかというと無口で陰気な人柄であった。
しかし、彼女も十代の頃は炎のように燃え上がりやすく、恋多き奔放な乙女だったそうだ。
それがどうしてこのようになってしまったのか、人に尋ねられても彼女は決して語ろうとはしなかった。
ある春のこと。トリステインのモット二世という若い貴族が、たまたま彼女と話す機会を得た。
「良い季節になりましたね」
挨拶がてら時候を話題にすると、キュルケは不機嫌な顔になった。
「私は春が嫌いよ」
「それは、またどうして」
冬や夏が嫌いというのはよく聞くけれど、春が嫌いだと言う人は珍しい。
キュルケは遠くを見るような目をしていたが、ぽつりぽつりと、学生時代のことを語り始めた。
その当時、彼女はトリステイン魔法学院へ留学生としており、多くの男子生徒を恋路に明け暮れていた。
二年生への進級試験として、毎年この時期には使い魔を召喚する儀式が行われる。
この時キュルケは立派なサラマンダーを召喚して、風竜を召喚した親友と共に大いに注目を浴びた。
でも、もっとも注目を浴びたのは、ルイズという女子生徒が召喚した使い魔だった。
彼女が召喚したのは、見たこともないおかしな服装をした平民の女だったのである。
その女は遥か遠い国からやってきたものらしく、初めは戸惑っていたようだが、すぐに、はいはいとルイズに従った。
「夫に先立たれて子供もなく、親類の家に厄介になろうと思っておりましたところ、あなたに召喚にされました。これも何かのご縁でございましょう。どうぞ、使い魔にしてくださいませ」
女はこんなようなことを語っていたそうだ。
人間の使い魔なんて……と、ルイズは不満そうだったが、担任の教師に促されたことと、相手の従順さも手伝って、結局この女を使い魔にした。
その夜。キュルケは何となくルイズとその使い魔の様子が気になり、隣部屋であったことを幸いに、そっと聞き耳をたててみたが、別に変わった様子はない。
なんだつまらないと思って、その夜は約束していた相手もいなかったので、早々にベッドに入ってしまった。
ところが、その夜はどうにも寝つきが悪く、寝ているのか起きているのか、よくわからない状態が長く続いた。
そんな中、ふと耳をすませてみると隣の部屋から、何か声が聞こえる。
「痛い……痛い……」
ルイズの声で、そんなことを言っているようだった。
キュルケは朦朧とした気分であったので、最初は変な夢を見るわねえ――ぐらいにしか思わなかった。
だが次第に意識がはっきりしてくるに従い、得体の知れない胸騒ぎがしてきたので、使い魔を従えて、そっとルイズの部屋までいってみることにした。
ドアの前まで近づいたところ、サラマンダーが異常に興奮し始めた。
これに嫌なものを感じたキュルケは、いつでも炎を飛ばせるように杖を振るって呪文を唱え、蹴破るようにして部屋へ踏み入った。
部屋には、ぎょろりとした丸い目玉の、藍色の怪物がいた。
キュルケが攻撃魔法を放つ前に、怪物は乱杭歯をむき出して一声叫ぶと、窓を突き破り外へ逃げ出していった。
学院中は大変な騒ぎとなり、生徒も教師もほとんど総員のような形で怪物の行方を追ったが、結局怪物はそのまま姿を消してしまった。
使い魔の女は、どこにも姿が見えなかった。
しかし、ルイズの部屋には、女が着ていた衣服と、その女の皮が残されていたという。
「それで、そのルイズという女子生徒はどうなったのですか?」
モットが聞いたが、キュルケは詳細を語ることはなかった。
ただ、
「あの子は、髪の毛と頭の一部しか残ってなかった」
このように、いつも以上に陰鬱な表情で語ったという。
※トリステイン王立図書館蔵、『古今怪異録集』より――
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