「SeeD戦記・ハルケギニア lion heart with revenger‐14」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「SeeD戦記・ハルケギニア lion heart with revenger‐14」(2010/01/03 (日) 00:09:55) の最新版変更点
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#navi(SeeD戦記・ハルケギニア lion heart with revenger)
mission11 「Lunatic Pandora」
トリスタニア近くに降ろしているラグナロクのブリッジ。
『多なる者と、そこの単なる者があの者達を討ち滅ぼした時、残った力は確かにあちらの方へと飛んでいった』
此度はアニエスの姿で現界しているラグドリアンが指さす先は西北西の上方。
「……つまり、あの死者達を指輪を使って操っていた奴はやはりアルビオンに居るということか」
ブリッジから夕焼け空を見上げてスコールは呟く。
「それも、ここまで条件が揃うとなると恐らくは……クロムウェル……オリバー・クロムウェル正にその人物だろうな」
渋い顔でアニエスが引き継ぐ。
「いくら何でも、そうそう簡単に殴り込める場所ではない」
魔法は、どうにかなる。ジャンクションシステムを駆使すれば、使用属性の限られる系統魔法はいくらでも防ぎようがある、
だが、攻撃はメイジだけとは限らない。剣で、槍で、矢で、物理的に集中砲火を受けては手数で押し切られてしまう。長期戦の鬼札となるST攻撃ドレインが使えないことは、女王誘拐事件でよく判っていた。
「直にチャンスは来る。トリステインかゲルマニアか、或いは両方がアルビオンへ攻め入るはずだ」
その為の軍備を整えているらしいことは情報屋から仕入れるまでもなく、傭兵仲間達の間で噂になっていた。皆手柄を立てんと意気揚々である。
「その隙を突くか。まるで火事場泥棒だな」
「まるでじゃない。火事場泥棒だ……あんたの気が進まないというなら無理に付き合ってもらう必要はない。これは俺が勝手にラグドリアンと交わした契約だ」
「見・く・び・る・な」
一音ずつ区切って、苛立ったような声をアニエスが上げる。
「今更お前一人でやらせる物か」
「……助かる。悪いな、もうしばらく指輪の奪還は遅れそうだ」
『構わん、元より我にとって時の概念は非常に薄い。明日であろうと一年後であろうと大して変わりはない。だが、もしお前達が二人とも、約定を果たす前に潰えれば、我は再び自力での奪還を試みよう』
「…………」
アルビオンの高さにまでこの星の水位が到達するのを想像し、スコールは冷や汗を垂らす。
(……帰る手段が見つかっても、おいそれと帰れそうにはないな)
指輪の奪還の方を優先する方が精神衛生上良さそうである。
ラグドリアンを収納して、アニエスにジョーカーと三人で依頼探しに夜の酒場へと繰り出す。
が、今回そちらは空振りで終わってしまった。
先のタルブ戦辺りから前後して、二人が依頼を受けられる件数は減ってきているのだ。
擬似魔法の普及がそれに影響を及ぼしているが、それはライバルである他の傭兵達が擬似魔法を修得したから、と言うよりは依頼する立場の傭兵でない平民達が擬似魔法を修得したことで傭兵に頼ることが無くなって来つつあるというのが実情だ。故に
「わりぃな、どうにも不況でねぇ。お前達には、こないだラグドリアン湖の一件を回してやったろう?しばらくは我慢しててくれや」
こんな言葉を受けることになる。
「どうする?」
小遣いを稼いでくる、とカード席へ向かうジョーカーを尻目に、アニエスがそう尋ねてくる。
「……仕事がないなら仕方がない。『そっち』も、目標は一段落してるんだろう」
「ああ……いや、こちらも情報待ちだが、一人掴みかけているのが居てな。こいつはガリアに向かったらしい」
「ガリアに?」
「直接向こうで情報屋を当たってみたいし、もう一度、行ってみないか?お前と同郷の者も居るかもしれんのだろう?」
「……そうだな。もう一度行くか」
ミルクの入ったコップに口を付けてごくりと嚥下した。
翌日の朝。ガリア王都リュティス。
「出て行けーっ!」
野太い男性の声が響くと共に、人々で賑わう界隈に一人の男が放り出された。
「うおぁぁあああああ!?」
放り出された店の入り口から、別の若い男と少女が出てくる。
「ビッグスさん!?」
「大丈夫ですか!」
「い、いたたたたたた……」
強かに打ち付けた腰をさすりながら男――もちろんビッグスが上半身を起こす。
「うちの娘を誑かそうったってそうはいかねぇ!いいな!?二度とラーナに近づくなよ!」
店の入り口からがたいの良い男が顔を出す。
「お父さん! いきなり投げ飛ばすなんて非道すぎるわ!」
「ラーナ、そんなペテン師に構うな!」
ビッグスを庇う立場を示す娘に、今度は怒鳴る。
「ビッグスさんやウェッジさんはいい人だわ! 酔っぱらいに絡まれていた私を、助けてくれたもの!」
彼女の家は宿屋をしていて、夜には酒場にもなる。そこで彼らに助けてもらったのは半年ほど前になるか。
「それだって全部八百長さ!」
「それなら、わざわざ私に『力』の使い方を教える必要は無いはずよ! その方が用心棒としてあれこれ口出し出来るんだから!」
娘の思いがけない反論に、父親は口を歪めると店の中に引っ込んだ。「部屋の掃除があるからとっとと来い」という言葉だけは残していったが。
まだ天頂する前の日の下で、突然の親子喧嘩に時の止まっていた界隈はようやく平常通りの動きに戻った。いささかぎこちなさはあったが。
「うおおお……酷い目にあった……」
呻きつつ、ようやくにしてビッグスが立ち上がる。
「仕方有りませんね。ルナティック・パンドラなんて……誰も信じませんよ」
ウェッジが力無く呟く。
「ドロー ケアル」
ビッグスからドローしたケアルでビッグス自身の怪我を治しながら、ラーナは返す。
「私は、信じてますよ。平民の私に、魔法が使えるようにしてくれたビッグスさん達の言葉だから。
お年寄り達は、悪魔の力だって忌み嫌ってるけど、私たちぐらいの子はみんなビッグスさん達に感謝していますから」
でも、と笑みを浮かべながらラーナは宿屋の扉へと後ずさる。
「御免なさい。私はやっぱり行けません。お父さんは、ああだからきっとここを動かないでしょう?お母さんも……だから、放ってはおけないの。教わったこの擬似魔法で、お父さん達を守らなきゃ」
「ラーナちゃん……」
親を想ってのその言葉に、ウェッジは胸を打たれた様に名前を呼ぶ。
「だからせめて、お二人だけでも、ね?」
それだけ言って、ラーナは扉をくぐって中に入った。
「ビッグスさん……」
「何も言うな……くそ、わしらの方が気遣われるとはなぁ……」
「せめて……我々がSeeDぐらい強ければ……」
「呼んだか」
『は?』
後ろから突然かけられた声に、二人は振り返る。
「SeeDなら居るが」
特徴的な武器であるガンブレードを腰から下げ、額に傷を負った青年への過渡期にある少年。
「あんた達が……ビッグスとウェッジで合ってるか?」
「お前は、あの時のSeeD!」
「何でこんな所に!?」
驚愕を顔に貼り付ける二人に、スコールは怪訝な顔を向ける。
「何処かで会ったか?」
あんまりといえばあんまりなスコールの言葉にビッグスとウェッジは声を張り上げた。
「一年半前のドール電波塔!」
「貴様らのせいでわしは二等兵に降格されたんだぞ!」
一通り情報屋を当たってみて、思ったようには情報を集められなかったアニエスが落ち合う予定だった酒場に入ると、昼間故ほとんど人の居ない中、スコールに対面するように二人の男が座っていた。
(あれが、目的の男達か?)
「レオンハート」
「来たか」
隣の椅子を引き、着席を促す。
「彼女が、アニエスさん?」
「ん……アニエスだ。お前達が、レオンハートの探していた?」
「わしはビッグスだ」
「ウェッジって言います。よろしくアニエスさん」
ぺこりと二人が頭を下げる。
「こちらこそ……私のこと、話したのか?」
「俺のこれまでの経緯を話したので、軽く名前だけ……拙かったか?」
「いや、それなら良い。それで、彼らの事は?」
「これから聞くところだ……あんた達のことを教えてくれ」
スコールから促された二人の口から出てくるのは、大まかに言うと次の通りだった。
オダイン魔法研究所で働いていたところ、上司であるオダインに巻き込まれハルケギニアに連れてこられた。
この異境の地で衣食住を確保するために、使い魔となった上司の更に部下という立場に甘んじて、上司の主人に使えることとなり、その男の命によって擬似魔法をハルケギニア中へ広めることとなったのだという。
「情報通り、あんた達だったのか! 擬似魔法を広めたのは……!」
説明がそこに及んで、スコールが声を荒げた。
「わかっているのか!? あんた達がやった事は、ハルケギニアを混乱に陥れかねないんだぞ!」
「そんなことはわかっちょるわい!」
間髪入れず、スコールを上回る怒声を上げながらビッグスが椅子から立ち上がった。
「小僧!わしらがそんなことに気づいていないとでもおもっちょったのか!?」
酒場の店主がすわ喧嘩かと厨房から現れたが、ウェッジが大丈夫、という風に手で示すと半信半疑そうな面持ちながらも厨房に戻った。
「ほら、ビッグスさんも落ち着いて……」
ウェッジに促されて、ビッグスは席につく。
「スコールくん、俺たちだってすぐに気づいたよ。ハルケギニアじゃあ6000年もの間メイジと平民が明らかな力の差で分けられてきていた。擬似魔法はそのパワーバランスを崩すってね」
「だがな、わしらには他に選択肢がなかった。生きていくためにはな」
擬似魔法はハルケギニアにとって確かに危険だが、それは使う者が軍団を構成した時の話である。
兵士単位としてみれば、ジャンクションシステムを駆使しているのでもなければそこまで突出しているとは言い難く、特に強力な擬似魔法がなければメイジには及ばない。
「君ほどに、SeeD程に強ければ、そんな風に傭兵になるっていうのも有りだったかも知れない。でも、我々は元は単なる一兵士で、ガルバディアと違って機械化の進んでいないハルケギニアではとてもそんな決断は出来ないんだよ。命が惜しいからね」
「…………」
ビッグスとウェッジの言葉に、スコールは何も返せなかった。
「まぁ……過ぎたことは仕方有るまい。レオンハートも、良いな?」
誰よりも、この地で生まれたアニエスにそう言われては、スコールも頷くしかなかった。
「それに、擬似魔法がなければ私の祖国も無くなっていただろう。その点については感謝もしている。ありがとう」
アニエスから感謝の言葉を述べられ、二人は軽く微笑んだ。
「そう言ってもらえると、気は楽だがな」
「しかし、一体何を考えて擬似魔法をハルケギニアに広めさせたんだか……」
「……ハルケギニア全土を戦乱に巻き込ませるためにだ」
半ば愚痴のようにこぼしたその言葉に答えたのは、バツが悪そうに口をつぐんでいたスコールだった。
「以前にも一度、あんた達の足取りを追ってここに来た時、あんた達を呼び出したメイジと話をしたことがある。あの男は、擬似魔法を広めた結果も見越して、あんた達に広めさせたんだ」
「なんじゃとぉ!?」
「あの王様……何考えてるんだ……」
ウェッジの口から漏れた言葉に、アニエスは目を見開いて、辺りを見回した後小声でウェッジに尋ねた。
「王様……王、と言ったか?」
「あ?ああ。君たちも会ったんだろう?」
直接会ったわけではないアニエスは責めるような目でスコールを見たが、スコールも驚きの表情を変えずに首を振った。
「会った場所やメイジの部下が居るから貴族だろうとは思ったが……王だとは思わなかったし、そうとも言っていなかった。青い髪の、青い髭か?」
「おう、青かったな。全く、この世界の人間の髪の毛はどうなっとるんだか」
やれやれとビッグスが首を振る。
「この国の王は……無能王、簒奪王ともあだ名されている。ガリア王ジョゼフだ」
「無能王……確かに、わざわざ擬似魔法を広げ混乱を引き起こそうというのは、統治者として有能とは思えないな……」
そのあだ名を口に含み、スコールはそう吐き捨てる。
「……そうだ、ビッグスさん。折角ホントにSeeDが居るんです。頼んでみませんか?」
「ん、ああ、そうだな」
「さっき言っていた話か?」
「何だ?」
話の読めないアニエスがスコールに尋ねる。
「俺が彼らを見つけた時、自分たちがSeeDぐらい強ければ、と言っていたんだ。その件か?」
「うむ。これに関してはお前も無関係じゃないだろうからな」
渋い表情でビッグスとウェッジは話し始めた。
「ハルケギニアに、ルナティック・パンドラがあるんだ」
「ルナティック・パンドラが!?」
「るなてぃっく……?何だ?」
スコールの反応から何か重要な物であることはさっせたが、聞き覚えのない単語に首をかしげる。
「『月の涙』を誘発させる代物だ……確かに、時間圧縮終了後俺たちの世界からは消えていたが、まさかこんなところで……」
「『月の涙』?」
またしても聞き覚えのない単語に眉を寄せる。
「月からモンスターが地上に降りてくることだ」
それは、スコール達にとっては余りにも当たり前のことで
「……は? ちょっと待て。月? あの、月、か?」
アニエス達にとっては余りにも奇想天外な事象だった。
天井を、その上の空を指さしながら惚けた顔をするアニエスに、スコールは凄まじい違和感を覚えた。根本的な部分で、ずれている?
「モンスターが……例えば、俺たちが今まで退治してきたようなオークなどが、月から降ってきたことは無いのか?」
「……聞いたこともない」
難しい顔でアニエスは返す。
『月の涙』は元々自然現象だ。ルナティック・パンドラはそれを誘発するための装置に過ぎない。そしてルナティック・パンドラが無くとも、『月の涙』は数十年単位の発生していたのだ。スコール達の惑星(ほし)では。
「そもそも、月に生き物が居るというのも初耳だし、どうやって生きているのだ?あんな風に動いて傾く物の上ではまともに暮らせていないだろう」
そのアニエスの言葉はともかく、スコールはようやく合点がいった。
「……ルナティック・パンドラは……ハルケギニアでは意味がないのか……」
「? ……どういう意味じゃ、そりゃあ?」
「『月の涙』そのものが起こらない……いや、多分ハルケギニアの月にはモンスターが住んでいないんだ」
「あ! そうか!」
ウェッジが納得だと声をあげた。
「? どういう……」
「自分たちの早合点だったんですよ、ビッグスさん! つまりですね、ルナティック・パンドラが無くても……」
相棒に説明を始めるウェッジを前に、スコールは軽く安堵のため息を付いた。
「? ……結局何だったのだ?」
訳がわからない、という顔で困惑を口にするアニエスにスコールは小さく笑いかける。
「ハルケギニアに住む人間には、これっぽっちも関わりがないと言うことだ」
人をのけ者にする気か、とアニエスは口を尖らせる。あとでもう少し詳しく話すと返しながら、スコールは別の方向に思考を向けていた。
(一応オダイン博士にもこの件について確認をとった上で……それを抜きにしても、会った方が良いだろうな)
故郷への道を、見つけるために。
「いやぁ~! 何で気づかなかったんだろうなぁ! そうかそうか! こっちの月にはモンスターが居ないのか!」
「ビッグスさん、照れ隠しが見え見えで見ててこっちが恥ずかしいです」
「やっかましぃわぁぁぁ~!」
ホントに喧しい客二人を乗せて、ラグナロクが飛ぶ。
「……お前達の故郷は物騒だな。そんなことが百年以内に一度は起きているのか」
「時と場合にも因るが、過去には一つの国家がそれで滅んだこともある。最近は次に発生する場所が一体何処かが予測出来るようになって、少しはマシになったがな」
副操縦席に座ったアニエスと、主操縦席に座ったスコールが言葉を交わす。非常時のため、アニエスにも操縦を覚えてもらおうとラグナロクを入手した後から度々訓練を行っていた。
だが、根本的に機械文明とは縁遠い生活を行ってきたアニエスにとっては想像以上に難しいらしく、なかなか任せることは出来なかった。
「! 見えてきたな」
正面を見据えるスコールの目が鋭くなる。
「あれか……! どれだけ大きいんだあれは!?」
スコールの視線の先に焦点を合わせ、アニエスは呻く。
一辺が数百メイルにも及ぶ正方形を底面とし、数リーグはある高さの黒い直方体。それがルナティック・パンドラの外観だ。
砂漠地帯のど真ん中のため、大きさを比較するモノはないがそれでもその偉容はすぐに察せた。
「あった、突入孔はそのままか」
以前の作戦で強行突入した際の穴を外壁に見つけて近づく。
「外壁を補修してる暇が無かったんだよ。飛ばすだけでも一苦労だった。モノがでかかったから、内部に換えの効くパーツがたくさんあったのは救いだけどね。おかげでバリアシステムの方は使えなくなっちゃったけど」
(換えのパーツ……)
そう言えば、このラグナロクも主砲が破損したままだった。
(中にあった機動兵器の残骸が有れば、補修も効くか……?)
話を持ちかけてみることを思いつきながらスコールはルナティック・パンドラの穴へと機体を滑り込ませた。ラグナロクの脚を展開して、機体を固定しビッグスとウェッジの二人を先導にルナティック・パンドラへ入る。
「ミスタ・ビッグス、ミスタ・ウェッジ! これは一体……」
異常に気づいて訪れたらしいメイジがラグナロクを見上げて驚愕の声をあげる。
「いや、ちょっと顔見知りに会ったんでな。ここまで送ってもらったのよ」
「顔見知り……? ともかく、オダイン博士が怒っています。勝手に持ち場を離れて。こちらへ」
スコールとアニエスへ一度目をやってから、手で奥を指し示す。
「う……む……なぁSeeD、何とかならんか」
渋い顔でビッグスが振り返る。
「気を逸らすぐらいならやる。どのみちこちらも話はあるから、それまでの間にあんた達は仕事を再開しておけばいい」
以前の記憶を頼りに、ルナティック・パンドラの中を歩き出す。
「ジョーカー、念のためお前は残っておけ」
「了解、任されたよ」
ラグナロクの機首直下。左右の手の裡でダイスを転がしながら、ジョーカーが返事を返した。
辿り着いた先の部屋に、あの特徴的な髪型は有った。
「お前達一体どこで何を! ……驚いたでおじゃる。ラグナの息子でおじゃるか?」
「久しぶりだな、オダイン博士」
とっとっとっと矮躯がスコールに近づく。その隙に、ビッグスとウェッジは工具を手に修理箇所へと向かう。
「お前もこちら側に来ていたとは驚きでおじゃるな」
「オダイン博士、確認したいことがあるんだが」
挨拶もそこそこにとりあえず最優先事項を確かめる。何しろこの老人、放っておけば延々と自分の専門分野についてしゃべり続ける。
「この世界の月には、モンスターが居ないんじゃないのか?」
「うむむ、その通りでおじゃる。オダインとしては、この世界のモンスターがどんなものか気になっていたから、『月の涙』前に月を観測してみたのでおじゃるが……。
このルナティック・パンドラの貧弱な観測機器でもハルケギニアの二つの月いずれにもモンスターが居ないことははっきりしているのでおじゃる。
オダインは無駄なことが大嫌いでおじゃるのに、ルナティック・パンドラを稼働状態にしなければジョゼフがオダインに研究をさせないと言っているのでおじゃる」
出てきたジョゼフの名前に、スコールは眉を顰める。
(やはり、ガリア王で間違いないか……)
「オダイン博士、あんたは元の世界に帰る方法を探しているか?」
「探していたでおじゃるが……今はもう探していないでおじゃる」
あっさりと、オダインはそう言ってのけた。
「? ……どういう意味だ」
「オダインもルナティック・パンドラの機器を使って初めて気づいたことなのでおじゃるが、オダイン達の存在因子が時間軸上の未来に存在しているのでおじゃる」
「存在因子……?」
「オダイン達がここにいる理由、もっと簡単に言えば、オダイン達の世界とハルケギニアがこうも濃く繋がっている理由でおじゃるよ」
「それが……未来にある……?」
言葉にするのは簡単だが、正直、意味は余り掴めない。
「そうでおじゃる。未来でその出来事が起きるから、オダイン達はこうもハルケギニアに関わっているのでおじゃる」
「よく、判らないが……普通は逆じゃないのか?過去があるから、未来が成り立つんだ」
「オダインに言われても困るのでおじゃる。そうなっているのは別にオダインのせいでも何でもないのでおじゃる」
ふん、とそっぽを向かれた。
「……それで、俺たちの存在因子が未来にあるから、何で帰る方法を探さなくなる?」
「にぶいでおじゃるな。存在因子がその時点に集約していると言うことは、そのタイミングになればオダイン達が何も意図しなくても勝手に帰るのでおじゃるよ」
「勝手に帰る?」
つまりそれは、確実に帰れるということなのか?
「そうと決まれば、余計なことをしている暇はないのでおじゃる。オダインは少しでもハルケギニアの系統魔法を調べていたいのでおじゃる。だからその為にも、とっととお前らルナティック・パンドラを直すのでおじゃる~!」
『は、はいぃ~!』
オダインの怒声に、ビッグスとウェッジが返す。
「博士、その俺たちが帰れるのは、いつだ?」
「正確に計ったわけではないので絶対とは言えないのでおじゃるが……2年と無いはずでおじゃる。だからオダインは焦っているのでおじゃる」
「……その割にはレオンハートの質問にきっちり答えるな」
後ろからその様子を眺めていたアニエスがぽつりと呟いた。別に彼女としては返答を期待しての台詞ではなかったのだが、オダインは聞こえていたようだった。
「ラグナの息子はラグナの息子でおじゃるからして、オダインとしては予算がもらえなくなると困るから機嫌を損ねるわけにはいかないのでおじゃる」
至極不機嫌そうにオダインはつぶやく。
「お前の父親は……この老人の上司か?」
「何を言っているのでおじゃるか。ラグナはエスタの大統領なのでおじゃる。ハルケギニアの人間にもわかりやすくいうなら国王とか皇帝なのでおじゃる」
「こっ……国王!?」
心底嫌そうにスコールは顔を歪めた。
「あとで詳しく説明するが、違うからなアニエス。オダイン博士、誤解を招くような言い方は止してくれ」
「別にオダインは何も間違えてはいないのでおじゃる。っと、危うく忘れるところだったのでおじゃる。ラグナの息子、ルーンを見せて欲しいのでおじゃる」
「ルーン?」
「使い魔としてメイジと契約した時に体に刻みつけられる印のことでおじゃるよ。どこにつけられたのでおじゃるか?左手か、右手か、まさか胸でおじゃるか?」
「……俺はメイジと契約を結んでいない。だからそんなものは無い」
「おじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃ!?何と、そうなのでおじゃるか……となると……」
ぶつぶつ呟いて、周りが見えなくなったように辺りを歩き出す。
「他の……に……いや、或いは……」
(何が言いたいんだ……)
やはり相変わらずの魔法バカぶりに深くため息を付く。
「良かったじゃないか」
ぽん、とスコールの肩にアニエスの手が置かれる。
「何はともあれ、帰れそうだぞ、お前は」
「あ、ああ……」
そうだ。話の不可解さから流してしまっていたが、オダインは言ったのだ。帰れると。
性格は兎も角能力は折り紙付きのオダインの言葉だ。
「俺は、帰れるのか……」
2年以内には確実に。
(リノア……もう少しだけ、待っててくれ)
ジャケットの内ポケットにあるカード束から、薄く微笑んだ彼女のカードを抜き出して心の中、スコールはそう呼びかけた。
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#navi(SeeD戦記・ハルケギニア lion heart with revenger)
&setpagename(mission 11「Lunatic Pandora」)
#navi(SeeD戦記・ハルケギニア lion heart with revenger)
トリスタニア近くに降ろしているラグナロクのブリッジ。
『多なる者と、そこの単なる者があの者達を討ち滅ぼした時、残った力は確かにあちらの方へと飛んでいった』
此度はアニエスの姿で現界しているラグドリアンが指さす先は西北西の上方。
「……つまり、あの死者達を指輪を使って操っていた奴はやはりアルビオンに居るということか」
ブリッジから夕焼け空を見上げてスコールは呟く。
「それも、ここまで条件が揃うとなると恐らくは……クロムウェル……オリバー・クロムウェル正にその人物だろうな」
渋い顔でアニエスが引き継ぐ。
「いくら何でも、そうそう簡単に殴り込める場所ではない」
魔法は、どうにかなる。ジャンクションシステムを駆使すれば、使用属性の限られる系統魔法はいくらでも防ぎようがある、
だが、攻撃はメイジだけとは限らない。剣で、槍で、矢で、物理的に集中砲火を受けては手数で押し切られてしまう。長期戦の鬼札となるST攻撃ドレインが使えないことは、女王誘拐事件でよく判っていた。
「直にチャンスは来る。トリステインかゲルマニアか、或いは両方がアルビオンへ攻め入るはずだ」
その為の軍備を整えているらしいことは情報屋から仕入れるまでもなく、傭兵仲間達の間で噂になっていた。皆手柄を立てんと意気揚々である。
「その隙を突くか。まるで火事場泥棒だな」
「まるでじゃない。火事場泥棒だ……あんたの気が進まないというなら無理に付き合ってもらう必要はない。これは俺が勝手にラグドリアンと交わした契約だ」
「見・く・び・る・な」
一音ずつ区切って、苛立ったような声をアニエスが上げる。
「今更お前一人でやらせる物か」
「……助かる。悪いな、もうしばらく指輪の奪還は遅れそうだ」
『構わん、元より我にとって時の概念は非常に薄い。明日であろうと一年後であろうと大して変わりはない。だが、もしお前達が二人とも、約定を果たす前に潰えれば、我は再び自力での奪還を試みよう』
「…………」
アルビオンの高さにまでこの星の水位が到達するのを想像し、スコールは冷や汗を垂らす。
(……帰る手段が見つかっても、おいそれと帰れそうにはないな)
指輪の奪還の方を優先する方が精神衛生上良さそうである。
ラグドリアンを収納して、アニエスにジョーカーと三人で依頼探しに夜の酒場へと繰り出す。
が、今回そちらは空振りで終わってしまった。
先のタルブ戦辺りから前後して、二人が依頼を受けられる件数は減ってきているのだ。
擬似魔法の普及がそれに影響を及ぼしているが、それはライバルである他の傭兵達が擬似魔法を修得したから、と言うよりは依頼する立場の傭兵でない平民達が擬似魔法を修得したことで傭兵に頼ることが無くなって来つつあるというのが実情だ。故に
「わりぃな、どうにも不況でねぇ。お前達には、こないだラグドリアン湖の一件を回してやったろう?しばらくは我慢しててくれや」
こんな言葉を受けることになる。
「どうする?」
小遣いを稼いでくる、とカード席へ向かうジョーカーを尻目に、アニエスがそう尋ねてくる。
「……仕事がないなら仕方がない。『そっち』も、目標は一段落してるんだろう」
「ああ……いや、こちらも情報待ちだが、一人掴みかけているのが居てな。こいつはガリアに向かったらしい」
「ガリアに?」
「直接向こうで情報屋を当たってみたいし、もう一度、行ってみないか?お前と同郷の者も居るかもしれんのだろう?」
「……そうだな。もう一度行くか」
ミルクの入ったコップに口を付けてごくりと嚥下した。
翌日の朝。ガリア王都リュティス。
「出て行けーっ!」
野太い男性の声が響くと共に、人々で賑わう界隈に一人の男が放り出された。
「うおぁぁあああああ!?」
放り出された店の入り口から、別の若い男と少女が出てくる。
「ビッグスさん!?」
「大丈夫ですか!」
「い、いたたたたたた……」
強かに打ち付けた腰をさすりながら男――もちろんビッグスが上半身を起こす。
「うちの娘を誑かそうったってそうはいかねぇ!いいな!?二度とラーナに近づくなよ!」
店の入り口からがたいの良い男が顔を出す。
「お父さん! いきなり投げ飛ばすなんて非道すぎるわ!」
「ラーナ、そんなペテン師に構うな!」
ビッグスを庇う立場を示す娘に、今度は怒鳴る。
「ビッグスさんやウェッジさんはいい人だわ! 酔っぱらいに絡まれていた私を、助けてくれたもの!」
彼女の家は宿屋をしていて、夜には酒場にもなる。そこで彼らに助けてもらったのは半年ほど前になるか。
「それだって全部八百長さ!」
「それなら、わざわざ私に『力』の使い方を教える必要は無いはずよ! その方が用心棒としてあれこれ口出し出来るんだから!」
娘の思いがけない反論に、父親は口を歪めると店の中に引っ込んだ。「部屋の掃除があるからとっとと来い」という言葉だけは残していったが。
まだ天頂する前の日の下で、突然の親子喧嘩に時の止まっていた界隈はようやく平常通りの動きに戻った。いささかぎこちなさはあったが。
「うおおお……酷い目にあった……」
呻きつつ、ようやくにしてビッグスが立ち上がる。
「仕方有りませんね。ルナティック・パンドラなんて……誰も信じませんよ」
ウェッジが力無く呟く。
「ドロー ケアル」
ビッグスからドローしたケアルでビッグス自身の怪我を治しながら、ラーナは返す。
「私は、信じてますよ。平民の私に、魔法が使えるようにしてくれたビッグスさん達の言葉だから。
お年寄り達は、悪魔の力だって忌み嫌ってるけど、私たちぐらいの子はみんなビッグスさん達に感謝していますから」
でも、と笑みを浮かべながらラーナは宿屋の扉へと後ずさる。
「御免なさい。私はやっぱり行けません。お父さんは、ああだからきっとここを動かないでしょう?お母さんも……だから、放ってはおけないの。教わったこの擬似魔法で、お父さん達を守らなきゃ」
「ラーナちゃん……」
親を想ってのその言葉に、ウェッジは胸を打たれた様に名前を呼ぶ。
「だからせめて、お二人だけでも、ね?」
それだけ言って、ラーナは扉をくぐって中に入った。
「ビッグスさん……」
「何も言うな……くそ、わしらの方が気遣われるとはなぁ……」
「せめて……我々がSeeDぐらい強ければ……」
「呼んだか」
『は?』
後ろから突然かけられた声に、二人は振り返る。
「SeeDなら居るが」
特徴的な武器であるガンブレードを腰から下げ、額に傷を負った青年への過渡期にある少年。
「あんた達が……ビッグスとウェッジで合ってるか?」
「お前は、あの時のSeeD!」
「何でこんな所に!?」
驚愕を顔に貼り付ける二人に、スコールは怪訝な顔を向ける。
「何処かで会ったか?」
あんまりといえばあんまりなスコールの言葉にビッグスとウェッジは声を張り上げた。
「一年半前のドール電波塔!」
「貴様らのせいでわしは二等兵に降格されたんだぞ!」
一通り情報屋を当たってみて、思ったようには情報を集められなかったアニエスが落ち合う予定だった酒場に入ると、昼間故ほとんど人の居ない中、スコールに対面するように二人の男が座っていた。
(あれが、目的の男達か?)
「レオンハート」
「来たか」
隣の椅子を引き、着席を促す。
「彼女が、アニエスさん?」
「ん……アニエスだ。お前達が、レオンハートの探していた?」
「わしはビッグスだ」
「ウェッジって言います。よろしくアニエスさん」
ぺこりと二人が頭を下げる。
「こちらこそ……私のこと、話したのか?」
「俺のこれまでの経緯を話したので、軽く名前だけ……拙かったか?」
「いや、それなら良い。それで、彼らの事は?」
「これから聞くところだ……あんた達のことを教えてくれ」
スコールから促された二人の口から出てくるのは、大まかに言うと次の通りだった。
オダイン魔法研究所で働いていたところ、上司であるオダインに巻き込まれハルケギニアに連れてこられた。
この異境の地で衣食住を確保するために、使い魔となった上司の更に部下という立場に甘んじて、上司の主人に使えることとなり、その男の命によって擬似魔法をハルケギニア中へ広めることとなったのだという。
「情報通り、あんた達だったのか! 擬似魔法を広めたのは……!」
説明がそこに及んで、スコールが声を荒げた。
「わかっているのか!? あんた達がやった事は、ハルケギニアを混乱に陥れかねないんだぞ!」
「そんなことはわかっちょるわい!」
間髪入れず、スコールを上回る怒声を上げながらビッグスが椅子から立ち上がった。
「小僧!わしらがそんなことに気づいていないとでもおもっちょったのか!?」
酒場の店主がすわ喧嘩かと厨房から現れたが、ウェッジが大丈夫、という風に手で示すと半信半疑そうな面持ちながらも厨房に戻った。
「ほら、ビッグスさんも落ち着いて……」
ウェッジに促されて、ビッグスは席につく。
「スコールくん、俺たちだってすぐに気づいたよ。ハルケギニアじゃあ6000年もの間メイジと平民が明らかな力の差で分けられてきていた。擬似魔法はそのパワーバランスを崩すってね」
「だがな、わしらには他に選択肢がなかった。生きていくためにはな」
擬似魔法はハルケギニアにとって確かに危険だが、それは使う者が軍団を構成した時の話である。
兵士単位としてみれば、ジャンクションシステムを駆使しているのでもなければそこまで突出しているとは言い難く、特に強力な擬似魔法がなければメイジには及ばない。
「君ほどに、SeeD程に強ければ、そんな風に傭兵になるっていうのも有りだったかも知れない。でも、我々は元は単なる一兵士で、ガルバディアと違って機械化の進んでいないハルケギニアではとてもそんな決断は出来ないんだよ。命が惜しいからね」
「…………」
ビッグスとウェッジの言葉に、スコールは何も返せなかった。
「まぁ……過ぎたことは仕方有るまい。レオンハートも、良いな?」
誰よりも、この地で生まれたアニエスにそう言われては、スコールも頷くしかなかった。
「それに、擬似魔法がなければ私の祖国も無くなっていただろう。その点については感謝もしている。ありがとう」
アニエスから感謝の言葉を述べられ、二人は軽く微笑んだ。
「そう言ってもらえると、気は楽だがな」
「しかし、一体何を考えて擬似魔法をハルケギニアに広めさせたんだか……」
「……ハルケギニア全土を戦乱に巻き込ませるためにだ」
半ば愚痴のようにこぼしたその言葉に答えたのは、バツが悪そうに口をつぐんでいたスコールだった。
「以前にも一度、あんた達の足取りを追ってここに来た時、あんた達を呼び出したメイジと話をしたことがある。あの男は、擬似魔法を広めた結果も見越して、あんた達に広めさせたんだ」
「なんじゃとぉ!?」
「あの王様……何考えてるんだ……」
ウェッジの口から漏れた言葉に、アニエスは目を見開いて、辺りを見回した後小声でウェッジに尋ねた。
「王様……王、と言ったか?」
「あ?ああ。君たちも会ったんだろう?」
直接会ったわけではないアニエスは責めるような目でスコールを見たが、スコールも驚きの表情を変えずに首を振った。
「会った場所やメイジの部下が居るから貴族だろうとは思ったが……王だとは思わなかったし、そうとも言っていなかった。青い髪の、青い髭か?」
「おう、青かったな。全く、この世界の人間の髪の毛はどうなっとるんだか」
やれやれとビッグスが首を振る。
「この国の王は……無能王、簒奪王ともあだ名されている。ガリア王ジョゼフだ」
「無能王……確かに、わざわざ擬似魔法を広げ混乱を引き起こそうというのは、統治者として有能とは思えないな……」
そのあだ名を口に含み、スコールはそう吐き捨てる。
「……そうだ、ビッグスさん。折角ホントにSeeDが居るんです。頼んでみませんか?」
「ん、ああ、そうだな」
「さっき言っていた話か?」
「何だ?」
話の読めないアニエスがスコールに尋ねる。
「俺が彼らを見つけた時、自分たちがSeeDぐらい強ければ、と言っていたんだ。その件か?」
「うむ。これに関してはお前も無関係じゃないだろうからな」
渋い表情でビッグスとウェッジは話し始めた。
「ハルケギニアに、ルナティック・パンドラがあるんだ」
「ルナティック・パンドラが!?」
「るなてぃっく……?何だ?」
スコールの反応から何か重要な物であることはさっせたが、聞き覚えのない単語に首をかしげる。
「『月の涙』を誘発させる代物だ……確かに、時間圧縮終了後俺たちの世界からは消えていたが、まさかこんなところで……」
「『月の涙』?」
またしても聞き覚えのない単語に眉を寄せる。
「月からモンスターが地上に降りてくることだ」
それは、スコール達にとっては余りにも当たり前のことで
「……は? ちょっと待て。月? あの、月、か?」
アニエス達にとっては余りにも奇想天外な事象だった。
天井を、その上の空を指さしながら惚けた顔をするアニエスに、スコールは凄まじい違和感を覚えた。根本的な部分で、ずれている?
「モンスターが……例えば、俺たちが今まで退治してきたようなオークなどが、月から降ってきたことは無いのか?」
「……聞いたこともない」
難しい顔でアニエスは返す。
『月の涙』は元々自然現象だ。ルナティック・パンドラはそれを誘発するための装置に過ぎない。そしてルナティック・パンドラが無くとも、『月の涙』は数十年単位の発生していたのだ。スコール達の惑星(ほし)では。
「そもそも、月に生き物が居るというのも初耳だし、どうやって生きているのだ?あんな風に動いて傾く物の上ではまともに暮らせていないだろう」
そのアニエスの言葉はともかく、スコールはようやく合点がいった。
「……ルナティック・パンドラは……ハルケギニアでは意味がないのか……」
「? ……どういう意味じゃ、そりゃあ?」
「『月の涙』そのものが起こらない……いや、多分ハルケギニアの月にはモンスターが住んでいないんだ」
「あ! そうか!」
ウェッジが納得だと声をあげた。
「? どういう……」
「自分たちの早合点だったんですよ、ビッグスさん! つまりですね、ルナティック・パンドラが無くても……」
相棒に説明を始めるウェッジを前に、スコールは軽く安堵のため息を付いた。
「? ……結局何だったのだ?」
訳がわからない、という顔で困惑を口にするアニエスにスコールは小さく笑いかける。
「ハルケギニアに住む人間には、これっぽっちも関わりがないと言うことだ」
人をのけ者にする気か、とアニエスは口を尖らせる。あとでもう少し詳しく話すと返しながら、スコールは別の方向に思考を向けていた。
(一応オダイン博士にもこの件について確認をとった上で……それを抜きにしても、会った方が良いだろうな)
故郷への道を、見つけるために。
「いやぁ~! 何で気づかなかったんだろうなぁ! そうかそうか! こっちの月にはモンスターが居ないのか!」
「ビッグスさん、照れ隠しが見え見えで見ててこっちが恥ずかしいです」
「やっかましぃわぁぁぁ~!」
ホントに喧しい客二人を乗せて、ラグナロクが飛ぶ。
「……お前達の故郷は物騒だな。そんなことが百年以内に一度は起きているのか」
「時と場合にも因るが、過去には一つの国家がそれで滅んだこともある。最近は次に発生する場所が一体何処かが予測出来るようになって、少しはマシになったがな」
副操縦席に座ったアニエスと、主操縦席に座ったスコールが言葉を交わす。非常時のため、アニエスにも操縦を覚えてもらおうとラグナロクを入手した後から度々訓練を行っていた。
だが、根本的に機械文明とは縁遠い生活を行ってきたアニエスにとっては想像以上に難しいらしく、なかなか任せることは出来なかった。
「! 見えてきたな」
正面を見据えるスコールの目が鋭くなる。
「あれか……! どれだけ大きいんだあれは!?」
スコールの視線の先に焦点を合わせ、アニエスは呻く。
一辺が数百メイルにも及ぶ正方形を底面とし、数リーグはある高さの黒い直方体。それがルナティック・パンドラの外観だ。
砂漠地帯のど真ん中のため、大きさを比較するモノはないがそれでもその偉容はすぐに察せた。
「あった、突入孔はそのままか」
以前の作戦で強行突入した際の穴を外壁に見つけて近づく。
「外壁を補修してる暇が無かったんだよ。飛ばすだけでも一苦労だった。モノがでかかったから、内部に換えの効くパーツがたくさんあったのは救いだけどね。おかげでバリアシステムの方は使えなくなっちゃったけど」
(換えのパーツ……)
そう言えば、このラグナロクも主砲が破損したままだった。
(中にあった機動兵器の残骸が有れば、補修も効くか……?)
話を持ちかけてみることを思いつきながらスコールはルナティック・パンドラの穴へと機体を滑り込ませた。ラグナロクの脚を展開して、機体を固定しビッグスとウェッジの二人を先導にルナティック・パンドラへ入る。
「ミスタ・ビッグス、ミスタ・ウェッジ! これは一体……」
異常に気づいて訪れたらしいメイジがラグナロクを見上げて驚愕の声をあげる。
「いや、ちょっと顔見知りに会ったんでな。ここまで送ってもらったのよ」
「顔見知り……? ともかく、オダイン博士が怒っています。勝手に持ち場を離れて。こちらへ」
スコールとアニエスへ一度目をやってから、手で奥を指し示す。
「う……む……なぁSeeD、何とかならんか」
渋い顔でビッグスが振り返る。
「気を逸らすぐらいならやる。どのみちこちらも話はあるから、それまでの間にあんた達は仕事を再開しておけばいい」
以前の記憶を頼りに、ルナティック・パンドラの中を歩き出す。
「ジョーカー、念のためお前は残っておけ」
「了解、任されたよ」
ラグナロクの機首直下。左右の手の裡でダイスを転がしながら、ジョーカーが返事を返した。
辿り着いた先の部屋に、あの特徴的な髪型は有った。
「お前達一体どこで何を! ……驚いたでおじゃる。ラグナの息子でおじゃるか?」
「久しぶりだな、オダイン博士」
とっとっとっと矮躯がスコールに近づく。その隙に、ビッグスとウェッジは工具を手に修理箇所へと向かう。
「お前もこちら側に来ていたとは驚きでおじゃるな」
「オダイン博士、確認したいことがあるんだが」
挨拶もそこそこにとりあえず最優先事項を確かめる。何しろこの老人、放っておけば延々と自分の専門分野についてしゃべり続ける。
「この世界の月には、モンスターが居ないんじゃないのか?」
「うむむ、その通りでおじゃる。オダインとしては、この世界のモンスターがどんなものか気になっていたから、『月の涙』前に月を観測してみたのでおじゃるが……。
このルナティック・パンドラの貧弱な観測機器でもハルケギニアの二つの月いずれにもモンスターが居ないことははっきりしているのでおじゃる。
オダインは無駄なことが大嫌いでおじゃるのに、ルナティック・パンドラを稼働状態にしなければジョゼフがオダインに研究をさせないと言っているのでおじゃる」
出てきたジョゼフの名前に、スコールは眉を顰める。
(やはり、ガリア王で間違いないか……)
「オダイン博士、あんたは元の世界に帰る方法を探しているか?」
「探していたでおじゃるが……今はもう探していないでおじゃる」
あっさりと、オダインはそう言ってのけた。
「? ……どういう意味だ」
「オダインもルナティック・パンドラの機器を使って初めて気づいたことなのでおじゃるが、オダイン達の存在因子が時間軸上の未来に存在しているのでおじゃる」
「存在因子……?」
「オダイン達がここにいる理由、もっと簡単に言えば、オダイン達の世界とハルケギニアがこうも濃く繋がっている理由でおじゃるよ」
「それが……未来にある……?」
言葉にするのは簡単だが、正直、意味は余り掴めない。
「そうでおじゃる。未来でその出来事が起きるから、オダイン達はこうもハルケギニアに関わっているのでおじゃる」
「よく、判らないが……普通は逆じゃないのか?過去があるから、未来が成り立つんだ」
「オダインに言われても困るのでおじゃる。そうなっているのは別にオダインのせいでも何でもないのでおじゃる」
ふん、とそっぽを向かれた。
「……それで、俺たちの存在因子が未来にあるから、何で帰る方法を探さなくなる?」
「にぶいでおじゃるな。存在因子がその時点に集約していると言うことは、そのタイミングになればオダイン達が何も意図しなくても勝手に帰るのでおじゃるよ」
「勝手に帰る?」
つまりそれは、確実に帰れるということなのか?
「そうと決まれば、余計なことをしている暇はないのでおじゃる。オダインは少しでもハルケギニアの系統魔法を調べていたいのでおじゃる。だからその為にも、とっととお前らルナティック・パンドラを直すのでおじゃる~!」
『は、はいぃ~!』
オダインの怒声に、ビッグスとウェッジが返す。
「博士、その俺たちが帰れるのは、いつだ?」
「正確に計ったわけではないので絶対とは言えないのでおじゃるが……2年と無いはずでおじゃる。だからオダインは焦っているのでおじゃる」
「……その割にはレオンハートの質問にきっちり答えるな」
後ろからその様子を眺めていたアニエスがぽつりと呟いた。別に彼女としては返答を期待しての台詞ではなかったのだが、オダインは聞こえていたようだった。
「ラグナの息子はラグナの息子でおじゃるからして、オダインとしては予算がもらえなくなると困るから機嫌を損ねるわけにはいかないのでおじゃる」
至極不機嫌そうにオダインはつぶやく。
「お前の父親は……この老人の上司か?」
「何を言っているのでおじゃるか。ラグナはエスタの大統領なのでおじゃる。ハルケギニアの人間にもわかりやすくいうなら国王とか皇帝なのでおじゃる」
「こっ……国王!?」
心底嫌そうにスコールは顔を歪めた。
「あとで詳しく説明するが、違うからなアニエス。オダイン博士、誤解を招くような言い方は止してくれ」
「別にオダインは何も間違えてはいないのでおじゃる。っと、危うく忘れるところだったのでおじゃる。ラグナの息子、ルーンを見せて欲しいのでおじゃる」
「ルーン?」
「使い魔としてメイジと契約した時に体に刻みつけられる印のことでおじゃるよ。どこにつけられたのでおじゃるか?左手か、右手か、まさか胸でおじゃるか?」
「……俺はメイジと契約を結んでいない。だからそんなものは無い」
「おじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃ!?何と、そうなのでおじゃるか……となると……」
ぶつぶつ呟いて、周りが見えなくなったように辺りを歩き出す。
「他の……に……いや、或いは……」
(何が言いたいんだ……)
やはり相変わらずの魔法バカぶりに深くため息を付く。
「良かったじゃないか」
ぽん、とスコールの肩にアニエスの手が置かれる。
「何はともあれ、帰れそうだぞ、お前は」
「あ、ああ……」
そうだ。話の不可解さから流してしまっていたが、オダインは言ったのだ。帰れると。
性格は兎も角能力は折り紙付きのオダインの言葉だ。
「俺は、帰れるのか……」
2年以内には確実に。
(リノア……もう少しだけ、待っててくれ)
ジャケットの内ポケットにあるカード束から、薄く微笑んだ彼女のカードを抜き出して心の中、スコールはそう呼びかけた。
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#navi(SeeD戦記・ハルケギニア lion heart with revenger)
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